いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

76 / 87
朧月のアマテラス

 今にして思えば。

 

 ナルトとこうして対峙するのは、初めての事かもしれない。里を抜けた者と、それを追う者、という状況を指し示しているのではない。ただ、少しだけの距離を取り、互いに立って向かい合う。そんな、ともすれば、日常の中でひょんなタイミングに顔を出してしまうくらい、単純な事。

 

 いや、いや。

 

 何度かはあった。

 

 互いに、そう、まるで鏡合わせのように、睨み合うような事態だったが。

 

 鏡は──フウコ。

 

 いつも、間には彼女がいた。

 

 自分はフウコを憎み。

 ナルトは、フウコを慕い。

 

 真反対の感情を抱いて。

 

 だけど今は、そうじゃない。サスケはフウコへの、かつての家族としての感情を(にわか)に抱いている。フウコという鏡は横にズレ、対面するナルトの顔が、今、ようやく見えたような気がした。

 どこか嬉しそうに、どこか悲しそうに、笑みを浮かべているナルトの顔が。

 

「というか、追いかけてきたんだな。わざわざ御苦労なこって」

「それが任務だからな。逃げるテメエを追いかけるのは当たり前だろうが」

 

 逃げる。

 

 その言葉を知らず知らず選んでいた。

 違う。彼が逃げているのではない。追いかけているだけだ。これまでの彼と変わらない。ただ真っ直ぐ、信じているものへ進んでいるだけ。

 

「さっさと里に戻るぞ、何度も同じことを言わせるな。そこの音の奴は、俺が始末してやる。シズネも自来也も、あとカカシも面倒を背負い込んでいるんだ」

 

 サスケは写輪眼で隣の白髪の男を睨むと、君麻呂はゆらりと脱力しながらも敵意で身体を満たした。ヤマトも構える。

 だが、ナルトはあっさりと述べるのだ。

 

「さっきも言っただろう。里には、戻らねえってばよ」

 

 返事の内容は変わらない。半分は期待して、半分は予想外──いや、「も」だ。悪い方の期待通りだったのだ。

 

 きっと、きっと。

 そう、きっと。

 

 自分がナルトの立場だったら、同じように応えただろう。

 あるいは何も言わないで、大蛇丸のところへ行っていたかもしれない。いや、分からない。考えたってしょうがない。

 

「どうして戻らない……。兄さんは、フウコのことを──」

「あー……そういう話は………ちょっと、し辛いってばよ」

 

 ナルトの青い瞳が、ちらりとヤマトとパックンを見遣る。果たして彼らは身構えるが、ナルトは気軽に背を向けてみせた。

 

「場所、移そうぜ。君麻呂。あと、頼むってばよ」

 

 そう言い残して奥へと駆けようとした瞬間、ナルトは確かにこちらに一瞥をくれた。

 挑発するような陽気な視線に、頭の中で何かが切れたような感覚が。もはや感情に任せた声すら出なかった。気が付けば、奥の森へと消えていくナルトを追うために駆けていた。迫りくる君麻呂の動作さえ気にしないほどに。

 

 君麻呂は既に眼前だった。

 

 だが、溶岩にも近い激烈の感情を抱えても尚、サスケの動きには無駄がなかった。クナイを抜いて持つ逆手から精密に君麻呂の眼球を狙った。

 しかし、君麻呂はそれを躱し──そのまま、後方のヤマトへと迫ったのだ。

 

「サスケは通すつもりなのか? なら、サスケ! 君は先に……って、ああ、もう!」

 

 ヤマトの声が届くよりも先に、既にサスケは森の中に姿を消していた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 サスケがナルトを追いかけた瞬間に、既にヤマトは術でのサポートの準備をしていた。こちらにはパックンがいる。たとえ君麻呂との戦闘で時間を割かれても、パックンの嗅覚がナルトとサスケを追うことが可能だ。

 相手を子供とは考えず、最短最速で潰し切る。それを想定していたおかげで、サスケを通す、という事態にも即座に動くことが出来た。

 

 左手で地面を叩く。君麻呂の足元から、幾本もの太い木の幹が立ち昇り、絡め取る。

 

「木……木遁か? まさか、お前は──」

「昔話は好きじゃないんだ。特に、大蛇丸の部下にはね」

 

 身動きできないにも関わらず無表情を解かないこと、自分の過去の一端を知っている様子だったこと、それらがヤマトに不気味な焦りを与えた。それでも、想定した動きを続ける。

 

 印を結び、木遁。

 

 確かな殺意を以て、両手を合わせた。

 

「木遁・双木壁(そうぼくへき)

 

 巨大な分厚い双璧の木が、空気を低く弾く音と共に君麻呂を挟み潰した。

 まともな忍ならば、もはや人間の原型すら留めない圧力。だが、双璧の隙間が無いというのにチャクラを注ぎ続け圧力を強めた。

 

 それは──。

 

「早蕨の舞」

 

 血の一滴も溢れない壁の隙間から、溜息にも近い声がゆらりと、通った。

 壁を貫く無数の鋭利な骨たち。地面に突き刺さり抉るもの、中空へ禍々しく突き立つもの、地面と平行に行き場を求めて伸びるもの。無秩序に暴虐に伸び、貫きに迫ってきた。

 

「木遁・木錠壁(もくじょうへき)!」

 

 咄嗟にシェルター型の木造を生み出す。

 

 が、骨の大津波は鋭く貫いた。想像以上の力と硬性。頬と肩口を僅かに切られながらも、後退し躱す。避けて、下がり、ようやく骨の勢いが止まった。

 

「鉄線花の舞・花」

 

 間髪すら許さない攻撃は、上空から。気配に顔を上げると、上空へ歯牙を向けていた骨から分離するように君麻呂が現れていた。全身が濃い紫へと変色し、巨大な尾を付けた、異形の姿。それを何よりも象徴するのは、彼の右腕に構築される、骨の(やじり)だ。ネジレを加えたそれは、見るからに分厚い質量を持っている。

 

 ──躱せる……か?!

 

 両手から木遁を発現し、角材状の木で強引に地面を叩いた。

 直後。

 自分が数瞬前にいた地面が、君麻呂の骨の鏃が落ちる。

 

 砂を、土を、石を岩を、軽々と砕く耳障りな音。それらの破片が、衝撃によって吹き飛ばされ、破片がヤマトの肉体を襲った。皮膚と肉を貫く事はなかったが、痛みは脳を痺れさせる。

 

 それでも、視線は塞がない。両腕で細かい破片を防ぎならも、腕の隙間から確かに君麻呂の次の動作を確認する。

 

 今は砂煙が深く立ち込め、君麻呂は見えない。

 

 だが、チャクラの禍々しさは伝わってくる。

 

「お前を大蛇丸様の元へ持って帰れば御喜びになるだろうが、あの方の──イロミ様の細胞を頂いてから、術の加減が難しくなっている。半殺しで済む程度には、抵抗しろ」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 赤いチャクラの名残だけが手掛かりだった。

 全速力でナルトを追いかけている。太腿の筋肉が小さな痛みを出し、足首に溜まる疲労が重さと硬質を小刻みに蓄積させてくる。なのに、ナルトは木々に阻まれている事もあるものの、視界に入らない。チャクラの名残があるおかげでどうにか追えてはいる。

 

 九尾のチャクラ。

 

 脳裏にそれが過る。波の国で、暴走したナルトが見せた力。そして、木ノ葉隠れの里でも。彼の持つ──いや、抱える力は、コントロールが出来ないものだと、ずっと思っていた。

 だけど、今は違う。チャクラの名残には冷静と丁寧さがあった。きっと、彼は意識的にコントロールしている。それも、わざと(、、、)速度を落として。

 

 疲労と苛立ちが積み重なるままに、森はやがて開けた。白い日差しの先には、高い滝があった。

 

 終末の谷。

 

 かつて、初代火影・千手柱間と、うちはマダラが袂を分かち、その決着を付けた地とされる谷である。しかし、かつてはただの平野だったのだ。川が流れる、川辺。その長閑(のどか)な光景は、二人の争いによって形を変えた。地面は隆起し滝を作り、その下には広い川と森がある。善悪は別として、偉大な二人の忍の姿を模した巨大な石像が、滝と川を挟んで向かい合うように作られていた。

 

 ナルトが足を止めたのは、うちはマダラの巨像の頭部。それに合わせるかのように、サスケは、千手柱間の巨像に足を止めた。

眼下には、元々は平坦な川だったであろう、壮大な滝が音を立てている。水が細かくなって生まれた湿り気は二人の頬を軽く濡らすまでに至った。なのに、どうしてだろう。乾きを、サスケは抱いていた。嫌な乾きだった。

 

 だが、声が出ないのは、それだけじゃない。

 

「なあ、サスケ」

 

 辺りは静かだった。滝の音は聞こえるが、低音だ。喧騒な風も木々のざわめきも無い。ナルトの声は、酷く耳に届いた。彼は、やはり笑みを浮かべて、ようやくこちらを振り返った。

 

「お前、フウコの姉ちゃんのこと、どう思ってんだよ。まだ恨んでんのか?」

 

 うちは一族が滅ぼされ、うちはの町の前から、ずっと。互いに、その言葉を確かにぶつける場面は無かった。まるで、タブーにしているように。ナルトがフウコを慕っていること、サスケがフウコを恨んでいること、それは共通の認識にも等しいものだったからか。

 

 サスケは、ナルトの問いに小さな恐怖を抱いた。

 

 本当の本当に、ここが、分け目。分水嶺。

 

 返答次第で、ナルトは有無も残さず、今度は全速力で逃げるかもしれない。そうなると、もう、届かない。

 嘘を語るには、けれど、ナルトの視線は真っ直ぐ過ぎた。

 

「……ああ、まだ恨んでる」

 

 サスケは、はっきりと言った。

 

「父さんや、母さん……うちはの皆を、殺したんだ。恨まねえ理由なんざ、あるわけねえだろ………」

 

 イタチやイロミは、信じると言っていたが、それでもやっぱり、すぐに信じるなどというのは出来ない。恨み続けた時間は、心に怨恨を根付かせ跡を残すには十分過ぎた。

 

 それでも。

 

「だけど……フウコをどうするかは…………フウコに会って、決める事にはした」

 

 もしかしたら、信じているのかもしれない。サスケは、その言葉を小さく呑み込んだ。うちは一族の繋がりを否定してしまうような、そんな、子供らしい恐怖が胸を刺していた。

 

「そうか」

 

 ナルトの囁きは、二人の間を流れる風と滝の音に揺らがされながらも、確かに耳に届いた。

 

「ならよ。俺と一緒に、フウコの姉ちゃんを追いかけねえか?」

 

 まるで遊びに誘うように、気軽な調子で手を伸ばしてきた。

 強い風が吹く。

 

 ごう、ごう、と。

 

 互いの前髪が、視界を僅かに遮りながら揺れる。

 もう、ナルトが止まらない事を、サスケは直感させられた。

 

「知ってるかもしれねえけど、俺はこれから大蛇丸のところに行って、情報を集める。力も付ける。そんで、フウコの姉ちゃんを助けんだ」

「……ッ! そんなもん、里にいたままでも──」

「木ノ葉じゃ出来ねえってばよ。何より、フウコの姉ちゃんは、もう木ノ葉には帰れねえ。どんだけ説明しても、フウコの姉ちゃんは犯罪者なんだ。牢にぶち込まれて、裁かれる」

「今は兄さんが火影だッ! 何か別の、フウコの罪が許されるような手段を考えてくれるはずだッ! 時間は掛かるかもしれない、それでも、いつか必ず、フウコは……姉さんは帰ってくるッ!」

「帰ってきて……どうするんだってばよ」

 

 落ち葉のように軽やかで、深根よりも暗い声だった。落胆と諦観が不均等に混ざりあった声だった。

 

「ずっと……言われ続けるんだぞ…………。犯罪者だって……………ずっと……」

 

 可哀想。

 可哀想。

 そんな言葉が、頭の中で逆巻いた。

 うちは一族が滅ぼされてから、里の中を歩くたびに、憐憫の声を耳にした。本人たちは届いていないと思っているのだろうか。視線も、声も、サスケには耳目を覆っていた。煩わしく、苛立たしく。声は、今では届かないが、視線は時折背中を撫でてくる。

 

 過去は消えてくれない。

 

 消そうと思っても、周りが足跡に光を差し込む。何度も、何度も。時間という風で、足跡が見えなくなるまで。誰も、足跡を付ける本人を見ようとはしないのだ。

 

 そして、それは、ナルトも同じだった。いや、彼の方が、その重みを知っている。ずっと孤独を押し付けられてきた。

 

 一つの一族を滅ぼしたという罪は。

 

 たとえ言葉を尽くし、持ち得る善意を全て他者へ与え、痛みの全てを抱えてようやく、贖えられる権利を手に入れられる程度の可能性しか見出させてはくれない。

 

 憐憫を貰えるかもしれない。

 孤独という安心を手に入れられるだろう。

 そうして、終わりは確実に来るのだ。

 

「俺は……フウコの姉ちゃんに助けてもらった。楽しかった。修行も付けてくれた。だから、このまま、フウコの姉ちゃんを木ノ葉に連れて戻る訳にはいかねえんだ」

「テメエは今までッ! どんな連中にも言ってきただろうがッ! 火影になるだのなんだのッ! その調子で、フウコに指を向ける連中を説得してみせたらどうなんだッ! 木ノ葉には、バカな奴らだけじゃねえッ! サクラや、カカシや……イルカや、それにヒナタも、お前の言葉を信じてくれる奴らがいるだろッ!」

「……分かってる。でも、やっぱ駄目なんだ」

 俺は。

 俺は。

 俺は。

「フウコの姉ちゃんに、悪いもん全部おっ被せた連中を、一番許せねえ。そいつらをぶっ殺す為に、俺は大蛇丸の元に行く。そんで──」

 

 

 

 俺は、木ノ葉隠れの里を再興する。

 フウコの姉ちゃんが安心して住める、住んでくれる事を許してくれる連中だけの木ノ葉隠れの里を俺が……火影になって作り直してやる。

 

 

 

「だからよ、サスケ。俺は里には戻らねえ。たとえお前が、どんなに俺を追ってきても、どんだけ腕引っ張ってもだ。今の木ノ葉は……俺にとって敵だ」

 

 ナルトが、目の前にいた。

 

 写輪眼でさえも、軌跡を辿れないほどの速度。ナルトを追ってきた時よりも、濃く禍々しく揺らめく赤黒いチャクラを纏ったナルトの瞳と対面する。

 

 赤く染まった瞳に、鋭く縦に伸びた瞳孔。

 

 そして、写輪眼だからこそ捉えてしまったビジョンがあった。

 

 巨大な赤い体毛を持つ、九尾の邪悪な笑みが。

 

「…………ッ?!」

 

 衝撃が、腹部を深く沈ませた。

 

 肉が、靭帯が、軋む音が背骨を伝って脳へ。足に浮遊感が齎されると同時に、横隔膜が押し上げられて息が吐き出される。

 

 身体は軽々と後方へ。像から落ちる事はなく、石に身体を叩きつける前に受け身を取ったが、呼吸を戻そうと意識を働かせる事は……しなかった。

 

 ナルトの追撃が迫ってきたのだ。

 

 やはり、軌跡が辿れない。時間が消えたように。

 

 彼の拳が狙うのは、右顔面。腕で防ごうとするが、間に合わない。腕でガードしようとしたが、届いたのは指先だけ。衝撃の殆どは視界を揺れ動かし、脳を震わせ、再び身体は飛ばされる。眼下の滝壺が、落下する感覚の思考に映し出された。

 青い空を反射するような青。滝から離れた川の流れには、まだ白泡が姿を残している。

 その慌ただしい青と白の上に、ナルトが立っていた。青を弾き出す獰猛な赤いチャクラがある。

 

 ──ふざけんな…………ふざけんなぁッ!

 

 フウコを信じている彼が、木ノ葉隠れの里を抜け出す。

 そんな自分勝手な──真っ直ぐな感情を突き進む彼に、いよいよ、サスケは理性を切った。印を結ぶ。

 

「火遁・業火球の術ッ!」

 

 全力の火炎玉を吐き出す。チャクラのコントロールすら半ば放り投げて生み出された熱量は、自身の顔さえも熱するほど。湿度の高い空気は膨張し、半ばサウナのように蒸し暑くなる。

 ナルトを易易と呑み込んだ火炎玉は、川を蒸発させながら高い飛沫を生み出した。

 遅れて、サスケが着水する。足にチャクラを溜めて水表に降り立った。水蒸気が視界を覆う中、サスケが見るのは水面。荒々しく揺れる波の中を観測し続ける。

 

 どれほど速くとも、水面では波が立つ。

 

 なら、それを合図に動けば──だが、その狙いはあっさりと覆される。

 

 水面に波は立つ。

 

 たったの、一瞬で、幾連続も。

 既にナルトは後ろ。どうにか振り返り、視界の端でなんとか姿を捉える事が出来た。

 滝の飛沫が視界に僅かに入る。その向こうに、赤い瞳。

 

 赤。

 

 赤い瞳だ。

 

 そう、彼女と同じような、赤い瞳だった。

 

 夜が意識を呑み込んでいく。

 

 ──また、何も出来ないのか……?

 

 ナルトの右拳が、顔面を殴打した。

 身体は後方に転がり、勢いのままに水表を転がる。

 廻転する視界。青い空と青い川の視界は上下を見えなくさせ、意識を鎮静させてしまう。意識は暗くなっていく。

 

 夜が、呼び起こされる。

 

 どうして、どうしてだ。

 どうしていつも、止められない。

 イロミを。

 ナルトを。

 フウコを信じると、ずっと胸を張って言ってきた者たちが、誤った道を辿るのを、ただの呼び止めさえも叶わないのか。きっと──そう、サスケは認めていたのだ。少なくとも、フウコは完全に(、、、)悪ではないと──二人が正しいのに。

 フウコへの恨みはまだ、やはりある。

 それでも、牢で決めたのだ。

 イロミとイタチの前で。

 信じようとは……すると。

 

 それなのに──。

 

「悪い……サスケ。やっぱ、お前はこっち(、、、)に来んな」

 

 気が付けば、仰向けに浮かんでいた。

 

 視界が揺れる。頭が痛い。そう、眼球の奥が痛い。

 

 殴られたのは、顔面だったが頬だ。奥歯が欠けたようだったが、眼底などの損傷は無いはず。川水が目端から溢れる。涙じゃない。だが、泣いているように、眼が痛い。

 

 フウコが遠くへ行った夜も、最初は眼が痛かった。

 

 実際に、涙も流していた。また、あの時と同じだ。

 

 違う。

 

 あの時とは、今は、違う、はずなんだ。

 

 フウコを殺すために修行してきた。力を手に入れてきた。だから、今回こそは、止められるはずなんだ。

 

「お前には……家族もいるんだからよ。血の繋がった」

「…………フウコは………俺と血は、繋がってねえ…………ッ」

「……は?」

 

 ナルトの緩んでいた表情が、固まった。

 

 ああ、とサスケは思う。

 

 そうか、知らないのか。それも、確かに、そうだ。あれほど、尋ねなければ応えない姉である。自分が養子だった、などと語る訳がない。

 

「おい……どういう意味だよ──」

「そのまんまの意味に……決まってんだろうが…………」

 

 ナルトにはきっと、侮蔑の意味を込めたように聞こえたのだろう。

 

 だが、自分で血の繋がりが無い、と語って、サスケの中に感情が芽生えた。再確認できた、という事だ。

 

 どうして、ナルトを追いかけたのか。

 

 火影であるイタチの命令だから。

 

 彼の方がフウコを信じていたのに、木ノ葉隠れの里を抜けようとしているから。

 

 違う。

 

 繋がりが、消えるからだ。

 

 ナルトとはずっと睨み合ってきた。アカデミーを卒業して、同じ班になってからは、碌な記憶もない。

 

 だけど──。

 

 胸ぐらを掴まれ、無理矢理に起き上げさせられるが、サスケは真っ直ぐ怒りを滲ませたナルトを睨んだ。

 

「あいつは………養子だ……………。兄さんとも、血は繋がってねえ。テメエの考えてるような、馬鹿みたいに単純な関係じゃねえ……」

「そう……だったのか」

 

 うちは一族が滅んで、この事実を知っている者は、どれくらいいるだろうか。

 安堵して息を溢すナルトを睨んだまま、胸ぐらを掴む彼の手首を強く掴んだ。

 

「だから……血の繋がりだとか、そんなもんは、関係ねえ。ただの……繋がり(、、、)だ。テメエもだ………ナルト………。どんな手ぇ使っても……木ノ葉に連れ帰ってやる」

 

 今にして思えば、嬉しかったのだ。

 

 姉を信じ続けてくれて。

 

 そして、波の国で救ってくれて。

 

 フウコの事を知っている彼が、繋がりが、消えてしまうのは、だから、嫌だった。

 

 血の繋がりなんて、サスケは幼い頃から感じたことがない。うちは一族の誇りはあっても、それは、うちは一族が警務部隊の中心にいたからだ。血ではなく、形の繋がりによる誇りだ。

 フウコも、きっと、そうだ。家族という形で繋がっていた。血の繋がりだなんて、気にした事なんて無い。幼い頃から、傍にいたのだから。

 

 きっと。

 

 そう、きっと。

 

 単純な繋がりは、始まりは……ナルトだったのかもしれない。

 

 もしもフウコが里を出なければ、純粋な友達になれたのかもしれない。フウコを通じてだが、同じ相手に似たような感情を持って、関わり合っていた。

 

 あるいは、全く別の様相で繋がりを持っていたかもしれない。

 

 アカデミーで落ちこぼれで孤独な彼と、アカデミーなんて興味を示さない孤立する自分と。まるで鏡合わせのような、不思議な繋がりが、あったかもしれない。

 

 そんな感覚は、ナルトにもあるのだろうか。

 

 強引にナルトの腕を引っ張ると、意外にもあっさりと振りほどけた。咄嗟に距離をとり、向かい合う。赤いチャクラは依然としてナルトを覆っているが、敵意はなく、ごく自然に立って……笑っていた。

 

「ようやく、お前と向き合えた。何だか、嬉しいってばよ」

 

 眼が痛くなる。

 

 ナルトの言葉に衝撃を受けたものの、感動的とも情緒的とも言えない感覚。やはり、涙は出ない。鼻の奥がツンとする感覚も無い。なのに、どうしてだろう。痛い、視界が黒くなっていくような気がする。

 辛うじて、彼の表情が笑みから、強気な鋭い眼光が上書きされるのが見える。

 

「だったら……決着付けようぜ。ずっと俺は、お前とこうして……戦ってみたかった」

 

 言葉の分水嶺が通り過ぎ、もはや白と黒を付けるだけのシンプルなものへと移行した。それなら、分かりやすい。

 だが……、今の自分で勝てるのだろうか? 恐怖が忍び寄る。

 今のナルトの速度を、写輪眼ですらまともに捉えきれていない。反撃の手立てが一切ないのだ。速度でも届かない。忍術は、最大にチャクラを込めた術でもチャクラに弾かれてしまう。それ以上の術となれば、時間が必要になる。そんな余裕を許してくれはしないだろう。

 

 勝てない。

 

 暗雲が思考に立ち込め始める。視界が揺れる。熱い、熱い。

 

 ナルトが一歩踏み込んでくるのが、事細かく観測できた。いや、時間が緩やかになったのだ。急激に。それに比例するかのように、視界が黒くなっていく。

 

 黒く、黒く、深く、深く。

 

 視界が黒くなり、だが、物の輪郭だけは白く光っていた。

 

 黒は夜空。白は、月明かり。そんな連想が促される。

 

 夜。

 

 ああ、やっぱり。

 

 あの夜と同じなのか。

 

 ──ふざけんな……。

 

 実力を付ける為に、修行をしてきた。フウコを殺すために。

 

 白と戦闘し、修行の量を増やした。

 

 なのに。

 

 ──…………動けよ……。

 

 ナルトの速度は未だ緩やかに観測できるが、自身の身体は重い油に塗れたように言うことを聞かない。水飛沫が視界に入り、光を乱反射して黒い視界の中で白く輝く。星のように、乱雑だ。

 

 ──………動けって……………姉さんを………追うんだろう………。

 

 あの夜を晴らしたい。

 

 あんな夜は、二度と経験したくない。

 

 もう。

 

 ──あんな……夜は……ッ!

 

 フウコに裏切られたと信じ切ってしまった(、、、、、、、、、)、あの夜を想起し、振り払おうとする。

 

 繋がりが絶たれないようにと。

 あの夜の──父と母、そしてうちは一族が滅んだ事を示す血の香りに対しての──喪失感が、方向を反転して、フウコへ。

 そして、ナルトに向かうことによって、確信へと変わる。

 失いたくない。

 大切な、繋がりを。

 眼が、痛い。

 同時に、夜が捌けていく。

 黒い視界が外側から円形に、虫眼鏡で太陽の光を集めるかのように、収束していった。

 

 脳が痺れて、そして──夜を祓い、(そら)()らす黒炎へと至る。

 

 ほんの僅かな、炎だったが。

 




 投稿が遅れてしまい大変申し訳ありません。

 次話は今月中に投稿いたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。