盲目少女が見る界境防衛機関   作:うたた寝犬

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自分が感じていることはみんなも感じていると思っていた少女が、自分だけが持つ特別な才能を自覚した物語です。


File8「盾花桜のサイドエフェクト」

 サイドエフェクトがある。

 

 盾花が笑顔でそう言った瞬間、俺の隣にいるカゲと、俺の向かい側に座る鋼の表情が僅かに強張った。

 

 指摘されないと、意識してないと気づけないほど僅かだが、それでも確かに表情が険しくなった。

 

 無理もないな、と、俺は思う。

 

 サイドエフェクト……高いトリオン能力を持つ奴らの中でも、ほんの一部の奴らだけが持つそれは、持ってない奴らからすれば羨ましい才能だ。

 

 だが持ってる奴に言わせれば、持ってしまったからこその苦悩がある、らしい。

 

 鋼が、その最たる例だな。

 

 一度眠るだけで、起きている間に体得した経験、知識をほぼ100%得ることができる『強化睡眠記憶』は、持ってない奴らからすれば羨ましい限りだろう。学校の授業をちゃんと話を聞いて理解さえできれば次の日からはもう自分のものになるのだから、少なくともテスト前日に慌てなくて済みそうだしな。

 

 そう考えるとメリットが大きいように見えるが、そう美味いだけの話じゃない。

 

 鋼が実際に経験したことらしいが……子供の頃からサイドエフェクトの素質があったらしく、スポーツの上達速度は群を抜いていた。側から見てる分には、

 

「鋼はスポーツなんでもできて凄いな」

「なんでもできてカッコいいな」

 

 くらいだろうが、鋼をそのスポーツに誘った奴や、鋼より早く長くそのスポーツをやってた奴からすれば、

 

「なんであいつ、俺より後から始めたのに……」

 

 そんな反感を買うだろう。幼くて、自分がこのチームの中で一番だと疑ってない頃なら特に。

 

 だから鋼が上手くなってきて、そのスポーツの楽しさや本質に気づけた頃には、誘ってくれた奴や先にやってた奴は、もうそこにはいない。

 

 本人はただ純粋に楽しんでただけなのに、気づけば元からあったグループの雰囲気を壊してしまう……そんなことが、しばしばあったらしい。

 

 それに……これは俺の勝手な予想だが、嫌なことや忘れたいことを、いつまでも覚えててしまうだろうな、とも思う。

 

 人から言われた悪口。ともすれば冗談だと片付けられるような言葉でも、それが一度(ひとたび)鋼の意識に残ってしまったなら……それを、眠る直前まで引きずってしまったら。

 

 多分鋼は、その言葉をずっと忘れられない。

 

 もし忘れたり、記憶から薄らいだりしたとしても、何かの拍子で思い出してしまったら、それはまた強く鋼の脳に刻まれる。

 

 それが本当なのかは、鋼から直接聞いたことはないが……初めてこの考えに至った時には、せめて、1つでも楽しい記憶が増えたらいいなと、願わずにはいられなかった。

 

 サイドエフェクトの弊害があるのは、カゲだって例外じゃない。

 

 人から向けられる感情の機微を肌で感じ取る『感情受信体質』で、四六時中他人の考えを感じ取り続けるなんて、考えただけでしんどいだろうと思う。

 

 目の前で笑顔を浮かべている奴が心の中で全く違うこと……それこそ、自分に対して負の感情を向けていたりしたら。

 

 そんなことを考えると、カゲのサイドエフェクトは、しんどいなんて言葉で済ませていいものじゃないと思えてならない。

 

 そうやってサイドエフェクトの辛い面を背負って来た2人だからこそ、盾花の言葉に反応してしまったんだろう。

 

「……」

「……」

 

 2人は当然として、俺もどう言えばいいか迷って、言葉に詰まる。

 

「……そうか。んで、どんなサイドエフェクトなんだ?」

 

 意外にも、沈黙を破ったのはカゲだった。

 

 カゲと鋼の心のうちを知ってか知らずか、盾花は変わらず笑顔のまま、カゲの言葉に答える。

 

「えっとですね……私のサイドエフェクトは、『繊細味覚』って命名されたみたいです!」

 

 ……繊細味覚? 

 

「……あ? 味覚?」

 

 予想外、と言いたげな顔でカゲが確認するように言うと、

 

「はい!」

 

 間違いないですと言いたそうな顔で、盾花は頷いた。

 

「えっと……盾花さん、確認してもいいかな?」

 

 カゲに続いて、鋼が盾花に声をかける。

 

「盾花さんのサイドエフェクトは……字面からすると、味覚が良いって風に思えるんだが……」

 

「あ、そうですよ。味覚が抜群に良い、それが私のサイドエフェクトだそうです」

 

 盾花がそう言い切ったところで俺が思った正直な感想は、そんなサイドエフェクトもあるのか、ということだった。

 

 ボーダーが定めるサイドエフェクトのランク上では一番下のC、カテゴリで言えば強化五感になるであろう盾花のサイドエフェクトは、日常でこそ活きて、戦闘ではおおよそ鳴りを潜めるものだった。

 

「気づいたきっかけは、訓練生の頃に寺島さんと雑談してた時のことなんですけど」

 

 俺が無言で思考する間に、盾花はサイドエフェクトを自覚し始めたエピソードを語り始めた。

 

「前に寺島さんから、ごめんねって前置きをされてから、

『盾花さんみたいな人たちはご飯をいっそう美味しく感じながら食べられるって聞いたことあるけど、それは本当?』

 って言われたことがあったんです」

 

「ああ、そういう話は俺も聞いたことがある。視覚情報がない分、味覚に意識が集まりやすいから、らしいな」

 

「はい、()()()そうみたいですね」

 

 盾花は俺の知識を肯定しながら、遠回しに自分にそれは当て嵌まらなかったというニュアンスを言葉に込めて返してきた。

 

「でも私……特にそういうのは無かったんですよね。目が見えても見えなくても、いつでもご飯美味しかったです」

 

 ご飯美味しかった、この言葉に嘘はないだろう。実際さっき、カゲの焼いたお好み焼きを心底美味そうな顔で食ってたし。

 

「それでその時は『個人差があるかもですね』くらいでお話は終わったんですけど……思い返すと、それはおかしいなって思ったんです」

 

「というと?」

 

「私、こういう目になってから聴覚嗅覚触覚は敏感になったのに、味覚だけ変わらないのはなんかおかしいなって思いまして……」

 

 盾花の言葉を聞いて、鋼が思い出したように口を開く。

 

「ああ、そういえば……盾花さん、耳が良かったな」

 

「あはは、コウさんは知ってますよね」

 

 何か2人だけが知ってるエピソードがあるんだろうなと思いながら、俺は話題が逸れすぎないように元に戻す。

 

「まあ、とにかく……味覚だけ変わらないのがおかしいと思って調べてみたら、サイドエフェクトだったってわけだな」

 

「そうです。私の味覚は、最初からレベルマックスだったみたいです」

 

 にっこりと笑顔で肯定する盾花を見て、俺は今度こそ本当に肩透かしを食らったような気になった。

 

 だって、そうだろう。

 

 味覚が鋭い。これはどう足掻いても戦闘では活かせないサイドエフェクトで、デメリットらしいデメリットだってすぐに思いつかない。強いて挙げるなら、盾花は喜怒哀楽と表情が直結してるっぽいから、不味いもの食べた時に顔に出てしまうことくらいか。

 

 きっと似たような安心感を鋼とカゲも感じてるはずだと俺が思う中、盾花は烏龍茶に口をつける。

 

「でも正直、サイドエフェクトを持ってるって自覚が……味覚が良いって自覚、私には無いんですよね。変な話ですけど、私バカ舌なので」

 

「あ? どういうことだ?」

 

 盾花の言葉に疑問を覚えたらしいカゲが、お好み焼きを焼く手を止めずに首を傾げた。

 

「いや、なんというか……食べ物って基本的に美味しいと、すごく美味しいしかないというか……私の中の美味しいの基準、ガバガバなんですよね」

 

 まあ確かに、なんでも美味そうに食うやつはいるが……。

 

「それに加えて私、『美味しい』の理由づけというか……なんでそれが美味しいのかを理解するだけの知識があんまり無いので……」

 

「アレだな。ハードウェアは良いもの使ってるのに、ソフトウェアがお粗末みたいな感じか」

 

「あ、そうですそうです。要はバランスが悪いので宝の持ち腐れなんですよね」

 

 俺の出した例えに対して、盾花は自虐的に笑った。

 

「おい荒船。急に難しい横文字を出すな」

 

「はは、分かりやすく説明してやるよ」

 

 少し不満げな顔をしながら、カゲが焼き上がったお好み焼きを切り分けて全員に配っていた。

 

 出来上がった豚そば焼きを前にして、盾花の目がキラキラと輝く。

 

「カゲさんカゲさん! もう食べていいですか!?」

 

「おう、食え食え」

 

 言われるがまま、盾花は熱々の豚そば焼きを頬張る。

 

 ハフハフと口の中に空気を入れながら熱さと美味さを噛み締めている盾花を見ると、ハムスターを飼ってる人って、こんな気持ちになるんだろうなとなんとなく思った。

 

「カゲさん! これも美味しいです!」

 

 豚そば焼きを飲み込んだ盾花は開口一番に感想を言い、美味しいと言われたカゲは満更でもなさそうに笑う。

 

「だろ? まだ食えるなら、次のやつも焼くぞ」

 

「いいんですか? じゃあお願いします!」

 

 切り分けてるとは言え3枚目のお好み焼きに躊躇なく飛びついたのを見ると、この子は本当に底無しの胃袋をしてるな。

 

 皿に残る豚そば焼きを食べ進めながら、盾花が不意に、なんてこと無いように呟いた。

 

「私、サイドエフェクトの詳細を説明された時、『やった』って思ったんです」

 

「あ? なんでだ?」

 

 次に焼くお好み焼きの用意をしながら、カゲが盾花に真意を尋ねた。

 

「だって他の人より味覚が鋭いってことは……」

 

 盾花はカゲの目をしっかりと見ながら、

 

「私は、カゲさんが作ってくれるお好み焼きを、他の誰よりも美味しく味わえるってことだなって、思えたので……それが、すごく嬉しいです」

 

 まるで花が咲くような柔らかな笑顔で、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 一瞬の沈黙を経て、俺は慌てて2人から視線を逸らして、咄嗟に鋼の方を見た。

 

(鋼、俺たちここにいるの場違いか?)

 

(ああ、おそらくな)

 

(だよな。だってこれ、少なくとも盾花は()()()()()()だろ?)

 

()()()()()()だな)

 

 言葉には出さず、俺と鋼は視線だけで意思疎通を図る。

 

 正直、色恋沙汰に敏感だとは言えない俺でも分かるくらいに分かりやすい雰囲気が、盾花から出ていた。

 

(今すぐ会計して店から出たいんだが)

 

(荒船もか。オレも同じだ)

 

 戦略的にベイルアウトするべきだという見解が一致した。

 

 だが俺たちの心中など無視するかのように、

 

「はっ。たかだかお好み焼き1枚で大袈裟だな、タチバナ」

 

「大袈裟じゃないですよカゲさん! あと、タチバナじゃなくてタテバナですってば!」

 

 さっきのは何の意味もなかったと言わんばかりに、雰囲気を崩すことなく会話を再開させていた。

 

「カゲさんのお好み焼き、本当に美味しくて……これなら、毎日食べに来たいです!」

 

「さすがに毎日は飽きるだろ」

 

「飽きないですよー! とりあえず明日にでも……」

 

「明日はそもそも店にいねえよ」

 

 2人が雰囲気を壊さない以上、俺たちが動くわけにもいかず、俺と鋼は2人と同じく何もなかったようにカゲが焼くお好み焼きが出来上がるのを待つことにした。

 

「なら、カゲさんがお店に入ってる日、教えてくださいよ」

 

「誰が教えるか。教えたりした日にゃ、お前俺のシフト狙い撃ちしに来るつもりだろ」

 

「イ、イヤイヤ。サスガニ、ソレハシナイデスヨー」

 

「……嘘ついてるって視線が刺さってんぞ、タチバナ」

 

 いつもと変わらずカゲが慣れた手つきでお好み焼きを作っていくのを見ながら、いつかカゲにちゃんと、盾花をどう思っているのか訊いてみたいなと、思った。

 




ここから後書きです。

神の舌を持ってるけど料理や食材の知識が皆無に近いのが盾花です。料理に関してなんとなくそれっぽい感想は言えるけど、ちょっと深く追求されたらアワアワと慌てます。

本当は次話に続くエピソードも書こうと思って色々書き書きしてみたんですが、1話の収まりが悪くなりそうなので割愛しました。
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