竜の使い魔   作:超高校級の切望

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雪風は邪竜の過去を夢見る

 タバサは目をひらき、其処が夢であると認識するのに数秒をようした。

 音も、臭いも、感触も、全てがリアルに感じる。

 

「………水槽?」

 

 窓がない、どうやら地下のような空間には沢山の円柱型の水槽が大量に並んでいた。

 

「───ッ!?」

 

 その中には人間が浮かんでいた。

 一瞬、人形かと思ってしまった。それだけ、彼等から感情という物を感じ得なかった。自分のように、感情を押し殺して人形に成ろうとしたのとは違う、本物の人形の瞳。歴史も感情も経験もない虚無の瞳。

 タバサは、それが怖かった。

 

「………え?」

 

 思わず後ずさり、水槽の一つにぶつかる。振り返り目を見開いた。

 

「……ジー……ク?」

 

 その水槽に入っていたのはジークだった。タバサが知るより幼い姿をしていたが、間違いないだろう。

 彼は、違った。他の水槽の中の者達と違い、その目には意思が宿っていた。

 

「………………」

「………ッ!」

 

 と、不意に話し声が聞こえてきた。タバサは反射的に隠れる。やってきたのは太った男と若い男。制服なのか、どちらも白い服を着ている。

 彼等は水槽の中を見て回る。

 次にやってきたのは白い服を着た男女。水槽の中の者達のように、意思という物を少しも感じない空虚な瞳。作業のように、時折水槽の中から彼等彼女等を取り出す。

 そんな光景を、ジークはじっと観察していた。タバサも隠れて観察し、理解する。彼等は造られた命だ。消費されるため、サーヴァントと言う存在に魔力を与え続けるためだけに造られた者、大戦の兵として消費されるために造られた者、家事を行うためだけに造られた者。

 

「う………っ……」

 

 吐き気がする。人の命を物のように扱われているこの空間が、人を物だと認識している彼等が、たまらなく不愉快だ。

 と、今度は水槽の中のジークより幼い、タバサよりも小さな背丈の男と青い服に鉄の仮面を付けた男がやってくる。

 

「……………」

 

 彼等は水槽を前に話し合う。どうやらゴーレムの核に、魔術回路と言うものを持つらしい彼等、ホムンクルスを使うらしい。

 目を付けられたのはジーク。別に理由があったわけじゃない。たまたま目に留まった、それだけで彼は『消費』されようとしてる。

 

「…………」

 

 だが彼はそれを拒絶した。水槽を破壊し逃げ出した。まともに歩くことも出来ないジークに手を貸そうとしたが、もどかしいことにこの夢には干渉できないらしい。透けた掌を見て顔をしかめるタバサ。

 結局何とか自力で立ち壁づたいに歩き、部屋から何とか抜け出したが廊下で力尽きた。景色が靄を帯びていく、この時の彼が気を失いかけ、視界がぼやけているのだろう。

 

「どうしたのさ君」

 

 と、聞こえてきた声に意識を戻したのか風景が明瞭に戻る。声の方向にタバサも振り向けば、其処にはアストルフォがジークを覗き見るように屈んでいた。

 

「…タス……けて………」

「うん!解った!」

 

 景色が暗闇に飲まれる。

 

──助けて──

──苦しい──

──出して──

──行かないで──

 

「───!?」

 

 その闇の中に、先程の光景が見えた。中にいるホムンクルス達が次々溶けていく中、タバサの横をジークが通り抜ける。

 ああ、これは彼が見ている夢なのだろう。一人だけ助かってしまった自分が許せなくて見る夢。タバサも時折見る。母ではなく自分だったら、狩人の女性ではなく、自分だったら……そう罪悪感に飲まれることがある。

 再び暗転、そして闇が晴れるとジークはベッドに寝かされていた。

 

「あ、起きたー?僕はアストルフォ、一応君を助けたんだけど覚えてるかな?覚えてるよね!」

 

 と、其処に新たな影が現れる。長髪の青年だ。彼の名はケイローンと言うらしい。しかしアーチャーと呼ぶように言われた。

 

「君がこのまま生きられるのは後三年です」

「知ってる」

「………え?」

 

 アーチャーとジークの口から出た言葉に固まるタバサ。今、何と言った?三年?生きられるのが?たったそれだけなのか?

 どうして、生きる権利は誰にだってあるはずなのに。生きたいと願っていたのに……いや、彼は()()()()()()のだった。感情を持っているだけで、奇跡なのだ。 

 アーチャーは言う。考えるべきだと、短い命で何を成すのかと。それがなければ、生き延びても死ぬのと変わらないと。

 場面は変わる。

 アストルフォと共に逃げ出したジーク。剣を受け取り、森を駆ける。

 しかし追っ手が来た。先程の太った男だ。大柄な褐色肌の男も居た。

 ジークは生きようとあらがい太った男は反抗的な自分の創作物に憤慨し殴りかかる。

 

「や、やめて……!」

 

 ジークの前に立とうと何も出来ない。これは既に起こった過去。景色が再度闇に飲まれる。

 闇が晴れると気絶した男、抱きしめてくるアストルフォ、そして気絶した間に来たのであろうジャンヌが居た。ジークは何故か成長していた。

 

「………これが、三人の出会い」

 

 タバサの呟きはやはり彼等には届かない。と、今度は複数の男女が現れた。

 彼等はジークとアストルフォを連れて行こうとする。が、ジャンヌがそれを阻み、アストルフォだけが連れて行かれた。

 

 

 

「……………」

 

 成る程これは、英雄の物語ではないらしい。かと言って英雄を召喚したマスターの物語でもない。

 同胞を救うために、生まれた場所に向かうジークは恩人のために剣を取り、刺された。

 理由は不明だが復活したジークは先程の褐色の大男になった。森で男にいたぶられていたジークを癒すのに彼の命を使ったらしいから、それの影響だろうか?

 その力を以て赤雷の騎士と戦うジーク。決着は付かなかった。何となく、彼女は嫌いだと思ったが強制的な命令を使いアストルフォにジークを殺させようとした女を殺した時は良くやったと思った。

 アストルフォと契約したジークはマスターとなり、ホムンクルスの保護を条件にジークは生みの親である組織に協力した。

 再び景色が変わる。今度は石造りの街並みだ。そこでジークは霧の街並みで人の闇に触れた。闇の世界に浸りきったつもりのタバサでさえ、吐き気を催す闇。そんなものが、最初に見た人の闇というのは何とも………。

 

「泣かないで、ジーク………貴方のせいじゃない。あれは過去、ここよりももっと、貴方が手出しできない過去の光景」

「そうだな、俺にはどうしようもない過去の話だ。だが、今の俺の手元には大聖杯がある……」

「………っ」

 

 気が付けば其処は黒い空が広がり、地面には一面白い花が咲き乱れる幻想的な場所だった。

 

「……なら、貴方はその願いを叶えるの?」

「いや」

 

 タバサの言葉にジークは首を振る。

 

「過去を変えることは、きっと許されない。どんな崇高な願いも、過去を変えるのはその先の、今を生きる人々を、今を築き上げた人々を否定することに他ならない」

「あの地獄が生まれなかったとしても?」

「あの光景を、俺は忘れない。あの地獄は何時だって、俺の胸にある。あの過去を無かったことにしたところで、人が本来の歴史であの地獄を作ったのは紛れもない事実だ」

「………貴方は、強い。私とは大違い。私は弱いから……」

 

 地獄から抜け出すために、恐怖を感じる心を、痛みを恐れる心を凍てつかせた。人形擬きになるしか無かった。そうすることでしか己を守れなかった。対して彼は地獄を胸に秘めたまま、それでも人のままだ。

 それがただ眩しくて、少し妬ましい。

 

「……夢はまだ続く?」

「そうだな。始まったばかりだ」

「聞かせてジーク。貴方のことを……」

「………解ったよタバサ。長くなる、構わないか?」

「……………」

 

 ジークの言葉にタバサはコクリと頷いた。

 其処から先はまるでお伽噺だ。

 空を飛ぶ庭園に向かい、ジークに命を渡した者が再戦を望んでいた槍兵と戦い、その間に大聖杯で人を不死にするという形の救済が願われた。

 ジャンヌは人の葛藤や悪を善性ごと押しつぶす願いを否定し命を懸け、止めること叶わず散った。

 ジークは怒りを覚え最後の敵と戦い打ち倒した。

 

「ジークは復讐を成し遂げたの?なら、きっとジャンヌも喜んでいる」

「違うよタバサ。許せなかったのはジャンヌではない、俺だ。ジャンヌはそんな事を望んでいない………それに、俺は怒りこそ覚えたが、憎みはしていない。彼奴にも彼奴なりの救いたいという思いがあって、俺やジャンヌはその願いを認めなかっただけなのだから」

「…………そう」

 

 彼が殺した男の願いは、既に止められないところまで来ていた。そしてジークも、力の代償として人ではない存在になろうとしていた。だが、ジークは寧ろそれを受け入れた。

 その世界には幻獣は存在しない。全て世界の裏側に逃げたから。其処にいけるのは幻獣か、あるいは其処を目指した魂だけ。ジークは完全なる竜となって其処を目指した。

 

「……そこなら願いが叶えられることはない。不死にするべき人間が存在しないからな。後は、人が不死に至るまで待つだけだ」

「………何十年も?」 

「そうだな。何千年……ひょっとしたら何万年かもしれない」

「辛く、無かったの?」

「無かったよ。眠っている途中、外部から人を招いて友も出来たし……何より、必ずくると信じていたからな。永いだけで、辛くはなかった。そして、やはり彼女は来た。その時に君にこの世界に誘われた」

「…………」

「寧ろ感謝してる。君がここに俺たちを呼ばなければ、ライダーと再会できなかったしな………さて、そろそろ朝だ。夢から覚めよう、タバサ………」

 

 

 

 

「おはようタバサ………」

「…………おはよう」

 

 ジークの挨拶に挨拶を返すタバサ。

 

「貴方の夢を見た」

「そうか。俺の記憶には、少しきついものもあったと思う。平気か?」

「…………」

 

 夢の中に出た彼は、どうやら彼本人というわけでもないらしい。彼の記憶を元に造られた単なる夢の登場人物なのだろう。

 

「……どんな貴方でも、優しいのね」

「?」

 

 ふと思う、彼等の力は破格だ。彼等三人が揃えば、大国といえどもこの世界程度なら落とせるのではないかと。

 

──許せなかったのはジャンヌではない、俺だ。ジャンヌはそんな事を望んでいない──

 

 あの男を殺した暁には、その首を母に見せ、そして父の墓に持って行こうと決めていた。だが、きっと二人はそんなことは望まないだろう。父の仇だ母を壊した報復だなどと喚くのは自分自身。

 ましてやあの男は決して暗君ではない。当初こそ、自分に命の危険がある任務が用意できるのは王が無能だからと考えていて。しかし実際は亜人、幻獣退治が殆どで、盗賊など祖父の時代から居た。

 故にあの男を殺すのは国のためなどという崇高なものではない。自分だけの、醜い感情だ。それに彼等を巻き込んで良いのだろうか?いいや、良くないだろう。

 何時か決別すべきだ。彼等を巻き込まないために。

 

「タバサ、ぼんやりしてどうした?外で待ってるから、早く着替えるといい。朝ご飯が冷めてしまうぞ?」

「そうそう。それにルーラーに全部食べられちゃうかもよ?」

「そんな事しません!」

「……………」

 

 ただ、今だけはこの暖かい関係に浸っていたい。彼らに巡り会わせてくれた始祖に、実に数年ぶりの感謝を込めながらタバサはほんの僅かに微笑んだ。

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