僕の艦隊これくしょん ~提督になれば艦娘とイチャラブできると思っていた~ 作:荒井うみウシ
前話よりちょっとだけ前の時間でおきたことです。
早朝、日の出直後の澄んだ空気の中、日課の鍛錬のために鎮守府内の弓道場へ向かう。
ふと弓道場設置の依頼をした際の提督とのやりとりを思い出す。
艦載機の扱いに弓を扱うとはいえ、弓道ではなくどちらかといえば弓術のほうが近く、そもそも技量のほうは自己鍛錬ではほとんど伸びず、戦闘をこなし、艤装の練度をあげなければ効果はほとんど出ない。
故に鍛錬とは言っても体を鍛えるのではなく、精神を鍛えるためのものだ。
どうしても自分にはどこか慢心があるのではないか?という疑問が頭から離れないのだ。
きっと自分の中の何かが自分では気づいていない慢心に気をつけろと警告しているのだろう。
そして戦場における慢心がどれほどの被害をもたらすのかは艦であった頃の記憶が雄弁に語っている。
艦娘である私たちには違和感の無いこの事実は提督には受け入れがたい内容だったようで、はじめは首を傾げていたが、今ではもうそういうものだと割り切っているようだった。
そのようなことを考えながら弓道場に近づくと、微かに音が聞こえる。私ぐらいしか使う人が居ないはずであり、その上この時間だ。不審に思いながら近づく。
すこし変わってはいるが、誰かが弓を射る音のようだ。
気配を隠しながら弓道場の中に入り、様子を伺おうとすると声がかかった。
「おはよう。赤城さん」
提督がすこし変わった装いで、見慣れない弓?を持ちながら凛々しく立っていた。
「おはようございます」
気配を消しながら近づいたのに気づかれていたことと、彼がいることの動揺を悟られないように勤めて平穏なトーンで挨拶をする。
しかし一体どうして彼がここに?
あの装いは何なのでしょうか?
胸当てに腰には矢筒、左腕には奇妙な板を内側につけている。
あの変わった弓?を扱う際の装備なのでしょうか?
「朝から早いですね。鍛錬ですか?」
手にしていた弓?を専用の機材に設置しながら問う提督。
「えぇ、出撃予定がなければ日課としてこちらに」
いろいろと疑問と興味が交錯するなか、変に思われたくないが故に無難な返答をする。
「では僕は邪魔にならないようさっさと片付けて去るとしますよ」
「まってください」
彼の腰には矢の入った矢筒があり、弓のようなものまであるのだ。
こんなことをしているなんて他の娘も知らないだろうし、知るチャンスも滅多に無いだろう。
そう思うとつい逃してはならないと喰い気味になってしまった。
「見慣れないものですがそちらも弓なのですよね?よろしければ射る姿を見せていただきたいのですが」
彼は少考したのち、自信なさそうに答える。
「あまり上手くはありませんので、期待しないでくださいよ?」
そう言って再び弓?を手に取る。
軽く手元で何かをした後、的が体の横になるようにして立つ。
改めて的を見てみると、普段使っている的とは異なるカラフルな的が貼り付けてあった。
一本、黒く細い矢を手にすると彼のまとう空気ががらりと変わった。
酷く静寂で、目の前にいるのにそこに何も無いような不思議な空気。
音ひとつ無く彼が矢をつがえる。
そこで軽く一呼吸した後、じっくりとしているようで手早くスムーズに弦を引く。
カチッと音がしたかと思うと軽く空気を切る音がする。いつの間にか矢は放たれていた。
すぐに的を見ると黒い点が的の中心のすこし上に増えている。
再び彼に目を戻すとすでに次の矢をつがえ、弦を引く直前だった。
今度こそ放つそのときを見逃さないと意気込み、彼に注目する。
先ほどと同じ手順で徐々に弦を引いていく。
カチッとまた音がするとともに矢が放たれた。
普段の事務方に徹している彼からは見ることが滅多にできないその姿にしばし目をとられ、時間が止まったかのように感じた。
ふと瞬きをすると時間は流れ出し、弓が前に倒れるように回転した。
左手首に紐をつけていて、それで弓が落ちないようになっているようだった。
再び弓を手にし、三射目を再びつがえる。
背筋を伸ばし、力みすぎず、かといって脱力しすぎていない状態のまま弦を引き始める。
またカチッと音がすると矢が放たれる。
三射目が的に刺さり、間を空けた後、空気が散漫としていくのが感じ取れた。
どうやら三射で終わりのようだ。
「まぁこんな感じです」
軽く照れながらこちらに体を向ける提督。
見とれてほうけた顔を見せるのは失礼だとおもい、顔を引き締める。
「すばらしいです。私のつかっている弓とはだいぶ形状が異なりますし、引き具合も違うので一概にはいえないと思いますが、とても良いものだとわかりました」
感想を述べると提督は恥ずかしそうにしながら弓?を置く。
「赤城さんにそういっていただけるとお世辞でもうれしいですね」
お世辞のつもりなんてないのですけどね。
「それじゃ片付けるからすこしまってくだしあねぇ~」
茶化すように砕けた物言いで提督は片づけを始めた。
彼のあとについて歩きながら好奇心が抑えきれず尋ねる。
「提督のお使いになっている弓はいったいなんなのでしょうか?機械的な雰囲気が強いですし、なにより前に突き出てる棒は一体何なんでしょう?」
提督の扱う弓は短く、いくつかの部品に分かれているようであり、特に目立つのは中央付近に付いている棒だ。
「あぁ、これはアーチェリー用の弓なんだ。赤城さんが扱っているのが和弓でしょう?僕のは洋弓て部類になりますね」
的の矢を抜きながら提督が答える。
「前に付いている棒はスタビライザーって言って、矢の命中精度を上げてくれる装置なんだ」
抜いた矢を腰の矢筒に入れる提督。
「僕がやってるのはあくまで得点狙いの競技だからね。弓の扱いを通じて己を鍛える弓道と違って、ある程度は装備にものを言わせてあてにいくのも十分有りなんだ」
説明を続けながら的をはずし始める提督。
「それをつけたら艦載機の扱いもよくなるのでしょうか?」
思いついた疑問を投げかける。
「さすがにそれはないんじゃないかな?艤装による艦載機の扱いは単なる弓の扱いではないって教えてくれたのは赤城さんじゃないですか」
てきぱきと片づけを進めながら答えてくれる。
「興味があるなら貸しますけど、赤城さんの目的からすると和弓のほうがあってるとおもいますよ?」
提督と共通の話題が持てるならやってみようかと心が揺らぐ。
だがひとまず待とう。急いてはことを仕損じるといいますし。
「では機会があればお借りしたいです」
断っておいてなんですが、惜しいことをしたかもしれません。
・・・考えてみれば仕事ではないことで提督とご一緒できることを逃すのはやはり惜しいですね。
「あの、もしまだお時間があるのであれば、私の
未練がましく声をかけてしまう。
普段執務室に篭らなければならないほど忙しい方なのだが、私たちが頼めば無理をして時間を頼むだろう。
結果彼に何か起きてしまっては遅い。だから私たちのほうでそういったことは控えるようにしようと話していたのにもかかわらず、つい言葉が漏れてしまった。
「ではお言葉に甘えて見学させてもらいますわ」
私に無用な気遣いをさせないためか、いつもの特徴的な話し方で答えてくれる。
おちゃらけて、不真面目な態度をみせているが、それは私たち部下に不必要に緊張をさせないためであり、その本質はどこまでも誠実かつ真面目、その上とてもやさしく、常に私たちを気にかけてくれている。
彼のこういうところに私は付いていこうと思えるのだ。
ただ、そんな彼だからこそ
なんという欲望がふつふつと湧いてしまう、湧かせてしまうのが彼の難点ではないかとも思ってしまう。
ちなみにアーチェリーなのは作者が齧ったことがあるからです。
初期投資がとてもかかりますし、やれる場所が非常に限られていますが、やってみるととてもおもしろい競技ですよ。