いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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足元が宙に浮く

 

「エヘヘヘ、エヘヘヘヘへへへヘヘ」

 

 健康的と言えば、健康的かもしれない。真昼間に外に出るという行為自体が、実に健康を気遣っている。忍というのは健康が大事だ。何よりも大事である。日々与えられる任務には万全の状態で応対し、完璧な結果を出さなければならない。健康というのは、神社の鳥居をくぐる際に一礼するのと同じくらい基本的で、忍にとっては大切なのだ。ましてや、そこそこに歳を重ねてきたわけで。いついかなる時にポックリと棺桶に足を突っ込んでしまうか分からないくらいになってきたかもしれない訳で。ならば健康の為に外に出るのは必然である。外に出るのであるならば、楽しんで出るべきだ。おおそうだ、楽しまなければ。楽しまなければ、何事も長続きはしないものである。高い所から下を眺めるのはどうだろう。いいかもしれない。ちょうど、高さの建物もあるし、そこで景色を眺めるのは楽しいだろう。

 

 ……などと言うのは、自来也の頭の中で組み立てられた屁理屈である。もはや言い訳と言っても過言ではないだろう。しかし、言い訳のレベルは幼稚過ぎるため、誰に対する言い訳なのかは理解できない。少なくとも、綱手を前にして通用するはずがない。

 

 全くこの人はと、自来也の後ろで小さくため息を、カカシは零した。彼の手には、自来也が書いた【大人の読み物】が持たれている。勿論、ページを開いたまま。呆れる彼も彼で、同じ穴のムジナであることは周知の事実だろう。

 

「……ここで、何をしてるんです?」

 

 一ページを読み終わってから、ようやくカカシは声をかけた。

 

「見て分からぬか?」

「ええ、まあ……。分からないと、言わせてもらいますよ」

 

 後ろにカカシがいることは気付いていたのだろう。望遠鏡で女湯を覗いている事への罪悪感は無いようで、鼻の下を伸ばした笑みをそのままに、顔を向けないまま尋ねてくる自来也。

 

「全くお前はノリが悪い奴だのう。ちったあ情緒ってもんを分かれってーの。エへへ」

 

 カカシはため息を吐きながら、ゆったりと尋ねた。

 

「ナルトに修行を付けるのは止めたんですか?」

「エヘヘヘヘ。あ、なんじゃ?」

「貴方が言ったことじゃないですが……。昼間から女湯を覗いてるのは、どうしてだろうなって、まあ、思ってた所でしてね」

「なんじゃ、ワシを探しておったのか?」

「いえ、偶々上を見上げたら、貴方がいたもので」

 

 大蛇丸は、四日後に控えた中忍選抜試験の最終試験に姿を現すだろうと考えられている。各国の大名が集まる為、都合の良い足手まといになってくれるはずだからだ。カカシを含めた上忍らは、その日に焦点を当てて、コンディションを整えていた。自来也を見つけたのは本当に偶然で、これ以上身体に調整を加えたり、かつての戦時中の感覚を取り戻す修行を続けていると、当日になって疲労を残してしまうと考え、警備がてらに里を歩いていたのだ。

 

 自来也はやれやれと言いたげに頭を振ると、望遠鏡を畳んで懐にしまった。しゃがみ立ちしていた姿勢を崩し、立ち膝でその場に座る。

 

「しばらく、ナルトの奴には修行は付けてはおらん」

「何故です?」

「さあのう、ワシにも分からん」

 

 言っている意味がさっぱりです。

 

「もう少し、分かりやすく言っていただけたら嬉しいんですが」

「まあ、簡単に言やあ喧嘩をしたんじゃ。ワシとあいつが」

「それはまた、どうしてですか?」

「急にあいつの方から、修行はもういいと言ってきよってのう。修行よりも、イロミという奴を探すために手を貸せともの。ちょっとの間しか修行を付けておらんが、根性はあるあいつがそんな事を言い出すとは、思ってもおらなんだ」

「そういう事ですか……普段から、修行に関しては誰よりも真面目な奴ですからね」

「まあ、ワシの事は里の連中には極秘扱いにしておる。暗部や上忍の連中が里を警備している中で、おちおちと指名手配されとるやつを探して、下手に情報が広まっては大蛇丸の動きも変わってくるからのう。断ったところ、喧嘩した。やれ変態だの、エロ仙人だのアホだのマヌケだの、言いたい放題言いおって。ワシを誰だと……全く、困った奴じゃ」

 

 言葉とは裏腹に、どこか楽しそうに彼は笑った見せた。

 

「そんなわけで、ワシは退屈凌ぎに―――」

「覗きを?」

「取材じゃ」

「どんなですか?」

「読んで字の如くじゃ」

「では、今ナルトは一人という事ですか?」

「一応はイタチの奴に頼んで、暗部の人間を何人か監視に付けさせておる。前に一度、ナルトの様子を見た時は、フウという子が一緒だったのう。イタチが言うには、そやつも人柱力らしい。それも、かなりの実力を持っているとの」

 

 七尾をその身に封印した少女。彼女の実際の実力は、カカシは目撃したことはないのだが、何でも尾獣の力を完璧に制御できているらしい。雲隠れの里にいる人柱力と同程度の実力を持っているのではないかという噂は、耳にしたことがある。

 

「それぐらいに固めておれば、問題は無かろう。もし何かあれば、イタチを通じて即座にワシに情報が来るようにしておるしのう」

「……本当に、大丈夫なんですか?」

「大蛇丸も……馬鹿じゃあない。喧嘩を吹っ掛けるのに十分な状況が用意されとるというのに、わざわざ自分から姿を現す必要はないからのう。あいつは無駄な事はしない上に、どういう訳か、昔から他人を弄ぶかのように振る舞いよる。相手が少しでも翻弄されれば良しというような、いい加減さがある。もし本命がナルトなら、あいつは今、種を撒いておる所じゃ。ナルトを奪う―――ナルトの九尾を奪う為の、種をの」

 

 大蛇丸がナルトを狙っているという情報は、おそらく、イタチから聞いたのだろう。

 第二の試験で、大蛇丸と接触したサスケとサクラから、大蛇丸の様子を一部始終聞いたのはカカシである。その情報を火影に提供し、火影の相談役や、おそらくイタチなどと協議し、精査し、導き出された結果が、ナルトの九尾だというものである。

 それとも、ナルトを利用して木ノ葉を崩壊させるか。

 

「そのイロミという奴が木ノ葉に牙を剥き失踪したのも、大蛇丸の中では木ノ葉に打ち勝つための一つの手段に過ぎん。しかも……上手くいけば御の字という程度のじゃ。失敗することを前提とした手だのう。あいつは手段を選ばんが、だからこそ知らぬ者から見れば全てが最善手に見えてしまう。それが、あいつの手だ。ナルトが捜す為に木ノ葉を駆け回るのも、その計算の上に立っておる。ナルトを止めようが止めまいが、あいつの計算の痛手にはならんのう」

 

 全く、忌々しい奴じゃ。最後にそう呟いた彼の背中は、どこか温かい暖炉を懐かしむように、微かに丸くなっていた。

 

「イタチも、おそらくそれを分かった上で、ナルトの警備を軽くしておる。遊びの手ならば、こちらも手を緩めようと、逆に大蛇丸を誘うようにしておる。こちらが疲れない程度に、同じように、遊びの手をの。まあ、どちらも不発に終わるとワシは睨んでおるがな」

 

 おそらく、暗部も暗部で、手が見つからないのだろう。

 大蛇丸の情報が上忍に伝わってから、今に至るまでの十数日近く。その内の最初の三日か四日ほどで、暗部は木ノ葉の殆どを調査し終わったはず。大蛇丸、あるいは協力者の痕跡を。しかし、目立った成果を得られることはなく、中忍選抜試験の最終試験が近づいてしまっている。ならばと、ナルトを撒き餌に微かな悪意を拾おうとしているのだ。

 自来也ははっきりと、不発に終わると断言した。

 つまりは、出たとこ勝負になる。

 

 中忍選抜試験の最終試験当日。

 

 各国の大名らが集うという、里にとって最も足手まといが増える日に。

 

「それよりもじゃ、カカシよ」

 

 先ほどのトーンとは打って変わって、自来也は単なる疑問を尋ねる子供ような軽い声で尋ねてきた。

 

「ナルトに螺旋丸を教えたのは、お前か?」

 

 逡巡してから、カカシは「いえ、違いますよ」と応えた。

 

「なら、イタチか?」

「どうしてそう思うのです?」

「あの術は、見ただけでは習得できるもんじゃあないからの。そして扱える者は、ワシの知る限り、開発者のミナト、あやつから教えられたワシ、そして……ミナトの教え子であるお前くらいじゃ。ミナトが教えた訳ではあるまいし、ワシは教えとらん。お前でも無いのなら、術を見ただけで習得できてしまう写輪眼を持った、あやつくらいだと思っての」

「……それは、少し込み入った事情があるんですけど…………。まあ、貴方になら話しても問題は無いでしょう。ナルトが修行を放り出したのと、無関係ではありませんし、ね」

 

 本を閉じて、上忍仕様のジャケットの内側にしまう。これから話す内容は、少なからず、語るのにはふざけてはいけない内容だと判断したからだ。

 

「これは、誰かがはっきりと見た訳ではありませんし、俺が暗部を通じて知った事なので、確証はありませんが……。ナルトは、うちはフウコから螺旋丸を教えられたようです」

 

 自来也が不思議そうにカカシを見上げた。「どういう事じゃ?」と尋ねてくる彼の声は、どこか真剣そうで、低い。

 

「暗部の書類には、ナルトの監視と書かれているようで。しかし、どうやら二人は親しかった」

 

 親しかった、という言葉に自来也はどこか不思議そうに眉を顰めた。当然の反応だと思った。

 螺旋丸という最高ランクの術を、どうして、ナルトが使えるのか。下忍の昇格試験を行った際に、まだアカデミーを卒業したばかりの子が、こちらに目掛けて、不完全でありながらも、螺旋丸を発現させた時に思ったことである。

 その疑問は、波の国を終えてからも少しの期間、晴れることはなかった。

 

 ようやく分かったのは、ナルトに、螺旋丸の修行と銘打って行った、調査の時だった。

 自来也と同じように、尋ねた。

 螺旋丸を誰から教えてもらったんだ? と。

 

『この術は、俺にとって…………大切な人から教えてもらったんだってばよ……。いつか……その人に会うために、俺ってば…………火影に……』

 

 アカデミー生の時、あるいは、アカデミーに入る以前にナルトと交流を持っていたのは、暗部の書類を見る限り、うちはフウコしかいない。親しかった、というの評価は、ナルトの言葉に依存したものだが、間違ってはいないのだろう。

 

「うちはフウコが、どういう経緯で螺旋丸を習得するに至ったかは不明ですが……、アカデミーを卒業した時点でナルトは螺旋丸を扱えた事を考えると、時期的に、彼女で間違いないでしょう」

「まさか……ナルトは今も、うちはフウコを想っておるのか?」

 

 頷いて応えると「なるほどのう」と、どこか含みのある声を零した。

 きっとナルトは―――怖いと、感じたのだろう。

 ナルトにとって、イロミは、フウコと同じくらいに大切な繋がりだ。それが唐突に、まるで【うちは一族抹殺事件】の時のように、イロミは姿を消し、里の敵と判断されてしまった。

 養子という形でありながらも、火影の子として認められている彼女を。

 現火影・ヒルゼンは止める事が出来なかったのだ。

 イロミが病院から抜け出した日。

 多くが、彼女の行為を目撃していた。

 暗部の者たちを、身体から生み出した大蛇で飲み込み、捕食している姿を。

 そして、暗部の情報を渡してくれている暗部の後輩であるテンゾウから聞くには、彼女の捜索に出た暗部が何人も、彼女に食べられたのだと。

 同じ里の者を殺した。忍の掟の中で最も重い罪を犯した。

 もはや、抜け忍だ。

 たとえ大蛇丸を捕えたとしても、イロミの罪は贖えない。

 彼女は殺される。

 里の意志に。

 かつての父が、そうであったように。

 

 ―――……ん?

 

 視界の下―――自来也が覗いていた女湯ではなく、それよりも遥か手前の―――に、一人の女性がこちらを見上げているのに気づいた。

 彼女は咥え煙草しながら、黒縁眼鏡の奥にある鋭い眼光をカカシに向けながら、顎を鋭く横に振った。ちょっと面を貸せ、と言っているのだと、すぐに分かった。

 

 ―――やれやれ……、どうにか、ならないもんかね……。

 

 それは、これからブンシに会わなければならない自分に対して呟いた心の声であると同時に。

 少なからず、イロミに好印象を持っていたカカシが、どうにかこの事態を打開できないかと、イタチに向けた言葉でもあった。

 

 ……ふと、思う。

 

 そういえば。

 イタチはここ最近、何をしているのだろう?

 テンゾウからは、イタチは日中、どこかへ行っているらしいと聞いている。

 どこに行っているのだろう。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ナルトがその情報を耳にしたのは、ヒナタだった。

 自来也に修行を付けてもらい、今日は家に帰って休むだけ。クタクタの身体で、夕焼け色に染まった岐路を歩いていると、ヒナタが辺りをキョロキョロと見ながら歩いているのが見えた。

 普段はどういう訳かなよなよとしていて、誰に対しても視線を合わせないくらいに、ナルトから見ればよく分からない事ばかりを気にする女の子だった。白いパーカーに青色のズボン。何をしているのだろうと、ぼんやりと考えた。そういえばヒナタも最終試験に出場が出来ているから修行の帰りなのだろうか? と思ったが、ナルトの顔を見ると、彼女は慌てて近くの電柱に姿を隠してしまった。

 

 いつも思う。

 

 何故、そんな俊敏に姿を隠したりするのだろうか。

 けれど不思議と、嫌われているという印象は受けない。ヒナタは顔だけを出してきた。夕焼けのせいか、白い肌のはずの彼女の顔は赤く染まっている。

 

「ナ、ナルトくん……」

「おっす、ヒナタ。こんな所で何してんだ?」

「え? ……えーっと、」

 

 アカデミーの頃からの同期ではあるものの、いまいち彼女とテンポよく会話する術が分かっていない。彼女と同じチームのキバやシノはどうやって彼女と会話をしているのだろうか。

 とりあえず、ヒナタの言葉を待っていると、十五秒ほどしてようやくヒナタは「ナ、ナルトくんは……」と呟いた。

 

「知らないの?」

「??? 何をだよ」

「イロミさんが、いなくなったこと」

 

 ぞわり。

 

 背中が凍えた。

 

 夕焼けに向かって飛ぶカラスの鳴き声が、かつてのそれと重なる。

 

「いなくなったって……どういうことだよ…………」

「私も、詳しくは、知らないんだけど……。私の家……日向に、そういう話が来たの」

 

 ヒナタが言うには。

 猿飛イロミは、幾名かの暗部を殺害し、里の中に潜んでいるのだという。木ノ葉に潜り込んでいると思われる大蛇丸と、彼女は接触した疑いがあり、彼と同様に警戒が必要だと。

 耳を疑った。

 嘘だと思った。

 そんなはずがない。

 彼女が人を殺すなんて、信じられなかった。

 特別上忍で、その前の中忍の頃は、人を殺してしまう任務があったとは聞いた事がある。人を殺したことも、任務ではあると。忍だから、仕方のないこと。普段の彼女は、誰かを殺める事なんて、絶対にありえない。

 それは誰よりも知っている。

 ずっと彼女の世話になっていたから。

 

『実は私も、その術を使ってる子を知ってるのよ。名前は確か……うちはフウコだったかしら?』

 

 大蛇丸の言葉が過る。

 フウコのこと。

 イロミの異変と無関係だとは思えなかった。

 

 ―――どうしてだよ……ッ! また……ッ!

 

 また、あの時と同じだ。

 自分の大切な人が、突然いなくなる。

 もはやナルトの中には、中忍選抜試験の事は無かった。

 あるのはただ。

 

 今度こそ、助ける。

 

 フウコの時のようにはしないという想いだけ。

 自来也と喧嘩別れし。同じくイロミを捜しているというフウとヒナタを含め、一緒にイロミを捜す日々を続けた。

 

 毎日チャクラの限界まで影分身を作り、里中を探索していった。だが、戻ってきた影分身たちが誰一人として、イロミの姿を目撃することはなかった。

 日を追うごとに、ナルトの焦りは強くなり、無理は限界を超え始めた。つい三日前からは、気が付けば家の布団で眠ってしまっているという事が続いている。チャクラの過剰使用で気を失ってしまい、フウに運ばれたと、ヒナタが教えてくれた。

 

 そして、今日も。

 

「ナ、ナルトくんっ!?」

 

 視界が急に傾いた。

 

 身体の右半身全てに、衝撃が。視点はとても低く、右目のすぐ脇には地面があった。ぼやけ始める視野の中には、こちらに駆け寄ってくるヒナタの足元だけが見える。その奥には、フウの足も。

 

「今日は……ここまでっすねえ。ヒナタちゃん、悪いっすけど、ナルトくんを起こしてもらっていいっすか?」

 

 ヒナタに抱えられ、上体だけを起こされる。「ナルトくん、大丈夫?」と声がすぐ耳元で聞こえてくるが、返事をする体力もなかった。瞼ももはや九割ほど閉じてしまっていて、見えるのは、夜の街の灯りが霞みがかっている、光だけ。

 

 身体が浮く。両腕はフウの肩にかかり、両足の太ももには彼女の腕が回った。

 

「よっこいしょっす。じゃあフウは、ナルトくんを家に送っていくっす。ヒナタちゃんも、途中まで送っていくっすよ」

 

 本当ならまだ、イロミを捜し続けたかった。けれど、油を吸った紙のように重く力の入らない身体は、フウにあっさりと背負われてしまう。悔しさと焦りのせいで、意識だけは身体よりも活発だった。

 

「そういえばヒナタちゃんも、最終試験に出場するんすよね?」

 

 フウの顔がすぐ横にあるせいか、彼女の声ははっきりと耳に届いた。

 

「すごいっすねえ。しかも、今年が初参加なんすよね? ヒナタちゃん、雰囲気に似合わず、実はすっごい子なんすね」

「わ、私は……その…………偶々っていうか……」

 

 ヒナタの声も、耳に届いた。それが、ギリギリ聞こえる音の範囲なのかもしれない。二人の会話以外の音はしなかった。

 

「運が……良かっただけで…………。他の人と比べたら、私なんて……」

 

 ―――運だけじゃ、ねえってばよ……。

 

 最終試験の前試験。

 ヒナタは、同じチームのキバと戦った。

 試合開始当初は、ただキバのテンションに当てられて、防戦一方だったが、最終的には彼に勝ち、最終試験に出場する権利を獲得している。

 正直、フウの言うように、雰囲気や普段の行動からは想像できないほど、特に後半のヒナタの動きには驚いた。

 

「本当にそう思ってるんすか?」

 

 と、フウ。

 

「本当に運だけで勝ってこれたって、思ってるんですか?」

 

 深く確かめるような言葉。

 静かな沈黙が、十秒ほどあった。

 

「……私、自分に自信が無いんです…………。日向一族として、生まれたのに。何も、期待に応えられなくて。妹の方が、私より、何でも出来て。努力しても、どうせ何も変わらないって思っちゃって、諦めちゃうし…………」

 

 だけど、

 

「いつも私が諦めてる傍で、ナルトくんはずっと、困難に立ち向かっていました。どんなに辛くっても、失敗しても、笑って、人一倍努力して。カッコイイなって、思って……」

「ナルトくんは頑張り屋さんっすからねえ」

「中忍選抜試験を、ナルトくんのチームも受けるって、紅先生が言った時は、今回だけはって―――周りの人から見たら、大して変わってないかもしれないけど―――頑張ろうって、思ったんです……。前試験の時も、最初は、キバくんが怖くて頭が真っ白になっちゃったけど……ナルトくんが―――」

 

『ヒナタ! キバなんかに怯えてんじゃねえっ! そんなワンコロ、ぶっとばしてやれってばよッ!』

 

「そう、言ってくれて。少しだけ、勇気が沸いて……。ナルトくんが応援してくれてる私を、少しだけ、頑張らせようって……。だから……」

「運だけじゃ、ないんすよね?」

 

 ヒナタが頷いたのかどうかは、分からなかったが「なら、やっぱりヒナタちゃんはすごい子なんすよ」と、フウの言葉が聞こえてきた。

 

「イロミちゃんとは大違いっす。あの人、何度も中忍選抜試験落ちるんすよ? 知ってるっすか?」

「……そ、その……イロミさんから、直接…………」

「あー、やっぱり。そうっすよねえ。あの人、どうしてか自分から自慢するんすよね。しかもこっちからネタにしたら下手に落ち込んじゃいますし。よー分かんねえっす、あの人は。あ、イロミちゃんを『自分に自信を持ってる』典型例にしちゃ駄目っすよ? あの人は単純に、見栄っ張りなだけっすからね? いつか言ってやってください。あのバカ長いマフラー、ダサいって」

「……フウさんは…………」

「ん?」

「イロミさんとは、仲が良いんですね」

「そりゃそうっすよ。フウとイロミちゃんはマブっすからね」

「マブ?」

「マブダチっすよ。ふふーん、実は将来、イロミちゃんの老後の生活を支える役目を負ってるんすよ? フウは。それぐらい、仲が良いんす」

「え、えーっと……どういう、事ですか?」

「まあ、それは冗談としてっすけど」

「はあ」

「イロミちゃんは、まあ、フウの、初めての友達なんすよ」

 

 それは、ナルトも同じだった。

 フウコが親代わりなら。

 イロミは、友達だった。

 

「知ってると思うっすけど、フウは元々、滝隠れの里の忍だったんすよ。まあ、今じゃ跡形もないっすけど。他の人たちはすぐに木ノ葉になじめたんですけど、フウは少しだけ、ちょっとだけ事情があって、最初はあまり自由に動けなかったんっす。決められた家の中から出ちゃ駄目だったんすね。だけど、外に出たーいって言って、我儘言ってたら、イタチさんっていう超カッコいい人に……あ、イタチさんって知ってますか? サスケくんのお兄さんす」

 

 フウは続けた。

 

「それで、イタチさんがフウの相談役になってくれて、その後に連れてきたのが、イロミちゃんだったんっすよ。今思い出しても笑えるっす。『特別上忍の猿飛イロミです。よろしくね!』って言った三秒後に床に躓いて、鼻血ダラダラ出したんっすよ。鼻折れてるんじゃないかってレベルで。もう信じられなかったっす。今思い出しても、酷いもんすよ。だけど、そのおかげって言ったら変すけど、イロミちゃんとはすぐに打ち解けられました」

「その……なんていうか…………、分かりやすい人だったから、ですか?」

「マヌケだったからっす。きっとこれからも、自己紹介してきた人の鼻血の跡を一緒に拭き取る作業をするのは、イロミちゃんだけっすねえ」

 

 簡単に、想像できてしまい、笑いそうになってしまう。身体に力が入ったら、大いに笑っている事だろう。

 そういえば、彼女と初めて会った時も、そうだった。

 初対面でいきなりずっこけて、鼻を赤くしながら、挨拶をしてきた。

 

 今思えば、マヌケである。

 

「まあでも、あの人は、優しい人っすからねえ。子供っぽくて、ドジで。だから―――今回のも、きっと何かの間違いっすよ。だからフウは、あまり心配してないっす。今はちょっとだけ、怖がって、どっかに隠れてるだけっすよ。あの人、自分はかくれんぼが得意だって、言い張ってましたからねえ。気楽に捜してたら、ひょっこり出てくるっすよ」

 

 ナルトが影分身を使って捜している時でも、フウは空を飛んで巡回していた。もし影分身がどこかで消滅したのを目撃したら、そこにイロミがいるのではないかと、考えたらしい。

 本当なら、もっと捜索を続けたいはずだ。最後の言葉は、つまり、強がりなんだ。

 

 ―――イロミの姉ちゃん……どこに、いるんだってばよ…………。

 

 感覚的に、もうそろそろで、自宅のはずだ。

 不思議なことに、家に近づくにつれて、眠気が大きく膨らんでくる。瞼は完全に閉じ、二人の会話も、聞こえなくなった。

 だけど、眠りたくはない。

 眠ってしまったら。

 また、あの日みたいに。

 フウコがいなくなったみたいに。

 全部が、終わってしまうかもしれない。

 だから―――ナルトは、力を入れて、瞼を微かに開けた。

 ぼんやりと、最初は視界が歪む。

 電柱が見え、灯りが見える。

 そこには、一瞬だけ。

 見えた。

 フウコの姿が。

 

「おい、フウ」

 

 けれど、その姿は見間違いで。

 電柱の下に立っていたのは、彼女と面影が微かにだけ似ている人物だった。

 サスケは苛立たし気に行った。

 

「そのウスラトンカチ、こんな時間まで何してたんだ? あと四日後には、最終試験だろうが」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「その砂、重くないの?」

 

 障子を閉め切った部屋は暗かった。薄い和紙から透過する光は淡く、外の月は雲にさえぎられていないことが分かる。低くも高くもない温度。いや、この旅館に泊まった当初よりかは、平均温度は高くなっている。単純に、人口密度が二倍になったせいだろう。

 

 我愛羅とイロミは、向かい合うように座っていた。イロミは浴衣姿のまま、膝を抱え、包帯で眼を覆った顔を埋めていた。我愛羅は腕を組み、胡坐で畳に腰を下ろし、くぐもった声で脈絡のない言葉を発するイロミを眺めた。

 

 同じ部屋にいて、不必要に無駄な言葉を投げかけてくる。

 

 本来ならば不愉快極まりない行為だが、彼女に対しては、そこまでの不快さが生まれることはなかった。

 

「背中の瓢箪の形をした砂もそうだけど、私に会った時は、身体中に砂を被ってたよね」

「お前には関係ない。さっさと寝ろ」

「ごめんね……。眠れないの。寝ちゃうと、怖い夢、見ちゃうから。夜って、長いんだね」

 

 そう思った事は一度もなかった。

 昼も夜も、同じだと思っている。双方における差異があるのだと、そう評価するほど、この世界を評価していない。ただ殺すべき存在が、広大で何もない平坦な砂漠に広がっているようなものだ。

 

「重くないの?」

 

 我愛羅は何も考えないまま、応えた。

 

「……この砂は、俺が生まれた頃から、常に纏わりついてきているものだ。重いだとか、重くないだとか、そんな感情はない」

「纏わりつく? 何かの、忍術なんだ……」

 

 忍術などと言う生易しいものではないが、特に語る事はなかった。親から無理に与えられた、里の兵器という【物】として与えられた力を、彼女に語る必要はないと考えた。しかし、「すごいね」と、呟いた彼女に、その考えは変わる。

 

「……どういうことだ」

 

 つい、声が暗くなる。

 

「だって、幼い頃からってことは……お父さんかお母さんに、術を施されたってことでしょ? 我愛羅くんは、大切に想われてるんだなって……思ったの。親の人から何かを受け継ぐっていうのは、愛されてる証拠だと、私は思うの」

「愛されてるだと?」

「違うの?」

「違う」

「でも、君はここにいるよ」

「それがどうした」

「親の方が、愛し合っていて、家族が欲しいと想っていたから、君は、ここにいるの。私とは、全然違う。ねえ、親に愛されるって、どんな感じなの?」

「知らん」

 

 愛されていると実感できたことなど、一度もない。

 

「……君も、応えてくれないんだね」

 

 イロミは抱えた膝を、より懐に引き入れる。

 

「イタチくんも……そうだった。私の質問に、何も応えてくれなかった。信じてたのに……フウコちゃんを一緒に追いかけるって約束したのに、嘘をついた」

 

 私が化物だから?

 私に才能が無いから?

 どうして……どうして…………。

 

 蛇だ。

 

 彼女の襟元から、紫色の蛇が、五匹ほど、姿を現した。

 蛇はじっと我愛羅を睨み付けはするものの、舌なめずりをするだけで、イロミの頭に身をすり寄らせるだけだった。彼女を誑かすように、なだめるように、蛇たちは首元から生まれ、彼女に憑りつく。

 

「教えてよ……誰か…………。どうすれば、私は天才になれるの……」

 

 応えて。

 私は化物じゃない。

 私の特別を教えて。

 化物じゃない、別の特別を―――才能を教えて。

 それが私の、

 私だけの才能だって、

 私なんだって、

 誰か……教えてよ…………。

 私はここにいるよ。

 ここにいるのに、友達なのに、どうして、嘘をつくの。

 私がいないから?

 皆の才能に比べたら、私はいないも同然だから?

 じゃあ、教えてよ。

 努力するから。

 皆、天才なんだから。

 どうすれば、私は天才になれるの?

 嘘を付かないでくれるの?

 

「フウコちゃん…………イタチくん……………シスイくん………教えて………。私は、ここにいるよ……」

 

 浴衣の上からでも分かるイロミの細い肩が、震えていた。

 道に迷った子供のように。

 かつての、自分のように。

 

「我愛羅くん……私は、ここにいる?」

 

 何も応えないまま。

 我愛羅は砂を細く伸ばす。

 怖がるように。

 

『ただ一つだけ、心の傷を癒せるものがあります』

 

 かつて信じていた者の言葉と顔が意識を霞めると同時に、イロミの手に、砂が触れた。

 




 投稿が遅れてしまい申し訳ありません。

 今後の投稿に付いてですが、ここ最近の投稿遅れを考慮し、少しだけ、投稿ペースを落とそうかと考えております。投稿ペースを変えず、などと書いてしまいましたが、浅慮な発言でありました。

 まだ具体的なペースは考えておりませんが、プライベートの事情を十分に考慮していきたいと思います。

 一応は、次の投稿は、5月10日を目標としております。
 それよりも早く投稿できるよう、励んでまいりますので、ご容赦いただければと思います。

 ※ 追記です。
 投稿は5月13日となります。長らく延期してしまい、申し訳ありません。

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