いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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 何度も、公言を破ってしまい、申し訳ございません。

 次の話は、五日以内に投稿したいと思います。また次の話の内容は、ほとんどが改訂前の引用になると思われるので、ご了承ください。


夜空の霹靂

 イロミは、目を覚ます。

 

 視界一面、万遍無く広がるただただ無機質な暗闇が広がっていた。瞼を閉じている訳でもなく、かといって夜中の森の中にいる訳ではない。暗闇の正体が、自分の目を覆う布なのだと、イロミはすぐに気が付いた。

 

 瞼の上を強く覆い、後頭部で結ばれている布か何かの感触がやってくる。それに伴って、身体全身の自由を拘束する感触が伝わってきた。

 

 口にはロープで作られただろう簡易の猿轡。頬が引っ張られるせいで、下顎は碌に動かせない。肩から足先までを覆う分厚い布袋の中に身体はすっぽりと収められており、袋の上から金属物らしいもので縛られている。背中には、おそらく柱だろうものがあり、巻物は背負っていなかった。

 

 慌てて、イロミは両手を動かそうとする。だが、袋の中の両手は何かで覆われているのか、指先一つ動かすことができない。

 

 ―――どうしてっ!? ……私…………いったい……。

 

 自分が今、どんな状況にいるのか、少なくとも安穏出来るほどのものではないことは確かだ。

 

 耳を澄ませる。どうやら、耳は塞がれていないようだ。暗闇の奥から満ち溢れる静寂の隙間隙間から、微かな風音が聞き取れる。風音は遮蔽物を通したように濁っており、布越しに伝わってくる尾骶骨からの感触からして、小屋か何かに自分がいることが分かった。人が動く音は、感じ取れない。

 

 どうして自分が拘束されているのか、イロミは静かに自分の記憶を後戻りする。もしかしたら、すぐ近くに自分を拘束した人物がいるのではないかと緊張しながらも、呼吸を整え平静にする。

 

 ―――たしか……、滝隠れの里に行って…………。

 

 思い出せる限りの記憶の軌跡を辿る。

 そして思い出せた、気を失う前の記憶に、イロミは息を呑む。

 

 ―――そうだ……、内通者の人が…………。

 

 朝方に木の葉を発ったイロミは、昼頃に滝隠れの里に到着した。

 正確には、滝隠れの里だったであろう場所に出来上がった、瓦礫の山に。

 そこには滝隠れの里の忍らが何十人かが、まるで支え合うかのように集まっていた。会話はほとんどなく、まともに動きもしない。里が壊滅したということ、あるいは木の葉隠れの里に吸収されるということ、または両方なのか、絶望的な雰囲気に包まれた滝隠れの里の様子を、イロミは木々の隙間に身を潜めて観察していた。

 

 内通者とのマッチングポイントは滝隠れの里から東に三里ほど離れたところ。その場にイロミは向かい―――そして問題が発生した。

 

 ポイントで、イロミは無事に内通者の人間と会うことができた。

 互いに合言葉(イロミの場合、里を出る前にダンゾウの部下から伝えられていた)を合わせ、そしてどうしてイロミがやってきた事情を説明した。能面のような笑みを(、、、、、、、、、)浮かべ続けた内通者は事態を理解し、情報を記した小さな紙切れを貰った。

 

 鮮明に景色を覚えているのは、そこまでである。

 

 紙を貰った途端に、頭に強烈な痛みが走ったのだ。

 鈍い痛みと脳の一部が潰れたのではないかと思えてしまうほどの衝撃に、意識は抵抗なく沈んでいった。

 

 ―――……まさか、内通者の人が木の葉を裏切ったっていうことは、ない……はず。もしかして、最初からあの人は、内通者じゃなかった? 滝隠れの……?

 

 記憶の軌跡を辿り終わって、イロミは考えを巡らせる。遅れてやってくる右側頭部の痛みに歯を食いしばりながら、内通者のことを。

 内通者が裏切ったのか、そもそも内通者そのものが滝隠れの里の忍―――ダンゾウが語っていた、木の葉隠れの里に吸収されることに不満を持っている者たちだが―――だったのか。

 

 いや、しかし……今、そんなことに思考を巡らせる暇はない。まだ任務は続いているのだ。内通者から情報を手に入れることは出来なかったが、自分がこういう事態に陥った、という情報だけでも十分だろう。少なくとも、滝隠れの里に不穏な動きあり、という事実は確実なのだから。

 

 ―――周りには、誰もいない……?

 

 耳を澄ませるが、人の音はやはり聞こえない。鼻を効かせても、嗅げるのは埃っぽい湿った空気で鼻腔の奥が痒くなる。馬鹿みたいに頭を振ってみるが、自分の行動に対して周りからは何も反応は無かった。

 

 近くに、誰もいない。最低でも、目視できる位置には、いないのだろう。

 

 そこからイロミの思考は植物の根のように多種に渡って分岐する。それが、彼女の思考パターンだった。

 

 一つのことに秀でることのなかった彼女は、手数を以て困難に立ち向かうしかなかった。

 

 一の困難に、十の手段を。

 十の問題に、百の経路を。

 百の脅威に、千の道具を。

 

 数で圧倒し、圧迫し、圧殺する。

 それが、イロミのスタイル。そのスタイルを潤滑にこなすには、思考を枝葉に分けなければいけなかった。

 

 もちろん、彼女の思考が完璧であるという訳ではない。思考経路が多いというだけで、精密であるという訳でも、高速であるという訳でもないことは、彼女の才能の無さの象徴である。それでも、アカデミーの頃のような、慌てふためき、些細な恐怖に涙を浮かべ、何もない所で転ぶ、情けなく無能な彼女に比べたら尋常ではない成長だった。

 

 視界を塞がれ、自由を奪われても、彼女の思考の速度は普段の任務時と何ら遜色ない。

 

 ずっと、教えられてきたのだ。

 大切な友達から。

 任務への心掛け、どうすれば思考はスムーズに行えるか。

 自分よりも遥か先を進む親友から教えられた、宝石のような知識や経験たち。それが、今のイロミの中心だった。

 

 必ず、任務を成功させる。

 友達に会うために。

 何としても。

 

 枝分かれした思考は、それぞれ稚拙ながら最後まで辿り着く。最良の結果を導き出すのではなく、最悪を回避する為の結果を、イロミの思考は収束した。

 

 ―――………………全く動けないなら……ッ!

 

 心の中で意気込むのと裏腹に、イロミは自身の動きを一切に停止させた。呼吸はなだらか。目隠しの下で、敢えて瞼を閉じる。

 

 まるで、石のように。あるいは、木のように。

 

 全く、イロミは身体の動きを停止させた。

 

 空気が止まり―――けれど、イロミの周りには、濃密なエネルギーが漂い始める。

 

 写輪眼を持つ者が、今の彼女を見たら息を呑むだろう。彼女の身体の周りを漂うエネルギーは、彼女のものではないからだ。全て、彼女の周りの万物から溢れだし、露ほどの濃度を保ち続けている。

 

 自然エネルギーは、彼女に吸い込まれ―――そして彼女のチャクラの質が変わる。自然エネルギーを、身体エネルギー、精神エネルギーと共に混合させ、循環させたチャクラ……仙術チャクラと呼ばれるそれを、彼女は生み出した。

 それに呼応するように、イロミの顔にも変化が現れる。

 

 両頬には三本の短い獣のような髭が生え、口周りには黒い痣が浮かぶ。

 

 ―――……ッ! 痛ッ!

 

 身体の細胞がバラバラになるかもしれない、そう想像させるほどの激痛が身体中を駆け巡る。それでもイロミは身体を停止させた続けた。まだまだ、修行が足りないな、と脂汗を顔中に浮かべながらも反省する。

 

 仙術チャクラは、術者に強力な恩恵を与える。

 身体能力の大幅な向上、感覚の鋭敏化、忍術のレベルアップなどなど。だが同時に仙術チャクラの扱いには、それらの恩恵と釣り合うくらいのリスクが幾つか存在する。その中で最も危険なのは、自然エネルギーの供給過多による、身体の石化だ。

 これまで偉大な才能を持った多くの者たちが仙術チャクラを身に付けようと、世界に点在する秘境を訪れ、秘境の長達から仙術を教えられるが、ほとんどが石となり、絶命していった。それ程までに、自然エネルギーの扱いは困難を極める。

 

 では、平均未満なイロミがどうして、仙術を扱えるのか。

 

 それは―――彼女の身体的特徴に起因する。

 

 大蛇丸の研究によって生み出された彼女の身体は、細胞は、細胞レベルの外敵を呑み込み、無力化することを可能にしていた。

 その細胞は、彼女の身体が歳月と共に成長するにつれて、異様な進化を続けた。細胞は、物質的外敵のみならず、自然エネルギーさえも無力化しようと蠢くようになっていたのだ。

 

 イロミが身体に取り込み続ける自然エネルギー。その量は、通常の人間であるならばとっくに石化してもおかしくないほどに、膨大だった。それでも彼女の身体は師範の姿―――イロミが仙術を学んだのは、夢迷原(むめいばら)の主であるダルマという狸なのだが―――に似始めているものの、一部分として石化してなどいなかった。

 

 身体の激痛は、供給過多の自然エネルギーを無力化しきれていない細胞の悲鳴である。だが、細胞は悲鳴を挙げながらも、無力化を停止はさせない。彼女の肉体が石化しないのは、彼女の身体が石化してしまう基準値が、常人よりも遥かに高い位置にあるからだった。

 

 逆を言えば……身体の激痛は修行不足ではなく先天的な要因という、努力によっては克服できないものであるということだ。

 

 ―――……ッ! ここ……は、小屋……?!

 

 激痛は走り続けるが、鋭敏となった感覚は辺りの様子を鮮明にイロミの意識に届けた。空気の流れ、音の反響、臭い、湿度、チャクラが拾う触感。それらの情報は、脳内に立体的に小屋の映像を浮かび上がらせる。背負っていた巻物は、自身の左側の壁に立て掛けられている。

 

 さらには、小屋の外にいる二人の男の気配も。

 

 ―――……もう、限界…………ッ!

 

 激痛が身体の感覚を消失させようと蝕み始める。朦朧とする意識。

 

 それでもイロミは、固定されている下顎を強引に動かし、猿轡を噛む。頬が裂けるが、もう痛みなんて気にするほど余裕のある身体ではなかった。猿轡を噛み千切ると、涎と共に頬から血が首筋を生温くなぞり、落ちる。

 イロミは音を立てないよう、両手を拘束する布を突き破り、さらには身体を覆う袋を右手の人差し指で小さく穴を開けた。

 

 素早く人差し指からチャクラ糸を伸ばす。それも、彼女が学んだ多くの手段の一つ。精度も密度も、仙術チャクラを使用しているにもかかわらず、ハイレベルではなく、死にかけの蛇のように蛇行して進み、しかし、確実に巻物に接続される。と同時に、イロミの身体から自然エネルギーが霧散していった。

 

 ―――……ッ! 解ッ!

 

 チャクラ糸を通して巻物にチャクラを送り込む。

 

 次の瞬間、イロミの身体は、一糸纏わぬ姿で巻物横に移動していた。

 正確には、自分自身を口寄せする術式が解放されたのだ。

 

 緊急脱出用の【仕込み】。一度使ってしまったら、次に術式を書き込まなければ二度と使用することは出来無い上に、自分のチャクラを送り込まなければならないという条件付き。術式を書き込むには巻物を開き、筆で血とチャクラを送り込みながら書かなければならず、つまり戦闘中や今のような不安定な状況では【仕込み】をする事はできない。使い勝手は極端な状況でしか発揮されないが、あらゆる状況を想定した【仕込み】が役に立ったのである。

 

 ―――次からは……、口寄せ増やさないと…………。

 

 イロミの顔からは普段のそれに戻ってはいたが、仙術チャクラの影響で身体中が痺れて力が入り辛い。脂汗が大量に顎から零れ落ち、まるで身体がスポンジのようになるのではないかとさえ思えてしまうほど。

 

 目隠しが取れても、視界は相変わらず暗闇に包まれたまま。暗闇は目隠しをされていた時よりも明るかったが、物の輪郭が見える程度でしかない。仙人モードになっている時に、空気の冷たさから、もしかしたらとは思っていたが、やはり外は夜らしい。

 

 ―――すぐに、里に戻って……。

 

 どれだけの時間、気を失っていたのか。

 まだ気を失った当日の夜なのか、日を跨いだのか、そんな余分な思考が巡ろうとするが強制的にシャットダウンする。考えても答えはすぐに出ないし、出ても変化はない。イロミはすぐさま自分がいた元の場所の衣服を纏い、最後にマフラーを首にかける。耳を澄ませて警戒したが、空気の流れに変化は無かった。

 

 ―――……バレてない、訳じゃないよね…………。多分、警戒してる……。

 

 仙術チャクラに【仕込み】の解放。小屋の外にいる二人の人間には、間違いなくチャクラの流れは感知されているだろう。

 にもかかわらず、エントリーしてこないのは、警戒しているからだ。イロミにとっては、無闇にエントリーしてくれた方が好都合だった。室内だったら、巻物を手元に置いている自分の方が有利だと思ったからである。

 

 しかし、イロミは慌てない。冷静に、先ほど束ねた思考の紐を解き、次の行動を想定する。心臓の鼓動は、さも日常のように、一定のテンポを刻み続けている。

 

 巻物を転がして、一部の紙を床に広げる。およそ二メートルほど、中身を解いた。たった少し解いただけで、夥しい量の【封】という文字が表に出る。

 

 大小様々で、不規則な位置に並ぶ【封】の文字。それでもイロミは、その一つ一つが何なのか、把握している。

 どの状況で、どんな風に使えばいいのかも。

 

 全て、全部。

 イロミのスタイルで、フウコに導かれた、努力の一形態。

 一瞬だけ、フウコの背中が見えた。

 遥か遠くで、つまりそれは、彼女と自分の距離だ。

 何を指標とする距離なのか―――多分、実力の差。

 昔から、その実力差を埋めたいと思っていた。

 彼女に勝つ為ではない。

 彼女の傍で、共に戦えるように。

 共に、楽しい日常を過ごせるように。

 

 イロミは巻物にチャクラを送り込む。

 繊細で、けれど多量のチャクラを。

 

「―――解」

 

 次の瞬間。

 巻物から、まるで津波かと勘違いしてしまうほどの大量の水が溢れ出た。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 血の、臭いだ。

 満月が浮かぶ夜の下を波のように泳ぐ風に乗って唇に貼りつく微かな生臭さは、かつての忌まわしい記憶を容赦なく思い起こさせた。

 

 倒壊し積み上げられた瓦礫の山。

 焦げた肉の臭いと鉄が腐った臭い。

 戦争という言葉。

 まだ何も知らず、何も力を持たなかった頃の、自分。

 

 しかし、あの時よりも血の香りは薄く、見渡す町の光景は何も変化のない日常。火の元からの煙が上がっている訳でも、建物が倒壊している訳でもない。

 

 なのに―――あの時よりも遥かに、鼻を刺す血の香りは強くそして汚い。

 染みのように広がっていく黒い感情を、イタチは生まれ持った強靭な冷静さを以て必死に抑え込んでいた。

 

「にい……さん…………」

「……大丈夫か? サスケ」

 

 腕に抱えるサスケを、イタチは見下ろす。大切な弟の顔には赤い血が付着している。けれど、両眼から止め処なく流れる涙は血の付着に嫌悪している訳でも恐怖している訳でもないということは、彼の表情を見ればすぐに分かった。

 落ち着かせるように小さく笑みを浮かべ、顔に付着している血を親指で拭ってやる。

 

「怪我はないか?」

「姉さんが……、姉さんが…………ッ!」

「安心しろ、サスケ」

 

 

「流石イタチだね。あともう少し遅れてたら、サスケくんは死んでたよ」

 

 

 後ろから、声。

 高級な鈴の音色よりも澄み、聞き取りやすい平坦な声を、これまで何度も聞いてきた。

 優しい妹の声を聞くだけで落ち着けたはずのそれは、今は……抑え込んでいる怒りを増幅させるだけのものでしかなかった。

 

 顔だけを振り向かせ、そこに立つフウコを見た。

 

 イタチの両眼は、意識してなのか、それとも無意識なのか、フウコを睨む双眸は写輪眼。フウコの写輪眼と、視線が重なる。

 

 低い位置に浮かぶ満月を背に立つ彼女の右手には、抜き身の黒羽々斬ノ剣が握られている。切っ先からは血が細々と滴り落ち、地面に小さな水溜りを作っている。

 

 ほんの、一瞬だった。

 ほんの一瞬だけ、何かが遅れていたら、刀はサスケの血を吸っていただろう。

 仕事を終わらせるのが遅れていたら。

 帰り道に寄り道をしてしまっていたら。

 あるいは、町に帰ってきた時、町の異変に気付くことができず、ゆったりと歩いてしまっていたら。

 

 刀を振り上げ、今まさにサスケが切り殺される瞬間には間に合わなかった。

 

 フウコの顔を見る。

 

 冷酷で無表情。その上には、べったりと、血が塗りたくられている。

 顔だけではない。

 彼女の長い黒髪にも、白い腕にも、首筋にも、足にも。

 

 その血が、果たして誰の血なのか……想像に難くない。

 静まり返る、うちはの町。子供の笑い声すら、聞こえてこない。血の臭いは、町の至る所から届いてきていた。

 

 そして―――彼女が作った血の足跡は、横に立つ自分の家から伸びていた。

 開け放たれた玄関からは、一切の灯りは零れていない。

 物音も聞こえない。

 夕飯の香りも。

 人の気配そのものが、無かったのだ。

 

 一瞬浮かび上がる、フガクとミコトの姿。その後ろに連なる何とない日常の光景には、目の前に立つフウコの幼い姿もあった。

 

 無表情で、だけど、彼女の姿は家族としては何ら違和感のないものとして記憶の中に留まっている。決して偏った感情によるものではなく、確かに家族として歩んできたからこその、事実だ。

 

 その記憶が、イタチの冷静さを保たせる。血塗れの妹が決して、こんな凶行に動くわけがないと。たとえ彼女が町を殺したのだとしても、きっと何か理由があるのだと。

 

「フウコ、何があった」

 

 心の中で願う。

 

 何かの間違いであってほしいと。

 何か原因があって、こんなことをしたのだと。

 言ってほしいという、淡い期待。

 

 平和で、平穏だった(、、、、、、、、、)うちは一族を殺した理由を―――。

 

 

「……ふふふ」

 

 

 耳を疑った。

 

 フウコが―――笑ったのだ。

 

 鼻で軽く息を吐きながら笑い、そして、すぐに彼女の笑みは大きくなる。だが、彼女が初めて笑った時のような、サスケが生まれたあの日のような、綺麗で透明なものではなかった。

 

 もっと邪悪で、あるいはもっと無邪気に、嗤いだした。

 

「ふふふ……、あはははははははははッ!」

 

 口端を吊り上げて、目端を下げて。

 子供のように。

 肩が上下し、頭をカクカクと揺らし、壊れた人形のように。

 刀を持っている右腕で腹を抱え、左手で顔を抑えて。

 フウコは嗤う。

 

 静まり返り、滅んでしまった町。それらを嘲笑う甲高い声は夜道を駆け回った。「姉さん……」と、サスケが怯えきった声を漏らす。だが、イタチは、そうではなかった。

 

 フウコへの、

 妹への、

 淡い期待は、

 生まれ持ち、育んできた冷静さが、

 瞬く間に悲しみと怒りが一つとなった殺意によって、浸食されていく。

 

「……分かってるくせに」

 

 指の隙間から覗かせる赤い瞳が嗤うのを止めて、失望した眼差しへと変貌する。

 

 フウコの姿がブレた。ただぼんやりと立っているフウコと、刀を振り上げてこちらに駆けてくる姿の透けたフウコに別れる。

 それは、イタチの写輪眼が捉えた、未来の予測。数瞬遅れて、本体のフウコはその予測に従って向かってきた。

 

 写輪眼を持っていなければ、決して反応できないであろう速度。

 クナイを右手で逆手に取り出し、瞬時に火に性質変化をさせたチャクラを帯びさせ、刀を受け止める。

 

 一切の容赦のない斬撃の重みが腕の筋肉を震わせる。

 目の前には、写輪眼を浮かべ、真っ赤な笑みを貼りつけたフウコの顔が。

 

 どうしてだろうか。

 

 大切な妹の顔が目の前にあるのに。

 心が冷えていく。

 

「フウコ、俺はお前の味方だ。本当のことを話せ」

「本当のこと? イタチは、何を聞けば本当のことだって、信じてくれるの? こんなに分かりやすくしてあげてるのに」

 

 彼女の写輪眼からは、まるで迷いが無い。

 ガラス細工のような透き通った瞳の奥、それをイタチは見つめ続ける。

 微かな曇りがあるのではないか、微かな苦悩があるのではないかと、眉間に皺を寄せて見つめ続ける。

 

「俺は……お前を信じてる」

「馬鹿みたい。血も繋がってない他人を信じるなんて……。イタチって、そんなに頭が悪かった?」

 

 それでも、淀みなく耳に入り込むフウコの声、そして迷いのない眼。

 今まで何度も耳にし、何度も見てきた。

 普段と変わらないそれらに、頭の中に起き上がる、彼女との数々の平和で平穏な毎日。

 

『流れ星って、今まで一度も見たことない。イタチは、見た事ある?』

 

 サスケが生まれる前の、淡々と夜空を見上げる彼女。

 

『でんでん太鼓を鳴らしながらだとミルクあげれないから、イタチがサスケくんを持ってあげて』

 

 哺乳瓶を片手に、真剣にでんでん太鼓を鳴らす彼女。

 

『アカデミーって、勉強以外にやることはあるの?』

 

 入学式を経た後に、どこか不思議そうに首を傾げる彼女。

 

『今日は、いい天気。×××の××××を××れたら、皆でまた、冒険したいね』

 

 ハッキリと思い出すことは出来ない不可思議な記憶の中で青空を見上げ、小さく呟く彼女。

 

「イタチ、分かってるんでしょ?」

 

 そして目の前に、笑みを浮かべる彼女。

 眼の奥が熱くなる。

 怒りなのか―――誰への?

 悲しみなのか―――誰への?

 イタチは奥歯を強く噛んでから、呟いた。

 

「……俺たちは、家族だ。血の繋がりは関係ない。フウコ頼む…………本当のことを言ってくれ。何があった……」

「……つまらないな」

 

 一歩フウコが踏み込んできた。クナイを持つ腕に力が加えられる。

 

「イタチとなら、楽しい勝負が出来ると思ったのにな。フガクさんやミコトさんと同じ。このまま、死にたいの?」

 

 また一歩、踏み込んでくる。

 

「私ね、ずっとこの日を待ってた。今まで貯めてきた努力を、思い切り吐き出せる日を。だけど、力のある人たちは皆、口を揃えて平和を言う。私が任務で殺してきた人たちは皆弱くて口先だけ。もう我慢できなかった。自分がどれくらい強いのか、忍としてどれくらい価値があるのか、知りたかったの。なのに皆、弱かったり、何もしなかったり。ふふふ、うちは一族って口ばっかりの能無しだった。フガクさんとミコトさんには期待してたんだけど、馬鹿みたいに、イタチと同じことを言ってた。つまらないから、すぐに殺したけどね」

 

 ああでも、とフウコは続けた。

 

「シスイは良かった。シスイは本気で私を殺しに来てくれた。あの夜は、楽しかったよ。楽し過ぎて、暗部に拘留されても、ずっと興奮が冷めなかったんだ」

 

 本当に楽しかった。

 凄く怒ってた。

 本気で殺しに来てくれた。

 今までのシスイと過ごした時間の中で、一番、大好きだった。

 

 冷静さと、輝かしい記憶が、塗り潰されていく。

 それでもイタチは、妹を信じる心だけは守った。

 半ば義務感に任せて。

 家族として、兄として、守るしかなかった。

 

 けれど、次に耳にした音が、最後のそのストッパーに亀裂を与える。

 

 骨の折れる音だった。

 まるで小枝が小鳥の足で折られるかのようなコミカルな音は、後ろからだった。

 僅かに顔を傾けて、目の端で捉える。影分身体であろうフウコが、サスケをうつ伏せに組み伏せているのを。サスケは右腕を後ろ手に捉まれ、口元をフウコの左手が塞いでいた。

 

 ポキリ。

 

 また、音が鳴る。

 背筋を凍らせ、頭部を熱くさせる、最悪の音だ。

 痛みに涙を流し、くぐもった声を挙げるサスケは必死にイタチに助けを求めていた。

 

「ほら、イタチ。本気を出さないと」

 

 ポキリ。

 

「サスケくんが可哀想だよ? このまま、身体中の骨を折られてもいいの? イタチは酷いね」

 

 ポキリ。

 

「もう面倒だから、腕を折るね」

 

 ゴキン。

 

 これほど(、、、、)

 |これほど、耳を覆いたくなる音が、あるだろうかと《、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、》、そう思ってしまう。

 

 サスケの両脇に、いつの間にか、フガクとミコトの姿。

 二人は悲痛な表情を浮かべて、こちらを向き、立っている。

 その後ろには、二人のフウコが。

 彼女はつまらなそうに刀を振り降ろし、あっさりと二人の背中を切りつける。倒れた二人の血は無情に地面を濡らし、動きを止めた。

 

 イタチは瞼を閉じた。

 強く、強く。

 

「……フウコ、いい加減にしろ」

「ふふふ。どうしたの? イタチ。私を見て。いつもイタチは、私を見てくれた。どうして今は、見てくれないの?」

「もう一度……訊く。フウコ、何があった」

「何もないよ―――イタチ」

「……そうか」

 

 その言葉を最後に、イタチの冷静さは、確固たるものとなった。

 

 確かに強固となった冷静さは、けれど、全く別のベクトルへと切り替わった。

 業火をも呑み込む怒りと悲しみを手早く纏め、細くし、形を整えた。さながら、刃のように。

 

 楽しかった記憶も。

 嬉しかった思い出も。

 希望に満ち溢れた未来も。

 黄金に輝いていた過去も。

 パズルのように整列させ、どんな埃が被らないように宝箱の奥底へ。

 

 そして刃を手に、瞼を開ける。

 

 世界がガラスのように粉々となった。

 

 幻術を退ける。

 現れた実の姿は、フウコが刀を振り上げこちらへと向かってくる前のそれと、幾分も違わぬもの。

 いや、少しだけ異なっていた。

 

 対峙するフウコには、どこか穏やかな表情が。

 

 イタチはちらりと、後ろを振り返る。

 

「サスケ。お前は離れて、目と耳を瞑っていろ」

「……え?」

「俺はこれから―――」

 

 そこから先の言葉が、喉元で止まる。

 きっとまだ、最後の最後に、彼女のことが大切だと思っている自分がどこかにいるのだろう。

 大切で、自分の誇りで、敬愛する、妹を。

 

 続きの言葉を言ってしまえば、もう、全てが取り返しのつかないことになってしまうのではないかという恐怖が、最後のストッパーになっていた。

 

「やだよ! 俺……だって、姉さんがこんなこと……ッ!」

 

 サスケの言葉と思いに、腕が小さく震えた。

 躊躇いは、けれど、フウコがそれをあっさりと退けようとしてきた。

 

「ふふふ。覚えてる? イタチ。昔、アカデミーの頃、ブンシ先生が言ってた言葉。掟を守れ、って言ってたよね? 掟を守れるくらいに強くなれって」

 

 鮮明に覚えている。

 ブンシの言葉を。

 他の生徒に苛められたイロミの仇討ちをした時、眉間に皺を寄せたブンシが言っていた。

 

 掟を守れ。

 

 どんな理由があっても、掟は守れ。掟は、人々を幸福にしたいという思いが作ったものだ。もし掟が気に食わないなら、それを変える掟もあるのだから、それに準じろ。

 それでも掟が許せないなら、掟を守れるくらいに強くなれ。

 守れないくらい弱いガキのくせに、生意気を言うな。

 どんな理由があっても、同じ里の人を傷つけるのは間違いで、だからあたしはお前らを殴ってるんだ。

 

 拳骨の痛みと共に思い出される言葉は、イタチの刃を強くする言い訳となった。

 

「私は、掟を破ったよ? きっとブンシ先生に怒られる。じゃあ、イタチはどうするの? 掟を破った私を、どうするの?」

 

 小さくイタチは視線を下げた。ちょうど、フウコの足元。

 眼の奥の熱さは上へ昇り、頭を熱くする。

 そして再び、熱は眼の奥に戻り、そのまま【眼】そのものへ。

 

 脳裏に浮かんだのは、いつか彼女の手を握ってアカデミーを出た時の光景。

 その手をイタチは、離す。

 あるいは既に、彼女から手を離されたのか。

 少なくとも幻術から感じ取っていた彼女からのチャクラには、容赦も躊躇いも無かった。

 

 一度、深呼吸をする。

 血の香り。

 最も大嫌いな臭いで、それらが大好きな町と大好きな家からするのが、たまらなく嫌だった。

 

「……いいだろう、フウコ」

「ふふふ。あははははッ! そういえばイタチは、今まで私に勝てたことはなかったよね? でも、殺し合いなら、どうかな?」

「俺は―――」

 

 イタチはゆっくりと顔を上げ、フウコを睨み付けた。

 

 写輪眼は―――三枚刃の手裏剣模様を浮かべた、万華鏡写輪眼へと。

 

「俺はお前を―――殺す」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 右眼の視界が黒くなった。

 暗くなったのではなく、黒く染まった。

 物と物の輪郭が白一色となり、それ以外は全て黒に塗り潰される。

 

 だが、黒い部分は徐々に、焦点に向かって円形に凝縮されていく。黒い部分が凝縮されていくにつれて、右眼は激痛に苛まれ、血涙を流した。それでも黒い部分は揺るがない一定の速度で、焦点に集中した。

 

 さながら、太陽の光を虫眼鏡で一点に集中させるように。

 焦点は、フウコの顔を捉えていた。

 

「……ッ!?」

 

 フウコの表情が一瞬だけ強張る。イタチの両眼が万華鏡写輪眼に変わっていたこと、そして血涙を流す右眼が自身の顔を見ていること。彼女は凄まじい速度で印を結び、両手で道の上を叩いた。

 

「土遁・案山子壁(かかしかべ)ッ!」

 

 フウコの前に、地面が抉れ石の壁が出現する。途端、彼女の顔の位置を防ぐ石の壁に、炎が点火された。

 ただの炎ではない。

 夜よりも深く、太陽よりも熱を発する、黒炎だった。

 

「……それが、イタチの万華鏡写輪眼の力なんだね」

 

 激痛のあまり右手で右眼を抑えるイタチを、フウコは壁の横から顔を出して呟いた。

 

「あまり使わない方がいいよ? すぐに身体が疲れるから」

「……フウコ………お前に手加減ができるほど、今の俺は冷静じゃない…」

「嬉しい。私を本当に殺す気で来てくれるんだね。じゃあ、今度は私の番だね」

 

 石の壁の後ろから、三つの影が飛び出す。

 三体の影分身体。一人は壁伝いに走り、一人は家の上を走り、一人は上空から。

 イタチは右手を離す。

 既に右眼は、激痛のあまり通常の眼へと戻ってしまっていた。左眼の万華鏡写輪眼は左手の壁を走るフウコと上空のフウコの動きを予測していたが、右手の方は捉えきれない。

 

 すかさず、自身も影分身の術を使い、一体だけ影分身体を作る。その一体を、右手の彼女に。オリジナルはほぼ同時に、クナイに炎を纏わせ右手の彼女に投擲し、左眼で左手の彼女と視線を交わす。

 

 写輪眼による幻術で、その彼女を取り囲む。

 

 だが、その幻術も、これまでのそれとは大きく異なっていた。

 相手の意識の中に入り込むような侵入感。肉体と精神の時間の進む速度の乖離が何を示しているのか、イタチはすぐに理解し、左眼の万華鏡写輪眼の特性を把握した。

 

 精神世界においておよそ二十四時間、彼女を押しつぶし続けた。

 絶叫の元に意識を手放した影分身体の彼女は元のチャクラへと霧散した。

 

 そして、左眼にも激痛が。だが、左眼は右眼のようにはならなかった。血涙は流れたが、それでも、通常の写輪眼に戻る程度。既に左眼は、石の壁から顔を覗かせているオリジナルを観測していた。上空のフウコには目もくれない。

 

 オリジナルは印を結んでいた。彼女の片腕しか見えないが、どの印を結んでいるのか、腕の筋肉の微かな隆起と腕の動きで術を予測していた。

 

 上空のフウコが迫ってくるが、右手側に異変から爆発が。

 

 起爆札を忍ばせていた影分身体のイタチが自爆をし、右手側のフウコ諸共吹き飛んだ。爆風は、オリジナルが投げたクナイを真横に軌道を変え、回転しながら上空のフウコの首を切り落とす。

 

 フウコとイタチの間に、上空のフウコが霧散して現れた小さなチャクラの煙が、一瞬だけ視界を遮った。イタチは印を結ぶ。

 

「風遁・風切阿吽(かざきりあうん)

 

 結び終わる前に、フウコは術を発動させた。

 風が音たてて、爆発する。

 黒炎を纏った石の壁は爆発に身を任せて、散弾のように広がりイタチを穿とうとしてくるのを、写輪眼は一つ一つ観測し、その中心点を導き出した。

 

「火遁・豪火球の術」

 

 中心点に目掛け放たれる巨大な炎の塊は、サスケが身に着けたそれよりも三倍ほどの大きさとうねりを以て散弾を呑み込み、塵へと返していく。呑み込まれなかった散弾は壁や家を砕き、抉り、衝撃によってやはり、塵になる。

 燃やすものを失った黒炎は消えてなくなり、炎の塊はそのままフウコをも呑み込もうとする。

 

 普通の上忍や暗部なら、完全に躱し切ることは困難なタイミングだ。

 

 だが、イタチは知っている。

 彼女なら完全に躱して見せることを。

 これまでの忍術勝負で、そうだった。

 忍術でも、幻術でも、体術でも、彼女を捉えきれた試しはない。

 

 彼女は誰よりも速かったから。

 自分よりも遥かに、先を歩いていたから。

 

 だから、イタチは炎の塊を、再び右眼を万華鏡写輪眼へと変貌させて焦点を合わせた。

 黒炎が灯り、炎そのものを燃やし尽くす。

 フウコの姿が見える。彼女の表情は小さく瞼を開き、驚いていた。

 同時に、左眼も再び、万華鏡写輪眼へ。

 右眼の激痛。朦朧とし始める意識は、けれど確かに、イタチの中の怒りを軸に保たれていた。

 

 左眼がフウコの双眸を捉え―――イタチが規定した精神世界へと引きづり込んだ。

 

「……ふふふ、イタチは凄いね」

 

 両腕を吊るされ拘束された彼女の精神は、しかし、目の前に立つイタチを笑ってみせた。孤独で束縛されたというのに、嗤っている。

 

「左眼の万華鏡写輪眼は、幻術系なんだ。でも、イタチも知ってるよね? 私も、万華鏡写輪眼を使えるってこと」

「ああ、分かってる」

 

 彼女が万華鏡写輪眼を開眼しているのは、知っていた。

 どういった経緯で知ったのか、今は、思い出せないが。

 相手の意識を一瞬で眠らせる【高天原】

 相手の身体を操ることが出来る【天岩戸】

 

「同じ万華鏡写輪眼なら、私の方が長く使ってるから、こんな幻術、すぐに解けるよ。いくら幻術の時間を調整できても、意味がないよ」

「そうだろうな。お前なら、俺が何をしても、すぐに終わらせることが出来る」

「次は、何をしてくるの? さっきの炎を炎で燃やすのは、驚いたけど、今度はどうするの? ふふふ。もっと、色んな事してみせてよ。忍術勝負の時みたいに」

 

 彼女の両眼が万華鏡写輪眼へと変わる。

 左右非対称の、不可思議なそれに。

 同時に、世界にヒビが入り始めた。

 もう数秒もすれば、幻術は破られるだろう。

 

 けれど、それは、予測していた。

 冷徹な殺意が導き出した、確固たる予測は、既にフウコを詰んでいた。

 

「終わりだ、フウコ」

「どうして? 幻術に嵌めただけで、勝ったつもり? 幻術が解けても、一瞬しか時間が進んでいないのに―――」

「終わりなんだ、フウコ」

 

 世界が砕かれ、

 現実が現れる。

 フウコの息を呑む音が、すぐ目の前で聞くことが出来た。

 

 イタチの左眼の万華鏡写輪眼の力―――月読。

 それは、術者があらゆることを規定した精神世界に相手を引きづり込む幻術。精神世界の時間も空間も、イタチが決め、相手は実体験と錯覚させられてしまうほどの強力な術だ。

 

 一瞬を何十時間にも引き延ばすこともできれば、逆に、数秒を一瞬に縮めることも、出来る。

 

 精神世界での短い会話は、現実世界では数秒の時間を経たせていた。

 

 精神世界と現実世界でのラグ。

 フウコは、影分身体が経験した月読を元に、現実世界の情景を予測するだろうということを、イタチは読んでいた。故に、影分身体と作り、オリジナルを含め三方向を囲み、今まさにクナイで彼女の急所を捉えようとしているなどとは、フウコは思わなかった。

 

 三体同時。

 

 今から両眼の万華鏡写輪眼で一人を眠らせ、一人を操作しても、最後の一人は間に合わない。

 

 つい先ほど手に入れた、万華鏡写輪眼の力を、イタチは類稀なる才能と、生まれ持った冷静さによって、完全に使いこなすことが出来ていた。

 フウコの思考すら上回る、状況把握能力。

 

「イタチ―――ッ!?」

 

 驚愕に染まったフウコの声が、イタチの耳に届くが、クナイは止まらない。

 

「死ね、フウコ」

 

 そして、

 三体のイタチのクナイは、フウコの皮膚を突き破り、

 

 

 

 折れた。

 

 

 

 金属音が、夜に残響し、思考が停止してしまったイタチの耳に不気味に残る。

 

 どうして、クナイが折れたのか。

 クナイの先には、確かにフウコの皮膚を突き破った肉の感触はある。しかし、そのすぐ下が、鎧を纏ったかのような硬い感触で塞がれている。

 

 印を結ぶ暇は与えなかった。

 肉体の下に鎧を埋め込むなどということは、これまでのフウコの動作からは考えられない。

 

 オリジナルのイタチ―――クナイを胸に突きつけている、真ん中の―――は、顔を上げて、フウコの顔を捉えた。

 

 彼女は嗤っている。

 血塗れの顔の周りには、灰色のチャクラが漂い始めた。やがて灰色チャクラは、彼女の身体の下から浮かび上がるように溢れだし、半面に割れた般若の面が、姿を現した。

 

「ふふふ、残念だったね、イタチ。結局、私には、勝てなかったね。万華鏡写輪眼を頼っても、勝てなかった。弱いね、イタチは」

 

 クナイを折ったそれが、姿を現す。

 左腕三本、右手二本の、チャクラの塊。

 それが両腕を一本ずつを振るって、まず二つの影分身体を吹き飛ばす。

 残った腕はオリジナルのイタチを掴まえた。

 万力のような力が、イタチの身体を押し潰そうとする。

 両腕の骨に、ヒビが入った。

 

「……ッ!?」

「ふふふ、このまま押しつぶしてあげる?」

「兄さんッ!?」

 

 後ろのサスケが声を張り上げ、フウコに向かった。その両眼は、彼が求めていた写輪眼へと進化している。

 フウコはつまらなそうに、チャクラの腕でサスケを払い、後方へと吹き飛ばす。

 

「……フウコ…………ッ!」

「イタチは弱いね。凄く弱い。可哀想なくらいに。あんな虫みたいに弱いサスケくんが助けに来ようとするくらい、弱いね」

 

 頬を優しく撫でられる。

 べっとりと付いた血が付着している左手で。

 憐れむように見上げる彼女。

 二度の万華鏡写輪眼の使用で、イタチの両眼はもう、写輪眼へと戻っていた。本当なら、通常の瞳に戻ってもおかしくないほどのチャクラの枯渇と身体の痛み、疲弊。しかし、怒りだけを糧に、両眼はその状態を保った。

 

「だから、今日だけは、生かしてあげる。もう、弱い人を殺すのは飽きたから。でも次に会った時は、殺してあげる。こんな風に、押し潰して」

 

 さらに力を込められた。

 肋骨に、ヒビが。

 

「……ッ!」

「あはははッ! 怖い? 死ぬのが、怖いでしょ? イタチは弱いから、死ぬのは怖いよね。安心して、殺さないであげるから。だから、もう二度と、私に顔を出さない方がいいよ。きっと、私は怖いから」

「……ふざけるな……お前は、俺が…………ッ!」

「バイバイ、イタチ」

 

 途端に、チャクラの腕から解放される、浮遊感。

 

 そしてフウコの左手には、チャクラの塊が。

 完全な球形のそれは、小さな台風のようだった。

 

「螺旋丸」


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