正直、非常に危なかった。
駅で同じ制服の娘を見つけられていなかったら詰んでたな、これは
三十路一歩手前の記憶力というものを私は過信していたようだ(悪い方向に)
大体の位置は分かってるんだけど......
迷って遅刻なんてとても言い訳でいえそうに無いし、道行く人に聞いてもよかったけれど、制服着てるのに学校の場所を聞くってのもおかしな話しだ。
さて、周りに同級生と思しき生徒たちも増え始め、ここからならもう道も分かる。
しかし......
分かってはいたけど本当に誰にも声かけられない......いや、本当に分かってたんだけどね。
どうやら時間移動ではなく他の世界線にわたってきたとかそんなことはなさそうだ。
もし仮にそうだとしても、相も変わらず黒木智子はボッチ道をひた走っているらしい。
幸いなのかどうなのか、とうとう校門にいたるまで一度も声をかけられることなくきてしまった。
これがボッチクオリティだったなぁそういえば。なんか懐かしいなー。
しかし。
しかしだ。
今の私はあの頃の、このままあきらめてしまう黒木智子15歳ではない。
曲がりなりにも三十路近くまで人生を送り、更に最後の5,6年は普通に社会で生きてきたのだ。
というか最後の4年間なんて教師ですよ教師。
周りにいるのみんな私の生徒みたいなもんだ(違う)
......と、そうなふうになるのかなぁと思っていたが、どうやら実際は違うみたい。
どうも精神はかなりこの体のほうに引っ張られているようで、自分が同級生として高校生たちの中に混じるのに何の違和感も無かった。
制服をきるのにも何の抵抗も無かったし、今こうして学内にいるのも当たり前のように感じる。
これは憎らしいことに、私の体が高校生の頃からほとんど成長しなかったのも影響してるみたいだ。胸はちょっとは大きくなった、はずだ。はずだ。
そんなことは置いておいて私は自分のクラスの下駄箱へと足を運んだ。
10組という非常に分かりやすい数字で幸いだった。なんとなく下駄箱の位置も覚えてるし、あとは名前順でいける。
時間もまだ少し早いので生徒の数も少なく、何個か確かめていくと無事自分のものと思しき上靴を発見することに成功。
そのときふと、近くで足音が聞こえた。
振り返ると恐らくクラスメイトであろう女の子がこちらに向かって歩いてきている。
ピンク色のセーターに二つくくりの髪の毛。私ほどではないが小柄で、そして可愛らしい顔立ちをしている。
あー。
えっと何だっけ。名前。
あああああああああ、出てきそう、ね、ね.....
とまぁそんな風に考えていると、当然目が合うので軽く挨拶する。
「おはよう」
「え、あ、おはよう!」
(恐らく私のことだから)初めて話しかけたので一瞬間が空いたものの、にっこり笑顔で返してくれた。
このままじっと見ているわけにも行かないので、私は軽く笑みを返してからさっと自分の教室へと向かう。
そして、
お、おおおおおおお
当然、心の中は全然平静ではなかった。
いや、話しかけたときは全然平気だったんだけれども。
しかしその後、笑顔で返してくれたことになんだか感動してしまったのだ。
やっぱり私がハリネズミ状態だっただけで、周りはこんなにも暖かかったということを再認識した。
というか可愛い!可愛いあの娘!初めての挨拶にあんなふうに返してくれるなんて、なんていい娘なんだ!
なんか少し変なスイッチが入ってしまったが、いい。もうコレだけで今日一日の分のノルマ達成で全然オッケー!
そしてそんなこと考えているとき、脳裏によみがえる記憶。
---------どうせ男の子としか考えてないバカだし----------
---------せいぜいカス同士でベタな青春でも送ってくださいよ-----------
あ、私あの娘のこと事あるごとにクソビッチって罵ってたっけ......
あ、やばい。
罪悪感で死にそう。
なに抜かしとんねん私。
ハリネズミどころじゃねぇ、チョ○ラータレベルのゲス野郎だよ。
そんな風にかつての自分のとどまることを知らない自己嫌悪にがっつりへこみながら教室へたどり着いた。
特に緊張することなくドアを開けると、もう数人の生徒たちがいくつかのグループに分かれて談笑していた。
当然ながら一人で突っ伏している子や(寝てるフリではなくたぶんホントに寝てる)、本を読んでる子もいる。
ドアの開いた音で一瞬こちらに視線が集まったので、小さく挨拶する。
何人かが目や口で挨拶を返してくれたりしつつ談笑に戻り、そしてそのまま教室はまた元の空気に戻った。
あぁ。
こんな簡単なことなんだよな。
当時の私にはこれが凄く難しいことだった。
ドアを開けた瞬間自分に集まる目線が、まるで自分を責め立てているような気がして、できるだけ音をたてないように入ったり、わざわざほかの人が入るのを待っていたりと色々したもんだ。
なんだか変な気持ちだ。
なんでこんなことができなかったのか、なんて大人目線でいえる気持ちと、それが私にとって凄く難しかったんだという共感の気持ちが共存している。
目が合ったときだけ簡単に挨拶し、自分の席までたどり着き座る。(主人公席だったという変な覚え方をしていた)
ここからいきなり話しかけるのはちょっとなぁ、とも思ったし、靴箱での出来事でもう結構胸がいっぱいだったので、今日はゆっくりしていよう。
二ヶ月もボッチやってるんだから、いまさら急ぐ必要も無いのだ。
機会があれば簡単に話しかけることはできるし、イベントもあればそれだけで親友は無理でも、話して楽しい友達を作ることができる。
本当の友達とか、そんな風に難しく考えることは無いのだ。
話して楽しければそれでいいし、そりゃあ人間関係面倒なこともあるけれど、人生なんて多分そんな面倒そこらじゅうに溢れてる。
あぁ、こんな風に考えることが少しでもあの頃の私にできていれば......って今か。
私は鞄から小説を取り出してホームルームまで時間をつぶすことにした。
少し遅れて教室に入ってきた下駄箱の女の子がこちらを一瞬伺ったが、私が読書体制に入ってるのを見てそのまま席についてしまった。
これはちょっと失敗だったかな?と思ったが、それこそこれからいくらでも機会はあるだろうと考え直す。
今読んでいるのは、今朝のうちに差し替えた普通のファンタジーモノである。
というか高校一年生の私、よく学校であんな小説読めたな。
その勇気があれば人に話しかけるくらい余裕な気がするんだけど......
そこは考えないことにした。
モブの名前が分からない件。書きにくいぜ!!
ピンクセーターがひなって名前だっけ。