盲目少女が見る界境防衛機関   作:うたた寝犬

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強くなりたいと頑張る女の子と、その子にとって大切なものを作ってくれた人の物語です。


File3「神様だって褒められたい」

アクティブ不登校児な私が訓練生になって、早くも1ヶ月が経った。ほぼ毎日、自宅とボーダー本部を往復してランク戦や研究対象として過ごす生活に慣れたという意味も込めて、節目になる1ヶ月目の今日、私には嬉しいことがあった。

 

私はその嬉しいことを報告したくて、本部の中を歩き回ってある人を探していた。

 

「あ!カゲさんカゲさん!」

 

言うまでもなくその人は、私の命の恩人……いや、人生の恩人である影浦先輩ことカゲさんで、彼の後ろ姿を見つけた私は名前を呼びながら小走りで駆け寄ります。

 

「ああ?なんだよタチバナか」

「タチバナじゃなくてタテバナです!」

 

もはや恒例になったやり取りを、私たちは交わした。カゲさんの声は気だるそうだけど、いつものことだから私は気にせず会話を続けます。

 

「カゲさん聞いてください!」

「んだよ。なんかいいことがあったのか?」

 

カゲさんは図星を突いてきた。まあ、私は露骨に態度に出してるし、カゲさんの場合サイドエフェクトがあるからこの手の隠し事は通じないから、図星を突かれたことには驚く必要はなかったりする。

 

カゲさんの問いかけに対して、私はトリオン体の左手の甲を差し出した。

 

「見てくださいよカゲさん、私のソロポイント!」

 

そこに表示されてるのは、私が選んだブレード型トリガー『レイガスト』のソロポイントだった。訓練生である私は、まずはこのレイガストのソロポイントを初期ポイントの『1000』から『4000』まで上げて正隊員になるのが目標だ。

 

「はっ。その喜びようだと、いい数字まで行ったんだな」

 

嬉しそうな私を見てカゲさんは伝えたいことを察してくれて、表示されたポイントに目を向けた。カゲさんの目の焦点が私の手の甲に合うと同時に、私は答える。

 

「はい!この度はなんと!1800ポイントに到達しました!」

「少ねぇ!まだまだじゃねーか!」

 

せっかくの報告は、カゲさんを逆の意味で驚かせることになってしまった。

 

*** *** ***

 

「はっはっは。それで2人は喧嘩してたのか」

 

私とカゲさんとの口喧嘩を仲裁してくれたコウさんは事の経緯を聞いて、笑いながらそう言ってくれた。

 

「はっ!こんなのケンカのうちに入んねーよ」

 

カゲさんは堂々とした態度でそう言うけど、

 

「意見が合わずにぶつけ合うなら、それはもう喧嘩だと思いますけど」

 

と、私は意見する。

 

ギラリ、と、カゲさんは私に視線を合わせ、

 

「ほお。一丁前な事を()()()()()言ってくるな」

 

私の心の中を見透かした言葉をぶつけてきた。

 

そう。私は正直なところ、人と意見をぶつけたり競い合ったりするのが嫌じゃない…、むしろ好きだし、楽しいとすら思ってる。きっと四年間、他人に遠慮してそういうことが出来なかった反動なのか…、自分のことを聞いてほしいとか、相手を上回りたいとか、そういう願望がここ最近芽生えた。

そして私が言葉に乗せたその思いを、カゲさんは『感情受信体質』のサイドエフェクトで捉えてくれた。生意気とも言える思いを知った上で返してくれるカゲさんは、私にからすればとても嬉しい。

 

「楽しくちゃ、ダメですか?」

「いや?オレはむしろ、後輩は生意気なくらいが丁度いいって思ってるぜ?」

「カゲさんその割には、生意気な訓練生を度々呼び止めてますよね?」

「生意気にも色々あんだろ。タテバナみたいにその事を自覚してて、それでいて相手を下に見ないやつには、オレはキレたりしねえよ」

「なるほど」

 

ある程度筋が通った答えを聞いて、私は驚くと同時に納得する。生意気な上に相手を理由なく下に見るような人は、確かに嫌だ。

 

うんうんと私は頷いたけど、そこへコウさんは、

 

「そう言うと筋道が通ってる気はするけど、だからと言って手を出していい理由にはならないからな」

 

と、正論を投げ込んだ。

 

「うっせ」

「はは、悪い悪い」

 

悪態をつくカゲさんを落ち着かせようとするみたいにコウさんは柔らかい態度を取る。

 

……こうして見てると、なんかカゲさんが大っきくて言うこと聞かないワンちゃんで、コウさんが飼い主みたいに見えてくる。

 

「おいタチバナ、お前なんか妙なこと考えてないか?」

 

とか失礼なことを考えてたら、案の定読まれた。

 

「考えてますけど教えません」

「教えろ」

「やーでーすー」

 

私はワザとらしくむくれた表情を作った。

 

うーん、やっぱりカゲさんには隠し事が通じない。

 

 

 

 

ここ数日ですっかり顔馴染みとなった2人の先輩との雑談がひと段落したところで、私は思い切って頼み事をした。

 

「…村上先輩。私の師匠になってもらえませんか?」

 

唐突な申し出を聞いたコウさんは、

 

「オレが…?」

 

怪訝な表情で確かめるように言い、

 

「あぁん?」

 

カゲさんは片眉を吊り上げて驚いたような様子を見せた。

 

はい、と私はコウさんをしっかりと見て返事をして、その後に理由を続けた。

 

「この前、参考に出来ないって言った手前ですが…、時間を見つけてはいろんなレイガスト使いの人の戦闘動画を見てるんですけど……。その中でも、教わるとしたら村上先輩かなと思いました」

「そうか?」

「…他の人って、両手にレイガスト持って戦う人とか、レイガスト握り込んでパンチする人とか、ハンマーみたいに使う人とか…。こう……、盾の使い方合ってる?って突っ込みたくなる人ばかりだったので…」

「ああ…」

 

それもそうか、と言いたげに納得した様子を見て、私は言葉を続けようしたけど、

 

「タチバナ。オメーの考えは分かるけどよ…。まだキチンと剣も振れてねえ奴が一丁前に教えてほしいとか言うなよ」

 

カゲさんが鋭く意見してきた。

 

「…教えてもらうことは、悪いことですか?」

 

「悪いとは言わねえよ。むしろ教わろうっつう気概がちゃんとある分、タチバナはまともなんだろうが…。オメーは、教える側の都合ってのを考えたことはあんのか?」

 

教える側の都合と言われて、私は止まった。その概念が、今の今までまるで無かったからだ。止まった私に向けて、カゲさんは言葉を続ける。

 

「鋼は確かに腕の立つアタッカーだ。けどアタッカーのランキングだけで見てもこいつの上には3人はいるし、同じようなポイントで何人も並んでやがる。タマコマの連中やら、職員と戦闘員を兼任してる奴らも含めて上を見上げりゃ、キリがねえ」

「それはカゲもじゃないか?」

「うっせ、ちょっと黙ってろ」

「はいはい」

 

(わざとらしく)言いくるめられたコウさんを見てカゲさんは一瞬だけムッとしたが、すぐに私に意識を向け直した。

 

「…タテバナ、お前が鋼に稽古をつけてもらうってことは、こいつからそれだけ自分を鍛える時間を削るってことだ。けど勘違いすんなよ、さっきも言ったが、それ自体は悪いことじゃねえんだ。ただ、そういう一面もあるって知っとけよって話だ」

 

「……」

 

カゲさんの話を聞いて、私は自分の考えの浅ましさに気付き、急に恥ずかしくなった。

私が腕を磨いて正隊員に上がりたいと願うように、コウさんにだって当然目標があるだろう。それが1位の座なのか、それ以外の何かなのかまでは分からないけど、コウさんほどの人が目指すものは決して安易なものではないはず…。

 

そう思った途端、私はコウさんに向けて、

 

「ごめんなさい村上先輩。今の話は無かったことにしてください。まだしばらく1人で頑張ります」

 

頭を下げながら弟子入りの件を辞退していた。

 

深々と頭を下げた私に対して、コウさんは気まずそうな雰囲気を帯びたまま声をかけてくれた。

 

「盾花さん。カゲはああ言うけど、オレは別に自分の時間が削られるとか、そういうのは全然考えてないよ。むしろ、人に教えるってことは自分がそのことについて深く理解してなきゃ出来ないことだから、君に何かを教えることを通じてオレも成長できる気がするし…。だから、君が教えてと頼むなら、オレは喜んで教えるさ」

「…いいんですか?」

「もちろん」

 

なんていい人なんだろう…。このままこの人の好意に甘えてしまいたくなるけど…、カゲさんに言われた事も含めて、一から全まで教わることはせず、なるべく村上先輩の手を煩わせないようにしようと決めた。

 

すると村上先輩は声を潜めて、クスっと小さく笑い、

 

「あと…、カゲはああ言ってるけど、アイツは君が成長するのをとても楽しみにしてるよ。この前なんて、『鋼、アイツが上を目指すのを焦って変な奴につっかかんねぇように、上手いこと伝える方法はあるか?』なんて相談してきたくらいでね」

 

と、内緒話をしてくれた。

 

「鋼!テメーそれはコイツに言うなっつったろうが!」

 

でもそれはカゲさんにも聞こえてたみたいで、カゲさんは慌てて怒鳴ってきた。

 

「ああ、悪い。すっかり忘れてた」

「見え透いた嘘つくんじゃねえ!」

「ひどいなカゲ。オレだって忘れることくらいあるぞ?」

「嘘ついてますって視線が刺さってんだよ!」

 

サイドエフェクト持ちの先輩2人が口論する中に私はニヤニヤと笑いながら割り込んだ。

 

「カゲさんって心配性なんですね」

「違…っ、そんなんじゃねーよ!」

「心配してくれてありがとうございます」

 

落ち着きがなくなって少し慌てたカゲさんが珍しくて、私は悪戯心でおちょくるようにそう言ったけど、それはカゲさんに見抜かれたみたいで、

 

「ほう……、いい度胸だな、タテバナ。ちょっとブース入れ」

 

カゲさんを軽く怒らせてしまった。

 

「いいでしょう」

 

それに対して何故か私も平然と答えて対戦が実現した。コウさんがやれやれ……、と言いたげに左手で額を抑えていたけど、見なかったことにした。

 

結果?

 

5戦全敗ですよ?全て瞬殺されました。カゲさん大人気ない。

 

*** *** ***

 

カゲさんが防衛任務、コウさんが鈴鳴支部でのミーティングという理由で2人とお別れした私は、ランク戦のロビーでぼんやりとしていた。

 

「カゲさんのスコーピオン、どうなってるんだろう……。あんなにみょーんって伸びるとか、剣じゃなくない……?」

 

戦ってわかったことだけど、カゲさんのスコーピオンは剣というより鞭に近かった。剣の間合いの外から高速で、それでいてしなりながら伸びてくる攻撃に対応できなくて、私はあっさり5敗した。

 

攻撃的な性質のブレードトリガーの中にありながら、シールドモードへの切り替え機能を搭載した……、言い換えれば、守備的な戦いが出来るはずのレイガストで、なぜロクに守れずに負けたのか。そのヒントを得るために、私はある人を問い詰めた。

 

「寺島さん、レイガストを扱うコツってありますか?」

 

その人は私のカウンセリングや研究に関することを担当してくれてる、寺島さんだった。一見、後数年放置したら鬼怒田さんと同じくらい丸くなってしまいそうなぽっちゃりさんだけど、その実、レイガストを開発した凄い人でもあります。

 

「コツ、ねえ……」

 

カウンセリングの最後に、何か質問ある?って聞かれたからレイガストについて尋ねてみたけど、真面目に答えてくれそうで安心した。

 

「コツ以前に、盾花さんは経験が足りないんじゃないかな」

「経験不足ですか……。毎日、コツコツとランク戦はしてるんですけど……」

 

しょんぼりしながら私が答えると、寺島さんは頭を軽く左右に振った。

 

「その経験じゃなくて……、ああ、いや。もちろん、実戦の経験も大事なんだけど、オレが言いたいのは、レイガスト以外の経験ってことだよ」

「レイガスト以外……、ですか?」

「そう。盾花さんはレイガストを使ってるけど、他のトリガーは使ったことが無いよね。だから、弧月を持った人がどんな攻撃をしてくるか、スコーピオン使いがどんな動きをするのかとか、その辺りの理解が、まだ足りないかもしれないっていうのはあると思うよ」

「なるほど……。でもC級だと、トリガー1つしか使えないんですよね……」

 

どうしようか私が悩んでいると、寺島さんがチラっと時計を見た。

 

「……30分くらいなら、大丈夫か……」

 

ボソッと呟いた言葉を私は逃さず聞き拾う。

 

「30分?なんのことですか?」

「うん。盾花さんが良かったら、レイガストのことを少しレクチャーしてあげようと思って。それの時間が30分くらいなら取れそうだなって思ってさ。どうかな?」

 

レイガストを創った人に、レイガストについてレクチャーしてもらえる。幸運すぎるほどの幸運に私は思わず飛びつきそうになるけど、さっきカゲさんに言われた言葉を思い出した。

 

「えっと……、本当に、いいんですか?寺島さん、無理してその30分を捻出してたりとか、本当はその30分で片付けたい仕事があったりとか……」

「盾花さんは心配性だね。でも大丈夫。無理して時間を作ったわけじゃないし、その30分で片付けたい仕事もない。遠慮しなくていいよ」

「う……」

 

寺島さんは多分、純粋に善意で言ってくれてると思うけど、そこまで堂々と遠慮しなくていいと言われてしまうと、逆に遠慮してしまう。

そんな私の心境を察したのか、寺島さんは少し悩むそぶりを見せてから、どこかわざとらしく頷いた。

 

「じゃあ、こうしよう。盾花さんの目に関して、少し検査したいことがあるんだ。レイガストを使って、少し立ち回りを確認すれば必要なデータが取れそうなんだけど……、30分くらい、時間を貰えないかな?」

 

寺島さんの言わんとすることを理解した私は、クスッと笑った。検査のためという建前を持ち出してきた寺島さんの作戦に、私は乗った。

 

「なるほどなるほど。検査のため、ということですね」

「そう、検査のためだ」

「じゃあ仕方ないですね。寺島さん、私の目の為に30分ほど検査(稽古)をお願いします」

 

側から見ればわざとらしいことこの上ない会話で、私は寺島さんに稽古をつけて貰えることになった。

 

*** *** ***

 

寺島さんが提案した稽古は、私が寺島さんが普段使っているトリガーにセットした色々な武器を使って、レイガストを持った寺島さんに攻撃を当てる、というものでした。当然、寺島さんはレイガストを使って真剣に守ってくるので、私はどうすればその守りを崩せるか、突破できるかを真剣に考える必要がある訓練でした。

 

寺島さんのトリガーでトリオン体を換装し直した私は、トレーニングルームに入った。先に入った寺島さんに向けて「お待たせしました」と言おうとしたけど……、

 

「……?」

 

トレーニングルームの中に、寺島さんの姿が無かった。いや正確には、寺島さんじゃない人が、いた。その姿は、寺島さんと同じような背の高さで、いつも寺島さんが着てるジャージと同じ服装をしてました。ただし、横幅が寺島さんより圧倒的に細かった。顔も余計なお肉が付いてなくて、イケメンな部類かなと思う。ちょうど、寺島さんからぽっちゃり要素を取ったらこんな感じかな、と思える人がそこにいました。

 

「えっと……、すみません、ここに寺島さんが来ませんでしたか?」

 

私が寺島さんの居所を確かめると、

 

「……盾花さん、それは何かの冗談かな?」

 

目の前の細島さん、いえ、寺島さんを細くしたような人が、寺島さんの声で答えました。

 

……本当は、うっすら思ってたんです。分かってたんです。でも、認めたくないじゃないですか。

 

「……寺島さん、ですよね?」

「うん」

 

細島さんが肯定した瞬間、

 

「嘘だっ!」

 

私は反射で叫んでました。

 

「私の知ってる寺島さんは、こう……、あと何年かしたら鬼怒田さんとマスコットキャラクターの座を争うようなぽっちゃりさんです!」

「従姉妹にも似たようなこと言われるよ」

「っていうか、その姿はなんなんですか!そんな瞬間ライザ◯プするなんて聞いてないです!」

「ああ、これは昔の……、エンジニアに転職する前のトリオン体なんだよ。動こうと思ったら、やっぱりこっちの方がしっくり来るから、戦う時はこの姿なんだ」

 

言われて私は、そういえば寺島さん昔は痩せてたみたいな話をどこかで聞いたなと、おぼろげに思い出した。

 

「まあ、オレの姿はさておき……。早速だけど、検査を始めようか。まずは、なんでもいいからセットしてあるトリガーを展開してみて」

「うう……、はい」

 

細島さんの姿のショックを引きずりながらも、私は言われるがままトリガーを展開しました。

 

選んだのは、スコーピオン。事前の説明では、とても軽くて形を自由自在に変えることができる、と聞いてたんですけど……、

 

「うっわ!軽っ!?軽すぎますよ!」

 

いざ持ってみると、その軽さに驚きました。レイガストと比べたら、そりゃみんなスコーピオン選ぶよね、って思うくらい軽かった。

試しにブンブン振り回すけど、普段レイガストに慣れたせいか、軽すぎて不安。なにこれオモチャ?ってくらい軽い……。

 

「レイガストに慣れたら、随分軽く感じるでしょ?」

「はい。……わー、そりゃこんなの持ってたら、早い動きで攻めてくるのが納得です……」

 

驚きが少し落ち着いたところを見計らって、細島さんが声をかけてくれた。

 

「さて、じゃあそろそろ攻めてみて。さっきも言ったけど、オレはひたすら守りに徹するから、どうすれば崩せるか、考えてみてくれ」

「はい」

 

返事をすると同時に、細様さんが構える。それを見た瞬間、

 

(あ、寺島さん強いな)

 

漠然と、私はそれを実感した。カゲさんやコウさんみたいな、強い人が出す雰囲気に近いものが、今の寺島さんから出てた。

 

どう攻めるか考えて、私は速さを重視した攻めをしようと決めた。これまでスコーピオンの人と戦った時、ちょっと嫌だな、なんかこれ苦手だな、って思ったスタイルを使って攻めることにした。

 

最短距離を今の私にできる最速で詰めて、スコーピオンを寺島さんめがけて振るう。速くて直線的な一閃を、寺島さんはシールドモードにしたレイガストであっさりと防ぐ。

 

鈍い金属音が響いて、右手を通して重い衝撃が体全体に広がる。私と寺島さん、スコーピオンとレイガストの重量差をはっきりと突きつけられ、この攻め方ではダメだと直感で理解する。

 

「なら……っ!」

 

素早く二歩下がって間合いを取って、そこから私はフェイントを織り交ぜる。踏み込んで斬る、と見せかけて間合いを開けて、寺島さんの防御のタイミングを外そうとする。フェイントの掛け方、速さ、リズム、色々試してタイミングを狂わせる。けど、なかなか寺島さんは崩れない。技術や経験の差が大きいのだと嫌でも思い知るけど、めげずにフェイントをかけ続ける。すると、

 

「っ」

 

一瞬、寺島さんの防御がブレて、表情も変わった。

 

ここだと私は判断して、鋭く踏み込んで本命の一撃を放つ。けど、

「なんちゃって」

あっさりそう言って、寺島さんは防御した。攻撃を誘われたんだと理解して恥ずかしくなるけど、すぐに次の手に移る。

 

「くっ…」

悔しがる表情を浮かべながら後ろに跳んで大きく間合いを開けようと見せかけて、スコーピオンを振るった。カゲさんがやっているような、スコーピオンを剣ではなくて鞭のように使う攻撃を見よう見まねで使った。

 

その攻撃をみて、寺島さんの表情がまた変わる。さっきと似ていて、でもさっきとは違う本物の焦りから生まれた表情だ。

 

でも、

「危ない危ない」

攻撃が届くより速く寺島さんの防御が間に合い、ギリギリで防がれてしまった。

 

「あーもう!決まったと思ったんですけど!」

「うん、今のは良かったよ」

 

そう答える寺島さんの声には、まだまだ余裕がありました。

 

 

 

 

それから私はトリガーを弧月、アステロイド、ハウンド……、と、色々と持ち替えて寺島さんと戦ったけど、結局攻撃を当てることは出来ませんでした。

 

30分はあっという間に過ぎて、元いた研究室に戻ってきて、細島さんから無事戻った寺島さんから講評を貰うことになりました。

 

「盾花さん、攻めの発想がいいよね。スコーピオンの伸ばすやつとか……他にも何回か、ヒヤッとする時があったよ」

「どうも……。でも結局、寺島さんの守りは崩せなかったです」

「守ることに全力をかけたからね。……、さて、レイガスト以外を使ってみて、どうだった?」

 

レイガスト以外のトリガーを使った感想を、私は素直に答える。

 

「ブレード系については、レイガストより軽いなっていうのが一番大っきいですね。速さではまず勝てないと思うので……だから、こう……、寺島さんが狙ってたみたいに、ガードするんじゃなくて、ガードに誘い込むっていう戦法を身に付けたいなって、思いました」

「お、いいね。伝えたかったことを、しっかり読んでもらえて嬉しいよ」

 

寺島さんは私との戦いで、一貫して『攻撃を誘い込む』という動きをしてくれた。来た攻撃を防ぐ、じゃなくて、防御ができる場所に攻撃させる、みたいな感じ。速さで劣るレイガストだからこそ、誘い込むことで劣る部分を埋める必要があったことを、他のトリガーを使ってみて気付かされた。

同時に、コウさんの防御がなぜ参考にならないと思ったのか理解できた。同じレイガストによる防御でも、コウさんは片手に弧月を持ってるから、防ぐとほぼ同時に攻撃に転じる、いわゆるカウンターのような動きになる。逆に今の私や寺島さんはレイガストしか持ってないから、流れるようなカウンターは出来ず、防御で相手の態勢を大きく崩すような事が必要だった。

言葉にすれば簡単なことでも、他のトリガーっていう視点がなかった私には、なかなか気づかなかったことだった。

 

「他には、何か気づけたかな?」

「えっと……、キューブを使った攻撃に対しては、強気で行ってもいいかなって思いました。シールドモードにしてダッシュをかければ、案外安全にレイガストの間合いに持ち込めるかなって」

「うん、それも正解。というかむしろ、レイガストはその為に作ったトリガーだからね」

 

そう言われて、私は前に寺島さん話していた、レイガストができた経緯を思い出した。

 

「弾丸トリガーに対抗するために作ったトリガー……でしたよね?」

「そうそう。今の時代はシールドもだいぶ優秀になったけど、昔は弾丸トリガーが強すぎる時代があってね……。二宮とか、今以上に手に負えなくて……」

「にのみや?」

「ん、ああ、今のシューター1位のやつだよ。でもあの頃は二宮だけじゃなくて、みんな弾丸トリガー使ってたんだよ。訓練生はもちろん、正隊員同士でも防御系トリガーが今よりだいぶ性能が低かったから、弾丸トリガー撃ってればとりあえず勝てる、ぐらいの時期だったから」

「えー……、なんか、つまらなそうですね」

「ああ、つまらないし、何より面白くなかった。だからオレは、耐久力が高くて弾丸トリガーに対応できるトリガーを……、レイガストを作ろうと思って、戦闘員からエンジニアになったんだ」

「ず…随分思いっきりましたね」

「元々が理系だったし、多分いけると思ってた。そんで、結果としてオレはレイガストを完成させた」

 

しれっと寺島さんは言ったけど、トリガーとかトリオンの未知の技術を使って1つの物を作り上げるのって、並大抵なことじゃないと思う。

 

でも、と寺島さんは少し寂しそうに言葉を繋ぐ。

 

「苦労して作り上げたレイガストは、そんなに人気が出なかったんだ。オレがレイガストを完成させる頃には、シールドの性能が今のものにだいぶ近くなってたし……というより、オレがレイガストのシールドモードを研究するうちに、その技術を流用してシールドが強化されてた」

「ああ、なるほど……」

「今までのものを強化したシールドと、これまでにない新作ブレードじゃ、どっちが使いやすいかなんて目に見えてた。あとは単に、アタッカーっていう人種はガンガン動いて攻めるのが多いから、重たくて攻撃力が他の2つより低いレイガストは選ばれにくくて……。たまに訓練生の子が使ってるの見るけど、次に見かけた時には違うトリガーに変わってることが多いし……」

 

俯きながら話す寺島さんからは、どよん、という音がピッタリな雰囲気が醸し出されてた。さっきまで生き生きしてた細島さんと同じ人物だとは思えない。

 

「……ほんと、我ながら不遇なトリガーを作ったもんだと思うよ」

 

寺島さんはどことなく苦しそうに言葉を吐き出したけど、それを見た私は思わず、

 

「そんなことないです」

 

と、寺島さんの言葉を否定していた。

ゆっくりと顔を上げた寺島さんと目が合う。少しだけ慌てたけど、私は一回、ゆっくりと呼吸を取ってから、そう思った理由を答える。

 

「確かに、今レイガストは人気が無いかもしれませんけど、決して弱いわけじゃないじゃないですか。コウさ……、村上先輩とか、えっと……、片桐隊?の雪丸さん?とか……、あと、あの……、筋肉が逞しい……」

「……木崎かな」

「あ、はい、その人です。その人たちを筆頭に、レイガストで強い人いるじゃないですか。本当に不遇なら、そういう人すらいませんよ」

「……、まあ、確かにそうかも。でも、村上はともかく、木崎のレイガストの使い方は……、オレが思ってたのと大分違うし……。それに、本来役立てて欲しかった弾丸トリガーへの対策にしたって、みんなシールド使ってるし……」

「それ!それですよ!」

 

シールドに言及した瞬間、私はそこに食らいつく。寺島さんが気にしているそこは、私が話を聞いてから、ずっと疑問に思ってたことだったから。

 

「寺島さん、なんでシールドに対して負い目を感じてるんですか!」

「なんでって……。オレがやりたかったのは、弾丸トリガー優位って状況を、オレが作ったもので崩したかったってことだから……」

「崩せてます!だって、寺島さんがレイガストを作ったからシールドが強化されたんですよね?だったら、寺島さんがレイガスト作らなきゃ、シールドは強化されなかったんですよ?」

「……っ、それは、そうだろうけど……。でも、オレがやらなかったとしても、そのうち誰かが……、室長とか副長、他のチーフがやってたんじゃないかな……」

「そうだったとしても、今のシールドを強化したのは寺島さんです。寺島さんがレイガストを作ったから、弾丸トリガーの優位は崩れたんですよ。寺島さんが思い描いたものとは違うかもですけど……、少なくとも私は、寺島さんが弾丸トリガーの優位を崩したんだと思います」

 

頑なに私は、寺島さんを助けるような熱弁を振るい続ける。自分でもなんで、こんなに口が回るのか、どうして寺島さんに言葉をかけ続けるのか、そしてなんで……、卑屈になる寺島さんに、心の中で怒っているのかが、分からなかった。

 

なんでだろうな、どうしてなんだろうと、理由を求めて私の頭の中で言葉がグルグル回る。そして、やっと、なんで自分がここまで必死になったのか、理解できた。

 

理解できたそれを、私は頑張って言葉にまとめる。

 

「寺島さんはもっと、自分がしたことに……、レイガストを作ったこと、誇っていいと思います。だって、レイガストが出来たからシールドが強くなって、正隊員の人たちは安心して防衛任務に行けますし……、それに、なにより……」

「何より……?」

寺島(製作者)さんが人が誇ってくれないと、それを使う人たちが誇れないじゃないですか。少なくともここに、咄嗟の時に目を守ることが出来るからって理由でレイガストを選んで、日に日に魅力に浸かっていく隊員……が……いるんですから、せめて、そういう人たちの前では、レイガストを誇ってください」

 

まとめてしまえば、そういうことだった。私は、自分が大好きな物を……、たとえそれのことを誰よりも知ってるであろう人であっても、大好きなものを可哀想な風に言われるのが、許せなかったんだ。

 

私の言葉がどんな風に寺島さんに届いたのかは、分からない。目が見えるようになって世界が変わったように感じてる私だけど、言葉は目に見えない。

 

「……盾花さん」

「はい」

 

それでも、私の名前を呼んでくれる寺島さんの表情はさっきよりも明るくて、きっと、良い方向に届いたんだと、私は信じたい。

 

だったのに、

 

「……今、しれっと言ったけど……、盾花さん、まだ隊員じゃなくて訓練生だからね?そこだけは訂正させて」

 

あろうことか寺島さんは私の発言の揚げ足を取ってきた。

 

「なんでそれ言っちゃうんですか!」

「いやごめん。でもどうしても気になって。そこだけなんか、言い方がぎこちなかったし」

「私だって言いながら『あ、間違えた……けど、まあいっか!ゴリ押そう!』って思ってたんですから、そこはスルーしてくださいよ!」

 

恥ずかしくて顔を赤くしながら私は抗議するけど、寺島さんはそれを笑顔で躱す。煙に巻かれたみたいな感じはあるけど、

 

(……だけど、とりあえず寺島さん笑ってくれてるから、それでいいかな)

 

形はどうあれ、寺島さんの表情を明るくできたから、それで良しとした。

 

*** *** ***

 

揚げ足を取られて不満そうにしていた盾花さんが落ち着くのを待ってから、オレはカウンセリングの最後の仕事として、数枚の書類を彼女に手渡した。

 

「盾花さん、これ、わかってると思うけどいつもの書類ね」

「あ、はい。申請書と受理書と、結果報告書ですよね」

「そうそう」

 

今でこそ、こうして普通に目を見て会話してるけど、生身に戻ると盾花さんの目は見えない。

申請書は、そんな彼女がボーダー本部以外でもトリオン体を使うためのもので、一週間のうち『この日のこの時間はトリオン体を使わせてください』と、あらかじめ要望として提出する、というものだ。まだ初期段階、ということで、彼女が基地外でトリオン体としていられる理由としえ受理されるものは『自宅での家庭学習の為』しか許可されてない。けど、これから少しずつ、許可される理由は増えていく予定だ。受理書は単に、申請書の内容を許可しましたよ、というもの。

結果報告書は、日頃の検査の内容や結果、それと彼女が自宅で適切にトリオン体を使っているか判断するもの……、早い話が、ペーパーテストの結果だ。

 

オレは一応、一枚一枚確認しながら盾花さんに書類を渡していく。けど途中で……何故か二枚重なってた結果報告書を渡そうとして手が止まった。

 

「これ……」

「……?寺島さん?どうしました?」

「いや、これ違う人の……那須の報告書が混じってた」

「ああ、手違いで来ちゃったんですね」

「そう。でもちゃんと盾花さんのはあるから安心して」

 

オレはそう言って、重なってた報告書の下にあった、盾花さんの結果報告書を手渡した。

 

報告書を見て、盾花さんは嬉しそうに頬を緩めた。

 

「結果がよかった?」

「はい。学力試験の結果が、前より良かったんです」

「お、それは良かった。……確か、ネットで家庭教師の人から勉強教えてもらってるんだっけ?」

「はい。市内に住んでる20歳の大学生の方なんですけど、その人すっごくいい人なんですよ。勉強は分かりやすく教えてくれますし、美人さんですし……、あと、休憩中のお話も面白いんです。よく話してくれるのは、趣味で作るチャーハンの話なんですけど、すごい独特な組み合わせの食材で、色んなチャーハンを作ってるらしくて……」

 

目を輝かせて話す盾花を見て、オレはその家庭教師が誰なのか大体察した。そして、盾花さんにとって、あいつが憧れの家庭教師のままであって欲しいと切に願った。

 

全ての書類を受け取った盾花が帰ろうとした矢先、オレは毎回言っている注意事項を盾花に言う。

 

「盾花さん」

「はい」

「申請書に書く時間なんだけど……。検査の一環ってこともあるし、出来れば正確に書いて欲しいとは思うけど、まあ、ほら……どうしても勉強の時間ぴったりにはいかないこともあるだろうから、多少申請した時間を越えてトリオン体でいても、少しなら誤差の範囲ってことでいいよ」

 

ひどく遠回しな言葉に乗せた意味を、盾花は理解して、微笑む。

 

「寺島さん、毎回ありがとうございます」

「気にしないでいいよ。ご両親と仲良くね」

「はい」

 

最後に丁寧なお辞儀をして出て行った盾花さんを見送って、オレは座っていた椅子の背もたれに体重をかける。日に日に、ギシ……っという軋む音が大きくなってる気がしないでもないけど、今はそれを無視する。

 

「盾花さん、か……」

 

初めて彼女のことを室長から聞いた時は、『面倒な話を持ってきたな』と、正直なところ思ってしまった。事情を知ればそんな思いをは減ってきたし、今ではむしろ、彼女と話すことが楽しみですらある。しかしオレの仕事が1つ増えたことには変わりなくて、それに対するモヤモヤとした感情は、心の隅に燻ってた。

 

でも今日、盾花さんから言われた言葉で、オレのモヤモヤが、少し晴れた。

 

「オレがしたことを……、レイガストを作ったことを、誇っていい、か……」

 

しっかりと目を見て言ってもらえたあの言葉が、柄にもなく嬉しかった。

 

(ああ、そうか……、オレはレイガストを、誇っていいのか……)

 

当たり前のことを噛み締めたけど、それがなんだか照れ臭くて、最後には盾花さんの言葉で煙に巻いて誤魔化した。

 

彼女に届いてないのはわかっているけど、オレは小さな声で、

 

「ありがとう」

 

心からのお礼の言葉を口にした。

 




ここから後書きです。

2話から3話の間に何があったのか。

最初、
「次は菊地原にしようかな……いやでも、そうしたら盾花はサイドエフェクト持ちばっかりに絡むことに……、まあいいや!書くぞ!」
からの、
「やっべえ、何回書いても盾花と菊地原の相性が思った以上に悪い。この内容載せたらJ◯SR◯Cに怒られる」
からの、
「盾花と菊地原の邂逅はまだ早かった……、よし、寺島さん行くぞ!」
ってなって、完成に至りました。

File4は誰にしようかな……。
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