風来坊で准ルート【本編完結】   作:しんみり子

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《She I》IV

 

\パワプロクンポケット/

 

 

→サクセス

 

→さすらいのナイスガイ

 

→つづきから

 

 

「ゲームオーバーになったみたいだね……こんな可愛いメイドを酷い目に合わせるなんて、ダメなご主人様♡」

 

「テメエの本質を忘れるなよ深紅。オレたちは一人で戦えるようには出来てねえ」

 

「今度失敗したら、指で目を突き抜けるね♡」

 

「さ、プレイ再開だぜ」

 

 

 筋力が10下がった

 技術が10下がった

 素早さが10下がった

 変化球が10下がった

 

 

 

 

 

 

 

 さて、今日も気合を入れて練習練習。

 頬を撫でる風がそろそろ冷えてきた実感がわいた頃、それはそれとして俺たちブギウギビクトリーズは年末のジャジメントとの決戦に向けて練習の日々を送っていた。

 

 途中、幾つもの試合をこなした。結果は連戦連勝で、少なくともこの地方でビクトリーズよりも強い草野球チームは存在しない、というところまできていた。

 俺としても鼻が高いし、皆が皆誇らしげにグローブを身に着け、バットを振っているこの雰囲気がどうしようもなく好きだった。

 

 試合に何度も足を運んでくれているファンの皆や、権田と完全にくっついたらしい奈津姫さん、その息子のカンタくん。商店街の重要メンバーや武美も合わせ、皆で一生懸命この街を守っているその一体感は、何者にも代えがたい。

 

「じゃ、気を付けてね深紅さん。今日は早く帰ってくること♡」

「おう。ああそれと――」

「ん、なあに?」

「誕生日、おめでとう」

 

 華やいだような笑顔とともに添えられる「ありがとう」に小さく頷いて家を出た。

 今日は准の誕生日だ。変わらずアルバイトは入れているみたいだが、帰ってきたら小さくてもお祝いをしようと心に決めていた。

 

 いつものように河川敷沿いの道を歩き、グラウンドのある遠前山へ。

 休日の早朝ということで人通りは殆どないが、普段と違う顔をした道を歩くのも俺は嫌いじゃない。

 

 その先に見たくない顔さえなければ、最高だった。

 

 路肩に止めた車。

 紫煙を登らせて俺を待ち構えるように寄りかかっていたのは、青い帽子に青い外套が特徴的な一人の男。

 

 少し前まで来て、歩みを止めれば。満足げにヤツは口元を歪めた。 

 

「よう、深紅。まだ生きていたか」

「どういう言い方だ」

「いや別に。CCRを潰した張本人に刺客が差し向けられたと聞いたもんでな。人違いだったか」

 

 どの筋からの情報か。

 俺が知る限り、椿と繋がっているのはジャジメントだ。CCRの所属するオオガミとは敵対勢力。そうなればある程度の情報は入ってくるのか……?

 それにしても、CCR――灰原と事を構えたのは、やっぱり露見していたのか。

 

 ジッポライターを開け閉めする小気味良いリズム感とともに、ヤツはぼんやりと空を仰ぐ。12月も末に近づいてきたこの時期、晴天の寒空は寂しくも青々とした爽やかさを感じさせる。

 

「遠前町にやってきたって話を聞いたから、てっきりもう処分されてるもんだと思ってたが、ぴんぴんしてるじゃねえか」

「情報源はどこだ」

「さてね。まあ、二か月くらい前に嗅ぎまわってた連中がようやく尻尾を掴んだとかなんとか。……あとはほら、実験じゃねえの?」

「なんのだ」

「それをお前が知る理由はねえだろうさ。しかしそうか、お前に直接来ていないとなると……これはひょっとして、向こうも賢い手段を取ったのかね」

 

 こいつの口ぶりからすると、満を持して既に刺客はやってきている。

 それも俺の情報を粗方抑えたうえで……クソ、やっぱりまだ付け狙われていたのか。

 あまりに居心地が良すぎて、この町に長居しすぎてしまったのが原因か。

 

 それにしても。

 

「賢い手段?」

「人質に決まってんだろ。お前が大事にしてる女くらい、向こうだって調査してるんじゃねえのか」

「まさか、お前の差し金か!」

「さあてね」

「くそ!」

 

 准!!

 

「ああ、深紅!」

 

 駆け戻ろうとした俺に、背後からかかる愉快そうな声。

 見れば、にやついた表情を隠そうともせずに、椿は続けた。

 

「……手伝ってやろうか?」

 

 A:ふざけるなよ

→B:……頼む

 

「……」

 

 何を悩んでいる小波深紅。

 椿とはかつて決別したはずだ。そんなヤツに、今更頼ろうなんてどうかしている。

 けれど、あの挑発的な表情はいつか見たことがあるものだった。

 まるで俺のリーダーとしての資格を問うようなあのむかつくツラは、いつぞやあいつが「お前がリーダーだ」と笑顔で言った時と同じ……。

 

「……お?」

 

 顔をあげれば、意外そうな顔をして紫煙をのぼらせる椿の姿。

 

「……また、俺を試しているのか?」

「同じ言葉を繰り返してやる。"さあてね"」

「相変わらず食えないヤツだ。俺に接触してきたのも、だいたい調べが付いたからだろう。お前のことだ、戦略まで立てているに違いない。それも、冷酷な類のそれだ」

「おいおい、オレはドライになっただけだぜ? オレは正義じゃないらしいからな。目的のためには、あらゆる犠牲に寛容なのさ」

 

 そう言って椿は車の扉から背を離すと、煙草を地面に捨てて踏みにじった。

 

「だが、その慈悲深いオレにとって……お前がオレ以外の誰かにぷちっとされるのは気に入らねえ。お前の返答次第では――今一度オレは正義に寝返ってやらんこともねえ」

「椿、お前」

「勘違いすんじゃねえぞ。お前の女はこの件に無関係だ。お前の女だからって、裏のいざこざに全く関係ねえヤツに手を出すってのは"間違ってる"。別にお前を助けようって訳じゃねえ」

「……」

 

 帽子の鍔を少し上げて、椿は珍しく屈託のない笑みを浮かべる。

 まるであの頃、俺たちが何も間違っていない正義の味方だと信じきっていた頃のような。

 無邪気に作戦を立てて、ただ周囲に称賛されていた頃のような。

 

 椿のこんな顔を見るのは、いつ以来のことだろうか。

 

「……椿」

「おう」

「……頼む。力を貸してくれ」

「はっ。高く付くぜ」

 

 俺は、信じた。

 こいつの言葉を。正義の残り香を。そして、今のこいつが正しい行いをしていることを。

 

 椿が指を鳴らした。

 すると、車の後部座席と助手席から、合わせて三人の男が出てきた。

 ソルジャー、ロボ、番長。……ザ・トリオ。

 

「つーわけだ、こいつの女を助けて――オオガミの連中をタコ殴りにする。準備はいいか」

「拝命した。これよりオオガミを殲滅する」

「オオガミぶっ飛ばす良い機会だロボ」

「……やれやれだぜ」

 

 まさかこいつらまで協力してくれるとは思わなかった。

 椿は新しい煙草を取り出して、ソルジャーのライターを借りて一服する。

 そして、口角を歪めて言った。

 

「深紅お前、朝の特撮戦隊ドラマ見たことあるか?」

 

 言われて思い出す。自分たちの存在意義を考えていた頃、よく似た連中が朝のテレビで活躍しているのを見ていた。あの輝きに惹かれ、そして俺たちは紛いモノだと突き付けられた。

 

「ああ。いつも眩しく思ってた」

「だろう? オレもそうだったぜ」

 

 そして、椿はその場のメンバーを全員見回して続ける。

 

「あいつら、何故か分からないが……五人揃うのが標準らしいぜ」

「……へえ、いいな」

 

 俺たちが見ていた戦隊ヒーローとは掛け離れたアウトローの集団でしかないが。

 それでも、何故か俺の胸の内に熱い何かがこみあげてくる。

 

 椿は笑う。

 

「準備はいいか、英雄(ヒーロー)?」

 

 笑って返した。

 

「上等だ、悪党(ヒーロー)」

 

 

 

 

 

 

《She I》IV――ガッツだー!――

 

 

 

 

 

『誕生日、おめでとう』

 

 その言葉を反芻して、小さく笑みがこぼれた。

 

 自分の誕生日を誰かに教えたのはいつ以来の話だろう。

 分からないけれど、こうして好意的な感情を持っている相手から何かを祝われるという経験そのものが嬉しかった。

 

 ましてや、それが他人にも自分にも無頓着な風来坊からとなればなおさらだ。

 せっかく今日は早めに帰って一緒に夜を過ごそうと約束しているのだし、晩御飯のメニューは少しこだわってみようと考える。

 

「深紅さん、カレー好きだったし。あ、でもちゃんとしたお店のもの食べてるから、がっかりされても嫌だし……どうしようかな、今日」

 

 記念日なのだ。精一杯のことはしてみたい。

 

 あれこれとメニューを夢想していた、その時だった。

 

 来客を知らせるベルが鳴り、おおかた深紅が忘れ物の一つでもしたのだろうと扉を開く。

 

 その先に居たのは……大柄な黒人の男だった。

 

「え? あの、どちらさまでしょうか」

「深紅という男、知っているな?」

「っ?」

 

 すぐさま准は扉を閉めようとした。が、割り込むように突っ込まれた靴によって阻まれる。

 

「なにをっ」

「ルッカがこっちに来ていると聞いてやってくれば……ちょうどよく任務があって助かった」

「帰ってくださいッ……!」

「そうはいかない。こっちに来て貰おう」

 

 或いは、と男は告げる。

 

「どこに行ったか教えるだけでもいい」

「……あなた、いったい何者なの」

「私はデイライト。オオガミの者でね。うちの組織の一つを一人で壊滅させた、ある男の処分にやってきたんだ」

「っ、まさか」

 

 瞬間、准の脳裏によぎる外套の男の笑顔。

 

「どこに行ったか教えろ。そうすれば何もしない」

「……言うはずないよ」

 

 デイライトと名乗った男の眼光に、闇の世界を知らない准は一瞬気圧される。

 だが、それも瞬きの間にすら満たない時間のこと。

 男を見上げた准の瞳は、強い意志に庇われていた。

 

 デイライトは小さく舌打ちするも、そのまま面倒そうに後頭部を掻くと、

 

「まあ、そうだろうな。だが、今回の任務に出向いているのは私だけじゃない。どのみち時間の問題だ」

 

 そう吐き捨てた。

 

「そんな」

 

 突然の出来事に理解が追い付いていない中、しかしこの男の言うことには不思議と嘘だとかホラだとかのし付けて突っ返すことが出来ないでいた。

 只人とは思えぬその気配と威容は、全く裏社会に縁のない准でさえ分かるプレッシャーを放っている。それが故、だろうか。

 

 今、間違いなくあの人に危機が迫っているような気がして、震える声で彼女は言った。

 

「深紅さんをどうするつもりなの」

「処分と言っただろう。処分というのは、殺すということだ」

「そんなことっ」

「しかし」

 

 食い下がる准をよそに、デイライトは面倒臭そうに外へ目をやった。

 

「お前も気の強そうな女だな。私はそういう女が嫌いなんだ。ヤツを消した後、お前も消滅させるとするか」

 

 そのあっさりとした一言に、准の背筋が凍る。

 本当に軽々しく人を殺せる人間なのだと、目の前の男はそういうモノなのだと、否応なしに突き付けられた。

 

(ずがーん! どかーん!)

 

 強烈な炸裂音と、地震と判別がつかないほどの大きな揺れがこの部屋を襲った。

 デイライトは楽し気に口角を歪め、手で庇を作って河原の方を見やる。

 

「お、おっぱじめたようだな。まあ、あいつ一人に任せてもいいか」

「深紅さん!!」

 

 駆けだそうとする彼女の腕を、太い手が握る。

 

「おっとっと、邪魔はさせないからな」

 

 今はただ、祈ることしかできない。准の顔から表情が消えた。

 

 

 

 

 その、瞬間の出来事だった。

 

 

 

 

「おっと動くなよ、ジャジメントを裏切ってオオガミに付いたS級超能力者デイライト」

 

 

 

 扉は開いたまま。准が腕を掴まれている大男の背後に、青い外套がはためく。

 准からは殆ど何も見えないが、確かにそこに一人の男が居た。聞いたことのある声だが、今までに聞いたことのないような冷え切った声色。

 

「え、まさか……」

 

 脳内にその主を呼び起こすよりも先に、デイライトが表情を歪めて嗤う。

 

「おいおい、昼間に私と相対することがどういうことか分かっているのか?」

「さあ何が起こるんだろうなあ。きっとデイライトなんて間抜けな名前からは想像できないほどの、光源さえあれば瞬時に周囲を焦土に変えられる能力を持つ能力者なんだろうなあ。そして光源も自分で確保してあるんだろう? 用心深いねえ、強いねえ、おっかないねえ、鉄壁だねえ――」

「分かっているじゃないか」

 

 誇らしげに頷くデイライト。自らへの自信と自負に満ち溢れたその顔に、准は言葉を失った。

 

 そんな恐ろしい能力を持っているのか、というのはある。超能力などとは無縁の世界で生きてきたのだ。眉唾かもしれないという思いだって少しある。けれどこんな大の男が二人、大真面目に話をしているのだ。

 それに、深紅という得体の知れない風来坊と共にいれば、彼の話から超常的なことが当たり前のようにぽろっと漏れてきたことだってあった。

 

 だから、順応できる心も持ち合わせている。その上で、デイライトの能力は確かに恐ろしい。

 

 だが、そんなデイライトに対して、背後でせせら笑うような様子を崩さない椿は何なのだ。いや、そうではない。

 

 どうしてそこまで相手を――ましてや初対面らしい男のことを、こうも調べ尽くしているのか。その周到さに准は戦慄した。

 

 恐怖の中、初めてのことでここまで理解が及ぶあたり准には本人も知らぬ才能があったのやもしれないが、今はそれは措き。

 

 自信に満ちたデイライトが、准の腕を握りしめる。その力は以前よりまして、彼女の表情が苦悶に歪んだ。

 

「そこまで分かっていて、何故私と戦おうなどと思えるのか。覚悟はいいな、見知らぬ男。背後を取った程度で浮かれるなよ!! 死ね!!」

「――」

 

 デイライトが「はあ!!」と叫ぶ。

 

 しかし、何も起こらなかった。

 

「え、なん――」

 

 瞬間、デイライトの身体が外へと吹き飛んだ。アパートの外廊下に備え付けられた鉄柵を突き破り、地面に強かに打ち付けられる。

 風に青い外套が靡いた。ただ拳を放っただけでここまでの威力を発揮するのかと准は目を見張る。

 

「くだらねえ能力者だぜ。光の力を操るあまり、影の力ってもんを知らねえんだから」

「まさか、お前も超能力者か!!」

「さあて、ね!!」

 

 デイライトがまた、おそらくは能力を行使しようとして手を翳す。その手を、二階から飛び降りた椿が引っ掴み、あらぬ方向へへし折った。痛みに身をよじろうとするデイライトの腹部へつま先が襲い掛かり宙へ浮かぶ。

 その後頭部を掴んだまま、地面に転がっていた石をめがけて叩き伏せた。

 

「ぶふご!?」

「どうした、光を上手く使って戦ってみろよ。そうすりゃ、オレの能力にも対抗できるかもしれないぜ?」

「く、おおおお!!」

「――できうるならの話だが」

 

 血みどろで顔を上げたデイライトを、またしても顎目掛けた蹴り上げが襲う。

 隙だらけの股間に椿は連撃の蹴りを放った。

 

「サノバビッチ……!!」

「クソ野郎はお前だ。ま、あいつの女で良かったな。オレの女に手ぇ出してみろ。これじゃ済まねえからな」

 

 白目を剥いて泡をふくデイライトの顔面を足裏で潰しながら、椿は懐から煙草を取り出した。

 

 あまりに容赦のない展開に、言葉を失っていた准はおそるおそる近づいていく。

 

「あ、りがと……」

「罪のないヤツに手を出したんだ。報いとしちゃぬるい方だろうよ」

「強いんだね、貴方も」

「強か、と言って欲しいね。こいつが能力以外に芸のない野郎だってことは調べがついてた。だからやれたようなもんだ」

 

 それにしても容赦がない。最後まで必死に能力を使おうとしていたようだが、椿の物理的かつ非人道的な暴力の前に完全に屈した形だった。

 

「貴方の能力も凄いんだ?」

「は? 能力? んなもん使ってねーよ」

「え? でもさっき――」

 

 散々、自分の能力でデイライトを煽り、封殺していたような……。

 そう思って小首を傾げる准に、げらげら笑いながら椿は懐から何かを取り出した。

 

「これは?」

「知り合いの博士が作った試作品。名付けてESPジャマーだ。超能力限定だが、封じる機能を持っている。いつかオレたちもそれに似たもののせいで偉い目に遭ったからな……備えあればってヤツよ」

「……じゃあなんでデイライトには嘘を?」

「デイライトって能力者は自分の力にかなりの自信を持っていた。それが封じられたなんて言ったら逃げるだろうが。それより、がむしゃらに能力使おうとしてもらった方が動きが読みやすい。おかげでこのザマだろう?」

 

 靴裏で何度もデイライトを踏みつけながら椿は言う。

 准は、そんなものなのかーと納得した。

 そんな彼女を見て、椿が小さく笑う。

 

「やっぱりお前はこっち側だな」

「いや、流石に貴方のやってることはどうかと思うよ……?」

「そうかい」

 

 軽く准の言葉をあしらった椿がどこかへコールすると、二十秒とせずに黒塗りの車がアパートの前に止まった。そこに椿がデイライトを突っ込み、車はすぐに発進する。

 

「さて、行くか。……ああ、お前はここに居ろ。深紅の邪魔になっても困る」

 

 椿は小さく屈伸して身体を伸ばし、そのまま外套を払って歩き出す。

 ひらひらと手を振るサマはどこかの風来坊に似ていて、そして微妙に違う。

 温かさを感じる深紅の別れ方に対して、この男のそれは何だか適当だ。

 

「どこへ行くの?」

 

 その背中に問いを投げれば、椿は楽し気に声だけを返す。

 

「スーパーヒーロータイムだ」

 

 去り行く彼の姿は、いつ見た時よりも一番楽しそうだった。

 

 

 

(そして・・・)

 

 

 

 

 犬井灰根にとって、この任務はいまいち気乗りしないものであった。

 デイライトという男とも肌が合わないし、抹殺対象自体もそこまで気を引かれる相手ではない。そして何より、自分の能力を見るための実験としてあてがわれたにしては些か強そうには思えなかった。

 

 これならば、上司の護衛をしている方がまだ骨のある相手に会えるだろうと。

 

 しかし。しかし。

 

 その犬井の心配は、今や杞憂を通り越して歓喜のそれへと変わっていた。

 

「……やるな」

「何がやるなだ。こっちは四人がかりなんだぞ……」

 

 河川敷。

 軽く息が上がっていた犬井の周りには、四人の男たちが膝をついていた。

 無傷の犬井に対して、四人は既に裂傷を幾つも抱えている。

 

 だが、犬井は楽しかった。四人対一人とはいえ、久々に骨のある戦いを演じられている。

 一歩気を抜けば攻撃にさらされる。彼らの連携は中々のものだ。

 

「行くぞ」

「来ないでくれ……」

 

 げっそりしながら深紅は犬井の刀を迎え撃った。

 分裂しそうな勢いで五月雨の如く襲い掛かってくる剣閃を、光弾で何とかしのいでいく。ぎりぎりになる前に深紅の背後から飛び出したソルジャーが三節昆を振り回し犬井の刀とかち合った。

 

「ハイヤー!!」

「お前たち、何等かの力を使っているな? この程度の武器を斬れない理由が思いつかん」

「この程度だと!? 我らの技術は世界一!! コケにした罪は重い!!」

「……かもしれんな。かかってこい」

「はあああ!!」

 

 ソルジャーの三節昆と犬井の刀がかち合う。しかしそれも数合のこと、あっという間にソルジャーは押され、強烈な突きに吹き飛ばされる。その瞬間、背後から番長が殴り掛かった。殺気に気が付いた犬井が刀を振るうと同時、空を舞う刃に番長はしゃがむことで対応する。

 

「ちっ」

 

 攻撃の機会を逸し、舌打ち交じりにローキックを放つ番長。

 だがそれすらも犬井は分かっていたように刀を軸に跳躍した。

 

「ロボ!!」

「了解だロボ!」

 

 番長の声に合わせ、空中で身動きの取れない犬井にロケットパンチがとびかかる。

 飛来するそれを視界に入れた犬井はしかし、そのロケットパンチを足掛かりに腕を辿って走ってくる。

 

「なんだロボ!?」

「させるかよ!!」

 

 ロボの顔面を狙った一刀を、しかし深紅が横やりを入れることで防いだ。

 かち合う刀と拳。足元からロボが右手を飛ばして応戦するも、紙一重で回避される。

 左からソルジャー、背後から番長が全員で犬井に殴りかかろうとしたその時、犬井はコンマ数秒の会敵までの差で全ての攻撃を刀一本で捌ききった。

 ソルジャーが胴を打たれ、ロボが吹っ飛び、番長はぎりぎりで回避。最後の一刀を向けられた深紅は光弾を犠牲に飛び下がる。

 

 息を吐かせる間を与えまいと光弾を飛ばした深紅だが、犬井はそれを刀で跳ね返した。

 深紅の頬を光弾がかすめる。

 

「……今の攻防は中々だった」

 

 サングラスを少し上げる犬井に対し、深紅は隣に居たソルジャーに問いかける。

 

「おい、ジャマーとやらは働いてるんだよな?」

「ああ、能力は封じているはずっ!」

「それでこれかよこの男……」

 

 小波、助けてくれ。

 静かに深紅は心の中でそう思った。

 この男レベルの技量の持ち主など、深紅は安藤小波以外に知らなかった。

 

「さあ、来い」

「来いじゃねえんだよ帰れよマジで」

「仕事だ」

「ちくしょおおおおお!!」

 

 テンチョーーーーー! と叫びながら深紅は犬井に突っ込んだ。

 

 鍔ぜり合う光弾と刀。

 鈍い音を立てて衝撃波を生んだその邂逅は、ちりちりと火花を奔らせて大きくはじける。

 

「犬井、と言ったか。結局お前も灰原と同じ、命令に従うだけの物なのか」

「灰原とは根本が同じなだけだ」

「……なら、今お前がしようとしていることに正義はあるのか!!」

 

 光弾の全てを刀で弾き、一歩を踏み込む風圧で背後から襲い掛かっていたソルジャーを吹き飛ばす。ついでロボの腕を掴んで地面に叩きつけながら、番長の拳を紙一重で躱してカウンターとばかりに柄で殴りつけた。

 

「正義? それは仕事に必要なことではない」

「CCRのやっていたことは間違いなく悪だった。それを知る俺や、他の人々を口封じに殺害することの何が仕事だ!」

「……それが命じられたことであれば、即ち仕事になる」

「結局、やっていることは同じじゃないか。何も灰原と変わらない!」

 

 刀から放たれる閃光を転がるように回避し続けながら、深紅は叫ぶ。

 しかしその全てを犬井は意にも介さない。

 大きく舌打ちした深紅の光弾が、また犬井の真横を通過する。

 

 ヤケクソ気味に深紅は光弾を放った。当たるはずがないと分かっていても、この男に一撃入れてやらないと気が済まない。吼えるようなその光を、犬井はまたしても首を傾げるだけで回避する――はずだった。

 

 ぱり、とサングラスがはじけ飛ぶ。

 

 驚いたように目を見張る犬井と瞳が交錯する中、深紅は背後の気配に気が付いた。

 

「おう、ボロボロじゃねえかテメエら」

「椿!」

 

 深紅に並び立つ、煙草を咥えた外套の男。

 

「……准は?」

「何も無かったからキスしておいた」

「……」

「冗談だから人殺しみたいな目で見るんじゃねえよ。オレの趣味じゃねえしな」

「……」

「人殺しみたいな目で見るなよ……」

 

 ソンナコトスルワケナイジャナイカ、ハハハ。

 

「……今の一撃、どうやった?」

 

 額を抑えて犬井が立ち上がった。

 軽く血を流しているが、かすり傷がせいぜいだろう。

 こちらの満身創痍っぷりに比べたら、ほぼ無傷と言っていい。

 

「教えるかよバーカ」

「……おおかた、なんらかの能力によるものだろうが、まあいい」

 

 再度刀を構える犬井に対し、こちらは椿を加えて五人。

 

 椿は煙草を放り投げると、そのまま犬井に突貫した。続くようにソルジャーと番長が殴り掛かる。犬井はすぐさま刀を振り上げると、一刀のもとに椿を切り伏せようとする。ブレるように回避した椿に追撃とばかりに二の太刀。切り払われた一撃に椿が吹き飛ぶ。ソルジャーを見事巻き添えにしたまま、冷静に番長の攻撃を回避、さらに一刀。

 

 起き上がった椿がすぐさま暗器を投擲するが、それも簡単に刀身で弾かれる。

 だがそれは椿にとっても囮。急接近とともに光弾を放つ彼を、犬井は刀一本で捌ききる。

 そのまま痛烈な蹴りを食らって椿は後方へ吹き飛ばされた。

 

「ふう」

 

 帽子をかぶり直して、椿は嘆息する。

 

「……つっよ。お前らこんなのとやり合ってたのかよ」

「でなきゃこんなにボロボロんなってねえよ」

「割に合わねえ仕事だぜ、おい」

 

 そのやり取りに、犬井が片眉を上げた。

 

「仕事だと?」

「それがどうかしたか? おっと、どこのモンか詮索するのは無駄だぜ? 非正規雇用だからな。いやあ人生世知辛いぜ」

「ジャジメント……ではなさそうだな」

「さあて、どうだろうな」

 

 肩を竦める椿に、犬井は小さく目を向ける。

 

「……お前はなぜこの仕事を引き受けた」

「別に大した理由はねえよ。それとも、たいそうな使命や誇りが必要かい?」

「必要ないな。だが、邪魔立てするなら容赦はしない」

 

 かちゃり、と切っ先を向けられた椿は鼻で笑った。

 容赦、容赦ねえ、とせせら笑う。

 

「ただの仕事ならそんなに必死になってんじゃねえよ。失敗したら失敗したで上司に責任の一つでも押しつけて帰りゃいい。少なくともオレは命が惜しいからね、形勢不利になったら帰るぜ?」

「……」

 

 何か言いたげに、しかし閉口した犬井はもう一度刀を構える。

 しかし、その刀が振るわれることは無かった。

 

「……オレだ。どうした……なに? ………………今の任務は? ……わかった」

 

 刀を収め、犬井は背を向ける。

 

「……おまえたちの差し金か? いま、いくつもの研究所が攻撃を受けているらしいが」

「さあてね。無駄話しているヒマがあるのかい?」

「……」

 

 通信機を苛立たし気に懐へ仕舞った犬井は、そのまま住宅街の方へと消えていった。

 

「……終わったのか?」

「ああ。間に合って良かったぜ。ったく、化け物かよあの男」

 

 ニヒルに笑って、椿は煙草に火をつけた。

 美味そうに一服すると、どさっとその場に胡坐をかく。

 

「おー痛ぇ。お前らもあちこちボロボロじゃねえか」

「椿」

「なんだよ」

「……助かった」

「気にすんじゃねえよ。うぜえ」

 

 ひらひらと手で深紅を払う椿に、少し眉をひそめると。

 深紅も椿に背を向けた。少々、心配な人もいる。

 

 ほっと一息ついて歩き出した彼に、後ろから椿の声がかかる。

 

「来週の試合は本調子でこいよ、ヒーロー」

「お互いな」

 

 それだけ言葉を交わして、深紅はその場を去っていった。

 

「良かったのか?」

「ああ、問題ねえよ」

 

 後ろから顔を出した番長に、椿は懐をまさぐってぼろぼろの封筒を取り出した。

 100万円の大金が入ったそれを、にやにやしながら椿は放る。

 

「ま、報酬は半年前に戴いておいたしな」

 

 何も知らずに去り行く男の背中を見送った椿は身体を河川敷に投げ出すと、大きく伸びをして笑い出した。

 

「くぁー、世の中まだまだ楽しいことがいっぱいだなおい」

「椿、ボロボロだロボ」

「るせー、良いんだよこれで」

「深紅という男、中々侮れぬな」

「おうよ、そりゃそうだ」

「ふっ……やれやれだぜ」

 

 最後の決戦の日は、近い。

 




次回から最終決戦。
ちょっと日付が確定し辛いけどGW中には。

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