伝説を塗り替える英雄は唯一人(ボッチ)でいい。 作:烈火・抜刀
未確認との戦いが関係ない八幡の休日編はこれで完結です。
千葉県 千葉市 05:07 p.m.
「ハァ、疲れた……」
昼間に八幡と別れた後の用事――実家の呼び出しを何とかやり過ごした私は、家から少し離れた場所で一旦車を停め、押し寄せる疲労感から溜息を零した。
数日前、私が
――恐らく実家にそれを伝えたのは姉だろう。全く余計な事を……。
仕事を理由に――実際、未確認は何時現れるか分からないので事実だが――躱す事も考えたが後回しにすればそれはそれでストレスが溜まるし、何よりあの母の事だ。
いざとなったら捜査本部に顔を出すなんて事もやりかねないし、厄介な事に相応のコネも持っている。
早めに話を付けるべきと判断し午後の予定を空けて数年ぶりに帰宅したのだが……待っていたのは案の定『得体の知れない怪物に銃を向けるなんて恐ろしい仕事止めなさい』『良い縁談が来てるの』『貴方もそろそろ家庭に入るべきではなくて』と言ったものだった。
ほぼほぼ予想通りではあったのだけれど、やはり辟易とする。
大学を出て社会に出てもうすぐ丸3年。刑事としてはまだ未熟ながら一応は独り立ちした娘を、あの人は未だにコントロールしたがっている。
その事実が酷く、堪えた……。
父母の言い分も分かる。
実の娘が殺戮を繰り返す怪物と戦う仕事をしているのだ。
子を持つ親として危険からは遠ざけたいと思うのは自然であるし、様々な思惑などを差し引いた上での親としての純粋な愛情がある事も分かってはいる。
だが一方で、生き方を縛られる窮屈さ。家にとって有益な人間と結婚して家庭に入り、子供を育てる事こそ1番の幸せという考えを強要されるのが我慢ならなかった。
父母――取り分け母が私に結婚を迫るようになった背景には姉さんの身に相次いだ『相手側の都合による婚約解消』があった。
1人目の婚約者――大手銀行の頭取の子息は、3度目のデートの後に出家し仏門に入った。
2人目の婚約者――父の会社の常務は4度目の会食をした翌日辞表を提出し、今は四国で漁師をしている。
そして3人目の婚約者――母がかねてより目をかけていた若手の県議員は、姉との見合いをした数日後に失踪し、今も行方不明。
当人は『私って男運ないのかな?』などと笑っていたが、寧ろ不幸だったのは相手方の方だろう。――きっと姉は各々社会的地位に比して高い彼らの自尊心をその持ち前の口と頭で粉々にへし折り、『壊したのだ』。
それまで築き上げたアイデンティティは打ち砕かれ、涙目になって逃げる男達の姿が容易に想像できる。――こんな事を身内に言うのは気が引けるが、あの人とまともに付き合える人間がいるとしたら、それはもう、人を超えた存在だと思えてくる。
とにかくそうした経緯もあり、母は姉さんを結婚させることを有り体に言って諦め、縁談の矛先を未だ言う事を聞かず拳銃を手にパトカーを乗り回す次女に向けてきたのだ。
恐らく姉さんは姉さんで決められた相手との結婚など冗談ではなかったのだろう――だからって相手の人生観を変えてしまうのはどうかと思う――が、正直とばっちりだ。
また、『姉がダメなら私』という見え透いた思惑も酷く不愉快だった。
思惑だけが全てじゃない。愛情や心配があるのは分かる。
だけど言い方を変えればそれば、愛情や心配だけじゃない打算もあるのだ。
――いつからだろう?
実家に帰る事に抵抗を覚え、家族と顔を合わせる時間に居心地の悪さを感じるようになってしまったのは……。
優しい父に、美しく聡明な母、明るく誰にでも好かれ、何でも出来た自慢の姉。
幼い頃は大好きで、その存在に誇らしさと安らぎを覚えた筈なのに、今は『これから捜査会議がある』なんて虚しい嘘を吐いて話を打ち切る間柄になってしまった事実を再認識する。
この歳になって親の理解を得られないことに不満を抱くなど幼稚……だと取り繕いながら、それを寂しいと思わずにはいられなかった。
「あ、メール……結衣?」
運転席を寝かせて車内でしばらく休んでいると、胸ポケットにしまっていたスマホが震えた。
◇◇◇
千葉県 市川市 06:23 p.m.
「んじゃ、次までに言っといた問題集終わらせといてなけーちゃん。解らないトコはメールしてくれ」
「うん、またねはーちゃん先生!」
「こら京華、こんなんでも一応先生なんだからちゃんと挨拶しな!」
いやいや沙希さんや、先生を“こんなん”言うのも割と失礼だからね?
今日の分の授業を終えて帰ろうとする俺を律儀の玄関外まで送る川崎姉妹。
俺は川崎が刺繍してくれたクウガマークの入ったベストを羽織り、TRCS2020を起動。
「アレ、お
と、そこへ丁度帰ってきたのがこの家の長男・川崎大志だった。
「よう。今日は休日出勤だったんだってな社会人」
「いや~そうなんすよ~って、それより折角なんだからまた晩飯でも食ってってくださいよ。姉ちゃんに言われて材料多めに買ってきたんすから」
そう言って持っていたビニール袋に入った食材を持ち上げる大志。
すると俺に代わり仏頂面の川崎姉が弟に答えた。
「コイツこの後、下宿先の店の手伝いあるんだって」
「えっ、そうなんすか? お義兄さんってば働き者っすねぇ」
「おい、さっきっからスルーしてたけどその呼び方いい加減止めろ。……まあ余計な材料買わせたのは悪かった。また別の機会があったらごちそうになるよ」
「そうしてってくださいよ! 特にウチの両親が居るときにでも是非。姉ちゃんに性格の似た親父もお義兄さんに会いたがってましたから――」
いやちょっと待て、えっ、何?
それ、どういうニュアンス?
性格が川崎似の親父さんってお前……絶対おっかない奴じゃんそれ!
しかも会いたがってるってお前ソレ、娘に近づく男を直接ぶっ潰したいとかそういう事!?
イカン、顔見知り相手の簡単なバイトという事で誘いに乗ったがこれは思わぬ問題だ。
知り合いの女子のお父さんとか、会わずに済むなら一生会いたくない。
ましてやこの場合、目の前の自称義弟が何吹き込んでるかしれたもんじゃない。
俺は大志の首根っこを掴んで顔を引き寄せ、姉妹に聞こえない小声で尋ねた。
(オイ、お前なんかフランクに接してその実、俺の抹殺とか目論んでない? 姉ちゃんに気安く近づいてんじゃねえぞコラァとか思ってない?)
(ええ~、やだなーお義兄さんってば。俺的には寧ろ仕事にのめり込み気味な姉ちゃんには早いトコ良い相手見つけて欲しいって思ってる位ですから! ――まあ、万が一にも京華に手を出す様ならお義兄さんといえど、ぶっ殺す事になると思いますけど……。俺の人生に、義兄はいても義弟は要らないっすから)
人懐っこく接していたかと思えば急に声と目付きを鋭くし、恫喝する大志。
姉に劣らぬ、中々のシスコン具合だ。
ないわー。本当シスコンとかキモいわー。
俺はシスコンじゃないから、全力でディスる。
コラそこ! 自分のこと棚上げしてるとか言わない!
(アホか、この歳になって中学生をそんな目で見たらそれだけで最早犯罪だっつの。大体けーちゃんからしたら俺なんてもうオッサンだオッサン、眼中にねえよ)
そもそもけーちゃんに限らず俺が中高生に手を出したらどうなるか?
新聞の一面や女性週刊誌に『未確認生命体第4号、未成年に手を出す!!』とか見出しを飾り、きっと雪ノ下警部殿は俺の脳天に風穴をあける。
『俺が万が一にも暴走したら自分の手で射殺する』って前に上司に言ったらしいし、あの有言実行を地で行く女は、絶対に
(そ、そっすかね? 俺、初恋の相手は小学校の保健の先生でしたけど?)
(それはお前、白衣と消毒薬の匂いにやられただけだ。健全な男子はな、皆一度はナースや女医に心奪われるんだよ。覚えとけ)
(ウス、流石はお義兄さん。経験に裏打ちされない、やたら知識だけ豊富な童貞心理学、勉強になります)
「テメエ喧嘩売ってんのかコラ!?」
俺はひそひそ話の体を忘れ、大志の胸倉を掴み恫喝。
面白がるけーちゃんと呆れる川崎。
何だかんだで10年近い付き合いになる川崎家とのひと時はこうして過ぎ、俺は東京へと戻った。
◇◇◇
文京区 某所 07:03 p.m.
城南大学から徒歩5程の独り暮らし向けのセキュリティマンション。
大学時代は何度か遊びに来た結衣のマンションに数年ぶりにお呼ばれした私はインターホンを鳴らす。直後『ハーイ!』と明るい声で彼女が応答し、エントランスの自動ドアが開いた。
「いらっしゃいゆきのん! 急な誘いでごめんね? 他の用事とかなかった?」
「いえ、それは全然……けどどうしたの?」
「んー、特に理由はないって言うか、久し振りにゆきのんと、未確認とか関係ない“普通の時間”を過ごしたいなーって思って……さ、とにかく上がって! もうすぐ支度できるから」
の
「え、ええ」
弾んだ声の結衣に促され、私は少し戸惑いながらも久方ぶりに彼女の部屋に上がる。
やや広い、八畳程の大きさを持つ1K。
テーブルには既にサラダやローストビーフ、そしてパエリアなどが並んでいた。
「今日はあたしが腕によりをかけて作りました! いっぱい食べてねゆきのん♪」
「……困ったわね。来る途中、胃薬を買い忘れたわ」
「酷い!!」
半分冗談――つまり半分は本気――でそう言いながらも卓上から漂う香りが食欲を誘った。
少なくともイカスミも使っていないのに何故か黒いパエリアを作った以前よりは上達したのは分かる。……信じるのもまた、友達の役目だろう。
コートをハンガーに掛け共に向かい合う形で席に着いた私に、結衣は尋ねる。
「一応、お酒とかあるけどどうする?」
「そうね……止めとくわ。何時出動要請があるか分からないし」
「ん、そっか。――まああたしも普段は殆ど飲まないんだけどね? ホラ、昔ヒッキーにメッチャ怒られたの覚えてる?」
「え、ええ……“怒られた辺り”は覚えてるわ」
懐かしい思い出話をする様に尋ねる結衣に、私は少々、気まずさを感じながらあまり思い出したくない、というより“思い出せない思い出”を振り返った。
あれは今から5年前の大学2年生の冬――私の二十歳の誕生日の事だ。
結衣が『ゆきのんの誕生日パーティも兼ねて奉仕部3人で初飲み会をしよう!』と提案。
当時本郷に借りていた私のマンションに集まって、人生で初めてアルコールに口を付けたあの晩……シャンパンを何杯か口にして以降、私は殆ど記憶がなかった。
覚えているのは翌朝、何故か散らかっていた室内で、私に抱きつきながら気持ちよさそうに寝ている結衣(何故か半分服を脱いでいた)と、部屋の隅で体育座りをして『闇を見た……』と憔悴仕切った顔で呟く八幡という、珍妙な光景だけ。――因みに私の頭には何故か猫耳がついていた。
どういう過程を経てそうなったかは今を持って不明だし、唯一その晩の記憶を知る八幡は頑なに口を紡ぎ、『お前らは人前で絶対飲むなよ?』と釘を刺すだけ……。
以来、私は基本的にはお酒を飲まないし、付き合いなどの場でも度数の低いカクテルに軽く口を付ける程度に留めた。
「アハハ、ゆきのんは真面目だね。あたしも飲み会とかでは殆ど行かないけど、部屋に居る時は偶に晩酌するんだー。……まあ大体何にも覚えてないんだけど、なんか朝とかスッキリするんだよねぇ」
「そ、そう……けど、まあ今日は止めておきましょう」
当時の真相を知りたい気持ちもなくはないけれど、燃え尽きたボクサーみたいな八幡の表情を思い出すと憚れる。
「そっか、うん、じゃあ食べよう食べよう!」
気を取り直して私は結衣に取り分けてわらったパエリアに口を付ける。
見た目や香りの時点で、取り敢えず胃薬の心配はない事は分かっていたけどその味は――。
「――あ、美味しい」
「でしょう!?」
多少残念な出来でも何とか完食しようと、内心意気込んでいた私の決意をある意味裏切る程に、結衣の作ってたパエリアは美味しかった。
「エヘヘ、実はゆきのんが来るちょっと前まで優美子にも手伝って貰ってたんだ~。ホントは一緒に食べてけばって誘ったんだけど『んな野暮じゃないよ』って断られちゃった」
「そう……けど、あくまで主導で作ったのは貴方なんでしょう? ――本当に成長したわね、結衣」
「えっ、ちょっ……何でウルっとしてるのゆきのん!? 昔のあたし、そんなに酷かった!?」
「ええ、正直貴方の夫になる人は長くは生きられないなと思うくらいには。――フフ」
「酷っ! ――もう、ゆきのんってば、アハハ」
感動で迂闊にも涙腺が緩みかけたのを誤魔化すために毒のある物言いで結衣を凹ませてしまうが、彼女はすぐに屈託なく笑い、気がつけば私も笑みを零していた。
それから私達は他愛もない談笑や八幡に対する“不満や愚痴”を肴に食事を楽しんだ。
最近は時間短縮の為にカロリーメイトなどで済ませることも多く、ただの栄養補給目的だったが久し振りに食べる事が楽しい、と思い出す。
そんな優しい時間だった。
「ごちそうさま。――ふう、少し食べ過ぎたかしら」
「えー、ゆきのんは激務なんだからもうちょっと食べても全然大丈夫だと思うよ? あたしなんか最近1日中机に座りっぱなしだからちょっとお肉ついちゃって困ってるけど……」
「アラ、それなら今度一緒にジョギングでもする? 私も空いた時間なんかよく走ってるけど」
「えぇ……う~ん、まあ……ゆきのんと一緒なら……いいかな?」
私からすれば全体的に程よく肉付きの良い結衣の体は男性目線では相当魅力的だと思うのだけれど……きっと身近にいるあの男が褒めない所為ね。あの甲斐性なしめ。
「あっ、ダイエットの話の後でなんだけどさ、デザートもあったんだった! ジャ~ン! シャルモンのケーキだよ~♪ ヒッキーからの差し入れで~す!」
「八幡の?」
空になった食器を流しの水に浸けた所で、結衣は冷蔵庫から有名洋菓子店のロゴが入った箱を取り出した。
「うん、……本当は黙ってろって言われたんだけどさ、実はヒッキーからお昼に『ゆきのんお疲れ中』ってメールあったの。それで優美子と入れ替わる感じでこっちに顔出して、コレだけ置いてすぐ帰っちゃったんだ~。いろはちゃんのご機嫌とらなきゃって言ってた」
「それで急に誘ったのね? 全くあの男は――」
この間――第11号との戦いの後に私が結衣に頼んだことの意趣返しだろうか?
昼間から私の体調を気にかけていたのはわかってたけどこんな、また結衣に甘える真似……その癖自分は差し入れだけ置いて、全く……。
「あはは、ゆきのんちょっと嬉しそう」
「う、嬉しいなんて事は……別に……」
「いいっていいって♪ それじゃ紅茶淹れるね」
気を遣う癖に他の女性の機嫌を取りに行く、女性関係にだらしない男に内心毒吐きながら、結衣が淹れた紅茶と一緒にケーキを頂く。――確かに美味しいけど……。
「察するに値段も結構しそうね」
「うーん、そうだね。いろはちゃん達の分も買ってたっぽいから多分今日のバイト代は赤字なんじゃないかな?」
「借金返す気あるのかしら?」
「ん~踏み倒そうとは思ってないと思うけど、『大親友の戸部なら返済待ってくれるさ』とか適当な事言ってるかも……」
「目に浮かぶわ……」
女性に対して何だかんだ言って頭が上がらない癖に、男性に対しては――戸塚くんを除いて――結構扱いが雑なのよね……。
それでも何だかんだ懐いてくる同性が何人かいるのだから、不思議な男だ。
「何だかごめんなさい。結局私も彼も、貴方に甘えてばっかりで……」
「ううん、全然。寧ろ2人にはもっと甘えて欲しい位だよ? だからさ――」
私の謝罪を笑顔で流しながら、結衣は一拍おき、今日の招待の本題を口にした。
「――ゆきのん、あたしと一緒に暮らさない?」
「……………え?」
それはあまりに唐突で、且つ予想外の提案。
だけど彼女の目は笑っているけどふざけている感じはなく、その提案が冗談でない事はよく分かった。
「ほら、ゆきのんって今、ホテル暮らしなんでしょ? やっぱそのままじゃ中々疲れもとれないと思うし、どっか2部屋あるトコ借りて一緒にご飯食べたりさ。あ、後はホラ、あたし達の解読結果とかそっちの捜査状況みたいなの? お互いメールより伝え易い……とかさ」
戸惑う私に対し、結衣は同居のメリットを挙げていく。
確かに長野で借りていた部屋もそのままにして、本庁近くのビジネスホテルで寝泊まりしている現状は折りを見て何とかしたいと思っていたし、仕事にかまけて私生活が疎かになってる状況も、誰かと一緒に過ごすとなればメリハリもつく。しかし――
「……いいの結衣? 私その。多分あまり部屋には戻ってこれないわよ? 家事も任せてしまうかもしれないし……その、疲れた情けない所を見せるかも……」
「だからだよ。さっきも言ったでしょ? もっとあたしに甘えて欲しいって。ヒッキーもゆきのんも、外ではいつも頑張ってて、あんな怖い奴らを相手に一生懸命戦ってるんだからさ。――あたしに位、弱いとことか見せて?」
「結衣……」
この期に及んで意地を張ってしまう私をまるで意地を張る子供をあやす様に説く結衣。
その優しそうな微笑みは同性から見てもとても魅力的で――こんな娘が近くにいて何年も放っておくなんて、八幡、貴方とってもバカよ。
きっと姉がこの場に居たら『またそうやって甘える』とか『依存してる』なんて揶揄されるだろう。その自覚もある。
でも今は……それでも、だとしても、彼女の温もりを拒めはしなかった。
◇◇◇
文京区 ポレポレ 10:07 p.m.
「――うし、明日の仕込み終了と。一色、店内の清掃は?」
「…………終わりましたよ。フーン」
最後の客を見送って玄関の札をCROSS―Z……いや、だから違う! CLOSEに変え、俺と一色は黙々と閉店作業を進める。
因みにおやっさんは閉店直後に電話であった飲みの誘いに速攻で乗り、今頃駅前のスナックでカラオケで昭和の歌謡曲を熱唱してるだろう。
未確認生命体の所為で世間じゃ夜中の外出は自粛ムードなのに、元気なオッサン共である。
「……フン」
そんな訳で一色と2人きりで作業を続けてる訳だが相変わらずコイツの機嫌は悪い。
まるで約束してた遊園地を急な接待ゴルフでドタキャンされた子供の様に、俺に恨みがましい視線を向ける。童貞なのにお父さんの気持ち分かっちゃう自分が何か哀しい……。
まあ、最近の俺のサボりっぷりと研究室への入り浸りっぷりを考えれば当然っちゃ当然の反応ではある。
結衣に対してもそうだが、コイツやおやっさんに甘えていた部分は大きい。
寧ろ変に抱え込まずこうして露骨に態度で示してくれるのはまあ、ありがたいと思うべきなんだろう。……一応、対策も用意してきたしな。
「一色、ちょっと冷蔵庫から白い箱出して」
「え、何です急に――ってコレ」
「おう、帰ってくる前に土産で買ってきた。コーヒー淹れるから」
女子の機嫌を取るのに甘い物、使い古された手ではある。
が、まあそれだけ有効な手段なんだろう。
――うん、ぶっちゃけ他に機嫌を取る方法が思いつかなかったのが本当の所ではある。
「……先輩、コレ、シャルモンのケーキですよね?」
「おう、バイトの帰りに買ってきた。……まあ、日頃の感謝というか、詫びというかな」
「……あそこのお高いケーキ、が3つ。――バイト代いくら貰ってるか知りませんけど、ぶっちゃけ殆ど消えてません?」
「え、や、まあ……な」
「バカじゃないですか?」
ぶっちゃけ昼飯代や雪乃らのとこの分も合わせると余裕で赤字である。
心の友(笑)の戸部には当然の様に締め切りぶっちする作家の様な態度を取ればいいとして、……うん、その、なんだ? こいつの言い分は分かる。
言い分が遠慮皆無のどストレート過ぎて凹むが……。
ホント遠慮ねぇなコイツは。
「お店サボってまでバイトしてたのにお土産でバイト代散財してたら意味ないじゃないですか! ていうか寧ろ、その時間お店で働いてくれた方が私的に嬉しかったんですけど?」
「いや、ホントそれなとは思うけどさな? ――なんつーか、お前やおやっさんに何かしてやりたいって思ってたら、あの店にいた」
「っ……。まあ、『取り敢えず甘い物で機嫌とっとこ』って安直さはともかく“私に何かしてあげたい”ってトコは評価してあげます。……何だかんだ夜の忙しい時間には戻ってきてくれたし、忙しなく動き回ってた癖に
何気におやっさん――自分の叔父さんの存在抹消しちゃってるけど、何か機嫌良くなる一色。
見え透いたご機嫌取りと見抜きつつ、許してくれたのはシャルモンのケーキの力か、拙く不格好な俺なりの誠意が伝わった故か……。
「……何か、スッゲー苦そうだな?」
「失礼ですねもうっ」
まあ、取り敢えず一色の顔にいつものあざと可愛い笑顔が戻ったのだから、今は由としよう。
事件現場で奔走するゆきのんと基本研究室待機なガハマさんは意外と一緒にいる機会が少ないと思い、今回の同居展開を考えました。
断じて2人の百合な展開を書きたいとか考えた訳じゃないですよ? 本当ですよ?
あくまで高度な政治的判断ってやつです(笑)
という訳で、次回からは再び未確認との死闘が再開します!
遂に動き出すメ集団に目覚める新たな力!
そして悲しみにくれるルミルミの今後は?
これからもよろしくお願いします!