Fate/Sprout Knight   作:戯れ

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十年前

 

「さぁ、桜よ」

 

 そう言って私の祖父となった人が指し示す先にあるのは、数え切れないほどの蟲、蟲、蟲蟲蟲―――

 床も壁も、天井すら埋め尽くさんとするほどの数の蟲達が蠢いている。

 

「ひっ…!」

 

「怯えている暇などないぞ。お前は既に、間桐の子なのだから」

 

 そう、私はこの間桐の家の子となった。

 なぜ、お父さんとお母さんが自分を手放したのかはわからない。

 確かなのは、私は捨てられたという事と。

 この間桐の家に拾われたという事だけだ。

 

「い、いや…っ!」

 

 あんなものの中に入るのなんて嫌だ。

 あの家に帰りたい。

 お父さんの居る家に。

 お母さんが居る家に。

 ―――いつも私を守ってくれる、姉さんの居る家に帰りたい。

 

「…ふん」

 

 けれど、その願いは届かない。

 後ろに立つ老人は、そっとその手に持つ杖の先を私の背に添えて―――

 

 

 

「待ってよ、お爺様」

 

 

 

「む?」

 

 老人は怪訝な声を上げて振り向いた。

 それを追って私も視線を上げる。

 

 そこには、私の兄となる人の姿があった。

 

「…何故ここにお前が居る?」

 

「それは当然、魔術を学ぶためさ。間桐の長男たる僕が、間桐の魔術を学ぶのは当然だろう?」

 

「………ハァ」

 

 不敵な笑みを浮かべる少年に対して、老人は「面倒なことになった」と言わんばかりに、深い溜息をついた。

 

「間桐の血筋はな、既に落ちぶれてしまっておる。魔術を行使する源たる魔術回路が、既に途切れているのだ。いくら長男たるお前であっても、魔術回路なくして魔術を行使することは…」

 

「つまり、魔術回路があればいいんでしょ?」

 

「何?」

 

 

 

「あるんでしょ?『刻印蟲』」

 

 

 

「…あれはな」

 

「間桐の魔術への適正っていう意味なら、そいつを改めて弄りまわすよりも、元から間桐である僕の方がずっと高い。それに、そいつ性格がてんで魔術師向きじゃないよ。こんなことでぷるぷる震えるような奴が間桐の魔術を継承できるわけがない」

 

 老人からの言葉を強引に遮り、少年は一方的に語り続ける。

 

「むぅ…」

 

 交わされる言葉の意味は、私にはわからない。

 ただ、少年と老人との対話の中で―――

 

 

 

「僕が、桜の代わりになる」

 

 

 

 その言葉だけが、嫌に印象に残っている。

 

「…よかろう。やってみるがいい」

 

「ハハッ!そうこなくっちゃ!」

 

 そして、意気揚々と降りてくる少年。

 すれ違いざま、

 

「兄、さん」

 

「じゃぁ桜、お前は上に戻ってろよ」

 

 ぎこちなく声をかけた私を一目だけ見て、恐れなど何もないとばかりに軽やかな足取りで蟲の蠢くただ中へと歩いていく。

 

 私は、そんな少年に背を向けて、言われた通りに蟲蔵の外へと出て行った。

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのか。

 それは、僕が僕自身の名を知ったときに自覚した。

 

 何故起こったのか。

 そんなことはわからなかった。

 

 そして、何をすればいいのか。

 そんなものは決まっている。

 

「待ってよ、お爺様」

 

「む?」

 

 僕は祖父であると聞かされている人物、間桐臓硯―――真の名をマキリ・ゾォルケンという魔術師へと声をかける。

 

「…何故ここにお前が居る?」

 

「それは当然、魔術を学ぶためさ。間桐の長男たる僕が、間桐の魔術を学ぶのは当然だろう?」

 

「………ハァ。間桐の血筋はな、既に落ちぶれてしまっておる。魔術を行使する源たる魔術回路が、既に途切れているのだ。いくら長男たるお前であっても、魔術回路失くして魔術を行使することは…」

 

「つまり、魔術回路があればいいんでしょ?」

 

「何?」

 

 そんなことは、産まれた時から―――否、産まれる前から知っていた。

 間桐家の血筋に、もはや魔術師としての希望がないことも。

 それ故に、遠坂桜が養子として迎え入れ、修練という名の拷問を与えられて間桐の魔術師を生み出すための胎盤として育て上げられるという事も。

 そんな彼女を、『僕』では救えないという事も。

 彼女が救われるのは、今から10年先、衛宮士郎という少年に出会うまでを待たなければならない事も。

 

 そう、『僕』では、間桐桜を救えない。

 間桐桜を救うには、衛宮士郎でなければならない。

 

 故に、僕の手で間桐桜を救う事は考えない。

 

 

 

「あるんでしょ?『刻印蟲』」

 

 

 

 それでも、桜を守ることは出来る。

 

 

 

「…あれはな」

 

 傷つけさせはしない。

 

「間桐の魔術への適正っていう意味なら、そいつを改めて弄りまわすよりも、元から間桐である僕の方がずっと高い。それに、そいつ性格がてんで魔術師向きじゃないよ。こんなことでぷるぷる震えるような奴が間桐の魔術を継承できるわけがない」

 

 必ず守り切って見せる。

 

 

 

「僕が、桜の代わりになる」

 

 たとえ、僕自身が犠牲になるとしても。

 

 

 

「…よかろう。やってみるがいい」

 

「ハハッ!そうこなくっちゃ!」

 

 呆れた様子の臓硯は、どうせ『少し味わえば音を上げる』とでも考えているのだろうが…。

 そんな事にはならない、必ず耐えきって見せる。

 

 臓硯の了承を得て、僕は更に階段を下りる。

 その途中、既に間桐の名を戴いてしまった少女に目を向ける。

 

「兄、さん」

 

 何もわからず、ぽかんとしている妹に声をかける。

 

「じゃぁ桜、お前は上に戻ってろよ」

 

 こんなところには居なくていい。

 温かな場所で、何も知らずに幸福を享受していればいい。

 

 それを奪う全ては、僕が全て消し去ってみせるから。

 

 

 

 

そして、蟲蔵(地獄)への一歩を踏み出した。

 

 

 

痛い、痛い、痛い―――!

自分の中に、自分以外のナニかが入ってくる。

自分の肉体が、自分のものでなくなっていく恐怖。

自分の神経が、蠢く蟲共に取って変わられていく激痛。

あぁ、覚悟はしていた。知っていた。この地獄の事は。

だが、想像と現実のあまりの乖離に心が折れそうに―――

 

 

 

『兄、さん』

 

脳裏をかすめた、本来この苦痛を受ける運命にあった少女の姿が、その心を繋ぎ止めた。

 

―――そうだ、僕が耐えられなければ、この苦痛をあの少女が受け止めることになる。

 

痛みに、恐怖に、歯を食いしばって耐える。

 

―――必ず救うと、誓った。

 

自分が桜を救う。

桜から幸福を奪う一切合切に己が立ち向かう。

 

 

それがきっと、僕がこの世界に『間桐慎二』として生を受けた理由だろうから。

 

 

 

 

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