笛吹いてたら弟子に推薦された   作:へか帝

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いたずらに擬人化させていくスタイル


インビジブルババア

 

 親方との雑談を済ませた後、工房の脇の階段を登った先、丘の上の見晴台に来ていた。最上部の星の船よりはいくらか低いものの、アステラを一望するにはほど良い高さの高台だった。崖際には簡素なやぐらがあり、工房の熱気を冷ますのに心地いい風が吹いている。いわゆる穴場なのか付近に人の姿はなく、聞こえる喧騒も遠いものだった。

 木造の屋根の下で、ぼんやりと古代樹を眺める。きっとあの大樹のどこかで恐ろしい弟子たちが笛を吹いているのだろうなどと考えながら。

 

「なんだい坊主がいっちょ前に黄昏ちまって。随分痩せたじゃないか」

 

 突然、最初からそこにいたように一人の老婆が現れた。いや、きっと本当に最初からそこにいたのだろう。

 夕焼けに夜を下したような不気味な紫の衣装だった。視線を切るような、大きすぎるつばのとんがり帽子に、継ぎ接ぎだらけのように見えて、しかし縫い目がどこにも見つからない奇妙なローブ。まるでおとぎ話に出てくる悪い魔女だった。腰を低く丸め、顔は巨大なとんがり帽子ですっかりと隠れてしまっている。

 

「……ユーリアさん」

「あんたも古い名前であたしを呼ぶね。せっかく姿を変えても意味が無いじゃあないか」

 

 この胡散臭い婆さんは会うたびに姿が違う。前回はシルクハットの紳士で、その前はくたびれたコートの男だった。声も背格好も、性別も異なっているが、

 毎度共通するのは誰もいないはずの空間からぬるりと現れることだった。

 ユーリアという名前は俺がまだ駆け出しハンターだった頃、初めて彼女と出くわした時名乗った名前だ。

 ハンターとしての俺の第一歩は武器を扱う練習だった。だって当時じゃ狩猟笛の使い方なんて誰も教えてくれないからね。採取クエストの合間に笛の吹き方を試行錯誤していた。まだオルゲールではなく、竜骨を削り出して作られた狩猟笛のプロトタイプだ。前世含め楽器の経験は持ち合わせていないんで奏でる音はひどいもんだったんだが、聴くに堪えなかったのか文句を言いに来たのが最初の邂逅だ。その時はヴェールで顔を覆った貴婦人だった。

 木漏れ日の差し込む森丘の奥地でのことだった。滅多に生き物の立ち入らない場所で、モンスターだってモスかアイルーくらいしか姿を見せない場所だから声をかけられて驚いたのを覚えてる。そんな辺境にまで顔を出すほど俺の演奏はひどかったって事だな。正直すまんかった。

 自宅に白いドレスの少女が突撃してくるよりも前の話だったが、あんな怪しいを極めたような紫色を見たら正体察するよね。腐っても転生者なんだ俺は。

 

「こっちに来てたのか」

「葬送くらいはしてやらないとねぇ、古い友人のよしみさ。ほら、あんたら人間がゾラなんたらとか呼んでるアイツだよ」

 

 あらやだお知り合いでしたのね。嘘だろこのババァいくつだよ。え? あのゾラ・マグダラオスの通常では考えられない規格外のサイズの秘密は、超々高齢であるが故って話だろ? 俺は詳しいんだ。研究所の爺さん達とはよく話すからな。そのマグダラオスと古い友人? 古龍の寿命ってなんぼですか……?

 

「あんた古王様の片鱗を抱えたまま追っかけまわしただろ? 老いた龍を脅かすような真似は勘弁してやりな」

 

 とんがり帽子をぐらりと傾けて老婆が咎める。たぶん俺を見上げているんだろうがまだまだ顔がつばで隠れて見えない。もはや一種の巨大なキノコのようだ。

 

「だが、あれをどこかに置いて離れるなんざ怖くてできねぇぞ」

「何処に捨てたって手元に戻ってくるから心配はいらないよ。ま、あんたが肌身離さずもってるお陰で古王様も機嫌が良くて結構だけどね。自分で外堀埋めてくれる分には困らないからねぇ」

 

 墓穴を掘ったともいう。

 ていうか捨てても手元に返ってくるってマジ? 呪いのアイテムかよ。偉大なる航路のビブルカードとは訳が違うんだからな。虚化の仮面でも可。

 

「あたしゃ龍大戦よりずっと前から古王様の臣下だけどね、あんなお姿は永らく見てなくてねぇ。今も坊主のことを手ぐすね引いて待ってるだろうよ」

 

 そうやって重要情報ぽろぽろこぼすのやめてもらえませんかキャパオーバーなんですけどこれから研究所にどんな顔していけばいいんですか。

 

「もうわかるだろう? あたしは古王様の臣下だ。とどのつまり応援してんだよ。ま、無茶の無い範疇で便宜図ってやろうじゃないか。借りを返す分も含めてね」

 

 ユーリアさんが便宜を図ってくれるって何それすごい。でもその権利行使したら外堀埋まるどころか正門開放レベルまで追い詰められない? 

 そもそも借りを返すってなんだ。この婆さんに貸しを作るような偉業を成し遂げた覚えはないぞ。

 

「貸しを作った覚えはないぞ」

「あるとも。あたしの仕事の話だよ」

「ますますわからねえな」

 

 そもそも仕事ってなんだ。仕事とかあるのか。古龍だよね? 俺が深読みの勘違いしてるだけでユーリアさん健全な人間なの?

 

「あたしは顔が広くてねえ。忍び込むのも逃げ出すのも得意。加えて平和主義者で名が知られてる。非力なあたしがこれほど生き永らえることができたのはそういうことさ。

 このあたしに課せられた仕事は、斥候みたいなもんだよ。不意に暴れ出すような無粋なやつがいないか、見張るわけだね」

 

 だから、と老婆が続ければ、ひときわ強い風が吹いた。つばがぶわりと揺れて初めて口元に胡乱な笑みを浮かべているのが見えた。

 

 

「この前気が立ってる龍に坊主のことを教えて回った」  

「ババァお前なんてことを」

 

 古龍の謎ネットワークの秘密はお前か。何でそんな超重要案件黙ってたこの野郎。俺が抗議の視線を向けていると、ユーリアさんは笑いを堪えるように肩を震わせ始めた。

 

「まァまァ、どうせ古王様と知己なんだ、それに比べれば他は石ころみたいなもんじゃないか。心配しなくたってコンサートの最低限のマナーとして人の姿を真似るように言いつけてある。実際今まで龍の姿のまま顔を出すような無粋なやつはいなかっただろう?」

 違いますーインフレして感覚おかしくなるけど古龍ってだけでやばいんですー。人の姿とっていようが古龍特有の威圧感というかそういうプレッシャーは健在なんだからそこらへんのアフターケアしっかりしてよね。

 

「冗談は口だけにしてくれよ。緊張と過労で死んだらどう責任取ってくれる」

「そりゃあ杞憂だね。古王様がすっとんできて、そんで血を捧げられて眷属になるだけだよ。人としての生を全うするまでちょっかいをかけてこないのは古王様なりの気遣いさね」

 

 久々にワロタ。祖龍様ってばなんでもありだなぁお茶目なんだからもうー。馬鹿野郎お茶目で済まされるか。眷属ってなんだよ吸血鬼か何かですか俺はどうなってしまうんですか。

 おかしい。どうしてこうなった。俺はただ笛を吹いていただけのはずだ。それがなぜこんな死後の就職先が決定するような事態になる。どこで道を誤ったんだ。調子ぶっこいてお名前呼んだあの時ですね分かります。

 

「そんなことより坊主、お前さんあのクソガキを追うんだろ?」

 

 そんなことってあなた。生粋の人間としてはそんなことでは済まされないレベルのお話でしたけどね。というかクソガキって誰の事だ。あんたからしたらみんなクソガキじゃん。

 

「何呆けてるんだい、現王を斃した狩人に頼まれていただろ?」

「聞いていたのか。知り合いのようだが、クソガキ呼ばわりとは相当だな」

「あの輩はね、老いさらばえ眠らんとする同胞の肉を喰らう悪食だよ。あたしゃ好きになれないね。古い友人もいくらか餌食になっててねぇ、流石のあたしも心中穏やかじゃいられない。あんたが懲らしめてくれるってんなら、清々するね」

 

 古龍を喰らう古龍ってポテンシャルすごそう。どう考えても体内に喰らった古龍の強大なエネルギー秘めてるよなぁ。

 しかしユーリアさんの期待には応えられそうにないぞ。新大陸の古龍を相手に正面切って戦えるほど俺は元気じゃないんだ。

 

「あくまでも承ったのは調査だぜ。懲らしめる所までは保証できねぇな」

「そりゃ残念。だが気を付けるんだよ。奴は天候を操るような力はないが、古龍を喰らって得た力を全て膂力と再生力に回している。様子見だけと気をぬかないことだね」

「肝に銘じておくぜ」

 

 本当にな。古龍との戦闘なんざ俺の身の丈に合ってないことぐらい百も承知だ。せめて心構えだけでも万全でなくてはならない。いつもそうしてきた。うっかり逝ったら永久就職コースだからな……。

 

「最後にひとつ警告だよ。この大陸は今ちょいと様子がおかしい。あんたらの調査とやらも一筋縄でいくと思わないことだね」

「もう40年も難航してるんだ、今更いい方向に向かうなんざもちろん思っちゃいないけどよ──」

「あーっ! 師匠ようやくみつけましたよ!」

「ん?」

 

 背後から俺を呼ぶ声がして振り向くと、セレノアが丘を登りながら顔を出していた。そういえばもう弟子連中が調査にでてからそれなりに時間が経つのか。背中の狩猟笛にまだ土汚れや返り血が付着しているのを見るに、こちらに戻ってても休憩を挟まず俺を探していたらしい。少し悪いことをしたかもしれん。

 

「アステラにこんな場所があったとは。どうりで姿が見えないわけです。でもこんなところで何をしていたんですか?」

「何ってお前、そりゃあ……」

 

 ユーリアさんと話していたに決まっているだろう、と言いかけて気づいた。あの不気味な老婆が佇んでいた場所には、もう影も形も残っていない。何の痕跡も残さないあたり手慣れているな。おそらく俺が振り向いた隙に姿を消したのだろう。彼女としては俺以外の者に姿を見せるつもりはないようだ。だったら俺もそれに合わせるのが筋というものだろう。

 

 

「しじまの向こうと話していた」

 

 

 

 

 




オオナズチはババアにするって心に決めてました。
どうせもう新大陸にいるんだろオルァァン!?
「しじまの向こう」はオオナズチのクエスト名です。カプコンさん言葉選びのセンスが天才的すぎる。

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