では、ごゆるりと…
私達は重い足取りで地霊殿に帰る。結局クーラーも買えなかったし、ただ単に人里で戦ってきただけ。今日は本当に災難な日だ。しかし、私よりも今はさとりとこいしの状態がひどい。さとりは怒りを覚えたかのようなイライラした顔。それとは裏腹にこいしは心底怯えており、呼吸が荒く、カタカタと震えていた。
「2人とも……大丈夫?」
「大丈夫よ。ごめんなさい、姉さん」
「こいしは?」
「………」
「こいし?」
「へ?あ、うん、大丈夫……」
ついさっきも同じ質問をしたのだが、こいしはまた同じ反応をするし、私の言葉など耳に届いていなかったみたいだ。そうして地霊殿に着く。出る時とは全く違う雰囲気で私は少しだけ気まずさを感じた。
「じ、じゃあ、お昼ご飯作るよ。何か冷たいものがいいよね?」
「うん………」
2人はソファに座り、うずくまっていた。
「2人とも、そこまで気にすることはないよ。たかが人間の一言じゃん。博麗の巫女もいつかはここに来ると思うけど、きっと分かってくれる。だから、元気だそ?」
「そうだけど………ただ心が読めるってだけでどうしてあそこまで言われなきゃいけないのよ………」
少し刺々しいさとりの言葉に私は息を詰める。さとりとこいしは同じ能力。私には分からないんだ。そう言えば、まだ2人が同じ能力の理由を話していなかった。お母さんと二人きりの時にふと呟いた事なんだけど。
「さとり、こいし。何で2人が同じ能力なのか知ってる?」
私は少しでも2人の元気を取り戻してほしいと願いながら、別の話題で二人を振り向かせる。
「さとりとこいしは元々"双子"で生まれてくるはずだったの。産まれる前にお母さんの体に異常が出てね。さとりだけが先に生まれちゃったの。そしたらこいしを生む時にはもうお母さんの体は衰弱しきってて、あちらこちらの血管が切れたからなんだ」
「そ、そうなの………?」
「そう、双子は必然的に"同じ能力"を持つはずなんだ。だから実質、さとりとこいしは双子なんだよ」
「それは知らなかった………まさか私とこいしが同い年なんて………」
さとりはつっかかってくれているのだが、こいしの方は一向に反応を示さない。私は死んだ魚のような目をしているこいしに優しく声をかけた。
「こいし………?大丈夫だよ、だからもういつも通りに……ね?」
「そうよ、こいし。確かに人里で私が暴れたのは悪かったけど、今なら後悔していないわ。ただの人間に言われただけでそこまで落ち込むことはないわよ」
私とさとりの声に、嗄れた声でこいしは静かに反抗した。
「しんりねぇもさとりねぇも………悔しくないの……?」
「悔しいよ。でも、こんなの一々気にしてたらきりがない。人間とは当分関係を断つつもりだから……」
「そうじゃない………あんなに酷いことばっか言われて………ただ心を読むことが出来るだけで避けられる………そんな孤独に……さとりねぇは耐えられるの?」
少しずつ声が鋭くなるこいし。そして、ついに爆発でもしたのか、勢いよくソファから立ち上がり、自分の青色サードアイは思い切り握った。
「私は嫌だ!!こんな誰とも仲良くできない生活なんか嫌だよ!!人間のみんなとも仲良くしたいっ!もう心なんか読めなくたっていいのに………」
「こいし……」
いつの間にか、こいしの頬には銀色の雫が伝っていた。そして、自分が泣いていることに気づき、こいしは早足で私とさとりの間を通り過ぎ、自室へと向かっていった。
「………大丈夫かしら…こいし………」
「多分…………でも、私たちが避けられてるのを見て、少し心に大きな穴が空いちゃったかもしれない………………しっかりとケアしないとね………じゃ、ご飯作ってくるよ…」
「うん………」
私は台所へと向かい、フライパンを手に取る………まさか…こんな早くにこいしの心が折れてしまうとは思わなかったよ………さとりも心の傷がまた出来ちゃったし………これはお姉ちゃんの私がしっかりしないとな……そう決意して私は料理を始めた。
私は自室に篭もり、ベッドの上で仰向けになる。
どうしてしんりねぇもさとりねぇも平気な顔をしていられるの………?みんなに嫌われてるのに、どうして我慢できるの………?お母さんがくれた能力なのに…今じゃ憎たらしくて仕方が無い。もうこんな能力無くていい………いや、なくなって欲しい……私は心の中でそう念じた。人里の行く時、私は色々な人の心の声が聞こえた。『覚り妖怪なんて死ねばいいのに………』『もう気味が悪いよ…………』…こんな事が心の中で反芻させられ、私の頭はおかしくなりそうだった。さとりねぇも恐らくそれを聞いていたのだろう…………それなのに…我慢して生きていくのなんて嫌。私は他のみんなとも仲良くなりたいの。だから………こんな能力…消しちゃえばいいんだ………私はベッドから降りて、棚を漁る。
「あった…………」
それは、鮮やかな銀色のナイフ。裁縫のためにと言って、しんりねぇが一回り大きいナイフを買って来ちゃった時のもの。これで……私は覚りから開放されるんだ………目をつぶり、私はナイフを上に振り上げる。そして…
思い切り、サードアイの中心に刺した。
「っ………ああ!……」
体の一部でもあるサードアイにはもちろん痛覚もある、自分の目を潰すのと同じ痛み。鮮血を撒き散らし、ベッドや棚、私の真っ赤な血によって染められていた。そして、私自身もまた赤くなっていた。
「あ、あああ!」
やった………これでようやく…心が読めなくなった………私は痛みや恐怖よりも先に、喜びが勝った。サードアイにはポッカリと穴が開き、スゥー………と静かに瞼を閉じた。覚り妖怪は一度瞳を閉じると、もう二度と開かなくなる。つまり、"心が読めなくなる"という事だ。
ああ……これでみんなに嫌われない……………
「あはっ…………ははは……」
乾いた笑い声が部屋に響く。するとカチャっと静かにドアが開けられ、そこからしんりねぇが顔を出した。
「こいし?ご飯できたけど…………………………」
「あ、しんりねぇ………………これで私……………………………覚り妖怪じゃなくなったよね?」
「…急いで永遠亭に行くよ…………!!」
しんりねぇの顔には怒り、心配、呆れ、この三つだった。すると後ろからさとりねぇも来て、私の姿を見る。
「こいし?!あなた何やってるの!!」
「今はいい!早く永遠亭に行くよ!」
私は慌てるしんりねぇに担がれ、地霊殿を出た。そして物凄いスピードでしんりねぇは飛ぶ。その後ろにさとりねぇも付いてきていた。そして、私は永遠亭で永琳にこう言われた……
「馬鹿なことを………」
その哀れみのような目に私は疑問符を浮かべる。どうして…………みんなそんな顔をするの………?私は腕に一本の注射を打たれ、すぐに瞼が落ちた。
「こいし………大丈夫よね…?」
「大丈夫だよ…………しかし何であんな馬鹿なことしたんだろ………」
さとりの問いに、私は静かに優しく答えた。するとさとりはその場でカタカタと震え、自暴自棄に入ってしまった。
「私のせいよ………私が…人間に嫌われるようなことをしたからっ………!」
両腕を抱き、涙を流すさとり。私の手は無意識にさとりの背中に伸びていた。ゆっくりと擦り、震えるさとりを落ち着かせようとする。
「大丈夫…………さとりは悪くないよ……大丈夫……」
この優しい言葉に何の意味があるかは分からない。これはこいし自身の決断だ。さとりはもちろん悪くない。私のせいだ。自分のことだけを考えてしまい、妹のことを考えていなかった。自分でそう悔しがっていると、手術室のドアが開く。
「しんり、さとり。あなた達に知らせたいことがあるの。中に入りなさい」
「え、うん。わかった……」
私とさとりは顔を見合わせて首を傾げる。そして、椅子から立ち上がり、こいしのいる手術室に入った。中に入ると、横たわって寝息を立てているこいしがいた。
「こいし………」
「安心しなさい。手術は成功よ。でも……」
永琳さんの顔はいつよりもかなり暗く、マスクをしていても分かるくらいだった。
「彼女はもう"心が読めない"。完全に心を閉ざしてしまったのよ………誰にも知られたくない、誰のも知りたくない………そんな思いから…だと思うけど、完全にサードアイが潰れてしまっているわ……」
「そんな………」
「だからこいしは『無意識』が操れるようにもなった。こいしの心は誰にも分からなくなってしまったの」
その発言に私とさとりは凍る。こいしは恐らく心を読むことが嫌なのだろう………まぁ、私たちの嫌われようを見て嫌になったんだろうけどね…………
「そう、ありがとう…永琳さん」
「もうすぐで目が覚めるわ………それまで待っていなさい。お茶くらい出すわよ」
そうしてまた私達は手術室を出て、隣の隣にある居間に座る。すると鈴仙さんがお茶を差し出してくる。
「どうぞ。粗茶ですけど…」
「ありがとうございます」
ズズズ………と静かにすする。その暖かさに私は少しほっこりした。夏なのに心地がいいこのお茶は素晴らしいものだ。それから数分後、永琳が戸を引いて入ってきた。
「こいしが目を覚ましたわ……」
「………わかった…」
そして、また手術室に入ると、今度は体を起こしてボーッとするこいしがいた。
「こいし……」
「しんりねぇ、さとりねぇ。私はもう覚り妖怪じゃないよ………これで…みんなに嫌われないよ……」
乾ききった笑みを見せる。私はそれに少しショックを受けた。
「どうして……こんなことを…………」
さとりの言葉にこいしは対抗するように声を張り上げる。
「お姉ちゃん達が……!嫌われているのを見たくなかったから!私が覚り妖怪は悪い妖怪じゃないってことを伝えたかったの!」
涙が溢れ出す。
「だから……そのためには…心を読む能力は切り捨てないといけないのよ…!」
バチン!!
手術室内に軽快な平手打ちの音が響く。赤くなった頬をこいしは抑える。
「しんり………ねぇ…」
「こいし、そんなことをしても意味は無いよ。鬼が角をとっても鬼であることには変わりない。翼をもいだ鳥も鳥であることには変わりない。それと同じように、こいしがサードアイを閉じても、覚り妖怪であることには変わりないの」
「………!」
「覚り妖怪のイメージを変えるためだけに、心に傷を作ってはいけないよ………こいし…」
こいしの体全てを包み込むように…私は優しく抱きしめる。優しく、そして強く。
「私も………絶対にこいしを守るから……!もう、1人で無理しないで……!」
私の目からも涙が溢れる。こいしはしばらく硬直し、もう一度涙を流した。
「しんりねぇ……」
「私も、ごめんなさい…こいし………心が読める私でさえ、心を読むことを拒否してた……こいしがここまで我慢してるのを知らずに……」
私とこいしに重なるようにさとりの体も触れる。
「う、うあああああああああ!!」
こいしが声を上げて泣き叫ぶ。しかし、その涙は悲しみでもなく、悔しさでもなく。
嬉し涙だった。
それから5時間ほど経ち、すっかり日は沈んでいた。こいしも泣き止み、これからはしっかりとお姉ちゃん達と協力して生きる。そう改心してくれた。今日は永遠亭に泊まることになり、私達は夏の夜空を見上げていた。
「あはは……さとりねぇだけ先に寝ちゃった……」
「本当だ……」
私とこいしが縁側で月を見ていると、壁に寄りかかって、さとりが寝息を立てていた。私は無意識にこいしの手をギュッと握っていた。
「しんりねぇ……?」
「こいし。もう、あんな無理はしないでね………?傷つくのは………あなただけじゃないんだよ?」
「………うん」
小さな声にも、しっかりと対応してくれた。もう、これ以上妹達を危険な目には合わせたくない。今回の件も何もこいしだけが悪いわけでもない……お姉ちゃんである私が……二人を守るんだ………
「……大好きだよ…………しんりお姉ちゃん……」
「………!」
こいしが初めて放った『しんりお姉ちゃん』。その言葉には妙に重みがあり、私は初対面の人にいきなり名前で呼ばれた感覚に陥る。少しドキッとしてしまった。しかし、こんな情けない顔を見せてられない。私もすぐに微笑む。いつまでも……古明地三姉妹が…幸せでいられますように………その思いを乗せ、こう紡いだ。
「私も大好きだよ…こいし……」
夏の夜空は満月を中心に、たくさんの星空が広がっていた。
こいしの心が閉じ、シリアス回第一回、これで終わりです。
次回からほのぼのなものを作ったり、異変編だったりするので、これからもよろしくお願いします。