【うちは一族抹殺事件】から、一週間後。
うちはの町は、完全封鎖されていた。町の門は【立入禁止】と書かれた細長い紙が何枚も横断し、さらにその手前には赤色のコーンと白いポールが置かれている。平日の昼間だというのに、門の奥からはおろか、塀の周りは水を打ったように静かで、人影すら見当たらない。
サスケは、たった一人で、町の中を歩いていた。
そう、たった一人だ。
うちはの町には、もう、誰もいない。
皆……死んでしまった。町そのものがもう、日常という呼吸をしなくなったのだ。
動くこともなく、呼吸もしなくなってしまった町は無機質な石と同じで、冷たく、吸い込む空気すら乾いているような気さえしてしまう。道の脇に並ぶ家屋、小さな店先、どれも、ついこの間まで―――あの些細で透明だった日常―――と何ら変化が無いのに。
あの夜。
あの悪夢のような夜は、間違いなく現実としてあったのだと、無言の町が言っているようだった。これまで、そしてからもずっと、温かい居場所だったはずなのに……。
家の前に着いても、温かさは記憶の中からの残り香からしか感じ取れなかった。
玄関を開けると、ガラガラと引き戸が音を立てた。賑やかなその音は廊下の上を何の抵抗も受けることもなく響き渡って、吸い込まれていく。
返事は……無い。
だが、記憶が、幻想を見せた。
『あらサスケ、おかえりなさい』
優しい笑顔を浮かべて、前掛けで手を拭きながら声をかけてくれるミコトの姿。
『お風呂沸かしてるから、すぐに入るのよ? 今日の修行はどんなことしたの?』
『投擲の修行したんだ』
応えたのも、記憶の自分だった。目の前に立つ幻想の自分は陽気に笑ってミコトを見上げている。
『今度、私が教えてあげる? これでも私、手裏剣術は得意なのよ?』
『いいよ。母さん、忙しいだろうし』
『あら、残念。ふふふ』
その幻想は瞬く間に空気に溶けるように消えてしまい、再び、冷たさが足元を覆い乾いた空気が首筋を撫でる。鼻の奥か熱くなった。
―――……ただいま…………。
家に上がった。ぼんやりとしたまま、目的もなく、ただ廊下を進み、部屋の中を放浪とする。部屋に入るたびに、廊下の歩くたびに、記憶が刺激されて幻想が生まれ、そして消える。
まるで、これまでの大切に貯めていた記憶が身体の外に抜け出ていって、どこか遠くへ消えていってしまうのではないかと思えてしまうほどに、次々と幻想が溢れ出てくる。
『アカデミーの方はどうだ?』
台所に入ると、フガクの声と姿が。
『楽しいよ。でも、実習授業は少しつまらないかな……』
『うむ。だが、授業は真面目に受けるんだぞ。いずれ、お前の為になることばかりを教えてくれるのだからな』
『うん、分かってるよ』
『どうだ? 今度、アカデミーが休みの日に、修行を付けてやろうか?』
『だったら、忍術教えてよ。俺、火遁の術を使えるようになりたいんだ』
また、幻想は消える。記憶が抜け出ていくと一緒に感情の出て行ってしまったのか、もはや悲しみや苦しみも感じない。空っぽになってしまったかのような空虚感。それでも、どうしても心の中には、一つの感情だけが木炭のように煌々と熱を持って残っている。
「……姉さん」
最後に訪れたのは―――フウコの、部屋だった。
物があまり置かれていない簡素な室内は、これまで見てきた光景の中では最も無機質さに違和感はなく、静けさが様になっていた。
死んでしまった、うちはの町の中で一番相応しい空間。
大好きだった町を殺した人物の部屋。
怒りが―――心の中で燻る唯一の感情が―――蠢き始めた。
そしてどういう訳か、また、幻想が。
『姉さん、今日は暇なんだろ? 修行付けてくれよ!』
壁に背中を預けて座り本を読む姉に、跳ねるように声をかける自分。
そんな自分が、あまりにも、間抜けに見えた。
『……暇だけど…………、イタチに頼んだ方がいいよ? 上忍だし、教えるのはイタチの方が上手だから。イタチは今日は、暇のはず』
『兄さんが暇なのは知ってるけど……。いいだろ? たまには姉さんに教えてほしいんだ』
『たまにはって、言われても。教える内容は同じのはずだから、やっぱり、イタチの方がいいよ。イタチが断ったら、私に言って。その時は、教えてあげるから』
『ホント?! じゃあ、待ってて!』
何も知らない馬鹿みたいな自分の幻想が横をすり抜けていく。
目の前には、本を読み続けるフウコが。だがフウコはゆっくりと立ち上がり、こちらを見下ろす。額から、肩から、服から、赤い血が零れ始めた。
右手には、抜身の刀。口元を大きく歪めて、笑っている。
「…………ッ!」
壁の横に置かれている背の低い本棚。
その上には、でんでん太鼓が置かれている。記憶の古い所にある、まだ背の低い姉の後ろ姿がフラッシュバックして、軽快な音が頭の中をガンガンと叩きまわった。
煩いでんでん太鼓を、フウコの幻影に叩きつけた。
でんでん太鼓は幻影を通り抜けて壁にぶつかり、周りにくっ付いていた多くの装飾がバラバラに外れた。コン、と、紐で繋がれていた石が偶々太鼓の部分を叩く音が部屋に響き、無感情に鼓膜を揺さぶる。
幻影は最後まで醜い笑みを崩さないまま、溶けて消えていった。
「……父さんの、言った通りだったんだ」
フウコは、家族じゃない。
あの時。
フウコが暗部に連行された夜の時に言っていた父の言葉は、正しかったのだ。
間違っていたのは……自分だった。
父を殺し、母を殺し、兄を傷つけ、一族を滅ぼした、あの女は、家族ではない。
敵だ。
殺さなければいけない、仇を討たなければならない、敵だ。
もう二度と、姉などと呼ぶことはしないと、サスケは奥歯を噛みしめながら心に誓った。
☆ ☆ ☆
「……おい、サスケ」
うちはの町の門の前に、ナルトが立っていた。今日は平日であり、まだアカデミーも終わっていない昼間だ。療養という名目でアカデミーへ登校していないサスケとは異なり、ナルトがそこに立っている理由は特にない。だがサスケは、さもナルトがそこにいないかのように平然と横を通り抜けようとする。
「無視すんじゃねえッ!」
乱暴に襟元を掴まれ引っ張られる。踏み止まることなく、引っ張られるままに、近距離でナルトの顔が視界に入った。
アカデミーでも何度か、似たような場面があった。
体術の実習授業、手裏剣術の授業。
その度に彼は突っかかってきて、授業だというのに半ば勝負のような雰囲気となってしまい、けれど毎回自分が勝ち、そして喧嘩腰に睨んでくる。正直、鬱陶しいやつだとサスケは思っていた。
今もその評価は変わらない―――いや、今までは、心のどこかでは、面白いやつだと思っていた部分も実はあったのだが―――。鬱陶しいやつだと、投げやりな感情しか湧いてこない。
無気力にナルトの青い瞳を眺めていると、ナルトは怒った表情で声を荒げた。
「おい、何があったんだってばよ……。どうして、うちはの町がこんなことになってんだよ?!」
「……お前には関係ない。手を離せ」
「応えろッ!」
耳が痛くなるほどの怒鳴り声だったが、応えるつもりなどなかった。
あの夜のことも、フウコがした事も、もう二度と思い出したくもないし言葉にもしたくない。
腕を捻り、手を離させようかと左手を動かそうかと考えた時、ナルトの口から信じられない言葉が出てきた。
「なあ、フウコの姉ちゃんは無事なんだろ?! 今どこに―――ッ!」
ナルトの頬を思い切り殴りつけていた。ナルトは横に尻餅をつき、襟元を掴んでいた手が離れる。自由になった肩で、ナルトを見下ろす。
黒い瞳の周りを囲う黒い線。その上に浮かぶ一つの勾玉模様。自覚なく、サスケは写輪眼になっていた。
「俺の前で、あの女の名前を言うな」
口の中が切れたのか、口端から零れる血を手で拭うナルトがこちらを睨み付けてくる。
「……何すんだテメエッ!」
立ち上がり右手が顔を目掛けて飛んでくるのを、サスケは最小限の動きで躱しながら、右足で腹部に蹴りを入れる。再びナルトは地面に腰を打つが、立ち上がって今度は蹴りで足を狙ってきたが、避け、今度は右手で顔を殴ってやる。
写輪眼はナルトの動きを精密に捉えていた。殴ってくる拳の動き、蹴ってくる足の動き、重心の動き、身体運び。
それら全てから、フウコの動きが垣間見えた。ナルトとフウコの関わりについてどうでもいいことだったが、フウコの姿がナルトの後ろに見え隠れし、苛立ちが高まっていく。叩き込む拳や蹴りに力が入った。
瞬く間にナルトの顔は殴打の痕に塗れ、地面に倒れた拍子に擦った傷が至る所についていた。気を失ってはいないが、力無く仰向けに倒れているナルトを、無傷なサスケは冷酷に見下ろしていた。
―――……もっと、強くなってやる。
心の中で、フウコの姿をちらつかせるナルトに言い放つと、背を向けて歩き出す。後ろから、ナルトが泣く声が聞こえてくるが、すぐに聞こえなくなった。
―――あいつよりも……そして、
そうすれば、フウコを殺すことができると、サスケは思った。
もう自分の中に残っている大切なものは、たったの一つだけ。未だ入院している兄、イタチだけだ。唯一の繋がりで、何があっても、決して手放しはしないもの。
まだ自分は弱い。フウコの足元にも及ばないほど、全くの無力だ。
これから力を付けていく。誰よりも努力をして、必ずフウコを追い抜いてみせる。だが、フウコを殺すとなった時、きっと、イタチは止めるだろう。危険だからと言って、代わりにフウコを殺しに行ってしまうかもしれない。
あるいは……むしろ、イタチはまだ、フウコのことを信じているかもしれない。
兄は自分よりも、フウコと関わっている時間が長い。それに、優しい人格だ。まだ信じていることもあるかもしれないと、サスケは思った。
そのことを責めるつもりは、全くない。偉大な兄の優しい性格なら、ありえること。あの夜、フウコと対峙した彼の後ろ姿は、殺すと明言しながらもどこか躊躇っているようにも見えたことも、そう思わせる原因だった。
復讐はするな。いずれ、言われるかもしれない。もしかしたら、その時の自分は怒りに震えるかもしれないが、それでも、軽蔑はしないだろう。しょうがないことだと、サスケは思う。
問題なのは、その兄にいずれ、自分の復讐を止められるかもしれないということ。力尽くで止められるかもしれない。
だから、強くなる。
フウコよりも。
そして、イタチよりも。
サスケはそのまま、イタチが入院している病院へと赴いた。個室のドアを静かに開けると、静寂な空気が顔に当たる。薄いカーテンの光を背景に、ベットで横になっていた彼がこちらに顔を向けると、微笑んだ。
まるでこちらを安心させるような、優しい笑み。
けれど、その笑みには、どこか辛さが見え隠れする。
暗い感情を押し殺したような、固さである。
「兄さん、身体の調子、どう?」
「……安心しろ。担当医の方が言うには、もうすぐで退院だそうだ」
「そっか。良かった」
もう二度と、兄に辛い思いはさせない。
危険なことをしてほしくない。
あの夜のように、フウコの気紛れなのかどうか分からないけど、死んでもおかしくない状況に向かわせたくない。
父の仇も、母の仇も、一族の仇も。
―――全部、俺がやる。……俺が、あいつを殺す。
☆ ☆ ☆
ブンシの友人関係は、意外にも幅広い。決して口が良いという訳でもなく、ヘビースモーカーな上に大酒呑み、さらには怒りの沸点があまりにも低いというのが、彼女を詳しく知らない者たちの基本的な評価だ。至極真っ当な評価であり、ブンシ自身もその評価は間違っていないだろうと思っている。平日の昼間、人が適度に行き交う里の街中を一人で歩きながら、チラチラと飛んでくる尖った視線を背中で受け止めながらも、ブンシは平然と歩いていく。
―――……昼間はこんな感じなのか。随分、変わったもんだな……。
長閑な雰囲気を、首筋とロングコートを撫でる陽気な風を感じ取りながら、黒縁の眼鏡を通して街中の景色を眺めながら、歩く速度を変えないまま進む。
平日の昼間に―――つまりアカデミーが開校している日に―――街中を歩くのは久しぶりだった。どれくらいぶりだろうか、と考える。少なくとも、五年以上は期間が空いているだろう。
ブンシは今日、アカデミーを休むことにした。教師が休む、という表現が正しいのかどうか定かではないが、風邪を引いたからという、くしゃみが出そうになってしまいそうないい加減な嘘をついたのだから、正確にはサボったと言った方がいいかもしれない。有休を除いて(ブンシは有休をとっても、基本的に【趣味】でアカデミーに顔を出していたのだが)平日の昼間に街中を歩くのは、実は初めてだった。
「おや? ブンシちゃんじゃないか」
ちょうど、右手側の食事処の前を通り過ぎようとすると、入口の方向から声をかけられた。見ると、そこには奈良シカクが立っていた。
ブンシは立ち止まり、コートのポケットに入れていた両手を取り出し真っ直ぐ腰の横に伸ばすと、礼儀正しく頭を下げた。
「御無沙汰してます、シカクさん。いつも、シカマルくんをお世話させてもらってます」
アカデミーでは決して生徒を【くん付け、ちゃん付け】などしないが、こういう場合には、そう言った言葉の運用が必要な時があることは重々承知している。もちろん、頭を下げたのは彼が年上であり、生徒の親であるということもあるのだが、良好な関係を築いているということもあるからだ。
どれほど親しくても、挨拶だけは礼儀を正すというのが、ブンシのポリシーの一つだった。
顔の右半面に二つの傷痕を残す強面そうな顔を、シカクは優しい笑みに変えた。
「相変わらず、ブンシちゃんは固いな。ウチの女房とはえらい違いだ」
頭を上げながら、ブンシは困ったように口をへの字にした。
「あの、毎回毎回、奥さんと比較するの止めてくださいって。聞いてるあたしがヒヤヒヤするんすから。あと、ちゃん付けも止めてください」
「まあまあ、いいじゃねえか。ブンシちゃんは俺より年下なんだからよ」
「シカクさんが、奥さんはガサツで口悪いって言ってましたよって、大声で伝えに行きますけど良いっすよね?」
「……それだけは、勘弁してくれ。俺の小遣いが…………また減っちまう」
どうやら上忍である彼の給料は、頭の先から爪先まで、女房に掌握されているようだった。あまり貴重ではない情報である。ブンシはため息をつくと、シカクは呟いた。
「今日はアカデミーはどうしたんだ?」
「有休っすよ。ほら、あたしって真面目なんで、たんまり余ってるんですよ」
これも言葉の運用と同じで、あっさりと嘘を付いた。歯が浮きそうになる嘘だったが、シカクは納得したように深く頷いた。
「よくシカマルの奴から、ブンシちゃんの―――」
「あ?」
「……【君】のことは聞いてる」
「すぐにキレて、授業中に煙草を吹かす暴力教師だって?」
「どうせあいつのことだ、授業中に居眠りでもしてたんだろ?」
「でも、頭は良いと思いますよ。シカクさんに似て。面倒くさがりですけど、友達もいますし。良い生徒です」
良い部分を曖昧に包んで伝える。教師になって最も身についたスキルはおそらく、嘘は言わないという心構えだろう。
「君がそう言ってくれるなら安心だ。どんどん、あいつをぶん殴ってやってくれ」
「……普通、もっと怒り方を工夫しろとか、そういうことを言うべきっすよ?」
「なに、あいつには世の中の厳しさってのを教えてやった方がいいんだよ。それに、君は真面目で優しいからな、そこの所は信頼している」
「はあ……、どうも」
あまり真面目で優しいつもりなんてないのだけれど、とブンシは思いながらゆるゆると頷いた。
よく分からないのだが、どうやら親しい間柄の人物達からは、ブンシは実は真面目で人情に厚いという風に思われているらしい。どこをどう見ればそんな風に思えるのか分からないが、不当な評価を下されるよりは気楽だったため、落ちている小銭を拾う感覚でその高評価に甘んじている。そして甘んじていたら、気が付けば、それなりに交友関係が広がっていたのだ。
「どうだ? まだ昼食を済ませていないなら、一緒に食べないか? シカマルのことも、他にアカデミーでどんな感じなのか知りたいしな」
「あー、すんません。あたしこれから、少し用があるんですよ」
用事。
今日、アカデミーをサボった理由の中心である。
「昼飯はその後に済ませようと思ってるんで、また別の機会ということで勘弁してもらえませんか?」
仕方ない、と頷くシカクと別れて、道を進む。到着したのは、病院だった。【木ノ葉病院】と書かれた石の柱が立つ簡素な門の前には、一人の女性が立っていた。
癖の強い黒の長髪と額には木の葉の額当て。紅い瞳と長い睫は非常に女性的で、包帯のような短い丈の衣服は、どこか病院には不釣り合いな恰好のように思える。
夕日紅は、ブンシの姿を見るや否や腕を組み、眉間に皺を寄せて険しい表情を作った。ブンシは懐から携帯型の灰皿と煙草を取り出した。煙草を咥え、マッチで火を付ける。手首のスナップを利かせてマッチの火を消すと、灰皿にマッチを入れた。
「よお、紅。待たせたな」
と、ブンシは紫煙を吐きながら呟いた。
「なんだ、メシ食ってねえのか? 下手なダイエットしてっと、短気になるぞ」
「……誰のせいで私が怒ってると思ってるのかしら?」
「ったく面倒くさい奴だなあ。いいじゃねえかよ、アスマにだって予定があんだよ。デートに誘うなら、もっと日を選べアホンダラ」
「何の話しよッ!?」
「あ? ちげえのか? なんだ、もしかしてフラれたか? わーったわーった、今度何か奢ってやるから。ったく仕方ねえなあ」
「だから、アスマは関係ないわよッ!」
顔を真っ赤にしながらヒステリックな声を出す紅だった。病院の前なんだから、と思うが、自分も煙草を吸っているのだから文句は言えない。呆れ顔で眺めているブンシに気を抜かれたのか、紅は細く整った鼻から深く息を吐いてから黒髪を撫でて、腰に手を当てた。
「……いい加減、私を呼びだす時にドアを蹴るの、止めてもらえない? ポストに手紙だけ置いていきなさいよ。あと、早朝にやらないで。ビックリするじゃない」
紅に声をかけたのは―――正しくは、彼女の自宅のドアを三度ほど蹴り、ポストに日時と待ち合わせ場所だけを書いた紙キレを投函した―――まだ太陽が見えない早朝だった。その時間に起きるのがブンシの日課である。
携帯灰皿に灰を捨てて、呟く。
「もう慣れただろ? ガキん頃からなんだから」
「全然」
「分かった分かった、分かったっての。はいはいあたしが悪うござんしたよ。次から気を付けっから、マジで機嫌直せ。どうせお前、昼メシまだだろ? 奢ってやるから」
「……まあ、それで手を打ってあげるわ」
まったく、と眉間の皺を無くして両手を広げた紅は呆れ顔を浮かべた。
紅とは下忍の頃からの付き合いである。同じチームとして行動していた為、互いの性格は嫌と言うほど理解している。ブンシにとってはおそらく、最も気心の知る友人だろう。アカデミーの教師になってからこうしてプライベートで顔を会わせる機会は極端に減ってしまったが、ズレのようなものは感じられなかった。
「それで? 私は何をすればいいの?」
と、紅は呟いた。ブンシは短くなった煙草を灰皿に入れて、灰皿をコートの懐に仕舞った。
何をすればいいのか。何も知らなかった子供の頃から、紅を呼び出す時は何かを手伝ってもらう時が大抵のパターンである。
しかし、今回は、手伝ってもらうことは何もなかったりする。ブンシは少しだけ悩んでから、
「ま、流れに任せる」
と応えた。
「あんたの流れって、いつもまともな方向に行かないのよね。まあ、大体私も予想はできてるからいいけど」
二人は前後に並んで病院に入った。前がブンシ、後ろが紅である。ドアを開けると、煙草の香りとは真逆の清潔な空気が顔に貼りついて、あまり良い気分ではなかった。教師が病院に訪れるというのは、不吉以外の何物でもないということは、ブンシは理解していた。
正面の受付を無視して、二階に上がる。医療忍者の看護担当の者たちが待機している部屋に入った。いきなり入ってきたブンシと紅に、彼ら彼女らは不思議そうな表情を浮かべていたが、一人の女性が固い笑顔を浮かべて近づいてきた。
「あの……、何かご用でしょうか?」
「猿飛イロミの担当医はどこだ?」
ブンシの言葉に、室内の彼ら彼女らの表情が一瞬だけ固まった。火影の養子である彼女の担当医を呼べ、というのは意外だったのだろう。
「貴方は……、彼女とどのような……」
「あの馬鹿がガキの頃に世話してたアカデミーの教師だ。んなもん関係ねえだろ。さっさと出せ。いねえわけねえだろ?」
後ろから紅のため息が聞こえてくる。また厄介な事になりそうだと思っているのだろう。それでも文句や注意を言ってこないのは、ありがたかった。きっと彼女以外の人間だったら、厄介な事がやってくる前に止められていたはずだ。
目の前の女性は「分かりました」と頷いてから部屋を出て行った。
部屋の中に残った彼ら彼女らは通常の業務に戻ったが、時折、視線が飛んでくる。この中に知り合いはいない。粗暴なやつだ、と思っているのかもしれない。アカデミーの教師という肩書も本当かどうか、と思っていることも考えられる。普段ならそんな視線は気にならないが、今だけは腹立たしさを覚えてしまった。
おそらく緊張しているからだろうと、ブンシは心の中で判断する。
【うちは一族抹殺事件】から二ヶ月と二週間ほどが経過していた。その間、ブンシは多くを考えた。結局は、感情の混乱も多くの考えにも決着は付かないままだった。心のダメージが大きかったせいかもしれない。事件前からも事件後からも、あまりにも波乱が多かった。実のところ、家を出る時でさえ、多大な決断が必要だったのだ。
煙草を吸いたくなる。
部屋に担当医の男性が入ってくると、彼はブンシと紅に「別室で、話しを伺います」と言い、招かれるままに別室へと入った。
その部屋は、おそらく、従業員の休憩所か何かなのだろう。簡単な机と椅子、壁際に並べられた医療忍術関係の書物や雑誌が並べられている背の高い本棚しか物がない。
ブンシは真っ先に椅子に座ると、対面に担当医と、担当医を呼んだ女性が並んで座った。紅は後ろに立つことにしたようである。
「……わりぃけど、煙草吸っていいか?」
「ええ、どうぞ」
と、担当医は頷いてから、室内の窓を小さく開けた。こちらの苛立ちを感じ取っていたのだろう。携帯灰皿を机に置いてから、ブンシは煙草に火を付ける。大きく煙を吸い込み、肺に詰め込むが、緊張は解けなかった。
あっという間に煙草は短くなり、二本目を取り出し火を付けて、喉元で止めていた言葉を吐きだす。
「……イロミの容態について訊きたい」
そこで一度、大きく息を取り込む。
「あいつは今……どんな感じなんだ?」
イロミが意識不明の重体だというのは、イビキから聞いていた。というのも、そもそも、【うちは一族抹殺事件】を知ったのが、彼を経由してからだったのだ。事件から二ヶ月と二週間が経った今でも、彼から事件の新情報が無いか聞いているが、およそ一ヶ月前に発表された最終報告を機に碌な情報は手に入っていないようだった。
担当医の目を真っ直ぐ見る。彼は視線を微かに震わせながら呟いた。
「貴方は、イロミさんがアカデミーの頃の教員だったと聞きましたが……今でも、イロミさんとは親しい仲ですか?」
「知らねえよ。あいつはあたしの生徒なだけだ。あいつがあたしのことをどう思ってるかなんて、聞いたこともねえ。……早く言え。あいつの身体は治ってるのか?」
今では、イビキから聞けるのはイロミの容態だけである。おそらく、養子ではあるが、イロミが火影であるヒルゼンの娘だからだろう。暗部である彼の耳に逐一情報が流れ、それを聞いている。
ここ最近で聞いたのは「治りかけていた喉の損傷が悪化した」というものだった。自身の身体の状況を知った時に、叫び声を上げてしまったかららしい。アカデミーの頃までしか碌に彼女のことを覚えていないが、泣き虫で臆病者だった彼女は、しかし一度として身に降りかかる事に絶叫をあげることはなかった。特に、友人であるフウコがアカデミーを卒業してからは我慢強く、いくら涙を目に溜めても消して零すようなことはなかった。
そんな彼女が、叫び声を上げたという事態が、異常のようにしか思えない。
担当医は唇を覆うように手のひらで撫でて、頷いた。
「喉の損傷を除き、全て完治しています。……ですが…………、おそらく今後、忍として活動することは、難しいと思います」
「……どういうことだ?」
「彼女の両手の甲から指先に掛けて神経が、無くなっているのです。経絡系も喪失していて、両手と指を動かすことはできないでしょう。両手だけではなく、骨折部位も、局所的に喪失している部分があるのです」
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が、意識を揺さぶった。シスイが殺されたと知った時、フウコが殺害の容疑者だと知った時、フウコがうちは一族を滅ぼしたと知った時、それらと同レベルの衝撃。緊張しきった意識は逃げるように眠気を誘おうとするのを、歯を食いしばって阻止する。
落ち着け、とブンシは心の中で呟く。
「……完治って言うのは、つまり、なんだ…………、もう手の施しようがねえって、意味なのか?」
「そうです」
「……理由を訊いていいか? 普通、両手を複雑骨折してようが、完全に動かなくなんてことはないはずだろ?」
かつて、尋問・拷問部隊に所属していた時に蓄えていた知識には、当然、医学に関するものも含まれている。イロミの両手が複雑骨折による損傷を受けたというのは、イビキから聞いていたが、幾つかの障害が残るとしても、全く手が動かなくなるということはありえない。ましてや、神経や経絡系が断線しているのではなく、喪失しているというのは、たとえ皮膚を突き破った骨が外部からの細菌によって感染症を患ったとしても、おかしな表現である。
「……彼女が病院に運び込まれた時、私共はすぐに処置を施しました。あらゆる術を用いて、あるいは薬品を用いて、施術を行いました。ですが…………」
途端に、担当医の歯切れが悪くなる。横に座る女性も目を伏していた。
「彼女の身体―――細胞と言えばいいのでしょうか、それは、チャクラや薬品の介入を吸収し、無力化したのです」
「……どういうことだ?」
「分かりません。これまで、多くの方々の治療に携わってきましたが、薬品はまだしも、チャクラさえ吸収し、無力化するような体質は見た事も聞いたこともありません。回復能力とも違い、完全に、無力化するのです。そのせいで……、彼女への処置が遅れました。彼女には、通常のチャクラや薬品の、およそ十倍以上の量が必要だったのです」
また同時に、と担当医は続けた。
「彼女の細胞は、異常なまでの生存本能がありました。普通、怪我をした場合、局部の細胞は急激な分裂と増殖を繰り返します。損傷した部位を残そうと働きます。たとえば、指の骨を折ったからと言って命に別状はありませんが、骨や、骨の歪みによって損傷した筋肉を修復しようとします。しかし、彼女の細胞は、たとえ命に関わる可能性の低い部位でも、大きな損傷であれば容赦なく切り捨てるのです。両手の神経や経絡系が喪失した、というのは、おそらく、周りの細胞が捕食し、無力化したのだと思われます。現に、彼女の筋肉や骨、血管の一部も、細胞に取り込まれるかのように液状になりかけていました」
「……もし、最初からあいつの体質を知っていれば、神経とかが食われる前に対応できたってことか?」
「それは……正直なところ、判断できません。彼女の細胞には、まだ分からない部分が多くあります。彼女のことを調べてみたところ、彼女の両眼は彼女自身のものではないようです。どうやら、他者の細胞や血液、もしかしたら臓器などは、素直に適応するのでしょう。不足した血液を彼女に輸血した時は、驚くほどに拒絶反応がありませんでした」
ブンシは俯き、眼鏡の位置を戻しながら、煙草を大きく吸いこむ。
頭の中で担当医の言葉を要約すると、イロミの体質が特異過ぎて想定外の為に処置が遅れ、その間に神経と経絡系は喪失し、両手が動かなくなったということだ。
―――……楽な仕事だな…………。
教師という立場なら、どんな状況であっても、生徒が大怪我をしたのなら真っ先に火炙りの形にされるというのに。
「…………もう一度訊くぞ、真面目に応えろよ? 本当に、あいつの両手は…………これまですんげー努力してきた、あたしの可愛い生徒の両手は……ッ! 動かねえのか? 治せねえのか?」
怒り半分、願望半分の眼差しで、睨み付ける。
だがあっさり頷いて見せる担当医を前に、殴りつけるように煙草の火を拳で消して灰皿に投げ入れた。
大きく息を吸い込む。そして後ろの紅が、素早く息を吸う音が耳に聞こえた。「ブンシ、落ち着きなさい」という彼女の声は耳に届くが、自制なんて、出来るはずもなかった。
右手で担当医の首を掴み、引き寄せ、机に上半身を抑え込んだ。隣の女性は口を手で覆った。
「おいヤブ……ッ。ハッタこいてんじゃねえぞ……。てめえ、医療忍者だろうが……。ちったぁ根性見せろよ……」
担当医の首を思い切り締め付けるだけではなく、手にチャクラを集中させた。右手から、青い火花が―――いや、電気が―――生まれ始める。尋問・拷問部隊で幾度となく使用してきた、雷遁系の忍術。相手の神経に直接介入して、随意不随意の内臓や筋肉に関係なく、支配する術。担当医は何の抵抗もなく、ブンシの支配によって、胃の内容物を口からぶちまけた。
「あの馬鹿はなぁ……、おい、聞いてるか? あいつは、頑張ってきたんだよ……。周りの年下のガキ共がさっさと下忍になったり、中忍になっているの悔しがっても、どうにかこうにか努力して、中忍になったんだよ……。それをなんだ……、てめえの知識不足を棚上げして、治療できねえなんて言って許されっと思ってんのか? おいッ!」
アカデミーを卒業してから、随時彼女の近況を知っていた訳ではない。時折、彼女と共に任務をこなした人物から伝聞される程度。ブンシの交友関係は意外と広いのである。大抵は、彼女の実力が低レベルであるということを言葉を選んで伝えられる。それでも、努力は誰よりもしているという評価が必ずついていた。
一度だけ、彼女が中忍選抜試験に参加したのを見た事がある。一対一の対戦方式で行われる、最終試験。ちょうどアカデミーが閉校の日で、何となく見に行ったのだ。ちょうど、イタチとフウコ、シスイの三人もその場にいたため、隠れるように見たのだが。
結果、彼女は一回戦目で、惨敗した。誰が何を言い繕っても、情けない試合だったのだ。多くの忍、あるいは大名の前で惨敗した彼女は、会場の中央で蹲って顔を伏せており、それを会場の殆どの者は嘲笑した。
よくここまで来れたものだ。
あれで中忍を目指すのか。
運が良かっただけだな。
それでもイロミは、決して最後まで涙を見せることはなく、油断なく努力をしたのだ。
それがあっさりと、間抜けな医療忍者によって無かったことにされる。
怒りなどという言葉では物足りないほど感情の激流は、ブンシの額にかつてないほどの青筋を浮かばせ、目に多大な血液を送り込ませた。
「何が何でもあいつを治せ……。できねえっつうんなら、今すぐてめえの脳みそ、焼き切ってもいいんだぞおいッ!」
女性がブンシを抑え込もうと手を伸ばしてきたが、ブンシはそれを視線も移さず左手で女性の右手を掴み、チャクラを送り込み、気管支を塞いでやった。
「今、あたしが喋ってんだろうが……。邪魔すんじゃねえよ。口から内臓ぶちまけられたいのか?」
のたうち回り、呼吸ができなくなった女性は意識を失った。
冷酷な自身の声。それは、暗部の頃の声だった。
「ブンシ、そろそろ止めなさい。これ以上は、やり過ぎだわ」
紅の声が、真っ赤になりつつある視界の外から聞こえるが、反応できるほどの余裕は無かった。
「もう一度言うぞ……。あたしの生徒を治せ……ッ。治せなかったら―――!」
身体が重くなった。
コントロールが効かない。チャクラが震えて、眠くなる。
幻術だ、とブンシは判断した。後ろの紅が、幻術を展開したのだ。視界は白くなり、息が出来なくなる。
『私は、シスイを殺していません』
白の彼方に、自分の可愛い生徒がいる。
拘束衣に身を縛られ、目を覆うマスクを被せられた彼女の姿。彼女の頭を右手で掴む自分がいる。
『……分かった、信じてやる』
『…………え?』
『安心しろ。てめえのことは、てめえの親の次に分かってんだ。お前がんな頭の悪いことするはずねえもんな。大丈夫だ、あたしがぜってーお前の無実を証明してやっから。それまで、まあ、なんだ、我慢してくれ』
『……信じて、くれるんですか?』
『あたりめえだろうが。あたしは、お前の先生だぞ?』
自分は信じた。
生徒がルールを破る訳はないと。
教師の役目なんて、そんなものである。
大人が子供を教育するという馬鹿馬鹿しさ。大人が子供よりも頭が良いという妄想を信じるつもりはなく、教師の役割は、つまりは、些細な社会的な教訓と、何も知らない子供の背中を押してやることだけだと思っている。
信頼は、子供を助ける大事なものだ。
たとえどんな矛盾を孕んでいても、はっきりとルールを破ったと分かるまでは、信じてやらなければいけない。
―――……なあ、フウコ…………、お前。
意識が薄れる前に、ブンシは思った。
―――ちったあ教師を信用しろ、ボケ。
☆ ☆ ☆
「あれで、良かったんでしょ?」
「…………やり過ぎだ。まだ頭が痛え……、おい、あたし今、上向いてるよな?」
「しっかり見てるわよ。はい、お茶」
病院の中庭のベンチに力無く座り頭を思い切り背もたれの上に乗せているブンシの横に、紅は腰を落ち着かせる。右手に持っていた缶ジュース(お茶)を手渡される。銘柄を見ると【濃口抹茶】と書かれていた。
「……玄米じゃねえのかよ…………」
「売ってなかったんだから我慢しなさい。まったく……本当は私が奢ってもらう予定だったのに」
「あぁあ? 誰が言ったんだよ、んなこと……」
「あんたよ。もう……まあいいわ、奢ってもらうのはまた今度にしてもらうから」
二日酔いにも近い頭痛のせいか、何かを考えることもできない。反射的に言葉を紡ぐ。
「……ああ、良かったよ」
「何がよ」
「幻術だよ、やってくれて」
「そのこと。まあ、あんたが流れで任せるって言う時は、大抵は喧嘩事になりそうな時だったからね。もう慣れたものよ、ストッパー役はね」
「慣れてんなら、幻術も調整してくれ……」
「手加減なんかしたら、あのまま医者の人殺す勢いだったじゃない」
「んなこと、するわけねえだろ。それは、ルール違反だ」
缶ジュースの蓋を開けて、お茶を一気に口へと流し込む。半分くらいは飲み干したが、頭の痛みには当然効果はなく、缶を傾けたまま額に当てる。腕が空を見上げていた視界を防ぎ、太陽の光も外してくれた。おかげで、少しだけ考えることができるくらいには、脳内の熱量は無くなった。
考える。
そう、自分は何をすればいいのかを、考えた。大人になると、自分の為ではなく、誰かの為に考えることが多くなってしまう。仕事をするというのは、誰かの為に貢献するということだからだ。だから、給料が貰えたり、何かが貰えたりする。自分のことしか考えられない子供とは違うのだ。
「……これから、どうするつもり?」
と、隣の紅が呟いた。ブンシは空を見上げながら応える。
「てめえには、関係ねえよ。……今日は悪かったな、無理に付き合わせてよ。奢るのは、あー、あれだ……、アスマと二人の時でもいいぞ」
「話しを逸らさないで。あんた……、あの時と同じ顔してるわ」
「あたしの顔がそんなバリエーション豊かだと思うか?」
「サクモさんの時も、あんた、散々暴れた挙句に暗部に行って―――」
「先生のことは言うんじゃねえよ」
拒絶するように言葉を吐きだすと同時に、思い浮かぶ、かつての自分。
大人たちが好き勝手に、彼のことを侮蔑する。
今までの功績を無視して、彼の偉大な人格を軽蔑して。
たった一つの過ちに、砂糖に群がる蟻のように、言葉を口にする。
全くはた迷惑な、などと。
同じ忍として恥ずかしい、などと。
愚か者だ、などと。
優しくて、強くて、そして初恋の相手を、冷たくなってしまった彼が運ばれているのを前に、大人たちは馬鹿にしたのだ。
幼い自分は、彼ら彼女らに、殴りかかった。
『取り消せッ! 取り消せよッ! 先生を……馬鹿にするんじゃねえよッ!』
もう、あの頃の子供とは違うんだと、ブンシは心の中で呟く。力が無くて、自分のことしか言わない、ルールも守れないあの頃のクソガキとは違う。……いや、さっきのは傷害事件か? とブンシはぼんやりと思ったりもしたが、熱い頭は深くは考えなかった。
「安心しろよ。今のあたしは、アカデミーの教師だ。クソガキ共の模範なんだよ。アホなことはもうしねえ」
「……相変わらず、真面目で、優しいのね」
「バーカ、んなわけねえだろうが。じゃあな」
立ち上がり、残ったジュースを飲み干て、遠くにあるゴミ箱に投げ入れた。紅に背を向けたまま右手を掲げて、その場を離れた。まだ脳だけ水槽に入れられているような不愉快さがあるが、どうにか歩くことはできる。流石に、煙草を吸いたい気分ではなかった。ただ、青空をぼんやりと眺めながら、歩く。
『なあ先生。先生は、どうしてあたしに修行付けてくれるんだ?』
澄んだ空の向こうに、クソ生意気なクソガキの顔が映っている。幼い頃のブンシである。
まだアカデミー生で、たった二週間くらいしか顔を会わせていないのに、完全な一目惚れで勝手に彼を先生と呼ぶ、間抜けな少女。サクモと出会い、そして彼が死ぬまでの期間は、たったの一ヶ月の短い時間の思い出。毎日毎日、彼を探し、見つけては、修行を付けてくれと我儘を言っておきながら、どうして修行を付けてくれるのかという、馬鹿な問いだった。
もちろん、それは、単なる甘えん坊な発言である。
毎日、修行を付けてくれとせがめば、優しくてどこか臆病な彼は、どんなに短くても修行を付けてくれる。だけどもしかしたら、特別な理由があるのではないかと夢想して尋ねたのだ。
彼は困ったような優しい表情を浮かべて呟いた。
『それは……君が修行を付けてくれって言うから……』
年下の女の子にも、おっかなびっくりに応える彼の表情は、当時の自分は恥ずかしがっているのだと馬鹿みたいな想像を働かせていた。今では、単に自分の無遠慮な態度に右往左往していたのだろう。
『でもさ! 他にも理由があるんじゃないの? 教えてくれよっ!』
『う、うーん。……そうだねぇ。大人になれば、分かるよ』
『……何かそれ、ズルいな。あたしだってもう大人だよ』
『え!? い、いや……、それはちょっと……気が早すぎるんじゃないかな』
『あぁあ? 先生、今なんか言った?』
『い、いや、何も言ってないよ』
―――……大人になれば分かる…………かあ。
今なら、彼の言った言葉が分かる。変な誤魔化しでは、なかったのだろう。
大人になれば、子供は不思議なことに、可愛く見えてしまうものだ。
だが……。
―――……先生なら、どうしたんだろうなぁ。
多くを失った子供の為に、最善の道を導いてあげたのだろうか。彼ほどの天才なら、それは可能かもしれない。だが自分は、天才ではない。アカデミーを卒業してから幼いながらに暗部に入隊し、拷問の技術だけを身に着けた自分には、そんなことはできない。
自分が出来ることは些細なことだ。
掟は、ルールは大事なのだと教え、それらを破った者には罰が下されるということ。
掟やルールを守ることが大変だということ。
そして、木の葉の白い牙は掟を守れるほどの力がありながらも敢えて破ったということ。
ブンシはサクモの判断が偉大なものだと、今でも思っている。
だから、子供たちに言う。掟を守れるくらい、強くなってみせろと。
兎にも角にも。
イロミは、両手が動かないだけで諦めるような利口な人間ではないだろう。また努力をして、フウコに会いに行くことは容易に想像できた。そしてそれは、破滅の道である。
自分がどうするべきなのか、ブンシは決めていた。
☆ ☆ ☆
『もしも……カカシさんの大切な人が、犯罪を犯してしまったら…………、カカシさんは、どうしますか?』
イタチの問いに、隣に腰掛けるカカシは左眼を覆う額当てを、左手で軽く撫でた。
『……そうだな。俺だったら、そいつの為に出来ることをやる。たとえ、重要な任務のただ中であってもな』
『その人が、掟を破っていてもですか?』
『…………今回の事は、俺はうちは一族で何が起きていたのかは分からない。だから、一概には言えないが……掟を破ったというのなら、どうして掟を破ったのかを知ろうとは、考えるな』
『………………』
『まあ、あくまで俺の個人的な意見だ。お前がどうするべきかなんて、言ってもしょうがない。一つだけアドバイスをするとしたらだ……復讐なんて、空しいだけってことだ』
『……それは、俺も…………分かります…………』
戦争の後に残ったことなんて、何も無かった。
人の命は尊く、戦争はいけないこと。そんな程度の、ごく日常的に獲得できる道徳だけを手に入れただけ。つまり、堂々巡りに原点に戻っただけなのだから。
それは理解していても、やはり、あの夜の彼女の嘲笑が頭の中に残響すると、怒りが滲み出てしまう。
『ま、後は自分でゆっくり考えろ。お前は頭が良い。慌てて答えを出す必要はないさ』
『……ありがとうございます。…………カカシさん、あの……どうして、俺に声を?』
『ん? まあ、お前は俺の同僚で、後輩なわけだ。先輩風を吹かせたかったってとこかな。―――それに…………うちは一族のことは、俺に全く関係のないことじゃ、ないからな。もし何か相談ごとがあるなら、いつでも聞いてやるよ』
笑顔の最後に浮かべた一瞬だけの暗い表情を最後に、カカシは去っていった。
彼の言葉は、少なからずイタチの心のバランスを傾かせた。幼い頃から先人の知恵を尊重してきたイタチは、他者の言葉や考えを、全く別の例外と捉えるようなことはしなかった。
復讐は空しく、もし大切な人が犯罪を犯したらその事情を追究し、出来ることをする。
第三次忍界大戦を経た彼の持論。平均的かどうかは、分からない。ただ、あの大戦に関わった人たちは、何かしら大きなものを亡くしている。
家族であったり、友人であったり、恋人であったり、それか何か特別なものであったり。だが、それでも尚、大戦を経験した人たちは平和を作り、それを謳歌出来ている。
どうして、彼ら彼女らは、それができるのだろう。
何を信じたのだろう。
あるいは、
何を犠牲にしたのだろう。
何かを信じていたのなら、自分は何を信じればいいのか。
何かを犠牲にしていたのなら、自分は何を犠牲にすればいいのか。
時間をかけて、より考えていけば、決着は付くのだろうか。
けれど、イタチには、時間は無かった。
彼が予想していたよりも、時間は遥か早くに、終わりを近づいていた。
カカシと別れた彼は、入院しているイロミの為に本を買い集めた。多種多様な本を、ざっと十冊ほど。忍術書はなく、買おうとは思ったが、流石に気を使い過ぎてしまっているのではないかと思い、取りあえずは娯楽の本と専門書を半々に買ったのだ。カカシと話したおかげか、微かに食欲も湧き、昼食も済ませると、程よく彼女のギブスが外れる時間だった。
本を入れた紙袋を片手に、病院へ赴いた彼は、一度、イロミと話し合ってみようと考えていた。彼女の病室へ近づく。だが、どういう訳か彼女の病室のドアから、獣のような叫び声が鼓膜を揺さぶった。
その声が、イロミのものなのだと分かるのに、三秒ほど時間を要してしまった。
声が止む。遅れて、一人の医療忍者の女性が大慌てで廊下に姿を現した。……イロミの両手が機能不全を起こしているということを知ったのは、翌日のことだった。
それから―――二週間が経ち。
イタチは再び、イロミの病室にいた。
彼女の為に買った本を詰めた紙袋を片手に、ちょうど部屋のドアを開けたのである。中には、両手のギブスが外れ、けれど傷を開けてしまった喉の周りを覆う包帯はそのままの、上体を起こしたイロミと……ベットの前に立つブンシがいた。両手をコートのポケットに入れたブンシの脇には、幾つかの書類が挟まっている。
「よう、イタチ。久しぶりだな」
と、ブンシはこちらに笑顔を浮かべながら呟いた。黒縁眼鏡の向こうの目は、しかし、冷たいように思えた。
「……お久しぶりです、先生」
舌打ちの音が、病室に響く。
それは、ブンシが出した音である。
「……まあ、ちょうどいい。てめえにも用があったところなんだ、お前ら二人が一緒ってのは、話しが楽だ」
「先生、どうして貴方がここにいるのですか?」
「ったく、病院ってのは面倒くせえとこだよな? 煙草の一つも吸えやしねえ」
「応えてください、先生。その書類は、なんですか?」
「おめえら、フウコのことどうするつもりだ?」
病室が、静かになる。俯き、長くなった髪の毛で顔を覗かせないイロミの肩が小さく動いた。
「なあ、イロミ。分かってんだろ? お前はもう、忍としてやってけねえ身体だ。印も結べねえ、クナイも投げれねえ。そんな身体で忍なんかやってけねえよ」
「………………」
イロミが力無く首を横に振ると、毛先の白い髪の毛はゆったりと揺れた。
まだ忍としてやっていけるという、意思表示だった。
「じゃあどうすんだ? まさか、んな身体でフウコを殺そうなんて思ってねえだろうなあ?」
また、彼女は首を横に。
「忍は止めないで、フウコは殺さねえ。お前は、何がしてえんだ?」
「ブンシ先生、イロミちゃんにその話は―――」
イタチの言葉は、しかし、ブンシは遮った。
「黙れよイタチ。あたしは今、こいつに話しかけてんだ。てめえはその後だ」
「お願いします、出て行ってください。今の彼女には先生、貴方は邪魔です」
「おーおー、ガキがいっちょまえに舐めた口利くじゃねえか。あ? じゃあてめえはどうすんだよ、イタチ」
ブンシの声が低く、荒々しくなる。
「てめえ、フウコをどうするつもりだ? ガキの頃みてえに馬鹿みてえに敵討ちだなんて言い出すのか?」
「……俺は…………」
「応えれねえんだったら、口出しすんじゃねえ。ったく、てめえらは昔っから、こいつに甘過ぎんだよ。だからこいつが調子に乗る。何の才能もねえこのクソガキが調子に乗って、出来もしねえこと平然と言い出すんだよ。身の程ってもの教えてやるべきなんだよ、こいつには。ほれ」
脇に抱えていた書類を、ブンシは彼女の下半身が隠れている薄い掛け布団の上に並べた。
「おいイロミ、この中から好きな仕事選べ。お前の両手が動かなくても、それなりに稼げる仕事だ」
並べられた書類はどれも、忍としてのスキルを活かさない一般的な仕事の募集要項が記されていた。どのような待遇か、どのような仕事内容か、どのような給料なのかなどが明細に記されており、一瞥しただけでイタチでも、今のイロミが出来そうな仕事なのだとすぐに判断できた。
「イロミちゃん。こんな書類を読む必要はない。手が動かないなんて、これからリハビリをしていけば変わるはずだ。どんなに時間をかけてもいい。だから―――」
「…………イタチくん、少し、黙ってて。邪魔だから」
濁り、震える、冷たいイロミの声。彼女はイタチの顔を見ることはせず、そして書類に目を運ばせることなく、ブンシを見上げた。
「…………先生、私は、忍を止めるつもりはありません」
「……あ?」
「…………私は、フウコちゃんを信じます。フウコちゃんを、追いかけます。何があったのか、訊きに行きます」
「……てめえ、ふざけんじゃねえぞ。その身体で何が出来るってんだ?」
「…………それを、今から探します。まだフウコちゃんには、全然、届かないけど………………、努力すれば………………」
そこで、イロミは言葉を切った。
怖がっているように、恐れているように、唇が震えている。
「努力をすれば、何だよ。おい、言ってみろよ。努力をすれば、おめえに、何ができんだ? 努力してきたお前が、フウコにボコボコにされて死にかけたお前がッ! ええッ?! 何ができんだよッ! おいッ!」
「…………努力をすれば、きっと、フウコちゃんに―――」
ブンシの唇が震えた。何か言葉をぶつけようと口を開くが、大きく息を吐くと口を閉じ、乱暴に額当てを外した。黒い髪の毛が下りる。彼女は額当てを、イロミの手元に放り投げて、冷たく言い放つ。
「……お前、これ持てんのかよ。木ノ葉の忍なら、持てるはずだろ?」
イロミは、額当てに手を伸ばした。糸の切れたカラクリ人形の手のように、手首から先が力無く項垂れた右手が、額当ての鉄の部分に触れる。
「……ッ、……ッ。……ッ!」
親指が、額当ての下の部分に入り込むが、あっさりと滑り抜ける。人差し指が鉄の部分を触れるが貼りつかない。何度も何度も、イロミは親指を下に潜り込ませるが、持ちあがらなかった。
指がすり抜ける度に、イロミの口端は、泣きそうに歪んでいった。
「なあおいイロミ、もう止めろ。分かっただろ? てめえの手は、額当ても持てねえんだ」
「……ッ。……ッ!」
指に力を入れようとするイロミの息遣いは、涙ぐんだ。
「止めろって言ってんだろうが」
「……ッ! ……ッッ!!」
両手を使い、太腿を動かして額当てを傾かせ、何とか指を深く滑り込ませるスペースを使うが、指は抜ける。
「いい加減…………。……ッ! 現実見ろ、クソガキッ!」
それでもイロミは諦めずに、今度は両手を使って、持ち上げようとする。
ブンシは、右手を振り上げるのをイタチは捉え、咄嗟に彼女の腕を掴み制止させた。
「……イタチ、離せよ」
「出て行ってください。これ以上、彼女に負担を与えないでください」
「じゃあ何だよ。お前は、このままこいつが退院して、フウコんところ行って……今度は本当に死ねって言いたいのかッ!」
その時、ふと思った。
どうして、イロミは生きているのだろうか。
これまであまり深く考えていなかった疑惑だ。
自分とサスケが生きているのは、フウコの気紛れである。彼女自身がそう語っていた。いつでも殺そうと思えば殺せたはずなのに、彼女の気紛れに助けられた。
イロミが生きているのも、その気紛れのおかげなのだと、思っていた。
でも彼女は、病院に運び込まれた時、重体だった。
自分やサスケとは異なり、はっきりと、死ぬかもしれない可能性があった。
つまり、フウコは彼女を殺そうとしたということだ。
なのに、生きてる。
あり得るだろうか?
彼女が殺そうと思った人間が、生きているというのは。本当に殺すつもりだったら、もっと分かりやすく殺すのではないか。
フウコには、医療忍術の知識も、あるのだから。
不自然なことだという小さな判断が、思考に芽生える。
その時、病室にチャクラが溢れた。
膨大なチャクラの奔流に、ブンシとイタチは、イロミを見る。
イロミの両頬に三本ずつの髭が生え、口の周りには黒い痣が浮かんでいる。彼女の右手には、ブンシの額当てが、一切指を駆けていないのに貼りつく様に持たれていた。
「…………これで……私は、木ノ葉の忍です」
この時、イタチが写輪眼を発動していれば、イロミに何があったのか、一部分は分かったかもしれない。仙術を使えるという【仕込み】を知らないイタチだが、チャクラの流れを見れば、どうして手のひらに額当てが貼りついているのか、分かったかもしれない。
イロミは仙術を発動させていた。手の中の断線した経絡系を一切無視し、膨大な仙術チャクラを手に覆わせて額当てを手のひらに貼りつけさせたのである。
ただ、それも一瞬で。
仙術は解け、額当ては掛け布団の上に落ちた。イロミの顔は元に戻り、肩で大きく呼吸をしていた。
「…………ブンシ先生、私は、ずっと努力してきました」
と、イロミは呟く。
「…………下手くそでしたけど……努力をしてきました。…………些細ですけど色んな術や、道具を使って……、中忍になりました。……きっと…………私みたいな忍は………………、他の人から見たら……、忍じゃないって……思うと………」
イロミは、咳きこむ。
血の混じった、湿った咳。口端から血が流れ始めるが、ブンシもイタチも、彼女に声をかけれなかった。
「…………フウコちゃんは……、人を殺しました…………、掟を……破りました…………。色んな人が……、フウコちゃんを………犯罪者だって…………言います。…………だけど…………、私から見たら……、まだ…………、犯罪者だって…………決めれないんです………。結果が同じでも……過程が違うってこと…………、下手くそな努力しか出来ない私は……知ってますから……」
それに、とイロミは言った。
「…………どんなに、フウコちゃんにボロボロにされても……、もう、友達じゃないって……言われても………………私の記憶が…………ッ! フウコちゃんと過ごした……、思い出が…………ッ! そうじゃないって……、言うんです……! なら、私はそれを信じます……」
「……殺されっかもしんねえんだぞ。今度こそ、死ぬかもしんねえんだぞ?」
「…………それでも……、私は……、今まで培ってきた……記憶も…………努力も…感情も……ッ! 無駄には、したくありませんッ! 無駄にしたら、恩を仇で返すことになります…………、私の記憶に……私に色んなことを教えてくれた…………全部に……」
与えられた恩には、最後の最後まで、返すように尽くす。
そう言われて、育てられました。
それは正しいことで、そんな自分の想いに嘘を付きたくない。
「それが、私の忍道です」
自分の経験を無駄にしたくない。
自分の記憶を無駄にしたくない。
自分の想いに、嘘を付きたくない。
イロミの言葉に、イタチの記憶も刺激される。
フウコと一緒に過ごした時間。
フウコの言葉と行動。
夢の中で、ノイズの向こうで、泣いている彼女。
『イタチ、助けて……』
『私を、一人にしないで……』
『助けて……』
自分の思いは。
あるべき、思いの原点は、一体―――。
ブンシが腕を払い、手が離れると同時に、意識は現実を向いた。
「忍道だろうが何だろうが……てめえじゃあ何もできねえだろうがッ! フウコに勝てねえんだよ、てめえはッ!」
「…………次は、勝ちます。負けません……」
「泣き虫の癖に、調子乗ったこと言ってんじゃねえッ!」
「…………私は、もう、泣きませんッ!」
「現に今、泣いてんだろうがッ!」
「…………泣いで……ませんッ!」
ブンシが乱暴に、ベットを蹴った。
「だったら…………だったら……ッ! 勝手に死ねッ! 気分悪いッ!」
横に立つイタチを殴るように押し退けて、病室を出て行った。
病室には、涙を零さないように息を強引に落ち着かせようと肩を上下させるイロミの乱れた息遣いだけが響いた。
「……イロミちゃん、担当医の人を呼ぼう。落ち着いて、呼吸をするんだ」
「…………ねえ、イタチくん。応えて」
彼女のオッドアイが、前髪の間からイタチを睨んだ。
「…………イタチくんは、フウコちゃんをどう思ってるの? 応えて。今すぐ……ッ!」
「………………すまない、俺はまだ……」
「…………どうして? どうして、すぐに応えることができないの? それって、フウコちゃんを殺したいって、思ってる部分があるってことでしょ?」
イタチは、頷いた。
彼女に嘘を付ける時点は、既に過ぎてしまったからだ。
「…………じゃあ、もう、私の前に顔を出さないで……。邪魔だから……。出てってよッ!」
☆ ☆ ☆
夜中、イタチは仮宿舎を出て、うちはの町を歩いていた。サスケが寝静まり、ちょうど里も寝静まる程の深夜のせいか、死んでしまった町はより漆黒の暗闇に包まれ、夜空に浮かぶ下弦の月の淡い光だけが道を照らしている。
事件が起きてから、うちはの町に戻るのは初めてだった。町に戻ってしまったら、自分の感情が不必要に傾いてしまうのではないかと危惧していたからだ。けれど、町の中を一人で歩いても、怒りが込み上げてくることはなかった。むしろ、心は穏やかで、呼吸は深く落ち着いてできた。
たった二ヶ月と二週間ほどしか経っていないのに、ひどく懐かしい空気の香りだった。血の匂いがしないのは、暗部が現場検証をし尽し、遺体の回収や血を洗い流したからだろう。残った建物から届く香りは、幼い頃からずっと、嗅ぎ続けたものだ。
―――……答えを、出さないといけない…………。
曖昧なままでは、もう、先に進むことは許されなくなった。
友達であるイロミの為であったり、弟のサスケの為という訳ではなく、明確な意志を持って、決断を出さないといけないと、イタチは自分を分析した。
先に、進む為に。故にイタチは、町に訪れた。決断をする為に。
イタチはかつての自分の家を訪れた。ガラガラと玄関の戸を開け、真っ暗な廊下を進んでいく。穏やかな心は、ぼんやりとした綿飴のように暖かい記憶を刺激するが、イタチはその中を歩く。フウコの部屋に入ると、部屋は荒れていた。
床に転がる、でんでん太鼓は、その装飾が殆ど外れ転がっている。イタチの頭脳は一瞬で、原因を理解した。
サスケだ。おそらく彼が、でんでん太鼓を壁に叩きつけた。サスケの中にはもう、姉への関係は無くなったのだと、イタチは思った。
背の低い本棚。その上に倒れている写真立てを起こして、中を見る。自分を含めた、シスイ、フウコ、イロミの四人が本来なら映っているはずの写真は、傷付けられ、四人全員の顔が破られていた。
―――……どうして、自分の顔も…………。
フウコが写真を傷つけたのは、間違いないだろう。他にやる者などいないからだ。
ならどうして彼女は、自分の顔も潰したのだろうか?
写真の中の自分が嫌だったからか?
だが、記憶する限り、写真の中の彼女は、普段と変わらない無表情のはず。日常と何も変わらない、普遍的なものだ。自分自身に嫌悪を抱く理由なんて見当たらない。よく見れば、フウコの顔を潰している傷だけは、他のと比べて乱暴だった。
この中で、自分が最も嫌いだったということなのか? だがそれは、あの夜に狂気的な笑顔を浮かべていた彼女からは、不自然なように思えた。
イロミが生きているということ。
自分を最も嫌悪しているかもしれないということ。
不自然さが、ちらつく。
理知的な彼女にしても、狂気的な彼女にしても、おかしい部分である。
もしかしたらフウコは何かを隠していたのではないかという疑問符が浮かぶ。だが、決定打ではない。自分の記憶の中には、フウコの言動に不自然さはなかったから。
もっと、何かないのだろうかと、イタチは家を出る。次に向かったのは―――シスイの家だった。フウコの恋人だった彼の家に、何かあるのではないかと、考えた。
シスイの部屋に入る。彼の部屋はフウコの部屋に似て、遊ぶものや趣味などの娯楽的な物品はまるでなく、けれど一面の壁を覆う広く大きな本棚があった。本棚には様々な専門書、忍術書が収められており、さらに反対側のベットの脇には山積みされた大量の本が置かれている。快活な彼の人格とは正反対な、理知的で整然とした部屋模様。
イタチは本棚の本の背表紙を撫でる。忍としての彼の偉大な思想が、頭の中にトレースされるような気分だった。
ベット横に積まれた本を眺め、ベットの横に立つ物入れを見ると、写真立てが置かれていた。
写真の入っていない、写真立てが、置かれていたのだ。
思考が、張り詰める。
事件が起きてから初めて、イタチの思考は俊敏に動き出した。
暗部が現場検証で、写真を抜き取ったのだろうか? いや、フウコの部屋の写真立てが抜き取られていないことを考えても、それは考えづらい。
では、家族が? だが、それでは写真立てがあることに説明が付かない。フウコに容疑が掛かり、彼女の顔が映っている写真を捨てるほど憎いのなら、写真立てごと捨てるのではないか?
シスイの部屋に入る人間は、彼の家族以外に考えられない。なら、どうして、写真そのものが無いのか。
一つの、答え。
それしか、考えられない。
殺された彼自身が、抜き取ったのだ。
どうやって? という思考が浮かぶが、それは捨ておくことにする。現状で抜き取ることができるのは彼だけというのが、重要なのだ。
どうして抜き取ったのか?
抜き取らなけらばならないということは、どういう事を意味しているのか。
見つからないようにするため。
写真が間違っても見つかり、誰かに見られないようにするためだ。
誰に見つからないようにする為だろうか?
いや……特定の誰かに見つかってもらうように、したのではないか?
だから、写真を抜き取ったのだ。
写真に映っている四人の中の誰かが、写真の行方を探すように。
この四人だけが分かる、写真の隠し場所。
あるいは、四人の中の誰かだけが思い当たることのできる場所。
残っているのは、自分とイロミ。
敢えて、自分だけが、その場所を知っていると仮定しよう。
その上で、普通の人なら無視してしまうだろう、場所。
「……カガミさんの、墓?」
イタチが思い出した記憶は、曖昧なものだった。
時期も経緯もはっきりと思い出せないが、ぼんやりと、夜中に自分とフウコとシスイの三人が道を歩いている時の、ノイズばかりの記憶。
『あ、イタチ。ちょっとフウコ借りるぞ』
『シスイ、何を考えてる?』
『いきなり疑うなよ。別に、野暮用だって』
『一人で行け。フウコを巻き込むな』
あの時、二人は、どこへ行ったのか?
『イタチは何を心配してるの?』
『フウコ、少し静かにしていてくれ。あと、耳を塞ぐんだ。俺はシスイと話しがある』
『心配しないで。大丈夫だから』
大丈夫だからと、フウコは言った。
フウコとシスイの野暮用。
やはり時期は上手く思い出せないが、二人の背丈は今の自分とそう変わりない。つまり、ここ一年二年の間のことだ。
その時期に、そして夜中に二人だけが、フウコとシスイが関わる場所。
うちはカガミ。
フウコと親しく、シスイの祖父。彼の―――墓だ。この場面を知っているのは、イタチだけである。きっとイロミは、二人が夜中に一緒に墓参りをしていたことは知らないはず。
イタチはシスイの家を飛び出し、彼の墓へと向かった。場所は知っている。
彼の墓の前に着く。イタチはさらに考える。彼の墓だとしても、分かりやすい場所には写真は隠されていないはずだ。シスイの父や母が墓参りに来た時に、見つかってしまう可能性がある。思考は動く。
一般の人は、墓を前にしたら、決して墓の裏側を見たりはしない。墓参りというのは、故人の名が記された墓石を前にする行為だからだ。
墓の後ろに回り、瞼を細くする。墓の裏には雑草が生い茂っていたが、その一部だけ、ほんの僅かに雑草が傾いていた。その雑草の根元に指を這わせると、あっさりと雑草は抜けた。
両手で、地面を掘る。一度掘り起こされたからなのか、土は柔らかく、爪の先にいともあっさりと食い込むが、掘り続けた。
手首一つ分ほど、掘った時、二つに折り畳まれた写真が姿を現した。
写真は、絵の方を表にして折られている。つまり、無地の面をシスイは土で汚したくなかったということ。
写真を手に取り、ゆっくりと、無地の面を開いた。
そこには、短い文章が記されていた。
【忍の心得・その一。忍の才とは、忍び耐えることである!
最愛の友人である、イタチへ。
フウコを、信じてやってくれ。
お前を、信じてる】
幼い頃に、拾った本のタイトル。
アカデミーに入学した日、シスイから、その本を貸してくれと言われたことがあった。
本を読みつくしたイタチは素直に彼に貸し、そして翌日に帰ってきたのである。
『なあイタチ。この本で一番好きな言葉ってなんだ?』
『そうだな……。忍びの才とは、忍び耐えることである、という文だな』
『お! 俺もなんだよ。何かこー、ぐっと来るよな』
間違いなく、この文を書いたのは、シスイだ。
写輪眼で筆跡を真似ることはできる。
忍術で人の記憶を見ることもできる。
だが、写輪眼を使い、シスイの記憶を見た事のある者など、この世にいないだろう。
フウコがシスイを殺す際にこの文を書いたとしても、まるでメリットがない。
これは、シスイの、言葉だった。
「……そういうことなのか? シスイ」
きっとこの文を書いている時の彼は、瀕死の状態だったのだろう。影分身か何かを使って、書かせたはずだ。そうでなければ、フウコを信じろという、まるで今の結末を予想した文章は書けない。
自分が死ぬという状況。
うちは一族をフウコが滅ぼすであろうという予測。
それらを前にしても、彼は、道を示してくれた。
最愛の友人である、イタチへ。
迷っているであろうイタチに向けたメッセージを、命を賭してシスイは残した。
夜空を見上げる。
遠くで彼の笑い声が聞こえたような気がした。
「……分かった、シスイ。俺は、お前を信じる。フウコのことも―――」
涙が零れた。
心の緊張が解けている。
妹を恨まなくていいという安心と、妹と共に過ごした記憶が輝かしく守れた安心が、溢れ出た。
土で汚れた写真の中を、月の光が照らした。
☆ ☆ ☆
翌日イタチは、イロミの病室にやってきていた。
「…………どうして来たの?」
上体を起こしているイロミは、冷たくイタチに言い放つ。
「…………帰ってよ。イタチくんとはもう、友達じゃないんだから……」
「昨日、渡し忘れた本を持ってきたんだ。両手のリハビリに良いだろう。全く動かないと言っても、昨日みたいにチャクラを使えば物を動かせるなら、まずは薄くて軽い本のページを捲るのが最適だと思う」
イタチは紙袋をベットの横の棚の上に置く。
「…………帰ってよ……。わざわざ、嫌味を言いに来たの? 出て―――」
「イロミちゃん。俺も、フウコを信じることにした」
え? と、こちらを見上げるイロミの目を、イタチは今度こそ真っ直ぐと受け止めた。
「一緒に、フウコを追いかけよう」
今ならはっきりと、言葉にすることができる。
自分の選択を。
今朝、サスケにもそれを伝えた。
サスケは「……邪魔だけは、しないでほしい」とだけ、呟いた。これから長い間、彼と対話をしていく必要があるかもしれないが、今は、それだけでいいと思った。現実は意外と、壊れないもので、長いスパンで見れば、弟との関わりは修正できるはずだ。
「…………どうして?」
イロミの声は、震えていた。
「俺も、考えた」
「…………フウコちゃんを、恨んでないの?」
「フウコには、何かがあった。俺は、そう信じる。あいつは、俺の―――自慢の妹だからな」
「…………本当に、追いかけてくれる?」
「ああ。信じてくれ」
イロミは、俯いた。
「…………ありがとう」
「イロミちゃん?」
彼女の肩が大きく震える。
「…………本当は、分かってたんだ」
「俺がフウコを信じるということを?」
「…………ううん、そうじゃなくて……、私じゃあ…………どんなに頑張っても、フウコちゃんには勝てないって」
声が湿る。
「…………ブンシ先生が……っ、言った通り…………、どんなに……がんばっても…………ッ! フウコちゃんには……、きっと勝てない…………ッ! 話しをする前に、もしかしたら、ころされるがも、じれない! だっでふうごぢゃんは……天才で…………わだじなんがより……どりょぐずるがら…………ッ! だがら……、もじ、ふうごぢゃんに会っても……、また……まげぢゃうんじゃないがっで…………今度こそ………死んじゃうんじゃないかって………ごわがっだ…………」
「大丈夫だ。今度は、俺も手を貸す。二人なら、フウコに追い付ける。だから―――」
「…………ぶん……、ありがどう……。いだぢぐん?」
「なんだ?」
「…………わだじ、ないでなんがいないがら」
「ああ、分かってる。君は、あの日から一回も泣いてない」
あの日。
フウコが先にアカデミーを卒業した日と同じだ。
彼女が先を行き、その後ろ姿を自分たちは見てる。
今度こそ、彼女に追い付いてみせる。
二人は、そう誓った。
☆ ☆ ☆
その日の夜、イタチは家の外で、ある人物と出会った。
「イタチよ。これからどうするつもりだ?」
ダンゾウの言葉に、イタチははっきりと言ってやった。
「俺はフウコを追いかける。たとえあんたが邪魔をしても無駄だ」
冷酷で鋭利な刃物のような言葉。
フウコに何かがあったのなら、可能性として、暗部が候補の一つだった。
彼の尾ひれの付く黒い噂話を鵜呑みにするほど愚かではないが、フウコが暗部の副忍だった頃のトップだったダンゾウは、もしかしたら敵かもしれない。その思考を元にした、言葉の刃だった。
ダンゾウはしかし、意にも介さない憮然とした態度でイタチを見る。
「ならば、俺の元に付け、イタチ。フウコの情報が欲しいならな」
「……いいだろう」
暗部の役職を辞めたダンゾウだが、おそらく力は一切に衰えてはいないのだろう。フウコの情報が手に入るかどうかは別として、敵の懐に入るというのは、悪くない手である。
身体を半身にし、踵を返そうとする。もう話しは終わりだという表明。その、最後の刹那。
イタチは、ダンゾウを睨んだ。
万華鏡写輪眼となった、その瞳で。
「だが、俺はあんたの指図は受けない。フウコの情報に関わりのないことは、一切だ」
ダンゾウと別れ、仮宿舎に帰る。
既に、サスケは眠っていた。もう深夜である。
イタチは一度顔を洗い、寝巻に着替えてから、部屋の襖を開けた。
うちはの町に戻った時、自分の部屋から持って来た写真立てが、襖の奥の方に隠されている。手に取る。写真立ての中には、自分が持ってた写真が収められており、その裏側にはひっそりとシスイが持っていた写真を隠している。
写真の中には、変わらず、楽しかった日々の絵が、収められていた。
笑みが自然と零れた。写真を元の位置に戻し襖を閉める。
自分は選択した。
正しいのか、間違っているのか、分からない。
ただそれでも、今はまだ、自分の記憶は輝かしく光っている。
今夜はきっと、あの夜の夢は見ないだろう。
たとえ見たとしても、彼女にはっきりと言ってやる。
お前を信じると。
俺たちは、家族なのだと。
布団に入り、瞼を閉じたイタチが次に考えたことは、意外にも……。
―――まずは……、そろそろ新しい家を買わないとな。
仮宿舎ではなく、本当の家を。
自分とサスケと、そして……いつか彼女が戻ってこれるかもしれない―――家を。
★ ★ ★
夜中、ナルトは一人、修行をしていた。
彼の幼い顔には、多くの痣が残っている。昼間、サスケに殴られ蹴られた痕だ。痛々しい痕を残した顔はしかし、右手の掌に集中させたチャクラに意識を向けているせいか、真剣そのもので、痛みなど眼中には無いようだった。
「…………うわッ?!」
右手の掌に集中させ、渦巻かせていたチャクラは爆散し、その衝撃にナルトは後ろに尻餅をつく。辺りに誰もいない、小さな公園だったが、もはや多くの人が寝静まった深夜では、爆散した風の振動も、ナルトの声にも、文句を言う者はいない。
仰向けになる。夜空は、見えない。分厚い雲が、まるでナルトを嘲笑うかのように佇んでいた。
『ナルトくん、大丈夫?』
記憶の中の彼女が、無表情ながらも、心配そうな声をかけてくる。
そう、いつもなら彼女が声をかけてくれるはずなのだ。
だけど、もう、彼女はいない。
うちは一族を滅ぼした犯罪者だと、里の大人たちは言っているのだ。
里の外に逃げた、汚い犯罪者なのだと。
大人たちの言葉なんて、信用できない。
だって、何もしていない自分を、勝手に蔑むのだから。あれほど信用できない連中はいない。それに、昼間に会ったサスケだって、信用できない。きっとあいつは、何か勘違いをしているのだ。何も言わなかったけど、きっと、そう、間違っている。
そうナルトは思い続けた。
だけど、どうしてだろう。
どうして、涙が、込み上げてくるのだろう。
後ろから忍び寄る暗い感情から逃げるように、再び右手の掌にチャクラを集中させた。
―――思い出せ、思い出せッ! あの時、フウコの姉ちゃんはたしか…………。
最後に会った、彼女の姿を思い出す。
『その術はね、ナルトくんのお父さんが使ってた術なの』
苦しい感情が、
『今の君には、少し、難しいかもしれないけど、今回はあまり、私は手伝ってあげたくないの。なるべく、自分の力で、習得してほしい』
悲しい感情が、
『分からないことは、次の修行までに、はっきりさせえておいて。いい?』
涙が、零れた。
チャクラが暴発し、再びナルトは、尻餅をついた。
螺旋丸は、失敗に終わった。
「……ちきしょーッ! なんでできねえんだってばよッ!」
怯える感情を奮い立たせるような、乱暴な言葉に、応えてくれる者はいない。
一人だった。孤独だった。
それは遠回しに、もはや彼女が本当にいないのだと、大人たちが、里が、世界が、言っているようで。
ナルトは悔しそうに口元を歪め、溢れ出る涙を両手で拭った。
「……フウコの、ねえぢゃんっ! 次の修行って…………いつなんだよぉ……」
どうして、置いていったんだ。
ずっと一緒にいてくれると思ってたのに。
なんで、遠くに行っちゃんたんだ。
本当に……犯罪者となってしまったのか?
頭の中に思い浮かぶ言葉たち。それに翻弄される感情。どういう風に心に決着を付ければいいのか、涙を止めることもできない、孤独で、幼い彼には、道を示してくれる者は誰一人としていなかった。
どこか遠く―――あるいは、身体の内側にも近いところ―――で、誰かが深く嗤う声がはっきりと耳に届いた。
獣のように汚い嗤い声。その声はすぐに聞こえなくなるが、その声こそが、ナルトの感情に、芽を植え付けた。
黒く、暗く、
素直で、優しい、
感情を。
「……誰なんだよ…………フウコの姉ちゃんを、遠くにやったのはッ!」
ぜってぇ、許さねえってばよ。
いつか必ず、見つけてやる……。
強く、なってやるッ!
この術を覚えて……フウコの姉ちゃんを、助けに……ッ!
フウコの姉ちゃんが、犯罪者なわけねえッ!
だって、
だって、
だって!
フウコの姉ちゃんは、誰よりも優しかったッ!
他の連中が嫌な目を向けるのに、フウコの姉ちゃんだけは、俺を一人にしなかったッ!
フウコの姉ちゃんは、優しいんだッ!
「見つけてやる……。フウコの姉ちゃんに、悪いものおっかぶせたやつを……絶対にッ! 見つけて…………ぶっ殺してやるッ!」
ナルトの強い感情に呼応するように。
彼の中に収まる檻の、その檻を堅牢にする渦巻型の鍵が、一周だけ、緩んだ。
次話も十日以内に投稿したいと思います。