うずまきナルトが木ノ葉隠れの里を出て行った事を、音の忍──大蛇丸の部下たち──が察知できたのは、些細な切っ掛けと偶然があった。それらが薬師カブトにとっては、どうにも不吉なものに感じてしまったのである。
ナルトは九尾の人柱力で、そして【暁】の標的でもある。手元に引き入れるには、不安要素は大きく、そして将来的な面倒事が確定している。いずれ【暁】にナルトの所在を突き止められてしまう事だろう。
──やれやれ、大蛇丸様にも困ったものだ。けど確かに、このままみすみすナルト君を【暁】に渡すわけにはいかないからな。
ナルトが木ノ葉隠れの里を抜け出した事を知った切っ掛けと、偶然。
切っ掛けは、大蛇丸の発言だった。
三代目火影・猿飛ヒルゼンが使用した忍術によって、両腕の魂だけを抜き取られてしまった大蛇丸は、新たな肉体に乗り移った。結果、しばらく大蛇丸は身体の自由を殆ど失っている状態となってしまった。
その為、大蛇丸が動けない間は、カブトが音の忍らに指示を出していたのだ。勿論、大蛇丸の考えを元に、である。自由を失ったとは言え、全くの植物状態というわけではい。日常的なレベルの活動は容易に行えるのである。
大蛇丸の考えの中には、木ノ葉隠れの里の動向を観察する、というものがあった。
木ノ葉崩しが失敗に終わった後に、木ノ葉隠れの里が報復に来る可能性を考慮してのものだった。
部下に木ノ葉隠れの里──当然、木ノ葉側も警戒をしていたために、監視の距離はまるで遠かったものの──の監視を命じてから、しばらく。志村ダンゾウから、情報が渡された。正確には、ダンゾウの部下からである。
情報は、こういうものだった。
【うずまきナルトを引き渡す】
たったその情報だけ。しかし、あまりにも大きな情報でもあった。
九尾の人柱力。
軍事力という観点から見れば、強大過ぎる程の力をいとも容易く、渡すと言ってきたのだ。
ダンゾウと大蛇丸の交流は、秘密裏に行われていた。初代火影・千手柱間の細胞の提供と、滅ぼされたうちは一族の者たちの眼球の移植、そしてそれらを連結させる
しかしながら、互いに互いの事を信用していなかった。
腹に一物を抱える相手だ。ギブアンドテイクのみの、距離を離した提携に過ぎない。故に、その情報が企図する物事にカブトは警戒していた。けれど、大蛇丸はクスクスと、乗り移ったばかりの身体で、肉体と、大蛇丸の本体が適応するのを助けるための施術を覆う包帯の奥で笑ったのだ。
「……なるほど…………。古狸め……、計画の事を知っているのね……」
計画。
その言葉が指し示すものを、カブトはアウトラインだけ知っていた。
【暁】を滅ぼし、うちはマダラを殺す。
フウコとサソリと同盟を組んでいた時に、大蛇丸が知らされたものだ。具体的な内容は知らされていないが、大蛇丸はかつて「頭のイカれた、腐れ三文の台本に過ぎないわ。関わるだけ無駄よ」と唾棄していた。
大蛇丸は、しばらく黙して思案した。
「まあ、ちょうど良いわね。他に手があるわけでもなし。興が乗ったわ」
そして、きっとそれは偶然だったのだ。どういった心境の変化が訪れたのか、定かではないものの、何かしらの小さな変化があったのだろう。
これまでなら、遊ぶようにリスクを背負う事はあっても、致命的なリスクを背負うことはしなかった。
興が乗った程度で、一度袂を分けたサソリたちの計画に、再度足を踏み込むなんて事は、大蛇丸はしない。相手には、フウコと、そして桃地再不斬に白と呼ばれる優れた少年もいる。面倒な事この上ない。
そもそも、どのようにしてナルトを渡すというのか。
渡したとして、どのような要求をするのか。
情報が曖昧な環境のままに、大蛇丸はナルトを受け入れる事を承認した。承認といえど、ダンゾウへの返答も無いままに、部下を配備しただけだが。
──音の四人衆たちなら、呪印も使える。人数を多くしても、ナルトくんを渡される前に他の連中にバレてしまう恐れがあるからね。まあ、問題ないだろうね。
「カブト先生……どうでしょうか?」
場所は、大蛇丸が幾つか隠し持つアジトの一つ。その中でも、カブトだけに与えられた一室である。室内は薄暗く、けれど滅菌がなされているような生暖かい空気が流れていた。その中を揺蕩う静かな声は、君麻呂のもの。彼は室内のちょうど中央に設けられたベッドに横たわり、身体の到るところに管の付いた注射針を刺されていた。管には、彼自身の血液が通って、そのまま、ベッドの周りに並ぶ機器へと接続され、分析が行われていた。
「今の所は問題ない……と、言いたいところだけど……徐々に侵食が進んでいるね。血液にまで影響を与えるという事は、もう骨髄までに至っている。いずれ、体全身を蝕まれてしまうだろうね」
カブトは、機器から抽出されたデータを示すディスプレイを眺めながら呟いた。表示されるデータは、以前、君麻呂から採取した彼自身の細胞が示したデータとは異なっていた。
猿飛イロミの細胞。
それを標本に薬を作ったが、その薬にはほんの僅か──全体の比率で見れば一%にようやく至る量を用いているのだが、その量だけで、今や君麻呂の血液や骨にまではっきりと影響を与えているのだ。
末恐ろしく、悍ましい。
血継限界を持つ君麻呂の、強固な骨の内側にまで侵食している。
木ノ葉崩しの直後は、彼の肉体を蝕んでいた病はイロミの細胞に捕食し尽くされ、一時期は完全な健康体となっていた。しかし、今は病と取って代わるようにイロミの細胞は君麻呂の細胞を捕食し、そして全く別の細胞へと変貌し始めている。
君麻呂は、自身の骨を自在に動かし、尚且つ生み出す事が出来る血継限界を持っている。骨は侵食されてしまえば捨てて新しく作れば問題ないが、作った骨はしばらくすると紙細工のように脆くなってしまうそうだ。
呪印の発動は今のところは問題ない。しかし、それも時間の問題か。
折角かぐや一族の生き残りなのだ。細胞に蝕まれて使い物にならなくなってしまうのは勿体無いという事もあり、治療と研究を行っている。と言っても、治療は殆どできていない状態ではあった。
「もう少し、猿飛イロミの細胞があれば、多くの試行で分かってくる事もあるんだけどね……。現状は、明確な治療は難しい」
「……あの方は……………」
「大蛇丸様かい?」
「大蛇丸様の……娘様です。イロミという名の」
君麻呂が彼女の名を呟くと、ディスプレイを眺めていたカブトの瞳に影が指した。
「アレは娘じゃないよ。大蛇丸様はそうおっしゃっているけどね。失敗した実験作だよ」
あんな。
あんな、他者を繋ぎ合わせて生まれただけの人形が、娘という確かな地位に就けるはずがない。確かな物が何一つとしてない、あんな人形に。
「イロミ様は……どうなっているのですか?」
君麻呂の問いの真意が分からず、つい振り返ってしまった。彼はベッドで寝そべったまま、天井を見上げていた。カブトは、とりあえず呟いた。
「きっと今頃、牢にでも繋がれているかもしれないね。新しい火影が、アレの友人であるうちはイタチになったようだけど、木ノ葉隠れの里に牙を剥いたんだ。そう安々と表に出られる訳じゃないだろうね」
もしかしたら、処刑されているかもしれない。その言葉は、何とか理性が喉元でストッパーとなってくれた。
君麻呂は、イロミの細胞を元にして作った薬を服用してから、彼女に強い関心を持ち始めていた。それは、大蛇丸への信仰にも近いものだと、カブトは危惧していた。
自身の肉体をまだ動かせるようにしてくれた存在であり、信仰する大蛇丸の娘という誤解が興味を強く押していた。
ここでいい加減な事を言って機嫌を損なわれるのも困る。彼は音の忍の中でも群を抜いて優秀で、そしてイロミの細胞を元にして作った薬の被験体としても必要だ。
「まあ、前火影の義理の娘でもあるわけだから、いずれは外に出て、普通の忍として生活する事になると思うよ?」
そうですか、と君麻呂は呟くと、突如として話題を変えたのだ。
「音の四人衆は、木ノ葉隠れの里に向かったと聞いたのですが……」
「そうだね。誰から聞いたんだい?」
「多由也からです。うずまきナルトをこちら側に引き入れる為だと」
秘密裏の任務ではないのだけれど、元々音の五人衆として活動していた君麻呂の耳に入れたくはない、という素朴な配慮だったが、耳に入ってしまっているのならば隠す必要は無い。「そうだね」とカブトは頷いた。
「木ノ葉隠れの里にいる──志村ダンゾウという人が、ナルトくんをこちらに渡すと情報を送ってきたんだ。大所帯で行くのもアレだったから、音の四人衆に行ってもらったんだ。呪印を使える彼らなら、ある程度は問題ないよ」
おそらくではあるけれど。
ダンゾウ側にも、ナルトを確実にこちらに引き渡す為の策を考えているのだろう。向こうにはイタチがいて、自来也もいる。もしかしたら、イロミを使ってくるかもしれない。そう考えれば、ダンゾウも単純に引き渡そうとは思案しないはず。
君麻呂が、おもむろに起き上がった。
「先生……俺も、木ノ葉へ行かせてください」
その言葉に、カブトは眉をひそめ、眼鏡の位置を戻すように人差し指で縁を触った。
「君が行く必要は無い。まだ身体機能への影響が大きいわけじゃないけど、戦闘し、あるいは呪印を強く使えばどうなるかは分からない。現に、木ノ葉崩しに参加しただけで、君の身体はボロボロだった」
正確に言えば、身体の細胞が入れ替わろうとしていた、といったところである。まるで病原菌のように。異なるのは、熱や冷却程度では活動が停止しない事。むしろ、活動が活発にさえなってしまう場合があるようだ。
「ナルトくんを引き渡さない為に力のある連中が追いかけてくるだろうね。木ノ葉崩しの時よりも、面倒な相手が来るだろう。もしも呪印を発動すれば、どうなるか予測が難しい。君が、例えば細胞に殺されてしまえば、大蛇丸様にとってどんな不利益があるかは、想像できるよね?」
「あの四人では不安があります。ナルトくんが手に入らないという事になる方が、例えば、俺が死んだとしても、ナルトくんが手に入れば十分だと思います」
「不利益は無いに越したことはない、という事だよ」
「それでも、確実です。俺が行けば確実に、ナルトくんは手に入ります。大蛇丸様の為ならば、どのような事でも実現させてみせるのが、俺がここにいる、最低限の役割です」
そうして、やがて、また一つ偶然が重なったのだ。
☆ ☆ ☆
そして──これは偶然と呼ぶには、些かに疑問を呈し、更には強引と呼べるかもしれないが──また一つの偶然が、地下で重なっていた。
「サソリさん。ダンゾウ様から情報が届きました」
偶然を告げてきたのは、サイだった。
近所の家の玄関を叩くような気軽さと無神経さを合わせた彼の声は、デスクに備えられたライトだけが照らす薄暗いサソリの部屋に吸い込まれた。デスクに着いていたサソリは溜息をつきながら、振り返る。彼のデスクには書類が並べられていた。
「言ってみろ」
木ノ葉崩しの際に捕えた彼が、アジトの中を一人で歩いている環境に、さした不愉快を抱いている訳ではないようで、淡々と用件を促した。
「計画に賛同しよう、と」
「ほう?」
サソリからしてみれば、予想外の言伝であった。サイはつい先程まで、ダンゾウの部下から情報を受け取る為に外出していた。
フウコと共に木ノ葉隠れの里へ赴き、そして、おそらく──いや殆ど確実に、うちは一族の真実を知られてしまった。まして、イタチは火影だ。その気になれば、幾らでも理由を付けて人員を動かせるだろう。流石に【暁】と木ノ葉隠れの里、双方を
だからこそ、木ノ葉隠れの里の状態を確認する為にサイを送りダンゾウから情報を提供してもらったのだ。だが、送られてきた情報は、意外の一言に尽きるものだった。
「他には何か無いのか?」
計画に賛同する、という言葉。意外な返答だが、しかし、彼の立ち位置は
わざわざ賛同するという言葉を伝えて来る。その違和感の行く先は、言い換えれば「誤解しないでくれ」と言っているようなものである。
「うずまきナルトを、大蛇丸に引き渡すそうです」
サソリの思考は時間を飛ばした。
計画の終着点を目指して、これまでの手と、木ノ葉隠れの里、そして
苛立ちと笑みを同居させた、不思議な薄い笑みを浮かべた。
「ふざけやがって、あの狸が……。どいつもこいつも、こっちの事情を知らねえで」
言葉とは裏腹に、ついさっきまで計画の大幅な修正を加えていたところだったこともあり、思考は回転してダンゾウの意図による計画修正の加点とする。
イタチにうちは一族の真実を知られ、フウコの味方になってしまうだろうという事態。それを、ナルトが大蛇丸の元へ行くことによって、最大の障壁となるはずだった環境を回避できるということ。
ダンゾウの意図を、サソリは理解した。
「……その事をフウコの奴には話したか?」
「話せ、ということなら」
「なら話すな。黙ってろ。それと、今からしばらくはフウコの世話をしておけ。俺と再不斬、それと白は外に行く」
「具体的に、何をすれば良いですか?」
「生米だろうが生野菜だろうが、面倒だったら生水でも詰め込んでおけばなんとかなる。薬の使い方は──」
サイに薬の種類と服用のタイミングを説明して、足早に部屋を出て行った。
自分たちに情報を与えてきたという事は、こちらに要求があるということだ。それは当然、ナルトを里に連れ戻そうという動き。言うなれば、追い忍の存在だ。
それを邪魔しろ、と言ってきているのだ。
わざわざ、計画に賛同する、という言葉を付けたのは、手を貸せば最終的にはそちらにもメリットがあるぞ、と潜めているのだ。勿論、明確で確実なメリットを得るのはダンゾウだろう。
それでも、確かにメリットはこちらにある。
──再不斬の言う通りだな。最近は忙しい。少し休みたい気分だ。
どうして自分はここまで、外のゴタゴタに振り回されてまで献身的に動かなければいけないのか。西へ行ってはアジトに戻り、東へ行ってはアジトに戻り。
しばらくは自分も休みたいものだ。
人傀儡の身でありながら、休みたいなどと嘯く自分に不愉快な気分を味わいながら、アジトの中央の部屋に行く。すると、フウコと白がいた。再不斬はいない。フウコは何を思ってか、寝間着姿のままに椅子に腰掛け、膝に乗せた白を後ろから、ぬいぐるみでも抱きかかえるようにして両腕で抱いていた。
「何をしてるんだ?」
白に尋ねると、彼は困ったような表情でありながらも、平然と答えた。
「僕も、何がなんだか。ただ無言にこうさせられました」
「慣れてるのか? お前、確か男だよな?」
「普段のフウコさんを見てると、何と言いますか、異性として見れないと言うか……」
「意外とお前、口が悪いんだな」
「いや、え? そうですか? サソリさんは、じゃあ、どう思っているんですか?」
「少なくとも、人間としては見てないな」
最終的に人傀儡にする相手に感情を抱いてどうするというのだ。その意識を反映するように、サソリは無表情にフウコを見た。
「フウコ。白を借りる。寝るならサイにでも抱きついてろ」
「………………」
フウコの視線の焦点は定まっていない。
いつも通りと言えば、いつも通りの状態。ただ、白に抱きついているというのが解せない。これまでに無かったパターンだ。
「腹でも減ったんなら、簡単に作ってやる。何か言え」
「イロリちゃんが、いるの」
「そうか」
「だから、もう離さないようにしてる。ずーっと、傍にいてほしい。こうしていれば、大丈夫」
ね? イロリちゃん。
一緒にいてくれるよね?
でも、うん。
うーん。
大好きで、大切だから。
やっぱり、遠くにいてほしいかな。
ずっと遠くに。
私の傍にいると、危ないから。
☆ ☆ ☆
木ノ葉隠れの里を出て行ったナルトだったが、実のところ、特に目的地を決めてはいなかった。最終的な目的は決めてあるし、フウコに会うというのも決めてはいるのだけれど、さて、その第一の目的であるフウコの元へ行く為には、どうすれば良いのか。まるで見当がつかず、とりあえずはと、気分転換に川で身体を洗っていた。
洗うと言っても、流れる水に衣服ごと入るだけだったり、顔を洗ったりといった程度である。それでも、大切な人がいる木ノ葉隠れの里を抜け出した現実を払拭するには、僅かでありながらも効果があった。
「あ……そういやぁ…………」
川の水で顔を洗った時に、指先に硬いものが触れた。
額当て。
それは、アカデミーの最後にイルカから貰い受けたものだ。
牢から出てから今まで、ただ里から離れることだけを考えていたせいで、外すのをすっかり忘れてしまっていた。
額当てを外し、木ノ葉隠れの里のマークが刻まれた鉄板を見下ろす。なるべく考えないようにしていた事が不意に頭の中に浮かんでしまい、涙を誤魔化すように強くまた顔を洗った。
【そんな事で、お前は望みを達成できるのか?】
頭の中で、クツクツと笑みを浮かべながら問いかける者がいる。
愉快そうに、嘲るように。
ナルトは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「お前が心配することじゃねえってばよ」
【お前がちんたらしているからだろう。何だったら、俺が力を貸してやろうか?】
「暇だからってチャチャを入れてくるなってばよ。まずは、フウコの姉ちゃんを見つけねえと」
どうすれば彼女を見つける事が出来るだろうか。
【暁】という組織が自分を狙っている事は知っている。その組織にフウコが属している、というのを、牢にいた頃にイタチから聞かされていた。つまり、その組織に自分が木ノ葉隠れの里から抜けた事を知らせれば、向こうからアクションがあるはず。問題は、どのようにして自分が外に出たと知らせるべきか。
──しばらくは、隠れておいた方が良いよな……。木ノ葉に追いかけられながらだと、面倒だからな。
テキトーな場所を見つけて、修行をしようと考え始めたその時、ふとナルトは感じ取る。
人の気配と視線。
九尾のチャクラを、自身の意図によって扱うようになってからは、多くの気配を広範囲に感じ取れるようになった。
気配の数は四つ。背後の林の中だ。
しかし、こちらを囲うようではなく、四人は一箇所に纏まっているようで、しかもこちらに対して強い意図は感じ取れない。
四人はナルトが視線を送ってくると、躊躇いもなく姿を晒した。
三人の少年と、一人の少女。
全員が、腰に注連縄を巻いている。
「貴方がナルト様ですか?」
そう尋ねてきたのは、首の頚椎辺りにもう一つの首と頭を持つ不気味な少年だったが、何よりも不気味だったのは、見ず知らずの相手から様付けされることだった。
「お前らは?」
不愉快そうにナルトは眉間に皺を寄せながら尋ねると、薄い赤の髪の少女が応えた。
「あたいらは大蛇丸様の部下です。貴方様を迎えにあがりました」
大蛇丸。
怒りに染まった赤い感情が、ほんの少しだけ首の裏を撫でた。
「大蛇丸様は、貴方様を迎え入れ、有益な情報を与えると仰っているぜよ」
「……具体的には?」
「うちはフウコという人物についてです」
腕が六本の細めの少年と、四人の中で最も大きな少年が続けた。
フウコの情報が手に入る。それは、今の自分が最も望んているものだ。
けれど。
「帰って大蛇丸に伝えろってばよ。後でテメエのところに行って、フウコの姉ちゃんの事を洗いざらい吐いてもらうってな」
大蛇丸を信頼する事も、そして大切な木ノ葉隠れの里を襲撃した事実を水に流す事も、許せる訳じゃない。ナルトの怒りは威嚇ではなく、純粋な本心だった。
四人に分かりやすく伝える為に、わざと、九尾のチャクラを、僅かにだけ纏ってみせる。それだけでも、空気はまるで怯えるように震え、川の流れが大きく歪められる。ナルトにとってみれば、九尾のチャクラを三割ほど纏った程度。けれど、四人には、恐ろしい重圧にでも感じたのか、表情が強張っているのが見て取れた。
「大蛇丸様は──」
と、それでも、頭部を二つ持つ少年は言葉を吐いた。
「もう、木ノ葉隠れの里に興味を持っていないそうです。貴方様が望むならば、一切の干渉をしないとも、言葉を受け取っています」
「そんなもん、俺が大蛇丸の野郎をぶっ殺せば済む話だってばよ」
「それに、力を貸すとも仰っておりました。うちはフウコという人物を探すには、その手前に、邪魔が必ず入る。その邪魔を、こちらで排除するとも」
「んなもんいらねえってばよ。全部、俺一人で片付けてやる」
その為に一人で里を抜け出し、九尾のチャクラを扱えるようにしたのだ。
誰も頼らない。
誰も巻き込まない。
そう、決意したのだ。
ましてや、木ノ葉隠れの里を滅茶苦茶にした大蛇丸から協力を受けるというのは、自分が許せない。
もう、面倒だとナルトは静かに思う。
戦闘するのも、得は無い。逃げようか。九尾のチャクラを使えば、風だって置き去りに出来るだろう。そう思った際に、後ろ──ちょうど、川を挟んで反対側だ──に、多数の気配を感じ取る。
気配の大きさは、犬ほど。犬たちの中には、パックンがいるのが分かる。ということは、おそらく、カカシにも情報は伝わるということ。その気になれば、今すぐにでも、忍犬を制圧する事は出来るけれど、ナルトは気付かぬふりをした。
あくまで、ナルトの目的は、木ノ葉隠れの里への復讐ではない。
「──暁という組織の情報も与えましょう」
そして、声は別の方向から飛んできた。
彼の声にナルトは淡々と視線を傾け、そして四人の者たちは各々と驚きの表情を作った。
「君麻呂っ、テメエ、なんでここにいるんだよッ!」
「黙れ多由也。お前らだけでは心許ないから、僕は来た。案の定だな」
白い少年はどこからともなく姿を現し──ナルトは既に気付いてはいた──ナルトが放つ九尾のチャクラに、丸く整えられた眉を僅かにも動かすことはないままにナルトを見据える。
「木ノ葉隠れの里を抜けた、ということは、ある程度の目処はついているということでしょう。暁という組織の名は、ご存知のはず」
「……それがどうしたんだ?」
と、ナルトの問いに君麻呂は答える。
「大蛇丸様は以前、その暁に所属しておりました。構成メンバーの内容、組織の目的、それらは貴方にとって有益な情報です。もしかしたら、うちはフウコ自身の情報よりも。僕たちは、そして大蛇丸様自身でさえも、言うなれば貴方のサポートを目的としています。勿論、僕たちにも目的はあります。貴方が僕たちを利用すれば、自ずと目的は達成される。だからこそ、貴方を迎え入れに来たのです」
「…………………」
「たった一人でも、貴方は暁を滅ぼす事が出来るかもしれません。しかし、時間も労力も掛かる。リスクもあるでしょう。それを、僕たちが引き受けるという事です」
「大蛇丸は木ノ葉隠れの里を滅茶苦茶にしやがった。今更、信用なんかできねえってばよ」
「信用はいりません。ただ、利用してほしいだけです。危害を加えるつもりはありません。まずは、話だけでも聞いていただきたいと、大蛇丸様から仰せつかっています。もしも来て下されば、無償で暁への情報の一部を渡しましょう」
次話は11月中に投稿したいと思います。