伝説を塗り替える英雄は唯一人(ボッチ)でいい。 作:烈火・抜刀
かなりビターな展開になると思いますが、それもまた『クウガ』だと思うので読んでいただければと思います。
2018年 1月31日
文京区ポレポレ 12:25 p.m.
「こんにちはー」
ヒッキーが初めて青いクウガに変身した戦いから1週間が過ぎたお昼、色々あったけどあたし達の関係も元通り……よりちょっと近づいたかな? えへへ♪
とにかくいつも通りな感じになって、お昼ご飯を食べにポレポレに来ていた。
店に入れば慣れ親しんだカレーとコーヒーのいい香りが広がり、お店は満員。
いろはちゃんが忙しなく動き回っていた。
「あっ、結衣先輩ごめんなさ~い! 今ちょっと混んでるんで待ってて貰っていいですか~?」
「あ、うん全然いいよー。ていうか手伝おっか?」
「ホントですか!? 是非お願いしまーす!」
いろはちゃんからエプロンを受け取り、手伝いに入る。
実際、こんなふうに忙しい時とかいろはちゃんやヒッキーが店に入れなくて人手が足りない時にお店の手伝いに入るのはちょくちょくあるから、慣れっこだ。
因みにヒッキーは今、店にいない。
多分上の部屋で寝てるんだと思う。
――昨日は未確認生命体第10号を倒す為に夜遅くまで頑張ってたみたいだから。
◇◇◇
「いやー、いつも手伝ってくれてありがとねー結衣ちゃん。何もないけどカレーとコーヒーは好きなだけ食べてって!」
「ありがとうございます。いただきまーす」
1時間半程お店を手伝って最後のお客さんを送り出してお昼時の忙しさはひと段落。
あたしはいろはちゃんやマスターと同じテーブルに座って看板メニューのポレポレカレーに口を付ける。
お昼代は浮いてちょっとだけどバイト代も出してくれるから、あたしにとってもお得な一時だ。
お店の手伝いも楽しいし。
……ヒッキーの負担も、ちょっとは軽くしてあげられてるかな?
「ふぁあああ……眠っ……おはようさん。……一色、濃いめのコーヒー淹れて」
ぐったりとゾンビみたいな足取りで階段を降りてくるヒッキー。
うわぁ、いつにも増して目が腐ってる……。
「あっ、今頃起きてきた! 全然おはやくないですよ先輩! もうっ!」
「遅いよはっちゃんもう~、そんなんじゃおやっさんの店、継がせてあげないんだからね!」
そんなお昼の忙しい時に寝てたヒッキーにいろはちゃんは文句を言いながらコーヒーを淹れてあげて、マスターはツンデレ(?)っぽくプリプリしながらカレーをよそう。
何だかんだ言われても愛されてるんだなーヒッキー、……何かちょっと家族っぽくて羨ましい。
「いや、継ぐ気ねえっす……あー、結衣も来てたのか……悪いな店の手伝いやってくれて」
「ああ、うんそれは全然いいんだけど……大丈夫? すっごいぐったりしてるけど……」
「へーきへーき……たっぷり寝たから後メシ喰えば元気になると思う。午後からは研究室に顔出すから」
「って、夜も手伝わない気ですか先輩!? 最近ちょっと研究にかまけ過ぎじゃないですか? 昨日だって徹夜で論文仕上げてたんですよね?」
朝方寝に帰ったと思ったら、ご飯だけ食べてまた出掛けようとするヒッキーを咎めるいろはちゃん。……多分、本当は手伝わない事じゃなくて疲れてるヒッキーを心配してるんだろうけど。
「あぁ……まぁその……すまん」
そんな彼女の気持ちを暗に察したヒッキーも歯切れが悪そうに謝る。
それは単純に前ほど店を手伝えないこと以上に、家族みたいに思ってる2人に隠し事をしているのを謝っている風に、あたしには聞こえた。
『えーそれでは今日の特集記事はズバりこちら! 【同族を次々に殺害する異端の未確認生命体第4号、その正体は守護者か悪魔か!?】 ええ、昨日までで現れた10体の内、実にその7体を倒した第4号。巷では若年層を中心に我々人類の味方ではないかという意見が強まっていますが、実際の所どうなのでしょうね?』
そうしてしばらく4人でご飯を食べていると、つけっぱなしだったTVの情報番組が未確認生命体関係の特集を始めていた。
画面に映るのは、今朝の朝刊に載ってた第4号――ちょっとピンボケした赤いクウガの写真だった。
「あ、またこのニュースだ。毎日毎日イヤになっちゃいますよねぇ未確認未確認って」
嫌気がさした様に呟くいろはちゃん。実際この1週間ちょっとはTVをつければほぼ毎回こんな感じなんだから気持ちはわかるかも。
少なくともヒッキーとゆきのんが関わってなかったら、あたしもおんなじ事言ってたと思うし。
『いやぁ、どうなんですかねー? そりゃあ、結果として我々の利益にはなってますが、要するにお仲間を次々に殺しまくってる1番ヤバイ化物じゃないですか』
――ムッ
こういう番組でよく見かける40代のエッセイストの女の人が、心象のままカメラに向かって語り出すのを見て、あたしは少し腹が立った。
そりゃあ知らない人からすればクウガもあいつらの仲間って思われても仕方ないけど……。
よく知りもしないおばさんが、何でも知ってますみたいな顔でアレコレ言うのは何だか見ててムカっとした。
『そもそも、警察の対応にも疑問を覚えますよね? いくら好戦的で言語も違う生物とはいえ、発見次第即射殺、というのはどうかと思いますよ。アレでは彼らも反撃せずにはいられない』
『そうですよねー。対話の努力もなしに力で解決というのはやはり怠ま―――“ピッ”……では貴様は愛してるというのか? その男……クレナイマサオを!』
そこに更に有名大学の教授も加わって警察の方針にまで批難が及んだ所で、マスターがチャンネルを変えた。
ロックシンガーみたいな格好の人が、ゴシック調の服を着た女の人に詰め寄ってる。
今密かに人気のお昼のメロドラマ『牡丹とキバ』――略してボタキバだ。
「いやぁ、悪いね。このドラマいつも楽しみにしててさー。女優さんが可愛くて」
と、ひょうきんに振る舞うマスターだけど、本当にいつも見てるなら最初からチャンネル固定してるだろうし、違うってことは何となく分かった。
多分ゆきのんが頑張ってるの知ってるから、気を遣ってくれたのだろう。
ギャグは時々人を凍死させるつもりなのかって思うくらい寒いけど、いい人だ。
だけど、うん……これはこれでちょっと食事時に皆で見るのは気まずいよね?
うわぁ……ドロドロだ!
◇◇◇
「まあ、さっきのTVでおばはんらが言ってたのも、正論っちゃ正論ではあるんだよな……」
「……えっ?」
あれからご飯を食べ終わって(何だかんださっきのドラマ最後まで見ちゃった……結構面白かった……)食器を片付けてたり夜に向けてモップ掛けをしていると、不意にヒッキーが呟いた。
――その言葉の意味が、っていうよりそれをヒッキーが言った事が、一瞬理解出来なかった。
「え~? 先輩が4号否定派とかちょっと意外です。プリキュアとかその後にやってる特撮とか結構好きじゃないですか」
「俺は現実とフィクションの区別のつく大人なんだよ。――ああいうのはエンタメって割り切って見るから楽しいんだ。……現実はやっぱり、戦わないに越したこたねぇよ」
「…………先輩?」
作業中の世間話みたいな感じで質問していたいろはちゃんがモップ掛けを中断してヒッキーに視線を向けた。
本人は『一般論としてそういう意見もある』って付け加えて俯瞰した感じで振る舞ってるけど、やっぱり……分かる人――ヒッキーの事よく見てる人――には分かっちゃうよね?
ヒッキーのもう1つのスマホ――ゆきのんから貰った端末の着信音が鳴ったのはそんな時だった。
「――俺だ。……分かった。場所はいつもの噴水公園でいいか? ――おう、すぐ行く」
洗い物を中断して電話を取り、短いやり取りで話を纏めるとヒッキーはエプロンを脱いで代わりに店の端に置いていたヘルメットを取る。
「悪い。ちょっと急用が出来た。多分遅くなる」
「って、またですか!? ちょっ――」
いろはちゃんの言葉を店のベルに遮って、足早に店を出て行くヒッキー。
――朝戻ってきたばっかりなのに……。
「もうっ、何なんですかね最近の先輩は!? ここのところ殆ど毎日ですよ? 急に電話があったと思ったら飛び出したり、帰ってくるのが夜中とか朝だったり。…………それに何か時々、妙に考え込んでるんですよ」
「あー、うん……やっぱり色々、考えちゃうんじゃないかな? ゆきのん、未確認の担当だし」
「んー、何かそれも違うって気がするんですよね。何かこう、当事者っぽいというか……」
うっ、やっぱり鋭いな~いろはちゃんって……。
カレシが浮気したら絶対すぐに勘づきそう。でもって浮気相手に笑顔で挨拶しに行きそう……。
と、それはさておき――
未確認生命体が長野の遺跡から復活して大体2週間。
社会は、世間は、……あたし達は、アイツらが暴れ回って人をたくさん殺す現実を、生活の一部として順応しつつあった。
それを自覚すると、ちょっと自分が怖かった……。
◇◇◇
千代田区 噴水公園 03:08 午後――
「集団窒息死?」
「ええ、今日だけで既に都内各所や千葉県で4件発生してるわ。遺体の状況はいずれも所謂首吊り自殺をしたみたいに首筋の内出血の後があった。――ただし、紐なんか括る場所のない屋外でね」
店を出て雪乃と合流した俺は、早速彼女から呼び出した理由――不可思議な殺人事件について話を聞かされる。
普段通り真っ先に現場に急行――となならないのは、そうしようがないからだ。
「最初に発生したのは葛飾区鎌倉のバス停、ここでバスを待っていた計6人が倒れている所を付近の住民が目撃したのが午前10時過ぎ、その次は千葉県の松戸駅周辺で8人が11時頃。それから荒川区と板橋区で次々に同様の事態が起きてる」
「って、ちょっと待て。最初のはともかく昼前の松戸駅周辺って結構人がいるだろ? 何でその段階で通報入らなかったんだ?」
雪乃からの説明を受けた俺は浮かんで然るべき疑問をぶつける。
駅前であんな目立つ化物が人を殺してるのに通報も報道もされないなんてことあり得ない。
そもそも奴らの犯行なら例え寝てても絶対連絡入れるというのは6号の時以来の俺と雪乃の取り決めになっている筈だ。
すると雪乃は視線を落としながら応えた。
「――目撃、されてないのよ。最初の犯行から7件目まで、目撃した人は皆、人が突然倒れた。若しくは急に身体が浮かび上がった後に倒れたと証言してたそうよ」
「人が急に浮かんだ? …………まさか」
彼女の説明を聞いた俺は頭の中で情報を整理し――最悪の仮説を組み立ててしまった。
「ええ、恐らく優れた擬態能力を持った個体――“いる筈なのに見えない未確認生命体”よ」
◇◇◇
台東区御徒町 04:32 p.m.
「お客さんからメアド貰った?」
「うん、そうなの! ほら、留美も見たことあるでしょ? いつも角の席に座って本読んでる眼鏡の人、お会計の時何かモジモジしながら『良かったら連絡ください!』ってね。いや~モテる女は辛いっすわ~♪」
早番のバイトから上がって帰宅する途中、ずっと上機嫌だった茜が嬉しそうに貰ったメモをヒラヒラ見せる。今日は結構忙しくて疲れたのに、テンション高いなぁ……。
「ふーん、けど茜ってもっとも日焼けしたワイルドな人が好みって言ってなかったっけ?」
「いやぁうん……そうなんだけどさ、やっぱり求められると悪い気しないじゃん? 何か顔赤くしてて可愛かったし♪ そういうルミルミは最近先輩とどうなの?」
「……八幡はそんなんじゃないから」
「おやおや? 私は別に比企谷先輩なんて限定してませんぞ?」
「……茜、ちょっとウザい」
「アハハ、ごめんごめん」
人当たり良くていつも元気なのがいい所なんだけどちょっと恋愛脳っぽい所が玉に瑕な茜はことある毎に私が八幡に長年片思いしてるって勘違いする。
――いや、ちゃんと恋とかした事無いから勘違いかどうかも分からないんだけど……。
私は昔から男の人――特に同年代と話すのが苦手だった。
特に小学校高学年あたりの異性を意識する頃からは、クラスの男子にそういう目で向けられるのに居心地の悪さを感じる事も多かった。
ヒラヒラした恰好で接客するバイトを始めたのもそれを解消する為だったけど、やっぱりちょっと苦手で、なるべく女性のお客さんの方を担当してる。
そこへいくと確かに八幡は話し易いっていうか……一緒に居て安心するんだけど、ちょっと違う気もする。
マンガとかドラマのヒロインみたいに、誰か1人の男の人に夢中になる。
自分にそんな日が来るのか甚だ疑問だった。
「留美は色々硬く考え過ぎなんだよ。気を付けなきゃダメだよー? そういう娘に限って変な男にのめり込んじゃうんだから、妻子持ちの上司とか、裏世界のアブない人とか」
「その
「あはっ、バレた?」
おどけた態度で返す茜に思わず苦笑してしまう。
――うん、やっぱりまだ、恋とか愛はピンと来ない。
――彼氏とか作るよりは、こうやって茜と一緒にいる方が楽しいし。
「と、わぁ、何か降ってきた来たよ留美! 一旦あそこで雨宿りしよ!」
そうやって話ながら駅に向かう途中、ポツポツと水滴が落ちたと思ったらあっという間に本降りの雨になった。
予報では9時頃まで大丈夫だったから傘を持ってきてなかった私達は高架下のトンネルに一先ず飛び込んだ。
「うわぁ、結構ガチだねコレ、ちょっと戻った所でコンビニあったけど傘買ってく?」
「微妙……駅まで後ちょっとで600円はキツい」
「だよねー。すぐ止むかもだし、しばらく待ってよっか」
唐突な雨でビニール傘を買うほどバカらしい出費はないと、しばらく様子を見ることにする私達。
――それが私にとって、悔やんでも悔やみきれない。一生の後悔になるなんてこの時は考えもしなかった。
「…………アレ? ねえ留美、あそこの人、何か浮いて……ない?」
この時、私達は見てしまったのだ。
地面から数m浮かんでぐったりする人の影と、雨の中で透明な身体が浮かび上がった不気味な怪物の姿を……。
「……ヨロコベ、オ前ラガ最後ノ獲物ダ」
私達は出会ってしまったのだ。
長い舌を尻尾のようにしならせながら、どこかぎこちない日本語で語りかける悪魔に……。
世間は楽しいGWだってのに何陰険な話書いてるんだって自分で思います(苦笑)
次回もお楽しみに!