当初は戸惑っていたエリカだったが、いざその子を目の当たりにするとその可愛さにすっかり魅了されてしまい……
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とある週末の夜。
黒森峰女学園の戦車道チーム副隊長たる逸見エリカは珍しく熊本市内の実家に足を運んでいた。
普段のエリカであれば、チームのガレージで自主トレーニングに励むか、寮の自室にて趣味のインターネットサーフィンを満喫しているところであったが、母親から『今週末はみんな空いてるから、たまには家族揃って食事でもしましょう?』と懇願に近い誘いがあったこと、エリカ自身も戦車道に執心するあまり実家に帰っていないことを気にしていたため、良い機会とこうして実家に戻ってきた。
別の学園艦に通っている姉と駅で待ち合わせ、市内でそこそこの高級住宅街にある実家に戻ると玄関で父と母が笑顔で出迎えてくれた。
「2人とも帰ってきてくれて嬉しいわ。さあ、いっぱいご馳走作ったからたくさん食べなさい」
食卓には母親手作りのハンバーグを始めとしたエリカと姉の好物が所狭しと並べられていて、エリカは久しぶりの母親の味と家族団らんを満喫し、とても穏やかな気持ちになったのだが、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
「母さんの料理は世界一美味しいな」
「もう、あなたったら」
エリカの両親は昔から仲が良い。
おしどり夫婦と近所からもっぱらの評判で、その仲の良さは今もまったく変わりが無いものの、以前と比べてさらに仲が深まったような気がしてならなかった。
同じく違和感に気づいた姉に聞いてみても理由は分からず、エリカが両親に直接「何か良いことでもあったの?」と問いかけると母親の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「あのね、病院に行ったらお医者さんに言われたの……もうすぐ4か月だって……」
照れくさそうに顔を真っ赤にした父と愛おしそうにお腹をさする母親の様子を見て、全てを察したエリカは驚きのあまり持っていたフォークを床に落としてしまった。
確かにエリカの母は大学卒業すぐに結婚して姉とエリカを生んでいるため、まだ30代後半と非常に若く、子どもを生んだとしても不思議では無い年齢だ。
夫婦仲も良好なことから、親戚との集まりで「そろそろ3人目の予定は無いの?」なんて茶化されることも珍しくなかったが、だからといってその冗談が現実になってしまうなんてことは、言い出しっぺの親戚はもとより、エリカですら欠片も思ってはいなかった。
「お母さん……妊娠してる……の?」
「ええ、そうよ。良かったら触ってみる?」
「あ、私触る。触らせて」
穏やかな表情で肯定する母と母のお腹を触りながら「良かったね、これでエリちゃんもお姉ちゃんだよ」と嬉しそうに話していた姉とは対照的に、エリカは母親の妊娠という想像もしていなかった事態に戸惑うばかりで、ただただ「おめでとう」や「いつ生まれるの?」といった当たり障りのない言葉を口にするに留まり、気づいた時には学園艦に戻っていたほどであった。
新しく家族が増えることに対してエリカ自身嬉しい気持ちがあるのは勿論だったが、それと同時にどこかすっきりしないモヤモヤした感情が心に抜けない棘のように居座っていた。
エリカとしては一回り以上年齢の離れた弟もしくは妹相手にどのような接し方をすれば良いのかまるで分からなかったのだ。
末っ子として生きてきたエリカにとって年下の弟妹を相手にした経験は勿論皆無であったし、身内以外に範囲を広げてもせいぜい2歳下の後輩を指導したぐらいで、年齢の離れた子どもと関わったことも片手で数えるほどしかない。
その僅かな機会も、迷子の子を泣き止ませようとしたら余計に泣かれてしまったといった苦い経験ばかりで、結果として小さな子どもの扱い自体に苦手意識を持ってしまったエリカからすれば、いくら血の繋がった相手とはいえ、幼い妹か弟に対して家族としての関係が築けるのか不安な想いが強く、姉になるという劇的な環境変化をすんなりと受け入れられるものではなかった。
こんな難しい心境だったことから、たまに送られてくる母親の大きくなっていくお腹の写真を見ても、それが妹であると伝えられても、姉になるという実感がわかないまま時が過ぎ去っていき、気づいた時にはいつの間にか出産予定日が間近となっていた。
「エ、エリカさん!? お姉さんから、お母さんが病院に行くからすぐ来るようにって電話があったって寮母さんが……」
練習前、隊長のまほとの打ち合わせ中に慌てて隊長室に駆け込んできた小梅にエリカは一瞬驚かされたが、母の出産予定日が明日か明後日ぐらいだったことを思い出し、冷静さを取り戻す。
何かあったのではないかと心配するまほと小梅に対してエリカは「妹が生まれるだけなので心配しないでください。練習が終わったら向かいます」と素っ気なく伝えた。
元々姉になる実感が薄かったこともあり、出産の立ち合いをあまり重要と思っていなかったエリカは副隊長としてまず練習を優先しようとしたのだが、結果としてまほと小梅の両名から叱責を受けることとなってしまった。
「何を馬鹿なこと言ってるんですか! 妹が生まれるなんて凄く大事なことじゃないですか!」
「妹を持つ身としてお前の練習参加を認めるわけにはいかない。隊長命令だ。エリカ、いますぐ病院へ行って来るんだ」
小梅どころか、敬愛するまほに厳命されてしまってはさすがのエリカも練習に参加するわけにはいかず、まほの配慮で先輩が操縦するドラッヘで病院へ急行することとなった。
「エリちゃん、良かった。もう間に合わないかと思ったよ……」
エリカが病院につくと父と姉は既に分娩室前で母の出産を見守っていた。
2人から状況を確認したエリカがソファに腰かけようとした瞬間、まるで家族全員の到着を待ち構えていたかのように分娩室の中から誕生の証である赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
ホッと息をつく父と姉の姿を見て、病院へ来るまで実感の無かったエリカも無事生まれて良かったと安堵の表情を浮かべていた。
そしてそのすぐ後、エリカは父や姉とともに病室に移された母親、そして生まれてきた妹と対面した。
ベッドで心地良さそうに眠る妹はエリカや姉、母と同じ銀髪で、エリカはアルバムで見せてもらった幼い頃の自分や姉の姿を思い出し、「本当に私の妹なんだ」と感慨深げに小さな妹の顔を眺めていた。
「どう、エリカ。妹は可愛いでしょ?」
「……まあ、そうかもしれないわね」
病院に着くまでは実感すらわかなかったのに、実際に目の当たりにしてからエリカの心の中で少しずつ姉の自覚と妹の可愛さへの想いが芽生え始めていく。
エリカは無意識の内に指で妹の小さな手に触れていた。
温かく、少し力を入れたら折れてしまいそうな細い指に優しく触っていたところ、その刺激に反応したのか妹がエリカの指をそっと握りしめてきた。
握りしめたといっても、うっすら握られているのがわかる程度のほんの小さな力に過ぎなかったが、その弱弱しさと可愛さはエリカの心を掴むには充分過ぎる仕草だった。
それ以来、エリカによる妹の溺愛が始まった。
誕生当日、時間の許す限りひたすら妹の顔を眺めながら手に触れ続け、帰る際にも名残惜しそうに妹との別れを惜しんだのは勿論のこと、スマートフォンの待ち受け画面は妹の写真に変わり、それ以外にも母から送ってもらった写真や動画で容量はパンク寸前にまで膨れ上がっていた。
「やっと首が座るようになったのよ? 可愛いでしょう?」
小梅を始めとしたチームメイトは勿論のこと、隊長であるまほや遠く大洗のみほにまで、妹がどれだけ可愛いのか話さずにはいられず、隙あらば妹自慢をするようになっていた。
母に無理を言って妹を会話に出してもらい、「お姉ちゃんよ。元気にしてた?」と会話することも多々あり、それを目撃した後輩に唖然とされることも珍しくなくなってしまった。
こうした変貌っぷりに一部のチームメイトからは何度か心配の声を掛けられたものの、彼女たちの心配を他所にエリカは戦車道を疎かにするどころかより一層戦車道に打ち込んでいった。
『お姉ちゃんとして妹にカッコ悪いところは見せられない』
姉としての自覚に目覚めたエリカは妹の存在を励みに努力を重ね続けると同時に今まで彼女の欠点と言われ続けていた性格面での課題も解消するに至った。
すぐにカッとなる短期な面は影を潜め、何が起こっても穏やかに冷静に対応できるようになり、まほが引退するころには、シスコンが過ぎる点以外は新隊長として相応しいと内外からも高い評価を受けるようになっていた。
新隊長として万全のチーム作りを続けながら、OGや西住流上層部を始めとした関係者への対応等もこなし、時間を見つけては実家へ顔を出し、妹と触れ合う。
それが3年生へと進級したエリカの日常となっていた。
体力に自信があるエリカ本人からしてもハードスケジュールであったものの、抱きかかえた時に妹が見せるあどけない笑顔やベッドでの無垢な寝顔を見るだけで全て報われる気持ちになってエリカとしてはまったく苦にはならなかった。
これだけ充実した生活を続けたエリカに隙があるはずもなく、全国大会では決勝で前年敗北したみほ率いる大洗女子学園を破り、優勝旗を黒森峰に持ち帰ることとなった。
常勝校を立て直した英雄として賞賛を受けたエリカの元には数多くの大学からお声がかかり、中には海外の大学から留学のオファーがあるほどだったが、その中からエリカが選んだのは大学における戦車道の名門校でも海外の大学でもなく、戦車道の実力としては中堅クラスであるはずの地元熊本の大学だった。
表向きには生まれ育った地元の大学で、どこよりも熱心にオファーをしてくれたからとエリカ本人は語っていたが、最大の理由は実家に戻ることが出来て妹と長い時間一緒にいられることなのは言うまでも無かった。
車両の質も隊員の技量も黒森峰と比べると劣る環境ではあったものの、エリカはそれを不満に思うこともなく着実に日々の訓練を重ねながら、講義や訓練の無い日に妹を公園や動物園に連れて行ったりと妹を可愛がる日々を満喫していた。
一度、エリカの妹を妹ではなく、エリカの娘だと勘違いされて大騒ぎになったことがあったものの、それ以外は大きな問題が起こることもなく、エリカは充実した大学生活を過ごしていき、2年生の頃からは大学選抜に選ばれるまでになっていた。
エリカにとって選抜チームの試合や合同練習で妹の元を離れる時間が増えたのは辛かったものの、これも将来のためと必死に耐えしのいで遠征に臨んだ。
妹が自分の雄姿を覚えていてくれる年齢になるまで大きくなるまでは戦車道で活躍していたい。
そのために大学選抜を足掛かりに実績を積んで卒業後は地元のプロチームに所属する。
それならいつでも妹に試合を見せてあげることができる――。
人生の新たな目標を達成するためにエリカは今日も妹の写真を大事に抱えながら戦車でフィールドを駆け続けていた。
全ては最愛の妹のために。
今やエリカにとって妹の存在こそが生きる糧であり、人生そのものだった。
なんとなく思いついたので書いた短編です。
エリカはきっと良いお姉ちゃんになると思います。