アインズ・ウール・ゴウン魔導国に属する失われた都リ・エスティーゼ。
それが、わたしの観察対象です。観察というよりフィールドワーク、けっこう本格的なお仕事なんです。
ついでに、調査対象でもあります。別件のお仕事、副業です。世間的にはこちらが主ということになります。
まずは人里離れた場所の麗らかな草原を見繕って、麻のピクニックシートを敷きます。
次にいったん腹這いに寝そべり、手足をわさわさわさりと動かして手とつま先の届く範囲を確認します。
これは、ひゅーまんすけーるというフィールドワークにおいて重要な動作です。わたしが発明しました。他に知るひとはいません。
その後は簡単です。まずは手の届く範囲に、弁当、水袋、甘味、画用木炭、羊皮紙、双眼鏡などを配置します。それから、つま先の届く範囲に貸本、帽子、孫の手、マッサージ棒などを配置して完成。
要は、使用頻度が低かったり、つま先で扱っても大丈夫なものを足の方に置くんです。
うららかな春の陽気のもと、充実のフィールドワークの始まりです。ひゅーまんすけーるを済ませておけば、一切体勢を変えることなく丸一日だって粘ることができます。一冊のスケッチブックと貸本さえあれば怖いものなどありません。
最後に、配置したものたちの位置とわたしの腕の長さから逆算した、理想の腹這いポジションにわたしを配置します。この瞬間が一番大切だと言っても過言ではありません。おなかの下でシートにシワが寄ってしまおうものなら、それだけでわたしの快適フィールドワークは台無しなのです。
「いざ」
腹這いのまま両肘をつき、視線をやらずに甘味や弁当に手を伸ばすわたしをしっかりとイメージしながら、双眼鏡を目に当てます。
「ふわぁ――」
……おはようございます。
千切れ雲が太陽にかかり、眩しさが和らいだところでわたしは眠りこけてしまったようです。
「しまった……」
わたし式のフィールドワークのスケジュールはぐちゃぐちゃです。これでは充分な観察を行えば本が読み終わらず、両立させようとすれお弁当や甘味をゆっくり楽しむことができません。時の流れは残酷です。
姿勢を変えない範囲で空を見上げれば、幸い太陽はまだ輝いてくれています。ただ、その高さからすれば、空が赤みを帯びてくるまであまり猶予はないはずです。
そして――双眼鏡がありません。これはとんでもないことです。手探りのため、しゃかしゃかと両腕を可動範囲一杯に動かしてもそれらしいものがありません。
わたしは意を決してひゅーまんすけーるを放棄し、それでも姿勢を大きく変えず、ものたちの配置を乱さないよう、蜘蛛が旋回するような姿勢でその場を探し回ります。これならば、わたしを再配置するだけでフィールドワークを再開することができます。
ありました。どうしてピクニックシートの端まで行ってしまったのかわかりませんが、わたしは安堵の息をつきます。双眼鏡って、貴重品なんですよ。魔導国でもエ・ランテルなら手に入るかもしれませんが、その価格は想像するだけで身震いするほどです。
さて、覗き込んでみましょう。
双眼鏡の向こうには、草むらにシートを敷いてその上で談笑する大小の真っ白な“彼ら”の姿がありました。
「…………」
ごしごしと目をこすります。錯覚であればいいのに。
改めて、双眼鏡。
間違いようもありません。確かに“彼ら”はそこで団欒してました。
お弁当は広げていません。食べられるわけ、ありませんから。
「何をしたいんでしょう、あれは」
ピクニック日和です。ただ、“彼ら”がそうする意味はわかりません。
ともかく、挨拶をしなければならないのですが、どう声を掛けたものやら。
しかし、掛けなければなりません。わたしには調べなければならないことがあるのです。それに便乗しているからこそ、フィールドワークもやりやすくなるというものです。
それに、“彼ら”の様子を見ていれば、事の核心とは程遠い存在に見えます。調査対象に感付かれるおそれがないのは都合が良いことです。フィールドワークの観点からすれば、“彼ら”が何故ピクニックの真似事などしているかをじっくりと観察し続けていたいのですが。お弁当もまだですが、仕方がありません。
とりあえず計測です。
するまでもありません。彼らは標準型二体に小型二体。小型は骨格から大きい順に雌、雄と並ぶ理想的な一姫二太郎です。一姫二太郎って、女一人男二人では無いんです。どうでもいいことですが。
やはり太陽とそよ風の魔力に招かれて、ふらふらと出てきたのでしょうか。時に人はそうした大自然の誘惑に抗しがたくなるものですが、“彼ら”にそんな誘惑が通用するとは、ますます興味深いです。
姿は全員似たようなもので、陰影は目立つものの基本的に真っ白です。
頭身は普通の人間と同じで、手足などの比率も似たようなものです。
ただし、極端なやせ型。というより、肉も皮もあったものではありません。
骨。
骨。
骨。
骨。
全員、骨だけです。談笑といっても言葉なんて出ていません。ケタケタ、カタカタという音が共鳴し合って、家族揃って本当に楽しそうな雰囲気を醸し出しているだけです。
個性などあったものではありません。彼らの間では見分けられるのかもしれませんが、そんなのはわたしの知ったことではありません。
ただし、装備品はとても多彩。
一揃えとはいかないまでも、ひん曲がった兜、色あせた眼帯、錆びたナイフ、ボロボロのブーツの片方……いろいろなものをバラバラに身に着けています。皆、いくらか誇らしげな雰囲気ですが、お姉さんの方の子供は特にその傾向が強いです。眼帯に指を二本添えるポーズがお気に入りみたいです。眼球なんてひとつも無いのに。
ただ骨であることを除けば、全員が普段の生活に余裕のある都市住民のような印象。
“彼ら”が何者なのかって?
そう――
あのスリムな方たちこそ――
人類だったりしますね。このごろは。
白骨さんの姿がはじめて確認された時期は、実はよくわかっていません。
もちろん、死体とは別です。かつての人類が死んで程よく腐ったところをずるりとひん剝けば、あんなのいくらでも出てきたはずです。
でも、それでは動いてくれません。別モノです。
白骨さんの目撃例は、有史以前からあるようです。その実態を断片でも知ることができるのは、まだ電子情報が無かった時代の記録のおかげですね。
ああ素晴らしき紙媒体。書き換えが不便だということは、捨てずに仕舞い込むということに繋がります。だからこそ世界の常識が変わっても昔の姿を残していてくれるし、時代に媚びず洒落がわかって誠実で気が利いてがっついていなくて何より知的で、なんていう賛美の意見も出てくるのでしょう。紙媒体、研究者の中にもシンパは多いのです。
ともかく、白骨さんがぼちぼち出現するようになったずっと後、白骨さんの王様が出てきて、いろいろなことが起こったんです。詳しい部分は、魔導国の図書館なんかで調べた方が早いでしょう。そして、わたしたちの今の状況があります。
わたしたちの今の状況とは、わたしたち人が人類の座を自ら引退しており、彼ら“白骨さん”を主勢力とするアンデッドさんに地位を明け渡しているというものです。
そうなる際の細かな歴史は調べなければわかりませんが、とにかく魔導国調停理事会というものがありまして、これは引退した人類と彼らアンデッドさんとの軋轢を解消する目的で設立され、現時点ではほぼその役目を終えた組織で、わたしたちが容易に接触可能な窓口でもあります。わたしが知っているのは、ここを通して得られた情報ばかりです。
よって人類と表記される場合、それは公式にはアンデッドさんを示すものとなりますが、実際のところは、白骨さんのことを示しています。引退する前の人類と仲良くやっていく関係上、無味無臭で色々と都合の良い白骨さんこそが圧倒的多数派であったこともあり、腐人さんとか霊人さんとか吸血人さんとかは亜人と呼ばれています。大昔と違って、そこに差別的な意味は無いんですけど。
ちなみに、骨竜や骨鷲などは亜骨なのに、首無馬はただの獣です。完全に骨びいきです。王様が骨なんだから当たり前ですが。
それではわたしたちですが、「旧人類」とか、単に「人」と呼べばいいでしょう。「なまびと」なんて呼称もありました。食べ物みたいで嫌な感じです。
白骨さんの方は、生物学的分類の範疇からは外れていますから(そもそも生物かどうかも知ったことではありません)、細かいことを考えても無駄です。
結局、「人類」という単語のみが特別枠として、白骨さんや大分類としてのアンデッドさんたちを示唆するものとなった、このことだけを素直に理解しておけば不都合はないでしょう。
それが受け入れられない子もいないわけではありませんが、そういう困った子たちは大抵神殿と呼ばれる建物で、窓に鉄格子のはまったスッキリとしたお部屋で日々お祈りをして暮らしています。そして、お祈りの声がしなくなったらアンデッドさんにしてもらえるそうです。頑張っていればいつか人類に戻れるんです。
もちろんわたしは神殿は嫌なので、きちんと理解して受け入れています。心の底から、きれいさっぱりとです。
ともかく、すでに人は種としては衰退期。
ここ数百年だか数千年だかの間にゆっくりと人口を減らし、今にも消え去ろうとしています。
魔法も戦闘技術もだいたい失われました。
初期に育成されたと伝えられる冒険者たちも、世界から未知の領域が失われてからは急速にその数を減じ、コストのかからないアンデッドさんに置き換えられました。恩賞として、自らアンデッドさんになった方も多いという話もあります。
兵士も、役人も、色々な働き手も次々とアンデッドさんに置き換えられていきました。長い年月の間に人間だけの国家は滅び、都市の中の居住区も自然と減って、生活圏も縮小しました。
そして世界は、白骨さんにお任せなのです。