伝説を塗り替える英雄は唯一人(ボッチ)でいい。 作:烈火・抜刀
一応、TV版のEPISODE3に準じる流れでもありますが。
~~人知れず、雪ノ下雪乃は色々段取りを進めている。~~
長野県警本部近くのマンション 00:04 p.m.
『あっ、もしもし雪ノ下さんですか!?』
「おはよう亀山くん、何かあった?」
比企谷くんが未確認生命体第1号を倒してから数時間後。
由比ヶ浜さんと一旦東京に戻って身支度を調えた上で戻るという彼とそこで別れた。
その後本部には教会に潜伏していた第3号が現在逃走中である事、潜んでいた第1号が爆死した事を連絡など、彼の正体を伏せた上で報告をすませた。
現在、戦闘のあった現場では四散した第1号の破片回収や、逃亡した第3号の捜索を行われている事だろう。
それから私は駆けつけた海老沢さんの気遣いもあり、県警近くに借りたマンションでシャワーと仮眠、着替えを済ませブランチを口にしていた所、警備部の後輩から着信が入ってきた。
『何かあったじゃないですよも~う! 徹夜の哨戒から戻ったら海老沢さんから雪ノ下さんが1人で3号に遭遇したって聞いて僕もう……怪我とかはされてませんか!? 病院、もう行きましたか!?』
「ええ、大丈夫だから安心して……」
少々口うるさい所があるものの、私の身を案じ態々電話まで入れてくれる彼の誠実さには好感を覚える。
一連の事件の調査でロクに家に帰っていないのを気遣ってくれた海老沢さんといい、私は同僚に恵まれていると言って良いだろう。
丁度食事を終えた私は身支度を調えつつ、今後すべきことを頭の中で整理した。
まずは逃亡した第3号のその後の足取り、これについては後で亀山くん辺りから詳細を聞いて考えよう。
問題は今後の捜査方針を決定する午後からの会議だ。
私はその場で何とか比企谷くん――3号に続き新型と分類された“未確認生命体第4号”である彼の正体を秘匿した上で、攻撃の対象から外すように説得しなければならない。
警察という組織に於いて、確たる証拠も提示せず、得体の知れない存在の潔白を証明する。
これは中々に難しい、というか限りなく不可能に近い問題だ。
しかしそれでも、私はやらなければならない。
戦うと決めた彼を、己の全てを懸けてサポートすると誓ったのはまだ僅か数時間前の事なのだ。
「……そういえば彼、こっちでの生活はどうするつもりなのかしら?」
そこでふと私は、そうした重要な問題とは別の、しかし考える必要のある問題に気がついた。
それは比企谷くんの長野での住居についてだ。
未確認生命体が複数体存在する事が明らかになった以上、それらを全て駆逐するには相応の期間が要する可能性は高い。
比企谷くんは現在大学院で博士号取得を目指す修士。
その立場上、九郎ヶ岳調査の名目を表向きの滞在理由にすると言っていたので院の中退はとりあえず大丈夫だとは言っていた。
これには彼が所属する研究室の本郷教授も口添えしてくれるというので問題は無いだろう。
しかし問題はその生活環境だ。
1泊や2泊ならばビジネスホテルで事足りるだろうが、基本的に収入のない彼に長期滞在は懐的に厳しいだろう。
そもそも、年中研究とレポートに追われる大学院生というのは基本的にバイトする余裕も無い為、金銭面では実家の仕送りに依存しているケースは珍しくもない。
ましてこれから何時現れるかも分からない未確認生命体と戦うというなら市内で部屋を借りバイトで生計を立てるなんていうのも現実的ではない。
――となると、やはり……この部屋に泊める?
「……っ!」
自分の導き出したふしだらな結論に思わず顔が熱くなった。
けど、県警本部に近く生活費の負担も不要という環境は彼の状況を考えると割と理想的であり“倫理的な問題”にさえ目を背ければかなり合理的な気がしないでもない。
いや、そもそも倫理的も何も私も彼も成人した男女だ。
両者合意の上でなら何の問題もない。……あの男に寝込みを襲う度胸があるとも思えないし。
仮に、もし万が一にでもあの小心者が変な気を起こしたとしてもそれは私の自己責任であって――
『ゆきのーん!』
『雪ノ下先輩~♪』
「……って、何を考えているのよ私は……」
思考が妙な方向にヒートアップし、あらぬ状況が思い巡った所で、“彼”の近くに居る2人の姿が頭を過ぎり、罪悪感に苛まれる。
今朝のやり取りで感じた熱に当てられてのかもしれない。
全く自意識過剰も甚だしい――これではそれこそまるで彼の様ではないか。
一旦思考を冷静に戻そう。
そもそもこの事件が長期化する場合、私は県警本部に泊まり込む可能性が非常に高い。
そう、これは断じて同棲などではなく、同居。
もっと言えば稼ぎのない男を部屋に居候させるだけの事なのだ。何の問題も無い。
しかし甘やかすだけではあの男もつけあがるだろう。
何せ高校時代は『優秀な女性と結婚して専業主夫になり、一生働かず養われたい』などという戯言をのたまっていた筋金入りのダメ人間だ。
家賃並びに生活費は私が捻出するとして、炊事洗濯掃除などの家事全般は彼にやって貰おう。
しかし流石に下着の洗濯だけは任せられないし、時間を見つけて細かい規定を作っておく必要があるわね。
彼が
そんな風に私が自室で思考を巡らせていると、充電器に挿していたスマホが鳴る。
着信画面には、久し振りに見る女性の名が表示されていた。
「はい。――お久しぶりです榎田さん」
『あっ、雪乃ちゃん? 久し振り~~! 今大丈夫? こっちにも色々通達来てるみたいだけど、大変な事になったわね』
通話ボタンを押すや否や聞こえる溌剌とした女性の声に些か圧倒されつつも懐かしさを覚える。
榎田ひかり女史。
34歳という若さで科学警察研究所の責任者を務める才媛で、警視庁時代は分野こそ違えど、男社会で働く女性の先輩として公私に渡り何かと気に懸けてくれた女性だ。
どうやら警視庁を通じて既に未確認生命体に関する通達は受けているらしく、
「ええ、幸い何とか生きています。
『そうなのよー。もう昨日からてんてこ舞い! 報告じゃライフル弾でも傷一つつかない奴らなんでしょ? 全然データも無いのに早急に対抗できる武器を作れって無茶降りされて困ってるのよ~。ああ、もう……
「……お子さん、まだ8歳でしたっけ……すみません」
今年小学2年生になる息子さんへの申し訳なさを呟く彼女に、いち現場捜査官として感謝と申し訳なさを覚える。
しかし現実問題、奴らに対し通常の武器が聞かない以上、彼女の力をアテにせざるを得ないのも事実だ。
だから物のついで、という訳では断じてないが、私は彼女に、1つ頼み事をさせて貰った。
「榎田さん、確か再来年度から配備がスタートする例の次世代白バイの開発にも携わっていましたよね? ――その試作機ってまだ解体されずに残ってますか?」
『え、ああうん。
「そうですか。……不躾なお願いで申し訳ありませんけどその機体、こちらで運用させて貰えませんか?」
『えっ……!? 雪乃ちゃんが使うのアレを?』
上層部を介さず個人的なコネクションをアテにした、私らしからぬ“邪道”な要請に耳を疑う榎田さん。
しかし今後、“彼”と共に戦っていくというならこの程度の無茶は押し通せる位でなくては話にならない。
「…………分かった。セッティングを整えて長野県警に送る手配をしとく」
そんな私の気持ちを電話越しに察してくれたのか、榎田さんは敢えて理由は追及せず頷いてくれた。
「けど諸々の調整には1日掛かると思うからそっちの届くのは明後日以降になると思うけどいい?」
「ええ、本当にありがとうございます」
電話の向こうで見えないと理解しつつ通話しながら頭を下げてしまう。
警視庁時代性能テストを見学したあの機体。
操作性と生産コストを度外視したあのマシンなら神出鬼没な奴らの追走も可能な筈だ。
来たるべき奴らとの本格的な戦いに備え、やるべき事もまた、まだまだ多い。
なんだかんだ言って、同居そのものはやぶさかではない雪ノ下さんなのでした(笑)
ちなみに作中話にではTRCS2020は勿論トライチェイサー2000(試作機)とほぼほぼ同じものです。
とはいえさすがに20年近く前の機体そのままってものどうかと思うので微妙にバージョンアップした機体という感じで近々登場させたいと思っています。
さて、次回スポットが当たるのは誰かな?