伝説を塗り替える英雄は唯一人(ボッチ)でいい。 作:烈火・抜刀
2018年1月20日 長野市内南長野 07:21a.m.
昨日、雪ノ下の追求から逃れる様にヘリから飛び降りた俺はあの後、件の蜘蛛男が落下した場所を探索した。
死んでいたならそれを確認したかったし、手傷を負っているなら今の内にとどめを刺すべきだと考えたからだ。
しかし結論から言って、奴の落下地点にはその痕跡こそ残っていたものの、奴自身は居なかった。その後小一時間ほど周辺を探索したが見つからず由比ヶ浜と合流してその場を後にした。
得体の知れない凶暴な生物が野放しになっている事実には危機感を覚えるが……とどめを刺さずに済んだ事には正直、安心してしまう自分に罪悪感を覚えながら……。
当初は夜の新幹線に乗って帰ろうと思った俺達だったが、あまりにも衝撃的な事が多くあり過ぎて、とてもじゃないが帰宅に割くエネルギーなど残っていなかった。
なので合流後はファミレスで一息ついた後、ビジネスホテルの部屋をとって一泊。
7時前にはベッドにダイブしてからそのまま約半日、泥の様に眠ってしまった。
それからチェックアウトを済ませ俺は今、ホテルのエントランスで由比ヶ浜を待ちながらスマホで昨日の騒ぎに関する情報に眼を通していた。
“長野市内に熊出現”
“不発弾発見により市内騒然”
“リアルスパイダーマン、現る”
“正体不明の怪生物による大量虐殺が発生”
上記2つは、警察などからにより公式の発表。
下記2つは、Twitterなどの書き込みや目撃者の撮影を元に広まった情報だ。
お上としては無用な混乱を避けたかったのだろうが市内で人口の密集した市内であれだけの騒ぎがあったのだ。まだカメラ付き携帯やSNSが盛んじゃなかった15、6年くらい前ならともかく、このご時世では情報統制も難しかったのだろう。
だが一方で、あまりにも荒唐無稽過ぎる為に信憑性が薄く、映画の撮影、エイプリルフールには早過ぎっしょ(笑)なんて書き込みが目立つ。
日本全体で観れば“奴ら”の存在はまだ“胡乱な都市伝説”の域に留まっている。
今はまだ。
「ヒッキー!」
そうこうしている内に由比ヶ浜が駆け足でやってきた。
「おう」
その顔色は昨日ここで別れた時と比べるれば多少マシになった様に見えるが相変わらず青白く、注視すれば目元に出来た隈を化粧で誤魔化している。多分夕べはロクに寝れてないのだろう。
「? どうかした??」
「あ、いや……取り敢えずはそこのファミレスに入って飯でも食うか。腹減って死にそう」
「うん、ってヒッキー昨日ステーキ御前セット2つも食べてなかったっけ?」
「ああ、けど全然足りねえんだよ何か……。滅茶苦茶腹減ってるし、昨日は爆睡してたのにぶっちゃけまだ眠い。……多分だけど、“アレ”滅茶苦茶体力使うみたいだ」
「――――その“アレ”って、具体的には何のことか、教えてもらえるかしら?」
「そりゃお前、昨日の………………アレ?」
おかしいぞ? 俺は由比ヶ浜と会話してた筈だったのに、別の声が聞こえたぞ?
ていうか……アレレ? ガハマさんってばイメチェンした? アッレェ~?
「現実からその腐った目を背けてるところ申し訳ないけど、朝食ついでに“アレ”について色々教えてもらえない? 3人で」
隣で苦笑する由比ヶ浜と共に、1月の長野の寒さが暖かく感じる様な底冷えする微笑を浮かべる雪ノ下雪乃刑事がそこに居たのだ。
◇◇◇
長野県警が誇る敏腕女刑事に捕まった俺は当初の予定通りホテル最寄りのファミレスに護送され、彼女達と向かい合う形で朝食と言う名の取り調べを受ける事となった。
「お待たせいたしました~」
注文した料理を配膳しに来た若い女性店員が向ける好奇の視線が痛い。
早朝、タイプの違う二人の美女と向かい合い、問い詰められる眼の腐った男。
客観的に見て、二股が発覚したクズ野郎というのが妥当な見解だろう……。
やめて! 俺はまだ童貞だから! そんな目で見ないでください!!
泣きたくなる様な気持ちを堪え、俺はどうにかこの場を誤魔化すかに思考を巡らす。
雪ノ下には悪いが、何せ俺自身が今の自分の身体の状態を把握出来ていない。
だから少し、現状を整理する時間を――
「……まあ、大凡の事情は昨晩、由比ヶ浜さんから電話で聞いたんだけれどね」
欲しかった……んだけど……ね?
「えっ、ちょ……ガハマさんガハマさん? どういう事なのかヒッキーにも教えてくんない?」
「えっと……うぅ、だって仕方ないじゃん! ただでさえあんなビデオ見せられて怖かったのに変なのに襲われた上ヒッキーまで変身しちゃうし! 不安で心配で全然眠れなくって……そしたらゆきのんから電話が掛かってきて……」
たまらず白状しちまったって訳か……。
まあ俺も疲労感に負けて由比ヶ浜を気遣えて無かった所もあったし、雪ノ下の立場なんか考えれば彼女に相談するのはおかしくない話だ。――――って、待てよ?
「ああ、由比ヶ浜? 念の為に聞いとくけど他にこの事話した奴って……いないよな?」
「えっ!? …………えーと、その……小町ちゃんと、本郷先生には話した……かな?」
「…………OH」
などと渡米経験もないのに思わずアメリカ人っぽく打ちひしがれてしまった。
というか俺が寝てる間にどんだけ拡散してるんだコイツは!?
絶対機密とか教えちゃいけない奴じゃねえか!
「あー、由比ヶ浜さん? 教えて貰った私が言うのもなんだけど、少し行動が軽率過ぎると思うわよ? というか、よく信じたわね小町さん」
「ああうん、ネット動画にアップされた昨日の戦い添付して『こっちの白いのヒッキー!』って教えたんだ」
「…………現代の情報規制の難しさを実感したわ……」
スマホを操作して昨日の俺と蜘蛛男との(殺意に彩られた)くんずほぐれつ映像を視聴し、雪ノ下は天を仰ぎ見た。
情報を隠匿しようとする警察の人間としては忸怩たる想いというのがあるのだろう。
しかし小町も問題だが、もう1人の方も非常に厄介だ。
「本郷先生、というのは?」
「ああ、そっちは私達が所属してる研究室の室長で大学の教授なんだ。昨日までチベットの遺跡発掘に出向いてたんだけど連絡したら今夜までに長野に来るって」
「ハアアアッ!? マジかそれ!? ……勘弁してくれよ」
研究室代表としての責任感って奴なのかもしれんが、更に余計な悩み事が増えた気がする。
こんなこと師事してる人に思うのも何だが、苦手なんだよなぁ……あのおっさん。
「信用できない方なの?」
「そんな事無いよ! ちょっと声は大きいけど優しいし教え方丁寧だし、あと超強そうだし!」
「まあ、大学教授ってよりはサムライって感じではあるな。年中バイクに跨がってアッチコッチの遺跡にフィールドワークに出かけてる元気なおっさんだよ」
「そう……取り敢えず不用意に情報を漏らす迂闊な人間ではない。と?」
「ああ、そだな。」
「ふぇえええん、ごめんってぇえ~!」
俺と雪ノ下に回りくどい言い回しとストレートな非難の視線を向けられ、半泣きになる由比ヶ浜。ホントなぁ……悪意はないんだけどコイツはなぁ……。
とか思いつつ本質的に全く怒る気になれない自分が若干情けない。
娘とか出来たら絶対怒れないタイプだわ俺、……息子なら容赦しなそうだけど。
それから俺や雪ノ下に由比ヶ浜が昨晩した説明を補足する様に昨日の顛末を説明した。
ベルトを触った瞬間に頭に過ぎったイメージ、装着したベルトは身体と一体化して取り外せないが、現状身体の変化は自分の意思で制御可能な事。
――そして、昨日の気も男がベルトやそれを巻いた俺に対し何度も『クウガ!』と叫び、敵意を剥き出しにしていた事。
「クウガ、――それが貴方が昨日変身した『未確認生命体2号』の名称ということ?」
「ああ、……まあ連中が何言ってるかなんてサッパリだから何となくそう言う風に聞こえたってレベルの話なんだけどな。――直感ついでに話させてもらうとこれは多分、遺跡から復活したアイツと戦う為に古代人が遺した対抗手段なんだと思う」
一考古学者としての私的見解も含めつつ、俺は俺が理解する大凡の事を伝え、雪ノ下は険しい顔をしながらも理解した。
「……かなりオカルトな解釈ではあると思うけど、それを言ったら昨日のこと全てが夢物語になってしまうわね」
「そうだな。……俺からも1つ聞きたいんだけど、昨日の蜘蛛男、あれからどうなった?」
「それは貴方には関係ない事よ」
まるでもう用は済んだ。話すことはないといった態度で雪ノ下はそう返答し、席を立った。
「口の固い知り合いのいる病院に予約を入れておくから、すぐ東京に戻ってそこで身体を診てもらいなさい。それじゃ」
「えっ、ちょ……ゆきのん!?」
「ごめんなさい。これから捜査があるのよ……またメールするわ由比ヶ浜さん」
慌てる由比ヶ浜に僅かな申し訳なさを見せつつも躊躇うことのない足取りで、彼女は店を後にした。
その態度には『刑事である自分』と『巻き込まれた民間人である俺達』に対するプロとしての明確な線引きを強調している様に思え、まだ学生の範疇である俺達にはどうしても踏み込めないものを感じずにはいられなかった。
「ありがとうございましたー!」
会計を済ませた俺達は店員の声を背に店を出て、今後の予定について相談した。
「私はこれから信濃大学の方に挨拶してから、……亡くなった夏目先生のお通夜の準備手伝いしようと思う。1回顔合わせしただけだけど、お焼香くらいはしたいし。――ヒッキーはゆきのんの言う通り病院に行く?」
「あー、……そだな。さっき病院の連絡先と一緒に念押しのメールまで来たし、素直に従わないと後が怖そうだ」
「だね」
あの後病院の住所や連絡先を伝え忘れた事に気付いた雪ノ下のメールを読み返しながら苦笑する由比ヶ浜。
彼女としても俺にはとっとと身体に異常がないか調べて貰いたいという気持ちが伝わってくる。
俺としてはこいつを1人で行動させるのには(色んな意味で)若干抵抗というか心配もあったが、夕方から本郷のおっさんも合流するという話なので、甘えさせて貰うことにした。
「じゃあ私も明日のお昼には帰ると思うから、気を付けて帰ってね」
「おう、お前も暗い夜道は1人で歩くなよ? 後、知らない人に声を掛けられてもついていっちゃダメよ?」
「お母さん!? てか私もう25だし!」
などと軽口を叩きつつ、俺達はその場で別れた。
時間はまだ午前8時過ぎ、今から帰れば昼過ぎには東京に戻れ、夕方には雪ノ下の紹介した病院に行けるだろう。
――まあ、素直に行くと言った覚えはないけどな。
俺はスマホを取り出して『長野県 怪物』というキーワードで検索を始めた。
雪ノ下の捜査に同行できれば最善だったのだが、あれだけの大事件だ。
ネット内に入り交じる虚実入り交じった情報でもしらみ潰しに探していけば手がかりは掴める筈だ。
2人の心配はありがたかったし俺自身、身体の事に不安がないわけじゃない。
ただもしあの蜘蛛男が生きていて、また誰かに危害を加えるなんて事になったら、それは昨日、奴を仕留めきれなかった俺の落ち度だ。
だから俺は、せめて奴の消息を突き止めるまではこの町に残ることにした。
城南大学の本郷教授。
学部は不明だけど実は名前だけなら原作クウガ40話に出てたりします。