この身、妖ではなく   作:蕎麦饂飩
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神は試し、獣は獣でしか無き事を此処に刻むであろう

例の赤夜と青野が所属したと言う新聞部が朝から校内新聞を配っていた。

部員の女子生徒に釣られて受け取っている男子生徒が多いが、その新聞の内容にも目を通すぐらいはしてやって欲しいものだ。

と言っても彼女らとは以前石神教師が女子生徒女子生徒を石化させた罪で無期限定職になった時に、僕の名前を新聞から除外して貰った程度の仲でしかないが。

 

その後に読むかどうかは置いておいて、新聞の売れ行きは好評の様だ。さぞかし作った買いがあった事だろう。

それを螢糸が睨むように見ていたのが印象的だった。何やら問題がある行為なのだろうか?

 

そう思いながら螢糸を見ていると一瞬だけ目が合った。直ぐに視線を逸らして何処かに行ってしまったが。

…別にそういう視線で見たつもりでは無かったのだけど、誤解されただろうか?

短いタイトスカートに興味がある訳でも黒髪フェチな訳でもない。

そう思われていたのなら是非誤解だと言わなければならないが、無理に否定するのも却ってそう思われてしまう気がするから止めておくべきか。

 

 

その十分後ぐらい後だった。

公安委員会が勢ぞろいでやって来た。その先頭には委員長である九曜。そしてその隣には螢糸がいた。

…ああ、多分螢糸はあの委員長に惚れているのだろう。先程僕を見た目とは随分違う目で隣を見ている。

 

極めてどうでもいい思考をしていると、九曜は赤夜に話しかけ始めた。

うん、凄く紳士的な挨拶をしているが、隣にいる螢糸の感情を配慮してやるべきではないだろうか?

これだから妖怪というものはデリカシーも持たない屑ばかりだ。

…それに九曜には別の疑いもある。そっちの本職がありながら公安でも長にまでなって、しっかり仕事をしているなら努力家としては認めてやろう。

 

そういった視線で九曜を見ていると、いきなり新聞を重ねて置いている机を蹴り飛ばした。紳士的という言葉は撤回しよう。

恐らくあの机も学校の備品だと思うんだが、そこの所は公安委員会的にはスルー前提らしい。

 

俺が法律だとでも言いそうな九曜委員長は事前に学校の名前を使った公開配布物には公安委員会の閲覧と許可を受けるべきで、

それを省略したこの新聞の発行は無効だと主張した。確かに理屈は通っている。彼の言う通りでその事自体には文句は付けられない。

胸部が大きめな女子生徒が反論しているが、感情論では物事を考えるべきでは無い。

これは総合して新聞部部長の森丘(もりおか)銀影(ぎんえい)の落ち度だろう。今からでも事後的に検閲を受けるべきだ。

 

そう考えていると、部長の森丘は今回の新聞を廃棄すると宣言した。

まあ、妥当な判断だろう。今回は諦めて今回の記事をもう一度発行許可を受けて再発行すれば良い。

初手は外したが、次善の策は出来ているな。

 

 

そう感心していたのだが、気になって新聞部たちの様子を遠くから見ていると、

先程感情的に反論した女子生徒がやはり納得がいかず、新聞をそのまま配ると言い出していた。

 

そしてその様子を僕だけでなく螢糸も見ていたようだ。

糸を飛ばして新聞を束ねて奪うと、焼却炉に放り込んだ。

新聞部が超越行為をした証拠を隠蔽してくれている…とは流石に美脚の同級生だからと贔屓目には見られないな。

 

だって、

 

「公安はね、学園の安全を守る為なら、(あやし)の力を堂々と解放しても良いのよ

――私達は特別な存在ってわけ」

 

何故なら公安は特別な存在だから。

それで片付けてしまうのは暴論な気がしないでもない。でも、それを言えば僕だってまた特別な存在だ。

この場にいる誰よりも強い。そして正しい。遍く(あやし)聖掃(せいそう)する洗礼を施す代行者だ。

 

 

女郎蜘蛛、若しくは絡新婦の本性を現した螢糸が新聞部に襲い掛かった。

データベースによると糸と火を噴く小蜘蛛を操る(あやし)か。種族傾向として情が深いと聞く。

喰らおうと狙った男に見逃されて身を引く話が多い。とはいえ、今回は身を引く殊勝さは見受けられない。

あの公安委員長への熱意と権力の座に座った驕りが彼女をこうさせたのだろう。

 

新聞部は追い詰められていく。数は新聞部が多いのに戦力は螢糸が上か。

…まあいいだろう、赤夜が駆けつけてきている。流石にこれで大丈夫だ。バンパイアは伊達では無い。

今回は赤夜達に手助けはしない。様子見とさせて貰おう。

 

その様子見の時間は思った以上に短かった。

 

 

女郎蜘蛛如きでは吸血鬼(バンパイア)には敵わなかったか。

赤夜のとどめの一撃で吹き飛ぶ螢糸の進行方向に柔らかで弾力性のある蜘蛛の巣状のネットを精製して追加ダメージを局限する。

同級生の誼だ。それにどうせ纏めて僕自身の手で滅ぼす事になる。

 

気を失った螢糸を手土産に運びながら公安委員会本部に入ろうとすると、中から声が聞こえてきた。

今現在停職中の僕の担任と、委員長の九曜が話している。

どうやら、青野月音は人間らしい。

 

「へえ、良い事を聞いたよ」

 

つい独り言を漏らしてしまった僕は、螢糸を部屋の前に置くとその場を去りながら考え事をした。

 

僕にとって人間という種族はこの世界に残すべき存在。

神が天使に人間をこの世界に残すために働けと命じたように、僕は教会に命じられて人間の為に働いている。

だから青野君は助けてあげようじゃないかと思う。彼が人間なら。

 

 

 

それから暫くして、九曜は

 

「うちの螢糸に負傷を負わせた暴行の罪だ。

我々と一緒に着て貰おうか」

 

と廊下で赤夜に迫った。そういうところは螢糸に見せてやれば喜ぶだろうに。

見えない所で頑張るのが男らしいと思っているのか、そもそもそういう発想が無いのか…。

基本的にどちらでも構わない。君たち妖怪よりも、人間の方が大切な存在なのだから。

 

 

そういう視線で見ている僕にとっては、その後に青野に人間である疑いで連行すると言葉を続けた九曜にそのまま青野を引き渡すわけには行かない。

 

 

「じゃあ、僕が人間だって言ったら規則どうりに僕を処刑するのかい?」

 

そう言って階段を飛び下りて登場した僕に周りがざわつく。

まあ、文字通り極刑ものの存在だからね、此処での人間は。

 

「お前は…」

 

「賢石翠。やれるものならどうぞ? 公安委員長殿。

その秩序と規則と正義への執着は好ましいけど、化け物は所詮須らく混沌の悪に過ぎない」

 

本当に、残念だ。

彼が人間なら青野月音より好ましく、友情を感じられたというのに。

 

 

己の信念を軽んじられて侮辱された事が許せないのだろうか。

灼熱の妖気を撒き散らしながら、九曜はその本性を現した。

その姿は、業火で構築された四つの尾を持つ妖狐。

プライドに見合うだけの力は持っていそうだ。それにしても沸点が低い。火の属性を持っている事とは関係ないだろうけど。

 

個人的には裏の顔を持つにしては、表のお仕事に少々本気になり過ぎている気がしないでもないけれど、そういうところも好ましい。

これが、(あやし)でなく、そして裏の顔を持つ可能性が皆無であれば尚の事だ。

でも、残念ながら彼は間違いなく、闇の世界に潜む人外だ。

キツネ狩りをやらなくちゃいけない。所詮獣は人間に刈られる定めを神に命じられた命だ。これはあるべき節理であり必然だ。

果ての果てに尾が無くなりし狐ならともかく、四尾の野狐程度に後れを取るつもりも無い。

 

先ずは九曜の周囲の酸素を徹底的に化合させて燃焼の要素を阻害する。

これだけで延焼された概念性部分の焔以外が簡単に消滅する。残りは彼本体の妖力的な熱量だけだ。

火の属性に対応するのは水。生憎と僕は背後にいる教会の関係上神に逆らう魔の者を痛めつける聖水の入手には事欠かない。

欠点は人に造られた故に、神に認められていない人間である僕自身にも効くから取扱いに気を付ける事だ。

 

それを九曜に撒き掛けつつ、僕はコートの内ポケットの中に隠した三つの瓶を取り出す。

それぞれの瓶のラベルは炭素、水素、そして硫黄。

 

その原材料で錬成した物を聖水で火が弱まった九曜に吹きかける。

極めて強力な臭気を発する液体。その正体は化学式でC6H12S2。つまりアリルプロピルジスルフィド。

熱により毒性が打ち消されにくい特性を持つタマネギの成分で犬や狐に食べさせてはいけないとされる物質である。

 

身体中のカリウム濃度が急激に上がったのだろう。九曜は先程の威勢は何処に行ったのか無様にのた打ち回っている。

あの様子では一時的にでも失明をしているのかも知れない。

視界の端ではアリルプロピルジスルフィドの影響で同じくイヌ科の新聞部部長(ウェアウルフ)も苦しんでいるようだが、まあ気にしないでもいいだろう。

 

九曜の近くに歩み寄り、その口を足で抉じ開けて先程作った物と同じ成分を再度錬成した物を詰めた瓶を押し込んだ。

 

「公安委員長。今回は学園の正義の代理として人間を見逃す事を了承しませんか?

そうしないと最近貴方が予算に口出しをしたせいで安物にした瓶が割れてしまうかもしれませんね」

 

そう告げながら、九曜の顎下に爪先を這わせる。蹴り上げれば九曜はお仕舞と言う訳だね。

 

だが、それでも九曜は命乞いもそれ以外の無様な真似もしなかった。

ただ僕を睨みつけている。…本当に嫌いじゃないんだよね、こう言う人。

本当に(あやし)でさえなければもっと仲良くなれたのに。

本当に、勿体無い。

 

 

「委員長を、九曜様を放せっ!!」

 

丁度、九曜を踏みにじる様な姿勢を取っている僕に、まだ怪我が治り切っていない螢糸と公安部のお仲間がやって来た。

仲間からは随分と尊敬されているんだ。立派な事だね。

 

「…で? 九曜を倒して僕が次の秩序になってはいけないのかな?

力こそが正義と言う証明は公安がやって来たことじゃない?」

 

少し意地が悪い返し方をしてやると、螢糸は僕と九曜を交互に見た後、その場にしゃがみ込んで頭を地面に付けた。

 

「放してください…、お願いします」

 

後ろの公安の連中も遅れてそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

あーあ、これじゃどちらが悪者かわからないよね。まあ、許可を取らずに行動した新聞部を庇って、秩序を護る公安を痛めつけて、

人質を取って土下座させた僕が間違いなく悪者に見えるんだろうね。仕方ないよね。

…だから今回は見逃そう。

 

僕は九曜の口から瓶を取り上げた。

 

「少し、ヒビが入りかけてるよ。出来れば次の予算案では科学部に多く回してくれるとお互いの為になりそうだね」

 

 

そう言って解放してあげた僕に一瞥もくれずに、九曜は公安委員会の部下達の下にフラフラと歩いていった。

 

「お前達、悪に屈するとは恥を知れ。我々はこの学園の正義の守護者なのだ――」

 

 

負け犬というか、負け狐のクセに自分を助けてくれた部下達に随分な言い方だ。

螢糸達は助けた側なのに、申し訳無さそうに委縮している。やっぱり瓶を咥えさせたまま蹴り上げた方が良かっただろうか?

いずれ、全ての(あやし)が滅びるのだからそれまでは生かしておいてあげようと思ったのに。

 

「――だが、お前達には助けられた。

…その恩と信頼に応える為にもこの様な失態は二度と見せないと誓おう」

 

そう言葉を繋げた九曜はふらついたところを、螢糸に肩を貸されて歩いて去って行った。

 

 

 

さて、この状況は客観的に見てどうだろうか?

人間疑惑が残ったままの僕と青野。

僕に関しては人間を自称する魔女と思われている可能性もありそうだ。

そして横暴なりに正義であろうとした九曜に対して、何でもアリで外道の業で倒した僕。

うん、完全に僕一人に恐怖とか反感が集まりそうな流れだ。

 

そもそもは妖怪に生まれた九曜が悪いと言うのに、彼はと言えばやたら脚の綺麗な後輩に甲斐甲斐しく支えられながら退場した。

そしてタマネギ成分爆弾の影響を受けた森丘は絶対に僕を悪し様に記事に書いてやると言う目をしている。

僕が新聞部の面々を救ってやったと言うのに、全く以って度し難い。

これだから(あやし)と言う存在は須らくこの世から消えるべきである。







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