風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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安藤小波=8主です。


《ワクワクなえぶりでい》II

『あ、正義の味方!!』

 

 夜の公園で呼び止められ、ゆっくり振り返る。

 そこには少し前に路地裏で知り合った一人のプロ野球選手が居た。

 

 名を、安藤小波。プロ野球選手というのは表の顔で、裏ではサイボーグ同盟と戦うCCRのエージェント。――ツッコミどころ満載のその設定に、さらに裏設定まで備わっていることを当時の俺は知る由もなかったが。

 

『……何の用だ? 俺は正義の味方を名乗るには少々至らぬ存在だが』

 

『冗談の通じないヤツだな……。っと友子。こいつがこの前話した正義の味方さんだ』

 

『ど、どうも~』

 

 夜。それも大男の後ろに居たせいか気づかなかったが、影に隠れて一人の少女が居た。茶髪で根が明るそうな、雰囲気の良い少女と言えた。

 俺のことを上から下まで見て随分訝し気な目を向けてくる以外は。

 

『やあ。それで安藤、何の用だ?』

 

『別に何の用ってわけじゃないけど。たまたま通りかかったら知り合いがいたんだ。声も掛けるだろ』

 

『ふむ、そういうものか。覚えておこう』

 

『……お前その口調作ってんの?』

 

『いや、素だが』

 

『そっか……』

 

『変だろうか?』

 

『まあ、ヒーローでも演じてるのかってくらいにはな。少し砕けた話し方を考えてみたらどうだ?』

 

『……お前のような?』

 

 野球帽にユニフォーム。安定の格好をした安藤にそう問い質せば、隣に居た友子という少女がバツが悪そうに頬を掻いた。

 

『安藤くんはちょっと砕けすぎな気もするけど』

 

『あれ、はしごを外された!?』

 

 殺伐とした戦場で、サイボーグの血にまみれて知り合った男が。こうもにぎやかで愉快な世界に生きているのだと思うと、少々眩しくも感じる。

 しかしこれが、少しの季節を共にする安藤小波と森友子との出会いだった。

 

 

 

《ワクワクなえぶりでいII》――頼まれた小さな用事――

 

 

 

 

 

 川のせせらぎが耳に心地いい。

 河川敷がしっかりと整備されているほどには広いこの川は、ブギウギ商店街からこの先ずっと――あの街まで続いている。

 俺が、一組の恋人と共に過ごした――おせっかい野郎と笑顔で罵られたあの街まで。

 

 ふ、と微笑み交じりに吐いた息が、眼前の釣り糸をほのかに揺らした。

 餌もないのに釣れるかどうかは怪しいところだ。魚の餌に用意したキノコは昨日の空腹で平らげてしまったし。

 いやそもそもキノコが魚の餌になるかは分からないが。

 

 昨日、ブギウギ商店街に辿り着いた俺はそのままこの街にしばらく滞在することになった。商店街の会長からは許可も取ったし、俺としてもここに居る口実が出来てありがたい。

 

 それが野球とは……ほとほと縁があるなと思ったが。

 

 さておきだ。

 こうしてこの街に(無料で)滞在できることになった以上、俺にはすることがあった。もちろん野球チームに所属して助っ人として働くのも大事だが、――件の友との約束を果たさねばならない。

 

 水面に小さく魚が跳ねた。

 昔公園で鯉を釣って食べようとしたら、慌てて小波に止められたっけな。

 その時は珍しく小波より友子が俺に気づいて、いつも通りの声の掛け方で後ろから――

 

「よっ、兄さん」

 

 我に返る。水面にぼんやりと映るのは、茶髪の――まさかと思い振り返れば。

 似ても似つかない少女がそこに居た。

 

「どう、なんか釣れてる?」

 

 小首をかしげ、何故なのかは分からないが愉快そうに。

 ふわりと揺れる赤いリボンが可愛らしい。

 俺は小さく、隣に置いてある空っぽの魚籠を一瞥してから答えた。

 

「……ああ、いい河だな」

「でしょー? あたしも、大好きだよ。……あ、あたしは広川武美。商店街で漢方薬売ってるんだ。で、あっちが奈津姫」

「――」

 

 けらけらと。その屈託のない微笑みはどうしてか友子と被る。

 努めて気の無い風を装って彼女の紹介通りに河川敷の方を振り返れば。

 そこには、見知った顔があった。

 

「昨日は、どうも」

「ああ、カンタ君のお母さん。おはようございます」

「おはようございます。……まさか、ご滞在を?」

「……」

 

 確かにテント一つでしばらく居座るのは妙に思われるだろうか。

 ちらりと少女――広川武美と名乗った彼女を振り返る。

 

「ん? なんかあたしの顔についてる?」

「いや。……まあ元々気ままな旅ガラスですから。少し用事があったのと……新しく出来たので、しばらくは」

 

 軽く返事と思いそう口にすると。

 なんだか微妙そうな顔をしたカンタ君のお母さん。

 隣で広川さんは楽しそうに笑っていた。

 

 しまった。昨日のドリルメイドもそうだが、旅ガラスはやめておけば良かったか。

 

「あ、そろそろお店の準備しなきゃ」

 

 と。広川さんは思い出したように手を打った。

 

「あ、そ、そうね。それじゃ失礼します」

「じゃあね、旅ガラスさん」

 

 これ幸いと逃げ出すようにカンタくんのお母さんが去っていく。

 最後まで手を振っていた広川さんはともかく、なんだか分からないがカンタくんのお母さんには物凄く嫌われている気がするぞ……?

 

 ……しかし。と思う。

 

「そうか。彼女が広川武美、か。……小波、友子。お前らとの約束、果たせそうだ」

 

 

 

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 

 

 

 あの後、再び会ったカンタくんのお母さんには物凄く説教されてしまった。

 なんでも定職を見つけろとか。カンタくんが俺にそこそこ懐いてくれているので、それが悪影響になるのを嫌ったらしい。

 

 いやそんな心配しなくてもこんな旅ガラスになるようなことはないと思うけど。

 

 職が見つかるかはさておき、少し街を探索しなければならない。

 どっちかというと今日の食を見つけたい。切実に。

 

 ああ、腹減ったなあ。

 

「……ん?」

 

 店長の新作コーヒー無料……?

 

 恐ろしい看板を見つけてしまった。

 ええいこの際コーヒーでも構わないさ。腹が満たされるような気がするだけでも満足だ。

 

 立て看板のちょうど真横にあった喫茶店へと足を踏み入れる。

 からんころんとカウベルのような優しい鈴の音とともに、小洒落た喫茶店の内装が目に入った。なるほど、そこそこの広さはあるし店の中は綺麗だし、……金があったら毎日来たい。う、目から汁が。

 

「いらっしゃいませぇ、ご主人様♡ ……あれ?」

「君は、昨日の」

「おかえりくださいませぇ、ストーカー様♡」

「違う!! 偶然だ!! というか、むしろこんな凄い頭のメイド避けてたまである! ……ってあれ? この店の中だと全然違和感ないな」

「随分言いたい放題言ってくれるじゃないの。それはそうよ、この店の為の格好だもの」

「ってことは、君はここの店員さんなのか」

「はい、ご奉仕させていただきます、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま?」

「なんだろう。寒気がした」

 

 少々気が動転した、というかさせられたが、彼女はこの店の店員だったらしい。

 なるほどそれなら納得……いやおかしいだろなんでメイドなんだ。

 

「こちらのお席へどうぞ。――ご注文は?」

「店長の新作コーヒーを」

「……ほかには?」

「え?」

「ほかには?」

「いや、その」

「あちらのお扉へどうぞ?」

「帰すなよ!! ていうかあっちって裏口!?」

「店長室」

「取り調べでもされるんですか!?」

 

 脳内でごーん、と重鐘の音でも鳴ったか、酷く頭痛がするのを抑えつつ。

 ちらりと見れば、彼女はハイライトの消えた瞳で俺を見つめ続けている。

 

「で、ご注文は?」

「……は、ハムサンドを……」

「かしこまりました、ご主人様♡ ――店長、新作コーヒーとハムサンド入りまーす」

 

 これ完全に脅しか何かでは!?

 フリル付きのスカートをひらひらさせて厨房に引っ込んでいく彼女を送る気分はドナドナ。勢いでハムサンドなんか頼んでしまったけれど、金はないぞ!?

 いや、あるけど、あるけどこれは小波から貰った「大事な時に使う金」!

 これが大事な時でいいのか!? いいやよくない、よくない!

 

 ……いや待て、むしろ今という危機を乗り越えなければ、ブギウギビクトリーズを勝利に導くのは難しい、か?

 そう考えればいいのか?

 

「お待たせいたしました、ご主人様♡ 新作コーヒーとハムサンドです♡ ごゆっくりどうぞっ」

「あ、ああ」

「ごゆっくり、ね……」

「こええよ!!」

 

 後ろを通過する時にぼそっと呟かれた言葉。

 本当にちゃんと店員さんなんですよねこの人!?

 

 その後、彼女は他の客の接客でばたばたしていたが、時たま様子を見るように俺に目を配っていた。心配しなくても俺は食い逃げなんかしねえよ……。

 

 にしても困った。

 本当にどうしよう。

 小波、すまん。やはり俺には、お前からもらった金を使うしか方法が――

 

「あれ?」

 

 シンクノムネポケットに入れておいたはずの封筒がない!

 落とした!? 失くした!? 奪われた!?

 

 そういえば今日河川敷のイッヌが俺のテントから何か持っていったような夢を……アレ、ユメジャナーイ!!

 

 嘘だろ……。

 

 頭を抱えてテーブルにへたりこむ。

 すまない小波……お前から名前を貰った男は、こんなにも無様なヤツなんだ。

 ハムサンド、美味かったなあ……最後の晩餐は、人並の食事が出来て良かったと思うべきか……。

 

 

 

 

「ごめん准ちゃん、会計お願い」

「じ~~~♡ ……へ? あ、はーい」

「あのさ………………払うわ」

「え? ああ良いですよ。私が後で建て替えるので」

「……?」

「お金ないの知ってましたし。からかっちゃおっかなーって」

「…………知り合い?」

「昨日、ちょっと助けて貰っただけですよ」

「准……人が悪い」

「なので、大丈夫です」

「………………」

「維織さん?」

「…………なんでもない。これ、お金。…………じゃあね」

「はい、ありがとうございました。……あれ?」

 

 

 

 

 どうしよう。食べたもの戻したら許してくれるだろうか。

 皿洗いとかでどうにかなるか……?

 

「お兄さん」

「はいい! えっと、その!」

「あはは、もう良いよ。お金ないの知ってたし」

 

 へ?

 

 楽しそうに笑う彼女は、悪戯っぽく目じりを下げて……よく分からないことを言った。

 

「昨日自分で言ってたじゃん。お金ないから割引券貰っても仕方ないって」

「ならなんでハムサンド頼ませたんだよ!」

「ハムサンドを頼んだのは貴方だよ」

「ぬぐっ」

「……ていうか、よく無料コーヒーだけ飲みにこようとか考えるなあ」

「仕方ないだろう。金のない人間にとって、無料の二文字は神にも等しい」

「はいはい。……だから、昨日のお礼ってことでいいよ」

「……ま、マジか?」

 

 おお、なんだかドリルメイドさんの背に後光が差して見える……シャンデリアの明かりだけど。

 

「元からそのつもりだったんだけど、貴方があんまりにも面白いからつい」

「ついじゃねえよ!! 心臓はじけるかと思ったんだぞ!」

「財産がはじけるかどうかはこれからする会計次第だけどね」

「俺が悪かったです」

 

 どす黒いオーラを纏って目を逸らすのやめていただけませんか。

 俺が打ちひしがれていると、しかし彼女は呆れたように手を両天秤の如く上げ嘆息した。

 

「とはいえ。結局維織さんが貴方の分まで払っていったんだけどね」

「維織さん? ってさっきの女の人か。なんで?」

「知らないわよ。むしろ知り合いじゃないの?」

「いや、まったく。しかし、次に会ったらお礼を言わなきゃならないな」

 

 命を繋いでくれたようなものだ。

 だが安堵した俺とは裏腹に、ドリルメイドさんは俺から顔を逸らしてぽつりと呟く。

 

「……おもしろくなーい」

「俺はピエロでもなんでもないんだが!?」

「本当なら私がするお礼だったのにさー」

「お礼をする気があるなら俺の心臓を労わってくれ……」

 

 げっそりと俺がそう言うと。

 彼女はしかし、何も言わずにニタリと笑った。

 

 これが、この喫茶店での日常の始まりだった。 

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