いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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怒りと暴走。そして、怒りと暴走。

 黒炎がナルトの右肩に灯る瞬間を、サスケは直接目視する事ができなかった。黒に覆われた視界が徐々に収束し、ただ一点になった途端に、左眼の痛みが限界を超えたのである。眼球そのものが爆ぜたような感覚と、左側の視界が明滅した衝撃に、思わず手で覆ってしまった。

 

 右手に感じ取れる生暖かい液体の粘性が、涙ではない事を如実に語る。

 

 突如として生まれてきた痛みと出血。しかしそれよりも、サスケの脳裏に起こるのは、ナルトの事だ。

 痛みで目を覆う。それだけの動作だが、今のナルトなら攻撃を実現するのに十分な隙だ。なのに、何も起きない。

 

「うおッ?! 熱ッ! あちぃッ!」

 

 どころか、彼の間抜けな声が聞こえてくる。ナルトは足を止め、左肩を灼く黒炎に悶えるように、右手で炎を払っていた。

 

「なんだ?! 火が消えねえってばよッ」

 

 手で払い、挙げ句に川の水をすくい上げて黒炎に当てるが、面積は徐々に広がり始めている。

 消えない黒炎。

 尋常ならざる炎に、ナルトだけではなく、右眼だけでも眺めるサスケでさえ驚きを隠せなかった。

 

 ──俺が……出したのか…………?

 

 その黒炎には、見覚えがある。

 

 かつてフウコと争ったイタチが発現させた忍術。思い起こした時、右眼で短く辺りを見回した。もしかしたら、と兄の姿を探したのだが、見当たりもせず、右手をゆっくりと離した。案の定、手のひらには血が溢れ、痛みを堪えながら薄く開く左眼の視界には血液の赤がのっぺりと纏わりついている。

 

 そんな視界でも、サスケには別な違和感を抱かせた。

 

 まだ黒炎を消せていないナルトの姿。視界の上を彩る青空。奥の森たち。それらが、どういうわけか、視える(、、、)。今までと何かが変わったのか、言葉が思い付かないのに、視えていると確信出来てしまう。

 

 ナルトの動きが秒未満の細かさで観測できる。

 空の色の極細な変化が見て取れる。

 森の葉葉(、、)たちの動きが遠くないのに音よりも早く観測しきってしまう。

 

 そして──。

 

【ほう。貴様のような餓鬼が、ワシを見通すか】

 

 もはやそれは、見通すという次元で語られる状況ではなかった。

 瞬きをした訳でもないのに、巨大な赤毛の狐の姿がナルトの背後に現れていた。しかし、現れたのではなく、自分がキツネの前に姿を出したのだ。

 辺りは森も空も滝も無い、果てが見えない空間。振り返ると、祭壇のような櫓があり、その上には太陽にも見紛う巨大な球体のチャクラの塊が。そのチャクラからの光が力強く、しかし仄暗く巨大な狐の体毛の赤を強調させていた。

 

「お前は……九尾か………?」

 

 見上げる狐の背後に九つの尾が、山の背に並び立つ木々の唸りのように蠢いていた。波打つ尾の数が示すのは、カカシから聞かされていた、ナルトの内に封印されている者の存在。状況が理解できない最中でありながらも、自然と問いが口をついていた。

 九尾は獰猛な瞳の視線をサスケに送りながらも、喉を鳴らして低く笑って見せた。

 

【無意識にここを見通したのか。貴様のような餓鬼だろうと、目の前にやってこられるのは不愉快極まりないことだ。さっさと失せるがいい。どうせお前にはナルトを止めることは出来ん。尻尾を巻いて木ノ葉に帰れ】

 

 不敵に笑う九尾の口角が動揺を消し去り、声を荒らげさせた。

 

「おい、今すぐナルトにチャクラを送るのを止めろッ!」

【止める訳がないだろう。儂はナルトと契約をしたのだ。ナルトが木ノ葉を滅ぼすまで、力を貸すという契約だ。アイツがチャクラを求めるなら儂は送り続ける。それにだ──】

 

 九尾は視線を上げ、サスケの後方のチャクラの塊を見据えた。

 

【たとえ、儂がチャクラを止めたところで、ナルトはアレを使う。だから儂は協力する事にした。どちらにしろ、ナルトは止まらないからだ。ならば、力を貸す。ましてや木ノ葉を滅ぼすのだからな。愉快だ】

「ナルトは……ただ、木ノ葉を作り変えようとしているだけだッ!」

【結果は変わらない】

 

 と、九尾は豪語する。

 

【ナルトが木ノ葉を変えようとすれば、木ノ葉も抗う。どの戦争もそうだ。儂は何度も見てきた。どいつもこいつも大層な事を言っておきながら、最後は戦争に行き着く。そしてナルトは負けん】

「…………だったら──」

 

 木ノ葉隠れの里を出る時、イタチは言った。

 写輪眼には、九尾を抑え込む力があると。

 幻術に分類されるのか、封印術に値するのか。チャクラの運用が分からない。それでも、写輪眼にチャクラを注ぎ。

 弾かれた。

 

【失せろ】

 

 九尾にとっては鼻息を鳴らした程度だったのかもしれない。

 赤いチャクラの奔流に身体を浮かされ、押し出される。空間から。そして身体は重さを失い、そこで一度感覚は完全に途切れ、やがて現実に戻った。

 身体に重力が伸し掛かる感覚。呼吸の感覚。更には、眼球の激痛。視界には、時間にして一瞬も経過していないのか、黒炎にまだ苦戦するナルトの姿があった。

 

 ──もう一度…………いや…………。

 

 再度、サスケはナルトの中に見通そうとしたが、途中で思考を切り替える。九尾を抑え込む選択は捨てる。たとえ、術を持っていたとしても、意味がない。ナルトには別のチャクラがある以上、抑え込んでも止まらない。

 なら。

 なら。

 

 ──お前をぶっ飛ばした方が……手っ取り早いッ!

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 サスケと視線が重なった時、ナルトは肩を黒炎に灼かれながらも、少しだけ嬉しい気分になったのだ。

 

 片眼から血を流し、おそらく湧き上がってくる激痛を捩じ伏せるような、怒気に満ちた形相。

 

 ようやく。ああ、ようやく。

 

 本気で戦える。

 

 ずっと、こうしてみたかったんだ。

 

 木ノ葉隠れの里を抜けると考えた時は、ひたすらにフウコを想っていたせいで忘れていたのかもしれない。それか、木ノ葉隠れの里を再興する際に、戦えば良いとでも、どこかで思っていたのか。

 音の五人衆と合流し、影分身体を残した時に気付いた。その気付きは、偶発的なものだった。

 

 影分身の術。

 

 その術が持つ特性をこれまで知らなかったナルトにとっては、影分身体が消えた瞬間に獲得した記憶が、まるでサスケが後ろから肩を叩いてきたような錯覚を与えたのだ。

 

 アカデミーに入学した日。

 

 サスケは周りから注目を浴びていた。

 背中に刺繍された、うちは一族の家紋。それが、周りの大人や子供たちの視線を奪っていたのは、里で疎まれた視線を送られ続けてきたナルトにとっては目に見えて分かったのだ。そして、ナルト自身も、その家紋に興味を持った。

 

 生まれた時からずっと傍にいてくれたフウコと、同じ一族の子がアカデミーにいる。しかも同い年だ。

 本当なら、すぐにでも声を掛けたかった。夜にしかフウコとは会えない。だから、昼間の時の彼女を知っているのか、聞いてみたかったのだ。普段もあんなに無表情なのか。暇な日とか彼女にはあるのか。イロミの他に、彼女に友達はいるのか。

 

 だけど、それを尋ねるには、やはり視線が邪魔だったのだ。

 

 周りの子たちは、こぞってサスケに声を掛けていたから。

 教室の中でも、授業の最中に教師の視線を掻い潜ってでも。彼は人気者だった。

 そんな彼に声を掛けられるほど、ナルトは無神経ではなかったのだ。アカデミーに入学してからは、彼に話しかけようか、それともフウコにサスケの事を訊いてみるべきか。曖昧な感情を悶々と抱える日々が続いた。

 

 いよいよ、フウコに尋ねる事にしたのだ。

 

 彼女は言った。

 

 サスケは自分の弟なのだと。

 

 嬉しいような、羨ましいような、そんな感情が背中を走った夜を覚えている。フウコの弟なら、もしかしたら、友達になれるのではないかと。

 

 でも、それは叶わなかった。

 

 彼は優秀だった。

 

 天才だった。

 

 自分よりも遥かに忍としてのスキルに富み、座学では雲泥の差だったのだ。

 そんな彼に、教師やクラスメイトが視線を向けない訳がない。その視線がナルトの足を重くし、教室の床に貼り付けた。

 初めての同年代の友達になるかもしれない。そんな期待が、もしかしたら、自分が彼に声を掛ける事によって破綻してしまうのではないかという恐れ。アカデミーで大した成績が残せていない自分が声を掛けて、良いのだろうか? と、ナルトは子供らしい背伸びをした考えを持ったのだ。

 

 せめて、自分がアカデミーで優秀な成績を残さないと。

 

 そうすれば、周りもきっと評価してくれるかもしれない。

 

 そうすれば、他にも友達が出来るかもしれない。

 

 そうすれば。

 

 サスケと友達になれるかもしれない。

 

 だから、フウコの修行を真剣に行った。教えて貰える事が、彼女との繋がりの再確認になった上に、サスケと友達になれる近道。一石二鳥だと考えた。残念な事に、どうにも勉強は苦手だったナルトは教室内の授業では居眠りが多少あったりもしたものの、スキルの面では徐々に力を付けてきた。

 

 いつしかナルトは、サスケを目標にしていたのだ。

 

 授業では、体術の模擬戦が行われる事が何回かあった。その時に、彼と対峙して、対等に戦えるようになれば……そんな事を考えていた。

 木ノ葉隠れの里の中では、終ぞ、その望みが叶うことは無かった。

 

 だから、嬉しかった。

 

 本気で怒りを滲ませる彼を前にするのが。

 追いつかれた時に挑発するように話してみせた。挑発するように追いかけさせた。挑発するように、言葉をぶつけた。勿論、本音ばかりの行動でもあったが、ここでようやく、彼は怒ってくれたのだ。

 

 真剣に、怒ってくれた。

 涙が。

 ああ、涙が。

 涙が出そうなくらいに、嬉しいような──悲しいような。

 ここはもう、木ノ葉隠れの里ではないのだ。

 

【今更、情でも湧いたのか?】

 

 内側で九喇嘛が嘲笑ってくる。

 

【だったら、今すぐにでも身体を寄越せ】

 ──ウルセェってばよ……、九喇嘛。分かってる。

 

 肩を灼く黒炎の痛みが感動や情緒というものを消し去ってくれる。

 真剣に戦う。それは手段だ。目的は、遙か先。

 

 チャクラを──九喇嘛から送られてくる九尾のチャクラを加えた──強く放出する。その強さに、自身の肉体がチャクラに押し潰されてしまうかのような重圧を感じ取る。チャクラの純粋な放出は、対象を燃やし尽くすまで燃焼し続ける術でさえ肉体から離脱させ霧散させた。

 肩口の衣服は炭になって、その下にある皮膚は真っ赤に腫れ上がっている。

 

「今の術、何だってばよ。全然消えねえし。そんな術、持ってたのかよ」

 

 九尾のチャクラの重圧に耐えながらも、余裕な笑みを浮かべて見せると、サスケは怒りを滲ませながらも、手についた血涙を川に落とすように軽く手を振った。

 

「……テメエに教える訳ねえだろ、ウスラトンカチ」

「へっ、そうかよ」

 

 もう、互いに言葉は必要なかった。

 

 視線が重なったまま。

 

 一枚の木の葉が、二人の間の川面に降り立ち、寸にも及ばない波を生み出した時、互いに足を踏み出した。

 速度は、やはりナルトが上。一歩の踏み出しで、サスケの五歩分の距離を移動する。右手を振りかぶり、拳を叩き込もうとした。ナルトがまともに発現できる影分身の術は、九尾のチャクラを纏った今は使用できない。

 あまりにもチャクラの量が多いということが原因だ。ただでさえチャクラコントロールが苦手なナルトは、修行も無しに影分身の術を今の状態で発現できないのだった。

 

 体術偏重の攻め。

 

 投擲するクナイよりも早く動けるナルトにとって、まともな攻撃手段はそれだけだった。

 振りかぶり、そして放つ拳。

 それをサスケは、身体を半身にするようにして躱した。

 滑らかな動き。これまでの彼とは違う、鋭さを無くした脱力したかのような動きは、ナルトの拳が眼前の空を切ったのを観測しきった途端に早くなる。腹部を蹴り上げられた。

 

「……ッ!?」

 

 九尾のチャクラと言えど、チャクラはチャクラだ。物質ではない。直接的な力に反発する程の硬さはない。チャクラコントロールを行わなければ、力を発しないのだ。

 サスケの蹴りをまともに受けたナルトは後方へ身体を飛ばされた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ──視えるッ!

 

 ナルトの動きが、さっきまでよりも鮮明に、細かく観測できた。同時に、観測できる予測に対しての正しい動きが瞬時にイメージされる。まるで視界が脳に指示を出しているかのように。

 

 右拳が左顔面を撃ち抜こうとしてきている。

 身体を反らす。

 蹴りを入れる。

 蹴り足にはチャクラを集中させて、押し出すイメージで。

 それらの動作に、サスケの意思は全く介在していない。

 

 家の鍵を掛ける時の無意識のように、とも自然と行えたのだ。

 

 後方へ飛ばされたナルトが水面に着水する。その瞬間にビジョンが視界に映し出された。縦横無尽に動き回り、撹乱してこようとするナルトの次の動作。

 現実のナルトが同じ軌道を描いて動き出す。

 速い、とサスケは感じながらも視界からは逃さない。

 

 ──あのバカも、自分の視界を失わない速度でしか動けねえんだ。俺がアイツを見失わねえなら……ッ!

 

 カカシのオリジナル忍術である雷切を、サスケはふと思い出す。

 右手にチャクラを集中させた一点突破の攻撃特化の忍術。波の国で、暴走したナルトに使用されたその術は、単純に集中させたチャクラで相手を突くというシンプルな運用がされている。

 

 彼が言うには、攻撃という面ではトップクラスの術であると同時に、使い勝手の悪い術でもあると語った。

 

 長く持続できる術ではなく、そして突くという使用方法であるために、カウンターを完全に避けれる保証が無ければ使用が出来ない。そのために、カカシは片眼の写輪眼と併用することによって、ようやく使用に至っている。

 

 ナルトも同じだ。

 

 どれほど速度を上げても、九尾のチャクラを纏っても、カウンターに対処できる──最低限でも、攻撃対象であるサスケを見失わない──速度でなければ意味がない。

 写輪眼を持たないナルトの速度は、確かに速い。上忍と対峙した事はないが、九尾のチャクラを纏ったナルトの動体視力がどれほど底上げされているか分からないが、こちらが動きを見通せる(、、、、、、、、、、)というなら、動体視力という土台ではこちらが上だ(、、、、、、)

 

 ナルトが背後に来た瞬間には、既にサスケはカウンターの姿勢をとっていた。

 

 左手にクナイを握り、右手を前へ。まるでそこに収まるように、ナルトの蹴り上げが。右手で足を僅かにいなし(、、、)ながら懐へ。

 クナイを腹部目掛けて突き出すが、その時、ナルトのチャクラが動き出す。

 さながら九尾の鉤爪が、クナイを受け止める。

 

 ──九尾が動かしてんのかッ!

 

 チャクラを鉤爪に変形させるなんて、そんな繊細なチャクラコントロールがナルトに出来るはずがない。

 九尾の不敵な笑みが思い出される。彼がナルトのフォローに回っている事に、サスケは舌を打つ。邪魔をするな、という言葉さえ口から吐き出しそうになったが、その前にナルトがいなされた蹴りをそのままに一回転するように回し蹴りを放ってきた。

 

 突如の九尾の介入への驚嘆が、写輪眼の予測を意識から外してしまっていたのだ。

 寸でのところで右手でガードするが……威力が違った。

 骨が折れる音が、耳に響いた。

 枝葉を摘むような軽々しさと共に、力の入らなくなった腕ごと衝撃は顔面を捉えて、川を転がされる。

 激痛が脳を(つんざ)く。

 

 ──……流石に…………あの距離じゃ対応できないか……………。

 

 蹴りをガードしたのは、およそ右手首。指一つ動かそうとすると、赤を通り越して青く膨れ上がった手首が悲鳴を上げる。

 印は結べない。が、どうでもいい。

 今のナルトの速度に追いつける忍術を、サスケは持っていない。

 

 ──むしろ……術に頼らねえ方が、頭がスッキリする。

 

 下手な欲を出さなくて済む。戦闘の緊張と、怒りを抱えるサスケの思考は、手首の痛みさえも置き去りにして前進する。写輪眼をナルトに向けた。

 

 観測が。

 

 ナルトは動き、蹴りを、拳を。

 

 サスケは躱し、対応し、迎撃し。

 

 二人の動きは対称的だった。

 

 サスケは動かず、彼を中心にナルトが縦横無尽に動き回り、時折二人の影が重なる。クナイの音がぶつかり合う音が聞こえる事もあった。

 

 打撃を与えているのはサスケの方だった。ナルトの攻撃を躱しながらも的確にカウンターを入れる事が出来る、視力の差である。それでも、決定打とは言えない。ナルトにダメージを与えても、九尾のチャクラがそれを補っているせいだ。

 もう何度目かの攻撃の交差。二人が互いを弾くように吹き飛んだ。

 ナルトはサスケの蹴りをまともに食らい。

 サスケは九尾のチャクラの打撃を躱しきる事が出来なかった。

 

「くそッ! ふざけやがってッ!」

 

 拳を、蹴りを、ナルトに打ち込むほど。

 クナイが互いにぶつかり合う度に。

 苛立ちは積み重なっていく。

 思い通りになってくれない全てに。

 ナルトの意思も。

 置いてきた自来也たちが未だ追いついてこない事にも。

 九尾の意思にも。

 今の自分が……ナルトを止める力を持っていないのも。

 全てへの苛立ちが──。

 

「これじゃあ、埒が明かねえってばよ」

 

 起き上がるナルトは、微かなフラつきを肩に着せて、子供っぽい笑みを浮かべていた。何度も打撃を与えていたおかげか、凶悪な九尾のチャクラを纏いすぎたせいか、どこか眠たそうな、柔らかい笑みだった。

 

「こっちの攻撃は当たらねえわ、九喇嘛の奴が勝手に手ぇ出してくるわ。……これで、最後にするってばよ」

 

 言葉を紡ぐと共に、ナルトの表情は重々しくなり、ふと右手を空中にかざしてみせた。

 最初は空気が逆巻いたのだ。立体的な渦がナルトの右掌で形成されていく。赤いチャクラが集約し、集い、一極点へと纏まっていく。

 

 写輪眼を発動していなかったとしても、そこに形成されるのが何か、サスケはあまりにも知ってしまっていた。

 

 カカシの下忍承認試験で使ってみせた、術。

 

 螺旋丸。

 

 膨大な量のチャクラは一纏めにされて、完全な球体を作り出す。その結果は、彼が積み上げてきた努力の結晶だった。これまで直向きに努力してきたナルトだからこそ成し得た忍術。

 

 躱せない。それが、サスケの意識が導き出した答え。

 

 ナルトの攻撃を躱すことが出来たのは、写輪眼とナルトの動体視力との差が、自身の反射神経と身体能力が幾分か上回っていたからだ。故に、自分から攻めることはしなかった。自分の速度ではナルトに追いつけず、そして自分の速度とナルトの速度が合わさった攻撃の交差は、写輪眼で動きを完全に捉えても、自身の反射神経と身体能力が追いつかない速度の世界だから。

 

 ギリギリ(、、、、)のところを確実(、、)に躱してきたのは、ひとえに、ナルトの攻撃の範囲が限られていたおかげだった。

 

 作られた螺旋丸は、人の頭を軽々と呑み込んでしまう程の大きさ。

 

 回避は間に合わない。螺旋丸に対抗できる術も。

 

 苛立ちが……サスケの前進を止めさせはしなかった。

 

「来いよ。俺もいい加減、お前を思い切りぶっ飛ばしてやりたかったところだ」

「何度も殴る蹴るをしてたじゃねえかよ」

「うるせえ。黙れ」

 

 黙れよ。

 話が出来るなら。

 もっと別の話をしろよ。

 フウコの話とか。

 火影になる話とか。

 

「いくぜ、サスケ」

 

 本当に、黙れよ。

 左手にチャクラを。

 写輪眼を長く使った影響で、残り少ないチャクラを全て集中させる。

 付け焼き刃の螺旋丸を形成する。ぶつかれば、間違いなく吹き飛ばされるだろう小さなチャクラの塊を前にしても、サスケは言ってみせた。

 

「さっさと──来いッ!」

 

 まるで、鏡合わせのように。

 二人は同時に踏み込んだ。

 互いに視線を一切に逸らさずに。

 ぶつかる。

 互いの衝撃は、ほんの一時の音と強い光を生み出したが、様相はすぐに傾いた。サスケが押され始めたのだ。

 

 ──何がなんでも……止めるんだッ! こいつを……ナルトをッ!

 

 強大なナルトの螺旋丸を、脆弱な自分の螺旋丸が押し留める事を可能にしているのは、サスケの精神力だけだった。チャクラは肉体エネルギーと精神エネルギーの混合物だ。怒りを込めたチャクラの強度が、押し留めていたのだ。

 

 衝撃を受け止めた左腕は感覚が無い。肉体エネルギーの底が付きかけている事を示している。折れているかもしれない。

 

 疲れが脳を固くしていく。

 

 眠気が怒りを重くし、精神エネルギーさえも呑み込もうとしていた。

 

 螺旋丸は、形を解き始めてしまう。

 

 激痛と、眠気が、意識を──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サスケくん、大丈夫?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、幻聴だった。幻聴であったのは、間違いない。

 

 姉の声。

 

 もう意識を失ったのかと、矛盾した事をサスケは考えてしまった。

 

 ここに姉がいる訳が無い。声をもし自分が拾っていたのなら、ナルトにも聞こえているはずだ。気がつけば頭を垂れていたようで。意識を失ったのは一瞬だけだったようで。

 

 まだ身体は勝手に、螺旋丸を継続させていた。

 

 心が起き上がらない。

 

 怒りが、足りない。

 

 ──……え?

 

 チャクラがもはや枯渇しかかっても、惰性のように螺旋丸を維持させようと顔を上げた時だった。

 

 

 

 フウコが、奥の森に立っていたのだ。

 

 

 

 白い着流し。

 

 年月を経て長くなり過ぎた、ややウェーブのかかった黒髪。

 

 赤い瞳。

 

 ──姉さん?

 

 彼女は、ただ森の傍で佇むだけで、こちらを眺めている。

 幻じゃない。

 写輪眼はまだ、継続できている。

 

 確かに、そこにいるのだ。チャクラを纏って。

 怒りが。

 喜びが。

 悲しみが。

 感情が、脳を焼き、神経を焦がし、眼球を痛めた。

 

「────────────────ッ!」

 

 声は出せなかった。

 身体が疲弊しているせい。

 それでも、叫んだのだ。

 

 姉さん、と。

 

 螺旋丸が黒炎に包まれる。

 

 意図した訳ではない。意図できるほど、サスケの意識は定まっていなかった。

 

 力の暴走。

 

 暴走は感情に引きづられ荒々しく、残り僅かなチャクラでさえも放出してサスケの肩からユラユラと立ち昇る。

 

 立ち昇り、広がり……人の形を──。

 

 自身の左手に、巨大な紫の人の手が重なった。黒炎を巻き込み漆黒となった螺旋丸は、辺りの空気を膨張させて、巨鳥(おおどり)が鳴くような音を出させた。黒炎はナルトの螺旋丸に移り、チャクラを外側から削っていく。

 

 黒炎を押し込むように、サスケの左手に、巨大な紫の人の手が後押しされる。

 

 チャクラはぶつかりあい──そして──。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 歩いて。

 

 歩いて。

 

 気分は、宝探し。

 

 森を歩くのは久しぶりだった。

 

「ふーん、ふーん。ふふーふん。ふーん♪」

 

 平坦な鼻歌を唱えながら、フウコは歩いていた。無表情な彼女だったが、頭の中は美しい思い出に囲まれていた。

 

《ほらほら、フウコちゃん。一緒に鼻歌しようよ》

 

 幻術に魅入られたフウコの視界の前には、自分の手を引いてくれる親友の姿があった。

 

《どんな宝物があると思う?》

「綺麗なものがあるんじゃないかな」

《今日もいっぱい、遊ぼうね》

「そうだね。イロミ(、、、)ちゃん」

 

 フウコの中にいる、もう一つの人格が、おままごとをするようにフウコを動かす。自分が遊べないなら、代わりにフウコを使って遊んでいる。フウコにとっては屈辱的な幻術でも、意識はそれに逆らえない。

 ただただ歩いていく。

 

 彼女(、、)の嗜虐的な遊びが、その偶然を招いたのだった。

 

 終末の谷。

 

 そこで争う二人の少年らの姿を見た。

 中の彼女は悪魔的な発想をここで思い浮かべ、幻術を解いた。ケタケタと嗤う彼女の声は届かないままに、フウコは正気を取り戻してしまった。

 

「……あれ? ここは……………」

 

 夢にでも覚めたように、フウコは辺りを見回した。

 アジトじゃない、明るい外。滝の飛沫が潤す豊かな空気は唇を優しく包み、吸い込む空気が洗われるようでもあった。

 久しぶりの外に驚きと、そして気分が晴れていく感覚に感動したが、すぐに心臓を強く跳ね上がらせる程の不穏が視界に入り込んだ。

 見渡した景色の中。そのほぼ中央に、二人の少年が、川の上に浮かんでいた。共に上向きに浮かんでいたせいで、すぐに誰だか分かってしまった。

 

 大切な子供二人。

 

 サスケとナルトだった。

 

 それを目撃したフウコは──凶悪な笑みを浮かべた。

 

「ああ………フウコちゃんの幻術か」

 

 森から足を踏み出す。

 足の裏は地面や枝に傷つけられ、皮膚が剥がれ、肉の間には泥が入り、強烈な痛みを与えているというのに、フラフラと近づいていく。

 

「二人が、こんなところにいる訳が無いのに。こんなのを見せて私を動揺させるつもり? ふふふふ、馬鹿みたい。腹立たしい。私が外にいるのもオカシイんだ。これは幻術(、、、、、)幻術なんだ(、、、、、)。だから、だから………」

 

 邪悪に嗤うフウコは、はっきりと口にした。

 

「ムカつくから、この幻術はぶっ殺さないと」

 




 必ず、と明記しておきながら投稿が遅くなってしまい、大変申し訳ございません。

 次話は4月中に投稿いたします。

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