1. この小説はぜったい天使くるみちゃん様の宣伝用に用意する予定だった作品です
2. この小説はぜったい天使くるみちゃん様から許可を得ないまま投稿しています、この点に関して問題が生じた場合は公開を停止する予定です
3. この小説は構想に当たって、とある楽曲や作品からインスピレーションを得ています。シティハンはいいぞ
4. この小説は妄想やノリと勢いなどを多分に含んだ、所謂素人のでっち上げ作品です
5. 現在は諸都合により、ぜったい天使くるみちゃん様はバーチャルyoutuberとしての活動を停止しています
『"天使"が入り浸っている古びたスナックバーがあるらしい』
『店が潰れた跡を無断で借用して、勝手気ままに飲んでいる』
『そんな"天使"に便乗して、不特定多数が其処で屯するとか』
...そんな噂をネットで聞きつけたのが、つい最近の事だ。
調べてみれば巷で噂のバーチャルユーチューバーなるものが関わっているという。現実の人間の動きをそのままキャラクターの動きとしてトレースさせることで、仮想空間のキャラクターがまるで生きている様に動く...という代物だ。
近年このバーチャルユーチューバーは急加速的な増加傾向にあり、ネット上での主要なコンテンツとして認知されるかもしれないという噂もある。
しかしバーチャルユーチューバーというものは分かるが、はて、そんな何かがスナックを、それも潰れてしまった店舗を勝手に利用しているとはどういう事なのだろうか?オマケに複数人とつるんで、好きに飲み食いしてるときた。
知らぬ人が聞けば不良の集まりか、大人たちのふざけた集いだと軽蔑するはずだ。実際、そんな事をしていれば先ず第三者の通報を受けた警察がすっ飛んでくることだろう。
だが、よくよく調べればそんなやましい事でもないという。確かに世間体がよろしくない真似をしていれば、とっくに御用になってニュースなどでこの事が取り上げられている筈だろう。
そうなると、"天使"と呼ばれる何かは、無人の筈のスナックバーで何をしているのだろう?"天使"と共に店舗に足を運ぶ者たちは何を目的として其処に通うのか?
......好奇心が疼く。その宴をこの目と耳で見聞きしたいと心がざわめく。そんな考えが頭を過ぎったかと思えば、気付けば『外』に出る準備をしていた。
今日も集まりがあるらしい、場所も分かった、上手くいけば自分も潜り込めるだろう。そんな安易な判断で、心の赴くまま、自室から外へ出ようと身体が勝手に動き出す。外に出て冷たい空気を浴びても怯むことなく、高層マンションからの眺めに目を向けながら地上へ降りる為、エレベーターへと向かった。
エレベーターに入るまで、夜の街を輝かせるイルミネーションを見下ろしながら、何となく頭に浮かんだ歌を口ずさんだ。普段はそんな事をしないのだが、この時ばかりはついそんな真似に走ってしまうぐらいに、心が浮かれていたのかもしれない。
エレベーターに乗り込んだ後も鼻歌交じりに身体を揺らしながら自室のある階層から地上に降りるのを待ち、そのままマンションの敷地から出れば、現在地から潰れたスナックバーのあるとされる場所に向けて一直線に足を運んだ。
はたしてそれが、只の好奇心という単純な動機から動き出したものなのか、今となっては分からない。
集まりがあるという情報と共に、たまたま開いた動画で耳にした"天使"の歌声によって、既にこの心が"天使"の存在に奪われていたのかも、分からない。
・・・・・・・・・
ビル街を突き抜ける凍えてしまいそうな風が電灯が灯って間もない路地へと吹き込み、ぽつぽつと歩くこの体を通り抜けていく。腕時計を見れば六時を過ぎた頃合いか、如月の寒さがまだ抜けきらないこの時期には、外を出歩くのは若干の苦である。
思えば、未だ出歩くのに慣れないこの街に来てから、まだ一か月も経っていない。車で高架橋に出来た都市道を経由すれば行きたい所に直ぐに移動できるが、普段そうしているお陰でこの街の道路を歩くのには、何処となく戸惑いを感じる有様だ。
件のスナックバーがあるという場所は分かるが、其処に至るまでの道のりは一人で行かねばならない。この一か月で、ネット上で噂を囁かれる物件に足を運ぼうという物好きな知り合いが作れるほどフレンドリーな人柄でなければ、そんな友人を作ろうにも些か致し難い仕事柄である現状、どんなに心寂しくとも独りで行かざるを得ないのが現実。
此処まで寒さと寂しさが身に染みてくると、衝動に駆られて行動に移した過去の自分を叱りつけたくなる気持ちにもなる...が、其れを抑えて、どうにかこうにか店への歩みを進めていく。もう此処まで来たのだから、目的地にまで行ってみなければ損だという気持ちが大きい。
そんな葛藤と後悔交じりの感情に、思わずため息をついた。厚着で出歩いたお陰で余計に体が温まっているからか、何時もより白い吐息が夜空を舞った。ゆらゆらと立ち上る白い吐息はやがて薄まり、高架橋から漏れ出るヘッドライトの光に照らされながら掻き消える。
......かくして。心の内に迷いを抱えながらも、目的地である、空き店舗となっているはずのスナックバー跡までとうとう足を運ぶに至った。
背後にある車道を通る車のライトの光が、スナックの軒先にある、もう二度と光を灯さないであろう虚しさを醸し出すネオンサインを照らす。ちらちらとこの場を行き交う通行人も、外見上は永遠に閉店した筈の店舗へけして視線を向けることなく、そのまま通り過ぎていく。
そうだ、こうして見ればこの店はもう営業していないように見える。道路に面した部分には窓がないから中に灯りがついているのか、人が居るかも分からない。
何より道を行く人は誰も、潰れたスナックバーを気にしようとする素振りがなければ、見向きさえしないのだ。これで判断するなら、"天使"どころかこの場所に人が入り浸ってる噂さえガセだろう。
噂が嘘偽りのない真実であると仮定するならば、位置情報や外見から見て、此処がその噂の中で語られたスナックバーで合っているはずだ。此処以外に条件に合致するスナックは存在しない。
ということは、やはり...俺はガセを掴まれたと判断するべきであろうか。
此処まで来た甲斐もなく、無情にも閉じられたスナックバーの前でボンヤリと佇む中、その考えに思い至って疲労混じりに失望の感情を抱くと共に、心の中が何処となく満足気な思いで満たされた。
少なくとも、噂の認否を確認できたには至ったのだから、それでいいじゃないか。天使の居るスナックは存在しなかった、其れだけでも十分だ。
そうだ、いいじゃないか。心を惹かれたバーチャルユーチューバーと会えずとも、そんな人物の元に集う観衆と語り合えなくても、今までのままでも、十分だ。
こうして事実を思い知った後もなお、未だに心の中で燻る感情を、断ち切る様にスナックバーへと背を向けた。後は家に帰って飯を食ってベッドに倒れて寝込むだけ、きっとこれまでの衝動は単なる気の迷いで、明日には忘れ去っている事だろう。
...ああ、なのにどうして、身体と頭の動きが一致しないのだろう。一歩踏み出せばそのまま家まで歩きそうな足は、脳裏を駆け巡った諦めに反して動こうとしない。或いは逆に、この頭の中にある何かが体を動かすことを拒否しているのか。
『 』
...いや、違う。そうではない。
『 ....暗号を唱える』
そうだ、思い出した。冗談だと気にも留めなかった噂が、一つあった。
『 ....扉の前で三ケタの暗号を唱える』
今になって、其れが頭の中に蘇る。まるで、天使からの囁き声で啓示を得た様に。
『店は結界で覆われ、入るには扉へと三ケタの暗号を唱える』
普段なら信じない様な、そんなふざけた噂話が。あの時ネットで見かけた噂の中でも、一目見ただけでガセだと判断した筈の一文が、今になって脳裏を過ぎったのだ。
理性がまだそれを影も形もない与太話だと信じてやまないのに、感情的な心の一面はそのキーワードが、絶対的な鍵の形をした確信を訴えかけてくる。
帰りかけていた足がそのままスナックバーの入口へ、慌てながらも扉の前まで向かった。失意で乾ききった筈の口が、今では自分でもおかしく思えるほど、笑っているように感じる。
そのまま胸の鼓動が高鳴るのに任せて、扉の前からスナックバーの店舗に掛けられたままのネオンサインを見上げた。噂の書き込みによれば、ネオンサインに暗号が示されているという。
だが今こうしてネオンサインを見返しても、特に目につくものはない。輝きを失ってから久しいネオン管が、この店の名前であっただろう文字を象ったままだ。
...いや、待て。其れだけではない、ネオンサインには店の名前とは関係のない文字が三つ、後から付け足された様に存在するネオン管が其処にあった。
「...X...Y...Z...?」
目に映った通り、その場でそれらの文字を確認する様に呟く。
その瞬間、先ほどまで鍵が掛かって開かないはずの扉から、ガチャリと音が鳴った。その音に思わず反応して後退りかかるも、これで鍵が開いたのだという直感から、迷わず一歩先へと足を踏み入れドアノブへと手を掛ける。
扉はすんなりと開き、中から閉店したはずの店舗にはそぐわない喧噪と、店内の照明による明かりが漏れ出てきた。やがてこの身も誘われるようにしてそんな活況へと入り込み、手を離した扉はガタンと閉じていく。
外界には、人の居ないはずのこの店に入り込んだ人影に気づいたものは誰も居ない。車道を往く車も、歩道を往く人も、この寒さで冷え込んだ中を黙々と突き進むのみである。
...ただそんな外の世界に向けて人知れず、スナックバーの外壁にかけられたネオンサインがその形を変えて微かに輝いた。
『天使のいるLower bounds』..."天使"が舞い降りたスナックバーは、表向き存在しない体であるものの、確かに其処に存在した。
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厚手のコートを着込んだ小柄な青年が店へと立ち入っても、店の中に居た者は特にそれを気にするそぶりを見せなかった。何人かが青年へと軽く目を向けていたものの、フレンドリーな様子で軽く手を振ると、そのまま近くに居た者たちとの雑談にすぐに意識を戻った。
小柄な青年はそれを挨拶として受け取り、其れまで被っていた帽子を脱ぐと彼らに対して軽く頭を下げた。その後、青年は店の中を観察する様に眺めながら、適当な空いている席を求めて歩き始める。
閉店したはずのスナックバーの内装は、外装と比べても勿論の事、この場に踏み入るまでには信じられない程に整っている。単に綺麗にしてあるだとか使われなかったからという訳ではなく、まるで閉店したという事実がまるっきりないと感じるまでの使用感に溢れていた。
更には店内のスペースが外から見たスナックバーのサイズと釣り合わない。何処から来たのかも分からない面々から構成された集団が賑やかに飲み食いし、語らって笑っているにも関わらずその音が一切外に漏れていない。はたして国内の何処から此処にわざわざやって来たのかも分からない程に多い様々な外国人や、一見人間なのかと目を疑う外見をした何者かが一堂に会している...この場に踏み込んで初めて気づいた幾つかのことに、フラフラと席を求めながらも店の中を見渡していた青年は戸惑いの表情を浮かべる。
(とはいえ、こんなにも楽しく、それでいて明るく、お互いの身分を抜きに無礼講なノリで騒いでいる面々を見ていると、それらの事柄を突き詰めていくのは些か場違いが過ぎるかもしれない。)
(何よりも自分もそんな不可思議な空間に招き寄せられた、一人の客人に過ぎないのだ...)
青年がそのように考えていたところで、ふと、複雑な表情で辺りを見渡していたそんな彼の姿に気づき、丸いテーブルを囲って酒を嗜んでいた男女が陽気に声を掛けてきた。
『此処は初めてなんだろう、でもその内馴染むよ』...身をもってその言葉を体現している彼らの姿に、小柄な青年は先ほど脱いだ帽子を手にしたまま、『出来るだけ力を抜いて楽しみます』と、表情を柔らかくしながら言葉を返した。
それから自然体で過ごそうと心掛けて店中を更に歩き回っていく小柄な青年であったが、そこであるものが目に飛び込んでくる。
壁に掛けられた掲示板だ。青年は其れを確認すると、何か情報が得られそうだと直ぐに其方へと足を向けた。其処にはこのスナックバーに関わるお知らせや、来店した客同士の伝言の他...ネットで見かけた、バーチャルユーチューバーとしての容姿そのままの"天使"と見られる人物が映った写真が幾つか張り付けられている。
コルクボードに掲示された写真は全て、"天使"が関係しているものの様だ。一体誰が撮ったのか、"天使"がこのスナックバーで酒を飲んでいる所や、店の外と思わしき場所で困ったように笑った顔を向ける"天使"の写真などがある。
特にそれらの中でも、青年はある一枚の写真を見入るように見つめた。先ほど店の中を見渡した時に見かけた様な、人ならざる者と一緒に写った"天使"の写真である。
華奢なボディを持つ、不器用な笑顔を浮かべるロボットのような何かと...何故か忍者の装いで腕を組む、額当てが特徴的な男に...見るからに人間ではない肌白さに瞳孔のない光り輝く目、そして尖った歯を剥き出しにして人が良さそうなスマイルを向ける"魔族"めいた衣装を身に着けた者。
そんなあまりにも個性的すぎる面々と共に、"天使"は赤髪と白い翼を風に揺らされながら、楽しそうにカメラへピースサインを向けている。
そんな光景が切り取られた全く持って現実からかけ離れた写真に、このスナックバーの存在を受け入れた小柄な青年でさえも、一瞬模造されたものではないかと疑った。
ただどういう訳かそれが青年にとって何処となく惹かれる光景で、その"天使"と共に写る彼らも、同じくバーチャルユーチューバーとして活躍している仮想の存在ではなかったかと、青年が首を傾げたその時。
「なぁ君、どうかしたのかい?」
「...えっ?」
コートを着込んだまま、コルクボードに留められた写真を注視していた小柄な青年に対して。
薄い青色のシャツを着た男が、ビールを注いだコップを片手に、どこか心配するような素振りで声を掛けてきた。
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掲示板が設けられた壁から場所はうって変わって、スナックバーのカウンターにある席。
そこで自身へ苦笑いを向ける男を相手に、何処となくいたたまれない思いを抑えつつ言葉を交わしていた。
「そうか、やっぱり君はここに来るのが初めてなんだ。通りで戸惑ってる訳だよ、それも紹介もなしに此処に来るなんてねぇ」
「そうですね、"天使"の事はあまり詳しくないもので...って、紹介?何なんですかそれは。」
「あぁ、うん、これも知らないのか。いやね、この店は此処の事を明確に知ってる人と一緒じゃないと立ち入れないんだよ。表にあるネオンサインに隠されてる合言葉は、このスナックバー...『天使のいるLower bounds』を強く意識しないと見れないそうなんだ。どういう仕組みかは分からないけどさ...」
「成程、そういう事でしたか。自分は確信を得て此処まで来たわけではないんですよ、そういう意味では店まで入れたのは本当に運が良かったんだな...」
「だと思うよ、私も同僚に連れられて此処に来るまでは全く信じられなかったんだ、こんな場所があるなんてね。それが今じゃもう常連なんだよ、ハハハハっ」
年齢は30代ほどか、スナックバーへは会社帰りで家へ戻る前に此処に足を運ぶというその男は、自身へそう笑いながら語り掛ける。
此方も其れに合わせて言葉を返すも、存外にこのスナックバーという存在はキャッチーなもので、訪れた者を魅了してやまないらしい...この店の不可思議さに早速惹かれている自分も又、同じような物だろう。
ふと、カウンターの椅子に座っている内に、店員らしき者が(...後で聞くと有志がバイトとして働いているらしい...)薄い青シャツの男とコートを身に着けたままの自分へと、カウンター越しにビールとお茶を運んできた。
「あぁ、どうも、ありがとう...えっと。それでさ、君、此処にはくるみちゃん目当てで来たんだよね。それなら丁度良かった、今夜は此処に来て歌うそうだよ。」
「それは...此方に来れない日もある、という事ですか。それはまた、今日は本当にツイていますね自分。何時ごろに此処へ来るので?」
「えーっと、確か...20時頃だった筈だ、そろそろじゃないかい。」
その言葉に慌てて腕時計に視線を落とす。彼の言う通り、時計の針は20時より数分前を指していた。
本当にそろそろ来るかもしれない頃合いだ。今日という日は何と、運とタイミングの良い事が続くのだろう...内心その様に驚きつつ、今この瞬間に彼女が、"天使"が来ていないかと店の中を見渡した......が、何処にもいない。
おかしいな、見落としたのだろうか。と確かめる様にもう一度店中を見続けても、いっこうに其れらしい人影は見えない。
「あぁ、ごめんごめん、言い忘れていた。あそこにいるステージがあるだろう?彼女は此処に来ると何時も其処で歌うんだよ、今日も歌ってから店で飲むんじゃないかな。」
そんな自分を見かねてか、男は苦笑いを浮かべてある場所を指さす。その指摘に恥ずかしさを心の中に押し込めながら、彼の指さす方向を見た。
概ね、一人が歌ったり踊ったりするには丁度良さそうなスペースの、簡易的なステージが設けられているのが見える...マイクやスピーカーの他、なにやらスポットライトにも似た機材も置かれている辺り、スナックバーで歌うには十分すぎるほどの設備を用意している様だ。
ステージを整備するようなスタッフの姿がない所を見ると、もうアレで直ぐに歌い出せるように整えているらしい...
「...って、此処で歌うんですか?」
「あれ?もしかして君、其れも知らずにきたのかい。」
「え、えぇ...本当に、こういう店で飲んでるとかいう噂を偶然見かけただけで...」
「なんだなんだ、そういう事だったんだねぇ。じゃあこうして話せてよかった、じゃなきゃいきなり当の本人が歌い出すのを目撃するなんて、サプライズも良い所じゃないの。ハハハハハハッ」
「いやぁ、お恥ずかしい限りです......そうか、此処で、彼女が歌っている所を見られるんですね。」
ふと、思い出すのはあの時噂を目にしていた矢先に見つけた、"天使"の歌声が流れた動画。彼女の顔を、彼女の声を、彼女その物を知ったのはあの時が初めてだった筈だ。
それなのに今ではこうして、衝動的かつ愚直なまでに"天使"のいる場所を追い求めて、此処までやって来てしまうほどに惹かれている。
時計の針が20時を指すまでの間、青シャツの男と共にこのカウンターの席から、ざわめく心を抑え込みながらその瞬間が来るのを待ち続けた。
そうしている内に、余りにも心待ちにしていた為か、あのステージの上へと"天使"の姿を幻視する。
動画を見て最初に心に残った声。作り物の容姿ながら、彼女に抱いたイメージにピッタリ合致したあの背格好と、黒い袖から見え隠れする綺麗な指先。酒焼けしたような声で紡がれる、フレンドリーな自由奔放さが滲み出た言葉が発せられた後の、僅かな沈黙によって生じた妙に惹かれる余韻。そして、プロ顔負けな堂に入った様な歌声と其処から想像もできない様な可愛らしくおちゃらけた心根が滲み出る地声...二つの相反する筈の声色のギャップ加減に、自身の心は気が付かない内にどこか遠くへと連れ去られてしまっていた。
彼女の姿を、この目で見たい。彼女の声を、この耳で聞きたい。彼女という存在を、この体で感じたい。
心の奥底から湧き上がり、着実に大きくなっていく想いを抱えている最中、気付くと周りに者たちも静粛の元にステージへと目を向け始めていた。
時計を見て声も無く口を閉じた者、お互いに談笑してから何かを悟って静かになった者たち、同じテーブルを囲ったまま待ちわびた様子でステージを注視する集団...それまでばらばらにお互いの時間を過ごしていた筈の、全員が、"天使"の登場することを心待ちにしている。
やがて、店の中の照明が薄暗いものへと切り替わった。ステージに目が向いたままだが、隣に座っていた青シャツの男の、息を呑む音とビールを飲み込む音が鮮明に聞こえた。
同時に店内に設けられたスピーカーから音楽が流される。今風の新鮮な曲ではないが、目新しくなくとも綺麗な音色でその場を支配してしまうようなキャッチーなイントロに、この場に居合わせている者全ての心に熱狂の前の、嵐の静けさを醸し出した。
ステージの側にある出入り口から、赤髪の"天使"が満を持して姿を現した。バーチャルユーチューバー、仮想現実にしか存在し得ないはずのその姿かたちが、非現実が現実へと遍在したかのようだ。
それまでスナックバーであったはずの空間が、一気にアイドルがいざ歌い出そうとするライブ会場の空気に切り替わる。
そうして彼女はステージへと上がりつつも、堂々としていながら、それでいて万人が心を掴まれそうな柔らかな笑みをスナックバーに居合わせた"観客"へと向けた。
変化は立て続けに起こる。ステージの上のマイクの前に"天使"が立つと、簡易的な作りであったステージが本物のライブ会場にある本格的なステージその物へと姿を変え、"天使"が動画の中で何時も身に纏っていたあの服も、本場のボーカルが身に着けるような立派なコスチュームへと切り替わっていく...
一瞬、この店に立ち入る際に起きた、あの魔法じみた何かが起きたのかと感じた。しかし違う、よくよく見るとステージに備わっていた、あのスポットライトのようなものによって生じていたものだ。
映像の立体投影技術...今ではドラマや映画に始まり、果てはあらゆる場面において普及しつつあるそれが、このささやかに佇んでいた筈のスナックバーに設けられていた。一体、どのような協賛があればこんな真似ができるのだろう...
ステージと彼女の服を包み込むようにして目の前の光景が投影されるのと同じ原理で、薄暗くなった店内に、最早名実ともにライブ会場と化した空間へと演出用のレーザービームが舞う。
そんなこの場に満足したように笑うと、立体投影された仮初のコスチュームを纏いながら"天使"は目の前にあるマイクを手に取った。
そして次の瞬間、ようやく、あの噂を発端として興った好奇心が報われる時が訪れた。
其れは正しく、天使の歌声。観客席という名のテーブル席から、堪らず彼女の名を口にした呼び声さえも透き通り、店の中を突き抜ける様に反響していく。
唯一無二の、輝かしい笑顔。全力で歌いながらも会場へ向けられたその笑顔で、歌声と共に風によって運ばれた口づけ色の花びらは店内に満遍なく充満した。
天使の歌声の勢いは止まらない。彼女の声帯を通して発せられた歌詞は、新しさと懐かしさと内包した波紋として、彼女に向けて無我夢中で手を振る観客へと届けられた。
紅玉を思わせる笑みも鈍らない。ありのままに微笑みを湛えたままのその顔には焦燥感もなく、歌詞を口にする度に動く唇はこの場にいる皆へとキスを投げかけている様だ。
完全に"天使"の、"ぜったい天使くるみちゃん"という名のアイドルが歌う会場となったスナックバーの盛り上がりは、最早天井知らずだ。
今の此処には人種や立場、姿形による隔てりは皆無だ。誰もが彼女を、"天使"くるみの歌声を同じように求めてやまないファンとして熱狂している。
やがて自分もこの勢いに飲み込まれ、そんなファンの一人として無我夢中でくるみを求める声をあげるのには、そう時間はかからなかった.........
・・・・・・・・・
あれから、スナックバーから騒音が漏れ出てしまわないか心配になりそうなほどの盛り上がりの中、"天使"がそのまま何曲か立て続けに歌唱した事で観客のボルテージが何度も何度も吹っ切れてしまった。
こうして彼女が歌い終え、ステージから適当なテーブル席へと移動したのち、色んな者と駄弁りながら酒とつまみを嗜み始めてからもなお、店内は独特の、静かな熱狂に包まれている。かくいう自分も、身体が帯びた熱を未だに拭いきれずにした。
青シャツの男からうってかわって幾つかの見知らぬ客たちと語り合った後、店内から未だに活況が止まないのを尻目に、静かに席を立つ。
閉店時間にはまだ早いが、そろそろ此処を発たなければならない。元々は噂の認否、"天使"のいるスナックバーが実在することを確認できた時点で、離脱する予定だった。此処には、想定よりあまりにも長く滞在し過ぎた。
そうして店内にあるテーブル席、賑やかに語りながら飲み食いする者達を避けながら、スナックバーの出入り口にまで足を運ぶ。
そのままドアノブに手を掛け、扉を開けようとした...その時だった。
「待って。」
聞き覚えのある言葉が背中から投げかけられ、ぴたりと動きを止める。ドアを開けないまま後ろに振り返ると...そこには、あの赤髪の"天使"が佇んでいた。
「君が此処に、迷いながら立ち入ってるのを知ってるんだ。この店を外から覆い隠してる結界ってさ、僕の力も漬かって維持されているんだよね。それで伝わったんだよ、君が此処に来たのが。」
「...あの、其れが本当だとして。俺に何か用ですか?俺一人に対応するより、貴女と話したがってる他のお客さんは幾らでも居るんじゃ」
「君が自分の人生に迷いを抱いてることも、寂しさを感じていたことも...今君が、コートの内側に隠してるものも、僕は知っているんだ。」
「......ッ!」
思わず彼女から投げかけられた言葉に、動揺して目を見開いてしまった。
この店に来た背景や、動機、それだけではなく......普段外に出るときは隠し持っている、護身を兼ねた仕事用の"拳銃"さえも彼女に見透かされていたのだ。この店に、足を踏み入れた時点から......驚愕と、後ろめたさと、物言えぬ恐怖に。自然とコートの脇の部分に出来た、金属のような硬さを持つ若干の膨らみをつい意識してしまう。
「...ねぇ。君がどういう理由で此処に来たのが、どうしてそんな物騒なものを持ってるかとか、そういうのって僕は完全には理解できない。てかぶっちゃけ僕は初め驚いたよ、まさかそんなものを隠し持って此処に来る人が居るとは思わなかった。」
「...............」
「でもさ。この店の結界には、敵意や害意をもって立ち入ろうとする者を拒む機能もあるわけ。君は其れには引っかからなかったんだ。しかも店の中じゃ礼儀正しく動き回ってたし、僕の歌もちゃんと聴いてたよね...有志でスタッフしてくれてる人とか、一部のお客さんに協力してもらって、君の動向を観察してたのよ。まー、うん、それでね、アレだ...」
「................」
「.........だぁーっ!もう、此処でそんな辛気臭い顔浮かべるのは止めろよなッ!」
「っ!?」
心の中に渦巻く猜疑心、緊張感、罪悪感、その何もかもが自分という存在を押し潰してしまいそうだった。
其れをどうにか堪えて、せめて"天使"の動きを一寸たりとも見逃さないように気張っていた矢先、彼女は突然うがー!と苛立つように叫ぶと、此方に一歩踏み込んで自分の両頬をガシッと掴みにかかる。
ストレスを初めとする負の要素を耐え忍んで監視に努めていたが、心の膜が張り裂けそうな痛みについ気を取られ、為す術なく彼女から触れられてしまった、らしい。
ただ、それは決して此方を害する行為ではない。
何処となく困惑しきって、まるで泣きじゃくった子供をどうにかあやそうとする人の様に、自分へ気遣う目で見つめてくる"天使"の姿は、今の自分から見ても間違いなく危害を加えるものとは思えなかった。
「僕が言いたいのは...そう、こういう事!この際君がどこのどいつだかそんなの知ったこっちゃないんだ!でもね、今此処にこうして居られるって事は、君は、僕とこのスナックバーがあることを信じて来てくれたんだって事なんだよ!それは僕のファン、"子羊"も同然って訳だよね!......そんな子を此処から追い出そうなんてけったいな真似はしないよ、わざわざ僕に会いに来てくれたんだからさぁ。」
「...い、いや......只それでも、自分は......」
「しゃらっぷ!くどいよ!男ならウダウダ言わないっ......ふぅぅ。まぁちょっと強く言い過ぎたけどさ、君が此処に来てくれたことを僕は嬉しく思うんだ。人には色んな事情がある、天界の天使である僕だって人間と同じ様に彼是抱えてるんだ。でもそんな僕を、この下界にいる皆がこうして受け入れてくれているんだよ。そんな子羊たちを裏切るような真似を、君だけを此処から締め出すなんてことは絶対にしない。特に君みたいな人生迷いまくってますって顔をした子を雑に扱うなんて、それこそ天使の名折れだよ。」
「は、はぁ...そういう事なら、まぁ...」
「......うん、だいぶ追いついたようだね。良かった、混乱して見境なくチャカをぶっ放されてたら、今頃大変なことになってたからねぇ......あ!そうだ、君の事は受け入れるけど、だからって店の迷惑になるようなことは止めてよね。じゃなきゃ速攻で追い出すからな、BANだよBAN。」
其処まで言い切った後、自分の顔を見てスッキリとしたように笑みを浮かべた"天使"は頬からスッと手を離した。
触っている間に頬へと移った彼女の手の温もりと、屈託のない彼女の笑顔に、気付けば心の中に抱え込んだ感情が何時の間にか抜け落ちていた様だ。
「今度来るときは、出来れば危険物は持ち込まないようにして欲しいけど......これからもお行儀よく出来るんなら、まぁ隠し持っても構わないから。勿論店の中で取り出そうとしたら懲罰ものだけどなっ。後、この先辛い事があったら何時でも此処に来ると良いよ。僕もさ、何か嫌な事があったら、此処で適当な奴を捕まえて愚痴ってるから。」
「はい...分かりました、自分も此処でこいつを抜くのは嫌ですから。それでは、自分はこれで」
彼女の気遣いを今度はきちんと受け止め、"天使"へとそう言葉を返しながら軽く頭を下げた。そうして、改めて扉へと振り向き、ドアノブへ手を掛ける。
外の冷たい空気と、夜の街という現実的な日常光景がこの体に差し込んできたとき、"天使"からまた声を掛けられた。
「あ、そうだそうだ。これも忘れてたけどさー」
「うん?...なんでしょう。」
「僕の事、"天使"なんて堅苦しい言い方じゃなくて、くるみちゃんって呼んでくれよ。」
「えっ」
まさか、これまで思考が読まれていたのかというギョッとした感情と、此処に来てまさかのくるみちゃん呼びをお願いされた事の驚きが、ごちゃまぜになって己の身体を再びフリーズさせてしまう。
「その...くるみさん、とか呼ぶのは...」
「だーめー。ダメに決まってるだろー、この店に来るようなしっかりとした子羊なら、僕の事をくるみちゃんってちゃんと呼んでくれないと嫌なんだよー」
「わ、分かりました..."くるみちゃん"。これで、良いので?」
「よし!ばっちぐ~!完璧だよ、今後ともその呼び方で頼むぞー、子羊くんっ」
......最後の最後まで、この"天使"......いや、くるみちゃんには振り回されっぱなしだった。
しかしそれも、これで一先ずは終わる。そんな彼女にぎこちなく会釈したのち、ドアを通って扉を閉めようとした、その矢先
「おまえのことなどひとにぎり!」
扉を閉めようと店に向かい合った所を、ドアの先から腕を伸ばしてきた、満面の笑みを浮かべるくるみちゃんに待ち構えられていた。
動画でも聞いたあの決め台詞と共に、鼻っつらを人差し指を突かれたことで堪らず後退ってしまう...文句を言おうにも、体勢を整えたところで扉がバタンと締め切ってしまった。何という計画的犯行なのだろう...
「...やれやれだ。今日は本当に、とんでもない日になってしまったな...」
文句さえ言えないまま、この何とも言えない感情の矛先さえ何処にも向けられず、扉の前で大きく溜息を吐く。
ただ、この夜に過ごした時間はこれまでの、そしてこれからの中でも忘れがたい、貴重な経験になったことは間違いない。
閑古鳥さえ鳴かないような、元の空っぽのスナックバーの入口で先ほど疲れた鼻の先を摩っていると、コートの内ポケットが振動し始めた...電話がかかっている様だ。
恐らく仕事関係の話だろうと、すぐさまコートの内ポケットから電話を...市場で流通しているものでは最新モデルである、映像空中投影型のスマートフォン・デバイスを取り出した。
本体に指をかざすとデバイスのフレームがYの字に展開され、フレームとフレームとの間に顔が見えない誰かが投影される。
「"ゴースト"です。何か、御用でしょうか。」
「仕事だ。"新宿"に向かえ、其処で事の子細を説明する。」
「"新宿"というと...あぁ、"駅"ですね。分かりました、直ぐに向かいます。」
いつも通りの仕事の話...愛想も社交性もない率直で簡潔な、最早お馴染みの内容に、デバイスの変形機構を収納させながらため息を吐いた。
が、もう慣れた事だ。感情を切り替えて、すぐさま行動に取り掛かろうと動き出した。
人のいない古びたスナックバーを後にして、少し進んだところでふと店に視線を向ける。店はやはり暗く静かなままで、あんな所が人でにぎわっている場所に繋がっているとは誰も分からないだろう。
(この先、どんなに辛くても。きっと大丈夫だ、少なくとも昨日よりかはマシだ。)
(だって自分は。いや、俺は、天使のいるあの場所を知ったという、明日をこの手で勝ち取ったんだから。)
人知れず、また此処に来よう。そう遠くない日にあのスナックバーで、皆とくるみちゃんに会いに行こう。
そう心に決めて、コートをしっかりと羽織ると帽子を...地味な色合いの野球帽を被って、首元に巻いていたスカーフで口元を覆い隠した。
外の冷たい風を拒む装いで、再び夜の街を歩き始めた......今はもう、此処に来る以前にあった心苦しさは、感じない。