猫神幼女信仰を広めるために今日も剣を振る   作:トマトルテ
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4話:信徒筆頭

 

次期筆頭(・・・・)…ですか!?」

「いかにも。最も、今の自分ではいささか荷が重く感じる名ではあるがな」

 

 シグルドが告げた次期信徒筆頭の名前に驚きの声を上げるマナ。

 しかし、カズキの方は特に気にした様子も見せずに挨拶を返す。

 因みに刀をしまった後に襲ってきたゲロは、何とか我慢して飲み込んでおいた。

 

「俺はカズキだ。よろしく頼むよ、シグルドさん」

「呼び捨てで構わない」

「じゃあ、俺の方もカズキって呼んでくれ」

「そうか。では、よろしく頼む、カズキ」

 

 シグルドが言ったことなど大したことではないと握手を交わすカズキ。

 そんな堂々とした姿にマナは混乱しながらも、気を取り直して自分も自己紹介をする。

 

「私はマナです。気軽にマナって呼んでください、シグルドさん」

「それは有り難いが…自分のことも呼び捨てで構わないのだが?」

「あはは、これは癖みたいなものなので気にしないでください」

「む、そうか。癖ならば仕方ない」

 

 マナが敬語を使うのを癖だと聞くと、やけに素直に引き下がるシグルド。

 そんな姿に、彼はやたらと律儀な人なのかもしれないとマナは思う。

 しかし、今はそれ以上に気になっていることがあったのでカズキの背中を小突く。

 

「どうしたんだ、マナ?」

「どうしたって…カズキさんは次期筆頭って聞いて何とも思わないんですか?」

「凄いとは思うけど、それ以外に何かあるのか? 信徒筆頭って意味では俺もそうなんだけど」

「そ、そう言えばカズキさんってミトちゃんの信徒筆頭でしたね。忘れていました…て、それとはちょっと違うんです!」

 

 自分も筆頭だから、特に珍しいものではないだろうと言うカズキ。

 それに一瞬納得しそうになるマナだったが、慌てて否定する。

 覇刃祭の出場試練を出す天下五剣の次期筆頭は、他の筆頭達とは少し立場が違う。

 

「東西南北でそれぞれの試練を司る神々、アマテラス様、ゼウス様、シヴァ様…そして、オーディン様。これらの神様の次期筆頭は別の見方をすれば、天下五剣の方々の一番弟子です」

「そうなのか、シグルド?」

「ああ、マナの話に間違いはない。自分は確かに我が師剣帝の一番弟子でもある」

 

 マナの説明を肯定するように頷く、シグルド。

 それを見てマナは自信を得たのか、そこからは自信たっぷりに語っていく。

 

「いいですか、カズキさん? 天下五剣の一番弟子、次期筆頭は限定的に覇刃祭のシード権を与えられます」

「シード権? なんでだ」

「それだけの実力が認められていることはもちろんですが、一番の理由は多くの参加者の試練を取り仕切るのが1人では大変なので、その手伝いです」

 

 マナの説明にカズキはなるほどと頷く。

 そして、隣にいるシグルドを見て首を傾げる。

 

「じゃあ、なんでシグルドがここに居るんだ?」

「そうです! そこなんです! だから私はシグルドさんの名乗りに驚いたんです!」

 

 まるで、犯人はお前だと言うように、シグルドをビシッと指差すマナ。

 しかし、指摘を受けた方のシグルドは特に動じた様子を見せない。

 もしかすると、ここに来るまでの間に同じような疑問をぶつけられてきたのかもしれない。

 

「確かにマナ、貴女の疑問は的を射ている。まあ、簡潔に説明すればだ。自分は我が師から4つの指輪を受け継いでいない」

「4つの指輪……試練を越えた証か」

「しかり。カズキの言うように指輪は試練を越えた証。次期筆頭は師が以前に覇刃祭に出た際の指輪を受け継ぐ。これにより、試練を受けることなく覇刃祭に出場できるという訳だ」

「でも、シグルドは受け取ってないんだよな?」

 

 カズキの指摘に、マナも何故なのかと言った視線を向けて問いかける。

 それに対してのシグルドの回答は驚くべきものだった。

 

「理由は単純だ。我が師剣帝は―――今回の覇刃祭にも出場する気だからな」

 

 シグルドの返答に流石のカズキも驚きで目を見開く。

 マナの方も、丸く大きな目をさらに大きくしている。

 

「……ありなのか、それ?」

「ルール的には何も問題はない」

「で、でも、以前の覇刃祭に出場したということは最低でも60歳は越えてらっしゃるんじゃ……」

「マナの言う通りだが、それを差し引いても強いぞ。我が師は」

 

 覇刃祭自体が半世紀に一度の期間で開かれるので、2度も出場する者はまずいない。

 さらに言えば、天下五剣に選ばれた者は次の出場者を決める立場に回る。

 そういったことから、シグルドが告げた事実はまさに前代未聞の出来事と言えた。

 

「そ、そんなことが出来たんですね」

「まあ、普通はあり得ん事だ。マナが困惑するのも無理はない。しかし…マナは詳しいな」

「ああ、俺も結構本で読んだつもりだったんだけど、そこまでは詳しくは知らなったよ」

「え、えへへ。そんなことないですよ。他には東西南北の次期筆頭達が『火ノ巫女(ひのみこ)』、『風牙(ふうが)』、『水精(すいせい)』、『地竜(ちりゅう)』って呼ばれているのを知っているぐらいです」

 

 カズキとシグルドに褒められて、嬉しくなったのかさらに情報を出すマナ。

 彼女はきっとおだてられると弱い性格なのだろう。

 そう思い、カズキは心の中で彼女が変な人に騙されないように気をつけねばと、誓うのだった。

 

「……本当に詳しいな。貴女は何故そこまで詳しいのだ?」

「それは私のお姉ちゃんが、火……あ」

「マナのお姉さんが?」

 

 胸を張ってお姉ちゃんと言ったところで固まるマナ。

 そして、何か言い辛いことでもあるかのように目を泳がせ始める。

 一体何事だと2人が見つめる中、マナは大量の汗をかいた後にポツリと呟く。

 

「お、お姉ちゃんが、そういうのに詳しいんです」

「……そうか。いや、別に何も責めてないから。言いたくないことなら言わなくていいんだぞ?」

「べ、べつに言い辛いことなんてないですよ…よ?」

 

 一体、マナが何に焦っているのか非常に気になるが、空気を読んで2人は流すことにする。

 武士の情けというやつだ。

 

「そ、そう言えば、ミトちゃんはどこに行ったんですか?」

「そう言えば…ミトのやつ、まだ木の上から降りてきてないのか」

「ミト?」

「ああ、シグルドにも紹介しないとな」

 

 ミトが未だに木の上から降りてきていないことを思い出したマナが、これ幸いとばかりに話題の転換に利用する。カズキの方もその流れに乗ってあげることにして、木の上を見上げる。すると、何故かミトはヒシっと木の幹に抱き着いた状態で居た。

 

「ミト、どうしたんだ?」

「カ、カズキ……」

「ん?」

 

 プルプルと震えながら、極力下を見ないようにして声を絞り出すミト。

 その姿を見て、カズキはある可能性に思い至る。

 

「まさか……降りられないのか、ミト?」

「う、うん……降ろして、カズキ」

「はぁ……神のまにまに」

 

 小さくため息を零しながらも、カズキはすぐにミトの救出のために木を登り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 カズキにおんぶされた状態で木から降りてきたミトを待っていたのは、マナとシグルドからの生温かな視線であった。

 

「な、なに?」

「いえ、ミトちゃんって本当に猫みたいだなと」

「確かにミトは猫だけど……なんか馬鹿にしてない、マナ?」

「いえいえ、馬鹿になんてとんでもないですよ。むしろ、微笑ましいなと」

「むぅ…やっぱり馬鹿にされてる気がする」

 

 恥ずかしがって、マナの態度に噛みつくミトだったが、ニコニコとした笑顔の前に全て流されてしまう。実際、カズキにおんぶされるミトの姿は見た目通りの子供なので非常に愛らしい。思わず微笑んでしまうのも無理らしからぬことであろう。

 

「ミトの気にし過ぎだろ。ほら、それよりシグルドに自己紹介しないと」

「うーん、まあカズキが言うなら。ミトは無病息災・健康祈願の猫神ミトだよ」

「オーディン神の信徒次期筆頭のシグルドだ。よろしく頼む」

 

 まだ、納得のいかない様子のミトであったが、カズキに促されて自己紹介を行う。

 それに対して、シグルドはしっかりと頭を下げて返す。

 恐らくは相手が神なので、彼なりに敬意を払っているのだろう。

 

「さて、自己紹介も済んだのだ。最初に言ったように、手合わせを頼みたいのだが――」

「あー! やーっと見つけたわよ、シグルド!」

 

 自己紹介が終わったので、当初の目的であった手合わせを頼もうとするシグルド。

 しかし、その声は甲高い声にかき消されてしまうのだった。

 

「まだついて来ていたのか、リイナ……」

「まだって何よ、まだって。あたしはあんたを信者に勧誘したくてついて行ってるだけよ」

「だから、自分はオーディン様から鞍替えする気はないと何度も言っているだろう」

「オーディンって全地全農(ぜんちぜんのう)の神って呼ばれたりもするんでしょ? だったら、農業の神であるイナリと似たようなもんだからあたしを信仰してくれても大丈夫よ」

「全地全農ではなく全知全能(ぜんちぜんのう)だ。第一、そういう問題ではないと、何度も……」

 

 先程までの堂々としていた表情が身を潜め、一気に疲れ果てた表情に変わるシグルド。

 彼の余りの変わりように、カズキは驚いてまじまじと声の主を見てしまう。

 

 まず目につくのは、小さな頭にある立派な金の狐耳。そして、ふさふさとした稲穂のような尾。勝気な吊り目は(あか)く輝いており、身に纏う朱をベースとした巫女服に良く似合っている。体躯は非常に小柄で、ミトと同程度しかないのでカズキは比較的新しい神なのかもしれないと思う。

 

 そんな興味津々といった視線に気づいたのか、リイナと呼ばれた少女はシグルドから目を切り、カズキへと視線を向けてくる。

 

「あら? よく見ると良い男じゃない。あんたもイナリ神を信仰しない? 今なら色々とサービスするわよ」

「いや、結構だ」

 

 (しな)を作り、媚びた表情で勧誘を仕掛けてくるリイナだが、カズキに即答で拒否される。

 すると、リイナは一瞬で媚びた表情を捨てて舌打ちをするのだった。

 とんだ神様(ロリビッチ)も居たものである。

 

「なによ、ちょっとぐらい信仰してくれたっていいじゃない。別に減るもんじゃないんだし」

「シグルド……何なんだ、この色物の神様は?」

「何だと言われると自分も困るのだが……」

 

 そう、非常に言い辛そうな渋い表情をしながら、シグルドはリイナについて語りだす。

 

 彼女は東地方で数多く(まつ)られているイナリ神の分社の神である。

 これだけ聞くと、リイナは凄い神に見えるのだがそういうわけではない。

 

 イナリ神は農業の神故に、覇刃祭に関係なく多く祀られている。しかし農業の性質上、数が1つの村に複数といった具合に、1人では信者の相手ができない程に多い。そのためイナリ神は特殊的に本体から切り離した分体をそれぞれの分社に配置している。

 

 こうすることで、楽して信仰が手に入ると踏んだ本体であったが1つだけ誤算があった。

 それは、分体がやたらと自由に動いてしまうことである。

 

 粛々(しゅくしゅく)と信仰を集めて本体に還元する分体。

 自身の信仰を高めて、いずれは本体に下剋上をと目論む分体。

 リイナのように、分社を放り出して良い男…もとい信者を探し回る分体。

 

 こんな風に、分体が十人十色というか好き勝手に動くせいで、本体の力がそこまで強まらず、結果的に分体もそこまでの信仰を得た神になれないという自業自得染みた状況に陥っているのだ。

 

 しかしながら、どいつもこいつもがゴーイングマイウェイな性格のために改善はされない。

 そういった理由で、リイナは微妙な神様という立ち位置に収まっているのだ。

 

「なるほどな……で、何でシグルドはそんな神様に取り()かれてるんだ?」

「ちょ! 取り憑くって変な言い方しないでよ!? あたしが悪霊みたいじゃん!」

「偶々立ち寄った神社で目をつけられてな。それから信者になれとずっとつけられているのだ」

「ミト、知ってる。そういうのってストーカーって言うんだよね?」

「ミトちゃんは、ああいう神様になったらダメですからねー」

 

 カズキの取り憑き発言に、抗議するリイナであったが事実は誤魔化せない。

 シグルドの証言からミトにストーカー呼ばわりされ、マナからは悪いお手本扱いである。

 

「なによ、その言い方!? 良い男を見つけたら粉をかけるのは当たり前でしょ!」

「だからって、ストーカー行動はどうかと思うぞ?」

「ストーカーじゃないわ。私は恋愛も布教も根気(こんき)をモットーにしてるだけよ」

「狐だけに(コン)気か……いや、すまん。場を和ませたくてちょっとな」

 

 ポツリとカズキが駄洒落を零すが、全員から白い目を向けられて目を逸らす。

 しかし、それでリイナは気を取り直したのか、今度は一転して攻勢に打って出る。

 

「大体ねえ、布教は戦争みたいなものなんだからなんだってありでしょ。そこのあんたも神ならそう思うでしょ?」

「ミトは別にそこまではやらないよ。というか、ほとんどの神様がやらない」

 

 いくら信仰が大切とはいえ、ストーカー紛いの行為はほとんどの神はしないとミトが言う。

 しかし、リイナはチッチッチと舌を鳴らしながら人差し指を振る。

 

「甘いわねえ。これだから最近の若い神は…。いいわ、まだひよっこのあんたに先輩のあたしが教えてあげる。いい? 神様だってね、座して待つだけじゃいつかは飽きられるのよ。だから時には地獄の底まで追うことも必要なの。諦観でも恐怖でも最後に入信書に印鑑を押させた方が勝ち。これが真理よ」

「もうそれ脅迫だよね?」

 

 あまりの執念深さにミトがドン引きし、狙われているカズキとシグルドは身震いをする。

 狐は執念深いと言うが、リイナ程の者は中々いないだろう。

 というか、多く居るのだとすると怖すぎる。

 

「これのどこが脅迫なのよ。まったく、最近の若いのは常識が無くて困るわ」

「いや、昔も今もおかしいのはそっちだし。というか、背も同じぐらいなのに本当に年上なの?」

「な!? あたしは本体に戻ればグラマラスな美女よ。ロリなあなたと一緒にしないで!」

「むぅ、そんなこと言っても今はミトとほとんど変わらないじゃん!」

 

 何故か体の大きさで喧嘩を始める2柱。

 そこに、そういうところが子どもに見えるのだと言いたくなりながらも、マナが仲裁に入る。

 

「まあまあ、お2人とも一旦落ち着いて」

「なによ? まな板はまな板らしく控えめにしてなさい」

「ま、まな板ッ!?」

 

 リイナの余りにもあんまりな、まな板発言にマナは声を荒げる。

 カズキはそれに釣られて思わずマナの胸部に目を向けるが、視線だけで人を殺せそうな目を向けられたので慌てて逸らす。

 

 因みに、マナの胸は見事なまでにまな板であった。

 マナのマナ板という言葉がカズキの頭に過るが、まだ死にたくないのでお口にチャックをする。

 

「い、言うにことかいてなんてことを…!」

「事実だから仕方ないでしょ。神様は残酷な真実を告げる存在なんだから」

「そういうあなただってつるペタじゃないですかッ!」

「ちょっ! つるペタって不敬ね。今すぐ取り消しなさい。あたしは本来はグラマラスなのよ!」

「今は紛れもなくつるペタじゃないですか! 大体、私だって成長すればまだ大きくなります!」

「成長…? ハ、種のないものは実りようがないのよ。知らなかった?」

 

 そして始まる女達の戦い。

 女三人寄れば(かしま)しいと言うが、2人でも十分であった。

 というかミトは年齢故に弾かれてしまい、今は困惑した表情で2人を見ている。

 

 そんな中、本当の意味で蚊帳の外に居る男2人は、気まずそうに顔を見合わせた後に頷く。

 

「確か、手合わせがしたいんだったな……よし、やろう。出来れば2人が落ち着くまで」

「ありがたい。……本当にありがたい」

 

 女の喧嘩には男は入らない。それが賢く生きるための方法である。

 

 

 

 

 

 女性陣の邪魔をしないように、少し離れた場所に移動したカズキとシグルド。

 別に女性陣が怖かったという訳ではない。ないったらないのだ。

 

「じゃあ、始めるか」

「ルールはどうするのだ?」

「お互いに重傷を負わせない程度にやろうか。こんなところで怪我をしてもしょうがない」

「相分かった。では―――行くぞ」

 

 先手を打ったのはシグルドの方であった。

 大剣『グラム』を振り上げ、勢いよく地面に叩き下ろす。

 すると、地面が波のように跳ね上がり、カズキを呑み込まんと襲い掛かっていく。

 

「まるで土の津波だな。でも、甘い!」

 

 しかし、カズキは円を描くように刀を振るうことで、その土の波に穴を空けてしまう。

 そして、再び穴が塞がれる前に開いた穴を通ってシグルドの前に飛び出して行く。

 

「やはりこの程度は足りんか…しかし不用心だぞ」

(地面が脆い!? 足場を崩されたか…ッ)

 

 だが、シグルドもその程度のことは想定している。

 土の波を作り出すと同時に、自身の前の地面を脆くして相手に足場を与えないようにしたのだ。

 まんまとその策に嵌り、カズキは大きくバランスを崩してしまう。

 

「隙ありだ!」

 

 シグルドはそこを見逃すことなく、大剣『グラム』を横なぎに振るう。

 これを躱すには大きく跳び退くか、下にしゃがみ込むしかない。

 しかしながら、跳び退こうにも崩された体勢では強く地面を蹴れない。

 故に、下にしゃがみ込むという方法しかないが、敵の足下に跪けばそれは敗北を意味する。

 つまり、カズキに逃げ道などないのだ。

 

「そいつはどうかな?」

「くッ! 自分から弾かれたか…!」

 

 だが、逃げ道がないのなら作ってしまえばいい。

 カズキは無猫即災(むびょうそくさい)の刀身の腹に手を当て盾のようにする。

 そして、一切の抵抗を見せることなく自ら、シグルドの剣に吹き飛ばされる。

 

 通常であれば、そのままダメージを受けて地面に転がるところだがカズキは違う。

 空中で風に流される木の葉のように自ら回転して、全ての衝撃を受け流す。

 そうして、地面にしっかりと2本の足で着地したカズキの体には一切のダメージが残っていなかったのだった。

 

「今度はこっちから行かせてもらうぞ」

「……来い!」

 

 意趣(いしゅ)返しとばかりに、刀で地面の石を弾き飛ばして弾丸とするカズキ。シグルドはそれを、真正面から受け止めるように土の壁を作り出して防ぐ。しかし、それこそがカズキのねらいであった。

 

「――ッ!?」

 

 土の壁で視界が塞がれた次の瞬間に、凄まじい悪寒を感じて咄嗟に頭を下げるシグルド。

 それと同時に無猫即災が壁を割いて現れ、シグルドの頭のあった場所を通過していくのだった。

 

「やっぱり当たらないか」

 

 当たれば即死の攻撃を放ったとは思えない平坦な声で呟く、カズキ。

 シグルドはそんな姿に僅かに苦笑を浮かべながらも、間髪を置かずに斬り込む。

 

「重傷は負わせないルールだったはずだが?」

「悪い。シグルドなら避けると思ってた」

「フ、それは有り難い…な!」

 

 軽口とお互いの剣をぶつけ合わせながら、斬り結んでいく2人。

 

「大地よ!」

「土を操る力、それがオーディン神に与えられた能力か」

「しかり。父なる大地の力をとくと味わうといい!」

 

 斬り結ぶ合間にも隙を見ては、地面から土槍(どそう)を出現させるシグルド。

 それを全て斬り落としていくカズキ。

 永遠に続くかと思うような一進一退の攻防。

 しかし、それが崩れる時が訪れる。

 

「土を操る力…確かに強力だ。でも、それは剣が地面に触れている時にしか使えない!」

 

 度重なる攻防から、シグルドの神剣の特性を推測するカズキ。剣が地面に触れている時しか、土を操れないということは剣と土の同時攻撃はできないということである。つまり、神剣の能力を使う瞬間に動きを止めるという隙が生まれるのだ。

 

「確かにその通りだ。だが、その弱点は自分が一番理解している!」

 

 だが、しかし。その程度のことをシグルドが理解していないはずがない。

 自分は決して揺らがないと見せつけるように、地面にグラムを突き立て防御の姿勢を見せる。

 そして、自らの足元を起点に濁流のように土槍を押し出していきカズキを狙う。

 

「剣を振れずとも、大地の加護があれば相手を逃がすことなど有りはしない!」

「大地に居る限りは逃げられない…か。だったら」

 

 逃げ場などないとばかりに大地を埋め尽くしていく土の槍。

 そんな光景を見たカズキが取った行動は実にシンプルだ。

 大地に逃げ場がないのなら。

 

「空に行くまでだ!」

 

 天へと羽ばたけばいい。

 カズキは大きく跳躍してシグルドの頭上へと向かう。

 しかし、宙に浮くというのは非常に危険の伴う行為だ。

 

「うかつだな! 空では身動きができん!」

 

 人間は空を飛べない。

 故に自由落下していくだけのカズキは良い的だ。

 

「そのまま土槍(どそう)の餌食になるのだな!」

「……ちょうど真上に来たな」

 

 カズキに止めを刺すために、ドーム状に天へと伸びていく土の槍。

 その光景を眺めながら、カズキは一点だけ空いた穴を見つめていた。

 一か所だけ土を動かすことが出来てない唯一の点。シグルドの真上を。

 

「父なる大地よ、我が敵を穿(うが)ち給え! 『マー・ケイハス』!」

 

 数えるのも嫌になる程の土槍がカズキへと襲い掛かっていく。

 しかし、カズキはあくまでもそれを冷静に見極め、土槍の先端を斬り飛ばす。

 

「その程度ではこの攻撃は止まらんぞ」

「最初から止める気なんてないさ」

「なに?」

「俺は―――足場が欲しかっただけだよ」

 

 切り飛ばした土槍の先端。

 つまりは、大地の塊を踏み台にしてカズキは勢いよく飛び込む。

 一点だけ空いた隙間。シグルドの真上に向かって。

 

「馬鹿な!? く、迎撃をッ」

「もう遅い。行くぞ」

 

 全ての攻撃を躱されたのを見て、慌てて大剣を地面から離して迎え撃とうとするシグルド。

 だが、もはや間に合わない。

 

「―――牙竜点征(がりょうてんせい)ッ!」

 

 竜の牙が如く突き立てられた白い刃は、僅かな隙間を起点に敵を征服(せいふく)する。

 

「手合わせは俺の勝ちでいいか?」

「……ああ、自分の完敗だ。いや、良い経験を積ませてもらった」

 

 自身の首元にギロチンのように当てられた刀に、手を上げて降参するシグルド。

 それを見て、カズキも満足そうに無猫即災を鞘にしまい―――勢いよく吐血する。

 

「ゴフッ!」

「ッ!? ど、どうしたのだ? まさか自分の攻撃が当たっていたのか?」

「いや…単純に無理して動き過ぎたせいだ。心配しなくても…ゴハッ!?」

「と、取り敢えず安静にしたらどうだ?」

 

 敗者が勝者を看病するという非常に珍しい光景が生まれる。

 これも全てカズキの666の病魔の仕業だろう。

 

「あ、カズキがまた血吐いてるよ、マナ」

「ということは手合わせは終わったみたいですね、ミトちゃん」

「ちょ! なんであんた達は連れが血反吐を吐いてるのに呑気にしてんのよ!? え、なにこれ。あたしがおかしいの?」

 

 そんないつもの光景に元に、何とか喧嘩が収まったらしい女性陣がやってくる。

 

 慣れたために対して心配していないミトとマナの姿に、リイナがツッコミを入れているが、2人は全く反応しない。そのため、リイナは自分が間違っているのかと自己不審に陥っているが、これまた2人にスルーされてしまう。何とも哀れな神である。

 

「コホ…。ああ、そっちも終わったのか。………平和的に解決したみたいで何よりだ」

「はい、平和的に決着はつけてきました。それとカズキさん、今私の胸を見てませんでしたか? ……悲しそうな目をして黙り込まないでください!」

 

 マナを見た瞬間に、なぜ彼女が喧嘩をしていたのかを思いだしてマナの胸を見てしまうカズキ。その瞬間を目敏くマナに見つけられてしまうが、やはり口を(つぐ)んでおく。

 やっぱりマナ板だなと思っただなんて口が裂けても言えない。

 

「マナのおっぱいはどうでもいいけど、これからどうするのカズキ?」

「どうでもいいって何ですかミトちゃん!?」

「そうだな……一先ず町に戻ってツチノコを換金するか」

「それなら自分も手伝おう。あれを運ぶのは中々に骨が折れるだろう」

「いいのか? 助かるよ、シグルド」

「ううぅ…無視して話を進めないでくださいよ。いえ、あまりいじられても困りますけど……」

 

 明らかに自分をスルーする方向で話が進んでいることに嘆くマナ。

 しかし、男性陣からすれば普通に話し辛い話題なので仕方の無いことだろう。

 

「ぷぷぷ、まあ馬鹿にされないだけ良いじゃない」

「リイナさん……今度こそ本気で狐の丸焼きにしますよ?」

「あんたは本当に神相手にいい度胸ね。

 いいわ、お望みなら相手をしてやろうじゃない。シグルド、行きなさい」

「何故そこで自分が出るのだ……そもそも平和的に解決したのではなかったのか」

 

 再び喧嘩を始めるマナとリイナの姿に片手で顔を覆うシグルド。

 そんな姿に哀れみを覚えたのか、はたまた、何も考えていないのかミトが話題を変えるようにシグルドに話しかける。

 

「ねえ、シグルドはオーディンの信者ってことは北地方から来たんだよね?」

「…? ああ、確かにそうだが」

「だったら、北の試練はもう受けてるんだよね。試練ってどんなものかカズキに教えてよ」

 

 既に試練を受けているのなら、それを参考にさせてカズキの合格率を高めようと画策するミト。

 

「すまないが、自分はこの東地方の試練を受けるのが初めてだ」

「え、なんで? 北のは受けてこなかったの?」

 

 しかし、その計画はあっさりと潰えるのだった。

 そのことに驚いて、重ねて質問を行うと今度はカズキの方から答えが返って来る。

 

「覇刃祭の試練は自分の出身地を最後にするのが伝統的な習わしなんだよ」

「へー、そうなんだ。でも、なんで?」

「若者に少しでも旅をさせるためじゃないか? まあ、俺も理由までは詳しく知らないな」

 

 子ども特有の『なんで?』の連打に困った表情を見せるカズキ。

 すると、今度は最初に質問をされたシグルドが助け舟を出す。

 

「それは主に自分のような天下五剣の弟子達のせいだろうな」

「どういうこと?」

「出身地の試練を最初に受けるということは、即ち自らの師に最初に課題を与えられるということだ。まず起こり得ないが、この場合だと師が弟子可愛さに楽な試練を課す可能性がある」

 

「それを防ぐために最後にするの? でも、それだと結局楽な試練を出すのには変わらないんじゃないの」

「勿論それも考えられる。しかし、他の3つの試練を乗り越える実力があるのならば、まず試練に落ちることはない。楽なものを出したところで大して変わらないというわけだ」

 

 シグルドの説明にへー、と感心したように頷くミト。

 そこへ、さらにマナが追加の説明を加えてくる。

 

「後は逆に自分が師匠に勝てるビジョンが、全く思い浮かばないって理由もあると思います」

「つまり、今のままだと合格できそうにないから最後に回すってこと?」

 

「はい。師匠は弟子の弱点を全て知っていますからね。シグルドさんの説明とは逆の厳しい師匠だと全力で弟子を潰しに来るので、それに打ち勝つ力を他の3つの試練で身につけようという考えになるのです。かくいう私もお師匠様の試練は一番気が重いです……」

 

 そう言って、どこか遠くを見つめるマナ。恐らくは厳しい修行の日々を思い出しているのだろう。よくよく見るとシグルドも若干遠い目をしているので、天下五剣の師匠が怖いのはデフォルトなのかもしれない。

 

「まあ、あくまでも習わしというだけなので出身地から受けても良いんですけどね。特にカズキさんは天下五剣とは別に関わりがありませんので」

「だってさ、カズキ。どうするの?」

 

 唐突に話しを振られて一瞬だけ目を白黒させるカズキ。

 しかし、元から答えの決まっていた質問だったので、気を取り直してすぐに答える。

 

「俺も出身地は最後に回すよ。伝統に(なら)うっていうのもおつだしな」

「そっか。じゃあ、ミトもカズキに賛成」

「ありがとうな。よし! それじゃあ、旅に出る前にまずは」

 

 ポンと膝を叩いてから立ち上がり、カズキは視線をある所に向ける。

 

「俺達が倒したツチノコを盗み食いしているリイナを止めるか」

「ギク!? だ、大丈夫よ。ちょっと味見した程度だし? それにほら、(あたし)って肉食じゃん」

 

 そーっとツチノコの欠片を口にしていたリイナが、ビクッと尻尾の毛を逆立てる。

 カズキはそんな姿に、神様って基本子どもっぽいのだろうかと思いながら溜息を吐く。

 

「何がそれになのか…はぁ……で、味はどうだった?」

「―――メチャクチャUMA(うま)いわよ、これ」

 

 目を輝かせてグッと親指を立てるリイナ。

 その姿にカズキは自分達も後でちょっと食べてみようと思うのだった。

 

 因みに、ツチノコはシグルドの土操作でベルトコンベヤーのようにして運ばれたので、町ではちょっとしたお祭り騒ぎになったそうな。

 




次回からようやく旅に出ます。

後、神剣の能力が神様と合っていないのもあるのはバランス調整のため。
だって神話の主神とか真面目にやると能力がやばいし。

天照大神「太陽」、オーディン「死と戦争」、シヴァ「破壊と再生」、ゼウス「全知全能」
こんなん人間に持たせたら世界滅ぶやろ(真顔)


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