「……」
零羽を連れて、霊夢達は永遠亭に戻る。レミリアはこいしを担ぎ、霊夢はしんりの遺体を運ぶ。どうせなら、地霊殿の近くに埋葬するという、霊夢のせめてもの償いと餞だ。
「……ね、霊夢」
「何?」
永遠亭に戻る道中、レミリアは霊夢に話しかける。
「しんりを救う方法は本当に無かったのかな……」
「…………それはさっき話したでしょう。無理だったの」
「でも……それでも、しんりが助かる方法も……」
「レミリア、何度も言わせないで」
苛立ちを隠せない霊夢はレミリアの食い下がりように、強く当たってしまう。
「無理だったのよ。殺すこと以外、私には思いつかなかった」
「……そう、ごめんなさい」
「…………」
霊夢としんりが戦っていた場所は永遠亭から大した距離では無かった。五分ほど歩くと、すぐに永遠亭が見えた。
到着すると、霊夢は近くのベッドにしんりを預ける。欠損が激しい体でも、やはりしんりの面影は見える。
「……永琳を呼んでくるわね」
こいしを寝かせたレミリアは永遠亭に隠れている鈴仙と永琳を探しに出ていった。私はそれを見送ったあと、しんりを見て後悔する。
「(本当に……しんりを救うことができたなら……私は……)」
初めて人を殺したのだ。それも、友人を。どうしようもない後悔と罪悪感が流れる。
霊夢はこの時、初めて悔しくて握り拳を作った。
「さて、零羽」
「な、何?」
近くに座らせておいた零羽に問いかける。今の零羽には霊力も一切ない。つまり、ただの人間と同等以下の存在に成り下がっている。
「さとりとフランはどこ?」
「……寺子屋から入れる地下深くの私の独房よ」
「……そう、嘘は言っていないみたいね」
「私は、これからどうなるの?」
「別に、私はあなたを許す気は無いけれど、殺す気は無いわ。霊力を全て吸い取ったから、あなたを故郷に返すつもりよ」
「そう……」
今の零羽には何も無い。つまり、このまま放っておいても構わないのだ。
「でも、セリカナとやらはどうなっているの?」
「あれは、私の霊力を込めた。だから、恐らく今頃は……」
「せ、セリカナお嬢様!」
セリカナ・クレセ・ステナミアの執事、セリシウスが突然倒れるセリカナの体を支える。
ここは寺子屋から続く零羽の独房。寺子屋の管理者である上白沢慧音すら知りえない場所。
「な、何が……」
そこで捕らえられているさとりとフランは唐突に倒れたセリカナを見て目を見張る。そして、それは同様、黒髪ロングの「赤城」と黒髪ショートの「加賀」。二人の女性も同じだった。
「……まずい。お前達」
セリシウスの名指しに、赤城と加賀は姿勢を正す。
「お前たちは地上にいる軍の支援にいけ。ここは私一人で十分だ」
「はい」
こうして、赤城と加賀は姿を消した。
「な、何が起きているの!?」
「ふん、お前達は知らなくていい事だ。そろそろ、古明地しんりが姿を現す頃だろう? いい加減、戦いたくてうずうずしているんだ」
セリシウスの狂気的な笑いに背筋が凍る。この人は幻想郷の誰よりも強い。そう確信することも出来た。
「(多分……姉さんでさえも……)」
「ぐ、軍の奴ら全員がいきなり倒れたぁ!?」
レミリアが人里で軍と戦っていたお燐とお空の話を聞き、目を見開く。
鈴仙と永琳、そしてレミリアと霊夢。とりあえず永遠亭で作戦会議をしているのだ。
「う、うん。突然、魂が抜けたように倒れて……」
「なるほどね」
霊夢がレミリアの隣で頷く。
「全員、零羽の力で動いてたってことね」
「…………どういうこと?」
「零羽。あなたが操作していたのは、セリカナっていう女の子と、その軍隊……だけ?」
「ええ、あとは自発的に幻想郷を壊しに来たものよ。私含めてね」
「そう……」
零羽の説明に霊夢以外の全員が頷く。零羽の零羽は全て削がれた今、セリカナや軍の力は全て消えた。
「とりあえず、人里への脅威は消えたわけね」
「で、でも……それだとまだ敵がいるみたいな……」
しんりの死を受け入れ、既に前を向いている鈴仙はとにかく目の前の敵を倒そうと必死にもがいていた。
感心した霊夢はすぐさまそれに関しての話を続ける。
「そういうこと、レミリア。あんた達が地霊殿で出会ったやつの名前、なんだったかしら?」
「えと……あ、赤城?」
「そう、これは零羽の操作を受けないで、自発的に幻想郷を破壊しに来た奴ね」
「……となると、まだ敵はたくさん残ってるってわけね」
「……残り三人よ」
囚われたままの零羽が部屋の端から口を開く。
「その赤城、加賀……そして」
零羽は一度口を噤むが、決心したように霊夢の目を見据えた。
「セリシウス・クロミー」
「……誰?」
「この異変の首謀者よ。私達は幻想郷破壊を目論んでいたセリシウスに加担した。利害の一致から共に行動していただけ」
「……なるほど」
「とりあえず、今は休憩しましょう。今から攻めに行っても返り討ちになるだけよ」
霊夢の提案に全員が頷いた。
「……しんり様……」
しんりの遺体の前で膝を付くお空と呆然と見つめるお燐。ポロポロと涙を流し、しんりの手を握る。
「必ず……さとり様とフランさんを助けてみせます……あなたが落とした命を……決して無駄になんかしません」
「今までお世話になりました……」
今まで彼女が地霊殿の主として努力していたのは知っている。仕事は大抵さとりが行っているが、それでもさとりのサポートや慰労に努めていたのは間違いなくしんりだった。
「……さようなら」
そう言って、お燐達は立ち上がる。今、幻想郷は戦場なんだ。いつまでも仲間の死を引きずっていては自分も命を落とす。
か弱い少女ながらも、覚悟を決めていたお燐達はすぐに切り替えて握り拳を作る。
「セリシウス……絶対に倒す……」
お空のその言葉は怒気がこもっていた。大切な人を殺した罪はとてつもなく重い。
「……お空?」
「っ!?」
突如名前を呼ばれる。しかし、お燐では無い。声のした方向が明らかに逆方向だったからだ。そこに居たのは、紛れもないしんりの妹、こいしだった。
「……ねぇ、しんりねぇはどこ?」
「…………」
「? どうしたの、知ってるなら教えてよ」
お燐達は口を噤む。まだ死を受け入れられていないこいしにどう話せばいいのか。
「あ、あれ? もしかしてまだ帰ってきてないの? もぉー、しんりねぇったら相変わらず自由だねぇ」
「こいし様……」
「あ、しんりねぇが帰ってきたらみたらし団子買ってあげよう? ね、お空、お金まだある?」
「こいし様!!」
現実から目をそらすこいしにお燐が叫ぶ。ビクンと体を強ばらせるこいしに追い打ちをかけるようにお燐は叫ぶ。
「しんり様はもういないんです! 死んだんですよ!?」
「な……何を言ってるの、お燐。しんりねぇなら……ここに……」
「……死んだ者は生き返らないんですよ。どれだけ願っても、どれだけ努力しても、死んだ者はもう息をしないんです。笑わないんです」
「……やだ……やめてよ。お燐……お空も何か言ってよ!」
「こいし様……」
ずっと黙っていたお空はこいしから顔を逸らす。お空にとっては辛すぎるものだった。
「お燐!! しんりねぇは生きてる! だから、早くそこに連れて────」
パァン。
こいしの頬に痛みが走る。これで頬を叩かれたのは二度目だった。
「……いい加減にしてください。こいし様」
「…………」
「いつまでも現実から逃げようとして、それであなたは救われるんですか?」
「そ、そんなこと……」
「いいですか、しんり様は死んだんです」
「ッ!!」
はっきりとお燐は伝える。ここで曖昧な答えはかえってこいしを傷つけるだけだと判断した。
「これから、こいし様はしんり様が残したものを全て背負うんです。そして、いつまでも幸せに笑うんです。それが、しんり様にとっての唯一の報いなんですよ」
「う……うぅ……」
お燐もこいしも涙を流す。地霊殿の主が、私達の家族が知らないうちに死を遂げた。ろくなメッセージも思いも聞かずに、命を落としていった。
「……だから、いつまでも引きずらないでください。こいし様にはまだ家族がいるでしょう?」
「…………」
そうだ……私にはさとりねぇもお燐もお空もいる。一人にはならない。
もう、しんりねぇとは話せない。しんりねぇと一緒に笑えない。その事実だけが、こいしを推し潰そうとしている。
「……嫌だよぉ……しんりねぇ……」
「こいし様……」
その場で崩れ落ちるこいしを抱きしめるお燐。そして、その二人を包むお空。三人の泣き声が、大切な人の目の前で響き渡った。
そして、涙が枯れる頃、こいしは二人の手を握った。
「……行こう」
「え?」
「この異変を終わらせよう」
お燐とお空はこいしの覚悟が垣間見えた。それに呼応するように、二人は笑う。
「ええ、必ず、この異変を終わらせましょう」
「さとりねぇ……待ってて」
そう決意した三人はしんりの元を離れ、霊夢達のいる永遠亭内に向かった。
その瞬間、しんりの指がピクリと動いたのは、誰にも感知されなかった。