伝説を塗り替える英雄は唯一人(ボッチ)でいい。 作:烈火・抜刀
彼の戦うことに対する思いが語られます。
長野県警 警察病院 17:56 p.m.
カッ、カッ、カッ――
「ヒッキー!!」
どこか薄暗い印象のある静かな病院の廊下に靴音を響かせ由比ヶ浜が俺を呼ぶ。
恐らく俺が気を失っている間に雪ノ下が連絡したのだろう。
その装いは今夜行われる夏目教授の通夜の為にレンタルの喪服であり、着の身着のままで飛び出して来たことが容易に想像できた。
「……おう、取り敢えず大丈夫だから落ち着け……」
だからまずは取り敢えず、慌ただしい時に呼び出すような真似をした事を詫びる。
――――両手を手錠で拘束され、コートを頭から被って
「………………へ? あれ?? ていうかなんで容疑者風??」
そんな俺の姿を見て頭の上に溢れそうなくらい疑問符を浮かべる由比ヶ浜。
まあそういう反応になるわな。
そんな彼女にそれまで俺の横で腕を組みずっと黙していた雪ノ下が状況を説明した。
「ごめんなさい由比ヶ浜さん。第3号に襲われた彼を自分のパトカーに乗せてここまで搬送したのだけど…………この男、病院に着いて目を覚ました頃にはすっかり傷が癒えてたのよ」
「ん、どうもあのベルトの効力みたいで、普通の奴より傷の治りが早いらしい」
ついでに言うと今朝起き抜けにシャワー浴びた時に気付いたのだが全身が一晩で筋肉質になってたりもしてる。元よりインドア派なのに加え、長年の院生生活の中ですっかり鈍った身体がアスリートみたいな体つきになってて、ビビった。
恐らく今回の回復力も含め、全身が『戦う為の身体になった』という事なのだろう。
着けるだけで全身鍛え上げられるベルトってテレフォンショッピングでバカ売れしそうだな……。
「そ、そっか……でも、なんで手錠掛けられてるの」
「これは調教よ」
「調教!?」
俺の(取り敢えずの)無事に安堵しつつ、由比ヶ浜は俺の手元を指さして尋ねる。
するとノータイムで返ってきたのはとんでもない発言だった。
「ええ、大人しく東京に戻ると言った癖にまたノコノコと現場に現れた聞き分けのないお馬鹿さんを改めて教育しようと思ってね? 因みにこの恰好は自分の愚かさをより分かり易くさせる為に私がしたわ。似合うでしょ?」
そう言って雪ノ下は俺――顔を隠しつつも僅かに腐った目が覗く猫背気味の男(二十代無職)――のコーディネートに対しなぜだか(相変わらず薄い)胸を張る。
「あっ、うん……何かもうこれ以上無いくらい似合ってるって言うか違和感ないよね。ヒッキーにその恰好」
着る者の人間性を理解し、その個人にあったコーディネートをする。
どうやら多才な雪ノ下雪乃警部殿はファッションにも精通しているらしい。
などとネタに奔った部分は多少あるものの、基本的に今の彼女はとても不機嫌だ。
また、取り敢えず俺が無事だと知った由比ヶ浜も徐々にその視線に咎める様な色が見えてきた。
「…………すまん、助けに入るつもりが逆に助けられた……」
「私と由比ヶ浜さんが怒っている理由がそんな事だと思う?」
ばつの悪さから顔を背け謝罪する俺の顔を正面から見据え、雪ノ下は極めて無機質な声音で尋ねる。
目を逸らすな。ちゃんとこっちを向いて――私達の気持ちに向き合って話しなさい。
そんな風に叱られている気分になった。
「ハッキリ言うわよ比企谷くん。貴方が戦う力を持っていようがいまいが、そんな事は問題じゃないのよ。貴方はあくまで巻き込まれた民間人。偶々町中で強盗に出くわしたプロレスラーが犯人が勝手に犯人逮捕に介入するのと同じ事なのよ。……ハッキリ言って、迷惑だわ。――――私達はもう、奉仕部じゃないのよ」
「……っ!」
先端の尖った巨大な氷柱が心臓に突き刺さる様な冷たい痛みが俺の胸に去来した。
「手錠の鍵を渡して置くわね由比ヶ浜さん、私は3号の捜査があるからもう行くわ」
「えっ、ちょ、ゆきのん――!」
そう言い残し、雪ノ下は由比ヶ浜の制止も聞かず足早にその場を去って行った。
「「…………」」
それからしばし、俺と由比ヶ浜の間に気まずい沈黙の時が流れた。
彼女は彼女で嘘を吐いた俺に言いたいことの1つや2つあったのだろう。
だがそれらの大凡は代わりに全部雪ノ下が言ってしまった故に何も言えないのだろう。
そんな彼女のエアーリーディング力に救われてしまう自分に不甲斐なさを覚える。
無論、情けないのはそれだけじゃない。
「……あのねヒッキー、ゆきのんも多分、あんな事言いたくて訳じゃないと思うんだ。絶対」
「ああ、分かってるよ……。悪いのは全部、アイツにあんな事言わせた俺だ……」
◇◇◇
長野市 箱清水 夏目教授邸 07:21 p.m.
『人間の価値というのはその人物の葬儀でどれだけの人間が泣いたかで決まる』
うろ覚えだがそんな格言を聞いた事があった。
そして、もし仮にその価値基準が現代でも通ずるというなら、夏目教授の人徳というのは中々のものだったのだろう。
通夜の会場では多くの友人・知人・遺族が立ち並び、そこかしこからすすり泣く音が聞こえる。
一方で涙の痕を化粧で隠しながら気丈な態度で喪主を務める夏目夫人の姿が胸を締め付ける。
由比ヶ浜と違って喪服の用意が間に合わなかった俺は結局彼女をここまで送り届けた後、焼香だけして退出した。
するとその直後、教授の一人娘・夏目実加慟哭があげ、会場を飛び出した。
「実加……っ!」
咄嗟に喪首席を立ち後を追おうとするがスグに踏みとどまる夫人。
今はそっとしておくべきだと察したのだろう。他の参列者も同様に敢えて何事もなかったように振る舞う。
俺はそんな彼女の後を気取られない距離を維持しながら追い、屋敷の裏で泣き崩れる彼女の様子を伺っていた。
「お父さん……!」
年の頃は高校……いや、まだ中学生ぐらいだろうか?
余りにも唐突な親との永遠の別れを受け容れられず、涙腺が枯れ果てるほど泣いていた
人は生きて行く中でほぼ確実に『誰かの死』に直面するものだ。
ましてや親という存在は十中八九、子より先に逝く。それが自然の摂理であることは揺るがしがたい事実だ。
しかしだからと言って全ての死をあるがままに受け容れられる訳ではない。
例えばそれが、老いや手の施しようのない病なら早々に折り合いを付けられる者も多いだろう。
しかし事故や事件に巻き込まれたとなれば、気持ちが理解に追いつくのには相当な時間を要する。或いは一生、哀しみを癒やせない人間だっているかもしれない。
――ましてや今回、彼女の父が失われた原因は『何千年も前の遺跡から甦った正体不明の怪物に殺された』なのだ。冗談ではないだろう。
結局、人は自分に突きつけられた理不尽な哀しみに納得がしたいのだ。
哀しみを正しく理解し受け止めて、前に進む為に。
しかし彼女は……遺族等にはそんな権利すら与えられないのだ。
ずっとずっと、父の死に縛られ続けるのだ。
まるで悪魔の呪いの様に――。
そして“奴ら”が存在し暗躍する限り、この哀しみは際限なく広がっていく。
今この瞬間も奴らが誰かの父母を殺し、第2第3の夏目実加を生み出しているかも知れない。
奴らに奪われた命。そして奴らによって遺族達にもたらされる呪いが、際限の無い哀しみの連鎖が、全身を蝕む毒の様に、この世の中に広まっていくのだ。
奴らが存在し続ける限り――――。
「……っ!」
いつの間にか強く握りしめていた拳を、衝動的に壁に叩きつける。
拳の一部が……出血で赤く染まり、俺は連鎖的にベルトを手にした時に脳裏に過ぎった“本物のクウガ”の姿を思い返した。
橙色の瞳と白い装甲に覆われた俺に対し、彼は真っ赤な装甲と瞳だった。
最初は装着する者の個体差かと思ったが、先の2回の戦いを踏まえた今なら分かる。
俺のクウガは、まだ未完成なのだ。
そして、俺がその域に至るのには必要なモノ――それは恐らく覚悟だ。
それも『得体の知れない怪物に戦いを挑む勇気』などという覚悟ではない。
その拳を、その身を――相手の返り血で真っ赤に染め上げる覚悟。
奴らと同じ、他者と戦う事をアイデンティティとする殺戮者になる覚悟だ。
まさしく『ミイラ取りがミイラになる』という奴だ。
おぞましい。恐ろしい。
あんな奴らと同様の存在になるくらいならいっそ死んだ方がマシだとすら思える。
結局の所、俺はどちらも怖いのだ。
奴らによって、殺戮と哀しみの波紋が広がっていく世界を容認して生きる事も……。
そんな奴らを止める為に自ら殺戮者に堕ちる事も……。
どちらの道も受け容れられず、分岐点で踏みとどまって一歩も歩き出せない。
何もかもが中途半端なのだ……!
「ひっく……ひっぐ……」
俺の視線の先では依然、夏目実加が泣き続けている。
「これを使いなさい」
するとそんな彼女の前に、熊の様に大柄な礼服の男性が現れ、白いハンカチを差し出した。
縦にも横に広いその身体はしかし決して肥満で膨らんでいるのではなく、徹底的に鍛え上げられた筋肉の鎧を纏っている。
まるで戦国時代あたりからタイムスリップしてきた
というか、ウチの研究室の責任者を務める――本郷教授であった。
「待たせたな。比企谷」
『戦う覚悟』というものは得てして高潔な意思の表れ、勇気の証の様に語られたりしますが、見方を変えれば要するに『暴力を肯定することへの諦観・開き直りでもある』と本作の八幡は考え、それ故に白のまま。
グローイングフォームの白は、ある意味で穢れなき純粋の白。
マイティフォームの赤は、ある意味で血に濡れた戦士の赤。
……というのはちょっと穿ったものの味方でしょうか?(苦笑)