盲目少女が見る界境防衛機関   作:うたた寝犬

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いくつかの幸運とたくさんの人に助けられた少女が、自分の手で欲しいものを掴み取るために戦う物語です。


File6「辿り着いた日」

 その日、ソロランク戦のロビーは異様な空気に包まれていた。

 

 佇みながらモニターを見据える1人の正隊員を見て、訓練生たちは遠巻きにヒソヒソと言葉を交わす。

 

「あれって、B級2位の影浦先輩だよな?」

「ああ。隊務規定違反でポイント没収されてるっていう……」

 

 そんな彼らの会話を聞き……厳密には、会話によって発生した感情が乗った視線を肌で感じ取った影浦雅人は、わかりやすく舌打ちをした。

 

(こういうのがあっから、1人でブースに来んの嫌なんだよな……)

 

 イライラと、着実に溜まるフラストレーションを腕組みをしながら抑えていると、彼の知り合いが隣に並んだ。

 

「よ、カゲ。だいぶイラついてるみたいだな」

「鋼か……。お前も見に来たのか?」

「ああ、もちろん」

 

 村上鋼が現れたことにより、訓練生たちの中に新たなザワつきが生まれる。

 

「アタッカー4位の村上先輩……!」

「鈴鳴支部の村上先輩……この時間から個人戦に来るのは珍しいな……!」

 

 高い実力を持ちながら、それぞれの理由で滅多にソロランク戦のロビーに足を運ぶことがないあまりない2人が揃っているだけでとても珍しいケースなのだが、更に新たな黒い人影が2人の元に近寄る。

 

「影浦に村上か」

「……ちっ、来たのか二宮……」

「二宮さん、お疲れ様です」

 

 No. 1シューター、二宮匡貴。ボーダー随一のトリオン能力に裏打ちされた高い火力と硬い守りに加え、豊富な攻め札に的確な部隊運用もできるB級1位部隊隊の隊長の登場に、訓練生たちは大いに驚く。

 

「二宮さん……!?」

「チームランク戦だけでほぼソロポイントを稼いで高ランカーに君臨してる二宮さんが個人戦のブースに来るなんて……!?」

 

 ボーダーで数える程しかいない、個人(ソロ)ポイントが1万点を越えているランカーが、3人。加えて、普段のチームランク戦でも凌ぎを削ることもある3人が揃っているこの現状は、訓練生からすれば一触即発の空気が漂っているように見えていた。

 

 そこへ、

 

「あら、みんな揃って応援かしら?」

 

 セレブリティな雰囲気を纏った女性……加古望が、なんてことないように3人の中へ割り込んでいった。

 

「か、加古さんだ……!」

「A級6位の加古隊長だ……!」

 

 トップランカーにA級部隊の隊長。訓練生にとっては雲の上の存在と言っても過言ではない4人が揃っているだけで、人によっては卒倒してもおかしくないが、その中に更に役者が加わる。

 

「よかった、ギリギリセーフかな」

 

 ふっくらとした丸まったシルエット……その正体は、ネイバーと戦う上で生命線とも言えるトリガー技術の解析・発明を担う開発室のチーフエンジニアである寺島雷蔵だった。

 

 ブレード型トリガー『レイガスト』の開発者として知られる寺島の登場は、訓練生たちにまた違った衝撃を与えた。

 

 なんなんだ、何が起きるんだ……? 

 

 集まった面子を見て恐れをなす訓練生たちだったが、彼ら5人の視線がロビーにある巨大なモニターに向いていることに気づき、1人、また1人と視線がモニターへと集まる。

 

 普段は訓練生たちの戦いをランダムに映し出しているモニターだが、正隊員が戦闘を始めると、その戦いを必ず選んで映すことになっている。

 

 そしてもう一つ、モニターが必ず選んで映す戦闘がある。

 

 それは、その戦闘で勝てば正隊員入りが……ソロポイント4000点を満たす試合がマッチングされた時である。

 

 そして、今。モニターにその戦闘が映し出される。

 

『弧月3363P VS レイガスト3989P』

 

 多くの観衆の目が集まる中、盾花桜の正隊員入りがかかった戦闘が、始まった。

 

*** *** ***

 

 勝てば正隊員入り。

 

 それがかかった戦闘だからか、私はちょっとだけドキドキしてた。

 

 レーダーで相手の位置を……弧月使いの位置を確認すると、真っ直ぐ私の方に向かってきてるのがわかった。

 

 ひとまず間合いを詰めてくる。これまで何戦もしてきたから分かる、C級アタッカー同士の戦闘のセオリー……まあ、剣同士の試合だから当たり前なんだけども。

 

 まだ少し距離があるけど、私はそれを自分から詰めることはしないで、ゆっくりとホルスターからレイガストを引き抜く。

 

 ずし……とした、確かな重さを右手に感じる。使い始めの頃はちょっと重たいかな……って思ってたけど、慣れてしまえばどうってことない。むしろ、相棒感というか愛着というか愛おしさというか……コレじゃなきゃね、って言いたくなる思いすらある。

 

 弧月使いの人が建物の陰から出てきたところで、私はレイガストの持ち手をぎゅっと握りしめる。

 

「シールドモード」

 

 レイガストの特徴である変形機能でシールドモードへと切り替えて、私は守りの構えを見せる。

 

 あからさまに守りを固めた私を見て、弧月使いの人は一気に踏み込み、勢いを乗せた斬撃を繰り出す。

 

 速くて鋭い、横薙ぎの一閃。

 ガツン、と、踏ん張らなきゃレイガストを弾き飛ばされそうな衝撃だけど、私はしっかりと堪えて次の攻撃に備える。

 

 二、三、四と続く連続攻撃。

 

 訓練生たちの間では、『ソロポイント3000は1つの壁』と言われている。

 

 3000点まではなんとかたどり着くことはできても、その先に行くには『何か』がいる。

 

 突出した実力。

 才能、もしくはセンス。

 相手を出し抜くだけの頭脳。

 

 なんでもいい。他の訓練生にはない自分だけの武器がないと、3000点の先にはいけない。

 

 私の目の前にいる彼はたぶん、単純に実力が……地力が高いんだと思う。他の弧月使いの人とは、攻撃の速さ、重さ、連続攻撃の繋ぎのムラのなさが、それぞれ一段階上かなと、思える。

 

 私はそんな相手の攻撃を全部防ぎながら、虎視眈々と()()()()()

 

 他の訓練生にない、私が持つ武器を活かせる最大のチャンスを、私はただひたすらに狙っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ソロポイントが3000を越えた頃、コウさんと同じ部屋に入ってアドバイスをもらいながら訓練生との対戦を繰り返していたある時、コウさんが少し変わったアドバイスをしてくれた。

 

「盾花さん、レイガストの特徴について少しレクチャーしよう」

 

「レイガストの特徴……ですか?」

 

「ああ」

 

 今までなら、試合を振り返って立ち回りに重点を置いたアドバイスが多かったコウさんだからこそ、レイガストそのものについてレクチャーしてくれるというのは、ちょっぴり不思議な感じがしました。

 

「まずは盾花さんに聞きたいんだけど……。『レイガストの特徴は?』って聞かれて『頑丈なシールドモードに切り替えができること』って答える人がいたら、どう思う?」

 

 素直に答えてくれ、と注釈された私は、本当に素直に、思った通りのことを答えます。

 

「無難な答えというか……ああ、この人はレイガストを使ったことが無いんだな、って思いますね」

 

 私の答えはコウさんが求めるものに近いもの、もしくは方向性が合っていたものらしく、はニッと小さく笑いました。

 

「いいね。なら……さっきの質問に盾花さんなら、なんて答える?」

 

「私なら……シールドのサイズや形、あと持ち手に対する向きを操作できること、って答えます」

 

「よし、正解。レイガストを()()()()()()の答えだ」

 

 コウさんに褒められて私はちょっと嬉しくなって、にへらっと笑います。

 

 何人かのレイガスト使いを見るとわかりますけど、シールドモードのレイガストの形は一律じゃないんです。使う人によって体格差がありますし、構え方や戦闘スタイルによって最適な形・好む形がそれぞれあって、私を含めてみんな自分が使いやすい形のシールドを形成します。

 

 私は他の人よりも多少小柄で身体つきも細いので、サイズを少し抑えてます。あと、私的に扱いやすいようにシールドの形もデフォルトの長方形の型から、やや楕円形になるようにしてます。

 

 それに対してコウさんは、デフォルトの長方形型をベースにしつつ、スラスターの噴出口になるように四隅(四点)を突起させてますし、レイガストの持ち手に対してシールドの向きが真横になるようにしてます。手を脱力させてダラーンと下にした時、伸ばした腕を守れる状態にシールドが展開されてる形です。

 

 レイガストは割とその手の微調整がしやすいです。さすが弧月とスコーピオンの後に作られた後継型なだけあって、使い手に優しい作りになってます。作ってくれた寺島さんには、会う度にありがたや〜、という思いで頭を下げてます。

 

 私の答えを褒めてくれたコウさんは、そのままレイガストのレクチャーを続けてくれます。

 

「レイガストは、その手の形状調整がしやすい。スコーピオンほど変幻自在とまではいかなくても……形状調整に慣れれば、普通の人の頭の中にある、『盾』の常識を覆す動きができる」

 

 言いながらコウさんは、ナイショにしててくれよ、と小さな声で言ってから、小部屋の中でレイガストを展開しました。模擬戦以外の戦闘行為は正隊員、訓練生問わず禁止されているので、場合によってはこうしてただ展開しただけで威嚇行為に取られちゃうかもしれないので、こういうのはあんまり良くねぇぞと前にカゲさんが教えてくれました。

 

 椅子に座ったままコウさんはレイガストをシールドモードにして、

 

「だから、こういうこともできる」

 

 そう言って、シールドの一部を一瞬で、鋭く抉られたような形にヘコませました。

 

「あ! それコウさんのログで見たことあります! そのヘコんだところで相手のブレードを受けて、その後体勢崩したやつですよね!」

 

「そうそう。慣れればこういう形状変化も一瞬で出来るし……あと、これは実戦向きじゃないけど……」

 

 言葉を淀めた次の瞬間、コウさんはレイガストの持ち手を動かさないまま、展開したシールドだけをクルクルと回し始めました。

 

「え!? なんですかそのプロペラみたいな動き!? 面白いっ!」

 

 面白いというかシュールというか、素直にびっくりしました。

 

「はは、慣れればこういうのも出来るようになるよ。まあ、それなりに集中力が削がれて実戦ではまず使えないから……ちょっとした遊びだな」

 

 今度時間見て練習しよう……とか思ってたら、コウさんはレイガストをホルスターに戻して解除しました。

 

「話は逸れたけど……とにかく、レイガストを使った人はこういう利点があることに気づく。けど……使ったことが無い人は意識しないと、中々これに気づけない」

 

 コウさんの話を聞いて、私は前に寺島さんに『盾花さんは他のトリガーを使ったことがないから、相手がどう攻めてくるかわからない』というアドバイスをされたことを思い出しました。

 

 少し考えればわかることだけれども、それは相手も同じで……相手の人は『レイガストを使ったことがないから、私がどう攻めてくるかわからない』。

 

 私がそのことを理解したのと同時に、コウさんはレクチャーを締めくくります。

 

「だから……レイガストだからこそのシールドの運用が出来るかどうか。多分これが、レイガストを使う訓練生がBに上がるための鍵になるんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 コウさんのアドバイスは的確だったというか……私が2000ポイントを越えた辺りから頭の中でモヤモヤしてたモノに対するベストアンサーでした。

 

 勝つためには、自分が持ってる武器(レイガスト)の長所を活かしきる。

 

 当たり前のようで私が徹底しきれてなかったそれを理解して、長所を活かすにはどんな戦法が、勝ち方が良いのかを強く意識し始めたからか……私の個人戦の勝率は、3000ポイントを越えてから一段階確実に上がりました。

 

 レイガストの性能を活かしきるために、私はひたすら弧月使いの攻撃を耐えてます。

 

 付かず離れず、相手が()()()()()()間合いを……ブレードを振り回しやすい距離を保ち続けます。相手が仕切り直そうとして間合いを離しにかかったら、少し詰める。逆に、かかり気味でちょっと近いなと感じたら、その分離れる。

 

 とにかく相手が攻撃しやすい間合いで、それでも私の守り(レイガスト)を崩せない、そんな状況を維持する。

 

 思うように攻撃できてるはずなのに、崩せない。それが続くと、きっと、どうしても考えてしまう。

 

 どうすれば崩せるのか? 

 力でゴリ押すのか? 

 速い攻撃をするか? 

 手数を増やすか? 

 1回仕切り直すか? 

 

 そうした思考は、確実にリズムを崩す。

 

 無意識に保っていた自分が1番戦いやすいリズムやテンポが崩れて、迷いが乗った剣は徐々に私にとって受けやすい攻撃へと変わっていく。

 

 そうして私はひたすらに待ち続けた。

 

 私から見て、左上から斬りおろしてくる大振りな一撃が来るのを。

 

(ここ)

 

 待ちに待った一撃に対して、私はレイガストの持ち味を……シールド変形機能を使う。

 

 コウさんが見せてくれたような、一瞬でヘコませて弧月の受け口を作る。

 

 ガキン、とした確かな感触がレイガストを通して私の身体に伝わった瞬間、その衝撃をいなしながら、もう一段階レイガストを鉤爪のように変化させ、弧月を()()()()

 

「は!?」

 

 相手が驚いたような顔を見せるけど、私は止まらない。

 

 受けた斬撃の勢いが死に切らないうちに……流すようなイメージでレイガストを右下に下げていき、身体全体を使って奥へと引き込む。加えて、シールドも方向転換させて相手の体勢を大きく崩しにかかる。

 

 もちろん、相手の人も崩されまいとして弧月の刃を返して離脱しようとしますけど、私がレイガストに作った鉤爪がそれを許しません。

 

 格闘技の関節技みたいに、弧月が決まってしまってるので……手放すか、うまい具合に弧月を引き抜くかしないと、抜け出せないのですが……相手の人はそのどちらも出来ず、レイガストの引きとシールドの方向転換の二段構えの仕掛けで、大きく身体を崩されます。

 

 動きの中でレイガストのシールドモードを解除して、ブレードモードへ。

 

 左上から右下、右後ろと伝わってきた動きを殺さないように、私は頭上から体の中心に一本の軸があるイメージでクルッと右回転する。

 

 相手から一瞬視線を外してしまうのは怖いけど、これだけちゃんと崩せたから大丈夫と言い聞かせて、ブレードに相手から受けた斬撃と、私の回転する勢いを上手く乗せる。

 

 一回りした私の視界に再び、相手の人が映る。

 

(ああ、ちゃんと倒れてくれてる)

 

 安堵しながら私は、左上から思いっきりレイガストを振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 訓練生になったばかりのころ、レイガストを使ってるだけでクスクスと笑われた。

 不人気で、他の二本よりも攻撃力が低いナマクラで、重くて手数のある攻撃ができない。

 使い勝手の悪い武器を使っていると、遠巻きに笑われたのを覚えてる。

 

 私はそれを聞こえないフリをしていたけど……本当はずっと、そんな人たちを見返したくて仕方なかった。

 

 剣と盾。実質二つのトリガーを持っているようなものなのに、なんでみんな使わないのか。

 弾トリガーに対する有効打になるのに、なんでそこを見てくれないのか。

 C級同士なら相手もレイガストじゃない限り、攻撃力の差なんて大して問題じゃないのに、なぜ攻撃力の低さを欠点に上げるのか。

 なんで手数を重視するのか。たった1発、致命打になる1発が入るだけでいいのに、手数が絶対の強さのようにみんな見てるのか。

 

 

 

 

 ながらく感じていたモヤモヤを、私はこの一振りに込める。私の目の前で倒れているこの人が、私が見返したかった人なのかどうかはわからない。

 

 でも、それでも。

 

「ナマクラの痛さを、覚えておいてね」

 

 この人には、レイガストに負けて悔しいと感じて欲しいなと思いながら、深々とした斬撃でトリオン体を両断した。

 

 両断された弧月使いのトリオン体に、ピシピシと音が鳴りながらヒビ割れが一気に広がり、爆発と光跡が私の目の前を去る。

 

「……勝った……?」

 

 何度も経験したはずの勝利を疑いながら、私は恐る恐る左手の甲を見て、レイガストのソロポイントを確認する。

 

「……よんせん、ななポイント……」

 

 表示された『4007』という数字を読み上げた私は、思わずガッツポーズをして、この数字が持つ意味を理解して喜びを噛みしめた。

 

*** *** ***

 

 ソロランク戦のロビーは、大いに沸いた。

 

 個人でしのぎを削る訓練生同士は、全員が全員ライバルである。同じ目標を目指しているからこそ、誰もが4000ポイントに到達する難しさを身をもって知っている。

 

 もちろん全員がそうというわけではないが……多くの訓練生たちが、4000ポイントに到達した盾花の功績を称えて拍手を送り、この時ばかりはお祝いの気持ちでいた。

 

 そんなめでたい空気になっていることを知らない当事者……盾花桜は勢いよく205号室から飛び出してロビーを見渡し、

 

「カゲさん!」

 

 今のこの喜びを1番に伝えたい人の姿を見つけて、花が開いたような満面の笑みを見せた。

 

 手すりに手をかけて二階から飛び降り、盾花は影浦たちのもとに駆け寄る。

 

「おい、タチバナ。トリオン体だとしても飛び降りるのは危ねぇだろうが」

 

「タチバナじゃなくてタテバナです! カゲさん見て見て! ソロポイント4000行った!」

 

 百点満点のテストを親に褒められたい子供のような無邪気さで左手の甲に表示された数字を見せてくる盾花に対して、

 

「ああ、見てたぞ。まあ、俺からすりゃ、やっとかよって感じだが……」

 

 影浦は悪態をついて見せたが、その隣にいた村上が、ふっと小さな笑みをこぼした。

 

「カゲお前……そんなこと言いながら、盾花さんが勝った瞬間、しっかりガッツポーズしてたじゃないか」

 

「鋼テメ、それは言うなよ! つか、ガッツポーズしてたのはテメーもだろうが!」

 

「そりゃ、あれだけ見事にオレと同じトリガーを使いこなして勝ったのを見たら、嬉しくてそうなるさ」

 

 村上は視線を影浦から盾花へと合わせて、同じレイガスト使いとして彼女を褒める。

 

「盾花さん、良い崩しとカウンターだったよ」

 

「アドバイスをくれたコウさんのおかげです! ありがとうございます!」

 

「いや、オレはそこまで具体的なアドバイスはしてないさ。崩しの発想も、レイガストの操作も、全部盾花さんの力だよ」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど……実は、レイガストの変形は、まだまだぎこちなくて……あの場所をヘコませて鉤爪を展開するまで、1個のパターンなんです。だからまだ、左上からの攻撃じゃないと、あの一連のカウンターは出来なくてですね……」

 

 どことなく申し訳なさそうに話す盾花を見て、村上はパチパチと目を瞬かせた後、

 

「そんなに申し訳なさそうに言う必要、ないだろう? だって、レイガストの変形1つとっても、盾花さんはまだまだ強くなれる余地がたくさんあるってことなんだから」

 

 とても自然に、盾花の弱音を前向きな意見として捉えてアドバイスをしてくれた。

 

(コウさん、ナチュラルでストイックというか真面目というか……)

 

 そんな村上の姿勢に盾花が感心していると、

 

「盾花。俺はお前に敵から目を離すなと教えなかったか?」

 

 二宮が淡々とした声で、盾花の戦闘の不備に指摘を入れた。

 

「……はい、教わりました」

 

 飼い主にお叱りを受ける子犬のようにショボンとする盾花に、二宮はさらに指摘を入れる。

 

「ふん……わざわざカウンターに回転斬りを選ぶ必要もないだろう。あそこまで身を引いたら、供給器官をピンポイントで狙った刺突をすれば、相手から視線を切ることなくトドメを刺せたんじゃないか?」

 

「返す言葉もないです……」

 

 二宮のド正論な指摘を受けてショボンとしていく盾花の間に、影浦が割って入る。

 

「二宮ァ……シューターが一丁前にアタッカーの動きに口出すんじゃねえよ……!」

 

「俺はただ、勿体無いなと思っただけだ。近接戦が専門外な俺から見ても、見事だと言える崩しをコイツがしただけに……無駄な動きがあったんじゃないかと言ってるんだ」

 

 B級1位と2位の隊長が今にも個人戦を始めそうな勢いでバチバチと火花を散らし、村上がその間に割って入って、なだめて落ち着かせようとする。

 

 そんな3人を見てオロオロとする盾花に、彼女の先生である加古が優しく声をかける。

 

「桜ちゃん、B級入りおめでとう」

 

「望先生! ありがとうございます!」

 

「私からも色々伝えたいことはあるけど……今は、こっちが先かしらね?」

 

 加古は言いながら親指で、後ろに控えていた寺島を指差して盾花の意識を誘導した。

 

「盾花さん、今から2枚の書類を渡すから……家の人と一度相談して確認した上で、覚悟が決まったらサインしてね」

 

 寺島がそう言って、盾花に書類が2枚入ったクリアファイルを渡し、受け取った盾花は流し読みでそれが何の書類か確認する。

 

「これって……」

 

「うん。1枚目はBに上がった人全員が書く書類で……要は正隊員として防衛任務に出る時にもしかしたら危険な目に遭うかもしれないけど、それでもいいですか? っていう最終確認だよ」

 

 寺島が説明する通り、1枚目の書類はB級に上がることに対しての最終確認を取るためのものである。

 

 正隊員に与えられる権限と義務。

 防衛任務で得られる報酬とベイルアウト機能を筆頭にした安全性、その上で起こり得る万が一の危険性。

 ボーダー提携校が隊員への勉学面でどの程度保証しているのか。

 

 それらの情報がその1枚の書類に詰まっている。もちろん、希望すれば更に資料、情報をある程度請求することは可能だが……未成年者の場合、諸々の事情を本人と保護者がそれらを知った上で、正隊員になるかの最終確認が取られる。

 

 正隊員へ上がる資格を得た盾花は、他の正隊員がかつて貰ったのと同じ書類を受け取った。

 

 だが盾花の手には、もう1枚……彼女だけが必要とする書類がもう1枚、あった。

 

 その1枚を見て……、

『日常生活用トリオン体の作成申請書』

と銘打たれた書類を見た盾花は、なんとも言い難い表情を浮かべた。

 

 ずっと欲しくてたまらなかったものが手に入る嬉しさ。

 他の同じような境遇の人を差し置いて自分だけが、それを手にしてしまう申し訳なさと、罪悪感。

 そんな負の感情がありながらも、それでも嬉しさが勝った表情を、盾花は見せた。

 

 その表情で盾花が書類の意味を理解したことを察した寺島は、

 

「2枚目に関しては問題ないと思うけど……ちゃんと親御さんと話してから、サインしてね」

 

 きちんと家族と話すことを念押しして、ロビーを離れて開発室に戻ろうとした。

 

 その瞬間、寺島のポケットに入っていた携帯端末が無機質なメロディを奏でた。

 

「はい、こちら寺島」

 

 普段仕事の連絡が来る時のメロディなだけあって、寺島は盾花が目で終えないほどの速さで端末を取り出して着信に答えた。

 

「ええ、今はランク戦ロビーにいて……え? そりゃ彼女もいますけど……はい、わかりました。伝えます」

 

 手短に電話を済ませた寺島は盾花に目線を合わせると、わずかに逡巡してから問いかけた。

 

「……盾花さん、このあと時間あるかな?」

 

「え、まあ……あります。ポイントは稼ぎましたし、今日はもう特別本部でする事は無いですけど……」

 

「そうか……」

 

 寺島は冷や汗を1つ垂らしてから、今しがた電話で伝えられたことを盾花に告げる。

 

「今の電話は鬼怒田室長からだったんだけど……盾花さん、会議室に呼び出しがかかってる」

 

「会議室……?」

 

「そう、会議室。そして会議室を普段から使うのは幹部クラスの上層部で……しかもどうやら、君を呼び出したのは城戸司令らしい」

 

「……へぇぁ?」

 

 城戸政宗。

 本部司令・最高司令官。

 ボーダーという組織の、紛れも無い頂点にいる者から呼び出しを受けた盾花は、

 

「……私、なんにも悪いことしてないです……」

 

 冷や汗を大量に流しながら、なんとも情けない声でそう呟いた。

 

 

 

この後、彼らは会議室で盾花に何があったのかは、知らない。

 

ただ、その日の夜にそれぞれのスマホに、

 

『新人B級隊員の、盾花桜です!』

 

そんなタイトルのメールが、届いた。




ここから後書きです。

レイガストのシールドについては、原作の描写から考察したものになります。実際にプロペラのようにクルクル回せるのかは、出来たら面白いなぁという願望です。

見切り発車で始まった本作ですが、章を作って物語っぽくなってきました。次は、ちょっと番外編を挟んでから、B級編に行きます!
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