貴利矢「有名な話だけど、日本におけるバレンタインデーはお菓子メーカーの策略なんだよね。この時期になると多数の企業が"このレース乗らない手はない"と考えるようになる。そして毎年、多くの人々がのせられちゃう。今回はそういうお話」

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【ホワイトデー】ニコ「もう我慢できない!」

「決まった! グランプリの栄光を手にしたのはM選手だ!」

 

 

 七年前、まだ小学生だった頃、私は産まれて始めての挫折を味わった。ゲームの大会で敗北を喫したのだ。私はいつかリベンジすることを決め、いっそうゲームにのめり込んでいった。

 月日は流れ、私は年収一億のプロゲーマーになっていた。これでようやくあいつをぶっ倒せる。私はそう思った。だけど再会しても、彼は取り合ってくれなかった。かつて私を打ちのめした相手は、ドクターとして一つしかない命を懸けて必死に戦っていたのだ。その後様々なことがあって、私の考えも変わっていった。

 そして今、私は金欠に苦しんでいる。

 

 

「なに言ってやがる。年収一億はどうした?」

 

 

 彼の名前は花家大我。私の主治医であり、花家ゲーム病クリニックの院長だ。ちなみに今、私はここで働いている。

 

 

「ほとんど幻夢に注ぎ込んだから残ってないの! 新作ゲームを買えないなんてマジあり得ないんだけど!」

 

「筆頭株主ならゲーム一つくらい貰えねぇのか?」

 

「無理って言われた。余裕ないんだって」

 

「お前に株は向いてない。足洗った方がいいと思うぜ」

 

「はぁ!? 私のお金をどう使おうが私の自由じゃん!」

 

「なら勝手にしろ。それよりそろそろ休憩終わりだから準備しておけ」

 

「はーい」

 

 

 腰掛けていたベッドから立ち上がる。そのとき私の目に、カレンダーが飛び込んだ。旧暦でいうところの春を昨日迎えたというのに、まだそのカレンダーは一月のまま止まっていたんだ。私はそれの前まで歩き、一枚引っ剥がした。

 

 

「あっれー? そういえばバレンタインデー近いね」

 

「あの日か……チョコを渡されて面倒なんだよな」

 

「えっ? 大我チョコとかもらうの? いがーい!」

 

「放射線科医のときはよく渡されたな。患者やその家族からな」

 

「大我! チョコあげるからお金貸して!」

 

「なに言ってんだお前」

 

 

 ということで、天才ゲーマーNこと私、西馬ニコの新作ゲームを手に入れるための戦いが幕を開けたのだった。

 

 

「戦いも結構だが仕事はしっかりしろよ」

 

「はーい」

 

 

 二月六日の今日は、大我とCRに遊びに来た。いつもなら永夢やパラドとゲームで遊ぶけど、今日はその前にやりたいことがある。私はナースのポッピーピポパポに、バレンタインデーの予定を聞いた。

 

 

「ポッピーはチョコ配ったりするの?」

                  

「うん!」

 

「一緒に作らない? か……勘違いするなよ! 別に作れないとかじゃないから!」

 

「そうだね! その方が楽しいよね。来週一緒に作ろう!」

 

「そのとき打ち合わせもしたいんだけどいい?」

 

「打ち合わせ?」

 

 

 戦力として若干の不安が残るものの、いないよりは遥かにましな仲間が増えた。一人では敵わなくても、協力プレイなら勝てるはず。

 一番やりたいことは終えたとはいえ、まだ帰るまでには充分時間が残されている。なので私はゲーマー二人とゲームを楽しむことにした。今日こそは勝ってやる!

 

 

「ニコ、そろそろ帰るぞ」

 

「もうそんな時間? ちょっと待って! あと一回だけ!」

 

 

 その日は結局、二人に破れた。序盤優位に立つとつい慢心してしまう、私の悪い癖のせいだ。気づけば一時間が経っている。大我は先に帰ってしまったかもしれないと、私は思った。だけどその予想は、すぐに裏切られる。

 

 

「終わったようだな。さっさと帰るぞ」

 

 

 面倒そうな様子を見せてるけど、ずっと待っててくれていたんだね。私に一人で夜道を歩かせまいとする気遣いが、見え隠れしていた。

 私はゲーム機をリュックにしまい、永夢たちに別れの挨拶を済まして、大我とともに帰る。

 

 

────────────

 

 

 以前よりはいくらか減ったとはいえ、まだまだゲーム病患者は毎日訪れる。その都度私と大我は、バグスターをぶっ倒していった。今日は二月十三日。私はとある目的のために、大我の病院で待機していた。

 

 

「お待たせ!」

 

 

 そこにポッピーがやって来る。それを合図に、私はポッピーと一緒に出発した。この日のために、今日は休みをもらっていたの。

 私たちはその足で、近くのスーパーマーケットに向かった。目的は安い板チョコだ。ポッピーいわく、コンビニよりスーパーの方が安いんだって。そのときある疑問が浮かんだので、私はポッピーに尋ねた。

 

 

「いくつ買う?」

 

「何人に渡すかにもよるよね」

 

「それもそうだね。えぇっと……」

 

 

 大我から借りたお金は千円だ。つまり板チョコが九つ買える。残しておいても仕方がないと考えたので、私は買えるだけ買うことにした。それを見たポッピーも、同じ数をかごにつめる。

 購入を済ませた私たちは、大我の病院に戻る。着いたとき、すでに大我がキッチンを片付けてくれていた。これなら今すぐ、チョコを作ることができるね。

 

 

 ゲームスタート!

 

 

「要するに溶かしてから固めればいいんでしょ?」

 

 

 この発想がいかに愚かで、計画性のないことだったと突き詰められるまで、長くはかからなかった。

 私たちはまず、鍋に板チョコを大量投下し、火をつける。このとき私は忘れていた。チョコは直接触れただけで、表面から溶けていくことを。

 

 

「ニコちゃん! どうしよう!」

 

 

 あっという間に、チョコが原型を失う。ほどなくして、嫌な臭いが立ち込める。ポッピーが、しゃもじで懸命にかき混ぜる。だけど一度こげ始めたチョコは、止まることを知らない。こうして貴重なチョコは、価値を持たぬゴミへと貸した。

 

 

「飼料にはなるかもね!」

 

 

 それはフォローになってないよ。仕方ない、さあ検索を始めよう。キーワードはチョコレート、作り方、簡単。ゲームで鍛えられたタッチの速さをフル活用して、私はキーワードをスマホに打ち込んだ。

 

 

「なるほどね……次はこれに従ってやってみよう」

 

「でもチョコ残ってないよ?」

 

「ウソ!? なら仕入れよう」

 

 

 私は大声をあげ、大我を呼び出した。追加のチョコを買ってきてもらうためだ。初めはあっけなく断られる。しかし、私のしつこい要求に呆れたのか、終いには面倒そうに承諾した。

 

 

「買ってきてやるよ。その代わり、患者が来たらしっかり対応しろよ」

 

 

 私と違って大我は、今日も働かなければならないのだ。だけどポッピーがいれば、バグスターの切除も可能である。つまり、大我が席を外していたばかりに、患者が身の危険に晒されることはない。しぶしぶ受け入れた彼は、白衣のまま病院を飛び出す。

 そういえば、どんなチョコを買えばよいか、指示を出すのを忘れてた。まあ、事情を汲み取ってくれるだろう。

 結果は、半分正解で半分不正解だった。なんと彼は、明らかに上等そうなチョコを持ってきたのだ。

 

 

「えっ? ありがとう……」

 

「不満だったか? それならブレイブにあげとけ。じゃあな」

 

 

 そう言い残すと、彼は診察室に戻っていった。キッチンには、混乱中の私たちだけが残される。このチョコをどうすればよいのだろうか。

 

 

「これを直接渡せばいいんじゃないかな?」

 

 

 私はポッピーに賛同することにした。確かにこれ以上のものを作れるわけないし、ましてやこれを素材にするなどあり得ない。受けとる側の気持ち的にも、その方がいいのかもしれない。

 

 

「せめてラッピングは、私たちでやらない?」

 

 

 消しきれない罪悪感を拭うため、私がこう提案した。ポッピーに異論は無さそう。なので早速取りかかる。

 まずは、この先どう考えても使われなそうな紙袋を、物置の奥から引っ張り出す。次に、ハサミで丁寧に開き、十のような形にした。そして、紙の中央へ、チョコが入った箱を置く。最後に、包むように折り畳み、セロテープで止める。仕上げに、リュックに入ってたリボンで縛って完成だ。

 

 

────────────

 

 

「チョコレート持ってきたよ!」

 

 

 翌日、私とポッピーはCRのみんなに、チョコを差し入れた。チョコについても詳しいのか、ブレイブに珍しく褒められる。何でも彼によると、一万円以上する超高級なチョコレートらしい。大我って意外とお金持ってたんだね。少し見直しちゃったよ。

 どさくさに紛れて、私も一つ召し上がった。まずくはないんだけど、進んで食べたいとは思えない。ポッピーとパラドも、同じような表情を浮かべている。とはいえ、布石を打つことはできた。

 大我に聞いたところ、今日は患者の来る予定がないらしい。なので残りの時間をゲームに費やすことにした。永夢は診察の予定が入っていたため、私はパラドと二人でゲームを楽しむ。

 

 

────────────

 

 

 ところで皆さん、こういう話を聞いたことはない? ホワイトデーのお礼は、三倍返しが相場だということを。三万円あれば、新しいゲームを買うには充分すぎる値段だ。

 

 

「そうなのか。なら俺にも三倍返ししてもらわねぇとな」

 

「なんで!?」

 

「金払ったのは俺だろ……なんてな、冗談だ。バレンタインデーは見返りを期待して渡すもんじゃねぇ」

 

 

 医師免許を剥奪されてなお、医療に身を捧げた男の言葉は、私に深く突き刺さった。私はなんて不純な動機で、チョコを作ろうとしてたのだろう。あのとき失敗した理由は、単に作り方を調べなかった以外にもあったのだ。 

 私は決心した。大我に最高のプレゼントを送ってやる!

 

 

「さあ、検索を始めよう。キーワードは三十路男、独身、欲しいもの」 

 

 

 出てきた結果は、財布や髭剃りやネクタイなど様々だった。変わり種だと、鼻毛カッターなんかもある。しかしそれらはいずれも、かなり値の張るものだった。そもそもチョコを買う前から、お金は底をついていたのだ。仕方ない、こうなったら生活費を減らそう。

 その日から、私の節約生活が始まった。電気代を節約するため、ストーブやエアコンなどは使わない。食費にかける金額も、普段の半分以上に抑えた。もちろんゲーセンは禁止だ。昔のゲームを暗い部屋でプレイし、空腹を紛らわす生活が半月ほど続いた。

 

 

「おはよう……」

 

「何があった? どうしてそんなにやつれてる?」

 

「うるさい! なんでもない……」

 

「そうか」

 

 

 なんとか誤魔化すことはできた。だけどもう限界かもしれない。あと二週間、この生活を続けられるとは思えない。

 

 

「今日はどっかで食いに行くか。奢るからお前も来い」

 

 

 大我に外食を誘われるなんて始めてだ。空腹に頭を支配されていた私は、即座に返事した。私たちは、近くのファミレスに向かう。

 それほど時間もかからず、私たちは到着した。平日ということもあり、店内はすいている。案内された席に座ると、私はすぐにメニューを開いた。どれも美味しそうな料理ばかりだ。

 

 

「私これとこれ! 大我は?」

 

「腹が膨れれば何でもいい」

 

「なら……これが一番安いね」

 

 

 私が呼び出しベルを鳴らすと、店員はマッハで駆けつけた。彼に注文を伝える。

 

 

「イタリアンハンバーグとペペロンチーノとタコさんウインナーとドリンクバーを一つください」

 

「タコさんウインナーだと?」

 

「だってこれが一番安いんだもん」

 

 

 注文を終えると、店員が去る。すると大我が、真剣な眼差しを向けながら、話し始めた。

 

 

「俺たちは体が資本だ。そのためには毎日の健康的な食事が欠かせない。だが今のお前がそれをやってるようには見ぇねえ」

 

「あんたには関係ないでしょ!?」

 

「あるに決まってんだろ! もしお前の不調のせいで患者が助からなかったらどうするつもりだ!」

 

「ごめん……実は……」

 

 

 自分でいうのもなんだけど、このときの私はかなり素直だったと思う。私は誤魔化すことをやめ、彼にことの経緯を話した。途中で頼んだ品が届くと、それを口に頬張りながら、話を続ける。ウインナーをつまみながら、大我がそれを聞く。

 ハンバーグを完食し、ペペロンチーノも残りわずかとなったとき、ようやく私の話が終わった。すると聞き終わった大我が、意外な言動を発する。

 

 

「そうだったのか。悪かったな」

 

 

 そんな……大我が謝るなんて。私にとってこの対応は、怒られるよりも辛かった。私の決心がそれほど愚かなことだったなんて。

 

 

「ホワイトデーのプレゼントなんていらねぇ。もっと自分を大切にしろ」

 

 

 かつて、あらゆることを一人で背負い込もうとした彼にだけは、言われたくない台詞だった。いや、その経験があったからこそ、今の言葉が出てきたのかもしれない。

 

 

「うん! ごめんなさい」

 

「ところで昼休みまだ残ってるよね?」

 

「あぁ、まさかまだ食うつもりか?」

 

「当たり!」

 

 

 こうして、私は節約生活から解放された。その後仕事も忙しくなり、私は身を粉にして働いた。気づけばホワイトデーのことも忘れていた。

 

 

────────────

 

 

 ある日、大我に通報が入った。私たちはすぐさま、現場に急行する。幸いにもここから近かったので、走って二分ほどで到着した。

 一ヶ所、人だかりができていた。それを掻き分けて進むと、中には苦しむ子供がいる。恐らく今回の患者だろう。大我がゲーマスコープをかざす。それによると、この子に感染しているバグスターは、ジェットコンバットのバーニアだ。

 私は野次馬たちに、危ないからここを離れるように伝える。バーニアは驚異の機動力を持つため、流れ弾が彼らに当たるかもしれないからだ。

 一方大我は、ゲーマドライバーを腰に巻き、ガシャットギアデュアルβを取り出す。ダイヤルを回すと、バンバンシミュレーションズの起動音が流れ、ゲームエリアが広がる。それを合図としてか、患者の体がバグスターの姿に変化を遂げた。

 

 

「変身」

 

 

 ガシャット! ガッチャーン! デュアルアップ! スクランブルダ! シュツゲキハッシン バンバンシミュレーショーンズ ハッシン!

 

 

 仮面ライダースナイプ シミュレーションゲーマーレベル50。クロノスを除けば、大我の最強形態だ。大我が負けるわけがない。私は安心して、逃げ遅れた人々の避難を呼び掛け続けた。

 

 

「あれが仮面ライダーか! 実際に見るのは初めてだな」

 

 

 見ていたい気持ちはわかるけど、早く逃げて!

 

 

「片目隠れてるのがいかすよね!」

 

 

 大いに賛成だけど離れて!

 

 

「真っ白いの方が好きだな」

 

 

 仕事じゃなかったら、たぶんこいつは助けない。あいつが好きとかキモすぎる。

 

 

 キメワザ! バンバンクリティカルファイア!

 

 

 全身の砲台から、光弾が乱射される。それを受けたバーニアは、たまらず爆死した。ゲームクリアの音が、オペの成功を私たちに伝える。

 

 

「ミッション、コンプリート」

 

 

 ガッシュート ゲットオン

 

 

 一仕事終えた大我が、変身を解いた。すると野次馬たちが、私たちに近づく。大我は私の手を引っ張り、全速力で逃げたした。照れる大我もかわいいな。

 

 

────────────

 

 

 幾日かが過ぎる。気づけば私は、バレンタインデーのことを忘れ、仕事に没頭していた。ゲーム病のオペがないときでも、院内の清掃に余念がない。

 そんなある日、永夢が訪ねてきた。

 

 

「何のようだ?」

 

 

 大我がそれに応じる。永夢の用件は私に対するものだったようで、私は大我、呼び出された。永夢の両手には、電子レンジほどの大きさの袋が握られている。私は彼に近づいた。

 

 

「ニコちゃん! バレンタインデーのときはありがとう。みんなからのお返しだよ」

 

 

 永夢はそういうと、私に大きな袋を手渡した。中には色とりどりのラッピングが見える。永夢だけでなく、ブレイブや監察医やパラドのプレゼントも、同封されているようだ。

 よく見ると、私がかつて欲しがっていた新作ゲームも、入っているように思われる。これをチョイスしたのは恐らく永夢だろう。

 

 

「これってもしかしてホワイトデーの?」

 

「うん。飛彩さんから聞いたけど、ずいぶん高い買い物だったんだね。だから僕たちも張り切っちゃったよ」

 

「やった! ありがとう!」

 

「喜んでくれて僕も嬉しいよ」

 

 

 用事を済ますと、永夢は足早に去っていった。永夢はゲーム病以外の治療にもあたっているらしい。忙しい合間を縫って、これを届けてくれたのだろう。

 

 

「なるほど……ゲームを手に入れるためにチョコを作ったのか」

 

「気づいてなかったの?」

 

「勘づいてはいたが、腑に落ちない点があってな。先月の給料で買えたんじゃねぇか?」

 

「そういえば!」

 

 

 一ヶ月後……

 

 

「またゲーム買うお金がない!」

 

「いい加減、庶民の生活に馴れろ!」

 

 

 終わり




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