うさ耳ファラお尻と行く聖杯戦争。   作:神の筍

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ファラお尻の明けた夜

 

 

「――まさかこんな結末になるとは」

 

 花の楽園。白亜の塔が聳える中心でとある魔術師は呟いた。

 始まりはある少女が生まれ、剣を執り、国を導く物語。後に騎士王と称される彼女の話。

 

「急に来てもらってごめんね。まさか私もこんなことにはなるとは思ってなくて」

 

 魔術師は白いフードを揺らしながら言った。相手はセイバー――でいいのだろうか。士郎たちが見ていた鎧ではなく、白いワンピースを着ている。

 少女は珍しく罰の悪そうな顔している魔術師に首を傾げた。

 

「どういうわけか、君は生き返った(・・・・・)

 

 花弁が舞った。

 幾重も重なり世界を犯していく美しさは非現実的な光景だ。

 

「いや、君はずっと生きていた。この場合は、君の止まった時間は進み始めた、と言うのかな」

 

 少女は永久に記憶する。あの丘の結末を、祖国の滅びを。

 カムランの戦いと言われる少女の結末はまだ終わっていない。やがて聖杯によって救済するはずの祖国もまだあるものだった。キングメイカーであるこの魔術師も少女の運命を見守り続けていたのだが、すべては終わった。

 

「私も含め、この世界に観測者は何人かいる。

 過去を見通す者、現在を見通す者、未来を見通す者、見ている視点は違えど全員がその結末を知っていた。だからこそ、彼らは自らが介入――執筆者となり物語を綴る」

 

 人類の繁栄を望んだ王がいた――人は人であるべくと説き、神々の傀儡となる運命の鎖を断ち切った。

 世界の繁栄を望んだ王がいた――すべての悲劇を見た彼は人類ですら愚かと罵り、辿り着く先を悲嘆にくれた。

 

「しかし、この世界には執筆者を除いてあと一人、介入者がいる」

 

 魔術師は持っていた杖を石塔の壁に向ける。現代の映写機のように画像が映し出されると、そこには少女が見知った姿があった。

 紺色のコートにアンティーク調の鞄を持つ姿、画像は少し乱れているがおおよそそこまで見える。

 

「私たちが執筆者に対し、彼は――編纂者(・・・)

 好きなように物語をまとめられ、それでいて面白いものは保存、面白くないものは無かったことにできる類の。編纂者って例えたけど、編()者でもあるのかな? まあ、そこのところはどちらでもいい。とにかく私とはまた違った場所から世界を観測している者と考えてもらって構わない。

 ともかくだ、改めて言おう――アルトリア。

 君は生き返った」

 

 魔術師の言葉に少女は意味が分からないと言う。こんなところにはいられない、まだ戦いは終わっていない。早く――帰してくれ、と。

 

「はは、確かにそうだ。でも安心するといい、戦いは終わった」

 

 無言で返す。

 

「聞きたいこともあるだろう、帰りたい場所もあるだろう。でもね、アルトリア。今の君は一体、

 

 ――カムランの丘/マスターの下(どっち)に帰りたいんだい?」

 

 

 

 

 

 

①  

 

 

 

 

 

 なにかの音に目を覚ました。

 もう一度目を瞑れば深い眠りにつけそうな誘惑と、それでも良いんじゃないかと手を広げてくる布団に負けそうになるが上体を起こした。少し痛む頭を押さえつつ、突いた手はいつも寝ていた布団の上で意識がはっきりとした。

 

「桜――っ」

 

 頭を振って周りを見るがそこに桜の姿はない。何があったのかと思い出そうとするが、疲労からかノイズが入ったように頭が働かない。ようやく身体に感覚が戻り、立ち上がろうとして横を見たときだった。

 艶のある黒髪、長い睫毛は嫌なほど女性らしさを感じさせる。一緒に家を出たときのままの赤い服装は紛れもなく――遠坂凜だった。

 

「……」

 

 口が開いたままで声が出ない。

 そして、

 

 

 

「――うわぁぁああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩――!?」

 

 どたばたと足音が一つ。勢いよく襖が開かれると士郎にとって見慣れた後輩が立っていた。

 

「……桜?」

 

 いつも見ていた制服姿ではなく、普段着用の和服を着ている。どこからか手ごろなものを引っ張り出してきたのだろう。その上に桜色のエプロンを着用し、右手には杓子も持っていた。

 

「ええ、そうですよ先輩」

 

「え、ああ。うん。おはよう……」

 

「おはようございます」

 

 毎朝のように言葉尻を上げて挨拶を返してくれるのは間違いなく後輩の桜だ。

夢ではない、ならなぜ俺はここに? ――状況が把握しきれない士郎に気付いたのか、桜が声をかける。

 

「えっと……私はさっき起きたんですけど、どうやらアサシンのマスターが運んでくれたみたいで」

 

「アサシンのマスターが?」

 

「はい、居間に書置きがあって。私は誰かわからなかったんですけど先輩たちの、聖杯戦争の同盟者、でいいんですよね?」

 

「そうだ。アサシンのマスターは桜を助けるのに手を貸してくれていたんだ」

 

 頭が痛んだ。思わず抑えるが、あの夜のことが途切れながらも思い出される。

 

「黒い太陽が出て、あれからどうなったんだ……」

 

 魔術回路を酷使しすぎたせいか腕の痛みが酷い。古傷が開いたかのような鈍痛に顔を歪める。

 

「っ、大丈夫ですか」

 

「少し痛むだけで問題はない。それより、桜は大丈夫なのか?」

 

「今のところは……むしろ何だか身体が前よりも軽いという感じがしまして。起きてから少し休んで、今は昼食を作っていました」

 

「そっか――」

 

 ガッツポーズをする桜を見て、初めて士郎は肩の力が抜けたような気がした。

 

 ――良かった。俺が選んだ道は間違いじゃなかった。

 

 一歩でも、なにか一つでも欠けていれば終わっていた夜。最後まで救おうと足掻いた少年はこうしていつもの日常へと帰る。桜と、下宿に来ている凜。そして――、

 

「桜、セイバーとアーチャーはどこにいるんだ?」

 

「セイバーさんとアーチャーさんなら先に起きていたようで、セイバーさんは道場へ、アーチャーさんはお昼の買い出しに行ってますよ?」

 

「道場か。それにしてもアーチャーが買い出しか、起こしてくれれば俺が行ったのに」

 

「ダメです! 先輩は私のために頑張ってくれたと聞いてます、まだ休んでいていください!」

 

「それなら桜のほうが……」

 

「私はもう大丈夫ですから、先輩はゆっくりしていてください!」

 

 強情な士郎に痺れを切らした桜はじゃれるように士郎を押して布団をかける。なんとか抵抗としようとした士郎だが思うように力が入らず押し倒されてしまった。

 そして、虎の尾を踏んだ。

 

「――(いった)いわねぇ、士郎?」

 

「げ、遠坂」

 

 後ろに腕をついた先には寝ていた凜の頬があり、思い切り押してしまう形になってしまった。

 

「あら、おはよう桜。元気は良いみたいね」

 

「おはようございます遠坂先輩……えっと、私はご飯の準備があるので後ほど……」

 

「さく――ぐぇ」

 

「しーろーう? あんたはいつから私をひじ掛けにできるほど偉くなったのかしら、ねっ!」

 

「遠坂、待っ――!?」

 

 

 

 

 

②  

 

 

 

 

 

「散々な目にあった……」

 

 士郎は拳を食らわされた背中を撫でながら道場までの道のりを歩いていた。

 凜が起き、再び士郎が目覚めたときにはアーチャーも帰ってきており、あとは道場に向かったセイバーだけがいなかった。もうすぐ昼食ができるのでセイバーを呼びに行く最中である。

 縁側を抜けて道場の入り口へと回る。桜が言っていたように鍵は開いており、中からは人の気配がした。

 

「セイバー、入るぞ」

 

 一声かけて中に入る。特に返事は無かったがいつものように瞑想をしているのだろうと予想したが、案の定だった。

 

「……」

 

 寡黙なまでの空気は少し重さも感じられる。

まるで初めて会ったときのセイバーのようだ、士郎はふと思った。

 

「セイバー、お昼ご飯ができたぞ」

 

 目を瞑るセイバーに反応はない。いつもならば士郎の手を引っ張ってでも行こうとするが、どうやら今日は様子が違うようでどうしたものかと立ちすくむ。道場に着いてからちょうど短針が一周した頃にセイバーの瞳は開かれた。

 

「――目覚めたのですね、シロウ」

 

「さっきな……セイバーは? その、元気か」

 

「おかしなことを言いますね。私はあなたのサーヴァントだった、あなたが健在である限り私もまた同じです」

 

「そうだよな。悪い、変なこと言って」

 

 二人して笑い合った。

 薄く開かれた口元に手をやり、小さく笑うセイバーには気品がある。これでも初めて会ったときより距離が縮まったのだが、むしろそれが士郎に懐かしさを髣髴とさせた。ひとしきり和んだ空気の下もう一度昼食のことを口にしようとしたとき、セイバーが切り出した。

 

「シロウ、一つ尋ねたいことがあります」

 

 士郎は真剣な表情のセイバーへ向かい合うように正座した。

 

「あなたは私に、正義の味方になりたいと言った。それは、今でも変わっていないのでしょうか?」

 

 ――正義の味方。

 人間ならば誰しもが一度はなりたいと願うヒーローで、しかし一番諦められてきた夢。たとえ正義の味方が空想上の、おとぎ話の登場人物だとしても士郎は愚直なまでにそれになろうと邁進し続ける。それが自身の家族であった、衛宮切嗣が最後に残してくれた言葉なのだから。

 

「変わってないよ。たぶんこれからも……この夢は変わらない」

 

 「ならなくてはいけない」と言い聞かせてきた士郎は、たとえその夢が子供だと笑われようが張り続ける。

 

「シロウ、あなたは――キリツグとは違う」

 

 衛宮切嗣と衛宮士郎を隣で見てきたセイバーは知っていた。

 人形になろうとした男と、人になろうとする少年。同じ夢を持った彼らは根本で始まりが違う。すべてを見て悟った男は、いつしかすべてを救おうとせず多数を選択してきた。願いを聞いた少年は、男のやり方を知らずにすべてを救おうとする。

 その小さな矛盾は少しずつ広がり続け、いつしか士郎は破綻してしまうではないか。

 

「……一緒だと思う」

 

 少年はそう言った。

 

「きっと、切嗣も最初はすべてを救おうとしたんだ。きっかけはなにかわからない、それこそ幼いころに見た夢のような話。いつしか夢は現実に代わって、守りたいと思っていたものを失った」

 

 それは切嗣が誰にも話さなかったある島の悲劇。愛していた妻、アイリスフィール・フォン・アインツベルンにすら一度も話さなかった閉ざされた記憶。

 士郎の考えは正しく、いつしか選択肢を選ぶようになってしまった男は正義の味方(偽善者)になった。

 

「――それでも。

 それでも、あの日取った手のひらのぬくもりを俺は忘れない。炎の中、動けずに朽ちていくだけだった俺の冷たい手を取ってくれた切嗣は泣いていた」

 

「しかしっ、あなたは同じ正義の味方を最後まで目指し続けた男の末路を知っている! それなのになぜ、なぜシロウは……っ」

 

なりたい(・・・・)と思ったからだよ。その夢が、どんな夢よりもかっこいいと思ったから」

 

 

 

『――カムランの丘/マスターの下(どっち)に帰りたいんだい?

 

 いや、質問が悪かったね。アルトリア、君はもう王じゃない。君の帰る場所はすでに一つだ』

 

 

 

 セイバーの心内に何かはまるような感触があった。

 王ではない。そう言った魔術師の顔は寂しそうで、それでいて背中を押してくれたのだと。どこまでが本心で適当なのかはわからない、しかしあのときは本心だったかのように感じる。

 私が――帰る(・・)場所。

 

「……ふ、シロウは子供ですね」

 

「いきなりだな……」

 

「その歳になって正義の味方とは、笑われてしまいます」

 

「言っただろう、別にかまわないって」

 

「ですから――」

 

 ――ありがとう、マーリン。あなたは最後に道を示してくれた。

 

「ついていきましょう」

 

「……?」

 

「だから、ついていくと言ってるのです」

 

「セイバーが?」

 

「ええ」

 

「でも、その……聖杯戦争は終わったからもうすぐ……」

 

「言ったでしょう、シロウ。

 『私はあなたのサーヴァントだった』。つまり、パスは繋がっていますがすでにマスターとサーヴァントの契約は切れています。あいにくとこの身は受肉(・・)しているようです。竜の心臓は現代に適した質へ変化していますが、それでも十分な魔力生成が望めるでしょう」

 

「は――え、受肉? 一体なにがどうなって……」

 

「覚悟しておくことです。これから厳しく戦闘訓練を課していきますからへこたれないように」

 

「ちょっと待ってくれ! 何で受肉を」

 

「話はあとです! お腹がすきました、食卓へ行きますよ!」

 

 立ち上がったセイバーは士郎の腕をとって走る。正座をして足が痺れた士郎は慌ててバランスをとるが何度も転びそうになった。

 

「ああ、もう――」

 

 きっとそれはこの家にいる誰もが望んでいた光景。士郎も、セイバーも、凜も、アーチャーも、桜も。

 季節は冬を過ぎ暖かな風が吹き、訪れは木々の彩を持って知らされる。

 

「――なんでさ!」

 

 春手前、何が何だかわからない士郎の声が響いた。

 

 

 

 

 

③  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親愛なる少年少女へ

 

 これを読んだ頃には俺はもういないだろう。まあ、それも当然で世界を回りながら、もしくはこの世界にすらいないこともあるかもしれない。なにを言っているかわからないと思うだろうけど、魔術師というものはこういう生き物だからいちいち驚かないように。特にセイバーのマスターはね。なにはともあれ、君たちは今回の聖杯戦争を勝ち残った。これは事実だ、誇って良い。おめでとう!

 しかし、勝って終わりだと言われても納得できないだろう? なので、ここにおよそことの顛末を書き残しておく。

 まず、あの呪いについてだが完全に消しておいた。あれの発生原因はともかく、現代にあってはいけないものだ。古い魔術師のお節介として、責任をもってしておいたから今後は気にしなくてもかまわないよ。次に、間桐桜についてだが正常の身体に戻しておいた。気色の悪い虫の残骸が巣食っていたが綺麗にしておいたから、これを本人以外が読んだら伝えておいてほしい。あと、彼女には自身の魔術に向き合うことも。それを生かすか殺すかは彼女次第だ。三つ目に、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンについてだ。彼女は聖杯と繋がっていたおかげかひどく呪いに侵されていた。根が深く取り除くには少し時間がかかるが、時期に良くなるはずだ。彼女は地脈上の遠坂邸に使い魔とともに安置しているから、余裕ができたら迎えに行ってあげてほしい。一通り説明しているが、やはり一人は寂しいからね。

 残すことは以上だ。

 もし時計塔に来ることがあれば同封している紹介状を教師に見せると良い。きっと役に立つ。

 

                 アサシンのマスターより

 

 

 

 







あと一話。

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