いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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 投稿が大変遅れてしまい申し訳ございません。

 次話は2月中に投稿します。


選択する孤独

 ──君麻呂のヤロウ。あたいらを時間稼ぎに使いやがってッ!

 

 四紫炎陣を維持させながら、多由也は舌を荒々しく打った。彼女の苛立ちは、広範囲に展開する四紫炎陣に多くのチャクラを消費している事に加え、何よりも、君麻呂に完全な駒扱いされた事から沸き立っている。

 

 確かに、彼は音の五人衆(、、、)の中で最も力がある。血継限界のみならず、彼が持つ天性の戦闘センス、術に対する見極めといった忍に必要なスキルがズバ抜けているのだ。実際に、彼とは何度も──模擬戦ではあるものの──戦ったが勝てた試しが無い。

 故に、音の五人衆でも序列はあった。実力による、純然たる覆す理屈を挟む余地の無い、絶対な序列。

 

 だがそれでも、だ。

 

 気に食わない。

 

 血継限界だろうと何だろうと、見下されるのだけは我慢できない。いくら、理に適った作戦であっても。

 

 ──さっさと大蛇丸様の元に着いて、知らせを出せってのッ! 四紫炎陣は、一日中も続かねえんだぞッ!

 

 ぶつけようのない怒りを噛み締めながら、チャクラを維持し続ける。仕方ない、と。今は術を継続するしかない。そう自分に言い聞かせて、頭を冷静にする。安心を胸に置いたのだ。

 

 彼女には──いや、他の音の忍も、安心があった。

 

 発動している四紫炎陣は、結界術の中では高位のもの。優れた上忍であろうと、安々と打ち破れるものではない。いや、殆どの上忍は突破できないと言っても良い。攻撃性は結界にのみ付与され、それ以外は術者自身も行動が一切できないが、四人の術者を要する術であるが故に、防御性は高い。

 

 相手には、木ノ葉の三忍である自来也がいることは右近から情報が入っている。最初に耳にした時は驚愕したものだ。だが、ナルトが注意を引いてくれたおかげで、先手をこちらが打つことが出来た。

 

 戦闘的な勝利は手に入らないものの、目的達成という立ち位置からみれば完全な勝利が手に入る。ナルトがアジトに辿り着けば、後は逃げるだけ。四人散り散りに動き、呪印を駆使すれば逃げ切ることは、自来也であっても可能だと予測していた。予測は確信にも近かった。

 

 だが、安心も確信も、あっさりと打ち破られる。

 

 強い衝撃が、結界を大きく震わせ、ヒビが入り。

 

 破られた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「ま、こんなものじゃろう。ふん、ワシにチャクラをじっくり練らせるなど、愚の骨頂じゃ」

 

 泥団子でも作ってみせたように、キザったらしく言ってみせる自来也を、サスケは後ろから呆然と見ていた。

 

 息を呑み込んでいたのだ。

 

 彼が放った忍術が、螺旋丸だったということ。

 ナルトが使っていた螺旋丸よりも密度は高く、球形が遥かに大きかったこと。

 

 三忍と言えど、老齢である彼を完全に見誤っていた事実。

 それらに驚嘆した。片手しか使用しない術だが、意味もなく手を叩く彼の背中が、やけに大きく見えてしまうのは、彼自身の体躯だけではないかもしれない。

 

「すごい………」

 

 シズネも同じような驚きを抱いたのか、深い溜息を吐いた。

 

「おうおう、惚れられてもワシは責任持てんぞ?」

「いえ、そのような事はありませんが……」

「つまらん奴じゃ」

 

 唇を子供っぽく尖らせる自来也を横目に、ヤマトは辺りに視線を巡らせながら呟く。

 

「パックン、ナルトくんの匂いを追うことは出来ますか?」

 

 口を閉じられていたパックンは、シズネが開放し、素早い手際で彼の身体に異常が無いか診断していた。どうやら、問題は何も無いようで、シズネは診断の為に集めていた手のチャクラを薄める。

 

「なんとかな」

 

 と、パックンは答えた。

 

「ナルトの奴はそう遠くは行っておらん。だが、ここからは森の中を進んでいく事になる。どんなことが起きるか分からん。ましてや──」

「追手はワシが片付ける」

 

 パックンの言葉を、自来也が引き継いだ。

 

「先程の広範囲な四紫炎陣を発現する連中じゃ。大蛇丸にとってはそれなりに信頼を置かれる程度の力はあるのじゃろう。もしかしたら、呪印を持っておるかもしれん。それを四人相手にできるのは、ワシくらいじゃろう」

「大丈夫ですか?」

 

 問うたヤマトの冷静な表情は、自来也を心配してのものではない事を物語っている。

 気にしているのは、自来也がナルトの元へと辿り着くまでの時間が許されているかどうか。ナルトが九尾のチャクラを操れるならば、自来也の力が必要だと、ヤマトは判断していたのだ。

 

「問題無い。気にするべきは、お前たちが辿り着くかどうか、じゃ。先程、カカシと相見えた連中のように、音の忍だけが関わっているようには思えん。他にも、予想外の事態があるかもしれん。警戒はしておけ」

「分かりました。目印は残しておきます」

「いらぬ。どうせ追手の連中からアジトの場所を吐かせれば行き着く先は同じじゃ。とにかく、今は速度だ。速さが重要じゃ。今すぐ行け」

 

 ヤマトとパックンは同時に頷き、川を越えて先へと進んだ。それに続き、シズネが。サスケも彼らに続こうと自来也の横を過ぎ去ろうとした時。

 自来也に肩を掴まれた。

 

「今のうちに言っておくぞ。万が一があっても、覚悟はしておけ」

 

 重々しい声が頭の中にずっと響きながら、サスケは不安を肩に乗せて先を急いだ。

 一人となった自来也。

 彼は、背中からヒシヒシと伝わってくる殺気に、軽々と首を鳴らした。

 

「言っておくがの、お前ら。もし、先へ行った者たちを追いかけようとワシに背を向けたら──命は無いと思え」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 先行するパックンについていく。パックンの後ろはヤマトが続いているが、その後ろにサスケ、そして最後尾がシズネという隊形に変わっていた。

 

 後ろで自来也が、四紫炎陣を展開していた連中を足止めしてくれているものの、万が一にでも追手が来ないとも言い切れない。他にも潜んだ忍がいるかもしれないと、シズネの提案があったのだ。カカシと自来也がいなくなったことによって、前方からの奇襲に対して弱くなってしまった為に医療忍者としては後方にいることが望ましい、という事らしい。背後のみの警戒ならば、自分でも十分だというのも、理由だった。

 

 しかし、サスケは、それは嘘だと感じていた。

 

 明確な要因があったわけではない。理屈も通っている。単なる直感に過ぎない。ただ、そう感じたのだ。シズネの優しい笑みや視線の僅かな動き、指先の動きから、何となく。

 

 彼女の目から見て、自分はまだ冷静さを取り戻せていないと判断されたのだ。

 

 たしかにまだ、心が逸っている。

 

 焦っているのか、怒りに染まっているのか、他の何かか。カカシと離れ、自来也とも別れた状況が、より混沌とさせてくる。

 

「ナルトまでの距離は?」

 

 前方のヤマトがパックンに尋ねるのを、集中して耳を傾ける。内側から湧き上がってくる逸りから逃げるように。

 

「そう遠くへは行っていないはずだ。匂いも途切れていない。だが、追いつけるかどうかは分からん。大蛇丸のアジトがどこにあるのか、見当も付かんからな」

「少なくとも、まだここらではないはず。木ノ葉から近すぎる。なら、こっちが先に届くはず」

 

 このまま何もなければ。

 そう、パックンが言おうとした時だった。

 反応したのは、最後尾のシズネである。そう、襲撃は後方からだった。

 

「敵ですッ!」

 

 声に、パックンを含む全員が視界の端で後方を見遣る。

 まさに今、クナイを構えたシズネと、ボロ布に身を包む一つの人影が交差しようとしていた。

奇襲は想定していたが、それよりも別の驚愕が平等に誰の心の中に巣食う。いや、パックンだけは更に大きい衝撃があっただろう。

 

 後方。つまり、自分たちが通ってきたルートからだ。

 

 索敵は怠らなかった。パックンの嗅覚は、意図的であろうとも、異質な匂いは獲得してしまう。その範囲は人間の、訓練された忍を遥かに凌駕する。

 

 にもかかわらず、感じ取れなかった。どれほどに匂いを消しても、人間ならば匂い(、、、)はあるはずなのに。

 

 金属音が響く。

 

 シズネの構えるクナイと、人影の腕から生える刃が交差した。

 

 ──これは……傀儡人形?!

 

 相対したシズネだけが今、事実を手にしてしまう。

 ボロ衣で全体を曖昧にしているが、眼前のボロ衣の隙間から覗かせる顔は、木材で構成された人形のソレだった。腕の部分から生えている刃は、木材が可動して伸ばされて出されている。刃には液体が。

 

 既にシズネは自身の失態を理解する。人間とは全く異なる行動を可能たらしめる傀儡人形に対して、完全な接近戦は無謀だ。

 

 即座に離れようと、木の枝を蹴ろうとする。しかし、傀儡人形の稼働が早かった。

 クナイで塞いでいた刃。その刃を生やす腕が急激に曲がり、シズネの腕を捕えた。そして、手首から新たに刃を剥き出しにし、シズネの肩を切り裂いた。

 

 鮮血が、飛び散る。

 

 痛み。そして、刃に塗料されたおそらく毒が、体内に侵入した事への苦悶を浮かべながら、人形を蹴り飛ばし距離を取る。

 

「おいシズネ──」

「大丈夫ですッ!」

 

 サスケの声を遮り、彼女は指示を出した。

 

「それより、糸を見てくださいッ! 傀儡人形にはチャクラの糸が着いていますッ! それをッ! その先をッ!」

 

 写輪眼で人形を見る。シズネの言う通り、人形にはチャクラの糸が伸びていた。糸は側面。森の中だ。森の暗闇の中に、しかし、チャクラの塊を感知する。

 

 左手と右手にクナイと手裏剣を、所構わず手に取った。

 

 片方は森の中、そしてもう片方は、まるで反対側の森に投擲したのだ。

 

 チャクラの塊から、まだ幾本ものチャクラ糸が伸びていたのだ。木々を経由して迂回し、そう、背後に回っていたのだ。背後に迫っていた傀儡人形二体に突き刺さるが、止まらない。

 

 それは分かっている。クナイと手裏剣はあくまで標。

 

 ヤマトが追い打ちで木遁を発動させるための目標に過ぎない。彼の手から発現する太い木が、背後の傀儡人形二体を絡め取り、粉砕する。しかし、チャクラの塊を捕らえる事は叶わなかった。

 素早く動くチャクラの塊。

 更に、糸が増えるが、その先から傀儡人形が姿を現そうとはしていなかった。

 

「傀儡人形……砂の忍か?」

 

 辺りの警戒をしながら、ヤマトは呟いた。

 

「パックン。数はどれくらいいる?」

「それが……匂いがしない。全くだ。数なんて見当もつかん」

「傀儡を動かしてる奴は今の所一人だ」

 

 チャクラの動きは追えている。近付こうとも、遠ざかろうともせず、一定の距離を保ったままだ。シズネが蹴り飛ばした傀儡人形も、チャクラ糸は繋がったままだが、ピクリとも動こうとしない。

 

 様子を伺っている、という風には、サスケには感じ取れなかった。

 

 動かないなら、こちらは何もしない。そういった水面下の意思表示を感じる。敵意が無いのだ。写輪眼で見られている事も相手は理解しているのか、牽制するようにチャクラ糸を揺らめかせている。

 

 チャクラを視認できないヤマトは、次の攻撃に備えて、サスケとシズネの間で身構える。

 

「シズネ、怪我の方はどうだい?」

「問題はありません。刃に毒が塗られていましたが、今、殆どを抜きました」

 

 シズネは血塗れの掌の、その上にチャクラで抽出したであろう白紫の液体が浮いていた。毒を抜いたと言っても、異物が体内に入っているというのに、医療忍者だからか、シズネは平静そのものだった。

 

「どうする? 相手は明らかに足止めを狙っているぞ」

 

 パックンが鼻を震わせながら、声を潜めて言ってくる。未だ数が特定できていない様子だった。サスケも、チャクラの塊に意識を向けながら小刻みに視線を巡らせているが、際立ったチャクラの塊は見当たらない。

 

 いや、たとえ。

 

 数が多くても、一人でも、どちらにしろ。

 

 引き返すという選択肢は、サスケの中には無かった。一切、ありはしない。

 

 ただヤマトたちが任務続行不可能と判断してしまえば、彼も彼女もパックンも、サスケにとっては障壁となる。不要な犠牲を出さない為に、という名目の下に。

いつの間にかサスケは、視線の中にヤマトとシズネを入れていた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ──このまま黙って尻尾巻いてくれりゃあ、苦労はねえんだが……。

 

 傀儡人形と同じボロ衣を頭から羽織ったサソリは、森の暗闇の中で悠々と佇んでいた。視線の先には、木ノ葉隠れの忍が三人と、忍犬が一匹。その中には、面倒なことに、フウコの弟のサスケがいる。

 

 写輪眼が赤い光を放つように、こちらを睨んでいるのが分かる。暗闇に潜んでも、チャクラを捉えているのだろう。ヒリヒリとした敵意が伝わってくるが、隠れるつもりは無い。姿を見せていれば、牽制になるだろうし、チャクラ糸を森に隠した傀儡人形に接続しておけばより、仕掛け辛いはずだ。

 

 目的はあくまで、ナルトを大蛇丸の元へと届けること。戦闘は二の次だ。

 

 ましてや、フウコの弟がいるとなれば傷を付けるわけにはいかない。彼の血液が付着し、フウコの嗅覚がそれをキャッチしてしまえば面倒だ。

 

「おい、白。そっちは順調か?」

 

 視線を彼らに向けながら、サソリは首元に着けた、チョーク型の無線に声を当てた。

 

【順調ですが……その…………】

「なんだ、何かあったか?」

【再不斬さんが、少し、熱が入り過ぎてしまっているようで……隙あらば殺しそうな勢いです】

 

 ああ、とサソリはどうでも良さそうに溜息を零す。まあ死ななければ問題無いだろう。木ノ葉隠れの忍であるカカシを殺すのはいただけないが、そこら辺は白がコントロールしてくれるだろう。逆に再不斬が死んでも、遺体を回収さえすれば人傀儡に出来る。

 

「とりあえず、そこで足止めをしておけばいい。だが、派手にやるなよ? 人柱力が里から抜けるなんざ、暁の耳にいつ入ってもおかしくない大事だからな」

【その……】

「なんだ」

【サスケくんが……いたのですが】

「俺の前にいるな。安心しろ、傷つけるつもりはない。俺も、後々フウコに暴れられたくはないからな」

 

 再不斬がカカシに、白がサスケとナルトに執着や関心を抱いているのは、彼らを同盟に加えた際に経緯を説明してさせた時に理解した。再不斬はカカシに対しての愚痴を愉快そうにも不愉快そうにも語り、白は単純に嬉しそうに語ったからだ。

 気配りなどと、センチメンタルなものではないが、同盟を潤滑にする為の些細な手入れだ。

 無線から白の溜息が聞こえてきた時。

 サスケたちが、自身らの足元の太い枝に煙玉を叩きつけたのだ。白い煙が広がり、彼らの姿が見えなくなる。

 

「白、再不斬に言っておけ。あくまで俺達は時間稼ぎだ。殺しも殺されもするんじゃねえぞ」

 

 言い残し、無線を切る。

 チャクラ糸を展開する。森の中に隠した幾つもの傀儡人形。いずれも、複雑な機構ではないシンプルなものだが、毒は十二分に仕込んでいる。

 

 六つの傀儡人形で即座に煙の周囲を包囲した。

 

 無闇に攻撃は、当然、出来ない。木ノ葉の忍がナルトを追ってくるだろう予想の下に、使用している毒は全て痺れ毒にしているが、クナイの投擲や刃が、万が一にでも致命的な部位に当たれば、人間は簡単に死んでしまうのだ。

 

 傀儡人形を稼働させ、毒液を滴らせる刃だけを出す。

 目を凝らす。煙の微細な動きを逃さない。

 彼らの中には、不可解な事に、木遁らしき術を使う者がいる。初代火影のみが使用できたとされる、もはや伝説にも近い術。それも、ほぼノータイムで出し、絡め取ってくる厄介さがある。

 

 僅かに緊張が。

 

 動く。

 

 煙を引っ張るように出てきたのは、その木遁の術を使う男だった。他に動きはない。

 

 ──陽動か?

 

 こちらが一人であるという事がバレてはいないはずだ。写輪眼でチャクラが捉えられても、木々の裏側などに潜んでいる可能性を見捨てるわけがない。ましてや、こちらは人傀儡と傀儡人形。そして、匂いも消している。嗅覚でも精密を欠くだろう。彼らからしてみれば、幽霊を相手にしているようなもの。

 

 そんな不確かな環境で、無闇な陽動は考えがたい。

 

 ならば、男がナルトを追う側で、残りがこちらを狙ってくるのか? それならあり得る。写輪眼でこちらの位置はバレている。狙ってくるか。

 

 チャクラ糸を動かし、三体を男に当てながらも、視野には煙の動きを収めている。

 

 男が術を発動する。やはり、木を掌から生み出した。

木遁。サソリ自身、その術を目の当たりにしたことは無かったが、確信に近いものを感じた。初代火影は、その木遁で九尾を御したとされている。なるほど、男がこの場にいるのは得心する。

 

 ──なら、お前を真っ先に潰さねえとな。

 

 男を戦闘不能にすれば、残るは医療忍者らしき女とサスケと忍犬のみ。抑え込める。

 

 三体の傀儡人形は木遁に絡み取られ粉砕されるが、サソリは即座に一本のチャクラ糸を、空中に舞う傀儡人形の腕に接続した。

腕には刃が。

 動かし、男の脹脛(ふくらはぎ)に突き立てた。まずは動きを。すぐに、突き刺した腕から糸を外し、また別の腕に接続。

 今度は肩部に。外し、今度は脚に接続し、脇腹に。

 男の動きが止まる。十分だ、とサソリは判断し、他三体を動かし、四肢全てに刃を突き立てた。

 煙に動きはない。

 

 ──仕留めた。後は……ッ!?

 

 残った二人を抑え込もうとした時である。

 

 風が吹いた。

 

 右から左へと流れるような横向きではない。

 下から上へと流れる上下の気流。

 

 風は後ろからだ。

 

 視線を、初めて大きく外し、振り向く。そこには、男──ヤマトがクナイを構えていた。彼の足は、まるで海から跳ねた魚が作る波紋のように、木の幹に溶け込んでいた。

 

「木遁には、そういう移動手段もあるのか」

「自慢話をする趣味はないよ」

 

 逆手に構えたクナイが顔面を狙ってきた。

 どうにか顔を下げて躱すが、予想だにしない動きに体勢が僅かに崩れる。その隙を狙って、ヤマトは空いてる手で足場の枝を叩いた。

 すると、彼の掌を中心に、サソリの逃げ場を囲うように半円状の木造のドームが構築された。一瞬で袋小路を作られる。そして、ドームの内側を満たし破裂させるように、幾本もの木造の柱が、ヤマトの掌から斜めに迫ってくる。

 

 潰される。

 

 サソリに選択肢は一つしかなかった。

 

「久しぶりだ、自分を使うのは。焼け死にたくなけりゃあ避けろ」

 

 特別な感情もなく、ただただ面倒そうに、サソリは人傀儡である自身を使った。

 

 両手を上に向ける。木造のドームの天井だ。掌から黒い筒を出し──炎を吐き出させる。高温の熱は瞬く間に木を侵食し、脆くしながら、ドームの中を回転し逃げ道となるヤマトへと向かったが、サソリは気にしない。後は強引に身体をぶつけ、無理矢理にドームから逃れた。直後、柱がドームを貫通する。

 

 ──炎を避けなかった? いや、違う。

 

 燃えるヤマトを、サソリは見遣る。炎が容赦なく空気を吸い込みながら燃えるが、その中心にいるヤマトは木遁で生み出された分身体だった。

 

 つまりここまでが、陽動。いや、時間稼ぎ(、、、、)

 

 視線を煙に向けた時には、本物のヤマトとサスケが動き始めていた。

 

 ──させるか。

 

 木造のドームでチャクラ糸が遮られたが、即座に傀儡人形たちに接続した……が、動かない。先、傀儡人形たちで刺したヤマトも分身体。それも、木の、だ。突き刺した刃が抜けず、木の重みで重くなっていた。

 重くなっているなら、刃を切り離し追えば良いのだが、その時間をシズネは与えなかった。

 

「毒霧ッ!」

 

 シズネが口内から吐き出した紫の煙が、サソリを覆った。

 

 奇しくもヤマトの分身体を燃やした火が、写輪眼を持たないシズネでもサソリの位置を把握できたのだ。

 

 シズネにすれば、相手の視界を奪い、少しでも傀儡人形の操作を鈍らせればそれで良いと考えた仕掛け。しかし、サソリには絶大な効果を与えていた。

 

 サスケを傷つけられない。毒霧が塞ぐ視界が、サソリに一切の傀儡の操作を許さなかった。即座に霧から脱したが、サソリが煙の動きに注意を払っていたのと同様に、シズネも注意を払っていた。

 

 動きを予測され、眼前に。

 

「先程の毒、お返ししますッ!」

 

 彼女が握るクナイには、ついさっき抽出した毒が塗られている。

 

 躱せないタイミングだというのが、シズネの確信だった。それほどの近距離と姿勢。首元を正確に狙った機動を描く。首は血流が激しい部位だ。頸動脈を切れなかったとしても、毒は瞬く間に全身に回るだろう。

 

 クナイを握っている右腕が僅かに、痛みや出血を遠因とする痺れとは違う違和を感じ始めている。極微量の毒でも痺れが出るのだ。首を切れば、十分なはず。

 だが、サソリにも確信はあったのだ。

 

「えっ……ッ!?」

 

 クナイの感触にシズネは声を溢した。

 人体を切り裂く感覚ではなく、鉄か何か固い物にぶつかった衝撃が腕に響いた。

 

「悪手だったな、女」

 

 驚愕に硬直を示したシズネの腕を、サソリは片手で掴む。

 人傀儡であるサソリの握力、身体能力は、サソリが自身の身体にどれほどチャクラを注ぐかによって決まる。掴んだ力は、万力の固定だった。

そして空いた手でチャクラ糸を、近場に潜ませた傀儡人形に接続する。

 

 カタカタカタ。

 

 その音は、すぐに、シズネの背後で音を鳴らしたのだ。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ナルトが足を止めたのに、君麻呂は不思議そうにこちらを振り向き、同じように足を止めた。

 

「どうかしましたか?」

 

 大蛇丸の元へと赴くことを決めてから、君麻呂は敬語を使うようになった。不愉快ではないが、どこか居心地が悪い。森の中に偶発的に出来たであろう小さな原っぱを揺らす風の方が、まだ耳に優しい。

 その風の中で、密かに気配を感じた。

 

九喇嘛(、、、)。少しチャクラを貸してくれってばよ」

 

 小さく呟くと、心の中で彼が鼻を鳴らした。力強いチャクラが腹部から湧き上がっているのを感じ、同時に、感覚が鋭敏になっていった。

 

「君麻呂」

「なんでしょうか?」

「お前、どれくらい強いんだ?」

 

 彼からすれば、脈絡のない問いだったのだろう。一拍の間をおいて、君麻呂は応えた。

 

「少なくとも、さっきの──多由也たちが束になってきても、勝てるくらいには」

「木ノ葉の上忍を相手にして勝てるか?」

「一対一なら、大蛇丸様とカブト先生を除けば、確実に」

 

 謙遜なのか、事実なのか判然としないのは、君麻呂の表情が乏しいせいだ。ナルトは唇をへの字にしたが、仕方ない、と言いたげに鼻から深い溜息を溢した。

 

「なら、一人は任せるってばよ」

「一人?」

「大人の方だってばよ。あと、犬かな? それも頼む。他は──サスケは、俺が相手をする」

 

 その言葉に、鉄面皮だった彼の表情が一瞬だけ強張る。

 

「それは出来ません。僕の任務は、貴方を大蛇丸様の元へと送り届けることです。邪魔な相手は、僕が全て相手します」

「あー、そういうのは良いってばよ。俺は俺のしたい事をするんだ。大蛇丸のところに行けばいいんだろ? 道もさっき聞いたし、大丈夫だって」

「万が一があります。もしもナルト様が捕まるようなことがあれば──」

「そんなもん、俺の勝手だろうがよ」

 

 低い声で、遮られる。

 

 ナルト自身からすれば、小さな苛立ちを言葉に乗せた程度。けれど、君麻呂が抱いた寒気は、喉元に極大の牙が突き立てられるような、避けようのない死を想像させてしまうほど強烈なものだった。

 

 無意識に君麻呂は、一歩、片足を後ろに下げていた。そんな経験は、君麻呂にとっては初めての経験だった。

 

 殺されるかもしれない。自身の感情が血液の温度と共に冷えていくのを感じた。

 

「大蛇丸んところには行く。お前が言った、フウコの姉ちゃんの計画について、聞かなきゃならねえからな。絶対に捕まらねえよ。サスケには……ぜってぇ負けねえ」

 

 君麻呂は、何も言い返してこない。それが、ナルトにとって少しだけ、寂しさを与えた。

 

 自分が何かを言えば、必ず誰かが言い返した。

 

 カカシや、サクラや、サスケや、イルカや──。

 

 また風が吹く。殺風景な空へと空気が昇っていくのを、首筋が感じた。空を見上げると、ああ。ふと、実感が降ってくる。

 

 静かで、返事のない場所。

 

 懐かしい実感だった。

 

 孤独だ。

 

 ただ、息苦しさは無かった。吸う空気は心地よい。ただ、肩の後ろ辺りが寒い、そんな不思議な孤独だ。

 

 きっと、自分で選んだからだろう。押し付けられた孤独じゃない。

 

 けれどどうしてだろう。

 

 今さっきまで、君麻呂をここに置いてさっさと先に進もうかと考えていたのに、気配が近づくにつれて足が重く

なっていく。

 

 そして、彼はやってきた。

 

「ナルトォッ!」

 

 聞き慣れた、怒鳴り声。けれど、これまでの何よりも、苛立ちを孕んだ乱暴さがあった。それでもナルトは、つい、笑みを浮かべてしまった。幸いな事に、その笑みは、背後から迫ってきたサスケたちには見えない位置だった。

 

 自分が背を向け、サスケが追ってきた。

 

 その状況は、まるで逆だった。

 

 フウコが里を抜けた、その後。

 

 うちはの町の入り口で、相対した時と、逆だ。

 

 おかしくて、でもやっぱり、どこか寂しくて。ナルトは、吹っ切るように、笑ってみせた。

 

「なんだ、遅かったじゃねえか。サスケ」

 


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