泣き虫のトナカイ
これは、ある泣き虫の少女と鍛冶屋の主が送った一時。そして、その後に起きた悲劇の話。
「かぁ〜…寝みぃ…客こねーし、売上ねーし、客こねーし
……はぁ…寝みぃ…」
本日も晴天なり。開業したばかりのこの鍛冶屋、売り文句としては『刀鍛冶なら聖剣打ちます!』という物なのだが、まぁこんな山奥にこんな話信じてくるやつなどいるはずもない。いるとすればお人好しのアイツくらい
「あー!またそんな格好で店番してるんですか?」
「格好なんてなんでもいいだろ〜?んな事より、よくもまぁこんな秘境の地まで来るね〜泣きボクロの嬢ちゃん。」
「な!私の槍いつになっても強化してくれないのは主さんでしょ!」
「いやなー…刀じゃねーとやる気でねーんだよ」
そう、この大人しそうなのによく口を開く少女こそこの店の数少ないお客様だ。それに、本当はこんなに口うるさいやつではない。出会った頃はもっと大人しかったが、今となったは自分の格好にさえツッコミを入れる。え?自分の格好?まぁ、気にすんな
「やる気でないって…そんなことじゃいつまで経ってもお客さん入りませんよ?」
「余計なお世話だ!んな事よりどーたい?最近入ったつう凄腕剣士は?」
「んーっとね…その…」
「んだよ歯切れわりーな。何かあんのか?」
図星を突かれ話題を変えるべく、最近こいつの所属するギルドに加入した剣士について聞いた。なんでもそいつは少女達のピンチに駆けつけ救い出したらしい、それなのにレベルは大して変わらない。どう考えても裏がある。それに、この少女も多分…
「多分ね…キリト…その彼は私たちとは違う場所の人だと思うの。」
「違う場所…攻略組ってことか?」
「それもだけど…なんて言うか上手く説明出来ないけど。どこか私と似てて、けど全然違うくてそのなんて言うか…弱い人なんだと思う。」
多分だが、この少女の言っていることは恐怖の感じ方の問題だ。泣きボクロの嬢ちゃんは死に対する恐怖、そしてその剣士の恐怖はきっと最前線に置いていかれると言ったこと。そして…いや、今はいいだろう。
「…いいのか?そんな奴と組んでて?何かあってからじゃ……」
「大丈夫。キリトがね、私は死なないって言ってくれたんだ」
「……あ?」
なんだその薄っぺらい言葉は?つい口から出そうになった。そんなのは恐怖を紛らわすための傷の舐め合いだ。と、そんな言葉を飲み込んだ…
「いや、まぁお前がそう言うならいいんだろうな…それに、そいつのおかげでちったぁいい顔になってるのも事実だしな〜」
「!ち、違うもん!別にそういうのじゃ…」
「ハイハイ、リア充乙。ほれっ!」
「うわっ!と…私の槍…」
「これから潜るんだろ?そいつでバッタバッタなぎ倒してこいよ〜」
「…うん、ありがとね主さん。」
「おう…」
この少女が乙女らしい反応をするようになったのはその剣士、キリトというやつが加入してからだ。だが、何故こんなにも不安なのだろうか。そんなことを思いながらも少女は去っていった。
その日から彼女が店を訪れることは無かった。
―――――――――――――――
クリスマス、白くなる街に噂の飛び交う人混みそんな中ある人物を探し街を歩く。
「鼠」
「なんだよマスタ〜そんな怖い顔して」
街の中央広場に着く。そこでベンチに座り、一人の情報屋の名前をいえばすぐさま後ろに現れた。会って早々に表情について指摘されたのでとりあえずいつもの感じで誤魔化す
「…そんな顔してませーん!至っていつも通りでーす!」
「嘘つけ。んな事よりマスターがオイラに話しかけるなんて珍しいじゃないか」
鼠も何かを知っている反応だ。確かに自分が鼠に話しかけるなど滅多にない。だが、今は状況が違う。
「まぁな…お前さんが持ってる今日のイベント情報、全部話せ。それともう1つ…黒の剣士は今どこにいる?」
「……クリスマスイベントについてはβ時代にもなかったもんだから情報の取りようがねえよ…でもオレっちが考えた予想で良ければ話す。けど、その黒の剣士について教えられねーな」
まぁ、予想通りの回答だ。こいつは決してβテスターの情報は売らない。そんなことは知っている。だが、今はどうしてもそれを知らなければいけない。
「…月夜の黒猫団。」
「!」
「ギルドメンバーの壊滅、唯一の生き残りキリト…そして、蘇生アイテム。他には?」
「……参った、降参だよ…情報は与える。」
「助かる…」
カマをかけたつもりだった。だが、流石は情報屋と言ったところか。鼠は深くまでは知らずともあの事件を知っているようだった。
「なぁ、マスター…どうするつもりなんだ?」
「…さあな…ただ、気に入らねーんだよ。」
「っ!」
「死に場所を探してるそいつも、そんなことをさせちまった自分自身にもな…」
そうして、街を離れフィールドへと駆け出した。
――――――――――――――――――
「どんな言葉で蔑まれようとも俺はその言葉を受け入れるよ…サチ…」
森の奥深くにたどり着く。クライン達に手を借り聖竜連合を抑えてもらいつつも邪魔者は1人もなく独りで戦えると思っていた。
「そろそろ、だな…」
「よう!」
「!」
「寂しいやつだな〜友達いねーのか?クリスマスにこんな所まで来てフル装備で攻略なんて…なぁ、黒の剣士君?」
「…誰だ?お前…」
「ん?俺は…鍛冶屋だ」
悪ふざけもいいところだろう。目の前の男は笑顔でこちらに近づいてくる。それも、鍛冶屋がこんな森の深くまで来るはずがない。目的はひとつ
「…悪いが蘇生アイテムは俺が手に入れる。邪魔をするなら…」
「いんや、蘇生アイテムなんぞに興味はねーよ…ただ、ある人の頼みでね…お前を救ってほしいって言われたんだよ」
腕を後ろに回し、剣の柄に手をかける。しかし、目の前の相手はくだらない妄言を発する。
「人違いだろ…時間がないんだ邪魔しないでく…」
「月夜の黒猫団」
「!」
「まさか、リーダーまで自殺しちまうとはな…」
「な、なんで…お前が、その槍を持ってるんだ…?」
「…人違い、なんだろ?」
「っ!!!」
あいての口車にのせられて無我夢中で走り出し、剣で斬り掛かる。
「こえーな…随分なご挨拶じゃねーか」
「返、せ…!それは、サチの…!っ?!」
渾身の一撃を容易に受け止められた。しかも両手打ち用の槍を片手で振り回し、逆の手で腹部へと拳が突き刺さる
「ぐっ…!」
「クソガキ、たった1発で終わりか?最初の殺気はどこいったんだよ?」
「っ!うぉぉぉぉっ!」
腹部に未だに痛みはある。だが、そんなこと構うことは無い。今は目の前の正体不明の男を殺すことだけを考えろ。そう言い聞かせ間合いを詰める。
「……」
「せやぁぁぁっ!!」
「……」
「はぁぁぁぁっ!!!」
「軽いな」
「は…―――っ?!」
速く鋭く、何撃もの剣を振りかざすだが、当たらない。決定打は愚かかすり傷さえ与えられていない。そんな時目の前で何かが砕けた。そう、自分の剣が…それと共に衝撃が襲いかかり、地面にバウンドし地に伏せる
「かはっ…!」
「すげー、人間てバウンドすんのな」
「くっ…そ…」
「まだ、やるか?」
「っ…!があぁぁぁっ!」
すぐさま武器を切り替え痛む体を無視し斬り掛かる。だが…結果など変わらない。
「くそっ、くそっ!くそっ!!」
「どした?殺してでもアイテム手に入れんじゃねーのか?」
「!はぁぁぁぁっ!」
「はぁ…何回も言わせんな…軽いんだよお前の剣は…」
「っ!あ、ぁ…」
たった一撃だ。ソードスキル発動しようとした一瞬、その一瞬に起こった一撃で俺の剣は中心から粉々。そして、自分の体に風穴が空いたとともにHPバーが危険域へと突入した。
「……」
「待、て…俺は、あの子を…サチを生き返らせ、るんだ…!」
「いつまで、引きずるんだ?」
「…?ぐっ、うっ…!」
髪を握られそのまま状態を起こされる。そこには怒りに包まれた先程とは別人に見えるほどの男がいた。
「あいつらが死んだのは…テメェの築いたくだらねえ関係のせいだろうがぁ!
泣きボクロの嬢ちゃんが死んだのは…
―――テメェのうっすペらい言葉のせいだろうがぁっ!!」
「っ!」
「何が死なねーだ…ふざけんじゃねーぞ!テメェの言った根拠のない言葉があの子に死の原因を作った…!それなのに…死んだ後でさえ自分を正当化するためにあの子を利用しようなんざ…」
「!ち、違う…俺は…」
「違わねーだろ…あの子蘇らせてからあの子に蔑まれ、罵倒されれば、ちったぁ楽になるって考えてたからだろ?」
「!…違う…!」
「だから軽いんだよ、お前の剣は…何も乗ってない。何も背負ってない。空っぽで誰もいない。
だから、取りこぼしたんだろ…だから、奇跡に頼ったんだろ!」
どんどん浴びせられる怒声に何も言い返せなくなり頭が真っ白になっていった。そして、最後の言葉を聞いた瞬間俺の中には何も無かった。
「教えてやるよ…この世界に奇跡なんざ存在しねー、希望なんざありゃしねーんだよ…」
意識が遠のく、見届ける背中がどんどん遠くへ行く。その奥にはイベントボスである背教者ニコラス出現し、そして男は槍をしまい、短刀と長刀を腰に差し歩いていった。
―――――――――
「んっ…」
どれくらい眠っていたのだろう。ただ、寒い。だが、痛みは何も無い。それどころかHPは全回復していた。そして、目の前で何かが爆発する
「こんなもんだな…」
「……」
あの男は背教者ニコラスを倒したのだ。たった一人で、息ひとつ上がっていない様子を見る限り俺では到底叶わない相手だと自覚する。それと同時にこの後何をしたいいのかも分からなかった。ただ、死にたかった
「ほらよ」
「っ!蘇生アイテム…」
「欲しかったんだろ…やるよ。」
「………
―――は?」
目を疑った、そのアイテムの効果を見て空っぽだった俺の中は真っ暗になった。
「は、ははは…あはははは…!!!」
「……」
「ははは……殺してくれ…」
何かが壊れたように涙を流しながら俺は笑いだした。あまりにも自分が惨めで愚かで本当にどうしようもない道化だった。
「…本気で、言ってんのか…?」
「…あぁ、もうウンザリだ…」
「クソガキ!本当であれば俺はテメェをここでぶっ殺してやりてーよ…でもな、生きたくても死んだやつがいるんだよ…お前に生きてほしいって言ったやつがいるんだよ!」
胸ぐらを掴まれて持ち上げられる。何も響かない、何も届かないはずだった。それなのに、男の言葉を聞いて真っ先に浮かんだのはサチの顔だった。
「!……サチ…」
「…ちっ!クソガキ、少しでもその子を思う気持ちがあるんだったら、生きろ。どんだけ苦しくてもどんだけ辛くても、生きて、テメェが示してやれ、あの子がこの世界に来ちまった意味、テメェと出会った意味ってやつを…」
そうして、男は去っていった。
――――――――――――――――――
「かぁ〜…寝みぃ…客こねーし、売上ねーし、客こねーし
……はぁ…寝みぃ…」
あれから数日、自分の日常に特に問題は無いが、やはり静かになった…と思ってしまう。寂しいとは思うもののどうしようもないのでとりあえず刀を打ちまくっていた。そんな所に
「おっ、いっらっしゃ……何の用だ?クソガキ」
「……」
「おい、黙ってねーで何か…」
「俺と勝負してくれ…」
「は?」
「俺を強くしてくれ!」
「はぁ?!」
これが悲劇の終焉だ。
需要ないと思いますが、これがサチと主のお話にしてキリトとの出会いです。ここまでの長い駄文を読んでいただきありがとうございます┏○┓
SAO編の鍛冶屋はあと2話で終わりの予定です。もうしばらくお付き合い下さい。それでは…