FGOのヘクトールの短編です。
先に言ってしまうとヘクぐだではないです。
僕の中の藤丸立香像が男性なので、どうしてもカップリングが成立しないのです。
ご了承くださいm(_ _)m

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今生のトロイアへ

「お、いた。おおいそこの兄さん」

カルデアの食堂での事である。

皆の昼食が終わり、片付けも一通り済んで一人テーブルに座って紅茶を飲んでいたエミヤに、声をかける男がいた。

「これは…輝く兜のヘクトールか。トロイアの大英雄が私に何の用かね」

そう、声を掛けたのは無精髭を生やした中年の男性サーヴァント、ヘクトールである。

へらへらと笑みを浮かべたヘクトールは、エミヤの言葉に困った様に首を振った。

「よしてくれよ、大英雄だなんて。第一今は兜をかぶっちゃいないしな。

今の俺はあんたと同じ、ただの一サーヴァントですよ」

「そうか、貴方がそう望むならその様にしよう。

それで何用かね、貴方と私の間に関係性なぞなかったと思うが?」

少し無愛想な対応のエミヤであったが、当のヘクトールはまるで堪えた様子はない。

「いやなに。マスターに聞いたんだが、あんた随分と面白い戦い方をするそうじゃないか。

ちょっとおじさんと手合わせでもしてくれないかと思ってね」

「手合わせとは、また。私は勿論構わないが、準備はいいのかね?

カルデアでの私闘は禁じられている、シミュレーションルームで…」

「予約なら済ませてあるぜ、この後すぐを開けておいて貰っている」

「…それはそれは、どうやら準備は万端らしいな」

返事をしながら、エミヤは考える。

ヘクトールがこの場において自分に戦いを願い出てきた訳を。

そもそもこの男は、必要があれば戦うが自ら率先して手合わせを挑む様な者ではない。

事実、クー・フーリンに手合わせを頼まれて断りを入れているのを、エミヤは一度目撃していた。

その男がまさか、本当にただの興味本位で仕掛けてきたわけではないだろう。ならばその裏とは、この戦略家の真意とはどこにあるのか。

「…いいだろう、私なんかでよければお相手しよう。ギリシャの大英雄の胸を借りるとしようじゃないか」

「そうかい、悪いね」

ギリシャの大英雄はどこまでもへらへらとした笑みを浮かべたまま、応えたのだった。

 

「それで、ルールは決まっているのかね」

シミュレーションルームで仮装アリーナを設定して、エミヤとヘクトールは10メートルほど距離を開けて向き合う。

双剣を両の手に持ちぶらりとしたら姿勢を維持するエミヤと、自身の足場を確かめる様につま先で2.3度地面を蹴るヘクトールはどこか対比のようであった。

「ん、ん〜?そうだなあ…」

ヘクトールは自身の無精髭が生えた顎に手をやりながら、わざとらしく考える様な素振りを見せる。

その顔には緊張感などと言うものは微塵も感じられなかった。

これから手合わせをすると言うより、まるでそこら辺を散歩しているようでもある。

「じゃあ、こうしようか…どちらかが倒れるまで」

「んなっ、待て君それは…!」

エミヤの言葉は強制的に遮られる。

ヘクトールが呟く様に言った瞬間、エミヤに向けていつのまにか隠し持っていた小石を投擲してきたからだ。

エミヤは咄嗟に右手の莫耶でまっすぐ顔面に飛来した石を弾き飛ばす。

そのほんの僅かの間には、既にヘクトールが間合いまで踏み込んでいた。そこに先程までの腑抜けた顔つきはない。

既にその目は、獲物を貫かんとする戦士の目へと切り替わっていた。

(まずい!)

エミヤは咄嗟に判断する。

こちらが態勢を崩した状態で、彼の接近を許してしまった。あまりにも危険な状況だ。

「そうら、どうしたあ!」

普段のヘクトールの調子からは考えられない怒号とともに、高速の突きが3度エミヤに見舞う。

「トレース、オン!」

絶対不可避のその三撃を、しかしエミヤは瞬間的に刀剣を自身の前に展開する事で辛うじて逸らした。

頰と右肩を槍がかすりはしたが、どれも致命には至らない。

「へえ、それが例の投影ってやつかい、それならこれはどうだい!」

突きを流されたヘクトールは素早く体勢を変えて、今度は両の手でしっかりともった槍で大きく遠心力をつけた大上段を振るう。

二人の間に展開された刀剣ごと、根こそぎにエミヤを叩き斬らんとする一撃。

しかしこちらにはすんでの所でエミヤの迎撃が間に合った。

双剣でしっかりと彼の槍を受け止める。

「ぐっ…」

ギシギシと、自身の筋肉が軋む音をエミヤは聞きながらこらえる。

そもそも神代の大英雄と現代のテロリストでは、その体のスペックが違うのだ。

本来の肉体の性能差を考えれば、このままヘクトールの膂力に押し潰されてしまうのが道理であろう。

しかし、その道理をこじ開けてこその英霊だ。

「…っぜあ!」

乾坤一擲ならぬ乾坤一身、瞬間的に魔力のブーストで筋力を底上げしたエミヤがヘクトールの槍をかちあげる。

そしてそのまま勢いをつけた双剣での斬撃。しかしこちらはヘクトールが冷静に3歩退く事で避けられてしまった。

お互いの間に僅かな距離がうまれる。

ヘクトールは息一つ乱さずに冷静に槍を構え直すのに対し、エミヤは一つ大きな息を漏らした。

「これは、また…手合わせとは人が悪いな、ヘクトール。

貴様いま、本気で私を殺しにかかっていただろう?」

エミヤの詰るような問い詰めに、ヘクトールはあくまでヘラッとした笑みを浮かべたままだ。

「なあに、久々の手合わせだ。それならこのくらいの気迫を持たないとな。

それに、お前さんはこのくらいふせげただろう?

わかるぜ、あんたは戦運びの上手さだけが取り柄の器用貧乏なタイプだ、そうそう死にはしないさ」

「まったく…褒められてるんだか、貶されているんだか。

つまり、こちらもそのつもりで構わないと言うことだな?」

エミヤは悪態を一つついて、冷静に構え直す。

その構えを見て取ったヘクトールはそれまでよりも少し低く構えを直す。

「ああ、構わないぜ。付き合わせて悪いが、全力でやってくれ」

少しの間二人に言い知れぬ緊張感が漂う。そして、動いたのは二人同時だった。

大きく間合いに踏み込もうとするエミヤに対して、それを冷静に相手の間合いの外から捌き、迎え撃つ形で刃を返すヘクトール。

僅か三秒ほどの間に交わされた刃は、20を超えていた。

人智を遥かに凌駕した者たちで行われる、超高速の剣戟。

マスターであれ現代の魔術師であれ、その大半が何が起こっているかさえわからない死合いの中で、エミヤは冷静に状況を判断していた。

(これは…まずいな)

先ほども挙げたが、そもそもエミヤとヘクトールでは肉体のスペックに大きな差が存在する。

これまでもそういったハンデのある戦いの中で喰らいついてきたエミヤだったが、それは戦運びの上手さが成せていた技だった。

本来であれば守らなければいけない急所をわざと相手に晒す事で、逆に相手の攻撃を誘導する。

圧倒的に格上の相手をする時は、そうする事でエミヤ常に立ち回ってきた。

だがここに至って、その手段はまるで通じていない。

ヘクトールのいっそ清々しいほどの待ちの構えに、逆にエミヤから攻め込まされている形になっているのだ。それはつまり、ヘクトールもエミヤと同じ戦い方を好むタイプだということに他ならない。

同じ戦法を持つ戦士が相対した時に、その勝敗を左右するのは、お互いの持つ武器とその肉体の純然たるスペックだ。

そういった意味で、既にエミヤの勝ちは絶望的なまでに潰えていた。

エミヤが10手斬り込む間に2手返していたヘクトールが少しずつその手数を増やしていく。

10手凌いで3手、

10手防いで4手、

10手捌いて5手-。

そして、とうとうヘクトールは1歩その足を前へと進ませる。それを見たエミヤは自身の手札を切らねばなるまいと、覚悟を決めた。

「トレース、オン!」

瞬間、エミヤ自身の背後に10の宝剣宝丁を展開して、ヘクトールへと向けて射出する。

「随分とわかりやすい手だなあ!」

もちろんその程度のモノは英雄には通用しない。ヘクトールは冷静に自身に飛び込んできた武器を一つ一つ槍の柄と穂先で捌いていく。

だがそれはエミヤとて、承知していた事だ。生み出したかったのはほんの数瞬、秒にも待たぬほどの僅かな隙間だ。

その間にエミヤは大きく後ろへ跳躍、一飛びの間に20m程も距離を稼ぐ。

そして双剣を消して一対の弓矢を取り出す。

「偽・螺旋剣ー!」

空間断絶の力を持った一矢が決死の速度でヘクトールへと飛来する。

「おっと、そいつはまずいな!」

ヘクトールの元へと着弾した矢は大きな衝撃を巻き起こした。

周囲の地面は、エミヤ放った矢の衝撃でえぐり取られ、粉塵を巻き起こす。

「……」

一見勝負が決まったかのように思えたが、エミヤは武器を納めない。その鷹の目で冷静に土埃を見据える。

するとその着弾点、巻き起こった粉塵から上方に飛び出たものがあった。それは他ならぬヘクトールの持つ槍である。

槍はクルクルと回転しながらまっすぐ上へと上がり、重力に従って元の場所へと帰っていく。

「--標的確認、」

瞬間、その着地点から急激な魔力の奔流が起こる。ヘクトールの肘から出たそれは周囲の煙を纏めて吹き飛ばし、二人の間に隔てるものをゼロにした。

回転して落ちてきた槍がすっぽりと持ち主の手へと着地する。

「方位角、固定」

ヘクトールの言葉と共に、魔力のブーストが更に一段階上昇する。

多くの軍を引き裂いた強力な宝具がいま、たった一人へと矛先を向けていた。

そのビリビリと衝撃のように伝わる殺意を感じて、エミヤはこの時ようやく自分が声をかけられた理由を理解した。この瞬間この一瞬の為だけに、自分はここに呼ばれたのだと。

エミヤはクッとニヒルな笑みを口元に浮かべる。

「どうやら使われてしまったか。まったく人が悪い、そういう事であれば言ってくれればいいだろうに」

エミヤの言葉に、ヘクトールもまた普段のそれとは別種の笑みを返す。

「悪いね、おじさん不器用なもんでさ」

二人が交わした言葉はそれきりだった。もはやお互いに意思を交わす必要など無かったのだ。

エミヤは素早く自身の中へと没入し、その魔術回路をフルに回す。

「I am the born of my sword-」

それを受けて、ヘクトールも魔力の放出を更に一段引き上げた。

それはもはや、本来ヘクトールが持ち合わせる出力を遥かに超えたものであったが、彼はまるで気にする様子はない。

それ程の覚悟を持ってこの一撃にかけているのだ。

やがて、限界まで引き絞られた弓が悲鳴をあげるように、それは打ち出された。

「吹き飛びなぁっ!不毀の極槍!!」

彼の手から撥遺の極槍が放たられる。ヘクトールの本来持ち得る魔力を大幅に凌駕した力を以ってして放たれた槍は、対軍宝具でありながら対城宝具と同等の破壊を見せながら真っ直ぐに標的へと突き進む。

もちろん、それをそのまま受け入れるエミヤではない。

既に呪文の詠唱を済ませた彼は自身の持つ中でも最高の防御力を誇る盾、そう、かの英雄ヘクトールが生前唯一砕く事の叶わなかった大楯を展開する。

「熾天覆う七つの円環-!」

何者をも貫くと称された男が放つ渾身の一槍。

その男が唯一貫けなかったとされる、七つの城壁と同等の硬度を誇る盾。

この二つが、いまここに再び衝突した。

 

 

 

 

「……って何やってんだ、このダメサーヴァント!」

さて、場所は変わりカルデアの医務室である。

ここに緊急搬送されたエミヤとヘクトールは、二人とも魔術的な治癒と説教を彼等のマスターから施されていた。

結果から言おう、槍はたしかに盾を貫いた。

ヘクトールが限界まで魔力を振り絞って放ったそれは、ロー・アイアスを破壊してエミヤの肩へと突き刺さった。

元々魔力の大部分を消費して投影した盾を破壊され、更に肩まで穿たれたエミヤは霊核こそ破壊はされなかったが、事実上の戦闘不能状態になった。

そして、その槍を放ったヘクトールとて無事ではすまなかった。いや、むしろ事態の深刻さでいえば、こちらの方が悪かっただろう。

ヘクトールはなんとその魔力放出に自身の霊核まで消費していたのだ。

ほぼ自殺と言っても差し支えのないその行為は、あと一歩マスターが駆けつけるのが遅ければカルデアからも退去しかねない状態だったというのだから、本当に危ないところであった。

もちろん、その惨劇を目の当たりにしたマスターこと藤丸立香は仰天した。

ひとまず二人を移送してもらい、魔術的な治癒を施してもらい一命を取り止めたあと、今度は二人に対して強烈怒りが湧いてきたのだった。

「私闘はシュミレーションルームなら構わないって言ったけど、それにも限度ってあるでしょうが!

これをよりによって理性的な二人にいう羽目になるなんて思わなかったよ!

そもそも、貴方達はどちらかといえばバトルジャンキー達の暴走を止める側であって-」

絶え間なく藤丸の口から流れ出るお説教だったが、そこにヘクトールが待ったを掛けた。

「いやー、ごめんごめん。おじさんガラにもなく張り切りすぎちゃったよ。

マスターに心配をかけるなんて確かにあっちゃいけない事だー、うんうん。

次から気をつけるからさー、ね?

ちょっと今日はそのくらいにしておくれよ」

手を顔の前に出しごめんごめんと仕草をしながら、ヘクトールはベッドから立ち上がり、医務室から出て行こうとする。

「ちょっとヘクトール!どこ行くんだよ、ダ・ヴィンチちゃんは安静にって、」

「おじさん、ちょっとタバコを吸ってくる、大丈夫少ししたら戻ってくるよ〜」

『タバコって…』とヘクトールの言葉に呆れたように言い返そうとした藤丸だったが、今度はエミヤがそれを止めた。

「待てマスター、行かせてやってくれ。

ヘクトール、紛い物で申し訳なかったが、務めは果たせたかな?」

二人の間でしか理解の及ばない問い掛けに、ヘクトールは振り向かずにただ手をひらひらと降って応えたのだった。

ヘクトールが医務室から出て行く。

すると今度は藤丸の怒りと疑問はエミヤへと向く番だった。

「んで?今のどういう事さ、エミヤ」

「まあ、君もその椅子に座りたまえ。わたしから一つずつ教えよう」

エミヤの態度がいつもの先生モードに切り替わったのを感じた藤丸は、渋々怒りを引っ込めて椅子に座った。とりあえず二人がなんで死闘を繰り広げたかを聞こうと思ったのだ。

「君は英雄ヘクトールと大アイアスの逸話を知っているか?」

「一応は…ここに来てから調べたよ。何ものをも貫くと賞賛されたヘクトールが唯一破れなかった盾を持っていたって」

「そうだ、それこそがローアイアス。花弁一枚につき城壁1枚分の強度を誇る七つの花弁を持つ盾だ。

私はそれを投影する事ができる。

まあ、その為に魔力の大部分を消費しなければならないし、出来るのは所詮模造品だが性能に問題はない」

エミヤの解説に、藤丸は今更言われるまでもないとばかりに頷く。

「それも知ってる。まさか、ヘクトールはリベンジする為にエミヤに試合をふっかけたって言いたいのか?

おれ、ヘクトールはそういうことはしないタイプだと思ってた」

「ああそうだな、あの男は確かに私欲で事を荒げたりはしないだろう。

例えその胸の内に無念が残っていたとしても、それをそっとしまっておくタイプだ。

だが、これが私欲じゃないとしたら?」

エミヤの言葉に、藤丸は今度は首をかしげる事になった。

私欲ではなく必要な事だから、無茶をしてでも雪辱を晴らす必要があった?なんだそれは。

「ではヘクトールにとって仕事とはなんだ、使命とはなんだ?

それは君が一番に理解しているだろう?」

エミヤの言葉に、藤丸は考える。

ヘクトールにとっての使命、彼の誇りとはただ一つだった。

「……トロイアを守ること」

「そうだ、ヘクトールが英雄たらんとする要因の大部分は、そこにあると言っていい。

彼はトロイアを守り抜くことこそを、自身より遥かに高いところに置いている。

それは、英霊の身となっても同じことだ。いやむしろ英霊となった事でしがらみが無くなった分、更に強固になったと言ってもいい」

藤丸はゴクリと喉を鳴らす。

エミヤの言わんとしている事が見えてきたからだ。

「であれば、今生における彼のトロイアとは誰の事を指す?

それは尋ねるまでもないな」

エミヤの問いかけに藤丸は首肯する。

それはヘクトール本人の口から、藤丸に告げられた事でもあったからだ。

「…つまり、俺を守るために?」

「半分当たっているが、半分違うな。

ヘクトールは証明する必要があったんだ。

今生におけるトロイアを守るためならば、例え自身の身を犠牲にしてでも過去の壁を乗り越えて見せると。

彼は他ならぬ自分自身に、そう証明する必要があった」

エミヤの言葉に藤丸は彼を思い浮かべる。いつもへらへらとだらしのない笑みを浮かべ怠そうにしている男の姿を。

その男が初めて見せた真剣な顔つきと、その時に藤丸に向けられた言葉を。それはいわば覚悟の表れなのだと、藤丸は今更に理解した。

かつて民のため妻のため子のために戦ったように、此度は貴方を守り抜こうという誠実な証。

そして此度こそは我がトロイアを守り通そうという、新たな誓い。

「まあ、あの男に直接尋ねたところで、適当にはぐらかされるだろうがね。

なにせアレは俺以上の捻くれ者だ」

エミヤはそう言ってこれ以上語ることはあるまいという風に肩を竦める。

「……ねえエミヤ、男って馬鹿だよね」

「ああ、そうだな。だがそれは君とて同じ事だろう」

そう言って挑発する様な笑みを浮かべるエミヤに、藤丸も言葉ではなくニッカリと笑み作って返したのだった。

本人は口にしないヘクトールの覚悟を、彼のマスターとして、重いなどとは決して言わないために。


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