伝説を塗り替える英雄は唯一人(ボッチ)でいい。 作:烈火・抜刀
――【注意】この話はEPISODE:25と26の間に位置するお話です。――
関東医大病院 00:02 p.m.
「……じゃあ、失礼するわね……」
「あ、ああ……」
「…………」
比企谷を気遣うが故に女性の前で尋ねるのが憚れる疑問を白状させてしまった雪乃ちゃんは、後悔と羞恥に顔を赤くしつつ、両手で顔を覆い押し黙る彼を連れて診察室を後にする。
比企谷が自分から尋ねたのは意外だったが、抱いた懸念そのものはとても正当なものだ。
特異な身体になってしまった自分の今後と向き合うに辺り聞いて然るべき、恥ずかしがるべき質問じゃない……のだが、まあ、確かに、同情はするよ。比企谷……。
「と、失礼」
「ああ、いえ、こちらこそ……ほら、いい加減前見て歩きなさい八幡」
「ほっといてください……」
と、廊下の方で雪乃ちゃん(いや、比企谷かな?)が誰かとぶつかった声が聞こえた。
気になって診察室から出ると、そこには歩き去る雪乃ちゃんの背中を見守る見知った先輩の姿があった。
「……ハァ、何やってるんですか椿先生?」
「よっ葉山! いやな、ナースステーションで茶を飲んでたらお前の幼馴染が尋ねてきたって聞いたから冷やかしがてら覗きに来たんだ。ていうか、おいこの野郎、滅茶苦茶クオリティ高い子じゃねえ! ……惜しむらくは季節がら鎖骨のラインがわかり難かったことか……。薄着の季節に是非またお会いしたいものだ」
袖をまくし上げた白衣を羽織る40代半ばの実年齢より幾分か若い印象を感じる精悍な顔立ちの中年医師。
研修医時代の俺の指導医であり、解剖医としての先輩でもある
とても優秀で、いつもは親しみやすいが、命に対しどこまでも真摯で熱い。
同僚からも信頼の厚く、医師としても人間としても尊敬できる素晴らしい人なのだが、どうにもノリが軽いのが、玉に瑕だった。
「あまり滅多な事は言わない方がいいですよ? 彼女ああ見えて、警視庁の刑事なんですから、先輩がセクハラで訴えられるところは流石に見たくありませんよ」
「今の発言のどこがセクハラだ! 俺はただ、優美子ちゃんという者がありながら勤務中に幼馴染と逢い引きするムッツリスケベな後輩を窘めに来ただけだ!」
そのあらぬ勘繰りをセクハラって言うんですよ先生……。
まあ無論冗談であり、実際女性の前ではそういう発言をしないのだからいいんだけど。
「ん? というか刑事なのかあの
「ええ、ホラ、今朝新聞で発表された未確認生命体事件。彼女はその担当なんです」
「マジか!?」
俺がそう答えると椿先生は予想外に大きなリアクションを取った。
まあ、事件そのもの過去例を見ない特異なものだし、華奢な雪乃ちゃんが刑事というのもにわかには信じがたいかな……などと考えたがそれは違っていたようだ。
「そうか……ふむ。彼女がまたここに来たら伝えといてくれ、『君の所の堅物本部長の学生時代の面白エピソードを知りたくなったら何時でも聞きに来なさい』ってな」
「お知り合いなんですか?」
「前に何度か話したことがあったろ? 例の高校時代からの腐れ縁の親友だよ」
確かに一緒に飲みに行った時、何度か刑事の友人がいるという話は聞かされていたが、まさかそれが彼女の上司とは……。
「フン、そう言えば最近メールだけで顔を見てなかったな、今度また飲みにでも誘うか。奴が苦手な綺麗なお姉ちゃんがいるお店……ああでもああいう所行くと必ず女の子は皆あいつに夢中になるんだよな……」
そう漏らす椿先生の顔は、社会で活躍する中で顔を合わせる機会が減って尚絶たれない確固たる繋がりを持った友人への思いを感じさせた。
高校時代から学年トップを競い合っていた刑事の親友。
その親友を介し出会った気ままでノー天気な、けど一緒に居ると優しい気持ちになれる。青空の様な冒険野郎。
そして更に2人を介して出会い、20年近くアプローチをかけ続けている美人過ぎる大学教授。
この人がよくする話はほぼこの人達に対する愚痴や文句の体を装った惚気や自慢だ。
機会があれば是非会ってみたいものだ。
懐かしむ彼に、俺は丁度良い機会だと、1つ頼み事をした。
「
「ああ、昨日内々にだが打診が来たよ。それがどうかしたか?」
「その担当、――――俺にやらせて貰えませんか?」
「…………その意味、分かって言ってるんだよな?」
瞬間、先生はそれまでのひょうきんな空気を一変させ、医師の顔つきになり尋ね返した。
俺が強い畏敬の念を抱いて止まない監察医・椿秀一の顔だ。
俺は改めて気を引き締め、「はい」首を縦に振った。
「……これはあくまで俺の私見だが、奴らに殺される被害者は今後も増えるだろう。ある非突然、理不尽な形で命を奪われた人達の身体を、場合によっては何百人、何千人も切り刻む事になる。――それでも、やるんだな?」
「分かっているつもりです。それでも、その切り刻んだ人達が教えてくれる真実が、それ以上の犠牲を防ぐ糧になる事も。俺も戦いたいんです。この仕事を通じて、理不尽な悪意に晒される人達の数を、1人でも減らす為に」
解剖医という仕事は言わば、人の営みの闇を見つめ、白日の下に晒す仕事だ。
どれ程やっても割り切れるものじゃないし、迷いや憤りはずっと心について回る。
いや、そもそも慣れるべきではないのだろう。
慣れないからこそ、人の死に対し真摯に向き合えるのだから。
そしてそれは俺が目の前の先生と同じ位尊敬している“あの2人”も同様だ。
雪乃ちゃんは拳銃もロクに効かない怪物達に刑事としての正義感と矜持だけを武器に立ち向かい、比企谷はそんな彼女を含む多くの大切な人達を守る為に、己の中の畏れや不快感という闇を封じて拳を振り上げている。
彼らに負けたくない。
同じ場所に立てなくても対等である為、自分に出来る精一杯の事をしたい。
――これは、そんな俺の医師としての意志だ。
「……分かった。基本的にこの事件の担当はお前に任せる。それと幼馴染ちゃんが連れてた“訳あり臭い青年”に関しても諸々院長に融通して貰うよう言っておくよ。――だがこれだけは言っておくぞ? やるからには“中途半端だけは絶対にするな”。例の堅物刑事の受け売りだ」
「――――ハイ!」
俺は力強くそう返事し、改めて椿先生に頭を下げた。
「あー、やっぱここにいたし。ホラ椿先生! サボって隼人と遊んでないでスグに来る!」
「ゲッ、優美子ちゃ「誰がゲッ、だっつの!」アタタタタ! ごめん謝るから耳引っ張らないで! 千切れちゃう! おじさんの形のいい耳千切れちゃうから!!」
と、丁度話が終わったタイミングで小児科の看護師として勤務する俺の高校時代からの友人――三浦優美子が現れ先生の耳を引っ張った。
どうやら捜索係として派遣された様だ……。
「ったくあーしは全然隼人と一緒できないのに暇を見つけちゃ遊びに来てこの不良中年……ホラ、きりきり歩く! あ、じゃあね隼人。あーし今日はこれであがりで暇してるから、時間あったら連絡してね♡」
「や、違うんだって優美子ちゃん! 俺は寧ろ君の恋を応援して「うっさい黙って歩く!」あいたたたたたっ!」
そのまま耳を引っ張られた状態で連行される椿先生を俺は苦笑しながら見送るのだった。
本当はこの話、随分前にできていたのですがなまじ椿さんを先に出すと「もしや一条さん出る!?」と感づかれるかと思い、このタイミング投稿しました。
ゆきのんは一条さんに目をかけられ、葉山くんは椿さんに可愛がられておりますw
次回は本編再開でいよいよバトルパートです!