旭日は昇っているか ~鹿屋基地攻防記~(休止中)   作:くろしお

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こんにちは、くろしおです。<(_ _)>

亀更新のわりにドサッと書く癖がなかなか治りません。はい。

今話で、神通たちの貨物列車護衛任務は佳境を迎えます。
彼女たちは、暴走する貨物列車を止めることが、果たしてできるのでしょうか?
鹿屋市街到達へのタイムリミットが着々と迫ります!

それでは、第9話です。どうぞ。

追記:文中の不自然な部分を一部改訂しました。 台湾東方沖2000㎞→200㎞


第9話 タイムリミット

 午後7時40分 ―JR九州本社 3695レ特別対策室―

 神通たちが武装集団と銃撃戦の最中だった頃、JR九州・博多総合指令センターには、3695レからの連絡が途絶したという内容で、日南線を管轄する宮崎鉄道事業部のCTC(Centralized Traffic Control:列車集中制御装置)の方から連絡が入った。

 総合指令センターからも3695レに対して、列車無線や携帯電話(JR貨物車でも使用が可能なもの)、最終手段として日南線全域への防護無線を発報した。

 だが、宮崎鉄道事業部のCTCから送られてくる情報から読み取れたのは、3695レが止まる素振りすら見せない、列車の在線表示ランプが点き続けたままの様子だった。

「一体、3695レで何が起こっていると言うんだ。」

 指令センター内の職員の一人が、そう呟く。

 指令センター内ではこのイレギュラーに対して、何ら有効な対策を打ち出せていなかった。後に国土交通省に対し、非常事態の一報を発したことで状況の深刻さがより一層増すこととなった。

 JR九州と貨物の職員は、後にこの時のことをこう振り返っている。

「体中から血の気が引くと同時に、心臓が止まったような感覚を覚えた。(JR九州職員)」

「指令センターの方から打つ手なしと言われた時、私の頭の中は真っ白になった。(JR貨物職員)」

 連絡も取れないまま暴走する3695レが進み続ける様子を、指令センターからではただ見続けることしか出来なかった。

 彼らがこの場で出来ることは、もうほとんど無かった。

 

 

 

 

 場所は変わり、鹿屋基地鎮守府。

 大規模な電波障害(実際には電波妨害)が続いていた鹿屋基地周辺では、進入灯やサーチライトを使って、基地に進入しようとしていた航空機たちを、発光信号で鹿児島空港へと誘導する作業を行っていた。

 提督や副司令、基地にいた艦娘たちも、情報収集や状況把握に努めていた。

 そんな折、神通からの衛星電話が鳴り響く。衛星電話は、人工衛星を直接介して通話できる特性から、地上側の通信設備が軒並みやられていた今回では、非常に役立つツールとなった。

 提督は執務室での作業を一旦止め、電話をとる。

『神通です。』

「…連絡が一向に来なかったから、何かまずいことでもあったのでは、と心配したんだぞ。あの後、何があった?」

『提督、報告が遅れてしまい申し訳ありません。武装集団の方は、こちらで制圧できましたが、単刀直入に申し上げます。我々の乗る列車が、制御不能になりました。あと一時間程でそちらに到達します。』

「⁉ そうか…。こちらは何をすればいい?」

『大隅線の線路沿いの、住民の避難誘導をお願いします。このままの速度では、この列車は鹿屋駅先のカーブで脱線転覆します!』

「分かった。すぐに皆を出動させる。」

『こちらも最後まで足掻いてみます。…もしもの時は、頼みます。』

「縁起でもないことを言うのはやめろ! 川内や那珂が悲しむぞ。それに…、無事に帰って来い。お前にしごいてもらわにゃならん駆逐艦たちが、まだ大勢残っているんだからな。」

『分かりました。提督、ありがとうございます。…あとは、お願いします。』

 通話はここで切れた。

 提督は、現時点で手の空いている艦娘たちを提督は、現時点で手の空いている艦娘たちを呼びだし、すぐに自衛隊の3・1/2tトラックを複数台用意した後、混乱に陥っている大隅線や鹿屋基地周辺の住民の避難を開始させるべく行動を始めた。

 

 

 

 

 3695レの暴走の一報は、提督を介して防衛省や国土交通省(こちらは正確にはJR九州の報告の少し後に、鳥海から連絡)、さらには大山峠での爆破事件の捜査中だった広島県警にも届けられた。

 特に、広島県警では鉄道警察隊の他、捜査一課や広島県警の幹部も捜査に加わったため、捜査本部そのものが広島県警本部に置かれるという程の力の入れようであった。それだけに、3695レへの再攻撃等の懸念があったが故に、この報告に対して衝撃を受けた者も多かった。

 当然、神通達と顔を合わせた鉄道警察隊の警部たちの耳にも入った。

「警部!…仰っていた通りになりましたね。」

「ああ。最も、当たってほしくは無かったがね…。」

「それにしても…、艦娘さん達。凄いですね…。本当に返り討ちにして見せるとは…。」

「彼女らが強いという、その証拠だろうな。…我々が今できるのは、犯人を探し出すこと、そして艦娘さんたちの無事を祈ることぐらいだ。」

 廊下の窓辺から空を見上げながら、二人の警察官は、捜査本部の置かれている部屋へと足を向けた。

 

 

 

 

 依然暴走を続ける3695レ。神通達は役割を分担し、運転士の提案の基で各貨物車の手動ブレーキを掛けるべく、各々の準備を整えていた。

 前方側に居た村雨は、負傷した運転士を後ろ側の機関車に移していた。

 といっても前話の通り、デッキ側に扉は無いため、非常手段として再び旋回窓を蹴破ることになった。

 運転士を椅子に座らせたのち、村雨はまだ破壊されていなかった運転台に座り、速度計を見る。時速は約75㎞。この貨物列車が出せる、営業運転上の最高速度だ。

「こちら村雨。現在時速75㎞です。神通さんたち、よろしくお願いしま~す!」

『こちら神通。了解。村雨さんは、そのまま運転士さんの看病と速度監視をお願いします。』

『こちら朝潮。了解しました。村雨さん、ありがとうございます。』

 無線機で前方と後方の連絡を取り合う。

 搭載していた列車無線が破壊されて使用できないため、持って来ていた無線機でのやり取りとなったが、正直言うと心許ないところである。携帯電話も、片手が塞がったり、スピーカーモードの音が聞き取りにくくなり、作業を支障し兼ねないなどして迂闊に使えないため、こうした方法での作業となった。

 なお、夕立は先頭機関車に残って、武装集団の一人の監視と列車の前方監視に務めることとなった。

 また、満潮は、各貨物車の監視カメラを見ながら異常が無いかを確認する作業に就いた。

 暴走する列車を、止める準備が整った。

 

 

 

 

「朝潮さん、行きますよ!」

「はい、任せてください! 神通さん!」

 神通と朝潮は、後方から順に各車両の手動ブレーキを回す役を引き受けた。

 実際には、車両の車端部(デッキ)にある手動ブレーキのみを回すため、厳密には「全車両」のブレーキが掛かるわけでは無い。

 だが、ある程度の数の車両に手動ブレーキが掛かれば、運転台としての機能がまだ残っている、二両目の機関車の単独ブレーキのみでも大幅な減速、あるいは完全な停止ができる可能性があるのだ。

 運転士が言った最後の手段とは、そういうことである。

 これが失敗すれば、列車を脱線させるなりしない限り鹿屋駅先のΩカーブでの脱線転覆・炎上が待っている。

 

 

 神通達は、まずタンク車の手動ブレーキを掛けていくことにした。コキ107の前に連結されているコキ104は、車両側面に手動ブレーキのハンドルが取り付けられており、走行中にハンドルを回すことは物理的に不可能だった。 

 このため、先にデッキ部に手動ブレーキハンドルがあるタンク車を停止させることにしたのである。

「朝潮さん、一斉に回します!せーのっ!」

 神通と朝潮は、2両同時に手動ブレーキを掛けた。…ハンドルは重い。だが、少しずつ下に沈み始めた。

 

 キィィー キィィー

 

 車輪とレールが擦れ合う。車両下から火花が散り、さながら悲鳴を上げているようだ。

「神通さん、次行きましょう! 時間がありません!」

 朝潮は焦る。鹿屋駅まで残り15㎞。残された時間は僅か10分ほどしかない。

 カーブが差し掛かる度に、脱線の脅威が迫る。

 

 

 神通達が手動ブレーキハンドルを回し始めた頃、村雨と夕立は、神通と運転士から、運転台上にある信号炎管を引くように頼まれていた。

 この信号炎管とは、列車が何らかの非常事態に陥った際に使われる、多量の煙を排出する発煙筒である。

「夕立、引くわよ!」

「分かったっぽい!せーの!」

 機関車二両から、大規模な白煙が昇る。煙は、南向きに流されていった。

 

 

「あっ、あれ!」

「火災なのかしら?」

 大隅線沿線住民の避難誘導を行うべく、大隅線沿いの道路をトラックで走っていた長良と曙は、前方から巨大な白煙が立ち昇るのを目撃した。

 煙源はこちらに近づいて来ている。

 すると、けたたましい金属音と、白煙をまき散らしながら線路を進む貨物列車の姿を、二人は捉えた。

「あれってもしかして!」

「⁉ 長良さん! 今先頭車に夕立の姿が見えた!」

「間違いない!この列車だよ!」

「どうします?」

「とりあえず、提督に伝えなきゃ!」

 長良は一度トラックを止め、軍用無線を用いて提督に連絡を入れた。その後、二人は3695レの追跡を始める。

 

 

 

 

 場所は変わって吾平(あいら)駅(鹿屋駅から志布志側に8㎞程いった駅)。防護無線の発報により、鹿屋側から来ていたキハ200系気動車2両が、単線区間で立ち往生していた。駅まであと百数十mの距離であった。

 吾平駅は、一面二線の交換駅で列車の入れ違いができる駅だ。

「はあ、何でこんな時に指令室と無線が繋がらないんだよ…。」

 そうぼやいたのは、この列車を運転する運転士。中には数十人の乗客が乗っていた。

 この鹿屋発志布志行き807D列車は、吾平駅で本来は列車の待ち合わせを行う筈だった。

 だが、防護無線の発報で列車に非常ブレーキが作動した。このため、列車を迂闊に動かすことが出来ず、指令室への無線も繋がらないまま、かれこれ30分が経過しようとしていたのだ。

「取り敢えず待機…、うん?」

 807D列車の運転士は、少し向こうの方から二灯の明かりがこちらに近づいてくるのが見えた。

「…。はっ、まずい!」

 運転士は近づいてくる明かりが何なのか、すぐに分かった。

 列車の前照灯である。

 そう、この前照灯を灯しているのは、紛れもなく現在暴走中の3695レであった。

「減速の気配がない…。このままでは、ぶつかる!」

 キハ200系2両の車重は、計約80トン。対する3695レは計約2000トン。

 このままぶつかれば、807Dは木端微塵に吹き飛ばされるのは、火を見るよりも明らかであった。

「本来やってはいけないが…、そうこう言っている場合ではない!」

 そう言うと、807Dの運転士は、作動していたATSの非常ブレーキを強制緩解。

 マスコンを力行に叩き込み、吾平駅の側線に逃げ込もうとする。

 迫る3695レ。807Dの運転士は、速く加速してくれ、と内心焦りながら操作する。

 3695レが吾平駅の200m手前まで迫る。807Dは、ようやく1両目が転轍機(てんてつき)(ポイント)を渡り始める。

「頼む!間に合ってくれ!」

 神に(すが)るような思いで、彼はマスコンを力強く握った。

 2両目が転轍機を渡り切った直後、3695レがゴーッ、という轟音を轟かせながら807Dの横をすり抜けていった。

 

 

 危機一髪というところで、間に合ったのだ。

 

 

 807Dの運転士は、吾平駅の停車位置に列車を止めて、安堵のため息を放つ。

「良かった…。」

 すると、乗客の方々が詰め寄ってきた。

「運転士さん、今の列車は⁉」とか、

「急に動き出したから何かと思ったけれど、大丈夫ですか?」など、反応は様々だった。

 ちなみにこの後、807Dの乗客たちは九死に一生を得た方々として、全国紙などで取材を受けることとなるのはまた別の話である。

 余談だがもし、807Dの運用がキハ40系列だったら…。恐らく、退避することは不可能だっただろう。登場時に電車並みの加速を誇り、「赤い快速」と呼ばれたキハ200系は、こうした非常時においても、その自車の実力(スペック)を遺憾なく発揮したのであった。

 

 

 

 

 807Dとニアミスする直前、夕立も、駅の後方に黄色い車体の列車がいることに、気が付いていた。

『神通さん! 前に列車がいるっぽい! どうすればいいの!』

 神通は考えた。だが、こちらで出来ることは皆無であった。

「夕立さん、そのまま前方を見続けてください。ぶつかると分かったら、すぐに無線で伏せるように言ってください。」

『りょ、了解っぽい。』

 結果的に807Dとの衝突は免れ、事なきを得たものの、未だ列車は暴走中。神通は、一刻も早く列車を止めなければと、危機感を更に強めていった。

 

 

 後方側で控えている満潮は、各車両を確認しながら、気絶している武装集団の面々も監視していた。

「うぅっ…。ここは…。」

 武装集団の一人、ハイビスカスが目を覚ます。

「気が付いたようね。一応謝っておくわ。医療処置はしておいたわよ。」

 そう言われた声の主の方に、ハイビスカスは首を向ける。

 見た目は小学生のようにも見えるが、彼女は満潮の背後に何かオーラのようなものを感じ取った。それが何なのかまでは、彼女には分からなかったが。

「手錠と足かせは念のためよ。悪く思わないでね。…今あなた達のせいで大変なことになっているのだから。玉砕覚悟とか、勘弁してよね…。」

 えっ、とハイビスカスは声を漏らした。

 実は彼女、バイト気分でこの計画に参加していたため、まさか自分の命まで捨てるような事態になっているとは、露も思っていなかったのである。

 最も、ライラックやローズマリーのように、艦娘たちに対していい印象は持っていなかった。だが、人間生命(いのち)の危機の淵に瀕した時、命を投げ捨てるという、その一線を超えられる人間は、果たしてそう多くいるのだろうか。彼女は、短期間ながらも自分のやっていたことに、少し疑念を持った。

「あなた達のような人間がいることも、私たちは知っているし、それについてどうこう言うつもりもないわ。ただ、他者を傷つけてまで押し通す主張なんて、他の人からすれば嫌悪を抱くだけ。それだけは覚えておいて。」

 説教じみたようだが、筋を通す満潮。

 その言を聞いたハイビスカスは、自分のしたことに対して涙を流す。

 

 

 神通と朝潮は、着々と手動ブレーキを掛け続けていた。

 手動ブレーキの厄介な点は、ある一定の所までハンドルを回さなければ、ブレーキが掛からないようになっていることだ。

 さらに、ブレーキパッドを無理矢理車輪に押し付けているため、ブレーキパッドの摩耗が早まってブレーキが利きにくくなりだすという問題もある。

 スピードをもってやらなければ、列車を止めることは出来なくなってしまう。

 ホッパ車の手動ブレーキまでは掛け終わったが、列車はなかなか減速しない。

「村雨さん、今時速は?」

『65㎞です。』

「かなり掛けたはずなのに…。」

 半分近くの車両のブレーキは掛けたのだが、残り十数両ほどのコンテナ車がブレーキを掛けていないまま、まだ残っていた。

「朝潮さん、急ぎましょう!」「はい!」

 コキ50000のブレーキハンドルを大急ぎで回す。

 鹿屋駅まで残り2.8㎞。

 

 

 

 提督は、副司令とともに、艦娘達に対して住民の避難指示や誘導を指揮していた。

 指揮が一段落し、提督は、頭脳派の艦娘たちに問いかける。

「このまま、神通たちが手を尽くしても駄目だった場合、被害はどの程度になる?」

 霧島と鳥海は、提督に対して非常に険しい顔を向けて、つい先程まで試算していた被害想定を手渡す。

 最悪の場合としては、鹿屋駅先のΩカーブで3695レが脱線転覆、400トンを超える燃料や弾薬数十トンが全て爆発・炎上・それによる延焼が連続した場合、死者約1000人、負傷者約8000人、被災エリアに至っては、基地も含めて30㎢に上るという天災クラスのものになる、という想定だった。

「…神通達は、止められるかしら…。」

 副司令は、自信のない声でそう言った。

「…今は彼女たちを信じよう。鹿屋基地の破壊機救難消防車を、鹿屋駅付近に配置してくれ。今日はどの道航空機は降りてこないからな。」

 提督はそう言い、消防車の一台に乗り込んで現場での陣頭指揮を執ることにした。

 副司令は鎮守府に残り、誘導に努める艦娘たちに指示を飛ばした。

 

 

 

 

 午後9時6分 ―JR九州 鹿屋駅(鹿児島県鹿屋市)―

 3695レが迫る鹿屋駅。この世界では、鹿屋駅に鹿屋市役所が設置されており、飲み屋街も並ぶという、ちょっとした繫華街を隣接させている。金曜日の夜ともなれば、多くの人で賑わう場所だ。

 だが、今の鹿屋駅周辺は、人の姿が皆無であった。避難命令が出ているためだ。

 鹿屋駅を中心とした、半径3㎞圏内は避難指示対象となっている。理由は言うまでもないだろう。

 この3㎞圏内に含まれている行政施設も、軒並み緊急移転となった。

 そんな状況下で、提督はこの場所に乗り込むこととなった。

「神通、朝潮、満潮、村雨、夕立。頼んだぞ…。」

 自身の部下に、鹿屋市・鹿屋基地の未来を託し、消防車の配置などの調整を行う。

 

 

 

 

 3695レを横から追う、長良と曙。

 提督からは、なるべく深追いはするな、とお達しが出ていたが、仲間たちが奮闘しているのに、歯がゆい思いはしたくないと感じ、二人は先頭機関車の真横で動向を見守る。

 

 

「ん?灯り?」

 ふと左側から灯りを受けた夕立が、その方向を見ると、自衛隊のトラックが並走しているのに気が付いた。運転席の屋根から、灯りが向けられている。

 すると、今度は発光信号に変わった。

「ワレアケボノ・ナガラ ユウダチワカルカ」

 という旨の発光信号が夕立に送られた。

「神通さん!長良さんと曙です!」

『お二人が…。夕立さん、こう返してください。』

 夕立は、車内に取り付けられていた懐中電灯を使い、

「ワレユウダチ ハツジンツウ ミナブジ オノオノノコウドウニゼンショサレタシ アテアケボノ・ナガラ」

 と返した。

 二人は少し考えたが、列車の後を追う形で沿線住民に避難指示の放送を流しながら、仲間たちの決死の作業を、最後まで見届けようと腹を括った。

 待つこともまた、戦いである。

 

 

 

 

 「神通さん!これで最後です!」

 『行きますよ。せーの!』

 朝潮は、最後に残った手動ブレーキハンドルを回す。

 半分以上の車両にブレーキが掛かったことになり、これで減速が可能なはず…。そう考えた。

 「司令は、何て仰ってくださるのかな。」

 早くも停車後のことを考え始めていた。だが、そうコトは上手く転んではくれない。

 『ブレーキが利きません!』

 無線から、村雨の叫びが飛び出す。

 

 

 

 

 村雨は神通から、一通りの手動ブレーキを掛けるのが終わった、と通信が入った。

 このため、3695レの運転士の指示通り、2両目機関車の単独ブレーキを掛けた。時速は一瞬下がったかに思われた。だが、先頭機関車の速度が下がらない。

 先程の叫びは、状況の悪化を意味するものだった。

 「…どうすれば…。」

 現在は時速60㎞。鹿屋駅先の急カーブの制限速度は、時速25㎞以下である。

 このままでは、列車はあのカーブを曲がり切れない。

 

 …村雨は、決断した。

 「運転士さん。前の機関車を切り離します。…被害を最小限にするには、これしかもう方法が残っていません。構いませんか?」

 運転士は悩んだ。艦娘たちにとっては、艤装が自身の相棒のようなもの。運転士にとってもまた、このDD51形も相棒あるいはそれ以上のものである。

 ましてや長年付き添ってきたそのうちの一両を、見捨てることになる。

 彼は内心葛藤したが、険しい顔をしながらも、

 「お願いします。」

 と、村雨に頼んだ。

 村雨は頷くと、先頭機関車と2両目の機関車の連結器へと向かう。

 

 

 

 

 「夕立、聞こえる?」

 大声で夕立を呼ぶ、村雨。

 「どうしたの、村雨?」

 先頭機関車の窓から顔を出す、夕立。

 「今から、前の機関車の連結を切り離すから、ちょっと手伝って!」

 「分かったっぽい。…ここにいる人はどうするっぽい?」

 「…こっちに投げて!キャッチはするから!」

 「じゃあ、いくっぽい!せーの!」

 武装集団の一人が、夕立によって軽々と後方に投げ飛ばされる。

 「まずい!」

 彼の体は、線路から大きく外れようとしていた。

 村雨が手を伸ばす。

 男がバラストに接触する、そのすんでのところで、村雨が服を掴んで、男を持ち上げデッキに降ろす。

 「村雨! 次はどうすればいいっぽい?」

 「こっちに来て! テコを持ち上げて、連結を解放します!」

 「分かったっぽい。」

 夕立が2両目の機関車の前部デッキに乗り移り、二人は両機関車間の連絡の切り離しを試みる。

 デッキの両サイドから、連結解放テコを持ち上げる。…びくともしない。

 「うそ…。固過ぎる…。」

 先頭機関車の連結機が、解けない。まるで艦娘達(+乗務員ら)をあの世へと引きずり込もうとしている、とその場にいた村雨はそう感じた。

 「このまま諦めるなんて…できるわけ無い。私は、夕立の、いや皆のお姉さんなんだから!」

 そう言うと村雨は、あろうことか先頭機関車のデッキに乗り込んだ。

 「村雨、何をするつもり⁉」

 「ごめん。夕立、任務を完遂できなくて。…みんなのこと、お願いね。」

 まるで、いや、これが遺言であるかのように、夕立にそう言った。

 『村雨さん、夕立さん! 大丈夫ですか?』

 無線機越しから、神通が二人の安否を気遣う声が飛ぶ。

 「神通さん…、すみません。夕立と、運転士さん、武装集団の残り一人、そして後のことをお願いします。」

 『村雨さん…、ダメです! 一緒に鎮守府に帰りましょう!』

 「…神通さん。もう、これしか、方法が無いんです。…訓練厳しかったですけれど、今日まで自信がつけられたのは貴方のお蔭です。…ありがとうございました。朝潮、満潮。白露のこと、お願いね…。」

 『村雨(さん)!』

 「村雨、通信終わります。」

 無線機を切ると同時に、彼女は、先頭機関車の連結解放テコの先端にある、連結機を固定するピンを繋ぐ鎖を、自身の持ちうる全力を以って引き上げた。

 

 

 ガチャン  カンッ

 

 

 連結が解除された途端、夕立は、村雨の方を見た。

「むらさめー!」

 夕立は、にこやかに、しかし、目に涙を溜め、彼女(夕立)を見続けながらも、どんどん離れていく村雨の姿を、ただ茫然と見送るほかなかった。

 

 

 

 

 互いの連結機が離れ、先ほどまで繋がっていた、意味を為さなくなっていたブレーキホースや、ジャンパ栓が引きちぎれたことで、2両目の機関車以降の列車は急激に減速しだした。

 これによって、鹿屋駅先のカーブで大量の燃料・可燃物を搭載した3695レ本体の、脱線転覆という最悪の事態は避けられた。

 3695レが停止した位置は、鹿屋駅から約1.5㎞の地点だった。まさに間一髪である。

 だが、先頭機関車は未だ暴走を続け、鹿屋駅に接近していた。質の悪いことに、今まで牽引していた列車がなくなったことで、車両が身軽になり、先頭機関車は寧ろ加速していた。

 村雨の機転で最悪(ワースト)は避けられた、だが悪夢(ワース)はまだ終わっていない。

 鹿屋駅到達まで残り1分30秒。

 

 

 

 

「なに! 村雨がまだ残っているだと⁉」

 提督は、神通からの衛星電話の報告を受け、啞然とした。

部下(村雨)が、まだ暴走中の車両に残ったままなのだ。

「分かった。できる限り手を尽くす。」

 衛星電話を切ると、駅から線路を見張っていた消防隊員が、機関車が近づいていると大声で周囲に呼び掛けていた。

 提督は、列車の破壊オプションも含めて検討していた。だが、もし実行すれば、艦娘である村雨とて無事では済まない。

 提督は、鎮守府の方から一緒に連れて来ていた工兵隊の妖精たちと、陸上自衛隊の二個小隊(24名)を呼び、プランEを行うと言った。

 呼び出された彼らは、すぐに鹿屋駅構内の安全側線へ向かい、本来車止めかバラストの山が敷かれているはずの場所に、覆うようにかけていたブルーシートを剝いですぐに退避した。

 機関車到達まで残り15秒。

 

 

 

 

「あれで良かったのかな…。うんん、あれで良かったのよ。後は、機関車がカーブに突っ込むのを待つだけ…。」

 村雨は、椅子に座り、最後の時が来るのを待つ。

 …彼女の顔は、泣きはらしたように目元が赤くなっていた。体も少し震えている。

「ああ、鹿屋駅が見える。…艦娘になってからの時間、充実していたなぁ…。」

 走馬灯のように、着任後の記憶を思い出す。

 神通に鍛えられ続けた、強化訓練。駆逐艦娘共同でのパーティー。提督の指示を巡って、意見対立した叢雲との演習。あれから叢雲と少し仲良くなったんだっけ…。

 ぽつりぽつりと、村雨の眼からは再び涙が溢れだす。

「…やっぱり…皆と、まだ一緒に居たいよ…。」

 グスグスと涙が止まらなくなり、一度は抑えていた感情が一気に崩れた。

「誰か、私を助けて…。」

 そう呟いた瞬間、村雨は体を吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「来たぞー!」

 駅構内にいた消防隊員の一人が、機関車の接近を呼び掛けた。

「今だー!」

 提督がそう言うと、線路脇にいたJR九州の作業員が、手動操作用の転轍機を本線側から安全側線側へと切り替えた。

 作業員はすぐに線路から退避する。

 轟音を立てて、高速で通過していくDD51。

 ギヤギヤギヤギヤ…

 けたたましい金属音と共に、DD51は安全側線へと突入する。

 

 ダタンドトン

 

 ストン

 

 ギリギリギリ…

 

 あれだけ暴走していたDD51は、ここ鹿屋駅でようやく止まった。

 

 

 提督が発令したプランE、それは「とりもちを使った列車停止方法」であった。

 とりもちは、粘着性が高い物質であるため、今回のように車輪の動きを絡めとることが容易であった。

 最も、長大編成で突入された場合、僅か数十m程度の長さでは、完全停止など不可能に等しかった。ぶっちゃけ、提督自身もどうかと思ったくらいの、ボツ案同然のオプションだった。

 それが偶々、機関車1両ほどの長さになったが故に、実行することが出来たのである。

 ちなみに、鹿屋基地でも侵入者対策の一案として、とりもちの使用が行われており、以前黒潮と漣が備蓄倉庫で見かけた包みは、これの余りだったりする。

 DD51が動かなくなったところで、提督は運転席のドアを開ける。

 

 

 

 

 「ウウッ。…痛たたた…。」

 とりもちに突っ込んだ衝撃で、体を吹っ飛ばされた村雨。

 体のあちこちが痛むものの、見る限り致命傷になるような怪我はなさそうだ。

 

 ガチャン

 

 運転室の扉が開く。

「村雨、無事か。」

 村雨が扉の開いた方に顔を向けると、そこには投光器で背中を照らされる、提督の姿があった。

「…っ。…ぐすっ。提督ぅ~。」

 提督の胸元で、わんわん泣く村雨。

「よく頑張った。…生きていてくれて良かった。」

 提督もまた、部下の身を案じていた。村雨を苦しめない程度だが、抱きしめる腕の力が徐々に強くなっていく。

「さあ帰ろう。皆のもとへ。」

「はいっ!」

 提督は、村雨をお姫さまだっこするように抱え、運転室を降りていった。

 こうして、この日の3695レを巡る一連の騒動は、無事終結を迎えた。

 

 

 

 

 鹿屋駅付近の建物の一角。フードを被った男が、現場を一巡する。

「これで終わりだとは思わないでくださいね…。」

 そう呟き、闇に消えていく男。果たして彼は一体何者なのか。知るものはいない。

 

 

 

 事後経過は、意外にもあっさりと進んだ。

 停止した3695レ本体は、無事に鹿屋基地へと送り届けられた。荷物の一部は銃撃戦で破損するなどしていたが、その他大半の荷物に影響は無かった。艤装や弾薬も、である。

 余談だが、神通や夕立たちは列車停止後に、長良と曙の乗るトラックに収容された。鹿屋市街に貨物列車を突っ込ませようとした、武装集団(後に正式にテロリスト扱い)もこちらに移された。その際、神通や夕立、朝潮や満潮まで泣き出したものだから、長良と曙は四人を宥めるのに大変だったそう。

 後で村雨の生存を聞いた時、神通は腰を抜かし、夕立たち三人は安堵の表情を浮かべたという。

 

 

 鹿屋基地周辺の電波妨害や根岸事件、更には今回のトレインジャックは、全て一本の線で繋がっていた。

 いわゆる艦娘排除派である。正確に言えば、現在の自衛隊+艦娘中心の体勢を崩し、日本を非武装・平和主義・日米同盟破棄を急進的に進めようとする集団の存在だ。

 3695レを乗っ取った武装集団のリーダー(ライラック)が、そう証言したのである。彼自身も艦娘を相当憎んでおり、犯行に至った発端は、艦娘をヘイト扱いすることを目的としたインターネットの掲示板からだった。

 警察も、当初はライラックたちのみ立件(銃刀法違反・往来危険罪他)で捜査を行っていたが、根岸事件も3695レの事件の一部(武装集団側は鹿屋の平和作戦と称していた)であったという旨を話す者もいたため、かなり慎重な対応を取らざるを得なくなった。

 

 ちなみに、武装集団側が立てていた作戦としては、

①3695レ(あるいは他の鎮守府に向かう列車)の爆破→広島・大山峠で実行、失敗

②根岸駅停車中のタンク車を爆破(これは別にどの車両でも良かったそう)→たまたま横須賀基地行きのタンク車が爆破、意図していたわけではなかったが石油タンクに誘爆・死傷者多数の被害[こちらが陽動(・・・・・・)

③鹿屋基地付近で燃料輸送列車(≒3695レ)を脱線転覆・爆破→神通たちの奮闘で阻止

⇒成功していた場合、反基地の熱が冷めないうちに、鹿屋基地周辺で基地機能及び鎮守府機能の即時撤廃を求める数十万人規模のデモ(≠平和的なもの:第三者視点で)を画策

⇒そのまま基地占拠の後、基地施設の破壊を計画

 

 というような流れだったそう。

 最も、本土と沖縄を繋ぐ位置にある鹿屋基地を、閉鎖するようなことはまずあり得ないため、だいぶ無茶苦茶なことを計画していたわけである。

 …利益を被るのは誰か、という視点で見ると深海棲艦以外にも恐ろしい敵はわんさかいるという、その証拠にもなるわけだが。それは、今ここでは論じまい。

 

 このため、一時的にこれらの事実は隠蔽されることになる。国民のもとに正確な真実が伝わったのは、これよりもはるか後の頃になった。

 

 

 

 

 トレインジャックから2日後の朝 鹿屋基地 鎮守府本館

 事後処理に追われ、ようやく自分たちの鎮守府向けの書類に手を付ける提督と副司令。

「今回は散々だったな。」

「まったくね。」

 執務室で、二人が話しながら執務を続ける。

 

 コンコン

 

「失礼します。」

 今日の秘書艦である妙高型1番艦、妙高が執務室に入ってくる。

 彼女は、持ってきた湯呑みにお茶を淹れて、二人の前に置く。

「皆さん、無事に帰ってきて良かったですね。」

 妙高は、昨日の晩に遠征から帰還したため、二人と直接会うのは事件後これが初めてだ。

「ほんとだよまったく。一時は冷や冷やしたもんだ。」

「その割には、えらく冷静だったわね。何でかしら?」

「…まあ、その、信用というか、信頼というか。」

「ふーん。」

「そういえば、提督。司令部から通達です。」

 妙高は、提督と副司令に、司令部(大本営)からの封書を手渡す。

 提督がおもむろに封筒を破くと、ここ最近のグアム・サイパン方向(中部南方地域)での、深海棲艦の動きについてのレポートが入っていた。

「敵さんは、そう長くは待ってくれないということか。」

 提督は南の方に目を向けた。

 

 

 

 

 同刻 ―台湾東方沖 200㎞付近―

 その頃、深海棲艦の空母ヲ級7隻を中心とした6艦隊、37隻が北上を続けていた。

 ヲ級の誇る漆黒の艦載機群が、わらわらとハエのように密集して進んでいく。向かう方向は北北東、九州方面だ。

 後に鹿児島・鹿屋基地迎撃戦と呼ばれる戦闘の、まだ早い嵐の前の静けさである。




ご拝読頂きありがとうございました。

…話の区切りを付けようとしたら、ここまで長くなるのかよ、としみじみ思ったりもします。

最後の描写は、次話に繋がる部分になります。
…こう、導入書いた割に回収するのがあとになるのは気のせいなのか?
そうだと思いたいところです。


最近、刀使ノ巫女が終わってちょっとロスりました…。最終話で泣くとは…。;つД`)
ふと刀使ノ巫女のSSを書いてみようかどうかと、ちょっと悩んでみたり…。
ただ、風呂敷を広げすぎると、畳むのが大変になるというのが…。(まして亀更新ですし)
う~ん、困ったものです。

ではまた。次話でお会い致しましょう。(^^)/~
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