風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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 やりすぎた(意味深)。だが後悔はない。



《旅ガラスのうた》VI

 

 

 ――ジャジメントスーパー、支店長室。

 

「くっくっく、今週は、二軒も店をたたませてやったぞ。その土地はすでに買収させてもらった」

 

 ジャジメントスーパー支店長太田洋将は、いつものようにデスクにふんぞり返り、手元の書類を放り投げて笑っていた。

 そろそろ計画も大詰め。年内に商店街をどうにかせねばとは考えているが、その道筋はおおむね順調と言えた。

 そうともなれば、高笑いの一つもしようというものだ。

 

 そんな彼の笑い声をバックグラウンドに、応接用のソファでだらける男も一人。

 

 勝手に給湯室で淹れてきたコーヒーを飲みながら、思いついたように声を上げた。

 

「ところで、支店長。会長の狙ってるお宝なんだが、ちょいと情報を集めてみた」

「ほう、それは聞きたいな」

 

 両腕をソファの背に乗せながら、講釈を垂れるように彼は続ける。

 

「前の戦争中、米軍の爆撃機が遠前町に墜落したそうだ。大都市の上空で被弾して、この街まで逃げてきたらしい」

「ふむ、それで?」

「墜落による火災で商店街は全焼した。パイロットは脱出したが、捕虜になって終戦を迎えてる。そしてそのパイロットは、五年前に病院で亡くなった」

 

 そこまで言って、椿はコーヒーを飲みほした。

 一息ついて余裕の表情。さあ続きを催促したらどうだ、とばかりの彼の振舞いに、額に青筋を浮かべながら太田は急かす。

 

「もったいぶるな。そのパイロットがどうしたんだ」

「それがな」

 

 椿はまるで敏腕コンサルタントか弁論家か何かのように言葉を溜め、そして告げた。

 

「ゴルトマン会長のいとこなんだよ」

「なに!? 五年前か……たしかに、その頃から会長はブギウギ商店街に興味を示していた。私が、この土地の調査を命じられたのも四年前なんだ。じゃ、爆撃機に何か積んでいたのか?」

「さてな。パイロットの個人的なお宝かもしれん」

 

 組み上がるピースに、思わず目を緩ませる男二人。グフフ、いやらしいですなお前ら。

 

「どうだい、楽しくなってきただろう」

「くくく……そのお宝を手に入れるためだけに、会長は何百億という金を使ってるんだ。つまらない宝のはずがない! そしてそれを会長が手に入れれば、尽力した私の未来も明るい!よーし、商店街は必ず潰す!」

 

 愉快そうに腕をまくり、なにかしらの書類に取り掛かった太田を置いて椿は立ち上がった。

 これ以上居ても楽しい話にはならないだろう。

 だが、とふと思う。

 

 これだけなら滑稽な男で済むかもしれないが、一応このままでは不憫だ。

 聞こえるかどうかは別にして、忠告の一つはしておいてやるかと椿は考えて、

 

「……ま、本当にすごい宝だったら口封じで殺されないように注意した方がいいと思うがな」

 

 それだけ言って支店長室をあとにした。

 

 彼の耳に届いたかどうかは重要なことではない。

 自分が思ったことを、忠告という形で告げておいた。それが、椿にとってのせめてもの良心というやつだった。

 

 または、正義の残り香ともいうかもしれないが。

 

 スーパーを出たところで椿は懐から携帯電話を取り出すと、ワンプッシュでとある人物をコールする。少し経ったところで相手が出たことを確認した彼は、軽い調子で口を開いた。

 

「ああオレだ。聞いた件の確認取ったら、ジャジメントのゴルトマン会長はこの件に何百億と使ってやがってな。遠前町でこんなことしてるのもそれが原因らしい」

 

 一歩を踏み出し、珍しく屈託のなさそうな笑みを浮かべて語るように言葉を続ける。

 

「……なに? ぶははははマジかよ! そいつぁお笑いだ! じゃあ、もうそろそろこの町に居る理由もなくなるな。……あ? 深紅? ああ、潰すぜ」

 

 まるでただ喫茶店か何かで語らうかのように、世間話よろしくこの町での大ごとを話題にしながら。

 

「……ん? 何を勘違いしてんだ。オレがあいつを潰すのは、野球で、だよ。野球。ベースボール。……デッドボールじゃねえよ。それじゃオレがあいつに潰されちゃうだろ。……ま、そんなとこだ。最後まで楽しく、この町で遊ばせてもらおうじゃねえの。愉快になってきたぜ、まったく」

 

 通話を切って、空を見上げた。

 

「ああ、今日は眩しいったらありゃしねえや」

 

 気持ちの良い晴天が、彼を照らしていた。

 

 

 

 

 

《旅ガラスのうた》VI――いつか帰る場所――

 

 

 

 

 

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 新参、或いは助っ人と呼ばれた彼らと、古参の商店街メンバーとの試合は幕を下ろした。結果として、助っ人側の勝利という形でだ。

 

「……く、そ。ちくしょう……負けた」

 

 木川が崩れ落ち、他のナインも悔し気に曇天を仰いだ。

 ただ一人権田だけが、空に小さく気炎を吐いて前を向く。

 

「……負けたぜ。だが、良い試合だった」

 

 手を差し伸べる権田の立ち位置は、今居るブギウギビクトリーズのメンバーの中心だ。彼が手を差し出したことの意味を理解できない者などいない。

 

 深紅はただ一度権田の顔を見る。

 そして、互いに小さく笑って、手を取った。  

 

「こちらこそ。楽しかったよ」

「……これで、また元通りだ。お前らを悪く言って、すまなかった」

 

 握手を終えた権田が深々と頭を下げる。

 そんな彼にどよめく古参のメンバーと、そして驚いたように助っ人たちも目を丸くする。

 それはそうだ。あれほどいがみ合い、戦った相手に対して完敗を告げたのだ。

 自分たちの今後、助っ人たちのこれから。ある種それを決定付けかねないその行為。

 

 しかしそんな彼を、そのままにしておくはずもなく。

 

「元通りではないさ」

 

 顔を上げてくれ。と深紅は権田の肩を叩き、そして周囲に目をやる。

 

「実力は見事だった。俺たちの見えないところで、しっかり練習していたんだな。みんなの努力は、これからのジャジメントとの闘いで役に立つ」

 

 まるで演説だった。

 権田から注目を奪うように深紅は続ける。

 

「俺たちは助っ人だ。いずれこの街を去る。だから、安心したよ」

 

 そして、だからこそやっぱり。

 

「キャプテンはお前がやってくれ、権田」

「な、いやそれじゃ示しがつかねえよ。こっちは勝負に負けたんだ。キャプテンはあんただよ。俺たちはこれから、あんたの言うことに従う」

 

 深紅は目を瞬かせ、何故かきょとんとして。

 

「え、えーっと。お、お互いの健闘を称えるとしよう」

 

 と権田の背に手を回すと、小声でどついた。

 

「おい、話が違うぞ」

「いいからやれよ、キャプテン。今年の最後まで」

「…………おのれ謀ったな」

 

 呆れたように権田から離れ、周囲に向かって深紅は言う。

 

「よし、じゃあ今から再び俺たちは仲間だ。共に商店街のために戦おう」

 

 おー!! と声を合わせる助っ人と古参組。

 

 そんな中、未だ立ち上がれないでいる木川のところへ向かう影があった。

 

「おい、立てよへっぽこ」

「……寺門」

 

 差し伸べられた手を払い、木川は鬱陶しそうに立ち上がる。

 するとしかし寺門は小さく笑って言った。

 

「なんだよ、立てるじゃねえか」

「当たり前だろ。ちょっと疲れてただけだ」

「その調子で頼むぜ。お前のこと、弱いと思ってたじゃねえか」

「……それは、どういう」

「今後はオレの打撃練習に付き合えよ。……三振に出来るもんならしてみやがれ」

「なんだそれ。……素直に僕の投球練習に付き合うって言えよ」

「違うね!! オレの打撃練習だ!」

「僕の投球練習だ!」

 

 ぎゃーすかぎゃーすか。

 

 寺門と木川が揉めているのはいつものことだが、その光景にはしかし今までに無かったお互いへの敬意のようなものが少しだけ見て取れた。

 

 そんな彼らを眺めながら、権田は隣の深紅に小さくこぼす。

 

「……つき合わせて悪かったな」

「協力するって言っただろ。俺の方こそ、ありがとう」

「何がだ?」

「俺たちを追い出そうとしないでくれて」

「……バカが」

 

 深紅の発言を鼻で笑った権田は、そのままバットを担いでグラウンドを後にする。 

 疲れた、とでも言いたげな背中を苦笑いしながら見送って、深紅は小さく伸びをした。

 

 ……ああ、終わった。

 

 ビクトリーズはまた一つになれた。

 

 こんなに嬉しいことは、今まであっただろうか。

 

 

「あーもう終わったか?」

「監督!?」

「まったく、俺の知らないところで青臭いことしやがって。明日からは以前通りに練習だ。遅れてくるんじゃねえぞ」

「あの、ひょっとして監督は今まで隠れてたんじゃ……」

「あはは、そうだろうね。みんな毒気を抜かれちゃったね」

「まったく、ひどい監督だ」

 

 ひょっこり顔を出した佐和田監督を、みんなが微笑ましく見守る。

 久方ぶりに感じるグラウンドの温かな熱は、じんわりと心の中に染みわたって。

 

「……そうだ。ひとつ連絡がある」

 

 先ほどまでは呑気に笑っていた会長が、手を叩いて注目を集めた。 

 

「ジャジメントが、年末のクリスマス後に試合を申し込んできたんだ」

「それはまた、寒い時期ですね」

「この試合のために、ドーム球場を借りてくれる」

「ええ!?」

 

 一難去って、また一難。

 しかしながら皆の顔は疲れを感じさせないほど引き締まっていて、会長は満足げに頷くと。満を持して、監督へと向き直る。

 

「ケーブルテレビで配信するほか、観客も集めるらしい。大勢の目の前で恥をかかせるつもりだろう。これに惨敗すれば、ブギウギ商店街が野球で名前を売るのは、ちょっと無理になるかもしれない。断ることもできるけど……監督はどう思われます?」

 

 そんな会長の問いかけに、佐和田監督は面倒臭そうに耳を掻きながら。

 それでも、周囲を見渡して言い放った。

 

「そうですねえ。いまはチームが一つですから、まず勝てますよ」

「監督、信じていいんですね」

「ええ、もちろん」

「それならば、ジャジメントの挑戦は受けよう」

 

 そうして、年末に最後の試合が決まった。

 深紅は小さく帽子の鍔に触れると、そっと目深にかぶり直した。

 

「……?」

 

 深紅のその行為を、武美は不思議そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、ご主人様♡」

 

 いつものようにとてかんとてかんアパートの階段を上って、最奥にある彼女の部屋の扉を開く。いつも通りに准が出迎えてくれていて、しかし何故かメイド口調だった。

 

「なんでメイドなんだ、その恰好で」

「いってらっしゃいませ、ご主人様♡」

「どこにだよ」

 

 片眉を上げて問いかければ、彼女は目を逸らして呟いた。

 

「この町からどこかへ」

「行かねえよ!!」

 

 相変わらずなんて奴だ、と目の前の失礼なメイドもどきを睨んだところで、しかしふと気が付いた。彼女にしては珍しく、というか。一周回って気圧されそうなくらい穏やかで優しい目で俺のことを見ていたから。

 

「……そっか。よかった」

 

 ことここに至って、ようやく彼女が何を言いたいのか気が付いた。

 ああ、俺はバカなのかもしれない。

 あれだけ心配されていたのだ。帰ってきたらまず報告するのが常だろうに。

 

 自嘲に笑みがこぼれる。

 

「准」

「ん?」

「ただいま。勝ったよ」

「……ん」

 

 もう一度「そっか」とだけ言って、准は部屋の奥へと引っ込んでいった。

 

 その背中をぼうっと眺める。

 華奢で、伸びた髪がさらさらと背に流れていて。綺麗だと思った。

 

 ……ああ、なんというか。

 なんだろう、この気持ちは。ほっとした、というのか。安堵には違いない。

 だが、何故。

 

「……深紅さん。いつまでそこで立ってるのよ。そこ貴方の部屋にする?」

「いや、なんかちょっとな」

「はい?」

「……帰って来られて良かったなって思ってさ」

 

 思ったことを素直に口に出来た気がする。

 そうだ。負けたら俺はこの町を出ていたはずだ。それが風来坊の生き方だから。

 けれど、俺は弱くなったのかもしれない。

 

 この場所に帰って来られたことで、こんなにも心が安らいだ。

 

「っ」

 

 そこから准の百面相が面白かった。

 目を丸くして、ついで若干頬を赤くして、それから黒いオーラを纏ってそっぽを向いた。

 

「ばかじゃないの」

「何故罵倒されたんだ」

「貴方が勝手にこの町を出るかどうか賭けしておいて、戻って来れて良かったってなに? そういうプレイ? ちょっと理解できません、ご主人様」

「性癖とかじゃねえよ!」

 

 部屋にあがって、キッチンにまでついていく。

 なんてこと言うんだと思ったが、それきり背を向けた彼女の様子はどこかおかしかった。

 

「准?」

「深紅さんさ。なんでかえって来られて良かったの?」

「……」

 

 思いもよらない問いに、言葉に詰まった。

 どうして、帰って来られて良かったのか。

 

 出て行かずに済んだことをようやく言語化出来たばかりの俺にとって、それは単なる掘り下げだった。けれど何故だろう、俺はここで考えるのを辞めてしまいたかった。

 

 だって、それを答えにしてしまったら。

 

「……答えて、深紅さん」

「何かが終わるかもしれないとしてもか?」

「貴方がそう思っていてもだよ」

「……そうか」

 

 彼女は振り向かず、動きすらしない。

 小柄で華奢な矮躯が、俺の目の前にぽつんとある。

 それがどうしてか寂しそうで、それでいて何か張りつめていて。

 俺は、言われなくてもこれが本当に大事な話なのだと理解した。

 

 それなら、本心をさらけ出すしかない。

 帰って来られて良かったと思えたのは、試合が終わった直後などではなかった。

 ビクトリーズが再び一つになれたことを喜びこそすれ、俺自身のことなんて二の次だった。……それが、どうしてこの部屋に戻ってきた途端そう思えたのか。

 

 そんなの、言葉にするまでもないんだ。本当は。

 

 この半年間無理やり言わされた「ただいま」も。

『人になって貰います』と宣言されて、一緒に過ごした思い出も。

 彼女には全部見透かされていた俺の行動も全て。

 

 全部が、この家で。彼女が居る場所で。

 

「ここが大事な場所で……いや、違うな」

「違うね」

 

 大事な場所なら、この町も、その前居た街も、その前に居た学校だって大事な場所だ。その全てを、俺は誰かの為なら捨てられた。けれど。

 

「ここは、俺の場所なんだ」

「私の家なのに?」

「准の家だからだよ」

 

 言うんじゃなかった、と瞬時に後悔した。

 振り向いた彼女の表情は前髪に隠れて見えはしない。

 今のは俺の心が叫んだ本心だ。けれどこんなエゴはあってはならない。

 まるで善人の発言じゃない。

 

 ふるふると、かすかに彼女の身体は震えていた。ああ、やっぱりやめておけばよかった。ただのヒモでしかなかったし、好感度は最低値を割っている野郎にそこまで入れ込まれたら、気持ち悪い以外の何もないだろうが。

 

 この関係は今日で終わりだ。テントや俺の私物を回収することに、彼女も否やはないだろう。そう結論づけて俺が動こうとしたその時、彼女がゆっくり顔を上げた。

 

 その表情に、俺は思考の全てを奪われた。

 

「えへへ。頑張った甲斐があったなぁ」

 

 ……その笑みは。今まで見た彼女の表情の中で、一番綺麗な華やぐような笑顔だった。

 

 なんでそんな顔をするんだとか。どうしてこんなことを言われて笑えるのかとか。

 浮かんでは消える思惑の中で、絞り出せた言葉はどうしての四文字が限界で。

 

「それを言わせたくて、私は今までこんなに頑張ってたんだよ」

「……なん、で?」

「貴方は誰かを守ることで精一杯。自分のことなんか二の次で、誰にも理解されずに疲弊して、その度にどこかに消えてしまう。……そんな生き方を、貴方がしてるのが嫌だったよ。だから、貴方がそう言ってくれたことが嬉しいよ」

 

 にへらと屈託なく目元を緩める彼女の瞳から、目を逸らすことが出来なかった。

 俺が感じたことのない、その全てを受け入れてくれさえしそうなその瞳は。

 何故だか縛り付けられたように、心を捉えてやまないのだ。

 

「だって、それはさ。私の家が、この場所が、貴方に必要なものになれたから」

「……俺に、必要なもの?」

「ここが、貴方を守るよ。私が、誰かを守る貴方を守るよ。それを、貴方は許してくれたんだよ」

 

 准が何を言っているのか、実はその殆どを理解出来ていなかった。

 分かるのは、彼女がただ俺を容認し、そしてただ寄り添ってくれそうな……違っていたとしても、そう感じさせてしまうような彼女の想いだけ。

 

「貴方がここを居場所だって思ってくれた今なら言ってあげるよ」

「なにを……?」

「貴方が正義で居ようとするなら、私はその全部を支えてあげる、って」

 

 その言葉は、今まで受けた誰のどんな言葉よりも深く俺の心を抉った。

 自分が成す正義に何かを言う人はいた。否定であれ肯定であれ、それが俺の全てだった。成してきた軌跡だった。

 

 けれど、これは違った。

 

 俺の成すことではなく、彼女は。俺を。

 どうして、そこまでしてくれる。どうしてそこまで言ってくれる。

 分からないことしか無かった。この世に自我を持ってから、今まで自分は。

 

「正義でない俺なんて居ないはずだ」

「そんなことないよ。貴方が何をしても、いいんだよ」

「それで、いいんだろうか」

「いいんだよ。私は正義には興味ないもん」

 

 今度こそ、言葉を失った。

 

 俺がここに居て。一番近くに居る人が、正義に興味がないなどと。

 そんなの、俺の存在する意味がない。理由がない。

 

 なのに、どうして突き放せない。

 

「貴方を信じてるだけだよ、深紅さん」

「俺を信じているのに、俺の成すことは興味がないのか?」

「うん。野球は楽しそうだなって思うけど」

「……なん、だそれ。なんだよ、それは。じゃあ、俺でいる意味がないじゃないか」

「それは違うよ深紅さん。貴方がすることだから、私は――」

 

 ああ、そうだ。と彼女は楽しそうに笑って、歌うように続けた。

 

 

 

「貴方が何をしようとしても「頑張れ」って言ってあげる。それだけで、貴方は頑張れるはずだから。……でしょ?」

 

 

 

 目の前が真っ白になりそうだった。

 ……俺は、正義ではなかったらしい。俺が居て、正義があって。

 ただ、それだけだった。

 彼女の夢と、俺の正義は同じことだった。

 追いかけるものが違うだけなのだと、俺は目の前の少女に突き付けられて今初めて認識した。

 

 笑うしかない。

 こんなに滑稽で、こんなに愉快なことはない。

 

 彼女は、准は、ただそれだけを俺に教えるためだけに、この半年間尽くしてくれていたのか。

 

「あ。だけど一つだけ約束して。貴方の帰る場所はここだって。ね?」

「……なんで」

「ん?」

「なんでそこまでしてくれるんだ?」

 

 それだけが、分からなかった。

 

 俺にそこまでしてくれる彼女のことが。どうしても。

 

 優し気な笑みを浮かべていた彼女は、一転して目を丸くして。

 ついで、吹き出したように笑った。

 

「なんで分からないかな」

 

 いい? と前置きして。

 

「……私が貴方に出会ってから、貴方に今まで言ってきたことはね」

 

 

 

 

 

『すごい頭してるんだね』

 

『貴方があんまりにも面白いからつい』

 

『それにしても……維織さんはこんな男の何が良いんだか』

 

『でも、確かに。似合うね、正義の味方』

 

『……そうだね、人じゃないよ、小波さんは』

 

『貴方には、これから人になって貰います!!』

 

 

 

『私、貴方のこと好きなんだよ?』

 

 

 

 

 

「全部、本心だよ」

 

 これは、真面目な話の続きのはずだ。

 であれば、彼女の今の発言は――けれど、どうしても心にブレーキがかかる。

 冗談ならさておき、俺は今まで好意を受け取ってきたことなど……それも正面から誰かにそんなことを言われたことなど無かったから。

 

「……准」

「疑うのも無理はないとは思うよ。からかってばっかりだったし」

 

 悪戯っぽく微笑んで。

 そっと、俺の手を取った。

 

「だから、確かめてみる?」

「確かめるって、なにを」

「貴方が何をしようとしても、私はそれで良いんだよ?」

「……」

 

 かすかにその瞳が揺れていて。

 俺は一度目を閉じた。

 

 これは彼女の慈悲なのか。そんな想いが未だに心に渦を巻く。

 けれど。そんな思考に囚われていた俺の口元に何かが触れた感触がして。

 

「ね♡」

 

 俺が悩んでいたように、きっと彼女も今、これまでの関係から変化する恐怖と戦っていたのだと気づいて。そうなったら、もう彼女のいじらしさにすべてを救われたように思えた。

 

 ……ありがとう。

 今はただそれだけを。

 

「確かめる、なんて言わないでくれ」

「え……?」

「ただ、俺は、俺なんかのためにここまでしてくれた、どうしようもなくいじらしい貴女が好きだ」

「……ありがと。そう言って貰えると、幸せだよ」

 

 そっと彼女の手が背中に回る。

 小さく吐息のように彼女の声が耳元で触れた。

 

「負けちゃった時の保険でさ。明日、バイト休みにしたんだ」

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

弾道が1上がった

ジュン が 彼女 になった!

 

 




 流石に前回で切ると准ルート的にどうなんだと思ったので、ここで一区切りにしておきます。次回は本当に4/20とかその辺。
本当は5話で一つ構成を守りたかったんだけど、まあ旅ガラスVがあんなんだから別にもういいよね!!

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