旭日は昇っているか ~鹿屋基地攻防記~(休止中) 作:くろしお
今作がSS初投稿作品です。何かと拙い部分があるかと思いますが、大目に見ていただけたらと思っています。
一話目から分量が多いじゃないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、今後はあまり長くし過ぎないように努めますので、宜しくお願い致します。
スマートフォンで閲覧される方は、画面を横向きにされますと読みやすいと思います。お手数をおかけします。
それでは第1話、どうぞ。
第1話 万緑の桜、出会いは突然
時は5月。ゴールデンウイークも過ぎ、桜の花もすっかり落ちて緑豊かな景色が窓辺に広がる。九州の最南端、鹿児島県大隅半島に位置するここ、鹿屋航空基地は深海棲艦の攻撃が苛烈になっていた頃に、海岸に面していない鎮守府として初めて設けられた。何故ここに鎮守府を設けたのか、という点は防衛省内の秘密会議で決められており経緯はよく分かっていない。そうこう言ううちに、俺はこの鹿屋航空基地へと派遣される羽目になった訳だが。
「なんでごく普通の自衛官の俺が現場の最高指揮官、しかも艦娘部隊の提督なんだ?」
という疑問が浮かんでは消えていった。もう一月半も前になるが。
不承不承ながらも、彼はこの鹿屋基地の提督という職務を受け入れた。まあ、この職務を受け入れなければ、僻地に飛ばされていた可能性も否定できないわけで。
「本当に俺が提督なんかで良かったのかねぇ?お世辞にも防大出の奴らに比べれば戦術や戦略なんてひどいものだと思うが。」
書類と向き合いながらそんなことをぼやいていた。
時刻は午後4時を少し過ぎた頃だろうか。今ではあまり音のしなくなった、アナログ型の電波時計が時を刻む。
コンコン、執務室の扉を叩く音がした。
「ん?」「失礼します。五月雨です。」
「入っていいぞ。」
ガチャリと戸を開く音が部屋中に響く。部屋に入って来たのは五月雨、白露型駆逐艦の6番艦の艦娘だ。淡い青髪が執務室でなびく。
付け加えると、俺が初めてこの鹿屋基地内の鎮守府に来た時に、秘書艦として一緒に配属された娘でもある。
「今日午後の演習の結果です。どうぞぉっ、っと」
床に何もない場所だったが、突然前のめりに倒れ始めた。彼女が頭を打つ前に俺は即座に飛び出した。机と彼女との間は3~4mといったところか。
「間に合うか?」
倒れてくる五月雨と床との間に体を滑り込ませた。
直後、五月雨の頭が提督の胸に落ち込んできた。間に合った。
「大丈夫か?五月雨」「は、はい。」
五月雨は頭を上げて提督の顔を見た。互いの顔は近くにあった。だが、五月雨はすぐに起き上がった。
「ほんと配属直後からこんな感じだもんな、五月雨は。」
「すみません、提督。またドジ踏んじゃいました。」
彼女は秘書艦の仕事も真面目に取り組んでいるのだが、なぜかたまにドジを踏んでしまう所謂ドジっ子なのだ。ただ、俺はそんなところも彼女の個性だと思っているのだが。
「気にするな。それより結果を見てもいいか?」
「あっ、はい。こちらが結果です。」
…どうなんだろうなこの結果は…
「3勝2敗…勝率は6割か…。良くもないが悪くもない、といったところか。」
「演習に出ていた皆は頑張っていたんですけどね…。相手が悪かったというのか…。」
「仕方ないさ。勝ち戦もあれば負け戦もある。そこは勝負事においてはどうしても付きまとうからな。」
「ただ、実戦で沈まないようにしなければな。帰ればまた来られるの精神で、な。」
「そうですね。そういえば北方へ遠征に出ていた第4艦隊がもうすぐ港に帰投、という通信を受けました。」
「いつも通り燃料と弾薬は港に止めてある貨物列車に積み替えるよう言っておいてくれ。」
「分かりました!」はきはきした声で返答し、執務室を去る五月雨。
バタン。 その後、五月雨は提督の
「ふぅ。」
ここに配属されてもうすぐ2か月が経過しようとしているが、提督という職務に対して未だに実感がない。もちろんこれには少し語弊があるが、やはり自衛隊で勤務していた頃と比べてデスクワークが多い気がしているのだ。それも実感を湧かせづらい要因になっている。
「彼女たちが悪い娘じゃないというのは分かっているんだがね…。しかも死地に追いやっているのは他でもない我々だという。」
他の鎮守府でも轟沈する艦が出る、というのはよく知っていた。だが、今のところこの鎮守府では轟沈艦は出ていない。それも彼、提督自身のおかげでもあるのだが。
「早いところ深海棲艦とケリをつけたいもんだが、まだまだ先のことになりそうだな。」
世界中の制空・制海権が大きく失われている今、深海棲艦をいかに抑えるかが現時点での最優先策になっている。提督自身は彼女たち艦娘が、早く平和な世界で生活できるようにしたいと考えている。だが、中々事態は進展しない。深海棲艦と膠着状態に陥ってかれこれ十年近く経過している。深海棲艦の登場直後、各国では反戦を呼び掛ける者もいた。しかし、ブラッドフォールダウンなどの深海棲艦による無差別攻撃から、平和主義者の声は日に日に弱くなっていった。「インディ〇ンデンス・〇イ」のような世界にもなることはなかった。
「人語を理解できる深海棲艦ね…。仮にいたとしても、人類の徹底的な殲滅や排除を考えていないとも限らないからな…。」
そう言うと彼は少し思考を止めた。彼の当分の願いは叶いそうに無いようだ。
…バタバタバタ
「提督!!大変です!」
突然、執務室に五月雨が飛び込んできた。
「どうした、そんなに慌てて。」「実は…」
「なるほど大食堂の厨房設備が故障したと。」
「はい…。」
うなだれるように答えたのは、間宮さんだ。甘味処間宮の総責任者にして、艦隊の士気を高めることのできる艦娘でもある。
「故障はいつから?」
「ちょうど夕食の仕込みをしようとした時に気が付きまして…。電気とガスがどちらも駄目でした。」
「となると、」「今日の食堂は閉めるしかありませんね。」
「うーむ。困った。直ぐには直りそうにないしなぁ。」
このままでは、翌日以降も影響が残る。今晩の夕食だけでもどうにかしたいが…。
うん?待てよ? 提督の脳裏にあることがよぎった。
「五月雨。」「はい?」
「倉庫に消費期限の近い
「!? 確認してきます!涼風ついてきて!」
「ガッテンだ!この涼風にまかしとき!」
二人は倉庫に向けて走っていった。提督は、鍋用のカセットコンロ、ガス缶、水を多く入れた鍋を各テーブルに準備するよう、艦娘たちに指令を発した。
「戦闘糧食?あまり食べたことありませんね。」
提督から、
『現在大食堂の厨房設備が使用できないので、今日の夕食は消費期限の近い戦闘糧食を食べるように。』
ということを聞いた赤城の一声はそれだった。比較的大食いの彼女だが、緊急時ぐらいしか支給されない戦闘糧食を食べるのはそれこそ数える程しかなかった。
「どんな食べ物があるか楽しみです!」
「赤城さん、食べ過ぎないようにしてくださいね。連れて帰るのが嬉し…じゃなかった、大変なんですからね。」
そう赤城に諭す加賀だが、彼女も戦闘糧食を食べることが稀なため、少し気になっている。戦闘糧食をそわそわ待っている一航戦の姿を見た他の艦娘たちは、平常運転な二人を見て、「幾ら食に飢えていても、こんなふうにはならないようにしよう」と、内心思いながら自分達の襟元を正し、準備を進めるのだった。
提督から戦闘糧食の確認を頼まれた五月雨と涼風は、第4倉庫に来ていた。ここは主に兵站関係の物資が置かれている場所だ。
早速二人は第4倉庫内を見回り始めた。物資ごとの振り分けはなされているものの、長さが100m程もある倉庫内を歩くのは大変なことだった。倉庫に入って5分ほど経ったころだろうか。涼風が大声を上げた。
「五月雨!ちょっと来てくれ!」
「どうしたのかな?涼風今行く!」
五月雨は、涼風が戦闘糧食を見つけたのだと思い、声のした方向へと向かった。
だが、実際はそうではなかった。
「涼風、来たよ!」
「五月雨!スマホ持ってるか⁉」
「? どうしたの?」
五月雨は涼風の方を見た。彼女の傍に女性が倒れているではないか。
「涼風、この女の人は⁉」
「分かんねぇ、見つけた時からここに倒れてた。」
「直ぐに提督に知らせなきゃ!」
五月雨は基地内用のスマートフォンを取り出し、「提督」と表示された着信履歴から電話をかけた。
プルッ、プルッ、プルッ。プルッ、プルッ、プルッ。
「ん?携帯が鳴ってる。…五月雨からか。
「五月雨、俺だ。」
『提督っ!大変です!』
「どうした?そんなに慌てて?」
『倉庫で女の人が倒れてるんです!』
「!?…ホントかそれは!」
『涼風が見つけたんですけど、呼びかけに応じないんです!』
「分かった。第何倉庫だ?」『第4倉庫です!』
「すぐ向かう!」 ピッ。
「どうしたのですか?」
赤城が提督に尋ねる。
「女性が第4倉庫で倒れているらしい。しかも意識がないそうだ。」
「! 分かりました。医療妖精さんと基地病院に連絡入れます。」
「私たちもついて行くわよ。」
その声と共に橙色の髪にツインテールの娘と、桜色の髪に眼光の鋭い娘が俺の前にやってきた。
「陽炎、不知火。」
「人手は多い方がいいと思いますが。司令、いかがでしょうか?」
「済まない、助かる。一緒に来てくれ。」
「了解(しました)。」
倉庫群と鎮守府本館は距離にして700mほどある。今回は緊急性が高いため、基地内の職員輸送用のハイエースを提督特権で急遽借りた。提督の運転で、ハイエースに陽炎と不知火、医療妖精数名と担架、そして医療器具を積んで第4倉庫へと向かった。
一方、第4倉庫では五月雨が意識を失った女性に呼びかけていた。
「大丈夫ですか!しっかりしてください!」応答はない。
「もうすぐお医者さんが来ますから!」
あらかじめ脈や呼吸などは測ってみたところ、いずれも正常だった。だが、意識を失っているだけとも限らないため、五月雨は呼びかけを続けた。
「提督…、速く来てください…。」
涼風は、提督に頼まれた戦闘糧食の捜索を続けていた。というのも五月雨から、
「私がきっちりこの人についているから、涼風は提督からの頼まれ事を続けて。」
と言われ、取り敢えず捜索を続けることにしたのだ。
「はぁ。あたいの性で五月雨に迷惑かけちまったなぁ。」
とぼとぼと倉庫内を歩く涼風。薄暗い倉庫内を、気を落ち込ませながら歩いていた。
コツン。何かが足に当たった。
「ん?」足元に当たったものを手持ちのライトで確認する。
「戦闘糧食 鶏めし」と書かれた缶だった。
「もしや、この辺のものは…。」
涼風が調べてみると、通路を挟んで両側に戦闘糧食が山積みにされていた。いずれも消費期限の近いものばかりだ。
「五月雨!あったぞー!」
しかし、五月雨の返事は返ってこない。いや、正確には倉庫内が広い上に物が多く積み重なっているため、五月雨と女性のところまで声が届いていなかったのだ。やむを得ず涼風は、戦闘糧食のある地点にビーコン(これは涼風が持ってきたもの)を置き、五月雨の元へと急いだ。
「普段はここまで来ないから、二人にかなり負担をかけてしまったな。」
「結構遠いのね。」
「陽炎、降りる準備をしましょう。」
「…えさん。」「えっ。」
「そこは陽炎姉さんでしょ。全く。」
「…陽炎姉さん。」「よろしい。」
バックミラー越しから二人のやり取りを見ていた提督は、少し微笑ましく思いながらも、要救護者のことへと思索を張り巡らせた。
「許可を受けていない一般人が、この基地に入るのは不可能なはず…。五月雨は、“女の人”と言っていたよな。ということは、成人女性あるいはそれに準じた見た目の少女…ということなのか?」
提督は頭で推測を立てながらも、
「現場を確認しないことには、な…。」と、車を急がせた。
提督の運転するハイエースが第4倉庫に到着したのは、五月雨の一報から10分ほどだった。車を倉庫に横付けし、車から降りた提督は倉庫の入口から五月雨に呼び掛けた。
「五月雨!聞こえるか!医療班連れてきたぞ!」
「提督!たぶん倉庫の中ほどです!」
「分かった!」
提督は事前に陽炎と不知火に対し、五月雨、涼風あるいは要救護者を見つけたら、探照灯を屋根に向けて照らすように指示していた。
そして、二人は薄暗い倉庫内へと突入していった。
本来艦娘たちの装備品は、艤装と一体になっているものが多いのだが、こと探照灯に関しては陸上でも使えるようにアダプターを介して、陸海両方で使えるようにしている。
二手に分かれて五月雨たちを探す、陽炎・不知火。
「どこかしら?」
無線機から不知火の声が飛び込む。
「陽炎…姉さん、五月雨の声がしませんでしたか?」
「…するわね。」
「近くを探してみます。」ブチッ。
「頼んだわよ。…さてと。私も早く見つけないとね。」
先に五月雨たちを発見したのは、陽炎だった。
「五月雨!来たわよ!」
「陽炎さん!提督は?」
「ちょっと待ってね。」
“探照灯照射” 提督の指示通り、天井に向けて明かりが灯された。
「…陽炎さん、その探照灯の上にかざしているものは何ですか?」
「ああ、これ。影絵の応用よ。」
探照灯で照らされた倉庫の天井に、「五」と「救」の文字が浮かび上がっていた。五月雨と要救護者の表示だ。
「あそこだ!医療妖精たち、一緒に来てくれ!」
提督は担架を持って、数名の医療妖精と共に少し明るくなった倉庫内へと入っていった。
「五月雨!」
提督たちは明かりの真下へとたどり着いた。
「提督!お待ちしてました!」
「彼女が要救護者か?」「はい。涼風が先に見つけてくれました。」
「涼風は?」「私が、提督からの頼まれ事を続けるように言いました。」
「…そうか。」
「司令官!」「司令!」
「涼風、不知火。」
「ゴメン。あたいの性で…。」
「気にするな。戦闘糧食は見つかったか?」
「うん!バッチリ!」
「後で案内してもらうよ。それより…、」
提督は、医療妖精に囲まれた女性の方へと顔を向けた。
頭に艦橋状の髪飾り、セミロングの黒髪で和服…ん?スカート? 見た目は20代くらいだろうか。
「綺麗な女性だな。しかし、一体なんでこんなところに倒れていたんだ?」
少し提督の意識が、倒れていた女性の方へと向きかかっていた。
「提督。」
医療妖精からの言葉で現実に引き戻された。
「ああ、すまない。彼女の容体は?」
「気を失っているだけみたいですね。ああ、それと彼女は艦娘ですね。」
…うん?今なんて言ったんだ?俺の聞き間違いだろうか?
「もう一度言ってくれるか?」
「だから、この女性は艦娘で気を失っているだけだ、と言っているんです。」
…彼女が艦娘?
「名前は分かるか?」
提督は、医療妖精に尋ねる。
「ちょっと待ってください。」
医療妖精は手持ちの端末で調べる。この端末は、横須賀基地にある地下コンピュータに保存されている艦娘たちのデータが、各鎮守府に転送されてその艦娘の情報を知ることのできるものだ。ただ、機密扱いのため、私的利用は罰則が設けられている。提督も例外ではない。例外として、医療妖精は治療の際にこのデータ網を使うことがあるため、この端末を所持している。
「ええっと…、ありました。彼女は扶桑型戦艦2番艦、山城です。」
「山城…。」
「それと彼女、改造したら航空戦艦になりますよ。」
「えっ、そうなのか。」
「初耳でしたか?」
「確かに俺は歴史には疎いが、本来航空戦艦は伊勢型だけだろう?」
「そこのところ、よくわかってないんですよね。我々も。」
「そうなのか?」
「はい。詳しくは横須賀か
…とてもじゃないが聞ける気がしないな…。
提督は医療妖精と少し話をした後、山城を倉庫から担架で運び出し、鹿屋基地病院へと搬送した。無論、最初に山城を発見した五月雨と涼風、救護活動を手伝った陽炎と不知火も一緒だ。
第4倉庫で見つかった戦闘糧食は、提督が祥鳳に頼んで駆逐艦と軽巡たちに大食堂へと運ばせるよう、指示を飛ばした。祥鳳は、
「赤城さんや千歳たちではなくて、私にですか?」
と言っていたが、提督が
「赤城達が指示すると、戦闘糧食がなくなってしまうかもしれないだろ?」
と言うと、納得して指示を出していたそうな。
ちなみに、提督がこう言ったことはある意味で当たっており、特に赤城は戦闘糧食の確認という名目建てで第4倉庫へ行きたがっていた。これは流石に鳳翔さんに諭されて、赤城は渋々大食堂での調理準備を進めた。提督は、赤城の空母としての実力は認めていても、それとこれとは話が別だと後に述べている。なお、涼風が設置したビーコンのおかげで、戦闘糧食の搬出作業そのものはそこまで大変じゃなかったそうな。
午後8時30分 鹿屋基地病院
山城を搬送してから3時間程経過した。彼女は気を失っているだけ、とは思ったものの、念の為CTやMRI検査も行ってもらっている。
「提督。」
「ん?ああ、五月雨か。」
「どうしたんですか?」
「いやな、どうして山城があんなところで倒れていたのかが、どうしてもわからないんだよ。」
「確かにおかしいですね。普通、艦娘は海上で発見されるか、建造ドックで生まれてくるかのいずれかですもんね。」
「しかも、うちの艦隊は頭数を揃えている段階だ。だから尚更建造した艦とかも、確認を必ずとっている。」
「…山城さんに、直接聞いた方がいいのではないでしょうか?」
「…結局そういうことだよな。」
ちなみにこの時点では、この鹿屋基地の鎮守府に山城は配属されていない。姉にあたる扶桑も同様だ。そのため、提督は余計に不思議に思っているのだ。
「提督、山城さんが目を覚ましましたよ。」
山城の病室から、医療妖精が出てきた。
「そうか。面会できるか?」
「はい。先ほど医師の診察も受けました。明日にも退院できるそうです。」
「ありがとう。」
「では、私はこれで。ちょっと医務室に籠りますよ。」
「あまり無理なさらないでくださいね。」
五月雨が医療妖精に声を掛けると、医療妖精は振り返らず、数秒右手を挙げて階段の向こうへと消えていった。その行動を見た提督と五月雨は、互いに見合わせてニッコリと笑った。涼風と陽炎、不知火の三人は、提督が病院内で事情などを聞いたのち、五十鈴が中型バス(いすゞ自動車製)で基地病院まで迎えに出向き、先に鎮守府本館へと戻った。たまたま今日の秘書艦は五月雨だったため、山城の回復までの間、五月雨自身が提督と付き添うことを決めた。
コンコン。
「失礼します。」
提督が先に山城の病室へと入った。病室は個室だったが、椅子が数個ある以外は質素な感じの部屋だった。
「あんた誰?」
それが、口を開いた山城が放った第一声だった。
「この鹿屋航空基地の鎮守府で提督を務めている者だ。こっちは秘書艦の五月雨。」
「五月雨って言います。よろしくお願いします。」
五月雨は、ニコニコしながら山城に話しかけた。
山城は、提督と五月雨をまじまじと見つめる。少し経って、
「そう。私は扶桑型戦艦の2番艦、山城よ。…提督という割には少し変わっているわね。あなた。」
「まあ、ごく普通の自衛官だったからな。何故かお上は、俺が提督として適任だと判断したみたいだが。ところで一つ、聞いてもいいか?」
「私の答えられる範囲でなら、それでいいかしら。」
「ああ。なんで君はあんなところで倒れていたんだ?」
「…ごめんなさい。実は私もよく覚えていないのよ。」
「覚えてない?」
コクッ、と山城は首を縦に振った。
「私が覚えているのは、佐世保から横須賀に回航される指示を受けて、長崎港を出発したところまでは覚えているのよ。ただ、その後海上で暴風雨に巻き込まれて…。」
「そこから先は分からず、気づけばここで目が覚めた、ということか。ミステリー小説が書けそうだな。」
「もう、提督!すみません、山城さん。」
「いえ、いいのよ。不幸、不幸と言ってたら、ホントに不幸になったなんて。フッフッフッ、不幸だわ。」
「うーん。ちょっと調べてみるか。」
提督は自分の私用スマートフォンを取り出し、ある所へ連絡を入れた。佐世保(基地)鎮守府である。
『もしもし、佐世保だが。珍しいな、君が連絡を入れてくるなんて。鹿屋で何かあったのか?』
「実はかくかくしかじか。」
『ほう。佐世保から横須賀へ回航されていた山城が鹿屋の倉庫にワープ、と。こういうことか?』
「だいたい合っている。うちで保護した山城はあんたのトコの所属か?」
『ちょっと待ってくれ、照会する…。⁉ 嘘だろ?』
「どうした急に?」
『うちには山城が1隻しかいない、それどころか改二済みだから基本的に決戦時以外は佐世保にずっといるぞ。』
そう、佐世保の提督に配属されている山城は、“戦艦”山城ではなく、“航空戦艦”山城(改二済み)のみで、他に重複艦はいないとの返事だった。
「…!? じゃあこの山城は?」
『その山城、ドックタグか何か、識別用のものは身に着けているか?』
「山城。」
「何です。」
「識別用の、つまり身分証になるようなものはあるか?」
「…艦橋の髪飾りにICチップが組み込まれていたはずだけど。」
「ちょっと失礼。」
ICタグリターダーを近づけたが…無反応。表示を確認すると…
「!? 山城…君、今どこの所属艦でもない。」
「…えっ。……えぇぇっ‼ 嘘でしょ!」
リターダーの表示は「無所属 扶桑型戦艦2番艦 山城」。
提督は、五月雨のスカートにあるICタグにもリターダーにかざした。
五月雨のICタグは「鹿屋基地鎮守府所属 白露型駆逐艦6番艦 五月雨」と表示された。
「これが…証拠。五月雨でも試した。機械は正常だった。」
「嘘…そんなバカな…。じゃあこの記憶は一体“誰の”ものなのよ!」
「…君のものなのだろうが…。すまない俺もよく分からなくなってきた。」
「…はぁ…。不幸だわ…っ。」
山城は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。何かあれば、すぐにでも涙を流しそうなほどに。今の彼女の心情を推して知ることは、恐らく誰にもできないだろう。
その後提督は、佐世保の提督に礼を言うと、スマートフォンの通話画面を閉じた。
病室内には、重苦しい空気が漂っていた。その空気を打ち破ったのは、五月雨だった。
「大丈夫ですよ、山城さん。」
「ヘッ。」
不意に五月雨が、山城に声を掛ける。
「あなたに何があったか私には分かりませんが、私はあなたを手助けします。いや、助けたいんです。」
「もしかしたらここで生活することで、何か思い出せるかもしれませんし。この鎮守府の人たちは皆、心が優しい人たちばかりですから。」
「五月雨…さん。」
「一緒に頑張っていきましょう!」
五月雨は、満面の笑顔を山城に向けた。
提督も五月雨に触発されて、こう切り出した。
「そういうことだ。俺からも、これからうちでよろしく頼むよ。」
そう言って、提督は自分の右手を山城の前に差し出した。
二人の突然の言動と行動により、少し戸惑いを隠せなかった山城だったが、
「…仕方ないわね。こうなったら、意地でもここから動いてみますか。」
山城は、提督の手をしっかりと握り返した。その顔には、少し笑みを浮かべながらも真っ直ぐとした目を据えていた。もう、山城に迷いなどなかった。二人の握手に、五月雨が両手で包み込んできた。山城はそれに驚きながらも、照れくさそうな顔をしていた。
「これからもよろしくお願いしますね。山城さん!」
「よ、よろしく…。」
こうして、鹿屋基地鎮守府に、山城が配属されることとなった。なお、正式な辞令交付日は、6月1日付となっている。実際には、彼女はそれよりも前に配属されているが。
山城と別れた五月雨と提督は、山城を運んできたハイエースに乗り込み、鎮守府本館へと戻っていた。その車中、
「なあ、五月雨。」
「はい?」
「なんでお前さんは、人を落ち着かせるのが上手いんだ?綾波もそうだが。」
実を言うと、提督自身も配属直後の作戦で失敗が続き、精神がすさんでいた時期があった。このことを知っているのは、当時作戦に関わっていた者や比較的初期に配属された者のみである。当時の五月雨や綾波は、すさんでいた提督自身の精神を安定させる、言わばカンフル剤の役割を果たしていた。もちろんカウンセラーの助言の下、次第に精神も落ち着きを取り戻したのだが、今の提督があるのは彼女たちの力もあってこそだった。
「…そうですね。落ち着かないと、聞きたいことも聞けないから、何でしょうかね。そうじゃないと、話す相手と分かりあうことも出来ませんから。あくまでも私の考えですけれど。綾波さんは違う理由かもしれませんね。それは、本人に聞いてくだされば、提督の疑問も分かるかもしれません。」
「そうか。一時は俺も迷惑をかけたしな。」
「いえいえ。今の提督がいるのは、提督自身の力ですから。」
そうこうやり取りをしているうちに、鎮守府本館が見えてきた。1階の大食堂の明かりはまだ点いている。
「少し遅くなったが、夕食…いや夜食にするか。」「はい!」
車を停め降り、提督たちは正面玄関に向かっていった。
意外にも大食堂の中には、まだ多くの艦娘や妖精たちが残っていた。ちなみに今の時刻は午後10時過ぎくらいだ。
提督は、大食堂内で山積みになった戦闘糧食を見つけ、五月雨と一緒に夜食を食べることにした。涼風が発見した、消費期限の近い戦闘糧食の数は思いの外多く、幾ら大食いの戦艦や空母艦娘たちであっても翌日以降に持ち越すという、事実上の白旗宣言までするほどだった。
提督はこの戦闘糧食の中から、「鶏めし(缶)」「たくあん(缶)」「牛肉野菜煮(缶)」「味噌汁(パックタイプ)」「チキンステーキ(パックタイプ)」を選んだ。
五月雨は、「五目飯(缶)」以外は提督と同じものを選んでいる。
二人は窓際のテーブルに、対面に座った。テーブルに置かれていた鍋の水量はまだ多く、戦闘糧食の缶の湯煎ができるほどあった。
「お帰り。提督、五月雨。」
声を掛けられた方向には、二人の艦娘がいた。
「おお、時雨。それと摩耶。」
「無事に戻ってきたのか。あたしはてっきり、お前が倒れたのかと思ったぞ。後で聞いたら違ったみたいだが。」
「その割にはだいぶ慌てふためいてたけれどね。」
「ちょっ、時雨!」「もごもごっ。」
急に摩耶に口を抑えられる時雨。
「まあまあ、それぐらいにしてやり。心配してくれてありがとうな。摩耶。」
「べっ、別にお前のことなんか心配してねぇし。」
「ふーん。」
時雨は少し摩耶を見たが、それ以降は摩耶に対して特に何も言わなかった。
時雨は提督の方へ向きなおすと、彼の戦闘糧食の組み合わせが少し気になった。
「提督…意外と健康志向なんだね。」
「ん?ああ、なるべくバランス良く食事を摂りたいからな。」
「そういやさあ、提督ってあたしらとはあまり一緒に食事を摂らないよな?なんでだ?」
「時間の関係じゃないか?俺が本館にいる時間と、遠征や戦闘に出ているお前たちの帰投時間とで差ができるからだろうしな。だいたい俺が食事を終えた頃くらいに帰ってくるのもいるし。まあ、できるだけ一緒に食事を摂ってみるよ。」
「おお。そん時はこの摩耶様の戦闘を語ってやらぁ。楽しみにしとけよ、提督。」
「僕も一緒に食事を摂ってもいいかな?」
「ああ、勿論だ。」
「おい!みんな聞いたな!今度から提督が一緒に食事を摂ってくれるってよ!」
摩耶が大食堂中に届く声でこう言うと、周囲からおおっ、という歓声や拍手が沸き上がった。
「こりゃ、大変なことになりそうだな。」
「いいんじゃないですか?」
五月雨は提督に微笑みかけた。
「そうだな。」
提督も五月雨に笑い返した。
その後は大食堂内の艦娘たちと代わる代わる話しながら、夜食を食い進めた。
提督が艦娘寮の一号棟にある自室に帰り着いたのは、日付の変わる30分ほど前のことだった。
「今日も一日大変だったな。」
提督はそう言いながら、部屋にある作業机からノートを取り出した。配属直後から、ずっと記録し続けている日記帳だ。その日あった事柄や自分の気持ちなどを綴っているのだが、今日の日記の最後にこう書いた。
「奇妙な縁もまた縁なり。人生もまた良悪双方の縁ばかりなり。今日の縁は良か悪か、今の自分にはまだ判らず。時流に身をゆだねるのもまた一興か。」
提督はその後、風呂を済ませ床に伏した。
ご拝読頂きありがとうございました。
質問等ございましたら、感想欄などで対応させていただきます。
登場してくる艦娘たちは、基本的に著者の鎮守府に所属する娘を中心に出していきます。なお、著者は鹿屋基地サーバー所属です。
不定期更新ではございますが、今後とも「旭日は昇っているか ~鹿屋基地攻防記~」をよろしくお願いいたします。
では次回、お会いしましょう。それでは。