いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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第二の試験が終わって……

 イタチは、木ノ葉病院の正面玄関を通った。未だ涙を溢れさせ、苛立ちを露わに大股で前を歩くフウについていく。イタチの後ろには綱手と、トントンを抱えたシズネがいるものの、自来也の姿は無い。

 

 イロミが危篤状態。

 

 それを聞いたイタチは、綱手を里に連れてきたことをヒルゼンに報告することを放棄して、真っ先に彼女の元へと向かうことにした。フウからは正確な情報は聞き出せず―――そもそも、フウ自身も、イロミがどうしてそういった状態になったのか知らない―――とにかく彼女の容態が気掛かりだった。

 綱手とシズネには、イロミに万が一の事があった時を想定して同行を頼んだ。二人とも、特に綱手はどういう訳か躊躇い気味だったが、強引に同行してもらっている。シズネが「綱手様……様子を見るだけでも…………」と控えめに背中を押してくれたのも、綱手が来てくれた要因かもしれない。

 

 病院の奥側へと進んでいく。受付前とは異なって、光量は少なく、人の声は聞こえてこない。四人の足音がただ、リノリウムの床を叩く音だけ。あまり好きな音ではなかった。

 

 今回で、二度目だ。集中治療室に―――いや、瀕死のイロミの元へ、病院に赴くのは。【うちは一族抹殺事件】と同じくらいの寒気と、そしてそれ以上の疑問が身体を引っ張っていた。

 

 ―――何故だ……。何故、イロミちゃんが…………。

 

 イロミは特別上忍とは着くものの、主な仕事は雑務処理だ。ましてや、中忍選抜試験が行われている最中。彼女が何かしら、試験の裏方として仕事をしているはずである。身に危険が及ぶ場面に遭遇することすら無いはずだ。いくら考えても、破片すら分からない。その不明瞭さがより、寒気を強くした。

 

 空が……入れ替わったのか。

 

 フウコの言葉。妹の言葉。

 空気が似ていたからだ。

 

 シスイが死んだことを知らされた夜と同じ。

 突然、無くなっていく。

 知っている人の命が。

 

 命の連結はイタチの中では強固で、イロミの状態に不安を抱きながら、同時に、サスケやナルト……いや、他の知っている人たちが無事であるかを確かめたがる自分がいる。不安に駆り立てられ、歩く速度が速まりフウの横を歩く形に成っていた。

 

 通路の景色が変わった。壁だけだった通路は、やがて、等間隔を空けて嵌め込みの広く大きな窓が並ぶ姿に。殆どの窓は内側の明かりが消えているせいで黒く光っていたが、その中に一つだけ、残酷な程に清潔な白い光を零す窓があった。

 

 隣を歩くフウが大きく息を呑み込む音が微かに聞こえてくる。そこが、イロミのいる部屋なのだと、すぐに分かってしまった。

 

 窓の前には、一人の男性が立っていた。

 

 白く長い衣を着て、頭には赤い笠を乗せている。イタチと―――そして、綱手は同時に息を呑んだ。猿飛ヒルゼンはゆっくりと、その重々しい表情をこちらに向けた。

 

「イタチとフウか…………それに―――」

 

 ヒルゼンは目だけで、イタチの後ろに立つ綱手を見ると、身体ごと正面を彼女に向けた。

 

「久しぶりじゃな、綱手よ。よく、里に戻ってきてくれたの」

「里に戻ったつもりはない。本当なら、顔を合わせるつもりもなかったよ」

「火影様!」

 

 溝の深さを覗かせる重たい二人の間に、フウは感情的な声が割って入る。彼女はヒルゼンの胸倉に掴みかかった。

 

「イロミちゃんの容態はどうなんすか?! 昨日、医者の人が、今日が峠だってッ!」

「……安心せよ、フウ。イロミの容態は、今し方、安定したところじゃ」

「え……ほ、本当ですか? う、嘘じゃないっすよねッ!?」

 

 ヒルゼンが深く、ゆっくりと頷くと、フウは安心したように大きく息を吐き出した。「よかった……」と消え入りそうな声を出しながら、彼女は床に膝を付いた。彼女の震える褐色の肩と同じ安心をイタチは抱くが、表情には出さない。

 

 一瞬だけ、ヒルゼンは視線を送ってきた。続けて、綱手へ。アイコンタクトに、イタチは小さく顎を引いた。

 

「フウよ、これからワシとイタチらはイロミの正確な状態を、担当医に聞きに行く。お主はここで、イロミの傍にいてやっておくれ」

「え? フウも聞くっす!」

「気持ちは分かるが、我慢するのじゃ。専門的な話しになるからの。……それにの、直にアンコがここに来る手筈じゃ」

「……アンコさんが?」

「イロミの容態を見にの。ワシもまだ、どうしてイロミが、ここまで大きな負傷を負ったのか知らん。アンコは、その報告に来るのだ。すれ違いになるかもしれん。その際に、お主にアンコから情報を聞いてほしいのじゃ。……もしかしたら、犯人が分かるかもしれん」

 

 犯人。その言葉に、フウはゴシゴシと腕で目から零れた涙を拭い立ち上がる。

 

「―――分かったっす! 任せてください!」

「……患者の容態が安定しているのなら、私は帰らせてもらうよ」

 

 乱暴に踵を返した綱手に、シズネは困ったように「綱手様……」と呟くのが聞こえてきた。イロミに万が一の事があった時、彼女の医療忍術のスキルを頼りにしていた為、確かに綱手がここにいる理由は無くなってはいる。ヒルゼンと会話をする必要はない、という条件付きで里に戻ってきてもらった手前、無理に引き留めるつもりはなかったが、ヒルゼンの様子からはどこか、逼迫した何かを感じ取れてしまう。綱手が必要なのではないか、そう思えてしまうほどに。

 

 しかしヒルゼンは綱手を引き留めることなく、彼女は追いかけるシズネと共に暗い通路を戻って行ってしまった。

 

 イタチは、ヒルゼンに招かれ、奥の部屋に入った。おそらくは、患者の状態を親類縁者に医者が容態などを説明する部屋なのだろう。室内は清潔な白が九割を占め、中央には長テーブルが二つ、距離を離して対面に並んでいた。その奥にはホワイトボードが。だが、医者が室内で待っていたのではなく、いたのは、みたらしアンコだった。

 

 アンコはヒルゼンを見ると「火影様……」と、消え入りそうな声で椅子から立ち上がろうとするが、ヒルゼンは片手を小さく上げてそれを制した。彼女は、しかし、立ち上がり、イタチに頭を下げた。

 

「……今回の事は…………すまなかった。私の管理ミスが……招いたことだ」

「……状況がまだ、俺は理解できていません。頭を下げないでください」

「イロミは、第二試験会場の死の森で発見された。私が担当した試験会場だったんだ。責任は、私にある」

「落ち着いてください。いったい、何があったんですか? 今はまだ、中忍選抜試験が行われている最中のはずです。里そのものにも異常は見られないのに、なぜ、彼女が…………」

「イタチよ、まずは席に着くのじゃ。今回の事は、少し、複雑だ。長くなるじゃろう。アンコも、頭を上げよ。お主に責任は無い」

 

 三人はテーブルに着いた。ヒルゼンとアンコは並んで座り、その対面にイタチは座った。氷が溶けるのをじっと眺めるような、とてつもない程に長く感じる数秒の沈黙の後に、イタチは尋ねた。

 

「先ほど、イロミちゃんの容態は安定したと仰りましたが、具体的には」

「安定は……しておる。じゃが回復までには、相当の時間を要すると、医師は診断しておる上に、普段の生活に戻るのは難しいとのことじゃ。……イロミは、両眼を抉り取られておった」

 

 膝の上に置いている両手に力が籠ってしまった。だが、表情には出さない。ヒルゼンやアンコが悪いという訳ではないのだから。

 

 ヒルゼンは続ける。

 

「医師の判断では、眼を指で強引に引き抜かれたような乱雑な痕跡があったようじゃ。現時点で、眼の移植手術を考えておるが……。イロミの体質について、お主は知っておるか?」

「はい。彼女から聞いたことがあります。薬物毒物、細胞に介するチャクラの影響を受け難い体質なのだと」

 

 イロミが退院した時に聞いた時を思い出す。機能不全を起こした両手をチャクラでプラプラと不安定に動かしながら、彼女は笑った。

 

『私の身体って……なんか、変みたいなんだ。薬とか、毒とか、あまり効果がないみたいなの。だから、医療忍者の方も、処置に時間がかかったんだって。あはは、まあ、これが私の初めての才能ってことなのかな?』

 

 嬉しそうで、困惑しているようで。曖昧な笑顔を浮かべていた友人の姿は、どこか無理に、両手が動かないという現実を押しのけようとしているように見えてしまい、その時はただ、彼女に同調するように笑顔で返すことが出来た。

 

 だが、今回は、どうだろうか。

 

 イロミはまた、笑うのだろうか。現実を否定することが、出来るだろうか。たとえ彼女が笑ったとしても、自分は笑い返せるだろうか。適切な言葉を、投げかける事が出来るだろうか。両手はチャクラで動かすことが出来るが、眼を生やしたりすることは、努力では実現できない。

 

「では、移植手術には、準備が必要だということですか?」

 

 頭に浮かぶ悲しい未来を一度、置き去りにする。

 

 ただでさえ眼球の移植には、多くのリスクが付きまとう。戦時中では、応急処置として死んだばかりの遺体から抜き取った眼球を医療忍術で移植させるということはあったが、本当に一時的なものだ。その後は拒絶反応で、傷口が悪化するのがほとんど。

 ましてや、イロミの体質は普通のそれとは大きく異なっている。検査や、準備というのが必要のはずだ。医療忍術の専門的な部分は分からないが、下手をしたら半年ほどの時間は要するかもしれない。

 

 しかし、ヒルゼンは首を横に振った。

 

「お主の言うように、イロミの体質は変わっておる。これまで多くの者を治療してきた医療忍者でさえ、戸惑ってしまうほどにの。故に、イロミの体質―――細胞と言った方がよいの―――に関しては、過去に入念な検査を行っておった。じゃが、今となっては、その検査データも意味のないものとなってしまっておるのじゃ。……イロミの細胞は、大蛇丸の呪印を受け入れてしまった」

 

 思考が全く警戒していなかった方向からの名前だった。

 

「大蛇丸? 伝説の三忍と呼ばれた……」

「あやつが今、この里におる。イロミを瀕死の状態に追いやったのは、あやつじゃ」

「なぜ、彼が?」

 

 それは、なぜ、大蛇丸がイロミを襲ったのかということに重心を置いた問いだった。大蛇丸が木ノ葉隠れの里に戻ってくる理由は、ごまんと考えられたからだ。

 

 里に所属していた頃に行った彼の禁忌は知識としてある。あらゆる禁術の開発に手を伸ばし、多くの人の命を実験と称して攫ったという経歴を持っている彼の事を知らない者は、少ない人の方が珍しいくらいに多い。木ノ葉隠れの里に良からぬ感情を抱いていることも、有名なことだ。里に戻ってきて、いつ身勝手な復讐を企ててもおかしくはない。あるいは、再び、実験と称して忍を攫いに来たとも、考えられる。

 

 しかし、イロミとの繋がりは判然としない。

 先ほどアンコは、イロミは中忍選抜試験の第二の試験、その会場で発見されたと言っていた。責任を感じている彼女の様子から判断する限り、イロミは第二の試験とは無縁の立場にいたのだろう。つまり、イロミは自ら、死の森へと侵入し大蛇丸と対峙したことになる。

 

 イロミは大蛇丸とは面識はないはずだ。いや、彼女と同世代の自分や、それ以降の世代も、あるはずがない。何せ、蒸発事件と呼ばれる凶行を大蛇丸が行い、そして里を抜け出したその頃、まだ幼かった。

 フウコとすら出会っていない。

 その当時、自我があったのかさえ分からない。

 第三次忍界大戦が終わっているのは確かだ。

 おそらくだが。

 イロミはその頃、発見されているのだろう。戦争孤児として、どこかの忍に―――。

 

 そこでイタチは、一つの想像を手に入れた。

 

「……まさか、イロミちゃんは、戦争孤児ではないのですか?」

 

 ヒルゼンは頷く。

 イロミが……あるいは、イロミの両親が、大蛇丸の蒸発事件の被害者。

 重苦しい沈黙が頭にのしかかってきた。

 

「イロミは大蛇丸が幾つか隠し持っていた研究所の、その一つで発見された、事件で唯一の生存者じゃ。どういう経緯で彼女がその研究所にいたのか、今となっては、何も確信は出来ぬ。両親と共に連れていかれたのか、研究所内で生まれたのか、あるいは、彼女だけが連れてこられたのか……」

「確か大蛇丸は、貴方の弟子……。だから、イロミちゃんを養子に?」

「………………」

「……そうですね。今は、そのことを確かめる必要はありませんね」

「すまぬの」

「話しを戻しましょう。―――植え付けられた呪印をイロミちゃんの身体が受け入れたと仰いましたが……未だ、封印術は施されていないということですか?」

 

 その問いに応えたのは、アンコだった。

 

「呪印は必ず、施された部位に印が残るようになっている。大蛇丸の呪印も同じだ」

 

 アンコは襟の高いコートを小さく脱ぎ、左肩に黒く刻まれた【三つ巴紋】を見せた。彼女がかつて、大蛇丸の部下として活動していたことは知っていたが、呪印を植え付けられているということは知らなかった。コートをすぐに着直したアンコは暗い表情で「だが……」と続ける。

 

「イロミの身体には、呪印が見当たらない。私も……呪印を植え付けられた身だ。イロミには大蛇丸の呪印が植え付けられているというのは、チャクラで感じ取れる。だからこそ、イロミは瀕死の状態になったんだと思う。なのに、どこにもないんだ。どこにも……。封印術の施しようもない。ましてや、イロミの呪印は、どこか……違う」

「違う? 特別という意味ですか?」

「分からない。ただ、私があいつを発見した時は、身体が紫に変色していた。私の呪印とは形態が違っていることは間違いないし、それに、強力だった。今はイロミの身体もチャクラも安定はしているが、それは細胞が呪印を取り込んだからだ。私のより、明らかに上位の呪印をだ。慎重に、細胞の検査をしなければならないと医師は言っている」

 

 イロミの容態については、理解できた。正直な所を言えば、安心できる、というレベルではないというのが、イタチの判断である。それは、イロミの事もあるが、木ノ葉隠れの里の事も含めての、判断だ。

 

 無意識の内に考えてしまう。

 

 大蛇丸が、木ノ葉隠れの里にいて、何かを企んでいるということ。

 イロミの容態は、現時点では安定はしているが、強力な呪印を細胞が取り込んでしまっている。アンコやヒルゼンは敢えて言わないようにしているのか、結局は、呪印に対しての対抗策は打てていない。今後、彼女の状態がどうなるか、不確定だということ。

 中忍選抜試験というこのタイミングを見計らって大蛇丸が里に入ったということは、下忍に紛れていたのか、あるいは下忍の付き添いである上忍として紛れたのか。どちらにしても、木ノ葉隠れの里に恨みを持つ大蛇丸の背景には、同様に木ノ葉隠れの里を良く思っていない他国の協力者がいるということ。

 どうしてイロミは、わざわざ、死の森に入り、大蛇丸と対峙したのか。死の森に入る前に、一度どこかで、大蛇丸に会っているのは疑いようもない。大蛇丸と会い、何かの会話をし、そして、死の森に入ったのだ。問題は、その会話の内容が、何であったかということ。

 自来也と綱手は偶然にも里にいるが、もし大蛇丸がここにいて、里に牙を剥こうとしていると伝えたら、協力を仰げるのかということ。

 死の森に大蛇丸が侵入していたのならば、サスケやナルトは接触していないのかということ。

 

 幾つかの問題点を整理し、ピックアップしていく。

 

 時間にして、五秒ほどの沈黙だった。

 

「イロミちゃんは……今後、どのような扱いになるのですか?」

 

 瀕死の状態に追い込まれたとはいえ、イロミは大蛇丸と接触してしまっている。かつて彼の研究所にいたという経歴、そして呪印を植え付けられたという事実は、里としては無視できない。イタチ自身は、彼女が大蛇丸と深い繋がりがあるとは少しも考えてはいない。

 

 だが。

 

 平和の前には、疑わしきは、管理しなければいけないのだ。

 

 同じことをヒルゼンは思っていたのか、しかし、彼は呟いた。

 

「お主に、一任しようとワシは考えておる」

 

 驚きにイタチは少しだけ言葉を詰まらせてしまった。

 あまりにも、火影としての判断ではないように思えない。

 

「大蛇丸とイロミが接触したという事実は伏せておる。知っておるのは、この場にいる三人のみじゃ。イロミの状態について知ってる者にも、戒厳令を布いておる。問題はない」

「……分かりました。まずは、俺の部下に、イロミちゃんの護衛を任せます。再び大蛇丸が、彼女の前に姿を現すことも考えられるので」

「何か、ワシらにできることはあるかの?」

「すみません。今はまだ、正確な判断は出来かねます。火影様には、なるべく多くの情報を集めてほしいのですが……」

「既に暗部を他国に奔らせ、大蛇丸と繋がりが無いかを探っておる。上忍の者たちにも、大蛇丸がいることは情報として知らせ、警戒するよう促した」

「綱手様は、どうするつもりですか? イロミちゃんの容態が急変した際、彼女の力は必要になると思いますが」

「……あやつは、手を貸してはくれぬだろう。綱手にも、事情がある。少なくとも、ワシの言葉では動いてはくれぬはずじゃ。綱手の事も、そなたに一任する」

「他に、自来也様も、里に来ています」

「任せる……。そうか、皆が、この里におるのか」

 

 イタチは退出して、奥の方に備えられている非常口から病院の外に出た。太陽は完全に姿を隠し、空には白い月が傘を作り始めようとしている。コートの上から首筋をなぞる外気に触れ、初めて自分の身体の体温が高くなっていたことを自覚し、イタチは大きく鼻呼吸をしてから、歩き始めた。このまま、ダンゾウの元へ行こうと考えていた。彼の耳には、大蛇丸の事が伝わっていることだろう。【根】の部下たちを動かす許可と、何を考えているのかを聞くために、彼の元へ足を運ぶことにした。

 

 ―――帰りは、遅くなるな。

 

 しばらく時計は見ていないが、感覚的に、夕ご飯時のはず。

 

 中忍選抜試験は夜に行ってはいけないという規定があるため、サスケは家に戻っている頃だ。無事に試験を進み、あるいは、無事に試験に落ちて、夕食を食べているだろうか。病院では、あまりにも個人的なものなため、サスケが中忍選抜試験をどれくらいこなしているのかは聞かなかったが、ヒルゼンが何も言わなかったところを見ると、大事は無いようだ。

 

 ―――……何故、イロミちゃんは大蛇丸の元に。

 

 今度は、意図的に考えてみる。皿にこびりついた脂のように、どうしても、気になってしまったのだ。

 

 イロミの行動は、明らかに不自然だ。大蛇丸に招かれたとはいえ、たとえ繋がりがあるのだと大蛇丸が言ったとしても、誰にも知らさず単独で会いに行くという選択をするほど、彼女は愚かではない。大蛇丸が伝説の三忍の一人で、危険人物だということは、知っているはず。

 あらゆる手段を考え、あらゆる選択を獲得する。それが、イロミのスタンス。なのに、単独で、相手の指定した場所に赴くというのは、おかしい。

 

 なぜ、イロミは自身の行動を制限してしまったのか。

 あるいは……そう、制限を設けられたのかもしれない。いや、その方がより、自然な流れだ。彼女は大蛇丸に制限を付けられた。たった一人で来いと、死の森に来いと、言われた。

 問題は、その制限を付けれるほどの背景を大蛇丸は持っていたのか。その一点。

 

 道を歩く度に、身体の体温が下がっていくような気がした。そのおかげか、思考がスムーズで広がっていく。一組の親子が横を通り過ぎた。小さな男の子が母親に何か我儘を言っているようだ。

 例えば、一度目の対峙の時に大蛇丸がイロミの両親の事について話したとしたら、どうだろうか。

 

 いや、それではあまりにも力が無い。イロミと友人関係になってから、それなりに長い時間が経ったが、一度として彼女が家族に恋い焦がれているような発言を聞いた事が無い。本心ではどう思っていたのかは分からないが、見る限りでは彼女の中心は常に―――。

 

「…………フウコ、なのか?」

 

 イロミを縛り付けることが出来る、絶対のカード。いつだってどこだって、イロミはフウコを中心に動いていた。それを大蛇丸は、使ったのだ。

 

 イタチの思考はもう一歩、先に進む。

 

 大蛇丸とフウコの繋がりについて―――ではない。

 

 どうして大蛇丸が、フウコとイロミが親友関係だったのだと、知っているのか。

 

 大蛇丸とフウコに何かしらの繋がりがあったとして。

 フウコがイロミの事を話すとは考え難い。うちは一族を滅ぼしたのには裏があり、その結果としてイロミを痛み付けたフウコが、その裏側を他人に話すはずがないだろう。

 

 なら、誰かが調べたのだ。つまりは、大蛇丸の協力者である。それも、木ノ葉隠れの里に平然と出入りができる者。そう、木ノ葉の忍だ。他国だけではなく、この里の中にいるのだ。内通者が。

 

 そして。

 

 フウコとイロミの関係を大蛇丸が内通者を使って調べさせたのは何故だ? それは、イロミを動かすため。では、イロミを動かして、何をしたいのか。呪印を打ち込んだ先には、何がある?

 

 しかしそれ以上、思考は先に進まなかった。それ以上の進行は、想定ではなく、単なる妄想の域だ。情報は圧倒的に不足してしまっているのは明らかで、当事者は大蛇丸と、意識を取り戻していないイロミ、そして、木ノ葉隠れの里にいる内通者。

 

 その後、イタチはダンゾウの元へ赴いた。彼からは【根】の自由使用許可はあっさりと降り、すぐさま里の内外に配備させた。イタチ自身は家に帰ることなく、一人で情報整理をしていた。木ノ葉隠れの里にいるかもしれない内通者に当たりを付けるため、大蛇丸が木ノ葉隠れの里で活動していた時期に存命した者を対象に、個人情報を漁った。

 

 詮索の条件は、イタチの中では設定されていた。

 

 内通者の地位は下忍……最高でも中忍のはず。大蛇丸という危険人物と接点があるのならば、内通者は目立たずそれでいて目立たな過ぎることも無い者である可能性は高い。また、プライベートに自由に動ける時間が確保しやすいのも、任される任務の重要度が低い下忍、あるいは中忍だ。

 

 そして、下忍、中忍である場合、年齢が高いのは周りの視線を止めてしまう。勿論、そのような人物が全くいないという訳でもなく、そう言った背景の人物が最も可能性が高いというだけだ。該当する者は、幾人かいた。

 

 それらの人物の一人一人の家族構成や生い立ちなどの経歴を調査し尽くすのに、流石のイタチも時間が掛かってしまった。気が付けば夜を超えて……明朝。

 

 イタチは、幾人かの人物を頭の隅に止める。

 

 その中には、薬師カブトという名前も、入っていた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 深い夜の静けさに、テマリは、木ノ葉隠れの里も夜はこんなに静かになるのかと、夜空に浮かぶ月を見上げながらぼんやりと思った。旅館の受付前に設けられた、広めのロビー。しかし、人はテマリに以外に誰もおらず、明かりは壁一面に嵌め込まれた大きな窓ガラスから入ってくる月明かりだけだ。綿あめのような柔らかさを持つソファに腰かけ、自動販売機で買った緑茶を一口飲む。髪を下ろし、ゆったりとした浴衣の上から、小さな安堵が下りてくる。

 

「なんだテマリ、起きてたのかよ」

「……まあ、な」

 

 振り返り、寝癖が付いた髪を掻きながら、浴衣姿のカンクロウを見上げる。小さく欠伸を噛みしめる顔には普段塗っているメイクはなく、半開きの瞼からはすっかり眠たさを表現していた。

 

「お前こそ、どうして起きてきたんだ?」

「喉が渇いただけじゃん。自販機で買おうと思ってただけだ。何飲んでんだ?」

「緑茶」

「いくら?」

「自分で見ろよ」

 

 カンクロウは小さく舌打ちをしてから、反対側の自販機に足を運んだ。ガタン、とジュースを買った音が聞こえてくる。炭酸飲料水を片手に、カンクロウはソファに腰かける。テマリが座るソファと背中合わせに置かれたソファにだ。

 

 ぷはぁ、とカンクロウは一気に半分ほどを飲み干した。

 

「お前も、喉が渇いたのか? それともあれか? 中忍選抜試験を無事突破した興奮で眠れないとかか?」

「ふん。あんな程度の低い連中しかいない試験を突破しても、嬉しくもなんともないね。もっと骨のある奴らがいると思っていた分、むしろ退屈だよ。……ただ、」

「ただ? 何だよ」

「……我愛羅は、部屋に戻っているのか?」

 

 カンクロウが小さく息を呑むのが聞こえてきた。こちらの一抹の不安を理解したようだ。

 

「さあな。あいつの部屋なんざ、怖くて近寄る気にもならねえじゃん。第二試験の時のあいつを見た後じゃあ、声だって掛けれねえよ」

 

 中忍選抜試験は、残すところ、最終試験のみとなった。テマリもカンクロウも、そして我愛羅も、最終試験に進んだ。手応えも無く、困難も無かった……試験に対しては。

 

 一度、恐怖を味わった。死を感じる場面に遭遇した。

 

 それは、木ノ葉隠れの里の忍や、他の参加者たちに対してではなく、我愛羅に対して。

 

 第二の試験で起きた、ある出来事が、我愛羅の心の何か触れた。あの時の怒りに満ちた困惑の表情を浮かべた我愛羅を思い出すと、寒気がする。

 

 あの瞬間、暴走してもおかしくない状況だった。うずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラ、その三人を守るかのように立ちはだかった六人の木ノ葉の下忍共々、自分らが死体になっても、何ら、不可思議ではなかった。

 

 第二の試験が終わってから、我愛羅から悍ましい気配は姿を隠したが、逆にそれが恐ろしい。些細な弾みで爆発してしまう、あるいは脈絡も無く暴発してしまう、膨れ上がり過ぎた風船のようだと、テマリは感じ取っている。眠れないのは、眠ってしまっている間に、我愛羅が暴走してしまうのではないかという恐れが、眠気を退けさせたのだ。

 

「……あと、一カ月か」

「なげーよなー。どうせ、俺らが勝ち残るに決まってんじゃん。さっさと里に戻りてえよ」

「そうだな」

 

 最終試験が始まるまで、一カ月の猶予が与えられた。きっと他の参加者は、準備期間だと前向きに捉えるのだろうが、自分にとっては、爆薬庫に火を点けたマッチを抱えながら過ごすようなものだった。

無事に、故郷に帰れるだろうか。

 一カ月もの間、危険な我愛羅と共に、この里の中で、無事を確保できるだろうか。

 

 中忍選抜試験―――最終試験。

 

 そこに勝ち進んだ者たちを今一度、思い出す。

 

 自分とカンクロウ、我愛羅の三人を含め……。

 

 油女シノ。

 日向ネジ。

 日向ヒナタ。

 奈良シカマル。

 うずまきナルト。

 

 この八名のみ(、、、、、、)

 

 ある意味、この最終試験そのものが、危険かもしれない。

 既に抽選によって、対戦順は決まっている。

 第二試合に、我愛羅は出る。

 対戦相手は、うずまきナルト。

 

 我愛羅が興味を示している者の、一人だった。

 

 一か月後に行われるその試合を想うと、不安がにじり寄った。

 




 次話は2月4日までに投稿したいと思います。

 ※追記です。
 中道のプライベートの事情により、2月4日の投稿が出来なくなってしまいました。申し訳ありませんが、2月5日の夜に投稿します。誠に申し訳ありません。

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