申命記
ああ、これが血か
暗い魂の血か
名も無き奴隷騎士
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。
ヨハネの福音書
あなたは実に幸運でそして正しい。
貴方のような絶望的コミュ障が始まりの町と呼ばれているアクセルで多くの友人知人を作れたのがその良い証拠だろう。
ヤーナムは何もかもが酷かった、もうその一言に尽きる。
何もかもが狂気と絶望の産物の凶器だった。
人間は大抵、もう死んでいるかこれから死ぬかあるいは殺す羽目になるかがオチだった。
死んでいるならまだマシだが間違いなく何かをもうやらかしたか、
これからやらかす連中しかいない。
啓蒙が高いと怨霊がそこらじゅうから寄ってくる上にナメクジ頭の脳ぐらいも出てくる、実に気色悪かった。
これに比べれば逃げ出した人形達の霊は啓蒙が全く無くとも動きが見える。
実に面倒だが視界に入っただけで殺意と狂気の波動を叩きつけてくる鬼灯に比べれば家に持って帰って飾ってもいいくらい可愛げがある。
あれは特に酷かった、あまりにも酷いので殺しながら発狂するなんて日常茶飯事だった。
もはや正気と狂気の境目なぞとっくの大昔に捨てた、発狂は狩人の嗜み。
身体から血の槍が飛び出すのは新手の瀉血健康法。
ブラドーの瀉血ダイナミック切腹がマトモに見えてくる、それくらい啓蒙が高くないと悪夢を周回するなんてことはできない。
それくらい言えないともうやっていけなかった。
ギシリギシリと貴方が歩を進めるたびに人形に宿った幽霊たちは右へ左へと逃げ惑う。
貴方の手袋はカインハーストの所蔵する秘宝の一つだ。
遠国の処刑人の手袋
処刑人の家系に代々受け継がれ、夥しい血に塗れたであろうそれは
いまや尽きぬ怨霊の住処であり、血の触媒がそれを召喚する
貴族たちはこれを好み、怨霊の乱舞を愉しんだという
それにしても処刑した人間の怨霊が乱舞する様を見て楽しむとかどういう神経の持ち主だったんだろうか。
アクセルの町のアルダープなる貴族も悪どいらしいし、きっと処女の生き血を拷問して絞り出して啜る汚物に塗れた冒涜的で汚らわしいノミのような奴なのだろう。
貴方は頭の中でアルダープという害虫のような貴族を描いた。
なんと穢らわしい虫なのであろうか、虫は潰すに限る。
貴方の手袋に幽霊の彼らを迎え入れようという試みは失敗した。
冒涜的、そしてあまりにも悍ましい血と穢れの夥しい怨念の渦は今や悪夢の世界からこの世界へと解き放たれた。
苛烈凄惨な拷問の果てに死してなお囚われる手袋の怨霊たちは単に死ねた恵まれた死者たちを喰らい、貪ろうというのだ。
呪う者、呪う者。我らと共に哭いておくれ
死者の魂を貪る怨霊たちと、暗い魂の血を啜る冒涜的殺戮の狩人。
貴方には実にお似合いの手袋であろう。
冒涜的な匂いに敏感な人形の幽霊たちは我先にと救いを求めアークプリーストの浄化を拝領しようと逃げていくのだ。
…どうやら貴方は幽霊には好かれない性質のようだ。
あの青髪の聖職者の存在は、なるほど確かに女神なだけはあってまさに聖杯ともいうべき権能を持っている。
だが貴方だって聖杯は持っている、冒涜的にして呪いと果てなく悍ましい腐臭を放ってはいるが根源を孕んだ大聖杯には違いない。。
ああ待っておくれ人形達よ、哭いておくれ哭いておくれ。
哀れなるゴースの老いた赤子の為にも。
呪いと海に底はなくゆえに全てを受け入れよう。
貴方が脳裏に刻む深海のカレル文字は幽霊達を受け入れてくれるだろう。
脳裏に刻んだ海、大量の水は断絶により彼らに安息を与えるだろう。
熱も冷たさも、生も死も。
そして、もちろん。
光も闇も。
どこまでもどこまでも灰色で静かで暗く冷たい優しい忌み人の世界に彼らを誘おう。
そして幽霊達はますますアクアに救いを求めて貴方から決死の覚悟で逃げていった。
もう死んでいる彼らも穢れに呑み込まれるのは御免らしい。
なぜわかってくれないのだろうか、穢れこそが人の本質…人間性だというのに。
だが人間性を求め、そして同時に拒絶するのもまた人間の本質である。
ならば…寄越せ…お前達の魂を…その暗い魂を…
幽霊達はやはり逃げて行く、なぜなのだろうか。
貴方が幽霊達を追い詰めていったその先ではアークプリーストのアクアが浄化し
ダクネスは幽霊人形に押しつぶされ、カズマとめぐみんはトイレで大騒ぎしていたが貴方の知ったことではない。
貴方は怨念のこもった鉈を持ちながらゆっくりと近づいて行く。
まるで悪魔の生贄だ、無論生贄を捧げる方だが。
すると突然、ひときわ大きな少女人形を動かす幽霊が現れて貴方の前に立ちふさがった。
手を広げて貴方の行く手を遮る、『You wanna die so soon?』
とは貴方も思わない。そもそももう死んでいる。
少女…ああ成程、貴方が救えなかった後悔・慚愧・無念…
少女とは貴方の僅かに本当にほんの少しだけ残った人間性を刺激する。
例え幽霊でも、貴方は少女は殺せない。
それはきっと貴方が人であり、人を人たらしめる理由でもある。
『いじめちゃ駄目』
成程、貴方のやっていることは幽霊達をいじめることだと…
そう言いたいのだ、彼女は。
貴方は苦笑した、だが理屈はわかる。
旧市街でデュラに警告されたのも今ではわかる。
少女と違って初見絶殺精神でいきなり重機関銃を雨あられとぶっぱなされたのもいい思い出だ。
あれが数少ないマトモな人間との話し合い(殺し合い)なのだから救い難い。
さらに言えばきっかり狩った、そして聖堂は燃やした。
貴方は我ながら炎と血に酔いすぎているにもほどがある。
反省した貴方は、幽霊の少女に伝えた。
『わかった。もう止める、君達が良いと思うようにすればいい』と
少女の幽霊はにっこりと微笑んで屋敷の廊下を駆けていった。
そうして幽霊たちは貴方を避けてカズマ少年一行で一晩中遊んだ。
夜が明ける頃には全員がぐったりと疲れていたが、貴方は一人十分な睡眠を取っていた。
これが今回の幽霊屋敷の騒動の顛末である。
そもそも幽霊が屋敷で大騒ぎするようになった原因が何かを貴方は気にしなかったが…