いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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彼は言ったのだ。ただ、柵のようなものになれればいいんだと。

 波風ミナトとうずまきクシナ。九尾にとって二人への憎悪は、長い年月を体験してきた中でも比類ない。これまで多くの人柱力に封印されてきた中で、何の力も無いただの赤子に封印したからだった。

 ナルトの精神世界に姿を現した二人をチャクラで喰い尽くしてやろうとした途端、ミナトに掴まれたチャクラが、吸い寄せられる。

 

「ミナト……貴様―――ッ!」

 

 九尾は即座に激怒と憎悪を収めて、ミナトに吸い取られようとしている自身のチャクラを押し留める。鋭い牙同士を噛みしめるほどの力を入れるものの、檻を挟んで立つミナトのチャクラを引く力と拮抗する状態を維持するだけだった。

 

 ようやく、九尾はミナトらの目的を理解した。

 

「ワシのチャクラを……奪うつもりかッ!?」

 

 屍鬼封尽の使用者であるミナトならば、緩んだ封印を締め直す事は容易なはずだ。波の国の時のように、暴走したナルトを止めた時のように、今回もまた邪魔しに来たのだと。だがもはやナルト自身は正気を完全に手放し、泣き叫びながら弱い両手が強烈に力を求めてしまっている。たとえミナトが間に入ろうと、ナルトが木ノ葉隠れの里へと向ける激情を抑える事は出来ないのだ。

 

 だからこそ、ミナトとクシナが姿を現しても、今回は問題ないと考えていた。

 

 しかし違う。

 

 ミナトとクシナは、力を奪いに来たんだ。

 

 奪い、ナルトに渡すつもりだ。

 

「……本当は、ナルトが自分で出来るようになってほしかったんだけどな」

 

 九尾とのチャクラの引っ張り合いをしながらも、ミナトはどこか達観した表情を浮かべた。まるで、九尾の引力など、どうでもいいと言いたげだ。チャクラを引っ張られながらも、チャクラの束を細く切り離し、ナルトを目掛けた。

 ナルトにチャクラを繋げる事が出来れば、ミナトはチャクラを奪うことは出来ない。だからこそ、フウコは消える間際にナルトをチャクラから切り離したのだ。奪うチャクラの経路にナルトがいたら、ナルト自身のチャクラも奪ってしまうからだ。

 

 九尾の画策は―――クシナによって阻まれる。

 

 ナルトの周りを、気丈に、強固に、守り立ちはだかる潔白の鎖が現れ、九尾のチャクラは弾かれた。

 

「もう、この子に手出しはさせない!」

 

 前任の人柱力であるクシナの力は―――うずまき一族の力は―――九尾は嫌と言うほどに知っている。ミナトにチャクラの本筋を掴まれてしまっている以上、クシナの力を突破する事は出来ない。

 巨大な舌を打ちながら、ミナトとのチャクラの引っ張り合いでしか、自身が外に出ることが出来ないという事を察した九尾は獣の瞳をギラつかせながら、ミナトを見下ろした。

 彼もまた、九尾を見ていた。真っ直ぐと。九尾は声を荒げる。

 

「貴様らは分かっているのか……? このガキは、木ノ葉の敵になったんだ。こいつにはもう自由はない。お前たちが、ワシをこいつに封印したおかげでな。今更、ワシの力を与えたところで変わる事は何も無いんだぞ」

 

 ナルトが幼き頃、木ノ葉隠れの里の大人たちから敬遠され続けてきたが、完全に暴走してしまった姿を晒してしまっては、いよいよ、かつての記憶が蘇るだろう。試験会場や里の外でも響かせた獣のような声。あるいはフウが咄嗟に尾獣玉を撃たせないようにと空を滑空した時。あるいはチャクラの波を感知。里の者たち全員ではなくても、何人もの人物が知ったはずだ。

 

 一人が知れば、二人に言葉を流し。

 二人が知れば、四人が聞く耳を立てる。

 四人も知れば、十人へと広がり、十人の言葉は信頼を獲得して噂が跋扈し始める。

 もしも封印されている人間がクシナならば、幾分かの信頼は残っただろう。

 

 あるいは。

 

 多大な実績を積み重ねた偉大な忍ならば、信頼への影響は無かったかもしれない。

 

 しかし、今の人柱力は、ただの子供だ。

 

 無邪気で、感情の起伏や方向性に予測を当てられない、ただの子供。

 故に大人が恐怖し、そして九尾への殺意を、これまでよりもぶり返してしまう可能性は色濃い。少なくとも、ナルトの自由は消え失せたのは間違いない。

 

 視界の端でクシナが下唇を噛んでいる。人柱力であった彼女ならば、かつて幾度も耳にしていたのかもしれない。人柱力と呼ばれる者たちが、一度、多くから恐れられてしまえば、どのような顛末を迎えるのか。

 

 愛すべき我が子が、その結末を迎えようとしてしまう。その恐ろしさと罪悪感が、クシナの心を締め付けていたのは間違いなかった。

 

「そうだね、九尾。お前の言う通りだ」

 

 ミナトは淡々と、そう呟いた。

 

「正直、ナルトが木ノ葉で色んな人の信頼を得る道のりは、とてつもなく遠くなってしまった。もしかしたら、もう道も無いのかもしれないな」

 

 だけど、

 

「今でも俺は、ナルトにお前を封印した事は間違いではないと思ってるよ。ナルトはいつか、お前の力を使いこなす」

「何の力もない、このガキがか? このワシを? 笑わせる」

「力が無いのは仕方ないさ。ナルトはまだ子供だからね。それでも、頑張る事が出来る子だよ。紆余曲折があったけど、見よう見まねで、不出来だけど、螺旋丸を覚えたんだからね。頑張れる。それは、大人になれば分かってしまうけど、とても貴重な才能なんだ」

 

 子供というのは、頑張ってもいいという、自由な環境にいる。頑張ってもいいし、頑張らなくてもいい。子供に対する保障は、家族という最低限の枠組みがあるからだ。

 

 家族。

 

 機能を考えれば、一人で生きていくことの出来ない者を守る為の力場。

 大人になってしまえば、それは消えてしまう。頑張らなくてはいけない事を強いられてしまう。そうしなければ、力場を失った先の荒野では、生きていけないからだ。

 うずまきナルトはこれまで、頑張ることを、努力する事を途絶えさせはしなかった。

 方向性が間違ったこともあるだろう。正しい分析の上に成り立ったものなど殆どないだろう。

 それでも彼は、努力への歩みを緩めはしなかった。

 我が子のその歩みを、ミナトとクシナは、フウコを通じて見聞きしていた。親の色眼鏡が無いとは言い切れない。だけど、事実はある。曲がりなりにも、不出来でありながらも、螺旋丸を体得したのだから。

 九尾は一笑した。

 

「奈落のような檻の中で無意味に足掻くことが、こいつの末路であることを誇りと断ずる。愚かにも程がある」

「そうなるかどうかは分からないけどな。まだナルトは子供だ。何も知らない上に、本当に力は無い。だから言うならこれは、ちょっとした前借りみたいなものだ、九尾」

 

 手加減をしていたのか、あるいはこれこそが限界なのか。

 チャクラを引っ張る力が増した。

 苦悶の表情を作った九尾に対して、ミナトの表情は穏やかながらも凄みを生み出している。

 

「この先、ナルトは困難な道を歩んでいくだろう。何も知らないままに、何も経験できないままに。それは、とても辛い道だ。俺でも、途中で膝を折ってしまうかもしれない」

 

 それはナルトに九尾の力を封印した責任ではなく。

 守ってあげるべきはずだった親という立場を、あまりにも早く、死して失くしてしまった事への責任だった。

 一方的に期待と信頼だけを渡してしまい。

 我が子を託した者にも負担を残してしまい。

 火影という重要な地位を引き継ぎながらも、命を失った事によって、むしろ木ノ葉隠れの里に混乱を与えてしまった事への。

 やはり何よりも、ナルトの親としての誠意だった。

 

「力があれば」

 

 とミナトは言い、その姿を見てクシナは力強く九尾を見上げた。

 

「力があれば、多くを知る時間を確保できる。力があれば、様々な経験を得る事は絶対にできる。そして、ナルトが求めている道へ進む為の成長が手に入る。だからお前の力、渡してもらうぞ」

 

 ミナトが腕を振るうと、九尾を抑えていた檻が開かれる。

 九尾の力を奪うには、封印の檻はむしろ邪魔でしかなかった。その行為そのものが、九尾からチャクラを奪えるという確信の下に成り立っているのだと分かり、九尾は怒りに雄叫びを上げた。大言壮語だと。

 それでも、息子を前に立つ父と母の背は一直。

 

「クシナ……悪いけど、ちょっと無茶してもらうよ」

「今更よ。ナルトを守りながらでも、アンタのサポートくらい余裕だってばね」

「ありがとう。―――ナルト」

 

 きっと二人の声も、九尾の雄叫びすら聞こえていないのだろう。ぐずり泣くナルトの小さな背中へ、背中越しに、ミナトは優しく語りかけた。

 

「お前はいつも通り、頑張り続けろ。どんな事でも良い。胸を張れ。父さんと母さんは、お前がどんな道を進んでも、こうして背中を守ってやる」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 自来也とフウの緊張に僅かな違和を与えるには、尾獣化したナルトの異変は充分な衝撃だった。

 

「急に……おとなしくなりおったの。どうしたんじゃ…………」

 

 腹の力が微かに緩んだような一言は、決して油断を抱いた訳ではないが、言うなれば、生物的な反射だった。全身の疲労と、至る所に残る痛み。原形を留める木々は辺り一面と無く、抉られ、あるいは隆起と陥没をアトランダムに繰り返す大地、それらの八割ほどを作り上げたのは、ナルトの暴力に他ならない。尾を六本へと増やしたナルトの、あらゆる挙動は死を呼び込むほど。骨格のような骨がさざめく度に、死が歌う。フウという強力な味方がいたとて、既に尾を増やしたナルトの力を完全に止めるには足りないものが多すぎた。

 

 死と隣り合わせ、などとはあまりにも生温い。

 死が首の周りでとぐろを巻いている。

 明確な打開策など見いだせないまま、体力と気力だけが削られていく、行き詰まりの崖の先。

 そんな最中に、突如として、ナルトの動きが止まった事に対して、本能が息を吐くのはどうしようもない事なのだ。

 

「重明……これは………?」

 

 倒れている大木に膝を付きながらフウは尋ねる。

 

「もしかして、封印術が復活したとか?」

『さあな。分からん』

「……封印されてる身の上の癖に、興味無さすぎじゃないっすかねえ」

『俺の封印式と、あのバカに掛けられてる封印式は違う。どういう仕組みなのかなんて、分かる訳がねえだろ。お前も、俺に身体を預けたらどうだ?』

「ゴメン被るっすよ。そういう台詞は、イタチさんみたいなイケメンに言われるもんなんす」

『どっちにしろ、今がチャンスだ。あのバカを眠らせるには』

 

 自来也もフウも、そして同じ尾獣である重明でさえ、ナルトの身に何が起きたのか理解は追いついていなかった。いや、自来也は多少の推測は立てられてはいる。波風ミナトが施した封印術なのだ。何かしらの予防策を施していたのだろう。

 

 しかし、仕組みを考えるのは後で良い。

 

 今は、最初で最後かもしれないチャンスを逃さない事だけを考えるべきだ。

 

「フウ、自来也様!」

 

 二人の後ろに、カカシが姿を現した。彼の後ろには、幾人もの忍が隊を成して付いてきている。その中には、暗部の装束に身を包んだテンゾウの姿もあった。

 

「遅れてすみません。封印術に長けた連中を集めていました。……これは―――」

 

 フウや自来也程ではないが、カカシもまた戦闘の痕を衣服と身体に刻んではいる。いずれも重傷とは言えないものの、消耗しているのは見て取れる。幾許かの疲労を浮かべていたカカシだが、ナルトの尾の本数と異形。そして、不自然に身体を震わせながら殺意と怒気を潜めている姿に眉を顰めたのだ。

 

「波の国と同じ……いや、それとはまた、違うか………?」

 

 カカシの脳裏に浮かんだのは、波の国でのナルトの暴走と、突如の鎮静。目の前のナルトは、鎮静の兆候に酷似していた。だが、違和を覚えるのは、波の国では鎮静が始まってから元の姿に戻るまでに、殆ど時間を要さなかったからである。

 ―――波の国で、封印術の仕掛けは無くなったと思っていたが、まだ何かがあるのか……。

 

 兎にも角にも。

 九尾の暴走を抑える為に封印術に長けた者……何より、テンゾウを連れてきてよかった。まだ残っている仕掛けが、どれほどの結果を導き出してくれるか、分からないのだから。

 

「テンゾウ、すぐに封印に取り掛かってくれ。他は、ナルトの動きか、テンゾウの負担を減らせるようにチャクラを削ってくれ」

「任せてください、カカシ先輩」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 薬師カブトの幻術が、試験会場を包み込んだ時。木ノ葉隠れの里の上忍及び暗部を除いて、幻術返しを使用し、カブトの幻術から逃れた者は幾人かいる。

 

 うちはサスケ。

 春野サクラ。

 奈良シカマル。

 日向ネジ。

 

 四人は下忍という立場でありながらも、卓越した頭脳や、蓄積していた知識、あるいは先天的なセンス、いずれかに大いに富んだ者たちであり、カブトの幻術が展開されたその時に瞬時に対応していた。

 けれど、実はその他にも、もう一人、カブトの幻術から逃れた者がいたのである。

 

 それは、山中いの。

 

 彼女が幻術返しを実行できたのは、主に二つの偶然に起因している。

 猿飛イロミが死体と共に試験会場へ乗り込んできたことによる、本能的な危機管理が、いつどのような事態に対してもすぐさま反応できるように、いのの理性が鋭敏になっていたこと。近くの席に座り、同じ班のシカマルが、カブトの幻術が展開された際に幻術返しの印を結んでいる瞬間を、偶々、視界の内に捉えていたということ。

 

 もしもイロミが姿を現さず、試験会場に緊張を与えていなければ、いのはカブトの幻術に囚われて意識を失っていた事だろう。

 

 いのは、幻術返しの印を結んでいたシカマルが咄嗟に、他の者たちと同じように意識を失うフリをして地面に倒れたのを目撃し、それに倣って彼女も地面に倒れた。すぐ隣のチョウジは見事に意識を失い、大きな身体を座席に預け、ブラリと弛緩した太い足を押しのけながら、いのはシカマルの元へと身体を小さく這いずらせながら近づいた。

 

「シカマル、シカマル!」

 

 声量の代わりに吐く息を多くして、狸寝入りをしてこちらに後頭部を向けているシカマルに語り掛けた。

 

「………………」

「シカマル、起きてるんでしょ! 知ってるのよッ!」

「………………」

「……ちょっと」

 

 徹底して狸寝入りを続けるシカマルに苛立ってしまい、彼の後頭部に拳を叩き付ける。彼は一瞬、痛みに身体を震わせたが、彼は殴られた部位を軽く手で掻いただけで、言葉だけは返してくれた。

 

「痛えな。何すんだよ」

 

 不機嫌さを隠しはしないながらも、彼もまた同様に、声を潜めた。

 

「いい加減、口より手が出るそのガサツさ、直した方がいいぞ」

「アンタが無視するからでしょッ!」

「……状況考えろ。明らかにヤベえだろ。大名やらお偉いさんがいる試験会場全体に幻術を使うなんて、普通じゃない。血生臭い感じがする」

 

 同じ班になってから知った、シカマルというチームメイトが持つ危機察知の精度と思考速度。任務でチームが行き詰った時に、彼はいつも、良い作戦を考え出し、作戦の手続きが問題なく成立した場合は確実に良い結果を導き出してくれる。

 

 大抵の場合は「めんどくせえ」などと口ずさむが、狸寝入りをしている今においては、その言葉が出てこない。

 

「無駄に喋ってっと。巻き込まれるぞ」

「………………」

「あと、チョウジのやつを、いい感じに床に倒しておいてくれ。座席で居眠りするよりかは安全だ」

 

 シカマルの言う通りに、静かにチョウジを床に転ばせ、息を潜めた。やがて現状は、シカマルの言うように、血生臭いものとなっていった。

 

 木ノ葉の忍と音の忍の乱戦。

 試験会場に乱入してきた女性の奇声と、背から生まれ出た巨大な蛇の群れが暴れ回り、音の忍は喰い尽くされ。

 静かに吸う空気が、血と腐臭に塗れた頃には、いのの呼吸は乱れていた。

 恐れたのは、巨大な蛇を背から生やした少女だ。試験会場の音の忍らももう、物見櫓にいる者たちを除いては、彼女に捕食し尽くされてしまったようだ。

 

 食べられる。これほど恐怖心を震わされるものがあるだろうか。

 

 呼吸を乱してはいけない、震えてはいけない。

 その決意は、女性の奇声が聞こえる度に揺るがされていく。肩や足が震えて、糸のように細く吐いてる息の音が大きく聞こえてしまう。自分の身体というものが、これほどまでに音を生み出してしまうものなのか。

 

 音が止んでほしい。

 

 いや、もっと他に、そう、大きな音が周りにあれば、紛れてくれるはずだ―――既に、イロミの大蛇らの暴食は終わり、静かになっていたのだが、いのの意識には周りの状況は入ってきてはいなかった―――。

 もっと。

 大きな音があれば。

 そう願った時だった。

 獣の雄叫びが会場を満たしたのは。

 

 生存本能が希った耳をつんざく音。突然、鼓膜を殴る音に心臓が跳ね上がったが、そのおかげか、獣の声が鳴り止んだ時にようやく、蛇たちの暴虐が収まっていたことに気が付けた。

 

 いのは顔を上げる。冷静さが戻り始めたせいで、気になったのだ。

 獣の声の根底に、聞き覚えがあった。喧しく喧しく、そして喧しいイメージだけが頭の中に浮かび上がる。

 下からゆっくりと視線だけを上へと昇らせていく。

 

 そして、見つけてしまった。

 

 物見櫓の鮮やかな瓦屋根。その天辺から、蒼天を貫く紫色の結界が異常を作り上げているが、そのすぐ近くに、真っ赤な獣がいた。

 不吉で、おどろおどろしいチャクラの波。尾を四本も生やしている姿は御伽噺にでも語られそうな非現実さが膨れ上がり、イロミへの恐怖とは違った悍ましさが首筋をなぞる。

 アレは、見続けてはいけないモノだと思いながらも、しかし、いのの視線は、ごく僅かではあったものの、獣を見上げていた。

 

 引っ掛かったからだ。

 

 獣の姿、そして声。

 

 逆立った髪の毛と背丈、顎のラインに見覚えを抱くのは、不服にも、アカデミーの頃、そして中忍選抜試験の時でさえも見かけ続けていたからだろう。

 

 ―――え……あれって………。

 

 いやけれど、気のせいかもしれないと。

 いのは頭の中に浮かんだ彼のイメージを、疑問符を付随させながらも、やがて来てくれるアスマの助けまで、いのはシカマルと共に狸寝入りを続けたのだ。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 そして、いのの頭の中に沈めていた疑問符のイメージは、サクラの言葉によって再浮上した。しかも、避難所には当然、命を奪いに来る存在も無く、思考が冷静さを基盤に正常さを保つのには最低限の条件を満たしてしまっている。

 

「ナルトを探しに行く。その為には、まず、この避難所の結界術を破らないといけないわ。いの、アンタの心転身の術で、術者の人を操って、結界を破ってちょうだい」

 

 言葉だけを聞けば、なるほど、避難所に姿の無いナルトを心配しているチームメイトに見えるだろうけれど、いのにとっては、彼女の言葉には疑惑を問わざるを得ない。

 

「……急に何を言い出すかと思えば……………。そんな事、出来る訳ないでしょ」

 

 真剣に詰め寄ってきたサクラの広い額が小さく震える。彼女の表情が、さらに、いのの疑問符を強くした。

 この場にいないチームメイトを心配している、というのとは違う気がする。じゃあどんなものなのかと考えると、明確には導き出せないが。

 

「どうして、出来ないの?」

「……アンタさ…………。自分で何を言ってるか、分からないほど馬鹿じゃないでしょ。ここは避難所よ。つまり私たちを安全に匿ってくれる場所なの。それをわざわざ抜け出したりなんかしたら、どうなると思ってるの?」

「そんなことは、後から考えればいいのよ」

「後? 後ってものが、そもそもあると思ってるの? まだ外がどうなってるか分からないのに、もしかしたら外に出た途端に死ぬかもしれないのよ?」

「いのは結界を壊すだけでいいの。私を外に出してくれさえすれば。どのみち、心転身の術を使えば、貴方は動けなくなっちゃうんだから」

 

 言葉の矛盾とでも、言えばいいのだろうか。

 

 チームメイトの所在がはっきりしていない事への不安や心配があるのならば、本当なら、手を貸せとも言うべきだ。いや、サクラなら必ずそう言うはずなのだ。

 手を貸してほしくないのか。

 それとも、一緒に来てほしくないのか。

 直感が言ってくる。サクラは、あのナルトを探しに行くのだ。一目見ただけで、邪悪さを頭の上から押し付けてきた、あの獣の所に。

 

 危険だ。

 

 絶対に行かせたくない―――。

 

「……シカマル。手伝って」

「はあ?」

 

 横に腰かけていたシカマルがあからさまに嫌な顔をした。

 

「話、聞こえていたんでしょ。なら手伝いなさい」

「聞こえてねえなあ、さっぱり。そんな、面倒くさそうな話はよ」

 

 いや、シカマルも間違いなく、あのナルトを見たはずだ。彼の危機察知の高さを言えば、試験会場に殴りこんできた邪悪なチャクラの波の元を目撃しない筈がない。そして、自分でも辿り着いた、獣がナルトなのではないか? という疑問を手に入れているのは間違いない。

 聞こえていない。これは、シカマルからの遠回しの否定だ。サクラといのの会話を聞きながら、雲を眺められない室内での暇潰し代わりに、もしかしたら想定していたのかもしれない。

もし、外に出たら、どうなるか。

 

 あのナルトと対峙したら、どうなるか。

 

 行くなと。行くべきではないと。それは詰め路なのだ、と。

 賢い彼が示した帰結が、それだったのだ。

 けれど、いのは食い下がる。

 

「真面目に答えなさい。手を貸して」

「……無理だな」

 

 と、シカマルははっきりと言ってみせた。

 

「まず、外の状況が分からねえ以上、出たとこ勝負になる。しかも、木ノ葉に攻め込んできている連中だけじゃなく、今、外で戦ってる上忍や暗部の連中にも隠れながら動かなくちゃならない。前者は殺されるかもしれないから、後者は保護されちまうかもしれないからだ。どっちにしろ、サクラやいの、俺よりも力がある奴しかいない。そんなガッチガチに条件厳しい中で動くなんてほぼ不可能だし、意味があるとは思えねえよ」

「なら、サポートに来たって嘘を吐いて―――」

「ガキの俺たちがそんなこと言っても、信じてもらえる訳ねえだろ。第一、俺たちが行って何になるんだよ」

 

 つまりは、力が無いだろ、とシカマルは言っている。

 たとえ、結界の外で戦闘が終わっていたとしても、あのナルトを前にして対抗できる実力をそもそも持っていない。この避難所にいる誰もが、だ。

 

「今は、アスマとか、上忍の連中、暗部の連中に任せておけば―――」

「任せられるわけないでしょッ!」

 

 シカマルの声を遮ったのは、サクラの声だった。室内の誰もが、彼女に視線を向けた。

 サクラはカカシから、波の国での出来事については禁を指示されていた。ナルトのあの姿は、木ノ葉隠れの里にとっては認識されてはいけないものなのだ。

 もしも認識されてしまえば、どうなる?

 波の国において、互いに命の削り合いをしていたカカシと再不斬が、ナルトのチャクラを感じて咄嗟に戦闘を止めるほどの危険性。

 

 今。

 

 ナルトは上忍や暗部に囲まれているのだろうか?

 考えたくも無い想像。

 だからこそサクラは、意識しないままに声を張り上げてしまったのだ。ナルトを探しに行くと言い出したのだ。

 いのもシカマルも、言葉を発さない。室内は弾かれた弦が元に戻ろうとしているような嫌な静けさに支配された。

 その静けさを押し出すように、避難所の出入り口から、子供の声が入り込んできた。

 

「ねえねえ、お姉ちゃん。どうして、あの鬼みたいな人と、お母さんを助けてくれた人たちはどっか行っちゃったの?」

 

 足音は二つだった。

 一つは軽い、スキップをしているような足音。

 もう一つは、ゆっくりとそして重々しい足音だった。

 子供の声はおそらく軽い足音の方だろう。子供に応えた重い足音は、しかしながら、声は中性的で穏やかだった。

 

「あの方は、人の多い所が苦手なんです。他の御二人は、君のお母さんみたいに、困っている人を助ける為に別の所へ行ったんです。安心してください、あの方がいれば、御二人も安全ですので」

「鬼の人に、ちゃんとありがとうって、言ってなかったんだけど……」

「では、僕が後で伝えておきましょう」

「ほんとう!?」

「はい。だから君は、ここで寝ているお母さんと一緒にいてください。すぐに、目を覚ますと思いますので。……あと、僕は男ですよ」

 

 足音は近づいてきて、そして、姿を現した。

 小さい男の子と、

 意識を失った女性を背負った美少年が。

 いのの後ろで、ひゅ、とサクラが小さく息を呑む音がはっきりと聞こえる。

 美少年―――白は、室内で一度立ち止まる。サクラを見てから、室内を見回し、座っているサスケへと視線を重ねる。

 

「どうして……ここに…………」

 サクラの声はあまりにも小さく、ようやく聞き取れたのはいのとシカマルくらいだった。白は優しく笑みを浮かべ、サクラに向き直った。

 

「お久しぶりですね。まさか、こんな所で出会うなんて。無事で何よりです」

 




 投稿が遅れてしまい申し訳ありません。モチベーションの面ではなく、中道の周辺環境(生活環境なども含む)が変わってしまい、忙しかった為でした。まだ忙しない時期が続いてしまうかもしれません。投稿は今月か来月の頭ほどになるかと思います。

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