こんな日が続けばいいなって──。


※pixivにも投稿しようと思います。



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何がしたかったんや自分……。
ごめんよ、非力な私を許しておくれ。


どき☆どき! うみかぜ♡かんさつちょう

 

 

「──では、そこの鮭をニ切れお願いします」

 

 それは偶然だった。

 机に積まれた書類の山、ハードなデスクワーク、口うるさい秘書艦の叱責。いつもの事ながらウンザリするような過酷な労働に耐えかね、提督が身代わりの「十二代目ていとくん」を据え置いて逃げ出したのが昼を少し過ぎた頃のこと。

 木枯らしが(すさ)び、攫われた葉々も(しお)れ果てて色を失う季節。日が差しているとはいえ、寒気もまた容赦の欠片もなく肌を刺してくるので上着もなく出歩くには辛い時期となってきた。

 

「はいよ海風ちゃん、鮭二切れ! サービスで鯛のアラも付けとくよ!」

「え? い、いいんですか?」

「いいのいいの、いつも贔屓にしてもらってるから! それで旦那に美味いアラ汁でも食わしてやんなよ!」

「はい、ありがとうございます!」

 

 寒さに耐え、鼻をすすって震える提督は、何処か適当な喫茶店で暖でも取ろうかと近隣の商店街を散策していた。すると、行く先に見知った女性が買い物をしている姿を見かけたのだ。それが最愛の妻“海風”である。

 彼は思った──これは正に天啓だと。仕事はしなくていいから二人でしっぽりねっとりしなさいという、神様からのありがたいお告げに違いないのだと。

 ありがとうございます、提督は手を合わせて、神様に感謝した。

 しかし、ここでそのまま声をかけて二人で仲良くお買い物して帰る、とならないのがこの提督であった。

 

 ──後をつけてみよう、家路についたときに声をかければいいや。

 

 そこにあるのは単なる好奇心。深い意味など有りはしない。

 海風が魚屋から先へと進むのを確認し、こっそりと通路ふちに身を寄せてバレにくいように歩を進めていく。

 

「……ありゃ? 提督さんじゃないかい、何してんだいコソコソと」

 

 魚屋の店頭に立つオバちゃんが提督に気づいた。

 

「うっすオバちゃん。なに、たまたま出歩いてたら海風を見かけたからコッソリ後をつけてんだよ」

「何やってんだいアンタ……仕事は?」

「優秀な秘書に任せてきた」

「ホントに何やってんのさ、ちゃんと仕事しなよ。秘書の子が可哀想だろ?」

「クソみたいな権力争いで出来たゴミ書類の掃除なんて御免なんだよ」

 

 そもそも、仕事を押し付けてきたその秘書艦だって大本営から送られてきた監視役のようなものなのだ。罪悪感など微塵も有りはしない。

 魚屋のオバちゃんが呆れたようにしているが、提督が仕事をせずにふらふらしているのはいつもの事なので反応は薄い。

 

「おっと、長話してると見失っちまうからもう行くぜ。じゃあなオバちゃん!」

「はいよ! 今度はちゃんと奥さんと並んで来なよ! サービスしてやるからさ!」

「おう! またな!」

 

 オバちゃんと別れ、颯爽と立ち去る提督。海風の姿はきちんと視界に収めてあり、一定の距離を保って道なりに進んでいく。

 海風が道行く中、街の人々と軽い会釈を交わしていくのを眺めていると、次に見えてきたのは八百屋であった。店頭には瑞々しい野菜がところ狭しと並べられている。

 

「おう! 海風ちゃんじゃないか! 今日は何が欲しいんだい?」

「こんにちは店主さん。今日は──ねぎと玉ねぎ、人参、ごぼう、あとそこのシメジを下さい」

「あい、毎度ぉ! ちょっと待ってなよ!」

 

 手早く注文通りの野菜を袋に詰め、電卓を弾く。

 流石、このご時世でも生き永らえて商店街に店を構えているだけのことはある。豪快な体格と笑い声に反して、その一つ一つの動きに無駄がない。

 

「えぇっと……あっ、はい、ありました。ピッタリです」

「あいよぉ──っと、確かに! これ、注文の品だよ!」

 

 代金を手渡し、野菜を受け取る。

 

「んで、今日は何にするんだい?」

「今日は鮭のホイル焼きにしようと思ってます。提督が昨日、食べたがっていたので」

「っかぁあ! 熱いねぇ! まぁったく羨ましいぜぇ! 提督のあんちゃんが惚れ込むのも分かるってもんだぁ、いいねぇ若いモンは!」

「えっ!? え、そ、そうでしょうか?」

 

 八百屋の店主に冷やかされ、嬉しそうにはにかむ海風。

 それを電信柱の影から見ていた提督は思わず、“そうだよ! 愛してるよ海風!”と飛び出してしまいそうになるのをグッと堪えていた。

 

(そっか、あの一人言を聞いていたのか……)

 

 思い出すのは昨日の夜、スマホでニ○ニコに繋いでアニメを見ていたときのこと。殺伐とした原作からかけ離れたスピンオフ、平和な世界での飯テロアニメを見ていて「美味そうだな、鮭のホイル焼き」などと漏らしてしまった、影響を受けやすい自分の姿だ。

 きっと海風はそんなことも露知らず、健気に夫のリクエストに応えようとしているのだ。

 

(ありがとう。そしてごめんね、アニメ見て食べたくなったなんて理由で)

 

 魚屋から折り返してきた海風に見つからないよう、パチンコの看板の影に隠れてやり過ごす。通り過ぎざま、感謝と今日の夕飯に膨らませた期待の念を送ることも忘れない。

 

(さて、折り返したということは、もう買うものは無いのかな?)

 

 商店街から自宅までの帰路には、帰り際に寄ったほうがいい重い荷物が増える店は無かったはずだ。提督が予想していたよりも早い帰宅であった。

 

(なら、もういいか)

 

 これ以上尾行する旨味はない。提督は海風と合流するため、声をかけようと駆け出した。

 

「──」

「お〜……お?」

 

 ピタリ、と提督の足が止まった。駆け出した先、目標である海風もまた、何故かピタリと足を止めていた。

 海風が足を止めたのは小さな露店。普段、あまり開いているところを見ない雑貨店の前だった。

 

「──」

 

 海風はそっと、店頭に並んでいた品を手に取った。提督のいる位置からはそれが何なのかは見えない。けれど、彼女がそれに胸を膨らませているのは、表情から容易く察せられた。

 

「──」

 

 少しの葛藤の後、海風は手に取った品を元の位置に戻して再び帰路についた。去りゆく背中と立ち止まっていた露店を交互に見つめる提督。取るべき選択肢は2つに増えた。

 けれど、そこに迷う余地などあろう筈もない。

 

「……よしっ」

 

 提督は行き先を変更、海風が立ち止まった小さな露店に足を向けた。店頭に並んでいるのは細々とした古き良き和風の小物。がま口、簪、漆塗りの櫛などなど。

 その中で海風が手に取っていたものが何なのか、あの立ち位置、手の流れ──。

 

(これか?)

 

 目的物の辺りは付いた。

 ならば、やることは一つ。

 

「すみませ〜ん、これ下さ〜い!」

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

「お〜い! 海風〜!」

「……ん? あっ、提督!」

 

 商店街を出た海風に、提督はようやく合流を果たした。

 名前を呼び、手を振って追いかけると、海風は足を止めて手を振り返す。

 

「どうしてこんな所に? まだ就業時間の筈では?」

「そうなんだが……大本営から送られてきた書類の半数以上が“俺の派閥に加われ。さもないとどうなるか分からんぞ?”って内容だったからやる気が起こらんくてな〜。秘書艦にやってもらってる」

「あぁ〜……えっと、霞ちゃんでしたか?」

「そうそう。まぁ、あいつは立場的にな──ほら、荷物持つよ」

「あっ、ではお願いします──程々にしてあげて下さいね。霞ちゃんも好きこのんでやっている訳ではないので」

「善処はしよう」

 

 並んだ二人は同じ道を歩いていく。同じ家、同じ場所に帰るために。

 日はまだ暮れないが、歩道を小学生たちがじゃれ合いながら走っている。もう、夕刻も近くなってきたようだ。

 

「そうだ、ほらこれ」

「はい? 何ですか?」

 

 提督は懐にしまっていた物を出した。

 差し出されたそれを、海風は不思議そうに受け取った。

 

「あっ! これ……」

 

 それは海風が露店で見ていた代物。

 素朴な桔梗の装飾が優しい艶となって目を惹き付ける、墨色の“万華鏡”だった。

 

「欲しいんなら買えば良かったのに。誰も咎めたりなんかせんよ」

「いえ、その……お値段的に気が引けて……」

 

 欲しかった物を貰ったというのに、眉根を垂らして困惑する海風。そういう謙虚なところも魅力の一つではあるが、せっかくの贈り物なのだからもっと喜んでもらいたいと、提督は思う。

 

「良いんだよ別に、お前はよくやってくれてる。たまのご褒美くらいないと、身も心も持たんよ」

「そう……でしょうか……?」

「そうそう、だから貰ってくれな。いつも家のことやってくれてるささやかな礼だと思って」

 

 実際、海風がいなければ家の中はかなり悲惨な状況になっていたことだろう。

 妻が家で待ってくれている。それだけで提督は朝、面倒な仕事へ溌剌(はつらつ)と向かって行けるし、疲れを押して帰宅することができる。

 海風の存在は、提督にとって大きな支柱となっているのだ。

 

「は、はい……ありがとうございます!」

 

 花の咲いたように、海風は微笑んだ。

 提督も満足気に笑った。この笑顔が見られるというのであれば、3500円の出費も安いものである。

 

「提督! 今日の夕飯は期待してて下さい! 海風、腕によりをかけて調理いたします!」

「鮭のホイル焼きと鯛のアラ汁でしょ? 超期待して待ってるよ」

「……どうして提督が今日の献立を知っているのです?」

「後つけてたから」

「……そういえば、万華鏡のことも知っていましたね。いつからですか?」

「魚屋から」

「もう……声をかけてくだされば良かったのに」

「好奇心には勝てなかったんだ」

 

 他愛もない話をしながら、自然と二人は空いていた手を繋いだ。確かにそこにあるお互いの体温を感じながら、今が幸せであることを示すかのごとく優しく、強く手を握る。

 これは、なんてことのない日々の一幕。

 特別なことなど何もなく、ただあって当たり前の幸せに満ちた何気ない生活の断片。

 

「まだご飯まで早いですけど、お家に帰ったらどうなさいますか?」

「ゆっくりしようぜ。最近、激務だったから疲れてんだ」

「そんなこと言って、一昨日もサボってたじゃないですか」

「ん、そうだったか? まぁ、いいだろう。次の日頑張ったんだから」

「ん〜、それは本当ですか?」

「本当ですとも」

「……嘘は良くないと海風は思うのです」

「いやそこは信じよう? 愛する夫の言うことをさ」

「し、信じていますよ?」

「提督、嘘は良くないと思うのです」

「──フフッ、そうですね」

 

 上官の命令を一蹴して左遷された提督と、艦娘を引退せざるを得なくなった海風が送る、笑顔が絶えない心から楽しいと思える日常の最中。

 

 ──この日もまた、二人にとって良き一日となったようである。

 

 

 

 




翌日
無惨な姿で「十二代目ていとくん」が執務室に横たわっていたという……。

本当は欠損とかね、色々やりたかったけど己の無力さに屈しました。


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