盲目少女が見る界境防衛機関   作:うたた寝犬

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明るい世界で自由を手に入れた女の子が、自由になったらどうしても行きたかった場所に行く物語です。


第2章『正隊員で見る界境防衛機関』
File7「行きたかった場所」


 影浦雅人はお好み焼き屋の次男坊である。

 

『お好み焼き かげうら』

 

 地元民に愛され、影浦一家が定休日の火曜を除いて毎日、美味しいお好み焼きを提供してくれる三門市の名店である。

 

 店を切り盛りしているのは影浦雅人の両親と兄であり、影浦自身は学校やボーダーが休みの日に時々手伝う程度だが、その影響もあって影浦の同級生隊員たちを始めとしてボーダー関係者の姿が、度々見受けられる。

 

 そして今日も、ピークであるお昼を過ぎた時間帯を見計らって、彼の友人である荒船哲次と村上鋼が店を訪れていた。

 

 4人がけのテーブルに荒船と村上が向かい合う形で座り、半ば休憩を兼ねた影浦がテーブルのそばで二人を見守る。

 

「なあカゲ、これもうひっくり返していいか?」

 

「いや、もうちょい待て荒船。あと10秒」

 

「わかった、あと10秒だな」

 

 荒船が目の前で焼いているイカ玉は一見程よい焼き加減に見えるが、影浦に言わせればまだ甘い。彼は毎日と言って良いほどお好み焼きと向き合い、最適な焼き加減を知り尽くしている。

 

 荒船も、影浦がそれを知り尽くしている事を知っているため、彼の言葉を疑わない。ひっくり返すためのヘラを両手に構え、心の中で10秒をカウントする。

 

 最適なタイミングでひっくり返す……それは奇しくも、正隊員である荒船のポジション、狙撃手(スナイパー)の動きに通じるものがあった。

 

 一瞬のベストタイミングを見極め引き金を絞る(ヘラで返す)。今の荒船の意識はそこに集中しきっており、何人たりとも彼のスナイプ(ヘラ返し)を邪魔することは、できない。

 

 そんな荒船の鬼気迫る表情と研ぎ澄まされた目を見て、正面に座る村上は感心した。

 

(すごい集中力だ……)

 

 かつて荒船から剣の手ほどきを受けた村上は、彼の人となりを知っているつもりだったが……アタッカーだった頃の荒船にはなかった高い集中力を目の当たりにして脱帽した。

 

 そうこうしているうちに、あと5秒。ここまで来れば、最早荒船のお好み焼き返しが失敗する要因は何1つない。あとは影浦と村上が、成功の瞬間を見届けるだけである。

 

 あと4秒になった、その瞬間、

 

 カラカラ

 

 と、店の扉が開く音がした。

 

 友との憩いの時間を過ごしていた影浦だが、客が来たその瞬間に彼の中のスイッチが接客モードへと切り替わる。

 

「いらっしゃいませ! 何名さまで……」

 

 すか、と言い切るべきだった影浦の言葉が途中で止まる。

 

 店に入ってきた細身の人影は……影浦に声をかけられた()()()は彼をしっかりと()()()()()()、ぱあぁっと明るい笑顔を見せ、

 

「1人です! カゲさん!」

 

 よく通る声で影浦のみならず、村上や店内の視線を集めた。

 

 他の客はともかく、影浦と村上は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実がどういう意味を持つのか知っているため、目を奪われるのは仕方ないことだった。

 

 しかしその結果、

 

「どうだカゲ、完璧だろう?」

 

 荒船の完璧なタイミングでのお好み焼き返しは、誰の目にも止まることはなかった。

 

*** *** ***

 

 個人(ソロ)ポイント4000を獲得した翌日、私が提出した正隊員承諾書と日常用トリオン体申請書は難なく受理されました。

 

 そしてその、30分後。

 

「ふおぉぉぉぉ……!」

 

()()()()を受けた私は開発室にて、『日常用簡易トリオン体(仮)』と命名されたトリオン体を受け取りました。

 

 起動した私の口から、なんとも間の抜けた声が漏れ出ます。

 

 いやだって、これ本当にすごい。

 

 普通のトリオン体にある違和感というか、地に足が着いてないみたいな感覚がほとんど無くて、生身のものにグッと近くなった感じがします。

 

 手を握ったり開いたり、足をプラプラさせて感覚を確かめていると、寺島さんが声をかけてくれました。

 

「まだ試験段階というか、盾花さんが使ってみた感覚に合わせて調整する必要はあるんだけど……どうかな?」

 

「だいぶ良いですよ、これ! 目が見える生身って感じです!」

 

「そっか、つまりは普通に近い感覚ってことだね」

 

 言いながら寺島さんは、私に握力計を差し出しました。

 

「プレゼントですか?」

 

「女子中学生に握力計をプレゼントするのはヤバい人すぎない?」

 

 ごもっともです。もしそんな人がいたら、ちょっとセンスを疑います。

 

「戦闘体との差を確認したいから、とりあえず握力だけ計らせてくれる?」

 

「あ、なるほど了解です」

 

 渡された握力計を受け取り、握り込みます。……未だにこういう握力計の「調整してくださいね」の調整って、どれくらいが適切なのかと疑問に思います。

 

「……すー……はー……すぅ……」

 

 意識して息を吸って吐いて、もう一度吸って、

 

「……っ!」

 

 私は全力で握力計を握り込みます。普通のトリオン体なら中学生にあるまじき数値が出るはずだけど……、

 

「はい、17.5だね」

 

 寺島さんが読み上げた数値は、中学生の常識内に収まるものでした。

 

 左右共に2回ずつ測って、平均で18くらいの数値になったのを見た寺島さんは、少し首を傾げました。

 

「前にやった生身の身体測定の時の握力とそう変わらないから、結果としては問題ないけど……盾花さん、握力ちょっと弱めかな」

 

「あはは、そりゃそうですよ。見てくださいこの骨と皮だけの腕」

 

 そう言って私はロングカーディガンの袖をまくって、腕を見せます。肉付きに乏しい、枯れ木のような細い腕です。

 

「こんな腕で握力あるわけないじゃないですか」

 

「……まあ、それもそうだね。でもこれなら……人混みの中で咄嗟に力いっぱい動くようなことがあっても、相手に怪我させるようなことはないかな」

 

「というと……」

 

 寺島さんの気まずそうな表情とかから察するに、状況的には痴漢とかを想定してるのかなと思いました。

 

 それを口にしたら気まずくなりそうだったので、私は気づかないフリをして、

 

「お正月の福袋争奪戦とかですかね?」

 

 ちょっとトボけた答えを返しました。すると寺島さんはホッとしたような顔になったので、多分これでよかったはず。

 

 まくったロングカーディガンの袖を戻したところで、寺島さんが心配そうに質問してきました。

 

「そうだ、五感の方はどう? 何か違和感ない?」

 

「とりあえず、視力に関してはバッチリです! 今日も世界が綺麗に見えてます!」

 

 寺島さんのお肌のふっくら具合がバッチリ見えるくらい、この簡易トリオン体の視力は問題ないです。

 

「そっか。聴覚と嗅覚、あと味覚に関しては生身と同じになるように設定してあるから大丈夫だと思うけど、違和感とかあったら教えてね」

 

「わかりました」

 

「で、残る触覚なんだけど……ここ換装前に説明した通りだから、その都度報告をお願いするかたちになるよ」

 

 そこまで言い切った寺島さんは、座ってた椅子からゆっくり立ち上がり、壁にかけてあった上着を手に取りました。

 

「さて……そういうわけだから、実地試験に行こうか」

 

 実地試験? じっちしけん? 

 

「ジッチシケン」

 

「うん、そう。……ぶっちゃけ、生身と同じように家とかボーダー本部で過ごすことに関しては、恐らく問題ないんだよね。開発室のメンバーで実験したから」

 

「実験?」

 

「うん。具体的には、日常生活を送るのに不便がないように調整したトリオン体を用意して、それで本部内に寝泊まりしてみたんだよ。結果自体は良好で、中には、寝て起きたらトリオン体なのをうっかり忘れてた人がいたくらいだ」

 

 なんてこと無いように言ってくれた寺島さんですが……私1人のために開発室の皆さんのお手を煩わせたかと思うと、申し訳ない気持ちになります。

 

「……そう、ですか。……その、ご不便をおかけしました」

 

「ん……? ……ああ、気にしないで。俺たちだって、自分たちで作ったものをテストしないでいきなり盾花さんに渡すなんてこと、怖くてできなかっただけだし……」

 

 それに、と言葉を挟んでから、寺島さんはほんの少しだけ笑みを見せました。

 

「あくまで、本部の中で寝泊まりしただけで……まだ誰も、日常用トリオン体で街を歩いてないし、なんなら外の景色は見てないんだ」

 

「え……? なんで、ですか? だって、それこそ一番確認しなきゃいけないようなことじゃ……」

 

「まあ、それを言われたら耳が痛いんだけど……でも、開発室のメンバーはみんな揃って、

『このトリオン体で一番最初に外の景色を見るべきなのは、自分じゃない』

 って言ってきかなかったんだ」

 

「あ……」

 

 開発室の皆さんが私に、

 

『外の景色を最初に見る権利』

 

 を譲ってくれたことを理解して、目尻にちょっとだけ熱が篭りました。

 

 私が取られても気にしてなかった権利だけど、譲ってもらえたらすごく嬉しい権利。

 

 そこまで気を回してもらえたのが、申し訳ないくらいに嬉しくて。

 

「ありがとうございます……!」

 

 たった10文字では伝えきれないほどの感謝の気持ちを込めた言葉を、寺島さんに贈りました。

 

 

 

 

 万が一のことがあったら、という名目で監視してくれる寺島さんに連れられて、私は警戒区域の外に通じる通路を歩きます。

 

 普段なら、私はこの通路までトリオン体で歩くことが許されてる。でもそれは、外に通じる扉を開くまで。

 

 扉を開く前に私はトリガーを解除して、何も見えない生身の身体へと戻って扉を開く。そして、外で待っていてくれてる母に手を引かれて帰る。

 

 それが、今日の朝まで私に課せられたルールでした。なにもイジワルされているわけではなくて、後々私のような人が現れた時のためのルール作りだから、必要なことでした。

 

 でも、今日からは違う。

 

 外へと続く扉を前にして寺島さんは振り返って、日常用トリオン体姿の私を見つめます。

 

「さて……盾花さん、心の準備はいい?」

 

「心の準備はいいですけど、心臓がうるさいくらいにドキドキしてますね」

 

「どのくらい?」

 

「初めてトリガーを起動したあの日くらいです!」

 

 私の答えを聞いた寺島さんは嬉しそうに笑ってから、扉を開くために自身のトリガーホルダーをセンサーにかざします。

 

『トリガー認証』

 

 無機質で淡々とした音声と共に、センサーが扉を開く鍵になっているトリガーを検知して、ゆっくり……ゆっくりと扉が開き、眩いほどの陽の光が私の視界を照らしました。

 

 

 

 正直なところ、外の景色自体は家にいてトリオン体でいた時間に、窓から見ることは出来ましたし、何度も見ました。

 

 街並みだって、個人戦をやる時の仮想空間で歩くので、特別真新しいことではないとタカを括ってました。

 

 だから、そこまでの驚きや感動はない。そんな思いが、私の心のどこかにありました。

 

 でも、

 

「……!」

 

 突き抜ける空の青さ。

 自由に揺蕩う白い雲。

 建物が織りなす街並。

 肌に当たる暖かな風。

 

 限りなく生身に近いトリオン体で感じる、本物の外の世界は私の言葉では言い表せないほどに綺麗で。

 

 そんな世界をこれから自由に歩ける、過ごせるという実感は、例えようのないほどに嬉しくて。

 

 そして……ここまで来るまでにたくさんの人に助けられた、助けてもらえたのがどれほど幸運だったのかを噛み締めた私は、自然に、息をするように涙を流していました。

 

 世界の美しさを改めて知った私は、それを絶対忘れちゃダメだと、強く強く自分に言い聞かせました。

 

*** *** ***

 

「……と、言うわけですカゲさん」

 

「待て待て待てタチバナ、話を飛ばすな」

 

「タチバナじゃなくてタテバナです」

 

 もはやすっかり恒例になったこのやり取りを、私とカゲさんは交わします。

 

 もう忙しい時間帯は過ぎたとかで、カゲさんは店長でもあるお父様に休憩を言いつけられた上に、

 

「雅人、その子うちの店初めてだろ? ちゃんとした美味いお好み焼き作ってやれよ」

 

 直々に言われて、私にお好み焼きを作ってくれることになりました。

 

 私の正面に座るカゲさんはお好み焼きの焼き加減を見つつ、私との会話を続けます。

 

「カゲさん? 私の説明に何か不足でもありましたか?」

 

「大アリだバカ。お前が例の日常用トリオン体? ってので、試験がてら今こうして外を出歩いてるのは分かった」

 

「何か疑問でも?」

 

「万が一に備えてるっていう、寺島さんはどこに居るんだよ」

 

「満腹になったから、近くの公園にいるから言って待機してますよ」

 

「待機だぁ……?」

 

 カゲさんが『しっかり説明しやがれ』みたいな目で見るので、私は本部を出てからここに来るまでの事を、ざっくりと説明することにしました。

 

「えっとですね……本部を出た後、ひとまず市内をテクテクと歩いたんです。市内の地図は頭の中に入ってるんですけど……やっぱり歩くと全然違いますね。四年前とまるで景観が違うので、知ってるはずの道なのにまるで知らない場所にいるみたいで、楽しかったです!」

 

「ほお……それで?」

 

 言いながらカゲさんはお好み焼きを片手に持ったヘラでクルッとひっくり返して、反対面を焼き始めました。……まだソースもマヨネーズもかかってないのに、すごく美味しそうです。

 

「それで、久しぶりに街をちゃんと歩くと、誘惑がたくさんありましたね。甘いものとか、しょっぱいものとか、甘いものとか!」

 

「……で?」

 

「しかも、領収書とかレシートがあれば、研究過程に必要な経費として落ちるって言われたので、最終目的をここに決めて、食べ歩きツアーをしてきました!」

 

 私の説明を聞きつつ、カゲさんの手は淀みなくお好み焼きを完成へと近づけていきます。

 

 つやつやと光り輝くソース。

 格子状に描かれるマヨネーズ。

 生きているような躍動感を見せる鰹節。

 そしてそれらが織りなす視覚と匂いのフルアタック。

 

 ……あれ、お好み焼きってこんなに美味しそうになるものだっけ? いや、美味しいのは知ってるけど、ここまで美味しそうに見える食べ物だったっけ? 

 

「食べ歩きツアーか……。おいタチバナ、テメーちゃんとコイツが食える分の腹は残してるんだろうな?」

 

「もちろんです! ちゃんと計算して食べてここまできたので!」

 

「まあ、ちゃんと食えるなら文句ねえよ。……ちなみに、何食ってきたんだ?」

 

「えっと……」

 

 今日歩いてきた道に沿って食べてきたものを、私は順番に思い出してカゲさんに伝えます。

 

「たい焼き、ソフトクリーム、お肉屋さんのコロッケ、アイスココアにショートケーキ、鶏肉の唐揚げ、チョコバナナクレープ、たこ焼き、三段アイス、抹茶ラテ、お饅頭……を食べてから、ここに来ました!」

 

 食べたもの全部美味しかったなぁ……と思っていたら、

 

「……」

「……」

「……」

 

 カゲさんと、私の隣に座るコウさんと、私の斜め前に座る初めましての先輩が、無言で信じられないものを見る目を私に向けてました。

 

「……? 何か?」

 

 何かおかしいことを言ったか不安になって尋ねたら、コウさんが苦笑いをしながら答えてくれました。

 

「いや……盾花さんは、見かけによらず食べるんだなと思ってね」

 

「そうですか?」

 

「今まで、言われたことなかったか?」

 

 記憶を手繰りますが、特に覚えはなかったです。

 

「んー……大食いだねって言われたことはないですけど……、あ、そもそもそんなに量は食べてないですからね。どこのお店も、ちょっと摘む程度ですよ」

 

「それならいいんだけど……。でも、食べ過ぎは良くないぞ? 特にトリオン体だとな」

 

「あはは、おんなじ事を二宮さんにも言われました」

 

 二宮さんの時も同じこと思いましたけど、『太るぞ』って遠回しに言われてるのに全く嫌味っぽく聞こえないのは、2人が純粋な親切心で言ってくれてるからかなと思います。

 

 コウさんこれ、絶対彼女さんいると思います。こんな良い人に彼女さんがいないわけがないです。

 

 私がコウさんの彼女さんはどんな人か……と勝手に考察していると、今日初めましてになる先輩が小さく笑いました。

 

「なるほど……確かにお前たちが言うように、面白い奴だな」

 

「そうだろ、荒船」

 

 コウさんに荒船、と呼ばれた人は視線を私に向けました。

 

「初めましてになるな、盾花桜。俺は荒船哲次。こいつらの友達だ」

 

「あらふねさんですね。こちらこそ、はじめまして。盾花桜です。盾花でも桜でも、好きに呼んでください。私が呼ばれてるってわかる呼び方ならなんでもいいので!」

 

「なるほど。じゃあ、盾花で」

 

 落ち着きがある人だなあ、というのが私から見た荒船さんの第一印象。テスト前に成績ピンチの人を集めて勉強会を開きそうな感じの、とても真面目な人に見えます。

 

「俺からも訊きたいことはいくつかあるが……その前に、食べよう。カゲ、もう食えるだろ?」

 

「ああ、いっちょ上がりだ!」

 

 問いかけられたカゲさんはニッと笑い、綺麗に切り分けたお好み焼きをお皿に載せて、私たちに配ってくれました。

 

 私にとってお好み焼きは、好きでも嫌いでもありません。美味しいとは思うけど、大好き! というわけでもなく……お好み焼きはお好み焼きで、それ以上でもそれ以外でもありません。

 

 好きでも嫌いでもない……はずなのに、私は今、このお好み焼きが食べたくて仕方ありません。

 

 いやだって、コレ絶対美味しい……食べる前から分かるヤツです。コレを食べたら間違いなく私の中のお好み焼きのイメージが軽く更新されること間違い無しのベストオブお好み焼

 

「おい、タチバナ。ごちゃごちゃした感情がグサグサと刺さってきてんぞ。さっさと食え」

 

「はい! いただきますっ!」

 

 カゲさんに急かされて(許可をもらって)、私は流れる動きで割り箸を箸立てから一膳抜き、パキリ、と真一文字を引いたように綺麗に割り、箸先をお好み焼きへと向けました。

 

 丁寧に、それでいて早く食べたくて急ぎながら、お好み焼きを一口サイズ分ほぐして、迷わず私の口の中にイン。

 

 瞬間、ソースとマヨネーズの最強タッグが私の口に瞬く間に広がりました。

 

 シンプルなようで複雑で、この割合以外考えられないと言っても過言じゃない、まさに黄金比のソースとマヨネーズの味に続き、お好み焼き本来の味と風味が顔を出します。

 

 小麦粉と侮るなかれ。人類は小麦粉に魅了されたからこそ小麦粉は世界広くで栽培されているのです。

 

 決して裏切らない小麦粉で私はもう満足してしまったのですが、その後にとどめを刺すと言わんばかりに鰹節の旨みが優しく、それでいて確かに私の口の中を満たしました。

 

 お好み焼きを飲み込んだ私は、心地の良い微かな清涼感に浸ったあとに、

 

「……美味しい……っ!」

 

 そうとしか言い表しようのない感想をカゲさんに伝えました。

 

「はは、だろ?」

 

 美味しいと言われたのが嬉しいみたいで、カゲさんはとても珍しくドヤ顔をしました。

 

「とっても美味しいです! なんか、こう……胃袋掴まれるってこんな感じなんですかね!?」

 

「いや、それは知らねえけど……ほら、食え食え。次のやつも焼くからな」

 

「ありがとうございます! 次は何味ですか!?」

 

「豚そば焼きだ」

 

「名前からして美味しそうです!」

 

「喋るのはその辺にして、食え食え」

 

 カゲさんに言われるまま、私はお好み焼き……豚玉焼きをパクパクと食べます。粉物なのでボリュームはあるはずなのですが、気づけばペロリと平らげてしまいました。

 

「鋼、この子本当に面白いな」

 

「それ、さっきも言ってたぞ」

 

 そんな私を見て、テツさんとコウさんがそんな事を言いました。

 

 あれ? 私、面白枠なの? 

 

「ただ食べてるだけで面白枠になるのは心外なんですけど……」

 

 ボソリとした私の呟きを聞き逃さず、テツさんが微苦笑を浮かべました。

 

「いや、悪いな。でも実際、喜怒哀楽が豊かな人は近くにいるだけで楽しくなるもんだ」

 

 どうやらテツさんから私への印象は悪くないらしい。喜怒哀楽が豊かとか、あんまり言われたことはないけど。

 

 カゲさんが豚そば焼きなるものを焼き始めたところで、テツさんが中断された会話を再開させました。

 

「さて……いくつか質問いいか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 何から訊こうか悩むような顔を見せた後、テツさんは、

 

「一応俺も隊長だし、以前上から君に関する通達があったから、君の身体の事情は把握してる」

 

 そう前置きをした上で、

 

「だから……今使ってる『日常用簡易トリオン体』とやらがどんなものか気になってる。具体的に、普通の戦闘体と何が違うんだ?」

 

 戦闘体と日常用トリオン体の違いについて詳しい説明を求められた私は、わずかに思案してから答えました。

 

「身体能力とかはさっきの説明でざっくり話したと思うので……そこ以外だと、ベイルアウト機能が付いてないことと、痛覚設定が大っきいところだと思いますね」

 

「へえ……ベイルアウト機能が無いかもってところは予想できたが、痛覚設定が違うってのはどういうことだ?」

 

 とても真面目な顔で追求するテツさんに応えるように、私も真面目モードで対応します。

 

「そうですね……言葉で説明するなら、戦闘体よりも鋭いけど、生身よりはやや鈍い、という感じです。……カゲさんに怒られそうだからやらないですけど、この鉄板に触ってもちょっと熱いなって思う程度の感覚かなと」

 

「……思ったより鈍いな。日常生活を楽にするって分にはいいと思うが……生身の身体能力に近い分、いざ生身に戻った時が怖いな」

 

 テツさんが言わんとすることは、わかります。

 

 戦闘体が頑丈で痛覚も鈍いので、高いところから飛び降りたり、ブレードで切られたり弾で撃たれたりするのに、抵抗が薄くなります。

 

 身体能力が高い戦闘体なので生身との感覚にはっきりとした差が出るので問題ないですが、生身と同じ身体能力で痛覚が鈍いと、いざ生身になってる時に感覚の齟齬が起きないか、ということを、多分テツさんは心配してるんだと思います。

 

「危ないと思いますね……その辺りは、開発室の皆さんも随分悩んだみたいです」

 

「悩んだ上で、少し痛覚を鈍くしたのか。……ってことは、生身と同じだと何か不都合もあるんだな?」

 

「不都合、という程じゃないんですけど……」

 

 トリオン体を受け取る前に寺島さんから言われたことを、私は頭の中で反復しながらテツさんに説明します。

 

「例えば……とんでもない速度でトラックが突っ込んできて建物とかに挟まれた時、日常用トリオン体だと、『死にはしないけど死ぬほど痛い』って状態が続いちゃうんですよね」

 

「ああ……確かにそうだな。怪我のしようがないから失血とかはしない……でも身体能力は生身のそれだから、自力で脱出するのは難しい……」

 

「はい。なので生身の痛覚だと、そういう非常事態の時に不都合があるんじゃないかって、開発室の皆さんは危惧したみたいです」

 

 初めにこれを寺島さんから聞かされた時は、警戒しすぎじゃ……と一瞬だけ思いましたけど、万が一私が本当にそういう場面になった時、痛いのに痛いのが終わらないのは嫌だったので、私はこの設定を受け入れました。

 

「ただ、痛覚に関してはどの程度に設定するかで長所短所が出ちゃうので、私が実際に使ってみて調整する方向性でいくみたいです」

 

「使用者に合わせるってことか。……なあ、さっきのトラックの例えだが……日常用トリオン体から戦闘体に切り替えか……一旦生身への切り替えでどうにかならないのか?」

 

「あー、私もそう思って寺島さんに聞いてはみたんですよ。そしたら、トリオン体からトリオン体への切り替えは出来なくはないけど、その分両方のトリオン体にそういう機能を付けて……ってなるので、その分トリオンのコストがかかるらしくて……。身体に不都合があってトリオンが低くても使える、が最終目標の日常用トリオン体なので、コストが上がるのは避けたいみたいです」

 

「なるほど……。ん? でも確かトリガーって、解除する時に生身が安全な座標に転送される機能があったよな?」

 

「ありますね。なので()()()()なら、危ない状態になったら一回トリガーを解除して、また換装し直せばいいんですけど……」

 

 私は心の中でごめんなさいとテツさんに謝ってから、自分の目を指差して、

 

「私の場合、そういう時に生身に戻って、うっかりトリガーホルダーを落としちゃったら、一苦労なので」

 

 換装し直すことのデメリットを伝えました。

 

 そのデメリットを聞いた途端、テツさんは申し訳なさそうな顔になりました。

 

「……悪かった。配慮が足りなかった」

 

「いえいえ、大丈夫です。割り切ってますし……テツさんが悪気があって言ったんじゃないってわかってるので」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

 先に性格悪い形を取ったのは私なので、謝られるとすごく申し訳ないなと思います。

 

「まあ、荒船がそうなる気持ちは分かるよ。俺も一回、似たようなことを盾花さんに言ったからね」

 

 謝ったテツさんを見て、のんびりと食べていたコウさんがお好み焼きを飲み込んで、フォローする形で声をかけました。

 

 似たようなこと……多分、目を瞑って生活を……ってやつかな? 

 

「荒船も感じてると思うが……こうして話してると、盾花さんがそういう人だってどうしても思えないだろ?」

 

「……まあ、そうだな。それこそ普通の後輩……生意気じゃなくて利口な緑川みたいな感じだ」

 

「……それはもう緑川じゃないだろう?」

 

 ミドリカワ。また知らない人の名前が出てきました。

 

 テツさんはゆっくりとお好み焼きを一口サイズに箸で切り分けながら、会話を進めていきます……あ、テツさんって左利きなんだ。

 

「んー……まあ、とにかく、本当に普通の後輩って感じではあるな」

 

「だろ?」

 

 普通の後輩。そう思ってくれたことが嬉しくて、私は自分の頬がちょっと緩んだのを感じました。鏡があったら、ニヤケ顔の私が映ること間違いなしです。

 

「あはは、私としても……難しいところはあると思いますけど、なるべく普通に接してくれると嬉しいです。一応、目以外は健康そのものってお墨付きをもらってますので……」

 

 自分で言いかけたところで、日常用トリオン体を受け取る前に寺島さんから言われたあることを、思い出しました。

 

「あ! そうだカゲさん聞いてください!」

 

「あ? いきなりデカい声出してどうした?」

 

 答えながらもお好み焼きを焼く手を澱めないままのカゲさんに向けて、私は言います。

 

 

 

 

「私、サイドエフェクトあったんです!」

 




ここから後書きです。

影浦雅人→カゲさん
村上鋼→コウさん
北添尋→ゾエさん
荒船哲次→テツさん(new!
多分盾花は高校三年生組はこんな感じで呼んでいくと思います。

作中で荒船が失言したとして盾花に謝る場面がありますが、この面子にサイドエフェクトの話題を投げ込む盾花も中々です。失言しちゃったなと思ったら、ちゃんと謝りましょうね。
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