旭日は昇っているか ~鹿屋基地攻防記~(休止中) 作:くろしお
…なかなか戦闘場面までが遠い。
それでは第3話、前編です。どうぞ。
多くの艦娘たちが艦娘寮で眠りにつく頃、歓迎会の後片付けも終わった鎮守府本館には、館内にあるコンビニを除いて、人の姿はまばらになっていた。
2階にある執務室と通信室には、提督や大淀、副司令と数名の艦娘が残っていた。
「今日の夜間警備のメンバーは、君たちになっているけれど問題はないか?」
提督が、執務机の前に立つ6名の艦娘に確認をとる。いずれの艦娘も、健康状態等の問題はないと返した。
「済まないが、今晩はよろしくお願いするよ。何かあったら、警備課か、今日は副司令にホットラインを鳴らしてくれ。それじゃ、夜間警備開始!」
「了解(しました)!」
鹿屋基地の鎮守府では、艦娘たちが日替わりで二人三組に分かれて、鎮守府内の施設を夜間巡回して警備を行っている。これは、鎮守府施設の警備費用が、警備会社への委託金に比べて、艦娘たちで警備させた方がコスト的にも、艦娘たち本来の力を活用するうえでも理にかなっていると考えられたからだ。
艦娘たちは、海上では艤装の力などを利用して深海棲艦と殴り合っているが、地上に上陸しているときは、日本の某最強女性レスリング選手と某男子ハンマー投げ選手を掛けて十倍したくらいの強さがある。
これでも陸上では十二分なほどだが、防衛省や自衛隊のもと、基本的な柔剣道や射撃をこなせるようになっている。
艦娘も名目上では自衛官(国家公務員)であるため、ある程度の軍事教練は必要との上部の判断からであった。
だからといって、艦娘たちを陸戦に送るようなことは、まず無いと断言していいだろう。
最低限自分の身は自分で守る、ということだけは、艦娘たちにだいぶ叩き込まれたみたいではあるが。
提督は、廊下の暗闇に消えていく、警備に向かった艦娘たちの背中を見送った。
「皆問題はない、とは言ってくれるけれど、それが本当なのかまでは分からないから、いつも心配になるんだよね。」
「何を仰っているんですか、提督。体調不良の時は、基本的に事前に言うように通達していますから。…最も、休むような娘もいませんし。」
「大淀、何か言ったか?」「いえ、何も。」
「まあまあ、二人とも。後は私が残るから、二人は先に上がって。どの道、今晩は私が担当なのだから。ね?」
「そうだな。大淀、副司令、先に部屋に戻らせてもらうわ。じゃあ、また朝に。」
「気をつけてねー。特に、段差とかでこけないように。」「おう。」
執務室から出ていく提督。部屋には大淀と副司令が残る。
「副司令、私は、通信室の無線機の周波数を調整してから帰りますね。」
「分かったわ。あっ、そうそう。」
副司令が大淀に向けて、何かを投げた。それを、大淀は上手く受け取った。投げられたのは、懐中電灯だった。
「暗いところもあるから。あった方がいいでしょ?」
大淀は、副司令に向けてにこやかに、
「ありがとうございます。」
とお礼を言い、隣の通信室に向かっていった。
「…ここも、賑やかになったわね。」
副司令は、自身がここに来た頃を思い出していた。元々は、現在の提督と同じ部隊にいた普通の自衛官だった。だが提督同様、彼女もまた辞令により鹿屋航空基地へと転属になった。
副司令として着任したのは、提督に遅れること二日。駆逐艦や軽巡洋艦の艦娘が着々と建造、あるいはドロップしていた頃だ。当時は着任直後ということで、提督も副司令も半ばやけくそに任務等をこなしていた。そのため、後々提督や副司令が一時鬱になりかけることとなった。そんな二人を立ち直らせたのもまた、ここに来た艦娘たちだった。
艦娘たちと提督や副司令の絆も深まっており、全員が他の基地職員にも分け隔てなく接するものの、理路整然と批評する時はする、というメリハリもあるため、現在では基地職員はおろか、周辺住民の関係性とも良いものになっている。
「歓迎会で騒いでいても、締めるところは締めようかしら。さて、今日も何も無ければいいのだけれど…。」
副司令はそう言って、執務室の窓から鎮守府施設を見まわした。月夜の明かりは、残念ながらそう明るくもなかった。ただ、外の通路には動く明かりが幾つか。恐らく巡回中の艦娘たちだろう。
「キチンと業務をこなしてくれているみたいね。」
副司令は少し頬を緩めながら、明日に備えて書類やパソコンの記録などを纏めていった。
「漣はん?大丈夫なん?」「えっ、ああ、うん。だ、大丈夫。」
鎮守府本館と別館が警備範囲になっている黒潮と漣。見慣れた場所な分、夜間に明かりがフロア丸ごと消えているのは、正直怖い部分もあるだろう。艦娘とて、精神は女性のそれなのだ。
「しかし、珍しいもんやなあ。こういう組み合わせも。」
「…そうですね。黒潮さんて、陽炎さんや不知火さんと一緒にいることが多いから、尚更新鮮です。」
「ウチもな、他の娘と話したいけどな、中々話しかけてくれる娘がおらんねん。せやから、大体自分から話に行きよるんやけどな。」
「へぇー、そんな苦労が。ある意味メシウマです。」
夜間警備の際の決め方としては、当番が回ってきた各寮から順に、夜間警備翌日が休日になっている艦娘の中から、クジ引きという形でランダムに決められる。と言っても、一度警備に入った者は、一定期間インターバルを置いて再警備という形になっている。そのため、仲が好かろうと悪かろうと、艦種が違おうが何だろうが関係なく決定される。ただ、ここの鎮守府の場合は、仲良くなるケースの方が圧倒的ではあるが。
「さてと、3階はこれで終わりっと。記入ヨシ。」
「次は2階やな。執務室は確認せんでええ筈やから、確認するとしたら他の部屋やな。」
「そうですね。」
階段を降りる二人。執務室の扉の隙間からは、明かりが漏れ出ていた…が、黒潮はその向こう側に目を向けていた。
「漣はん。通信室って、今日誰か居るんか?」
「通信室は…。たぶん居なかったかと。」
時刻は午前2時半。大淀も副司令に言っていた通り、無線機の調整後に早々と寮の自室に戻っている。こんな時間に人は居ない筈。だが、通信室には煌々と明かりが点いている。
黒潮と漣は、念のため腰に掛けているホルスターから自動小銃を取り出し、そのセーフティーを解除して、ホルスターに一度戻した。
また、黒潮は電撃付き警棒も伸ばしておいた。通信室には、機密情報も多いためスパイなどが侵入する可能性もあるためだ。
漣が、自身の持つカードキーを使い、通信室の扉を開ける。バンッ。
黒潮は、通信室に飛び込んだ。
…ニャー。
鳴き声が部屋中に響く。
「…猫?」
中に居たのは、三毛猫だった。しかも、ネズミを咥えて。
「黒潮さん、あそこ。天井のダクト板が落ちてます。…なんも言えねえ。」
「いや、こういう時は何か言いや。にしてもなあ、落ちたダクトの板が、照明のスイッチを押すとはねぇ…。驚いたわ。ダクトが狭かろうが、猫にとってはお構いなしっちゅうことやな。」
実際、排気ダクトは狭く、断面は40㎝四方のサイズだ。人が通るには無理がある。その点、猫などは容易に行き来できるわけである。
「今度、提督にダクトの点検をするように、言っておきましょうかね?」
「せやな。あんたは、ウチが抱かせてもらうで。」
そう言うと、黒潮は三毛猫を胸のあたりで抱きかかえた。猫が銜えていたネズミは既に亡くなっており、感染症対策のため後で漣が真空パックに詰め込み、医務室で医療妖精に引き渡された。
二人は再度通信室を確認すると、漣のカードキーで扉を閉めた。
なお、自動小銃のセーフティーは、二人共移動中に掛け直している。
二人が次に向かったのは、本館1階である。ただし、巡回警備をする部屋数は、このフロアが最も少ない。理由は簡単で、大手コンビニ三社が1階のフロアにあり、買い食いなどに訪れる艦娘や夜勤の基地関係者が多いため、夜間で最も人目につくフロアだからだ。
コンビニの前を通っていると、ローソンから朝潮と荒潮が出てきた。
「朝潮・荒潮、こんな時間にお疲れやなぁ。間食でも買いに来たんかいな?」
「ええ、まあ。そんなところです。お二人は…、夜間警備ですか。そちらこそ、ご苦労様です。私たちの為にやって下さるなんて。」
「もう、朝潮ったらー。みんな、一回は必ずやるでしょ。そんな言い方だと、二人が気負い過ぎちゃうじゃない。あら?可愛らしい猫さんじゃない。」
「さっき、上の階を見回りしていた時に保護したんです。取り敢えず憲兵さんのところへ、預けにいこうと思っています。」
「あら、そうなの。まあ、憲兵さんのところならいつでも会いに来れるしねぇ。」
「荒潮、そろそろ。あんまり長く話すと、お二人の任務の支障になりますし。」
「そうねえ。じゃあ、二人とも頑張ってくださいね。」
「お二人もお気を付けて帰ってくださいねー。」「ほな、またな。」
「はい!」「ええ。」
こんな夜遅くに間食等を買いに来るのは、この鎮守府では珍しいことではない。最も、鎮守府施設の建物群が全て屋根とコンクリート壁付の通路で繋がっているため、実質屋内にあるようなものなのだが。
そのため、天気を気にせずに、基地内で済ませられる程度の買い物がいつでもできる、というのは結構な強みだったりする。
因みに鎮守府本館1階には、ゆうちょ銀行をはじめとする各行に通じる、24時間稼働のATMが設置されている。これらは基地内の職員も多く利用している。
朝潮達と別れた二人は、地下2階へ向かった。本館や別館には、地下に非常用設備を設置している。最も、その主たる理由は災害対策なのだが。深海棲艦の脅威が続いている現状では、基地施設への空襲対策としての側面もあるが、元々鹿児島県は霧島連山や桜島をはじめとする活火山地帯で、平成5年8月豪雨のように大規模な水害も起こりうる地域である。(桜島や水害に関してはだいぶ対策されてはいるが。)
そのため、万一の場合に備えて鎮守府も災害時の機能を持たせることが求められたのだ。本館には非常食などの備蓄倉庫、別館には停電や空襲に備えての、臨時司令室や大型発電機が地下に設置されている。
地下2階には、艦娘たちが規律違反を犯したり、拘束の必要性がある場合の場所として、営倉や取調室が置かれている。同じ階には遊戯室もあるが、こちらはゲーセンスタイルではなく、ビリヤードやダーツなど体を動かすものが主体だ。…少し分かりにくい場所にあるが、意外にも利用する艦娘は多い。
「毎度ここに来る度、薄気味悪さがあって嫌やわ。元々、そんなにここに来る人は居らへんしなあ。」
「そうですね…。遊戯室はともかく、営倉なんかはよっぽどのことをしない限り、入る事さえありませんもんね。」
二人は、無人の営倉内を懐中電灯で照らしながら、確認をしていく。鍵の損傷の有無や、扉や鉄柵の錆具合などを目視で確認しながら、奥へと進んでいく。
取調室と営倉の確認を終えた二人は、扉を数枚挟んだ先にある遊戯室へと向かった。
黒潮が、腕に着けていた時計を見ると、時刻は午前3時50分。流石にこんな時間に利用する者はおらず、用具に欠品したものが無いかや、ちょっと散らかっていた室内の用具を片付け、一通りの確認を済ませた後に電気を落とした。
地下1階への移動中、黒潮が漣に愚痴る。
「ほんま、堪忍して欲しいもんやで。確認すること、多すぎるっちゅうに。」
「まあまあ。おかげで、私は黒潮さんとじっくり話が出来ましたし。」
「せやけどな…。…まあ、提督も反対はしとったし、恨むなら大本営(防衛省)を恨むわな。」
「黒潮さんの言いたいことは、分かりますけどね…。一応書類上は、私たちは人間みたいな兵器の扱いですし。だからといって、人使い粗すぎですよ。全く。」
「…フフフッ。」「アハハハ。」
思わず二人から、笑いが込み上げた。
「ニャー。(いつ解放されるんだろうかにゃ。)」
すっかり忘れていたが、三毛猫は黒潮の腕に抱かれたまま、中々降ろされないため欠伸をしていた。
「さて、気を取り直して行こうか!」
「行きましょう。」
地下1階は、スプリンクラーの主要設備や災害時に対応を行う緊急時発令所といった、鎮守府施設の防火・防災設備や非常食や災害時に使うものを中心にした備蓄倉庫になっている。地下1階、となっているが、実際には本館の2階分相当の高さと広さがある。このため、もしこの倉庫を暗闇の中進むと、二度と地上には出ることができないだろう、という比喩表現がしっくりくるほど複雑な構造になっている。
ややこしいと言えばそれまでなのだが、倉庫が2階構造になっているだけで、スプリンクラー設備や緊急時発令所はちょっとしたホールのようになっている。
(なお緊急時発令所には、各地とのテレビ電話ができるような大型ディスプレイがある。)
黒潮と漣は、先に備蓄倉庫内を点検する。と言っても、ここに関しては照明が正常に点くか、棚から落ちているものが無いか、くらいの巡回警備内容だ。それだけここが広いということでもあるのだが。
ふと黒潮が、倉庫の隅の方に、大きな布で覆われた物を見つけた。
「漣はーん!」「はーい。」
漣が、黒潮に駆け寄った。
「これなんか分かるかいな?」
「? 何でしょうかこれ?」
「こんなに大きな包みがされているとは…何か気になるなぁ。」
「そうですねぇ。戻ったら、ご主人様…提督に聞いてみましょうかね?」
「…漣はん。何で今訂正しはったん?」
「な、何のことですか?行きますよ、黒潮さん。」
「やれやれ。」
二人が見かけた、この包み。この中身が役に立つ時が来ることを、この時はまだ、誰も知る由がない。
別館の警備は、憲兵さんがいることもあってそんなに確認することも無い。なお、ここで言う憲兵さんは、自衛隊の警務隊(自衛隊の警察と言った方が分かりやすいか)が務めている。最も、分かりやすい上に、艦娘たちからの親しみも込めて、憲兵さんと呼ばれている経緯もあるのだが。
因みにここ、鹿屋基地の憲兵さんは男女とも勤めている。まあ、ここの憲兵さんがお呼ばれになることは、ほぼ無いのだが。
「憲兵はーん。居るかいな?」
「ああ、黒潮さん。それと漣さんも。ご苦労様です。」
「すみません。ちょっとお願いがあるのですけれど…。」
「はい?」
「今、ウチの腕の中に居る猫を、ココで一時預かって欲しいんやけれど。どうやか?」
憲兵は、部屋の中を一瞥して少し考えた。
「そうですね…。一週間程ならこちらで預かれますが…。」
「すみません。後で提督にも話を通しておくので、少しの間ですが、その子をよろしくお願いします。」
「分かりました。それでは。」
憲兵さんと三毛猫は、本館に戻って行く黒潮と漣を見送った。もう、朝日が差し込もうとしていた。
「お前さんも、可愛い娘さんたちに見つけられて良かったな。」
「ニャー。(ずっと抱かれっぱなしは、勘弁してほしいにゃ。)」
この猫が、後に憲兵さん達の癒しとなり、福を呼び込む猫と言われるようになるのは、もう少し先のことである。
「副司令はん。戻ったでぇ。」「漣、只今戻りました。」
「うん。夜通しご苦労様。後はゆっくり休んでいいわよ。」
黒潮と漣は、夜間警備に使った道具や鍵などを副司令に渡した。
「ほな、ウチはこれで。」「漣もこれで失礼します。」
「巡回警備で疲れただろうから、ゆっくり休みなよ。」
二人は副司令に礼をし、執務室から自室へと帰っていった。
バタン。
「後は、二組ね…。周るのが大変だと思うけれど、頑張ってやり遂げて欲しいわね…。」
まだ執務室に戻ってこない4人のことを考えながら、副司令は棚から茶缶と急須を取り出し、緑茶を作っていた。
お茶に含まれるカフェインは、コーヒーには及ばないが、それなりに朝の眠気を飛ばしてくれる。
滑走路には、P-3C哨戒機が離陸しようとしていた。鹿屋基地の一日が始まろうとしている。
格納庫(ハンガー)からタキシングしてくるもう1機のP-3C。離陸準備の整ったP-3Cは、滑走路26Lを進む。
4発のターボプロップエンジンを従えて、P-3Cは東シナ海に向けて飛び立った。その機体は、昇りつつある太陽を背に、光り輝いていた。
今日も一日が始まった。副司令はそう思いながら、夜間警備から戻って来る4人を待った。
P-3Cを見送る、彼女の湯呑に注がれた緑茶には、茶柱が一本立っていた。
今回の夜間警備には、あと4人がメインで登場します。サブキャラとして、何名かの艦娘も登場しますよ!
後編も、どうぞお楽しみください!(…ちょっと間が空くかもしれませんが。)