いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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今回は短めで、前回同様、殆ど話が進みません。


幕間:2

 睡眠で獲得する【夢】というのは矛盾の塊だ。そもそも、夢を作り出している本人の意識が、疑似的な体験をするその世界を【夢】だと認識していないことが、おかしなことなのだ。だからこそなのか、無秩序を大いに蓄えた【夢】の中では、贅沢な体験が得られる。

 

 さながら、今まで食べてきた贅沢な料理の数々が空から降ってくるようなものだ。大好きな料理が雨霰と降り注ぎ、料理のスープや材料の一部が口端から入り込んでくる。美味しい美味しい、もっと食べたいと思っていても、料理の欠片は次々と口端から流れ込んで、舌の上を転がる味を塗り替えてしまう。どんなに脈絡のない味のレパートリーでも、どれもこれもが衝撃的な味の数々で、不思議だとは露として思わない。

 

 しかし、当然の事ながら。

 

 その逆というのも、当たり前のように、降ってくる。贅沢な夢と同じように、全く逆のそれも、無秩序にそして連続的に襲ってくる。そして、一度見てしまえば、決して目を覚ますまで終わることのない、という違いが、所謂【悪夢】にはある。

 

【夢】の空模様は、三色だった。

 

 賑やかなオレンジ色。

 暖かな薄い赤色。

 冷たさと美しさを重ねた藍。

 

 それら三色の中に浮かぶ無数の星々を、【夢】の中のイロミは見上げていた。しかし、意識は空に何かしらの想いを秘めている訳ではなかった。気が付けば、突然として空を見上げていただけだったからだ。地面は真っ白で、陰影は見えない。彼方まで平らな地面。それにしては、空を飛んでいるかのような錯覚が鎮座している。

 

 イロミの体躯は、アカデミーの頃のそれになっていた。

 

「あ、フウコちゃんっ」

 

 空を見上げていた視界の下に入り込んだ友達の頭に視線を向けると、やはり彼女がいた。彼女もアカデミーの頃の姿だ。視界の右から左に歩き去ろうとする彼女を、イロミは呼び止めた。

 

「ねえねえフウコちゃん。これからどこかに行くの?」

 

 まるでスキップするかのような軽い足取りで彼女のすぐ後ろを付いていくと、彼女はこちらを振り向いた。

 

 赤い瞳と、まだウェーブの掛かっていない黒髪。無表情な顔を向けてくれた。たったそれだけで嬉しくなって、笑顔が出来てしまう。

 

「私さ、また、冒険に行きたいんだ。夜は、ちょっと怖いから……昼間が良いんだけど…………」

『………………』

「あ、それにさ。前にみんなで行った神社にまた行くなら、今度は色んなもの持って行こ? 秘密の財宝を今度は見つけたいんだ」

『…………えーっと、ごめん。訊きたいことがあるんだけど』

「なに?」

『君、誰?』

 

 彼女は無表情に顔を傾けた。

 

『私、君のこと知らないけど。それに、どうして、皆で神社に冒険しに行ったこと知ってるの? あのことは、私と、イタチと、シスイと、あとイロリちゃんしか知らないのに』

「フウコちゃん、どうしたの?」

『どうして?』

「イロミは私だよ」

『変な嘘、言わないで。貴方はイロリちゃんじゃない』

 

 彼女は人差し指でイロミの右手を指さした。

 

『イロリちゃんは、指は五つだよ。六本じゃない』

 

 右手を見下ろす。

 小指よりも外側。そこに、中指のように長い指が、逆向きに生えていた。六本目の指は自分の意志とは関係なく動いている。

 

「待ってて。じゃあ、すぐに………えい!」

 

 指の存在に違和感を覚えることなく、イロミは雑草を引き抜く要領で六本目を引き千切った。

 

「ほら? これで―――」

『イロリちゃんは手首に指なんか生えてないよ』

「あ、あれ?」

 

 今度は左手首に指が生えていた。人差し指と親指だ。慌ててイロミはそれを引き千切る。だけど、指は引き千切れば引き千切るほど、別の箇所に指が生えてくる。

 

 二の腕に、膝に、首に、頬に。

 

 勝手に動く指が生えてくる。目の前に立つ友人は無表情のままだけれど、指が生える度に、視線が冷たくなっていくような気がして、泣きたくなる衝動を必死に抑えながら、指を千切り続けた。

 

 そして身体中が、指に埋め尽くされようとした、その時……彼女の隣までに、何かが歩いてきた。

 

 何か。そうとしか表現できない。

 黒い靄のようなものだった。子供が、寸胴な大人の輪郭を、黒いクレヨンでぐちゃぐちゃに塗ったみたいないい加減な形。黒い靄がもぞもぞと、ノイズのように呟いた。

 

『ごめんね、イロリちゃん。うん、行こ?』

 

 黒い靄と一緒に、フウコは遠くへ行ってしまう。

 

「ま、待ってよ! それ、私じゃないよ! ねえ、フウコちゃん、待ってッ!」

 

 涙声で叫ぶが、フウコと黒い靄は仲良く手を繋ぎながら離れていく。その先には、イタチとシスイが待っていて、二人を温かく迎え入れた。誰も、黒い靄に疑問を抱いていない。

 三色の空が離れていく。空が真っ暗になって、地面もまた、黒くなる。自分の姿さえも見えなくなってしまうほどの暗闇は、大好きな三人の姿を呑み込んでしまった。

 

 暗闇に呑み込まれる瞬間、大好きな三人は、気持ちの悪い化物でも見るかのような、視線を最後に送っていた。

 

「みんな……、行かないで。私、イロミだよ…………どうして……、身体に指なんか……ひッ!?」

 

 指が伸びて、そのまま、手が、そして腕が、生えてきた。

 腕が一斉に、イロミの身体をへし折ろうと蛇のように絡みついてくる。

 

【これ、私の身体だから、返してよねッ!】

 

 一本の腕が囁くと、次々と腕たちが絶叫する。

 

【違うよ、僕のだ!】

【俺のだろうがッ!】

【あたしのだって。邪魔すんなよ!】

【私の身体】

【ずっと返してほしかった身体】

【いっぱい遊びたいな】

【欲しいものがあるから、買い物しましょう】

【美味しいものを沢山、たーくさん、食べたいな】

 

 好き勝手に喚き散らす腕たちが、イロミの身体を粘土でも捏ねるかのようにぐちゃぐちゃにしていく。両腕は肩の内側に押し込まれ、両足は何回も捻じられてしまう。腹部は内側から生えてきた腕に引き裂かれてしまった。

 

 自分が、どんどんと、別のモノに変えられていく。

 

「やだ……、やだッ! フウコちゃん、イタチくん、シスイくん……。助けてぇッ!」

 

【あの三人なら来ないに決まってるじゃん】

【そうそう。アンタは他人なんだから】

【化物なんだから】

 

「違うッ! 私は、フウコちゃんの友達で、イタチくんやシスイくんも―――」

 

【フウコって奴からは、友達じゃないって言われただろう。きっと、気持ち悪いって言ったのは、お前の身体の事を言ってたんだよ】

【きゃはは! 天才なイタチとシスイが、本当に無能なアンタを友達だと思ってるわけないじゃん】

【元々、友達じゃなかったんだよ】

【あの三人にとって、友達のイロミなんていないの】

【君が勝手にそう思ってるだけ。勘違いだよ】

【私たちを】

【俺たちを】

【皆を】

【勝手に混ぜて出来た化物なんだから】

 

「違う違う違うッ! みんな……みんな、私が友達だって知ってくれてるッ! フウコちゃんだって、何か事情があって、里を出て行ったんだッ!」

 

【でも、化物だって知らない】

【本当のお前は化物】

【しかも出来そこないの】

【気持ち悪い】

【才能無いから】

【気持ち悪い】

【他人の身体で生まれたから】

【気持ち悪い】

【自分が友達だと思っている相手から、友達だって思われてるって勘違いしているから】

【気持ち悪い】

【気持ち悪い】

【死んじゃえ】

 

「や、やだ……。フウコちゃん、たすげ……ぎゃ、ぶぇ」

 

 口内を指が這いずり回る。舌の上を動き、歯を揺るがし、歯茎を爪が傷付け、無理やり口を開かせようと―――いや、顎ごと、身体を引き裂こうとしてくる。

 

 涙をボロボロと零しながら、必死に口を閉じる。

 だけど、口を閉じてしまったら、声を出せない。

 遠くに行ってしまった友達に助けを呼べない。

 

 真っ暗闇の中で、たった一人。

 馬鹿みたいに、たった一人で、自分の中の誰かと戦う。

 

 長い時間、イロミは【夢】の中で泣き続けた。

 

 口の中の腕たちが、イロミの顎を引き裂くまで。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「―――貴方が昏睡状態にある間に、幾つか簡単な検査を行いました。今のところ、感染症などによる二次的な症状は見受けられませんが、どこか、身体に異常を感じる所はありますか?」

 

 暗闇の向こうから、比較的近くにいるであろう担当医の言葉に、イロミは力無く首を横に振った。昏睡状態から覚めたばかりで、身体は泥のように重苦しいせいか、あまり力を加えられない。電気で上部を高くしたベッドに、イロミは抵抗なく背中を預けていた。

 

 眼球を失った。

 

 どこか罪悪感を抱いているような弱々しい口調で、つい先ほど、担当医はそう宣告した。ぽっかりと空いてしまった瞼の奥には、顔の筋肉を崩さないようにと義眼が埋め込まれている感触がある。閉じた瞼の上から後頭部にかけて、義眼が零れないように包帯が巻き付けられていた。悪夢から目を覚ましたばかりのせいか、着ている病人服は汗臭さと脂っぽさで、不愉快だった。

 

 イロミの虚ろな様子に、担当医は小さく息を呑み込んだ。

 

「……これは、まだ先の話しなのですが…………。もし、貴方が希望するのでしたら、眼球の移植手術を、私共は考えております」

「そう……ですか…………」

「ご自身の体質については、ご存知ですか?」

「はい……。以前、入院した時に、聞かされました」

「移植手術は、成功する公算が高いと考えています」

「……すみません。まだ、その…………やっぱり、先の事ですから……。それに、起きたばかりで、あまり考えられないんです…………。喉も、乾いちゃいました」

「そうですね。ええ、確かに。すみません。食欲はありますか?」

「しばらくは、点滴での対応だというのは、知ってます。私、これでも、医療忍術の知識はありますので。自分で大丈夫なようだったら、あの、一応、コールをするので……」

「些細なことでも良いので、気になることがあったら、すぐに呼んでください」

 

 担当医が立ち上がるのが分かった。右脇に座っていた。部屋には他に、女性の看護師がいて、担当医が立ち上がると同時に小さく頭を下げてくれた。

 

「……あの」

 

 部屋を出て行こうとする担当医を呼び止める。担当医が振り返り、初老な顔をこちらに向けて「なんでしょうか?」と呟いた。

 

「窓だけ、開けて貰えませんか? 暑くて……」

 

 部屋には、自分一人だけになった。担当医が最後に開けてくれた窓から、少なくとも室内よりは涼しい風が入り込み、汗ばんだ頬を冷ましてくれる。カーテンが揺れて、カーテンレールの石がカラカラと小さく鳴った。

 

 ―――何も、見えない……。何だか、懐かしい。

 

 孤児院にいた頃以来の、真っ暗な世界だった。

 遠も近も分からない。

 黒も白も見て取れない。

 分かるのは、触れる空気や物の感触と、唇と舌を撫でる湿気、鼻から入ってくる空気の香り、音。何も見えないせいか、残った四つの感覚がクリアな気がする。盲目だった頃の幼い自分もこんな感覚だったのだろうかと、ふと思った。それにしては、あまりにも、分かり過ぎてしまうような気がする。

 

 部屋の広さが、空気の流れと音の反響で分かってしまう。

 床と天井の高さが、湿気と埃臭さで分かってしまう。

 左腕に刺された点滴の、その味が―――どういう訳か、分かってしまう。

 

 鋭敏過ぎる感覚に、イロミは咄嗟に右手首で自分の胸の中央に触れた。

 

 ―――毒の、せい……なのかな………。

 

 上に着ている病院服の下の自分の身体は、やはり、肉が無い。肋骨の感触を手首でなぞりながら、大蛇丸に噛まれた傷を探すが、見つけられなかった。

 

 ―――それとも……飲まされたものの、せい?

 

 記憶を探すが、眼球を抜き取られてからの記憶が不確かだった。大蛇丸が何か黒い丸薬を取り出したところまでは覚えているが、飲まされたかどうかは分からない。おそらく、飲まされたのだろうという、口の中を何か長いモノが通り抜けたような、ぼんやりとした舌触りだけを頼りにしたものだったが、右手の指で唇をなぞっても、上手く思い出すことは出来なかった。しかし、状況的を顧みて、飲ませないという選択肢はあり得ないだろう。

 

 丸薬のせいでもあるのだろうか。仙人モードを思い起こさせるほどの、苛烈なまでの感覚は、室内を飛び越えて廊下にいる人物すら認識できてしまう。

 

 二人、立っている。先ほどの担当医と看護師ではない。面を付けていて、手甲を装備している。背負っているのは刀。暗部の人間だと、イロミには分かった。ドアの両脇に門番のように立っている姿からは、警戒が感じ取れた。警戒は、外側にも、そして中にいるイロミにも向けられている。

 

 ―――監視されてる。イタチくんが、指示したのかな? それとも、ヒルゼンさんが……?

 

 どういう経緯か分からないが、大蛇丸と接触したことは知られているのだろう。ましてや……大蛇丸の言葉を借りれば、自分は以前から、彼との繋がりを疑われていたらしい。

 

 暗部が監視しているという事は、ヒルゼンか、イタチが命令したという事だ。

 

 もし、イタチなのだとしたら、彼は以前から、疑っていたのだろうか?

 自分が大蛇丸と繋がりがあるという事を。

 そして、どこまで知っているのか。

 

 不安が込み上げてきて、頭が痒くなってしまい、咄嗟に右手で頭を掻いた。

 

 ―――…………あれ?

 

 その時、イロミは気が付く。

 

 手を動かすのに、チャクラを使っていなかったことに。

 

 ―――……手が、動く。

 

 見える訳でもないのに、頭から右手を離し、見下ろす。軽くベッドを叩いた。

 何度も、何度も。

 確かに手が動いている。

 左手にも同じ動きをさせてみると、同じだった。

 動く。

 チャクラを使わずに、確かに、動いている。

 

 ずっとずっと、チャクラで動かしていた部分が、かつてのように神経を通じて動かせることに―――イロミは、恐怖した。

 

 動くようになった手からは、感触が伝わってこなかったのだ。

 自分の意志で動かしているはずなのに、動かしているという実感は、ベッドを通じた振動だけでしか確かめる事が出来ない。

 

 本当に動いているのか、イロミは、右手を再度、自身の顔へ持って行く。人差し指で頬に触れ、上下させた。

 

 

 

 化物

 

 

 

 悪夢で出てきた、大量の腕の声がフラッシュバックし、感触の無い自身の手と重なってしまった。

 

「――――ッ!?」

 

 込み上げてくる吐き気。咄嗟に唇を手のひらで強く覆ったが、手で抑え込まれる唇の感触と、唇を抑えているはずの手から伝わってこない無の感触、その二つの齟齬がより強い吐き気を誘った。

 夢の最後。

 喉の奥から溢れだす腕の数々が、自身の顎を引き裂き、身体を呑み込んだ恐怖が、胃酸の酸っぱさと同時に競り上がってくる。上手く腹筋に力が入らないが、必死に鼻で呼吸を行う。胃酸を吐き出してしまうと、悪夢の時のように引き裂かれてしまうのではないかと、思ったからだ。

 

 ―――私は……化物じゃ…………ッ!

 

 廊下に新たな人物を感知した。

 

 よく知っている、彼の姿。

 

 彼は、暗部の二人に「しばらくここを離れろ」と強い語気で言った。二人がそそくさと離れていく。イロミは一番の力を振り絞って、大きく息を吸い、食道を無理やりに絞った。ジワリと汗が額や背中から出てくるけれど、室内のドアが開く頃には、イロミは平静を装う事が出来た。

 

「……もしかして、イタチくん?」

 

 などと、イロミはわざとらしく尋ねて見せた。自身の感情を押しのけて、恐怖を殺す。

 

「ああ。目を覚ましたんだね」

 

 入ってきたイタチは、廊下で出した声とは一転して穏やかな声が耳に入り、柔らかい笑顔を浮かべているのだと空気の流れで分かり、同時に、こちらを安心させようとしてくれる気遣いが分かった。彼は頭が良くて、優しい。アカデミーの頃から、ずっとそうだ。

 

 だけど、どうしても、悪夢の内容のせいで、不安が垂れるのだ。

 

 いや、もはや、夢のせいだけではない。

 

 自分が、普通の人間じゃないという大蛇丸の言葉が原因だ。

 その事実を知ったら彼は……どう、思うだろう。イロミは逃げるように顔を俯かせてしまい、イタチとの間に硬い沈黙を生んでしまった。

 

「眼の事は、医師の人から?」

「……移植できる、みたいだね」

「すぐに、という訳じゃないみたいだ。提供できる眼が、今は無いらしい」

「あはは……大丈夫だよ」

 

 無理して笑顔を作る。友達に向ける為、友達だと信頼される為、という意図的な笑顔だった。

 

「アカデミーに入る前も、眼が無かったから……。あ、イタチくんは、知ってるんだっけ? 私ね、昔、眼が無かったんだ。だから、懐かしいなって……、ちょっと、思ってたり」

「無理は、しない方がいい。眼を失ったんだ。もし、間が悪かったのなら、今日は―――」

「ううん。気にしないで。何も感じてないって言ったら、嘘になっちゃうけどさ。私が一人で先走っちゃったせいで、こうなったんだからさ。イタチくんが気を遣う必要はないと思うんだ」

 

 イタチがベッドの横に椅子を持って来て腰かけたのが分かった。彼は少しの間、黙っていた。どういう意図を持った沈黙なのか、小さく考えてしまう。

 

「そういえばさ、中忍選抜試験はどうなったの?」

 

 当たり障りのない事を尋ねてみる。

 

「やっぱり、サスケくんは最終試験まで突破した? ……ああ、でも、そういえば中忍選抜試験が続いているのか、分からないや」

「中忍選抜試験はまだ終わっていない。今年は、第二の試験が終わってから一カ月ほどの猶予が与えられたんだ。サスケは……最終試験には出れない。第二の試験で不合格になった」

「……サスケくんは、どうしてるの?」

「君と同じで、ここに入院している。明日には、一応は退院できるようだけど、怪我の完治までは今月いっぱいは掛かるようだ。今は病室で静かにしてるが、最初は、不合格になったことに不貞腐れていたよ」

「そうなんだ……。サスケくんでも、不合格になっちゃうんだね。レベルが高いなぁ。まあでも、これでサスケくんは私の偉大さを分かってくれたかな?」

「前からあいつはイロミちゃんの事を認めてるよ。だから、いつも君を目の敵にするんだ」

「それだけじゃ、無いと思うんだけどね。フウコちゃんの事が、あるし……」

 

 再び、小さな沈黙が。

 

 けれど、フウコの名前が出て、偶然に切り口が出来た。意図した訳ではないが、自分の知っている事実は伝えなければいけない。

 

「大蛇丸が来たことは知ってる?」

「ああ」

 

 彼の表情が真剣なものになったのが分かった。声も、冷静だ。

 

「君が、大蛇丸と接触したことも。だが、大蛇丸が来たことを知っている人は限られてる上に、君が大蛇丸に襲われたことは、俺とヒルゼンさん、君を見つけたアンコさんしか知らない」

「大蛇丸が、フウコちゃんの事、知ってたんだ」

 

 イロミは続ける。

 

「どこまで事実かは分からないけど、前までフウコちゃんと同盟を組んでたみたい」

「同盟?」

「何をしようとしているのか分からないけど、そう言ってた。今は、フウコちゃんは別の人と同盟を組んでるみたい。それで―――」

 

 一度、イロミは声を呑む。

 

「フウコちゃん……このままだと、壊れちゃうかもしれないんだって…………言ってた」

 

 考え込むように、イタチが腕を組んだ。

 壊れる、という大蛇丸の表現。

 それが頭の中で引っかかったのだろう。しばらくの沈黙の後に、イタチは言う。

 

「他には?」

「……ごめんね。大蛇丸に、第二の試験会場に来いって言われた時に教えられただけなの。それ以上の情報を聞き出そうって、誘いに乗ったんだけど、返り討ちにあっちゃって」

「すまない。責めている訳じゃないんだ。大蛇丸がフウコと関わりがあったという事が分かっただけでも、十分だ。ありがとう」

 

 本当なら、この程度の情報、彼ならすぐにでも手に入れる事だろうと、イロミは思う。そもそも、フウコの名前が出た時に、彼はあまり驚いていないようだった。もしかしたら、ある程度の予想は、出来ていたのかもしれない。

 自分が一人で大蛇丸に会いに行くという不可解さに、彼なら容易に予想しえるだろう。両眼を失ったことを理不尽に彼のせいにするつもりは毛頭ないけれど、もう少しだけフウコの情報を引き出せても良かったのではないかと、自分の才能の無さに呆れてしまう。

 

「失礼します」

 

 一人の男性が入ってきた。暗部の人間。彼はイタチのすぐ脇に立ち、何かを耳打ちした。ごく小さい声だったけれど、今のイロミの聴覚は聞き逃さなかった。

 

【監視対象の一人、薬師カブトが動きました。正式な手続き無く、里の外へと出たようです】

【分かった。可能なら、捕縛しろ。後の責任は俺が持つ】

【了解しました】

 

 影分身体だったのか、男性は煙を出しながらその場で消えてしまった。イタチは、立ち上がる。

 

「今のは……?」

「暗部内で急用が入ったんだ」

「大蛇丸に関係していること、なの?」

「いや、どうやら違うようだ。中忍選抜試験の最終試験に来る大名たちの警護について、大名が訊きたい事があるらしい。部隊長の俺が、その説明をしろ、ということだ」

 

 嘘だ。

 そんなことは一言も、男性は口走ってはいなかった。

 どうして、嘘を付くんだろう。

 

 穏やかな声でありながらも、表情はまるで笑わず、緊迫したものを浮かべているイタチが少しだけ怖くて、尋ねることは出来ず「そう、なんだ」としか言えなかった。

 

「また近いうちに、お見舞いに来るよ。その時は、何か持って来よう。必要なものは?」

「特に、ないよ。あはは、何だかこのやり取りも、懐かしい」

 

 それじゃあ、とイタチは言うと、ドアを開けた。反対側の開けっ放しの窓が空気の入り口になって、ドアへ向かって強く抜けていく。

 

 カラカラカラ、とカーテンレールが音を立てる。

 

「―――そうだ、イロミちゃん。最後に、一つだけいいかな?」

 

 風の中、イタチの声が聞こえる。

 彼の視線は、何かを見定めるかのように、鋭かった。

 

 

 

「どうして大蛇丸が接触してきたのか、心当たりはあるかな?」

 

 

 

 背中が寒くて、お腹が熱くなった。

 

 真実を言うべきなのか。

 嘘を、言うべきなのか。

 

 自分は、大蛇丸が造った、多くの人の命を貪って出来た化物だからと。そう、言ってしまったら、彼はどう思うだろうか?

 

 驚きはするだろうけれど、嫌悪や軽蔑はしないと思う。イタチは優しいから。そんなことで、人を判断したりしないはず。

 

 たかが普通の人とは違う生まれ方をしただけじゃないか。

 

 そう、そのはずだ。

 きっと彼は、しない。

 大切な友達だから、分かる。

 分かっているつもりだ。

 

 だけど。

 だけど……。

 

「少し、分からないかな」

 

 イロミは、言った。

 

「もしかしたら、フウコちゃんから何か、聞いてるのかも。分からない。……イタチくんは、どう思う?」

「俺も、君と同じ意見だ。……それじゃあ、また」

「うん。バイバイ」

 

 嘘を残していった彼に、イロミは手のひらを広げながら右手を振った。ドアが閉まると途端にカーテンレールは静かになり、不気味な静寂だけが訪れる。右手をぽとりとベッドの上に落ち着かせると、軽い振動がベッドを伝って腰に伝わってきて、背中からジワリと汗が、大量に滲み出る。

 

 この身体はお前のじゃない。

 

 イロミの中にいる何かがそう主張するかのように、病院服は瞬く間に汗で重くなった。

 




次話は来月の七日までに投稿します。

ご指摘・ご批評がございましたら、ご容赦なくコメントでお送りください。

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