貴方と人間であるウィズやゆんゆん、あるいはギルドの他の冒険者達との間には決定的な違いがある。
ウィズが人間かどうかは別として、彼らは死ねばそれまでであり再び魂の輪廻の輪へと帰ってしまう。
一方で貴方は狩人であり上位者である、貴方にとって死の概念はもはや人間が眠る程度の軽さである。
そもそも死の概念と言ったものさえ啓蒙をあげて概念を書き換えてしまえば貴方にとっては存在しなくなる。
しかしながら貴方の領域ではないこの世界でそれを実行すれば待っているのは世界の構造そのものの破壊に繋がる。
下手をすれば全ての人間が不死になってしまう、それが齎すのは凄まじい混沌と地獄そのものの世界だろう。
ゆえに貴方は自らの上位者としての力を封印した、ゆえに貴方は狩人である。
やはり狩人はどのようになっても狩人であることこそ無上である、そして上位者を許しはしない。
そして相変わらず数の暴力には弱かった、つまりこの先も幕末戦法が有効だ。
さて、貴方は困らないがアクセルの街は今クエスト薄である。
理由は近場に魔王軍の幹部が居座っているためである、そのために弱いモンスターが町の周辺に出てこないために平和である。
だからと言って貴方の狩が止まることはない。
何ものも貴方を捕らえ、止められぬのだ。
ゆんゆんが家の席でカシャッ!シャキンと杖を鞭へ、鞭を杖へと変形させている。
「行きましょう!クエスト行きましょう!」
貴方が初めて仕掛け武器を持ったときのことを思い出す。
あの変形機構は無駄に使いたくなる、たとえ意味がなくとも。
ゆんゆんもしっかり紅魔族の血筋だということだ。
貴方とウィズ、そして人形ちゃんという友達が出来たと貴方の家に泊まり込んで実家に対して手紙を書いていたと恐ろしく分厚い紙の束を郵便で出していたのを見た。
いまではすっかり貴方の家の下宿人になっている。
普通に考えれば、これほどの神経のず太さがあれば今までに友人と普通の人間が呼べる対象が一人や二人はいるだろうと思ったが。
本人が貴方も友達と言うのなら、使者達とも仲良くやっていけるだろう。
使者ちゃんから買いたてほやほやの市販品だがこれからゆんゆんと共に鍛えていけばきっと神を乱獲できる、貴方のノコギリ鉈のように。
ゆんゆんは極めてちょろい、めぐみんがいつか
「チャラチャラした男にちょっと誘われたら路地裏にホイホイついていく」
と言っていた。
それくらい人恋しい少女だ。
だがそれも無理はない、貴方だってたった数日呪いの冒涜ダンジョンに入り浸って腐乱死体に膝まで浸かっていたら安らぎを求める筈だ。
もっとも人間の場合は新鮮な血を貴方に提供する場合になるが。
ゆんゆんの聖杯は紅魔族の里だったというだけだろう。
そしてそんなゆんゆんを優しい目で見つめるウィズは貴方の昼食を準備してくれている。
「ほら、今日はビーフストロガノフですよ。
ゆんゆんも手を洗って来て、あとお皿を配るのを手伝ってね」
「はーい、ほらジェヴォーダンさんも手伝って下さい」
ゆんゆんがいじくり回していた杖を手放して台所のウィズの手伝いをしている。
いつの間にか夜だけでなく、朝も昼も貴方の家で二人とも食事を摂るようになった。
ギルドで管を巻いている男達には
”美人の通い妻と娘さんがいて羨ましいですね、爆発しろ”
と言われてしまった。
だが爆殺されるのは爆発金槌持ちの侵入変態狩人相手で十分だ。
それともこの世界の連中は妻子を持つと爆発する習性があるのか、いや流石にそんなことはあるまい本当に奇妙な連中だ。
だがいずれにしろ、ウィズは貴方の伴侶ではないしゆんゆんも貴方の子ではない。
彼女らは貴方を慕っているだけだ。
好奇の狂熱も知らぬままに、それだけだ。
話が逸れたが、要するに貴方は今狩をしていない。
面白そうな獲物は今のところ狩ってしまったし、家の改築のこともあるので遠出までしようとはしない。
たまに床の張替えや壁の塗装に飽きたらエンシェントドラゴンを聖杯3デブよろしく乱獲する程度だ。
貴方はせいぜいがライト地底人に過ぎない、中には数千年もの間聖杯で過ごす血の亡者と化した頭のおかしい剛の者もいる。
おかしくなりすぎると上位者ならぬ異常者になるので、乱獲されるドラゴン保護条例の制定が急がれる。
例のキャベツ狩で皆懐が温かい今は誰もあえて無理にクエストを受注しようという気概がある者がいないのもある。
ゆえに今はギルドも貴方も暇であった。
こういう日は腐ったダンジョンに潜るのはもうやめにしたほうがいい、健康に悪そうだ。
貴方が食後にお茶を楽しんでいるとまたもや放送が入った。
貴方は食後にウィズがお菓子を切り分けている傍でゆんゆんに色々と狩の心得というものを教えている。
眼鏡やゴーグルはつけておきたまえ、土埃や血しぶきが目に入るのは致命的だ。
露出度の低い服装が良い、狩の毒物や汚物や呪いは当然だから。
貴方が狩について話しているとウィズもゆんゆんもどんどん目が昏くなっていく気がする。
「ちょっと今はそういう話はやめにしませんか?
ほら、お菓子もありますから」
貴方はやんわりとウィズに釘を刺されてしまった、
なるほど仕事の話を家でするのは無粋ということか。
たとえば考えてほしい、夕食時に醜い獣ルドウィークの戦闘BGMが流れてきておちおち食事できるだろうか?
いや、身体は闘争を求めてしまいアクセルの街は木っ端微塵に消し飛ぶだろう。
つまりはそういうことである、貴方も啓蒙高い系狩人に見えて意外と獣性が高い。
しかしいつの間に貴方の家は彼らの家にもなったのだろうか?
ゆんゆんはまだわかる、一週間に一日の仕事で人形ちゃんと話をしなければならないこともある。あとの六日はやはり人形ちゃんと話をして寝泊まりしている、やはりもう下宿人だろう。
貴方とウィズの交流は同時に貴方に貴重な経験をもたらしている。
朝はウィズが朝食を作り、昼に弁当を持たせてもらい、夜は皆で夕食を取り
晩はそれぞれの部屋で床に就く。
貴方やウィズはともかくゆんゆんは成長期でありそもそも運動量が多い冒険者であるため必要な栄養素が多い。
だがギルドの外食は脂肪分と炭水化物が多く、貴方は勧められないが料理などできるはずもないのでウィズに頼んでいる。
するとなぜか3人分の弁当が出来上がる、不思議なこともある。
これもまた深宇宙の叡智を持ってしても解けない神秘なのだろう。
貴方は睡眠も食事も不要だが、あまり人間らしからぬ行動をすると啓蒙過負荷で発狂しかねない。
そして周りに合わせて生活する点ではアンデッドのウィズも同じのはずであり、そのことに関しては長い間この街で人として馴染んでいる彼女のやり方に倣うべきだろう。
ウィズもやはり人間らしい行動をするほうが精神的に負担は少ないのであろうか、食べもするし眠りもする。
砂糖水生活というのが健全で人間的な食事かどうかは疑問だとして。
「緊急クエスト!緊急クエスト!全冒険者は完全武装して城門前に集合して下さい!」
するとルナ嬢の声が例の放送塔から響き渡る。
実に単純だが画期的な伝令手段だと前々から貴方は思っている。
ロンドンの時計塔もあれに倣って重要なニュースを音声で放送すればどうだろうかとも思ったが
毎日のように蒸気機関車や馬車馬で人も物もごった返す騒々しいあの街では誰の耳にも入らないだろうと思った。
トンツーの電報では理解できるものもおるまい。
貴方は貴方がヤーナムに赴く前に発明された無線というエーテル波を媒体にして電線不要で音を送る技術を思い出した。
全ての人が家の置き時計くらいに小さなエーテル波の受信機を持てるようになれば、
いつでもすぐにニュースが聞けて新聞が不要になるかもしれないなと思った。
それどころか電話に無線を使えれば船や馬車、汽車から他の電話に繋げられるだろう。
無論、誰もが使うわけではないだろう。
電話で伝えねばならないほど重要な事が一般人にしょっちゅう起こるわけもあるまい。
ましてや移動しているときに伝えねばならない程急ぐなど、それこそ人死にや大事故に繋がるような緊急事態でもない限り使うものなどいないだろう。
たとえば船の進路上に氷山があるとか…実に荒唐無稽な話だ。
さて、貴方はルナ嬢の呼び出しに応じなければならない。
せっかくの微睡の時を邪魔されて実に不愉快だが貴方とて一応は冒険者登録している以上は顔を出さねばなるまい。
「あ、行ってらっしゃい。はい、お弁当忘れないで下さいね」
ウィズが貴方とゆんゆんにお弁当を持たせて送り出してくれた。
「何でしょうね?今度はナスでしょうか?」
ナスも飛んでくるのか?
貴方はこの世界で農業がどのように成り立っているのか?生物とはという疑問ができた。
貴方とゆんゆんが城門につくと何やら街の外で誰かが騒いでいる。
「この俺の城に、毎日毎日爆裂魔法を撃ち込んでくる頭のおかしい奴はどこのどいつだぁぁぁぁぁぁ!」
頭なしの鎧が騒いでいた。
貴方が顔見知りの冒険者であるダクネス嬢に聞いた。
彼女の友達のクリス嬢はなぜか貴方を見ると怯えてしまって逃げてしまった。
『ぬるぬるはもう嫌あぁぁぁぁっ!』
盗賊らしい実に素早い逃げ足だった。
この前ナメクジ塗れにしたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
「あ!アクセルの狩人殿。先日は我々の仲間が失礼した!」
ダクネスは普段は礼儀正しい、きっと育ちが良いのだろう。
「うむ、この近くに住み着いた魔王軍の幹部がとうとうこの街にやって来たのだが…
まぁ、聞いての通りだ。原因はやはり…」
貴方が知る限りこの街で爆裂魔法を使えるのはアークウィザードでもMPが高いめぐみんとウィズくらいのものだ。
だがウィズは朝昼晩と店の営業時間以外は貴方の家に入り浸っているので違う。
となれば別に啓蒙が無くとも犯人はめぐみんという結論だ。
見ればめぐみんは冒険者たちの視線を受けて緊張していたようだが、さすがは紅魔族。
名乗りを上げて幹部:ベルディアの前に出て行った。
「だ、大丈夫かな。めぐみん」
ゆんゆんはライバルでありまた同じ一族のめぐみんを心配している。
だが流石に頭がそんなにおかしくないので、魔王軍の幹部相手に突っかかる度胸はないようだ。
貴方の後ろに隠れている。