「ビッチさん、いつまで笑ってるんですか?」
ブスッとした不機嫌な声を上げたのはモモン。未だに気を抜くと笑いが漏れているビクトーリアに対しての言葉だ。
現在モモンとビクトーリアは、村の中央にある畑の柵に寄りかかりながら、今までの出来事をお互い報告しあっていた。
側には、ユリとナーベラル、そして森の賢王が付き添い、番外席次はよほど気に入ったのか、ネムと一緒にぬえとじゃれ合っている。
「ふふん。何時までも笑えるぞ。これ以上の笑いを取ろうと思えば……」
「思えば?」
「アインズで乗るべきじゃな」
ビクトーリアのこの発言に、プレアデスの二人は「おお!」と賛辞の反応を向ける。どうやら彼女たちには、笑いの部分が理解出来ていないらしい。
此の反応を見て、モモンはそのフルフェイスの仮面越しにビクトーリアの顔を見つめ
「な」
と同意を促す。
この事象によって、ビクトーリアはナザリックの真の恐ろしさを理解出来た様な気がした。
「そう言えばアインズ」
「モモンです」
「はぁ?」
「この姿の時は、モモンでお願いします」
モモンからの指示に対して、ビクトーリアは口を噤み、じっとモモンの、その鉄仮面を見つめた後、小さな声で
「メンドクサ」
と呟くに留まる。
「あー。その姿の時は、モモンと呼べと言う、アインズと呼べと言った、モモンガさんや」
「バカにしてます?」
「いいえ。かわいいなぁー、って」
そう言うとビクトーリアは、にんまりと笑みを浮かべる。
「やめて! 小動物を見る暖かい目で俺を見ないで!」
そう言ってモモンは、乙女の様に顔を両手で隠す。
そして、どちらからでも無く
「わっはっはっはっはっ」
楽しそうに笑うのだった。
これを見て、その表情からは解らないが、ユリとナーベラルは驚きと戸惑いを感じていた。なぜならば、今の楽しそうなモモンの姿こそが、転移前、自分達NPCが最も見て来たアインズの、至高の四十一人の姿だったからだ。
ユリは考える。もしかして、他の至高の方々はこれを予期してビクトーリアに命を捧げたのではないか、と。あの、楽しそうに笑うアインズを、いや、モモンガを守るために、全てをビクトーリアに託したのではないかと。
ユリは、もう少し中立の立場でビクトーリアを観察して見ようと心に誓う。
そんなユリの真面目な心中など露にも関せず、最強の二人の会話は可笑しな方向へと向かう。
「それでモモン。実はちいと聞きたい事があるのじゃが?」
「何ですか?」
「アルベドの事じゃ」
ビクトーリアの言葉に、モモンの無いはずの心臓が心拍数を跳ね上げる。
「ここ最近の妾はの、何度も貞操の危機を迎えておる訳じゃが、何故にあれほどアルベドは妾に好意を寄せるのじゃろうか? 何か知らぬか?」
「え、えーと。俺にはぁ」
「タブラの奴が、何ぞ仕込んでおったのかのぉ」
「えーと……」
そう言うとモモンは言葉に詰まりしゃがみ込むと、地面に冷や汗の表情アイコンを描く。
このパターンは、ビクトーリアには覚えがあった。あの時、ギルド アインズ ウール ゴウンの悪ガキ共が、自分を神様にした時だ。
ビクトーリアはモモンの正面に立ち、その鉄仮面をむんずと掴み
「おい骨。お前何やった。今度は何をやらかした」
実にドスの利いた声だった。
モモンは蹲った姿勢のまま、こめかみに指を当て、メッセージの呪文を介してアルベドの設定について説明する。
「ほーう。なかなかはっちゃけた事をしておるではないか」
そう言うと指をパチンと鳴らす。その瞬間、上空が歪み、青色の旗の付いたフラッグポールが出現する。
それに呼応するかの様に、モモンも立ち上がり、背中に背負ったグレートソードを抜いた。
僅かな距離でビクトーリアとモモンが対峙する。二人から漏れだす雰囲気は、殺気と言える物だった。
ビクトーリアはフラッグポールを手に取り
「キサマら四十一人は、妾を使って遊ぶ趣味でもあったのか?」
「はあ? 美人の嫁さんを紹介してやったんだ、感謝したらどうだ?」
「美人なのも、嫁を紹介してくれた事にも、礼は言おう。じゃがな……可笑しな設定を付け加えるで無いと言っておるのじゃ!」
「ふふっ、礼は我が友タブラ・スマラグディナの名と共に、素直に受け取ろう。だが! 可笑しな設定とは聞き捨てならんな!」
御互い得物に力を込める。
「言うてくれる……この、ボッチ骸骨がぁ!」
「何だと、駄巨乳ビッチがぁ! 来いやぁ! パーフェクト・ウォリアー!」
その瞬間、二人の武器が交差する。
魔法で100Lv戦士へと変化したモモン、いや、アインズと、100Lv近接戦闘職であるビクトーリアの衝突。
ビクトーリアのフラッグポールが上段から振り下ろされる。その攻撃を、モモンはグレートソードを交差させる事で防ぎきる。その瞬間、二人を中心に半径五メートル程の地面が陥没した。
「ビッチさん」
「何じゃ?」
「俺の報告書、読みました?」
「うむ。当たり前であろう。愉快な文言じゃった。実に夢の無い仕事です。じゃったか?」
「ああ。それで聞きたいんだが………………あんた、知ってただろ? 冒険者がこう言う物だと」
膠着状態の中、突然放たれたモモンの言葉に、ビクトーリアは一瞬言葉を失うが、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべると
「当たり前であろう。妾をさて置き、一人お外で遊ぼうだなんて、のう」
「そうだった。そうだったよ。あんたは、そうだった。このぉ、魔女がぁ!」
モモンの放つ怒号とも取れる言葉と共に、グレートソードを横に薙ぐ。ビクトーリアはそれを、フラッグポールで受け切る。最初の一手、どちらも決定打は打てなかった。
「知っておろう。魔女の夜明けを語る言葉を」
「ああ、魔女が動く時、それは世界が変わる時、だったか」
「左様。うぬらが悪の体現者ならば、魔女は混乱の体現者」
力が均衡し、二人は微動だにしない。衝突する視線。どちらも外す事は無く、じっとお互いを見つめ続ける。
そして………………再びどちらからとも無く
「「ふっ、ふふっ。はーはっはっはっはっ!」」
笑うのだった。
御互い武器を収め、何事も無かった様に相対する。
「ふふっ。今の妾達を言い表す言葉を覚えておるか?」
「当然ですよ。YGGDRASILで、人間種プレイヤーの間で囁かれた、あの言葉」
そう言って二人は、誇る様に次の言葉を口にする。
「ギルド アインズ ウール ゴウンと」
「クラン 魔女の夜明けが手を組んだ時」
「「地獄の釜は、開かれる」」
そう言って二人の王は邪悪な笑みを浮かべた。
まあ、アインズは鉄仮面、骸骨フェイスであるため表情はうかがえないが。
この一連の流れ、一部始終を見ていたユリとナーベラルは、恐怖で、歓喜で、恍惚で体が震え出していた。ナーベラルに至っては、地に膝をついている。
これが至高の御方アインズ・ウール・ゴウン、そして煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム、100Lvプレイヤーの力の片鱗。
ナーベラルは思う、何故自分はあれほどの存在を、ウジ虫以下だと侮ったのか? 何故自分はあの存在に勝てると思っていたのか?
アルベドの言った通りだった。デミウルゴスの言葉は正しかった。やはり、煉獄の王は………………化け物なのだ。
自らの主、至高の四十一人の頂点に立つ者、アインズ・ウール・ゴウン。その者が、自身の奥の手を出さなければ相対せない存在。
自分達は、選択を間違えたのではないのか、と。あの時、自分達ナザリックの僕達は、敵対では無く、従属を選ぶべきでは無かったのか。もし、あの時、アルベドが間に入らなければ、あの力が第十階層 玉座の間で振るわれていたのだ。ナーベラルは、改めて自分達の愚かさを知ったのだ。無知を知ったのだった。
四十一人と言う少数で、ギルドランク九位のアインズ・ウール・ゴウン。
ゲーム内のあらゆる情報を蒐集していた魔女の夜明け。
力と知識。
混ぜるな危険、と言う物ですね。