白雪姫の指し直し   作:いぶりーす

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二十二話 夜叉神天衣の宣戦布告

「ししょー、また鹿路場先生にプリン食べさせてもらってる……」

 

 あいを含めたJS研の四人とその付添の清滝桂香。そして私に付き添う晶と共に前回と同じく、東京の将棋会館近くにある煉瓦作りの小洒落たレストランで食事をしていた。

 値段相応の味のまあ悪くはないステーキを食べ終えて食後のデザートを待っている中、スマホを持つ手をわなわなと震わせながらあいの口から怨念のような声が漏れた。

 

「あれ? でも前よりはデレデレしれないような……あっでも目がなんかやらしい! やっぱりあいが行かないと!」

「落ち着きなさい、あい」

 

 椅子から立ち上がり今にも飛び出しそうになるあいを制止する。

 どうにもこの子は彼の事となると冷静さを失う傾向がある。ただ、その執着こそがこの子の持つ強さにも繋がるから、一概に悪いとは言えない。

 流石に前回に比べるとまだ落ち着いているだろうけど、やはり彼が他の女にそういった視線を向けるのは我慢ならないようだ。

 

 ……まあ、私も面白くはないけど。 

 

「……天ちゃん?」

「あなた、前に突撃してどうなったか覚えてないの?」

 

 首を傾げるあいに嘆息する。どうやら気付いていないようね。

 私たちにとってはある意味、あの空銀子以上に脅威になりえるのに。

 

「ほらあの子よ、あの子が全部かっさらって行ったじゃない」

 

 今も無邪気に口元にソースを付けてお肉を食べる金髪の外国人ロリ。シャルロット・イゾアールを指す。

 脳裏に浮かぶのはあの子が彼の頬に口付けをしたあの光景。

 当時は呆れて見ていたけど、今の私があれを見て平静でいられる自信は正直あまりない。

 

「ッ!?」

 

 あいも同じようにあの光景を思い出したのか、ハッとした表情で我に返った。

 今にして思えば、ネット中継の中であんな真似をするなんて無邪気というのは本当に恐ろしい。

 お陰で私の師匠はあの日を堺にネットじゃ異常性癖の疑いが更に強まった。

 ……本当に無邪気なのかしら。まさか、わざとやってないわよね? 

 

「前みたいに下手に全員で攻め込むのは悪手よ」

「た、確かに……」

「それに、あなたはそんな事に時間を割いてる暇はないでしょ」

「……分かっているよ天ちゃん」

 

 最初は多少の変化があると踏んでいたけど、結局マイナビ戦の対局相手は前回と全く変わらなかった。

 なら、これから私が当たる相手も恐らくは同じ。

 そしてあいがこのマイナビ戦で当たる相手も。

 

 《捌きのイカズチ》──祭神雷(さいのかみ いか)

 

 才能だけなら、あの空銀子をも上回るのではないかと噂された異才。

 時にはプロ棋士すらも下すあの怪物は、今の私たちでも……いや、今の私たち(・・・・・)だからこそ、脅威となる存在だ。

 祭神雷は相手が強ければ強いほど、その才能の真価を発揮するとかつての時に彼から聞いたことがある。

 あの当時のあいが勝てたのは、私から見ても本当に奇跡だと思う。

 奇跡は二度は起きない。将棋の神様とやらがいたとしても、そいつの起こす気まぐれはきっと一度きりだ。

 今のあいは、あの時に比べて遥かに強い。

 だからこそ、あの女は慢心せず今度はその牙を惜しみなくこの子に振るうだろう。

 

「彼へ捧ぐ”贈り物”は今回も同じ。そうでしょ?」

 

 そう訪ねると、あいは闘志を宿した眼で静かに頷いた。

 あの時の、私たちが初めて指した時を思い出す、強い意志の籠った眼だ。

 

「そうだよね。ししょーの為の、最高のプレゼントを贈らないと」

 

 もうすぐ十七才の誕生日を迎える彼に向けた、私たち弟子が用意できる最高の誕生日プレゼント。

 東京に来る前にあいと二人で話し合ったけど、やっぱりプレゼントは前と同じものを贈る事になった。

 これから訪れる厳しい戦いで、彼が安心して指せる為の私たちのエールを。

 だから、あいには万が一にも負けてもらっては困る。

 

「……行くわよ、晶」

「天ちゃん?」

「お嬢様? 行くってどちらに……」

「天衣ちゃん、まだデザートは来てないわよ?」

 

 立ち上がった私をあいと晶が怪訝そうに首を傾げ、清滝桂香は困ったような表情を浮かべる。

 席に残るJS研の子たちとも似たような反応だ。

 

「間抜け面を晒す師匠の元によ。安心しなさい、あい。彼には私が言ってくるわ」

 

 彼に贈る勝利を絶対のものにする。その為には手段は選ばない。

 祭神雷を確実に仕留める為に、もう少しだけあなたにお節介してあげるわ、あい。

 きっとこの方法が、あなたを一番焚き付けられるでしょう? 

 

 ──あとはついでに宣戦布告も、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 どんなに甘えても、どんなに触れ合っても、私は彼にとって空銀子のような存在にはなれない。

 

 あの女と彼の繋がりの深さというモノを、同じ時間をやり直して改めて実感させられた。

 私と同様にやり直したあの女が前回以上に彼と深く接しているのもあるのだろうけど、でも根本的にやはり違うのだ。あの女と、私を含めたそれ以外は。

 彼のあの女を見る目も、あの女と話す時の仕草も、あの女と手を繋ぐ時の表情も、何もかもが私の時とは違う。

 

 私はあの美しい白雪姫には決してなれはしない。

 

 嫉妬や羨望がないと言えば嘘になる。

 でも彼とあの女がああいった関係なのは仕方がないと頭の隅では理解していた。

 私にとっては物心付いた時から両親から知らされていた憧れの九頭竜くんだけど、彼にとって私は最近になって取ったばかりの弟子なのだから。

 それに、今の私は前の記憶もある。やはりそこに彼と私の互いの認識の差、或いは想いのズレがあるんだと思う。

 だけど、あの女は違う。私やあいと同じようにやり直しているのに、互いに認知し過ごした多大な時間のおかげで、私たちのような想いのズレは生じないんだのだろう。

 幼い時から二人で育ち、ずっと一緒に過ごし、切磋琢磨して指してきたあの女が他と違うのは当たり前だ。文字通りの家族なんだ、あの二人は。

 その過ごした時間の差は、そう簡単には埋め難い。

 

 ──もしかしたら、私はまた彼の一番になれないのだろうか。

 

 前以上に空銀子と仲睦まじい姿の彼を見てそう思う事が何度もあった。

 前は名前も知らないあの女を。

 そして今度は空銀子の手を彼は取ってしまうのか。

 私が手を伸ばしても、無駄なのだろうか。

 

 彼にとって私はまだ子どもで、弟子で、妹や娘のような存在で。

 だから、空銀子と同じようには見てくれないのだろう。

 

 何故、もっと早くに彼と出会わなかったのだろう。

 そうすれば、過ごした時間でも空銀子に負けなかったのに。

 どうせやり直すならいっその事、彼がプロ棋士になったその瞬間にお父様との約束通り、弟子にしてもらいたかった。

 

 そんな身勝手な我儘ばかりが頭をよぎった。

 余りにも都合のいい妄想だ。馬鹿馬鹿しい。

 そもそも、本来なら彼が名前も知らないあの女と結ばれた時点で、私は彼の一番になれなかった筈なのに。

 

 こんな想いをするなら、いっその事、彼の事なんて……。

 

 そう諦観しかけていた自分がいた。

 

 でも、そんな私の背中を押したのは、またしても彼だった。

 

 弱気になり、無意識に足を運んだのはお父さまとお母さまが眠るあの場所。

 だけど、そこには先客がいた。

 あの時と同じように彼がいた。

 お父さまとお母さまの眠る場所で、彼は私の事をどこか楽しげに話していた。

 

 将棋の事はもちろん、日常生活のことや、私と交わした些細な会話まで。

 ただただ、ずっと語り掛けていた。まるで本当にそこにお父さまとお母さまがいるかのように、ずっと。

 

 彼が時折、この場所に訪れていたと知ったのは、前回の時はもっと先の事だった。

 今でも脳裏に鮮明に残る、彼の姿とあの時の言葉。それが、目の前で重なって見えた。視界がぼやけて、気付けば涙を流していた。

 

 ──ああ、そうか。変わらないんだ。

 

 空銀子にばかり気を取られて、私はいつの間にか忘れてしまっていた。

 そうだ。確かに私は白雪姫になれはしない。空銀子と同じように見てはもらえない。

 

 でも構わない。そんなのは最初から必要なかったんだ。

 

 彼が私と話している時に見ていたのは何時だって私だ。夜叉神天衣だ。空銀子じゃない。私なんだ。

 だから、彼が私を見る目も、話す時の仕草も、手を繋ぐ時の表情も、違って当たり前なんだ。

 彼はまた、私に対して本気で家族として接してくれていた。

 想いを注いでくれていた。家族のぬくもりを与えてくれた。

 私たちが過ごした時間なんてまだ僅かだけど、そんなものはこれから積み上げていけばいい。

 空銀子と彼は確かに長い時間を過ごした家族なんだろう。

 

 だけど、私も九頭竜八一と家族なんだ。

 彼が幸せにすると誓って、抱きしめてくれた家族なんだ。

 

 ──だったら、私が成すべき事は決まっている。

 

  

「あ、天衣……?」

 

 私の姿を見て呆然と立ち尽くす彼に向かって堂々と歩き、そしてそのまま彼の傍に立つ。

 その間、カメラは私の姿をずっと捉えたまま放送を続けていた。

 

「えっと、この子は……?」

「夜叉神天衣、九頭竜八一先生の弟子よ」

 

 動揺した様子で疑問を零した鹿路場珠代に答えるように、カメラに向かって名乗りを上げ、同時に見せつけるように彼の腕に手を回した。

 その瞬間、モニターに映し出された中継映像は溢れんばかりのコメントが流れ、文字で埋め尽くされた映像は最早、生放送の機能を果たしていなかった。

 

「な、なんでここに……というか、宣戦布告ってなんだよ」

「私の師匠がネット中継で情けない顔を晒していたから我慢できずに来たのよ」

「えっ?」

「……視線よ、視線。バレてるから」

「なっ……」

 

 絶句する彼の脇腹を肘で軽くつつく。

 今はこれくらいで許してあげるけど、後であいの分までみっちりと話を聞こう。

 

「その、九頭竜先生? どうしたら……」

「な、なんかゲストって事でこのまま進行するみたいですね。えっとどうしようかな」

「私も聞き手を務めるわ。せっかく師匠が解説しても、それを理解できる人がいなきゃ意味がないしね」

「ッ!?」

 

 鹿路場珠代が一瞬だけ鬼のような形相で私を睨んできたが無視する。

 この女の本性は前の時に知っている。さっさと化けの皮を剥げばいいのに。

 それに事実を言ったまでだ。彼の解説の聞き手、というならばこの場で、いや棋士の中で私が一番適していると自負している。

 

 別に彼に色目を使ったこの女を煽ったようなつもりは決してない。

 

「え、えっと、そうだ天衣! 名前だけ名乗るだけじゃあれだし、ちゃんとした自己紹介をしようか!」

 

 私と鹿路場珠代の間に険悪な雰囲気が漂ったのを感じたのか、彼は誤魔化すように私にマイクを向けた。

 自己紹介、か。ちょうどいい機会が回ってきたものね。

 彼からマイクを受け取り、そしてカメラに向かって正面を向く。

 

「さっきも言った通り、私は九頭竜八一先生の弟子。そう、”一番”弟子よ」

 

 敢えて強調するように言い放つ。今頃、あの子はスマホを握る手をさっきよりも震わせているだろう。

 

「そうね……自己紹介、と言っても何を話していいのか正直分からないわ。だから、最近抱えているある悩みでも話そうかしら」

 

 口元に指を当て、悩む素振りをする。

 自分でしておいてあれだけど、かなりわざとらしいと思う。

 だけどそれでいい。これは所謂ただの前振りだ。

 

「悩み?」

 

 首を傾げる彼に頷きながらマイクを強く握りしめた。

 

「ええ。なんでも最近、私の師匠がネットで根も葉もない噂で勘違いをされているのよ」

「えっ、俺?」

「そうよ。例えば、あなたの姉弟子の空先生とお付き合いをされている、とか」

「!?」

「あとは山城桜花にも手を出している、とか」

「!!?」

「ついでに小学生の内弟子にも毒牙をかけた、とか」

「!!!!?」

 

 彼もどうやら噂に心当たりがあるのか、言葉を失っている。

 鹿路場珠代なんて最早ドン引きだ。モニターに投げるコメント欄も阿鼻叫喚となっている。

 

「そんな根も葉もない噂があると、正直弟子の私が困るの。あんな噂、全部出鱈目よ」

「そ、そうだよな天衣! そうだ! 良くぞ言ってくれた!」

 

 呆然としていた彼だったが、私がネット上の誤解を晴らそうとしていると分かった途端に活気づいた。

 

 そんな油断しきった彼の腰に手を回して、思い切り抱きしめた。

 

「えっ」

 

 呆けた彼の声が聞こえたが、そんなものは関係ない。

 

 空銀子、聞こえてるかしら。見ているかしら。

 あんたの事だから、どうせこの放送を今もどこかで見ているんでしょ?

 

「だから、今日この場ではっきりと言わせてもらうわ」

 

 きっと彼の心は、”今は”あんたが掴んでいるんでしょうね。でも構わないわ。

 今だけは特別に預けておいてあげる。あんたが座すその頂も、彼も。私が奪い取る日まで。

 だから、それまでせいぜいお姫さまを演じてなさい。

 

 今度こそあんたを斃す。今度こそ彼の一番になる。けど、それはもう少しだけ未来の話。

 だからこれは予言だ。いつの日か迎える事になる、私のハッピーエンドに向けた宣言だ。

 

「私の師匠は空銀子でも、山城桜花でも、内弟子のあの子のモノでもない」

 

 意地の悪い叔母がいようが、嫉妬深い姉妹がいようが、関係ない。

 シンデレラはね、最後は王子さまと結ばれるのよ。

 

「────九頭竜八一は私のものよッ!!」

 

 私は決して諦めない。将棋も、想いも。今回だけは絶対に。 

 だって、この諦めの悪さは、粘り強さは、

 

 ──私が初めて恋した師匠譲りのものだから。

 

 




随分と更新が遅れてしましました。
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