盲目少女が見る界境防衛機関   作:うたた寝犬

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コツコツと実力を身につけてきた女の子と、No. 1の実力を持つシューターの物語です。


File4「王の気まぐれ」

 二度あることは三度ある。

 仏の顔も三度まで。

 三度目の正直。

 

 いろんなことわざにこれだけ「3回目」が強調されてることから、「とにかく3回目はやばい」と思いながら今日まで生きてきた私は、何事も「2回目」が来たら、「次はどうなるんだろう」と心の片隅でいつも思ってます。

 

 とりわけ私が今一番警戒してる「2回目」は「命の危機」だったりします。

 1回目は、大規模侵攻で視力を失いかけた時。

 2回目は、カゲさんに助けられたあの日。

 

 そして、3回目は……、

 

「ご……ごめんなさいぃ……」

 

 今、訪れました。

 

 

 

 遡る事、数分。

 私は今日も今日とてソロランク戦に励んでました。カゲさんに、コウさん、それに寺島さんからのアドバイスを貰ってる成果が出始めたのか、レイガストのソロポイントは順調に2500を突破。

 

(あと、1418ポイント……)

 

 左手の甲に表示されるポイントを見て、B級隊員という目標に近づいてきた事を実感してた私は、確実に浮かれてた。

 

 だから、

 

(さっきの試合は、踏み込みすぎたかな……。あと半歩浅く踏み込んでれば、相手のスコーピオンの間合いのギリギリ外からの攻撃になったはず……)

 

 休憩がてら訪れたラウンジで、飲み物片手に歩きながらさっきの負け試合の反省に気を取られて、後ろから歩いてきた2人組に気づくのが遅れました。

 

 話しながら歩いていたらしい2人組に、トン、と軽くぶつかった衝撃で私は前につんのめるように倒れて、転びました。手にオレンジジュースのカップを持っていたので、受け身が上手く取れず、中身も全部こぼしました。

 

 そして運悪く、

 

「……」

 

 私が倒れた先に、人がいました。当然のように、その人は背後からオレンジジュースを全身に浴びて、無言で佇んでいます。

 

 どうしよう、と私が判断に迷う間に、後ろから、

「やべ!」

「逃げろ逃げろ!」

 と小声でこそこそ話して走り去っていく足音が聞こえました。おい、私の耳舐めるなよ? 声覚えたからな? 

 

 私の殺意が逃げていく2人に向いた瞬間、

 

「……オレンジジュースか」

 

 ジュースまみれの男の人が低い声で呟いて、くるりと振り返りました。

 

 カゲさんよりも少し年上そうで、背が高く、180は余裕でありそうな、世間一般的にカッコ良い顔立ちにカテゴリされる人が、ポケットハンドしながら私の事をジロリと見つめてきます。

 

(あ、これはヤバいやつ)

 

 有無を言わさない圧を感じさせるその目線に気圧された私は生命の危機を察し、

 

「ご……ごめんなさいぃ……」

 

 多分人生で初めてと思えるくらい、素直に謝罪しました。無意識に土下座を決めてしまい、人は心から申し訳ないと思った時は身体が勝手に動くんだなぁと我ながら感心しました。

 

 私の謝罪に対して、その男の人は、

 

「いや、そこまでして謝らなくていい」

 

 意外なほどあっさりと、まるで怒っていない声でそう答えた。

 

「え……?」

 

「状況は見ればわかる。大方、後ろからぶつかってこられて、飲み物を零した先に俺がいたんだろう」

 

 オレンジジュースまみれでその人は冷静に分析します。

 

「むしろ……謝るのはコソコソと逃げていったあの2人だ。この場で素直に非を認めて謝ったお前を俺が叱るのは、割に合わない」

 

 だから顔を上げろ、と、その人はオレンジジュースをポタポタと滴り落としながら、どこか強制力を感じさせる声で私に土下座を解くように言ってくれました。

 

 指示に従って土下座をやめて立ち上がった私は、改めてオレンジジュースまみれのこの人の格好が心配になった。

 

「あの、その……せめて、クリーニング代を……」

 

「年下からそんな金を取るわけがないだろう」

 

「だったら、せめてタオルを! ダッシュで取ってきますから!」

 

「必要ない」

 

 言うや否や、その人はポケットからトリガーホルダーを取り出し、

 

「トリガーオン」

 

 トリオン体に換装し……

 

 いや、ちょっと待って? 

 なんでスーツ?? 

 何故おしゃれなデザインの黒スーツ??? 

 コスプレ???? 

 

「ひとまずトリオン体でいれば問題ない」

 

 超真面目な顔で言ってるけど、私は黒スーツに突っ込みを入れたくて仕方なかったです。

 

 突っ込みをしたい気持ちを必死で抑えて無言になった私に、黒スーツの人が尋ねます。

 

「……お前、名前は?」

 

「え、あ……。盾花桜……です」

 

「……たてばな?」

 

 珍しい苗字に訝しまれるのはいつものことなので、私は密かに得意にしてる名前の説明を披露します。

 

「はい。矛盾の『盾』に、花びらの『花』で、盾花。桜吹雪の『桜』で桜です」

 

「……そうか。お前が盾花か」

 

 私の事を知っていたような言い方をしたその人は、少し悩む仕草を見せたあと、一つの提案をしてきました。

 

「盾花。もしお前が、このことに対して少しでも悪いと感じているなら、この後少しだけ付き合え」

 

「ぇぴゃ?」

 

 まさかの条件を聞いて、私の口から変な言葉が飛び出てきました。

 

 少しどころか、全面的に非があるのはこっちなので私はその提案を断ることはできず、

 

「あの、その……具体的には、何にお付き合いすれば良いのでしょうか……?」

 

 自分でも驚くくらいの低姿勢で『付き合う』の詳細を尋ねました。

 

「そう構えるな。飯でも食いながら、少しお前と話したいだけだ」

 

「……それで許してもらえるなら、いくらでもお付き合いします」

 

 要求が思った以上に軽かったことに、私はほっと胸をなでおろしました。

 

「えっと……」

 

 ここで私は、まだこの人の名前を知らない事に気付きました。まさか『オレンジジュースの人』、『おしゃれ黒スーツの人』と呼ぶわけにもいかないので、名前を聞かなければ。

 

「……お名前は、なんて言うんですか?」

 

 その人は、堂々と名乗ります。

 

「二宮匡貴だ。……食堂に行くぞ」

 

 にのみやまさたか。にのみや……? ……どこかで聞いた名前だと思ったら、以前寺島さんが言ってたNo. 1シューターでした。

 

 1位にオレンジジュースを頭から被せるという失礼なことをしたと理解した私は、ガクガクブルブルと震えながら二宮さんの後ろをついて行きました。

 

*** *** ***

 

「ここの食堂を使うのは初めてか?」

 

 千円札を券売機に入れながら、ふと、思ったことを尋ねる。

 

「え、あ……はい。いつもは、お母さんがお弁当作ってくれるので……」

 

「そうか」

 

 いい親だな、と言おうか迷ったが、答えが出るより先に俺の手がジンジャーエールのボタンを押す。

 

 続けて『A級きまぐれチャーハン』のボタンを押したところで、盾花がいそいそと財布を取り出す姿が視界に入った。

 

「盾花」

 

「は、はい!」

 

「俺が誘ったんだから、俺の奢りに決まってるだろう」

 

「い、いいんですか……?」

 

 おっかなびっくりな様子な盾花に向けて、

 

「もちろんだ。食べたいものを選べばいい」

 

 遠慮なく食えと俺は伝える。

 

 それでも盾花はわずかに躊躇うような表情を見せた後、フルーツパフェの食券を購入した。

 

「……昼飯を食った後か?」

 

「あ、はい」

 

 盾花の返事を聞いてから、母親が弁当を作ってくれてるという話を聞いたばかりだったと思い出した。

 

「そうか……。じゃあ、昼飯に付き合わせたのは悪かったな」

 

「いえいえ! そんなことは! お金出してもらってるのに、そんな事思えません!」

 

 律儀な受け答えが多いな、こいつ。

 

 

 

 互いに買ったメニューを受けとり、俺たちは空いている席を探した。昼飯時は過ぎているはずだが、運悪く2人がけの席が空いてなくて、渋々4人がけのテーブルを選んだ。

 

「……どうした? 突っ立ってないで座ったらどうだ、盾花」

 

「はい!」

 

 良く通る良い声で返事をした盾花は、俺の正面の席に座った。……やたら背筋を伸ばして座る奴だな。

 

「……ひとまず食え。話はそれからだ」

 

「わ、わかりました」

 

 俺は遅めの昼食を、盾花はデザートをそれぞれ口にする。

 

 食べて一口目で、

 

「……このパフェ、すごく美味しいです……!」

 

 目を輝かせるとはこういうことか、と理解させられるような目で、盾花がパフェの感想を伝えてきた。

 

「ここの食堂は美味い。下手に知らない店でギャンブルするよりなら、ここで食うことを勧めるぞ」

 

「はい。……でも本当に美味しくて……無限に食べれそうです」

 

 パクパクとパフェを平らげていく盾花に、お節介だとは思いながらも1つ忠告をすることにした。

 

「……食べる時は、生身の方がいいぞ。トリオン体で物を食うと、消化効率が良すぎて体型維持が難しくなる」

 

「あはは、寺島さんもそれ言ってました。……でも私の場合……生身だと食べるの難しいところがありますし、ご飯の時は嫌な思いしたくないので、トリオン体の方がいいです」

 

 生身で食べるのは難しい。その言葉で、例の噂の真偽は図れた。

 

「……盾花」

 

「はい? なんですか?」

 

「……お前のことは、色んな方面から噂を聞いて知っていた。……目が、ほとんど見えていないそうだな」

 

 その一言で、盾花のパフェを食べる手が止まった。

 

「……気を、悪くしたか?」

 

「……そうですねぇ、パフェの味が薄く感じる程度には」

 

「……すまない。だが、これだけは先に言わせてくれ。決して、茶化すつもりがあったわけじゃない。純粋な興味だった」

 

 謝罪と本心を告げると、盾花はパフェにスプーンを刺してから苦笑いを返した。

 

「いえいえ、謝らないでください。……ジュースかけたのを許してもらった上に美味しいパフェまでご馳走になってるのに……。むしろ、性格の悪い答え方しちゃった私の方こそ、すみませんでした」

 

 ぺこりと、丁寧な所作で盾花は頭を下げた。今時の中学生はこんなに礼儀正しいのか……? と思いかけたが、そうやって一括りにしてしまうのも盾花に失礼だなと思い直し、こいつが特別礼儀正しい行動が取れるんだと納得することにした。

 

「少し図々しいかもしれんが……互いに非があったとして、手打ちにしてくれるか?」

 

「わかりました。お互いの悪かったことは水に流して、美味しくご飯を食べましょう」

 

 そう言って盾花は、再びパクパクとパフェを食べ始めた。……本当に美味そうに食うな。

 

 食事を再開した盾花に倣い、俺もチャーハンとジンジャーエールを交互に口に運ぶ。『A級きまぐれチャーハン』とはその名の通り、きまぐれに……日毎に中身が変わるチャーハンで、今日はエビチャーハンだった。

 

 パラパラと口の中でほぐれる米と、プリプリとしたエビの食感。時折顔を覗かせるピリっとした胡椒の辛さが絶妙なバランスで成り立っているチャーハンを食べていると、

 

「あの、二宮さん……」

 

 顔色を伺うような慎重な雰囲気で、盾花が話しかけてきた。

 

「なんだ?」

 

「その……色んな方面から噂を聞いたって言ってましたけど……私って、そんなに噂になるような事してるんですか……?」

 

「……そうだな」

 

 どう話していくべきか迷ったが、ひとまず俺は自身が聞いた順番にこいつの噂を説明していくことにした。

 

「盾花、お前……特例で入隊しただろ?」

 

「あ、はい。トリオン体を医療方面で活用するためのモデルケース、みたいな扱いで入隊したことになってます」

 

「その件が、各隊に通達されてな。特別何かをするように指示しないが、そういう隊員がいるという事を頭に置いておけぐらいの通達だったが……お前を知ったのは、それがきっかけだ」

 

 なるほど、と盾花は感心したようにコクコクと頷く。

 

「それから……お前、メイントリガーはレイガストだな?」

 

「はい、レイガストです」

 

「レイガストの訓練生は珍しい。正隊員でもレイガストを()()()まともに使える奴が少ない中……訓練生で、レイガストを使ってちゃんと勝てる奴なら、なおさら珍しい」

 

 言いながら俺はポケットの中に入れていた正隊員支給の携帯端末を取り出し、1つの戦闘ログを再生して見せた。

 

「あ、これ……私の?」

 

「そうだ。3日くらい前か……俺の隊にいる犬飼が、面白い訓練生がいると言ってこの動画を見せてきた」

 

 画面の中でレイガストを構えた盾花と、アサルトライフル形状のトリガーを構えた訓練生の戦闘が繰り広げられる。

 

「この訓練生のトリガーはハウンド……。普通、訓練生同士でアタッカーとガンナーが戦えば、マップの転送位置がよほど近いものでない限り、ガンナーが圧倒的に有利だ」

 

 事実、画面の中の訓練生もそれをわかっている動きをしている。寄られる前に、ブレードが届かない間合いから一方的に撃って倒そうという、面白みがまるでない戦法を迷わず展開しようとする。

 

 市街地Aのマップで開けた場所にアサルトライフルを構えた訓練生が素早く移動し、レーダーを見る動作をしながら盾花の位置を絶えず確認する。

 

 普通なら、これをされた時点で訓練生アタッカーは勝てない。開けた場所に相手がいるため建物を盾にする事ができず、銃口を直接向けられる射撃と、ハウンドを上空に撃つ時間差射撃をされれば、成す術なく倒される。

 

 そんな中、盾花は愚直に建物の陰から飛び出し、訓練生めがけて突撃を仕掛けた。格好のカモ、と言わんばかりに訓練生は盾花めがけてアサルトライフルの銃口を向けて引き金を引く。それに対して、盾花はあらかじめ右手に持っていたレイガストをシールドモードに展開して、きっちりと防ぐ。

 

 しかしそこで、ハウンド使いが動く。射撃を一旦やめて銃口を上空へと向ける。アタッカーにはどうしようもない筈の二段構えの射撃だが、そこで盾花が素早くレイガストを左手に持ち替えて、空いた右手を腰にさしていたレイガストのホルスターへと伸ばす。

 

 そして、あろうことか、ホルスターに事前に仕込んでいた石を取り出し、ハウンド使いへと投げつけた。投石というまさかの攻撃に、ハウンド使いがギョッとした顔になる。初めて俺がこのログを観た時も同じように驚いたし、犬飼も「すごいっすよね、これ」と言いながら笑っていた。

 

 アタッカーからの予想だにしない遠距離攻撃に驚き、ハウンド使いは思わずと言った様子でアサルトライフルを盾にする形で顔に向かって投げられた石を防いだ。

 

 トリオン体は本来、トリオンによる攻撃でしか基本的にダメージが入らない。投石など無視していい筈だが、頭でわかっていても生身の感覚が咄嗟に出る事も十分にありえる。

 

 だから、このハウンド使いがアサルトライフルで顔を守ってしまうのも、仕方ない行動だった。そして射撃が止まったその一瞬で、盾花は一気に加速して間合いを詰める。

 

 接近に気づいたハウンド使いが慌てて盾花に向けて銃口を向けて射撃するが、レイガストのシールドモードはその射撃を持ちこたえ、アタッカーの間合いへと盾花を踏み込ませる。

 

 シールドモードのレイガストを薙ぐように振るい、ハウンド使いが持つアサルトライフルを弾き飛ばし、満を持してブレードモードへと切り替え、深々と斬る。

 

 盾花の勝利が確定したところで俺は動画を止め、この戦闘に対する講評を語る。

 

「犬飼に……部下にこのログを見せられた時、素直に面白いと思った。普通訓練生が、手持ちのトリガー1つでどう戦うか考える中、目に入ったものをなんでも武器に使おうという発想が柔軟だった。対戦相手からは顰蹙を買うかもしれんが……不利な相手に腐らずに挑み、成果を上げるのは大したものだ」

 

「え、あ……ありがとう、ございます……?」

 

 なぜ疑問形なんだ? と内心思うが、別に訂正させるようなことでも無いため、俺は盾花に1つ質問をした。

 

「盾花。お前はこの戦闘で、なぜこういう行動に出たか説明できるか?」

 

「……えっと。まず、どうにかしてブレードの間合いに入らなきゃって思ったんですけど、相手がすぐに射撃有利な場所に移動しちゃって……。それで大抵、ああいう場所に陣取ったハウンドとバイパーの人って、上か横に大きく撃って時間差で同時に当たるような攻撃をしてくるので……」

 

 1つ1つ、その時の事をなぞって思い出すようにして、盾花は語る。

 

「時間差射撃されたら防ぎようがない……ので、どうにかして時間差射撃させないようにしなきゃって思って……。ハウンド自体は、シールドモードで十分防げるので。それで、最初はレイガスト投げようと思ったんです。でもそれだと、投げてから手元にもう一度展開する時間が無防備になっちゃうなって思い直して……そしたら、『別に投げるのはレイガストじゃなくていいのかな?』ってなって……目に付いた石を拾いました」

 

 あとはそれを実行しただけです、と、盾花は言葉を締めくくった。

 

「……そうか、わかった」

 

 ジンジャーエールを一口飲みながら、俺は思う。

 

(……C級の割に、きちんと思考が出来ているな。こいつが正隊員になって使えるトリガーが増えたら……面白い隊員になる)

 

 少し間を開けてから「話を戻すが」と前置きをして、俺はボーダーに流れている盾花の噂についての説明を再開させた。

 

「こういう食堂やラウンジにいると……どういうわけか、お前が盲目だという話が、訓練生同士で語られている。特に気にしてない俺の耳にも入ってしまう程度には、話題になってるぞ」

 

「……んー……、多分それは、私と同じ中学の人が話の出所だと思います。不登校決めてるのに、ボーダーにはほぼ毎日来てるのは、両立できてる人からしたら面白くないと思うので、そういう話が出回るのかなと」

 

 そう言って盾花は、つまらなそうな顔でパフェを一口摘んだ。直接聞いたわけではないが……目が見えないからこそ、学校では爪弾きにされたんだろうなと勝手に予想を立てた。

 

「学校は嫌いか?」

 

「……即答できるくらいの考えは、私の中には無いです。ただ、みんなと一緒に勉強してる時の、あの雰囲気は大好きです。でも、目が見えないってだけで不快な思いを嫌でもさせられるので、そこは嫌いです」

 

「そうか。……医療体制へのモデルケースの扱いを受けてるなら、日常生活用のトリオン体を作ってくれるよう、交渉したらどうだ? お前の問題は、目が見える日常を送れるようになれば、解決するだろう?」

 

 俺の提案を聞くと、盾花はにっこりと笑った。

 

「優しいんですね、二宮さん。……でも、大丈夫です」

 

「大丈夫……?」

 

「はい。元々、そういうトリオン体の話もあったんです。でも、試験段階の私に簡単にトリガー持たせてしまうと、後続の人にも軽々持たせてしまう前例を作ることになるので……正隊員になったら、私のために日常生活用の簡易トリオン体を作ってくれるって取り決めが交わされてます」

 

 そう言って盾花は左手の甲をかざし、レイガストのソロポイントを俺に提示した。

 

「今、2582ポイントなので……目標まで、あとちょっとなんです」

 

 レイガストで2582ポイントも稼いだのか……。

 

「そうか。……早くBに上がれるといいな」

 

「はい! ……でも、最近少し伸び悩み気味なんですよね。特に、シュータータイプのメテオラ使う人との戦績がよろしくなくて……」

 

 真面目か、こいつ? 

 

 どんな相手でも構わず4000ポイント稼げばいいのがB級昇格条件だ。戦いやすい対戦相手(トリガー)を選んでいけば楽だろうに。

 

「……無理して、相性が悪い相手と戦わなくていいだろう。C級アタッカーのうちは、アタッカー相手をメインにして戦えば楽だぞ」

 

「んー……それはそうなんですけど……。それだと、正隊員に上がった後……苦手な相手と戦わないといけなくなった時に、自分が困りません? 防衛任務で……このネイバーが苦手だから戦わない、なんてこと言ってられないので……」

 

 チマチマとパフェを食べ進めながら盾花は、

 

「もっと言えば……ランダムで対戦相手をマッチングしてくれる機能がほしいですね。……それで、転送されるまでお互いのトリガーがわからない状態にして戦闘開始が理想です。……本当の戦いの時、いつでも事前に相手の情報がわかるわけがないので」

 

 どこか勿体なさそうな顔で、そんな事を言った。

 

 ……面白いどころか、とんでもないC級がいたものだな。

 

「……盾花」

 

「はい?」

 

「……シュータータイプのメテオラ使いが苦手だと言ったな?」

 

「ええ、言いましたけど……」

 

「……お前との話を、随分と楽しませてもらった礼だ」

 

 

 

「食べ終わったら、ソロ戦用のブースに行くぞ。お前の苦手な相手を、俺が演じてやる」

 

*** *** ***

 

 とんでもないことになりました。

 

『盾花、確認するぞ』

 

 ソロ戦用ブース間の通信機能越しに、二宮さんが私に話しかけてきます。

 

『俺は、お前の苦手な仮想敵……シュータータイプのメテオラ使いを演じる。正隊員と訓練生間の戦闘でポイントは動くことはない……どうすればメテオラを掻い潜れるか、じっくり研鑽しろ』

 

「は、はい……!」

 

 誰か私に説明してください。オレンジジュースをこぼしたのが、どう転べばNo. 1シューターが私の個人練に付き合ってくれるように話が動くんですか……? 

 

『正隊員がいるブースをモニターに表示する方法は知ってるか?』

 

「あ、はい! このモニター下の、黒いボタンを押せばいいんですよね……?」

 

『そうだ。俺は210室にいるから、選べ』

 

 私は恐る恐る、モニターの黒いボタンをタッチして、正隊員の人をモニターに表示するモードに切り替えて、210室を探します。

 

 

 

 ……………………………………What? 

 

 

 

 なんか……とんでもないポイントのアステロイドさんがいます。

 

 私が知ってる中で一番ポイントが高い、コウさんのポイントを軽々越えてます。

 

 え、これはバグ表示とかじゃないの……? 

 

『盾花。俺のメイントリガーはアステロイドだが……模擬戦ではメテオラしか使わん。安心しろ』

 

 二宮さんが気を使ってくれてそう言ってくれますが、私の震えは止まりません。緊張なのか怖いのか武者震いなのか、それすら区別がつきません。

 

 そうして、あれよあれよという間に転送が開始され、市街地Aに飛ばされました。

 

 転送完了後、私は迷わずホルスターに差していたレイガストを抜き、シールドモードに切り替えました。私の感覚が、これをしなければ死ぞ? と叫んでます。

 

 でも、待てど暮らせど二宮さんは攻めてきません。多分、訓練生のメテオラ使いに多い、有利な場所を陣取るという動きをトレースしてくれてるんだと、私は少し考えて気づきました。

 

「……すぅ……はぁ……」

 

 意識して、1つ深呼吸。

 

「……よし、落ち着いた」

 

 二宮さんは、私が苦手な仮想敵を演じてくれると言った。なら、戦い方そのものはNo. 1シューターと呼ばれる二宮さんのものじゃなくて、私がいつも戦う訓練生のもの……それを二宮さんのクオリティでやってくれるだけのこと。

 

 それだったら、戦いようはある。勝率が悪いとは言え、全く勝てないわけじゃ、ない。

 

 せめて、一矢報いることはできる。

 

 自分に言い聞かせるようにした後、私は二宮さんの位置を確認する。広く、見晴らしがいい公園に陣取っているのをレーダーで見つけて、距離を詰める。

 

 接近しながら、私は私なりのメテオラ使いへの対策を復習する。

 

「……メテオラ使いは、まず1発撃たせる。爆発で煙を巻き上げて、それで視線を切ってからなんとか接近して、斬る」

 

 言い切ったところで、私は建物の陰から飛び出して、二宮さん目掛けて特攻する。

 

 お互いの動きはレーダーで見えてるから、二宮さんはポケットに手を入れた状態で私の出所をしっかりと見ながら、

 

「メテオラ」

 

 トリオンキューブを展開し……

 

 待って待って待って!? 

 キューブ大っきくない!? 

 

 私が驚いてる間に、二宮さんは容赦なくメテオラを撃ってきました。普通の人と違って、四角錐形状な不思議な形にキューブを分割してます。

 

 弾の初動を見て着弾地点を予測した私は、軽くステップを踏んで避けます。これなら地面に当たって爆発しても巻き込まれることなく……

 

 とか思ってたら、避けたはずのトリオンキューブが、地面に当たってとんでもない音と共に爆発しました。

 

「っっ!!?」

 

 咄嗟にシールドモードのレイガストを爆発した方向に向けて対応しましたが、

 

「敵から目をそらすな、盾花」

 

 その一言と一緒に二宮さんが追加のメテオラを撃ってきて、私は避けきれずにトリオン体を爆散させました。

 

 

 

 

 ボフン

 

 と、勢いよく元いたブースに戻された私は、思わず呟きます。

 

「……あんなの、私が知ってるメテオラじゃない……!」

 

 二宮さんのメテオラは、威力がおかしかったです。あれがメテオラだと言うのなら、私が今まで見てきたメテオラはメテオラじゃなく、めておらって感じです。

 

『盾花、どうする? 一本でやめるか?』

 

 ブース越しに聞こえてくる、二宮さんの声。

 

 圧倒的な実力差があるのは、今の一戦で嫌と言うほどわかりました。二宮さんが訓練生の戦い方をするという縛りがあっても、正直勝てる気はしません。

 

 でも……、

 

「……もう一本、お願いします……!」

 

 どうしてか、こうして二宮さんと戦えるのは、なんだか楽しいなと、思えました。

 

*** *** ***

 

 5戦5勝。

 

 盾花との模擬戦は、スコア上で見れば俺の圧勝で終わった。

 

『……ありがとう、ございました……。お疲れさま、でした……』

 

 通信システムを介して聴こえてくる、盾花の声。

 

「……お疲れさん。……盾花、メテオラ使いへの対策は練れたか?」

 

 俺は、()()()()()()()()()()を尋ねると、

 

『はい……! 3戦目から、ちょっと掴めました……!』

 

 自信を潜ませた声で、盾花はそう答えた。

 

「ふ……だろうな。戦う前から、お前が投石を利用してメテオラを誤爆させ、誘爆させてくる戦法に辿り着くのは予想できていたが……。それでも、最終戦のアレは少し予想外だったぞ」

 

『あはは。アレはたまたま上手くいっただけですよ。二宮さんくらいのメテオラが無かったら、メテオラにレイガストをいい感じの角度で投げつけて、爆発して戻ってきたレイガストを掴むなんてことは、できなかったです』

 

 そう。こいつはあろうことか最終戦、自分の唯一の武器を手放すという選択を取った。4戦目で投げた石がメテオラに当たらず誤爆させるのに失敗したからか、最終戦には石よりも大きく確実に当てられるであろうレイガストを投げつけてきた。その上、爆発したメテオラが吹き飛ばしたレイガストは投げつけた軌道をなぞるように戻っていき、盾花の手に再び収まり、同じ手法で盾花はメテオラの第2波も防いだ。

 

 発想は良かった。

 

 そして、第3波までに十分に間合いを詰めた盾花は、レイガスト投げではなく、シールドモードで受けきる形を選んだ。

 

 その判断自体は、正しい。

 

 あれ以上近寄られたら、メテオラで俺自身が危なくなる可能性が高く、キューブを再度展開して威力を下げて設定しなければならなかった。

 

 だが、俺のメテオラを3度受けた盾花のレイガストは限界だった。2度目までは爆風の余波程度で済んだため損傷はそこまでなかったようだが、3度目の攻撃をまともに受けた時点で盾花のレイガストは耐えきれず砕け散り、トリオン体ごと粉々に破壊してしまった。

 

『惜しかったんですけど……やっぱりNo. 1シューターの名前は本物ですね。敵う気がしなかったです』

 

 悔しそうに盾花は言うが、実際にこいつは本当に惜しかった。

 

 こいつに伝えてはいなかったが、戦う前から俺は、キューブの分割は6まで、時間差射撃は第3波までと決めて模擬戦をしていた。

 

 だから、もし。

 

 盾花のレイガストがあのタイミングで持ち堪えたなら。

 

 もっと早く盾花が俺との間合いを詰めることができていたら、

 

 他のトリガーが、何か1つでもあったなら。

 

 何か1つ歯車がズレていれば、俺は最終戦負けていたかもしれない。

 

 あり得た可能性に思考を向けて無言になっていた俺に、

 

『でも……二宮さん、本当にありがとうございました』

 

 盾花は再び、お礼の言葉を告げた。

 

「……礼には及ばない。俺の気まぐれに、お前を無理やり付き合わせたんだからな」

 

『いえいえ。十分対策になりましたし……それに……』

 

 少し言葉を止めて間を開けてから、盾花は答える。

 

『これで、私の中のメテオラ使いの基準は、二宮さんです。シューター1位の二宮さんに比べたら、同じ訓練生のメテオラ使いはちっとも怖くないです』

 

「……そうか」

 

 1位を見据えて基準に据える意識は素直に褒めたいが……ほんの少しだけ、癪に触る部分があった。

 

「……盾花」

 

『はい?』

 

「……Bに上がったら、いつでも俺に声をかけろ。本当の俺の戦い方を、お前の中の基準に据え直してやる」

 

『わ……わかりました……!』

 

 約束忘れませんから、と、小さな声で盾花が付け加えたところで、俺はブースを出るぞと断りを入れてから、ソロランク戦のロビーへと出た。

 

 すると、

 

「あら……二宮くんがこんなところにいるなんて、珍しいじゃない」

 

 ロビーにいた見知った顔が、俺に声をかけてきた。

 

 加古望。かつて同じ師の下でチームを組んだ仲間だ。

 

「加古か。お前こそ、ここに来ることなんてあんまり無いだろう」

 

「あら、そんな事ないわよ? 腕の立つ新人がいないか、時々チェックしに来てるわ」

 

「ふん……。なら、今日もそのチェックとやらでここに来たのか?」

 

「いいえ。どこからとは言わないけど、二宮くんが新人を虐めてるって話が流れてきたから、観に来ただけよ。まあ、観に来たら丁度終わったところだったけどね」

 

 こいつ、わざわざあんな風に聞いておきながら確信犯か。

 

「……言っておくが、あくまで訓練生と模擬戦をしていただけだ」

 

「あら、どうだか……」

 

 そうして加古と話していると、

 

「あ、二宮さんいた! ちゃんとお礼言いたくて……」

 

 ブースから盾花が出てきた。

 

「丁度いい。盾花、この女に俺がお前の訓練に付き合ったと言ってやってくれるか?」

 

 盾花に弁解を頼んだが、

 

「……」

 

「……」

 

 どういうわけか、盾花と加古は見つめあって動きを止めていた。

 

 すると、

 

「……もしかして、桜ちゃん?」

 

 加古が盾花の名前を呼んだ。

 

 なんだ、こいつら知り合いだったのか……と俺が思っていると、

 

「もしかして……望先生ですか?」

 

 盾花がまさかの言葉を口にした。

 

 

 

 ……先生? 加古(こいつ)が?




ここから後書きです。

盾花はいきなりスーツになった事に驚いただけで、二宮さんの黒スーツ自体はカッコいいと思ってます。
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