風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《バーサクわっしょい!》I

「ダチョウ、まつり?」

 

 その日、俺は商店街へ買い物に出かけていた。

 さらさらと書き込まれた食材のメモから、ふと顔を上げて気づくのは、普段と違う商店街の顔。何やらのぼりや看板がところどころに立てられており、はてと首を傾げる。

 

 ダチョウ。あのダチョウだろうか。ミンミン鳴いて、コヨーテから逃げ続ける、あの。祭りというと、いっぱい来るのだろうか。ミンミン鳴いて、コヨーテから逃げ続ける、あのダチョウが。……どこからくるのだろうか。ミンミン鳴いて、コヨーテから逃げ続ける、あのダチョウが。

 

「そう、ダチョウがテーマなんだ。やっぱり、人を呼ぶにはインパクトが必要だからね」

「ああ、会長。どうも」

 

 商店街のど真ん中、道の中央でぼんやりしていると、ふと後ろから声がかかった。

 振り向けば、商店街の会長。いつも通りの好々爺然とした笑みを浮かべて、楽しげに手を挙げてくる。軽く頭を下げて挨拶すると、何やら目を丸くして俺を上から下まで眺めた。

 

「……え、今日は……客、なのかい?」

「そこまで驚かれますか」

「いや、だって、ネギのささった袋を、一人で、小波くんが……ええ……?」

「そこまで、驚かれますか……」

 

 スタミナ切れみたいにへたってしまった。

 俺の扱いは日に日に金なし野郎で安定してきていることは知っていたが、まさかここまでとは。いや、そんなことは良いんだ。

 

「まあ、そんなところです。それより、このダチョウっていうのは」

「ダチョウ牧場と契約して、イベント用に何羽か借りたんだよ。ダチョウに触れて、ふれあえるんだ」

「なるほど。……そういえば明日は休日でしたね」

「そうそう。だから今日は前準備なのさ。商店街の重要メンバーも集まってくれている」

 

 指さした方角――といっても商店街の集会所だが。そこには、わっせわっせと機材を運び出している見覚えのある面々が見て取れた。

 商店街振興のためか。……なんでダチョウなんだろう。好きなのかな、会長。

 ミンミン鳴いて、コヨーテから逃げ続ける、あいつのことが。俺も好きなんだけど、あまりぐいぐい行くと引かれそうだ。

 

「しかし、大丈夫かね」

「先生ー、何か心配事?」

 

 お? 聞き覚えのある声がして、そちらを見れば。

 野球チームのメンバーでもある先生と、武美がこちらに向かってやってきているところだった。会長が声をかけると、二人も気づいたように歩み寄ってくる。

 武美なんかはご機嫌に表情を緩ませてのご登場だ。

 

「深紅さん、やっほー……………え、お買い物?」

「やあ会長。小波くんも…………え、お買い物?」

「もういいですよそのリアクションは!」

 

 ああもう。

 

「それより、どうしたんですか」

「ダチョウはキックが強力だからね、万が一、お客さんにケガでもさせたら商店街のイメージが一気に悪くなるじゃないか」

「おお~、なるほど~。あたしは全然思いつかなかったな」

 

 そう。ダチョウはキックが強力なんだ。俺もよく知ってる。あと足が速い。速すぎて下半身が車輪にしか見えなくなるくらい速い。スケート靴や磁石でも追い付けない。

 

「……なんで深紅さんはそんなに誇らしげなの。ダチョウ好きなの?」

「小波の家で見たダチョウとコヨーテが鬼ごっこする話が大好きなんだ」

「…………ああ、これか」

 

 こいつさては今ウェブで検索かけたな。

 と、武美とあれこれダチョウについて話していると。

 慌てた様子の木川が向こうからやってくるのが見えた。

 

「た、大変だ!」

「どうしたんだね」

「ダチョウがいなくなってるんです!!」

「まさか、逃げたのか?」

 

 勢いよく木川が首を縦に振る。

 

「あ~、良かった。これでお客さんは怪我しないね♪」

「ば、馬鹿!それじゃイベントはどうなる!」

「しかも、逃げたダチョウがどこかで事件でも起こしたら…。ああ、想像するだけでも大変なことに」

 

 先生と会長が頭を抱えるのは良いが、いや良くないが。

 とりあえず。

 

「檻の方に行きましょう。ここで頭を悩ませても仕方ないですし」

「あ、ああ」

 

 会長の先導で檻へ向かう。

 

「……あたしのことバカって言った」

「とにかく、ダチョウを探そう」

「む~~」

 

 ……しかし武美。

 

「なんか言動がわざとらしくないか?」

「そんなことないよ! やだなあ、深紅さんは!」

 

 

 

《バーサクわっしょい!》I――ダチョウ祭り――

 

 

 

 

「よし、一匹捕まえた」

 

 首元を掴んでしがみつくように抱き込むと、路上を走っていたダチョウはおとなしくなった。……しかし、やっぱり速いな。一匹捕まえるだけでもだいぶ骨が折れたぞ。

 

「こいつはおとなしいやつだな」

 

 後から追いついてきた権田が言う。

 振り向けば、他にも何人かが探しに出ているようだった。

 

「権田、あと何匹居るのか知ってるか?」

「他に誰かが捕まえていなければ、あと十匹だな」

「まだそんなにいるのか」

 

 参ったな。どこに逃げたのかも見当がつかないし、何よりこうして一匹一匹捕まえるのは手間だ。

 

「ひとまず、そのダチョウは俺が檻まで連れていこう」

「ああ、頼――」

 

 権田にダチョウを譲り渡そうとしたその時だった。派手なクラクションと共に、近くを通りかかった車が止まったのは。ウィンドウが下りて、顔を出したのは十字傷の目立つ青の男。

 

「よお、深紅! 今日はダチョウの世話か?」

「椿! さてはお前の仕業か!」

「さあて、どうだろうね。それよりも、とっとと逃げたダチョウを捕まえた方がいいんじゃないのか?」

「……商店街の妨害でも依頼されたのか」

「そんなところだ。さあて、お前はどうしてくれるんだ?」

「お前を楽しませるつもりはない」

 

 言って捨てると、椿は眉を寄せ、そうかよ、とだけ呟いて車のウィンドウを締めると、つまらなそうにアクセルを踏んだ。

 

「……今のは?」

「腐れ縁の野郎だ。金で雇われて何でもする悪党。おそらく――」

「ジャジメントに妨害を命じられた、か。クソ、やってくれるじゃねえか」

 

 が、と地面を蹴って権田は気炎を吐く。

 

「ああ、逃げたダチョウが向こうに固まって走ってるでやんす!」

「まずい! このまま隣の町に入られたら大騒ぎになってしまう!」

「じゃあ、早く止めないと。誰か車だ、車持ってこい!」

 

 カンタ君と会長、先生の声に、権田と俺は顔を上げた。見れば、確かに集団で脱走するダチョウたちの姿。

 

「車……? そんな時間はないだろ。権田」

「ああ、十匹居るな」

「よし、じゃあ行ってくる」

「くえ!?」

 

 捕まえていたダチョウに飛び乗る。

 まあ要領は乗馬と変わらないだろう。

 

「お前ならやりかねないとは思ったが、大丈夫なのか?」

「ああ。その代わり、権田」

「分かってる。俺は犯人を探す。あと、お前の捕まえたダチョウのカバーリングは周囲にやるよう言っておく」

「頼んだ」

「お互いな」

「よし、行くぞロードランナー!」

「……名前付けたのかよ」

 

 言葉を交わして、ダチョウの腹を蹴る。これで走り出すかどうかは不安だったが、思ったより上手くいった。

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 

「やるな、深紅。だが、それでこそオレの価値も上がるってもんだぜ」

「商店街の邪魔はさせねえよ」

 

 何とか十匹のダチョウを集め終えた俺は、そのまま商店街へと戻ってきた。

 俺の走路にふざけた妨害の爆弾を置いていった椿の野郎はさておき、ひとまず一仕事終えて頑張ったダチョウをねぎらう。

 

「くえっ」

「よしよし、よく頑張ったなロードランナー。お前の学名はスバシッコクテハヤインスに違いない。おかげで商店街は窮地を脱したよ。おおよしよし」

「……お前は何を言ってるんだ」

「権田か。紹介しよう、うちのロードランナーだ」

「そいつはダチョウ牧場のものだし、名前も多分別にあるだろうよ。何を言ってるんだ」

「そんな……お前は、ロードランナーだよな? 俺のパートナーだよな?」

「くえっ?」

「ほら、そうだってよ!!」

「今明らかに疑問符あったろうが」

 

 ダチョウを全て回収し終え、あとの雑多なものを全て任せていた権田が戻ってきた。

 俺とロードランナーの絆についてはさておき、細かな情報を聞くことにする。

 

「ダチョウ祭りは中止になった。当たり前だが、こんな管理不行き届きを見せておいて明日も貸してくれなんて言うわけにはいかねえからな」

「そうか。で、どうするんだ?」

「……野球イベントをすることにした」

「野球イベント?」

 

 ああ、と権田は鷹揚に頷く。

 

「ほら、お前が以前に言ってくれたことがあったろが。野球でこの町を宣伝するのも良いんじゃないかってよ」

 

 そういえば、そんなことを告げたような気もする。あれは確かカシミールの帰りだったか。

 

「俺なりに考えてみたんだ。……元々、ビクトリーズはただの草野球チームで、商店街への貢献どころかただの遊びでしかなかったが……奈津姫の旦那のおかげで強くなって、今もこうしてお前のおかげで強くなってる。今なら、商店街の看板を張れる」

「……その、意志表示か」

「おう。背水敷いておけば後戻りは出来ねえしな」

「……負けられなくなるな。そうなると」

「当然だぜ」

「ところで、俺は何かした方がいいのか? 野球イベントの手伝いとか」

「ああ、設営は頼みたいんだが……なあ、ちょっと聞きたいんだけどよ」

「ん?」

 

 権田の言葉が濁る。

 どうしたんだ、と彼の目を見れば、視線の先には俺の左手……買い物袋。

 

「……お前、金あったの?」

「お前までそれを言うのか! お前までそれを言うのか!」

「ま、いいや。手伝いは明日の朝来てくれればいいからよ、今日は帰って休んでくれ。これ以上小波を働かせたら……帰りを待ってるヤツに迷惑だろう」

「……いや、別にそんなことはないと思うぞ?」

「やっぱ居るんじゃねえか」

「あ」

 

 笑いをこらえられない、といった様子で権田は口元を抑えた。

 この野郎、やってくれるじゃねえか。

 

 ……実際、今日の俺は頼まれた買いだしに出てきていただけだ。こんなことになるとは思っていなかったが。とはいえ、そんなに察せるものかよ。

 

「テント無くなってたしな。まあ、旅に出たとは思わなかったが」

「そうか」

「見捨てねえって約束してくれたしな」

「……」

「まあともかくだ。明日の野球イベントに来てくれりゃ構わねえよ」

 

 話はそれだけだ。と、片手をポケットに突っ込んで権田は去っていった。

 ……はあ。さて、俺も帰りますか。

 

 ……新しい家に。

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、ご主人様♡ お風呂にしますか? シャワーにしますか? それとも、湯・浴・み?」

「そんなに臭いですかねえ!?」

「いらっしゃいませお客様、大浴場はあちらとなっております♡」

「会話をしてくれ」

 

 2DKのアパート。二階建ての二階角部屋。

 そこが、俺の新しい住所だった。

 

「おかえりなさい、小波さん」

「ああ、えっと……」

「ただいま帰りました、我らが准様、でいいよ」

「よくねえよ。……ああっと、ただいま」

「はい、よくできました」

 

 ……そして、彼女が俺の同居人もとい居候先もといなんだ、半ば強引に俺を住まわせた……なんだ?

 

「飼い主?」

「俺はペットか何かか」

「まあそんなことより、さっさと入って」

 

 玄関先での会話はようやく終わり、彼女は絹のようなその長髪を背になびかせて部屋の奥へと戻っていく。……あいつ、髪を降ろすと誰だかわかんないや、ってくらい印象が変わるのだ。紺のパーカーのような部屋着にもびっくりしたが。あんな格好するんだ、みたいな。

 

 彼女曰く、髪は店でセットしているとのこと。

 そうすることで、家を追跡されないようにしているとかなんとか。やっぱり、髪型が変わるだけで人間分からなくなるものだなと納得した。

 

「はいはい、帰ってきたんだからすぐにさっぱりする。部屋着はこれ!」

「あ、ああ」

 

 そして、彼女は意外と店に居る時と雰囲気からして違った。

 なんだろう、まず一つ目がこう、ただいまを強要するというか。ここが俺の家であると、認識させたいような。……こんないい匂いのする家が俺の家のはずないじゃないか。もっとこう、明かりをつけると蛾が寄ってくるような……。

 

 自分で言ってて悲しくなってきたな。

 

 風呂場に放り込まれ、半ば仕方なくというか、シャワーを借りることにする。

 貧乏性だし慣れているから、お湯は出さない。ガス代勿体ないし。

 

 ……部屋着に関しては、俺を家に連行したその日に彼女が採寸して、気づいたら仕立て上がっていた。初のオーダーメイドが上下のスウェットというのはまた微妙な話だが……それ以上に何だろう。どうして俺にそこまでしてくれるのかが不気味で怖い。

 

 少なくとも、決して好感度は高くないはずなんだが。

 

 金ないし、すげえディスられてるし、馬鹿にされてるし。対等以下とか言われたことあるし。……たぶん、あの雨の日に死ぬほど嫌われただろうし。

 

 かといって俺を無理やり家に上げる理由もまた分からない。人にするってなんだ。

 

 シャワーを浴び終えて、脱衣所に戻る。

 俺の荷物は、元々彼女の被服の物置になっていたところに置いてある。というか、そこで寝れと言われた。まさか、布団で寝ることが出来るようになろうとは。至れり尽くせりである。

 

「はい、お座り」

「だから俺はペットか」

 

 着替えて出ると、キッチンに置かれた簡易テーブルの上に食事があった。

 今日俺が買い出したものがちょこちょこ見て取れる。

 

 准は既に座っていて、その対面にも折り畳みの小さな椅子があった。

 ダイニングキッチンとはいえそこまでキッチン部分の面積は広くないが……こうして二人で座る分には問題ないというか。

 

 言われるがままに着席して、いただきます。

 

「何故こんな美味しいものを作る奴が、マスタードサンドマスタードなど……」

「あり合わせでレシピ通りなら、誰でもこのくらいは作れるよ」

「そういうものか。……なあ准」

「ん?」

「俺の分までご飯作って……バイト代、頑張って溜めてるんだろ?」

「その割にしっかり食べてるじゃない」

「いや、それは、こう、やはり目の前に出されたものは生きとし生ける全てに感謝して食べるべきだろう」

「じゃあ、良いじゃん」

「そういう問題なの!?」

「そういう問題だよ」

 

 小さな箸を動かしながら、もちもちと食べ続ける彼女。数か月前はまさかこんな関係になると思っていなかった――いや今も思ってねえけど。准の考えが、分からない。

 

「遠慮されたら困るから言っておくけど、自炊って一人だと全然節約にならないんだよね」

「そうなのか?」

「うん。お弁当買って食べてるのと全然変わらない。食材なんてすぐ腐るし。だから、二人分の食材を買って綺麗に消化するのと、私が一人でお弁当買って食べるのは殆ど値段一緒だから。気にしないで食べなさい」

「貴方のような人ばかりなら、恵まれないアフリカの子供たちも救われるでしょう」

「拝まないでよ……」

 

 ……なんか、それでもおかしい気がするけれど。

 これ以上突っ込んでくれるな、といった感じの壁を感じたので黙っておく。

 ありがたいのは確かなのだ。ただ……これでいいのかと俺の心が囁くだけで。

 

「変な顔してるね」

「また人の顔をそうやって!」

「……気にしなくていいって言っても気にするなら、何も考えられないようにしてしまうのもありか」

「怖いこと言わないでください。いや、これは俺の問題というか」

「そっか。貴方がそれをここでぐちぐち呟けるくらいになったら、少し関係の改善を考えてあげる」

 

 それまでは、このままね。

 そう、准は言って笑った。彼女が何を考えているのか、俺にはまだ分からない。

 

 




准の家って本編で言及されてないよね?
なんか喫茶店住み込みで働いてたみたいな話をどっかで見た記憶があるんだけど、再プレイしまくっても、調べても、一つも情報ないので、もし矛盾あったらこの作品ではこんな感じということで一つ。

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