風来坊で准ルート【本編完結】 作:しんみり子
――ジャジメントスーパー支店長室。
華美になり過ぎず、さりとて質素に見せることもなく拵えられた、この城のトップに相応しい一室。しかし普段はチェアにふんぞりかえっている支店長の姿はなく、代わりに応接用のソファに腰かけた老いた男性と、彼に必死に胡麻をする滑稽な男が見受けられた。
「これは会長、ようこそおいでくださいました」
「表向きは日本視察のついでだがね。だが、本当はここが目的だ。いよいよアレが見つかるかもしれんのだからな。アメリカでじっとしてはおれんよ」
「ははは、そうですか。ところで、その……アレというのがどんなものなのか、そろそろ私にも教えていただけないかと」
「ところで、オオタ」
「はい」
会長と呼ばれた白髪の老人は、見合わない鋭い眼光を太田に向ける。
「今度北極支店がオープンするのだがね」
「え、北極ですか。そんな場所に人が来るのですか?」
「来るのは、白熊とペンギンと探検隊くらいのものかな。だがメリットもある。商品を殆どおかなくてもいいんだ」
言葉の意味がいまいちくみ取れず、愛想笑いをするしかない太田。
だが、ローテーブルに差し出された茶を一口すすった会長は当たり前のように節くれだった指を太田に向けて言い放った。
「そこの支店長は、きみにしよう」
「は!? まさか、ご冗談でしょう!?」
「……週末を楽しみにしているよ」
失敗したら本当にやる気だ、と愕然と膝を着く太田を前に、満足げに会長は立ち上がる。
背後に控えていた金髪の女性を連れ退室しようとする彼の耳に声がかかったのは、ちょうどその時だった。
「よう爺さん」
見れば、壁に背をもたれて煙草に火をつけた謎の青い男。
テンガロンハットを目深に被り、只者とは思えない気配を周囲に漂わせながら、場違いな呑気な瞳で会長を見据えた。
そのちぐはぐな在り方に、さしもの会長も困惑する。
このような不思議な男は、他に何人いただろうか。
「む、お前は……?」
「誰でも良いだろう? ところで聞きたいんだが……ジャジメントを裏切ったデイライトという超能力者を知ってるかい?」
その問いかけに反応したのは、会長ではなく控えていた女性だった。
「なんだと? あの裏切り者の仲間か、貴様」
警戒心も露わに、番犬のように身構える女性を一瞥して男は呵々と笑う。
否定するように振る手から揺蕩う紫煙はまるでこの男のようにつかみどころがない。
「まさか。どうにもこの街に来ているという情報を聞いてね。あんたら絡みなのかと思ったんだが、その様子だと何も知らなそうだな」
「……何者だ、お前は」
肩をすくめ、椿は小馬鹿にしたように踵を返すと軽く手を振って去っていく。
その背中にゴルトマン会長が問を投げれば、彼は楽しげに振り返ってこう言った。
「はは、なあに。しがない旅ガラスさ。じゃ、邪魔したな」
《She I》III――アルバムNo.57――
さて、今日も気合を入れて練習練習。
頬を撫でる風がそろそろ冷えてきた実感がわいた頃、それはそれとして俺たちブギウギビクトリーズは年末のジャジメントとの決戦に向けて練習の日々を送っていた。
途中、幾つもの試合をこなした。結果は連戦連勝で、少なくともこの地方でビクトリーズよりも強い草野球チームは存在しない、というところまできていた。
俺としても鼻が高いし、皆が皆誇らしげにグローブを身に着け、バットを振っているこの雰囲気がどうしようもなく好きだった。
試合に何度も足を運んでくれているファンの皆や、権田と完全にくっついたらしい奈津姫さん、その息子のカンタくん。商店街の重要メンバーや武美も合わせ、皆で一生懸命この街を守っているその一体感は、何者にも代えがたい。
「じゃ、気を付けてね深紅さん。今日は早く帰ってくること♡」
「おう。ああそれと――」
「ん、なあに?」
「誕生日、おめでとう」
華やいだような笑顔とともに添えられる「ありがとう」に小さく頷いて家を出た。
今日は准の誕生日だ。変わらずアルバイトは入れているみたいだが、帰ってきたら小さくてもお祝いをしようと心に決めていた。
いつものように河川敷沿いの道を歩き、グラウンドのある遠前山へ。
休日の早朝ということで人通りは殆どないが、普段と違う顔をした道を歩くのも俺は嫌いじゃない。
その先に見たくない顔さえなければ、最高だった。
路肩に止めた車。
紫煙を登らせて俺を待ち構えるように寄りかかっていたのは、青い帽子に青い外套が特徴的な一人の男。
少し前まで来て、歩みを止めれば。満足げにヤツは口元を歪めた。
「よう、深紅。まだ生きていたか」
「どういう言い方だ」
「いや別に。CCRを潰した張本人に刺客が差し向けられたと聞いたもんでな。人違いだったか」
どの筋からの情報か。
俺が知る限り、椿と繋がっているのはジャジメントだ。CCRの所属するオオガミとは敵対勢力。そうなればある程度の情報は入ってくるのか……?
それにしても、CCR――灰原と事を構えたのは、やっぱり露見していたのか。
ジッポライターを開け閉めする小気味良いリズム感とともに、ヤツはぼんやりと空を仰ぐ。12月も末に近づいてきたこの時期、晴天の寒空は寂しくも青々とした爽やかさを感じさせる。
「遠前町にやってきたって話を聞いたから、てっきりもう処分されてるもんだと思ってたが、ぴんぴんしてるじゃねえか」
「情報源はどこだ」
「さてね。まあ、二か月くらい前に嗅ぎまわってた連中がようやく尻尾を掴んだとかなんとか。……あとはほら、実験じゃねえの?」
「なんのだ」
「それをお前が知る理由はねえだろうさ。しかしそうか、お前に直接来ていないとなると……これはひょっとして、向こうも賢い手段を取ったのかね」
こいつの口ぶりからすると、満を持して既に刺客はやってきている。
それも俺の情報を粗方抑えたうえで……クソ、やっぱりまだ付け狙われていたのか。
あまりに居心地が良すぎて、この町に長居しすぎてしまったのが原因か。
それにしても。
「賢い手段?」
「人質に決まってんだろ。お前が大事にしてる女くらい、向こうだって調査してるんじゃねえのか」
「まさか、お前の差し金か!」
「さあてね」
「くそ!」
准!!
「ああ、深紅!」
駆け戻ろうとした俺に、背後からかかる愉快そうな声。
見れば、にやついた表情を隠そうともせずに、椿は続けた。
「……手伝ってやろうか?」
→A:ふざけるなよ
B:……頼む
「ふざけるなよ。お前なんかの手を借りるかよ」
お前の罠かもしれないのに、そんな間抜けな真似をするはずがないだろう。
そう告げると、椿はつまらなそうに帽子を目深にかぶり直す。
「そうかい。……まあ、冥福を祈るぜ」
その言葉を背に、俺は再度駆け出した。
(そして・・・)
『誕生日、おめでとう』
その言葉を反芻して、小さく笑みがこぼれた。
自分の誕生日を誰かに教えたのはいつ以来の話だろう。
分からないけれど、こうして好意的な感情を持っている相手から何かを祝われるという経験そのものが嬉しかった。
ましてや、それが他人にも自分にも無頓着な風来坊からとなればなおさらだ。
せっかく今日は早めに帰って一緒に夜を過ごそうと約束しているのだし、晩御飯のメニューは少しこだわってみようと考える。
「深紅さん、カレー好きだったし。あ、でもちゃんとしたお店のもの食べてるから、がっかりされても嫌だし……どうしようかな、今日」
記念日なのだ。精一杯のことはしてみたい。
あれこれとメニューを夢想していた、その時だった。
来客を知らせるベルが鳴り、おおかた深紅が忘れ物の一つでもしたのだろうと扉を開く。
その先に居たのは……大柄な黒人の男だった。
「え? あの、どちらさまでしょうか」
「深紅という男、知っているな?」
「っ?」
すぐさま准は扉を閉めようとした。が、割り込むように突っ込まれた靴によって阻まれる。
「なにをっ」
「ルッカがこっちに来ていると聞いてやってくれば……ちょうどよく任務があって助かった」
「帰ってくださいッ……!」
「そうはいかない。こっちに来て貰おう」
或いは、と男は告げる。
「どこに行ったか教えるだけでもいい」
「……あなた、いったい何者なの」
「私はデイライト。オオガミの者でね。うちの組織の一つを一人で壊滅させた、ある男の処分にやってきたんだ」
「っ、まさか」
瞬間、准の脳裏によぎる外套の男の笑顔。
「どこに行ったか教えろ。そうすれば何もしない」
「……言うはずないよ」
デイライトと名乗った男の眼光に、闇の世界を知らない准は一瞬気圧される。
だが、それも瞬きの間にすら満たない時間のこと。
男を見上げた准の瞳は、強い意志に庇われていた。
デイライトは小さく舌打ちするも、そのまま面倒そうに後頭部を掻くと、
「まあ、そうだろうな。だが、今回の任務に出向いているのは私だけじゃない。どのみち時間の問題だ」
そう吐き捨てた。
「そんな」
突然の出来事に理解が追い付いていない中、しかしこの男の言うことには不思議と嘘だとかホラだとかのし付けて突っ返すことが出来ないでいた。
只人とは思えぬその気配と威容は、全く裏社会に縁のない准でさえ分かるプレッシャーを放っている。それが故、だろうか。
今、間違いなくあの人に危機が迫っているような気がして、震える声で彼女は言った。
「深紅さんをどうするつもりなの」
「処分と言っただろう。処分というのは、殺すということだ」
「そんなことっ」
「しかし」
食い下がる准をよそに、デイライトは面倒臭そうに外へ目をやった。
「お前も気の強そうな女だな。私はそういう女が嫌いなんだ。ヤツを消した後、お前も消滅させるとするか」
そのあっさりとした一言に、准の背筋が凍る。
本当に軽々しく人を殺せる人間なのだと、目の前の男はそういうモノなのだと、否応なしに突き付けられた。
(ずがーん! どかーん!)
強烈な炸裂音と、地震と判別がつかないほどの大きな揺れがこの部屋を襲った。
デイライトは楽し気に口角を歪め、手で庇を作って河原の方を見やる。
「お、おっぱじめたようだな。まあ、あいつ一人に任せてもいいか」
「深紅さん!!」
駆けだそうとする彼女の腕を、太い手が握る。
「おっとっと、邪魔はさせないからな」
今はただ、祈ることしかできない。准の顔から表情が消えた。
地面を重い何かが跳ねる音。2、3回とバウンドした人の身体が慣性を失いきる前に、河川敷の露出したコンクリートにぶつかった。
「か、はッ……!」
呼吸がままならない。背中を強かにぶつけた衝撃で、肺がひしゃげるような激痛と共に失われた喉からの酸素の運搬は、声にならない声となって口から血を吐き出した。
「しぶといな」
「クソ……」
疲労困憊の身体に鞭打って、震える足で立ち上がる。
口元に垂れてきた血を拭って、深紅は眼前に佇む男を睨み据えた。
妖刀のようなものを払った状態で一つ息を吐く残心。
まるで求道者のような強烈な武の雰囲気と、似つかわしくないほど決めたスーツ姿。
赤いネクタイは胸元できつく結ばれており、動きやすいとはとても思えないその風体。
にも拘わらず、深紅はまるでこの男に及ばなかった。
「灰原……!!」
「オレは灰原ではない。……犬井灰根。お前の始末を請け負ってきた」
「……CCRの件か」
「いかにも」
「そうか……」
刀を構えたこの男に、勝てるビジョンがまるで浮かばない。
舌打ちして身構えること数瞬、逃げようにも彼の刀はひたすらに深紅の動きをけん制していた。
「見逃しては、くれなさそうだな!」
光弾を手に宿らせ、それを地面に叩きつける。土煙が空を舞い、深紅はそのまま後方へと飛んだ。目くらましと時間稼ぎ。そして、光弾を作る準備。
しかしそうして深紅が一息ついた瞬間、煙を突き破って襲い来る殺気。
「くっ!?」
「……この程度でオレが止まると思ったか」
「何も考えずに突っ込んで来るとはな」
「何も考えず? 違うな」
灰原に酷似した男――犬井はそのまま刀を薙ぎ払った。
土煙が一瞬にして晴れ渡り、ついでに霊的な波動が拡散する。
精製した光弾を三つ立て続けに深紅は放った。しかし、その全ては刀によって切り捨てられる。
「ち、どうなってるんだその刀は」
あの刀はやばい。本能でそう察した深紅だが、察したところで対抗策は見当たらない。
しかし冷静になってみれば、灰原との戦いもそうだった。相手は圧倒的強者で、その中で戦わなければならないのは変わらない事実。
ならば、と瞬時に深紅身を翻した。
このただ広いだけの場所で戦うのは不利だ。
戦術さえ構築できれば、相手とて人型だ。戦う術はある。
まず目を付けたのは家屋だ。木造の脆い建物なら、上手く利用すれば攻撃手段にはなりうる。なりうる、が。深紅は首を振った。
目端に映るブギウギ商店街の看板。この町を、少しでも壊すわけにはいかない。
そう思い、駆ける。犬井は迷わず追ってきた。
背後にその姿を留めつつ、しかし商店街を抜ける頃にはとうとう回り込まれてしまう。
「クソ、俺より速いのか」
「歩法の違いだ。ただ走るなら貴様の方が速い」
「是非ともご教授願いたいな!!」
光弾は全てあの刀によって弾かれ消滅した。
一瞬の間が出来上がる。
「家屋を上手く使えば戦えただろうに、何故そうせずこんな場所まで来た」
「まるでもう勝ったような口ぶりだな」
「事実を言ったまで。……その姿のまま戦うのか?」
「何のことかな。あいにく、俺は正義を名乗れるような身ではないさ」
「そうか。ならば是非もない」
犬井がその場から消滅した。
同時、深紅は跳躍。今まで深紅が居た場所が、犬井の刀によって叩き潰された。
どんな膂力だと血相を変えるも余裕はない。目の前に現れた犬井の刀をスウェーで避けるも、黒足が飛んできて見事に深紅は宙を舞った。
そのままくるりと一回転、光弾と拳を駆使して戦おうとするも刀一本の前に手も足も出ない。
「ち、くしょう! 灰原とそこまでスペックは変わらないだろうに」
――戦いの腕は遥かに犬井の方が上だ。
「動きの差だ。速度が変わらずとも、動きの仕方で大きくその結果は異なる。洗練されればこの程度造作もないというだけ」
「初動も最高速もこれだけ違うのに、洗練されただけとは笑えねえな」
一撃、二撃、三撃。
刀が振るわれる度に深紅の身体に刀創が出来る。
交えること数十合。
一度刀を降ろした犬井は、訝し気に深紅を見やった。
当の彼は荒い呼吸を繰り返し、今にも倒れそうにふらふらだ。
「しかし不思議だな。何故こうもしぶとい」
「お前、何か力使ってるだろ。俺はそういうものには強いからな……だからといって、どうにもできないが」
「そうか。それは良い」
「なんだと」
「俺は、より強くなるというだけの話だ」
犬井が消えた。否、消えるほど速く動いたのだ。
眼球を酷使してその姿を探すも、背後に感じた殺気に従って後手後手に回避するしかない。
足、腕、胴、どんどん傷が増えていく。
これはもう死ぬかもしれないと深紅は思った。
ああ、せっかく帰る場所が出来たかもしれないのに。
「クソ、チクショウ!! うおおおおおおおおお!!」
「良い足掻きだ。だが、無意味としれ」
どす、と鈍い音がした。
切っ先がストールに触れ、黄色が空を舞う。
身動きの取れなくなった深紅に、犬井は無感情に一言呟いた。
「とどめだ」
「――ごめんな、准」
『今日は早く帰ってくること♡』
誕生日だったのに。
……約束、守れなかった。
(そして・・・)
デイライトによって取り押さえられていた准にとって、唯一の希望は深紅の帰還だった。
早く帰ってきて、という心情がまさかこんな形に代わるとは思っていなかったが、それでも文面にすれば同じこと。
だから、早く。
そう思っていたのに。
「終わったぞデイライト」
現れたのは、目の前の大柄な黒人よりも遥かに危険な空気のするスーツの男だった。
「お、早かったな。じゃあこの女も」
何が終わったのか。
それが分からないほど准は察しが悪くなくて、血が凍る。
デイライトという男はそのままごりごりとした手を准の方へと伸ばしてきて――その手を犬井が掴んだ。
「……なんだよ、犬井」
「我々の仕事はあの男の処分だけだ。むやみに人を手にかけるな」
ち、とデイライトは舌打ちする。それだけで力関係が理解できようものだった。
「……命拾いしたな、嬢ちゃん」
吐き捨てたデイライトは先に行った。
残った犬井は、准に無言で小さな布を差し出すと。
背を向けて去っていく。
手元に残されたのは黄色い布きれ。
服が好きな彼女なら、あの人を想う彼女なら、この小さな切れ端が元は何だったかなどすぐに分かって。分かってしまって、
准が膝から崩れ落ちた。
楽しい毎日は、こうして唐突に終わりを告げた。
アルバムNo.57 夢の対価
バイトを辞めた。願いを捨てた。夢を、諦めた。
笑うことが出来なくなった。明るい未来は消え去った。一緒に居たい人を失った。
……代わりに手にしたものがある。世界を相手に戦える場所。
目線を合わせてくれなくなった親友が、権力という名の力をくれた。
彼女は戦い続ける。あの日奪われた暖かな色の希望が、忘れられない限り永遠に。
止まれない彼女は暴走した。思うままに力を振るって憎悪の連鎖を容認した。
希望はとうに失って、復讐を遂げてもなお渇いた彼女の振舞いは、いつか背中刺す刃に儚く散った。
血だまりの中抱いていた、黄色い布きれが深紅の色に染まる。
「あは……ようやく、会えるね……深紅、さん♡」
いつかと変わらぬ声色で囁いたその言葉は、虚しく銃声に溶けて消えた。
次回はちょっとまたお時間いただきます。
たぶん27とか。